「エリス、君はスチュワート家のご令嬢だね」

 ――そこまで知られていたなんて……!

 テーブルの下で、両のこぶしがガタガタと震えた。

 本名を知られてしまったからには、婚約破棄をされた経緯も当然知られてしまっているだろう。

 そんなみっともないことを、ルードヴィッヒには知られたくなかった。

 ――どうしたらいい……?

 エリスは沈黙を守り、様子を見ることに徹した。




「……君の素性ばかりに言及するのは公平ではない。俺のことも話そう」

 いきなり話題が予想外の方向に変わった。

「うちの家名はアインホルンという」

「アインホルン……!」

 エリスは絶句した。

 絶句するのも無理のないことであった。

 アインホルン家は、この世界で最も名高い王族である――そして最も広大かつ偉大な王国、アインホルン王国を統治する一族である。

 王族らしいとは薄々感じてはいたが、まさかアインホルン家の一員だったとは。

「殿下……! 知らなかったこととはいえ、非礼の数々、誠に申し訳ございません!」

 エリスは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。

 自国においては名門と言われるスチュワート家であったが、アインホルン家に比べればはるかに格下であった。公の場であれば、会話をする機会すら与えられない。それほどアインホルン家は圧倒的であった。




「頭を上げてくれ。君にそんなことをさせるために名乗ったわけじゃない。それに……今はもう〈殿下〉じゃないんだ」

「……?」

 エリスは、ルードヴィッヒの言っていることが理解できなかった――いや、いくつかの可能性に思い当たったのだが、そのうちの一つは、あまりに突飛すぎた。

「その……先日、父が退位した」

「お父様が退位……? もしかして……えっ?」

「即位の儀式は学校を卒業してからだが、こっちでできることは可能な限りやっている」

「先輩が国王陛下……ということでしょうか……?」

「そういうことになるな……」