バカ犬の吠え声みたいでなく、数万の観衆がリズミカルにワンワン叫ぶ。
　五台のサーチライトが一斉に五方向から照らすと、その全貌が明らかになった。
　透明なゴンドラの中から、ミニスカを履いた五人の美少女が身を乗り出して手を振っているのだ。
　観客席もアリーナ席も、全ての観客が総立ちでマサイになった。推しジャンは自分の好きなメンバーの時だけジャンプするのだが、マサイは常時ジャンプのこと。
　材木で出来たオリンピックスタジアムは、八万人のマサイのせいで揺れに揺れる。ミシミシと音を立て崩壊しそうだ。椅子から転げ落ちイカロスするヲタが続出した。
　ゴンドラはゆっくりゆっくりと、穴の中心にある特設センターステージへと降りてくる。
　会場全体が興奮の坩堝と化す。
「ねえ、記念撮影しておこうよ！」レイワが提案した。
　レイワはすぐに胸ポケットから未来のカードスマホを取り出すと、動画を撮り始めた。
　メンバー五人全員が一気に移動した瞬間、ゴンドラが傾き、オクタデカゴンドローンが大きく揺れたが、すぐに体制をたて直す。
　八万大観衆は一斉に「おおっ！」と声を上げる。まるで、超満員の幸楽園ドームで、ジャムアンコのスター選手がファインプレーをした瞬間みたいに。
　当の五人は、平気な顔で自撮りを始める。
「ピチバレ、ピチバレ、ピチバレ、ピチバレ、ピチバレ、ピチバレ、ピチバレ……」
　八万大観衆の熱狂とマサイが続き、スタジアム全体が揺れに揺れる。
　その振動は隣接する神宮球場まで達した。
　真冬の花火大会が始まる直前、暗闇の神宮球場。三万五千の大観衆が、緊急のサイレン音と臨時アナウンスで静まり返る。
　緊急地震即報の誤報が鳴り響いたのだった。
　
　現在　　シンガポール　マリーナベイ・サンズリホテル　　

　狩田は赤道直下、南国の陽光きらめくプールサイドのデッキチェアで、ピーチバレーズの実況生中継を観ていた。相変わらずピンク色のシャツを着て、パナマ帽を被っている。
　今、狩田が居る地上二百メートルにあるこのプールは、シンガポールのマリーナベイ・サンズリホテルの屋上に設置された、長さ百五十メートルの巨大プール。
　オリンピックなどの競泳用プールが普通五十メートルだから、その三倍の長さだ。