カンバスに灰を撒く

「ショータさんは悠人(コイツ)の兄貴なんだ。ちなみにここの卒業生でもある」
「えぇ!?」
「芸術コース出身だったけど、在学中は上手く芽が出なくて取り上げられなかった。ここ最近目立ってきたってところかな」
「だ、だったらお兄さんの方に依頼されませんか?」

「ところが、話を聞いたショータさんが『弟が適任だ』って推したんだと。コイツは進学コースだし、理事長も苦い顔してたけど、絵を見て気に入ってくれて、遺言の件は俺達美術部が引き受けることにした。あの構図は亡くなる前に、理事長と香椎が話した上で決めて、香椎が仕上げたんだ」

「内訳をすると話を聞いて半月、完成まで一ヶ月半ってところだ」

 つまり、約二ヶ月であの絵を仕上げたことになる。その途中で、つい先日まで話していた相手が灰となって手元にやってくる。……ダメだ、私には耐えられない。
 高嶺先輩は更に続ける。

「で、遺言どおり、絵は文化祭に展示された。来場者は理事長の供養絵画を興味本位で観に来た他校の理事や先生ばかり。……皆、『未来に向けた素晴らしい絵』だと言ってくれたし、香椎に至っては芸術コースのヤツらよりも話を聞かれてた。学校側は面白くないよな。ここ数年は芸術コースを目玉にしてきたんだから」

「え? それだけで批判されなくちゃいけないんですか? 理不尽すぎません?」

 ちやほやされた子供が何も悪くない子を仲間外れにする、自分の地位を優先した勝手な行動にしか思えない。生徒はともかく、指導者の立場である教員がするべきことではないだろう。

 それでも目の前で仕方ないと笑う先輩たちを見て、理不尽を口に出す私もまだまだ子供なのかもしれない。

「俺たちが卒業するまでの我慢ってところかな。……だから、入部は勧められない」

 高嶺先輩がごめん、と小さく呟く。
 きっと自分が卒業した後も美術部を残したかったはずだ。
 香椎先輩がいなくても、純粋に芸術コースに入れなくても、触れられる場所にいたい生徒だっているはずなのに。

「そうだ、もし浅野さんさえよければ、顔出しに来てよ」
「え?」
「息抜き程度でおいで」
「……いいんですか?」
「いいよ。香椎がこんなに活き活きとしているの、久々に見たんだ。その礼はさせてほしい。……何より」

 高嶺先輩が香椎先輩と目配せすると、私に向かって同時に頭を下げた。

「あの絵を見つけてくれて、泣いてくれてありがとう」
 ようやく見つけた美術部の入部を断られて数日が経っても、私が愕然と落ち込むことはなかった。

 それは絵について知識がないからこそ、周りに比べられる闘争心が私にはないからかもしれない。

 中学の時に絵画コンクールで、一度だけ風景画を描いて入賞したことはあるけれど、中学生らしくベタベタと色を重ねた、塗り絵のような絵だった。芸術コースや香椎先輩に比べたら雲泥の差で、並べるのも憚られる。むしろ並びたくない。

 もし、闘争心以外の理由で落ち込んでいないのだとしたら、気まぐれに美術室に顔を出しているからだろう。

 あの日以来、バイトがない日の放課後に第八美術室に行くことが増えた。
 といっても、描いている先輩たちの近くで描いているのをずっと見ているだけ。出入り口に入ってすぐに用意された椅子が、いつしか私の特等席となっていた。

 香椎先輩は、一枚のカンバスを完成させる中でも、鉛筆で描く下書きに時間をかける。
 誰も見ていないであろう隅から隅まで、細かく書き込んでから色を決め、灰と混ぜて繊細かつ丁寧に塗って一枚の絵を仕上げるのだ。
 アクリル絵の具の下に隠れた下書きがギリギリ見える色の濃さは、一番見せたい箇所だけを限定しているという。だから先輩の絵を見る時はいつも目がしばしばする。

 高嶺先輩もクロッキー帳に柄の短い鉛筆を持ってひたすらに描いている。何度か見せてもらったけど、一番気に入っているのは物置状態の美術室を描いた鉛筆画らしい。他にも人物像や動物といった、動きのあるスケッチが多かった。

 同じ空間で、別々の作業をする。休憩の際に言葉を交わす程度で、終始静かな時間が流れていた。
「そういえば浅野、中学の時のコンクールで入賞したことあるんだって?」

 美術部に顔を出すようになって一ヶ月半が経った頃、二人の先輩は私を「浅野」と呼び捨てるようになった。
 かくいう私も、上級生に失礼がないようにと敬語を固めていたのに、いつの間にか下手な敬語を使い回していた。
 距離も縮まって、今日も美術室で見学していたところに、高嶺先輩が満面の笑みを浮かべて聞いてくる。しかも掘り返してほしくない、中学の時に描いた風景画の話だった。

「…………」
「そんな不機嫌な顔するなよ……もしかして聞いちゃいけなかったか?」
「絵が描ける二人に見せられるほどの出来じゃないので」
「気にしないって」
「私がします!」

 いったいどこから聞いてきたのか。
 いつもの特等席でうなだれていると、ずっとカンバスと向き合っていた香椎先輩が突然、棚から新しいスケッチブックを一冊取り出すと、鉛筆と一緒に私の前に差し出した。描け、とでも言っているのだろう。

「……描けませんよ。私、下手だし」
「浅野の言う『絵が描ける(・・・・・)』って、上手いか下手かしかないのか?」

 香椎先輩の言葉にそらしていた目を向ける。いつも無表情な先輩が、苛立っているように見えた。

「パブロ・ピカソの『夢』や『泣く女』みたいに、パッと見たときに首を曲げて見たり、不思議だと思う絵は下手か? 幼稚園のクレヨンで描いたもじゃもじゃの物体を上手いと思うか?」

「えっと……」
「同じ人間なんていないし、表現は自由だ。だから上手くても下手でも良いんだよ。それ見て共感する奴が一人でもいればそれでいい。だから気にすんな」
「…………」

 そう言われても、私にはしっくり来なかった。強気な先輩と違って、私にはそこまでの勇気はない。
 絵はただの気まぐれで、中学の時だってたまたま入賞しただけだ。
 沈黙が続く中、高嶺先輩が口を開いた。

「……気付いてるか分からないけど、俺と香椎が描いてる時の浅野、ボーッとして見ているというより、いいなぁって顔しているんだよ」
「え……?」
「美術部に入ろうとしたのだって、絵が見たかっただけじゃないんでしょ」

 思い当たる節があって、目を逸らす。
 確かに絵を見たいだけなら、絵のありかを聞けばいいだけの話だった。それでも非公認の美術部に一ヵ月も入り浸っている私は、ただ居心地が良いだけじゃなくて、また描けるようになりたいと願ったのかもしれない。

 差し出されたスケッチブックと鉛筆に手を伸ばす。中学以来の、ざらついた用紙がすでに懐かしい。

「……何を、描けばいいですか?」

 私がそう問うと、香椎先輩は呆れた顔をした。

「そんなの、お前が好きなモンでいいんだよ」
 宿題が出された。
 『好きなモノを一枚描いてもってこい』と、ざっくばらんに言う香椎先輩には頭が上がらない。
 それでも期限付きでなかっただけ良かった。一週間で仕上げられるほど器用じゃないのは自覚している。だからこそ、好きなモノが思いつかない。

 とりあえず庭先に咲いていたパンジーや、目に止まった黒板消しを描いてみたけど、どうもしっくりこない。

「ちぃ、何してんの?」

 授業の合間にスケッチブックを開いて考えていると、早紀がやってきた。話す相手がいなかったらしい。早紀は私の手元からスケッチブックを取り上げた。

「うわースケッチブックじゃん。なんでこんなの持ってるの?」
「……別に持っててもいいじゃん」
「まぁそうだけど! もしかして絵に目覚めちゃったとか? やめときなよ」
「……え?」

「ちぃって別に絵が得意じゃなかったじゃん。コンクールに入賞したのもまぐれだって」

 早紀はほぼ真っ白なスケッチブックを捲って、最近描いたパンジーのスケッチをしたページを開く。しっくりこなかったとはいえ、久々に描くにしては上手く描けた方だと思う。
 それを見て早紀は鼻で嗤った。

「こんなの誰でも描けるでしょ。こんなことやってるから、ちぃはいつまで経っても何も出来ないままなんだよ。……あ、だから進学コースにしたの? 芸術コースは上手い人しか集まらないから?」
「…………」
「もう、そういうことなら早く言ってよ。一人じゃ何もできないから私と一緒の学校にしたのかと思った。本当、自己主張がないよね。もっとちぃは――」

「早紀は偉いの?」

「え?」
「私のやりたいこと全部を否定できるほど、早紀は偉いの?」

 早紀はただ、私を何もできない人間に仕立てたいわけじゃなくて、発する言葉がひねくれていて、判断するものさしが短いだけだ。視野が狭いから、基本軸である自分に則って考える。それがたまたま、私の近くにいただけの話。

 私が言い返したことに驚いて、早紀の顔が歪んだ。中学からの付き合いだけど、私が早紀に反論したのはこれが初めてだ。

「……私、別に早紀がいなくてもできるから」
 もうすぐ授業が始まるというのに、私はスケッチブックを取り返して教室を出た。後ろで早紀がなにか叫んでいたが、聞こえないふりをする。
 廊下には生徒たちが談笑し、十分もない休憩時間を楽しんでいれば、次の授業に向かうために教科書を抱えている生徒もいる。

「……あ」

 気付けば、無意識に第八美術室に向かっていることに気づいた。
 今行ったところで誰もいないし、途中で芸術コースの生徒と鉢合わせになってしまう。かといってこのまま教室に戻るのも癪に障る。

「……浅野? 何してんだ?」

 うだうだ考えていると、聞き慣れた声が聞こえた。
 移動教室に向かう途中だった香椎先輩だ。生物の教科書を抱え、美術室では見られない黒縁フレームのメガネをかけている。一瞬誰かわからなかった。

「香椎、先輩……?」
「お前、授業は?」
「……ちょっと、み、道に迷って」
「はぁ?」

 我ながら下手な誤魔化し方をしたと思う。しかも相手は香椎先輩だ。通じるわけがないのに。
 しかし、香椎先輩は「ついてこい」と言って美術室の方へ歩き出した。何も聞いてこないのは先輩の優しさなのか、立ち止まっていると、先輩は振り返っては私が着いてきているかを確認する。

「先輩こそ授業は? 移動教室ですよね?」
「終わった。次の授業は教室」

 三年生の教室は三階にあるから、授業終わりに通りがかったところだろう。もうすぐ授業が始まるのに?

「でも疲れたから休んでく。お前も付き合えよ」
「え?」

 返事を返す間もなく、第八美術室についてしまった。いつものように定位置に行くと、香椎先輩が教科書とかけていたメガネを近くの机に置いて、私と向き合う。いつもの先輩だった。

「絵、なんか描いたか?」
「……ちょっとだけ」

 先輩の視線はずっとスケッチブックにあった。今も手を伸ばして見ようとしてくる。
 私はスケッチブックを渡した。凝ったものは描けないし、しっくりこないけど、香椎先輩はなにか読み取ってくれるのかと思ったから。
 パラパラと捲って、パンジーのスケッチで止まった。

 じっと見つめ、そっと触れる。

 何を感じているのかはわからないけど、沈黙の時間が続いた。先に破ったのは香椎先輩だった。

「家で描いただろ。縁側とか、ゆっくりできるところ。逆にこっちの黒板消しは教室で描いた。クラスには馴染めてなさそうだな。……いや、授業中に隠れて描いたか? ……どっちだ?」
「な、んで……?」
「筆圧が違う。感情の乗り方も違う。見ればわかる。それで、どっち?」
「……ご想像にお任せします」

 そんなことがわかるのは香椎先輩くらいだろう。じろっと恨めしそうに見ると、先輩はフッと笑みを浮かべた。

「浅野の言う上手い下手は置いといて。描いている奴の感情がわかりやすい、いい絵だ」

「……先輩は、第六感でも持ってるんですか?」
「は? なんでそうなる?」
「察知能力が高いから」
「アホ抜かせ。……でも、欠けてるから(・・・・・・)敏感になるんだろうな」

 香椎先輩はスケッチブックを私に戻すと、中央のカンバスに手をかけた。つい先日、グラウンドに設置されているベンチとその風景の下書きを終えたばかりだ。

「……そういえば、無くなっちゃうんですよね」

 何年も前からある木製のベンチで、今朝のホームルームで今週中にも撤去される話が上がっていた。どうしてこれを描いたのか、なんとなくわかる気がした。

「新しいベンチはアルミらしい。木の部分はない」
「それが?」
「灰にはできないだろ」

 香椎先輩はそう言って、カンバスをそっと撫でた。

*** 

 数週間経ったある日、思ったより早くホームルームが終わったため、第八音楽室に早く着いてしまった。案の定、鍵はかかっていない。

 誰もいない美術室に入るのは初めてだった。

 時々空気を入れ替えて空気はまだマシになったけど、棚や額縁には溜まりっぱなしの埃。雑に置かれたカンバスの山、それをかき分けるようにして置かれた、中心のイーゼルに乗せられたカンバスが一つ。ただただ静かな空間が流れていた。

 先輩たちがくるまで、鞄に入れていたスケッチブックを取り出す。一日一ページ、小さなものを沢山描いて埋めていくうちに、気付けば残りも少なくなってきていた。

 特等席の椅子ではなく、床に体育座りをして描き始める。教室で描いているときよりも、家の縁側に体育座りして描いた方が合っているのだと、つい最近発見してからはずっとこの体勢だ。

 ホームルームが早く終わったときから、今日は部屋の中心に置かれたイーゼルとカンバスを描こうと決めていた。

 香椎先輩はここに来ると、いつも決まってカンバスの前に立って描く。片付けずにそのまま帰るから、最低限の整頓しかされていない。それが香椎先輩のスタイルのようで、高嶺先輩も片付けようとはしない。もちろん、一応部外者である私も触れたことはない。

 普段、先輩が立っていて見えない部分なのだから、この機会を逃すわけにはいかない。少し離れた場所からのスケッチになってしまうが、カンバスの周辺に目を向けた。

 近くの机に並べられた絵の具とパレット、数種類の筆。その近くで使い込んだ2Hの鉛筆が数本転がっている。

 スケッチを描き始めると、ふと、香椎先輩に連れられて授業をサボった日のことを思い出した。

 あの時の先輩は授業終わりということもあって、珍しいメガネ姿だったけど、美術室に着くなりすぐ外して机に置いていた。授業の時だけとかわかるけど、普段かけていなければ移動する前に外しているはずだ。

 手を止めて考えていると、美術室の扉がガラリと開いた。鞄とクロッキー帳を持った高嶺先輩だ。

「おっ! 浅野、早いな」
「高嶺先輩……あれ、今日は香椎先輩と一緒じゃないんですね」

 普段であれば一緒にいる香椎先輩の姿が見当たらない。

「ああ、香椎は今日、通院の日だから帰ったよ」
「……通院?」

 繰り返して問うと、高嶺先輩はしまった、と顔を歪めた。

「聞かなかったことにしたほうがいいですか?」
「いや、その……」

 高嶺先輩はうーんと唸りながら自分の荷物を下ろすと、言いづらそうに口を開いた。

「……これは浅野も近々知るとことだと思うから言っちゃうけど、他言無用で頼むな」
「は、はい」

 近くから椅子を二つ引っ張ってくる。私は立ち上がって椅子を一つもらい、高嶺先輩の前に置いて座る。先輩は一呼吸置いてから、私を真っ直ぐ見据えた。

「香椎、目があまり良く見えないんだ」
 え――?

「生まれつきらしくて、あと二年もしないうちに失明するって言われてる。普段の生活や授業中はメガネをかけているけど、絵を描く時だけは外してる」

「失明……? 嘘、ですよね?」
「……嘘じゃないから、浅野に話したんだよ」

 真剣な表情で、声を震わせた先輩を見て、私は口をつぐんだ。
 香椎先輩が失明する手前だと聞いて、驚きが隠せない反面、どこか納得している自分がいる。

 初めて会った時、息がかかるほど近い距離で顔を見られたことがあった。あの時、高嶺先輩は「顔を覚えられない」と濁していたけど、本当は「あの距離でなければ認識できなかった」のだ。
 『欠けているから敏感なのかもしれない』と言っていたのも、視力で欠けた感覚を他で補っているから。

 高嶺先輩は更に続けた。

「ゴメンな、黙ってて。でもこれは本当なんだ。一部の奴しか知らない。もう浅野と会ってしばらく経つのに、アイツの通院とお前のバイトの日が被ってたから油断してた」
「……先輩は、どうして私を気遣うんですか? 今のだって、誤魔化せましたよね?」

 すぐに何でもないと言ってくれていたらこんな話はしなかったし、私だって聞き流すことができたのに。

「いつかは言うつもりだったと思う。その前にお前が気付いたかもしれないし。あんなに至近距離で顔の確認をするのは初めて見たからな。でもそれくらい、香椎はお前に興味を持った。スケッチブックを渡すくらいにさ」

「……そういえば香椎先輩、この間私の絵を見て触れただけで描いている場所とか、感情とか読み取ってました」
「浅野もやられたか」

 ハハッと苦笑する。どうやら先輩も同じことをされたらしい。

「どうしよう……私、前に第六感持ってるんですかとか、言っちゃいました」
「アイツは気にしないよ。元から才能の塊だったんだから、持っていてもおかしくない。絵ことじゃないときも時もすごかった。数学の授業で図形の面積を求める問題があってだな――」

 香椎先輩の話をするときの高嶺先輩の表情は、いつも活き活きとしている。一度だけ、高嶺先輩と三年生が話しているのを見かけたけど、無理やり笑顔を作っているようにも見えた。
 それから香椎先輩のトンデモ話がニ、三個続き、ひとしきり笑ったところで、今度は私が持っているスケッチブックに目を向けた。

「浅野、俺たちの前でも描くようになったな」
「そうですね。といってもスケッチだけですけど」
「……やっぱり香椎の言った通りだったな」
「え?」

「香椎に、なんで強引に渡したのか聞いたんだ。『他人に欠陥品だと決めつけられるのは誰だって嫌だろ』ってさ。……それ聞いて納得した。アイツも色々あるからさ、見えなくても、聞かなくてもお前が気になったんだなって」

 以前、「私の絵は下手」だと伝えた時に香椎先輩の表情が歪んだのを思い出した。
 その時の私は、たかが一回の入賞というだけで「上手い」という認識で話を進める周りが嫌いだった。畳み掛けるように「何も出来ない人間」だと友達に言われても笑って流してきた。

 ――すべてが上手い下手だけで成立するものじゃないと、わかっていたつもりでいたのに、美術部の二人によって思い知らされたのだ。

 私だって下手でも絵が描きたい。

 知識がなくたって、落書きしか出来なくたって、誰かに咎められることじゃない。法律に違反するわけじゃない。

 衝動で志望校を変えたのだって、私がしたいと思ったからだ。

「今までと変わりたいって思ったから、いつもここに来てくれてるんだろ?」

 表現は自由で、上手い下手もどうでも良くて。
 他人のものさしで自分を図ろうとするのは愚かだと。

「……そうかも、しれません」

 私がそう呟くと、高嶺先輩は満足そうに笑った。