そういって原田さんが連れてきてくれたところは、家のすぐ近くにある公園だった。

 「夜の公園久しぶりです。」
 「私も久しぶりだな。忙しくて行く暇なんてないですもん。」
 「お仕事頑張っているんですね。」
 「どうなんでしょう。頑張っているんですかね。」
 「頑張ってなきゃそんなに忙しくないと思います。」
 「そうかな。」

 そこで会話が途切れ、遠くから聞こえる車の音だけがあたりに響いた。
 夜の暗闇で顔が良く見えないからなのか、話すと心地いい気分になれるからなのか、少しだけ自分のことを話してみようと思った。

 「私、家族とか、愛とか、恋とか、好きじゃないんです。」
 「なんでですか?」
 「自分が大好きだった時間が、急に冷たくなるから。」

 仲がいい両親が大好きだった。
 私を見て笑ってくれる両親が大好きだった。
 家族三人で休日に出かけるのが大好きだった。
 他にもたくさん。
 でもこれは
 私の勘違いで
 私だけが思っていたことで
 両親はそんなこと思ってもいなかったのだ。

 「確かに、なくなるときは一瞬で消え去りますよね。」
 「母も父も私のことなんかいらないんですよ。実際ほしくなかったんだから。浮気相手同士、外面だけは良くしておきたかったんでしょうね。そこからもう、何言われても結局は思っていないくせにとか、そう感じるようになっちゃって。こないだ母から電話がかかってきたんですけど、思い出したくもないのにいろいろ思い出しちゃって。仕事に私情を持ち込まないって決めてたのに、今日なんてしょうもないミスで上司に怒られて。って、すみません。こんなに話しちゃって。」
 「大丈夫ですよ。話してすっきりするなら話しちゃってください。聞くだけなら僕にもできますから。」

 ―なんであんたあの人と二人で旅行してんのよ!―
 ―お前だって一緒にどっか行ってたじゃないか。人のことどうこう言える筋合いはない!―
 ―それとこれとは違うじゃない!あんた結婚するときに浮気みたいなことはしないとか何とか言ってたじゃないの!―
 ―親にばれなきゃ平気だろ!―
 ―じゃあなに?私に言ったことは嘘だったの?―
 ―そもそもお前が子供を産まなきゃよかったんだ!子供さえいなければ、俺は今あいつと一緒にいれたのに―
 ―しょうがないじゃない!気が付いた時にはもう遅かったんだから。それにあなたが言ったんでしょ!子供下ろしたらなんていわれるかわからないって!―

 最初からいらなかったのだ。
 私なんて。
 両親は、私が聞いていたことに気が付いていないから、いまだに仲良し夫婦を装っている。
 それはなんでなのか、よくわからない。
 変なプライドが邪魔をしているのか、
 結局不倫を楽しんでいるのか。

 「あ、なんか頭がごちゃごちゃしてきました。」
 「ごちゃごちゃしたものを抱えていない人なんていないと思いますよ。それが大きいか小さいかは人によって違うかもしれませんが。」

 励ましてくれているのかもしれない。
 ただの隣人だけど。

 「私だけ話すのも悪いんで、なんか教えてください。」

 彼は少し悩んで、こう答えた。

 「僕は、夜が嫌いです。」
 「夜!それはまたなんで?」
 「暗闇がすべてを包み隠すから…ですかね。」

 そういった原田さんの横顔はなんだかさみしそうに見えた。

 「確かに真っ暗ですもんね。…あ、でも、見えなくてもいいことが見えずに済みますよ。世の中見えてるものがすべてじゃないですし。」
 「あはは、そうですね。見えなくていいこともありますね。赤くなっている顔とかね。」

 そういって急にこちらに向いてきた。

 「なっ」
 「あれ、ほんとに赤くなってた。」
 「赤くないです。これは決して赤くない!ほら、もう帰りましょう。夜も遅いですし!」

 顔が赤いのは、急にこっちを見てきたからびっくりしたからだ。
 きっとそうだ。
 そうだと思いたい。

 「そうですね。危ないですもんね、殺人鬼。また昨日一人亡くなったらしいですから。気を付けてくださいよ、かわいいんですから。」
 「もー!そうゆうこと急に言わないで!」

【聞き流していた言葉に私が気付くのは、もっと後のことです。何も知らずに生きていたこのころが、一番幸せでした。】