記憶がなくなるというのは、自分でもどう表現したらいいのか分からない。でもきっと、夜眠って、朝起きるまでに記憶がないように、わたしの記憶を司る機能が眠ってしまっているのかもしれない。起きてるけど、きっと覚えていられないのだと思う。
「え、弥宵ってバイト経験ないの?」
 友人の慧子(けいこ)が目を丸く見開き、スマホから顔を勢いよく顔を上げた。
 それからすぐに「あ、そっか」と、きっとわたしの事情を察知して納得のいったような顔をする。
「覚えてられないもんね」
 夕方にあったことを忘れてしまうというのは日常生活になかなかの支障をきたす。自分の脳なのに、その働きがどんな動きをしているのか分からないし、なくなっている記憶をどう呼び起したらいいのかも分からない。
 普段の生活でも人に迷惑をかけていることが多いのに、どこかで働くというのは、それこそ迷惑だけでは済まないこともある。会社に損害をもたらしてしまうかもしれないし、賠償金なんてものまで絡んでくることになったら、わたしは責任を取れない。わたし個人の話でお金がほしいでは、さすがに通用しないだろう。
「憧れるけどね、慧子みたいにバイト掛け持ちしてみたいし」
「えーしなくていいならしないよ。でも弥宵って、夕方に日記つけてなかった?」
 忘れかけていた存在に目をつけられ、思わず視線が泳ぐ。
「あー……うん、でもやめちゃった」
 家の引き出しにしまった記憶がふと蘇る。あの日記に触れなくなって、かれこれ二か月が経とうとしている。