「ごめん、ちょっと待って。隣人と話してぐっすり寝れたってなんが言葉おかしくない?え、私の気のせいなのかな?」

 翌日の昼、昨日のリベンジと称して社員食堂でお昼を食べているとき、奈緒に昨日の出来事について話していた。

 「いえ、気のせいではない。私もなんでかはよくわからないけど、なんか心地よかったんだよね。」
 「ふわっとしてるわね。でもまあ、いつも相手にしているパワハラ上司に比べてみればましなのか?」
 「あんな奴と比べないでよ!」

 彼はいい人だ。絶対にいい人だと思う。根拠はないけど。

 「でもあんた気をつけなさいよ?今の世の中物騒なんだから。昨日もニュースになっていたけど、正体不明の殺人鬼こっちのほう来てるんだからね。いくらいい人そうに見えても実はってこともあるんだから。」
 「はい。気を付けます。」

 今、日本で一番注目されているといっても過言ではない、
 正体不明の、殺人鬼。
 わかっていることは、男であるということだけ。
 他は何もわかっていない。

 「それにしてもその隣人君、なかなかやるわよね。留美のこと心地よくさせるなんて。」
 「なんか、語弊がすごくある気がするんだけど!」
 「市橋さん。」
 「あ、中木さん!ごめん留美、午後の会議の準備しなきゃだ。」
 「あーい。頑張って。」

 この中木さんは、奈緒の上司であり片思いしている相手だ。
 あまり話したことがない私からしてみたら、なかなかのミステリアスマンだと思うけど、そうではないらしい。
 友達の恋路が気になりながら、午後の業務に向かっていった。



 数か月に一回あるかないかの定時上がりの日、家に帰ってみるとつい先日初めて話した隣人さんが立っていた。

 「こんばんわ。またかぎどっかにおいて来ちゃったんですか?」
 「いえ、今日は違いますよ。あなたにこの間のお礼をしようと思って。今からお時間ありますか?」
 「まあ、ありますけど。」
 「一緒に夕食なんてどうですか?僕ここら辺最近引っ越してきたのでよくわからないですけど。」

 むむ。これはデートのお誘いか?それは考えすぎか?いや、それよりも危ないか?
 脳みそをフル回転させても正解が分からなかったので、とりあえず自分の勘を信じることにした。

 「えーっと、私の行きつけのお店があるのでそこでいいなら。」
 「ほんとですか!ありがとうございます。」

 そう言って、私の行きつけの店までやってきた。
 お座敷に座り一息ついたところで、ようやく自己紹介なるものをお互いにした。

 原田大和(はらだやまと)。二十五歳。同い年くらいだと思っていたらまさかの一つ下。

 「会社では研究しているんですよ。」

 原田さんは、親子丼を食べながらいろいろ教えてくれた。会社の社長が叔父であること。家に帰ってくるのはあまり少ないということ。こちらに引っ越してきてから街をあまり散策できていないこと。

 「会社の研究って何研究しているんですか?」
 「僕は女性の化粧品の研究をしています。」
 「じゃあ私が使っているものはもしかしたら原田さんが開発したものかもしれないんですね。」
 「僕はまだ下っ端なので何もできていないですけど、先輩はすごい人たちばかりですよ。」

 話し方も言葉遣いも、丁寧な人だと思った。
 これが心地よかったのかもしれない。
 もっと話してみたいと思った。

 「「あの」」

 重なって

 「「あっ。」」

 目が合って

 「「ふふっ」」

 笑って。

 「こんなに重なるもんなんですね。僕初めてですよ、こんなに人とかぶったの。」
 「確かにあまりないかも…じゃなくて、なんて言おうとしてたんですか?」

 何を言われるかは大体想像がつくけれども。

 「連絡先、聞いてもいいですか?」

 【知り合って間もなかったけれど、最高に居心地がよかった人でした。でもこのころ私は盛大な勘違いをしていたんです。彼―原田大和はとてつもなく優しい人であると。】