会場も決まり、高道がプランナーと打ち合わせをしている間、柚子は玲夜とともにホテルのラウンジでケーキを食べていた。
「疲れたか?」
「疲れる前に高道さんが全部やってくれてるから」
 すると、玲夜は小さくため息をついた。
「高道は、披露宴の企画をやると言って聞かなくてな。素晴らしいものにしてみせるからと押し切られた。嫌なら今からでも内容を変更してもいいんだぞ?」
「それだと高道さんがかわいそうかも。別にいいよ。高道さんもちゃんと先にやりたいことはないかって聞いててくれてたし。ただ、プランナーさん以上の知識量にちょっとドン引きしたけど」
「桜子によると、家に帰ってから睡眠時間を削ってまで調べていたらしい」
 さすがに玲夜から高道へのあきれが見える。
「高道さん、玲夜のこと大好きだからねぇ」
「荒鬼の家系は皆そうだ。こればかりはあきらめろと父さんからも言われている」
 再び玲夜はため息をついた。柚子はそれに笑うしかない。
 愛されすぎるというのも困ったものなのだろう。
 玲夜にはぜひとも理解してほしい感情である。
「柚子、スマホが鳴ってる」
「あっほんとだ」
 画面を見ると東吉からだった。
「もしもし、にゃん吉君?」
『産まれたぁぁ!!』
 耳にキーンと突き抜けるかのような大きな声に柚子は驚く。
 きっと、向かいに座る玲夜にも聞こえたことだろう。
「えっ、どういうこと?」
『だから、産まれたんだって。さっき、透子が女の子産んだんだよ』
「えー!!」
 柚子はここが静かなホテルのラウンジであることも忘れて大きな声を出してしまった。
 我に返って慌てて口を塞ぐが後の祭りである。
 柚子は恥ずかしそうにしながら今度は声をひそめた。
「それで透子は大丈夫?」
『ああ、母子ともに元気いっぱいだ』
「それならよかった」
『もう家では祭りでも始まったかのような騒ぎだよ』
 確かに電話の向こうから、なにやら賑やかな声が漏れてくる。
「これでにゃん吉君もお父さんだね」
 まだ“東吉”と“お父さん”という言葉がつながらず、違和感がある。
『からかうなよ。なんか気恥ずかしいじゃんか』
 柚子はクスクスと笑った。
「おめでとう」
『おう、サンキュー。じゃあ、次は蛇塚に連絡しないといけねぇから』
「うん。落ち着いたら会いに行くね」
『おー、待ってるぞ』
 そうして電話を切ると、玲夜に笑みを向ける。
「産まれたんだって。女の子」
「そうか。なら、祝いの品を贈らないとな」
「ほんとだね。なにがいいだろう」
 なにを贈るか考えるだけでも心がウキウキとしてくる。
 ピロンと音が鳴ったのでスマホを確認すると、東吉から産まれたばかりのかわいらしい赤ちゃんの画像が送られてきた。
「玲夜、見て見て!」
 玲夜に画像を見せると、穏やかな顔で小さく笑った。
「皺くちゃだな」
「確かにそうだけど、かわいいじゃない」
「柚子の子だったらもっとかわいい」
 急に甘い微笑みを浮かべ柚子の頬に触れる玲夜に、柚子の顔が紅くなる。
「前はふたりの時間を長く取りたいからしばらくいいと言っていたが、早くてもいいかもな。柚子と子供が家で待ってると思うと仕事も早く終わりそうだ」
「玲夜……。それって私を働かせたくないだけじゃないの?」
 じとっと見つめれば、くくくっと肩を震わせる。
「バレたか」
「もう! やっと許してくれたと思ったのに、まだ学校行くのをやめさせることあきらめてなかったのね」
「当たり前だ。どこに大手を振って花嫁を外に出すあやかしがいるんだ」
 あきらめの悪さにあきれるが、これでも最大限の譲歩はしてくれていると分かっているので柚子も強気には出られない。
「学校は一年だけだから」
「浮気は」
「しません!」
 料理学校を許可したはいいものの、これまで何度となく繰り返されたやりとりである。
 柚子の選んだ料理学校が、男女共学の一般人向けの学校だったのでなおさらだ。
 今通っているかくりよ学園なら鬼龍院の威光が強くて誰も近付いてこないことを知っているので、玲夜も浮気の心配などしないのだが、来年から通う料理学校はあやかしとは無関係の人間の学校なのでいろいろと心配が尽きないのだろう。
「それに子鬼ちゃんと龍は連れていってもいいように交渉してくれたんでしょう?」
「お目付役は必要だからな。寄付金をちらつかせて納得させた」
 平然と言ってのけるが、要は金に物を言わせて言うことを聞かせたのだ。
 鬼龍院とは無関係の学校と言えども、鬼龍院の権力が効かないわけではないのである。
 突然鬼龍院が圧力をかけにやって来て、学校関係者はさぞ胃を悪くしただろうが、柚子が学校に通うために子鬼たちの存在は必要不可欠だったので、心の中でひっそりと謝った。
 心配してくれる玲夜には申し訳ないけれど、料理を習えると思うと今から楽しみで仕方ないのだ。

***

 花嫁が産んだ子供の誕生に、猫田家では三日三晩どんちゃん騒ぎが続いたらしい。
 柚子はすぐにでも駆けつけたいところだったが、透子の体力が戻るのを見計らってから猫田家を訪れた。
「柚子、若様、いらっしゃい」
 産後少し経った透子はいつも通りの笑顔で迎えてくれた。
 元気そうな姿を見てほっとする。
「おめでとう、透子。にゃん吉君。これお祝い」
「ありがとう、柚子」
 中身は玲夜と一緒に選んだかわいらしいベビー服だ。
 まるで自分たちの予行演習かのように、ベビー用品を見てはしゃいでしまった。
 ベビー服はかわいいものが多く、あれもこれもと言っていたら両手いっぱいになってしまったが、透子から東吉が必要以上にベビー用品を買ってくると愚痴を聞いていたので、厳選に厳選を重ねた一品を買ってきた。
 東吉は赤ちゃんにデレデレのようで、ずっとべったりだと透子があきれたように言っている。
 今もベビーベッドに寝ている赤ちゃんの寝姿をカメラにおさめている最中だ。
「あきれるでしょう? あれ、昨日も同じことしてたんだから。昨日も今日も大して変わらないってのに」
「にゃん吉君、溺愛だねぇ」
「そのうち反抗期になったらうっとうしいって言われるんだから今が花よ」
「にゃん吉君絶望しそうだね」
 古今東西、娘とは父親を嫌う時期が来るものだ。
 まあ、柚子は両親が両親だったので、そんな反抗期は経験していないのだが。
「ねえ、柚子も抱っこしてみる?」
「えっ、いいの?」
 柚子の目が輝く。
 カメラ小僧となっている東吉を押しのけて、透子がまだ首も据わっていない赤ちゃんを抱きあげら、柚子の元に連れてくる。
「そっとよ。首に腕を回して」
「わわわっ」
 ゆっくりと手渡され抱っこした赤ちゃんは思っていたよりずしりとした重さを感じた。
 けれどまだまだ小さいその命になにやら感動する。
「わー、かわいい……。ねぇ、玲夜」
 ぱっと見あげると、優しい顔をした玲夜と目が合う。
「そうだな」
 すると、それまで眠っていた赤ちゃんが目を開けた。
「あっ、起きた見たい」
「なに!? ヤバい、柚子。鬼龍院様から離れろ!」
「えっ? なんで?」
 急に慌てだした東吉に、柚子が戸惑っていると、赤ちゃんが玲夜をじーっと見つめたかと思うと、手を伸ばした。
「あら、莉子は若様が好きみたいね」
 莉子とは赤ちゃんの名前だ。
「えっ、まじか!?」
「にゃん吉君はなにをそんなに驚いてるの?」
「忘れたのか、柚子。俺ら猫又は弱いあやかしなんだ。鬼の強い霊力を前にしたら普通の子供はギャン泣きするぞ。大人でもギャン泣きするかも」
 大人のギャン泣きなど見たくはないが、東吉の言いたいことは分かった。
 確かに、今でこそ玲夜に慣れた猫田家だが、当初は上を下への大騒ぎだったのだ。
 猫又の子供が鬼の気配を怖がるのは最もだった。
 だが、莉子はまったく怖がる様子もなく玲夜へ手を伸ばしている。
「さすが私の子。若様の美しさには弱いのね」
 透子がひとり納得している。
「玲夜も抱っこしてみる?」
 すると、玲夜が珍しく戸惑った表情を浮かべた。
「透子、いい?」
「もっちろん。ほら若様、手出して」
「いや、俺は……」
 困惑す玲夜をものともせず、透子は柚子から受け取った莉子を玲夜へと引き渡す。
 恐る恐る莉子を抱く玲夜は一枚の絵画のよう。
 すかさず透子が東吉から奪ったカメラのシャッターを連写している。
「やはり花嫁の産んだ子だな。猫又ながらに霊力が強い。俺に泣かないとは、将来が楽しみだな」
 柚子はすすすっと透子に近付き囁く。
「その写真後で私にもちょうだいね」
「ふふふ、もちろん。それにしても、あれを見てると若様の子供が産まれるのが楽しみね、柚子」
 ぽんと肩を叩かれた柚子は、玲夜が大事そうに赤ちゃんを抱く姿に未来の光景を見た。
「うん……。本当に楽しみ」
 きっとその時が来たら夢のような幸せを感じることができるだろう。
 きっとそれは遠くない未来に見ることができるに違いない。