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サムシングフォーというものがある。
それは結婚式で花嫁の幸せを願う四つのアイテムのこと。
古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの、それから靴の中に六ペンス銀貨を入れる。
それらを結婚式の日に身につけると、その花嫁は幸せになれるというおまじないだ。
日本のものではないが、この話を聞いた柚子はぜひ取り入れたいと思い、本家にいる玲夜の母親、沙良を訪ねていた。
目的はサムシングフォーのひとつ、『借りたもの』を手に入れるためなのだが、目的を忘れ沙良に愚痴りまくった。
柚子が、というよりは龍が率先して沙良に告げ口している。
『あの女柚子に敵対心を持っておるのだ。そうに違いない! 柚子は次期当主の花嫁なのだぞ。主君の伴侶に対して無礼がすぎるであろう!』
「あい」
「あいあい」
子鬼が同意するようにうんうんと頷いている。
最初は三角関係ぐふふ。などと楽しんでいたのは龍だというのに現金なものだ。
だが、それだけ芹の行動は目に余る。
なにかあるたびに玲夜に近付き、馴れ馴れしく触れ、柚子と玲夜がふたりきりになるのを阻止するかのようなことをする。
柚子への棘のある言葉選びも問題だ。
そのあからさまに柚子をのけ者にするような行動に、最初はおもしろがっていた龍もおかんむりとなっている。
柚子が蔑ろにされて黙ってはいられなくなったのだ。
「芹ちゃんねぇ……。あの子まだ玲夜君のことあきらめていなかったのかしら」
「どういうことですか?」
「芹ちゃんは最後まで桜子ちゃんと争っていた玲夜君の婚約者候補だったんだけど、そのことは聞いて……ないみたいね」
「初耳です」
沙良の話は初めて聞く話であり、玲夜を始め、高道も雪乃や使用人たちも誰も教えてはくれなかったことだ。
いや、気を遣って言わないようにしてくれただけかもしれない。
「沙良様、ただでさえ苦手意識持っていたのに、それ聞いたら余計に苦手になっちゃいましたよ」
「あらあら」
沙良はおかしそうに、ふふっと笑う。
「柚子ちゃんが誰かをそんなに嫌がるなんて珍しいわね」
「だって、彼女あからさますぎて」
誰が見たって芹は柚子を嫌っていると気付くだろう。いや、敵対心を持っていると言った方が正しいか。
それと嫉妬。
目を見れば分かる。
燃えさかる炎のような強い敵意。
理由などひとつしかない。
「彼女は玲夜の花嫁である私が許せないんでしょうね」
「そうかもしれないわね。そもそも、本当は彼女は玲夜君の婚約者候補ですらなかったのよぉ」
「そうなんですか?」
「そうよ~。筆頭分家の鬼山ほどではないにしろ、彼女の家は一族の中では発言力のある家だったから、彼女の強い懇願に負けた芹ちゃんの父親がごり押ししてきたのよ。けど、そんなずるをしても桜子ちゃんには勝てなくて、傷心した彼女は海外に行っちゃったってわけ」
柚子はなるほどと頷いた。
柚子でも芹と桜子なら、後者の方が次期当主の伴侶としてふさわしいと判断するだろう。
それだけ、桜子は他を一線するほどの器量よしだ。
霊力の強さは柚子には分からないが、桜子の立ち居振る舞いは品があって、どこに出しても恥ずかしくない。
むしろ鬼の代表として、胸を張って送り出せる威厳と品格がある。
だが、芹にそんなものは感じなかった。
確かに柚子よりもずっと大人っぽく、やり手のキャリアウーマンのような雰囲気があるが、その中にはどこか傲慢さが見えた。
玲夜のことを抜きにしても、自分とはそりが合わないと柚子は思った。
「芹さんっていつまで屋敷にいるんでしょうか?」
少しの間と玲夜は言ったが、すでにいっぱいいっぱいだった。
柚子の我慢の限界はもうすぐそばまで迫っている。
眉尻を下げて沙良をうかがえば、沙良も困ったような顔をする。
「どうかしらねぇ。あの子って我が強いっていうか、自分を中心に世界は回ってると思っているような子だから、なかなかあきらめないかもしれないわねぇ」
「そうですか……」
柚子はがっくりと肩を落とした。
「今度のドレスの打ち合わせにもついてくるって言うんです」
「まあ、なにそれ!」
沙良もそれは非常識だと感じたようで、わずかな怒りを見せた。
「将来の参考にしたいからっていうのが理由らしいですけど……」
それを額面通りに受け取るほど柚子もお人好しではない。
なにか邪魔が入らないかと警戒している。
「玲夜君はそれを許したの?」
「はい……」
「なんか、らしくないわね」
「ですよね」
それは柚子も思っていたことだ。
いつもの玲夜なら、米粒ひとつ分でも柚子に害となると思ったら即座に行動して排除に動いている。
けれど、今回はあれだけ芹が棘のある言葉をぶつけても黙殺するだけで、なにかをしようとはしない。
むしろ高道の方が柚子のために芹へ苦言を呈している。
『怪しい』
どこぞの探偵のように目をキラーンと光らせてそんなことを言い出した龍。
「怪しいって、なにが?」
『花嫁至上主義のあやかしが、害悪を放置するなど考えられん。もしや弱みでも握られておるのではなかろうな』
「玲夜に弱み……」
柚子は考えながら沙良に視線を向ける。
沙良も柚子を見ると、首をひねって考え出す。
「玲夜君が他人に弱みを握らせると思わないけど?」
『だが、ないわけではなからう?』
「うふふ。そりゃあ、母親ですもの。私なら玲夜君の弱みのひとつやふたつ持っているわよ。……けど、芹ちゃんが持ってるかしら? あのふたりそこまで親しくはないわよ?」
「えっ、でも幼馴染って」
家に招くほどだ。親しくないはずがない。
「ほら、玲夜君って他人には無関心っていうか、興味がないっていうか。だからグイグイ関わろうとする芹ちゃんと確かに昔から一緒にいて幼馴染っていう関係ではあるんだけど、それ以上でもそれ以下でもないっていうの? 柚子ちゃんはふたりが一緒にいるところを実際に見ていてどう思った?」
「基本芹さんには無表情ですね。でもかすかに表情を出す時だってありますし」
「そりゃあ、まったく知らない仲じゃないもの。多少は表情も緩むことだってあるわ。けど、玲夜君が笑いかけたところを見た?」
思い返してみて柚子は首を横に振った。
芹のいる場で柚子に笑いかけることはあっても、芹に対してなにか反応したことはなかったように思う。
「でしょう? 玲夜君と親しいかどうかは、一緒にいて玲夜君が笑うかどうかよ。高道君や桜子ちゃんには笑ったりもするでしょう?」
「確かに」
沙良の言葉には柚子も納得だ。
柚子に対するような笑顔は向けずとも、玲夜の両親や高道や桜子、時には透子に対してもわずかに頬を緩めて笑いかけることはある。
それ以外には極寒の冬のように冷たい表情だ。
「玲夜君にとって芹ちゃんは、知り合い以上友達未満ってとこかしらね。他人よりはまし。けれど、限りなく知り合いに近い位置よ」
これまで玲夜の母親をやってきた人の言葉には説得力がある。
「その程度の相手なんだから柚子ちゃんはどーんと胸を張ってればいいのよ。玲夜君の婚約者はあなた以外に務まらないだから。もし我慢ならなかったら、その時は言ってちょうだい。私がなんとかするわ!」
「はい。ありがとうございます、沙良様」
「そろそろお母様って言ってくれていいのよ? 柚子ちゃんが本当の娘になるのが待ち遠しいわぁ」
うふふと笑う沙良に、柚子は恥ずかしそうにはにかんだ。