六章
両親との絶縁を決意し、玲夜ともちゃんと話し合いができて、いつもの甘い雰囲気が戻ってきた。
そんなところへ玲夜の父親、千夜がやって来て、今回のことへの謝罪を受ける。
「柚子ちゃんには内輪のもめ事に巻き込んじゃってごめんねぇ」
「それはかまいませんが、できれば事前に私にも話してくれると助かります。玲夜は全然話してくれないので」
玲夜にじとっした眼差しを向けると、ばつが悪そうに柚子のことを見ようとしない。
そんな様子を見た千夜が声を出して笑う。
「あはは、玲夜君もとうとう柚子ちゃんのお尻に敷かれ始めちゃったね~」
「父さん……」
苦虫をかみつぶしたような顔でにらむが、今の玲夜ではまったく怖いと感じない。
「ところで、あの神谷って人はどうしたんですか?」
護衛によってどこかへ連れて行かれたが、その後の消息は不明である。柚子は気になっていた。
「あのお馬鹿さんならちゃんとお仕置きしておいたから大丈夫だよ~。二度と柚子ちゃんの前には現れないからね」
ニコニコと人のよさそうな笑顔だが、言ってることはなかなかに怖い。さすが玲夜の父親である。
「えっと……じゃあ、その神谷を裏で操っていた鬼沢家はどうなるんですか?」
一応鬼の一族の一員である。それほど重い罰は与えられないのだろうなと思っていたら……。
「あの家は島流しの刑だ」
と、当たり前のように言う玲夜に、それ以上深く聞けなくなった。
玲夜と千夜の笑顔の中にあまりにも凶悪な色を目に宿していたので、きっと島流しで済んでいないに違いない。
柚子は心の中で合掌した。
『主家を裏切っておったなら当然の報いだ』
龍の言葉に子鬼うんうんと頷いていた。
「まあ、鬼の一族の中のことは僕や玲夜君が片付けることだから、柚子ちゃんは気にしなくていいんだよぉ」
知らない方が柚子のためだ、という副音声が聞こえてきそうな千夜の笑顔に、柚子はこくこくと頷いた。
そうこうあっていろいろなものが片付くと、柚子は玲夜とともに本家からもほど近い老舗の高級ホテルの大広間を見学に来ていた。
結婚式の披露宴をする会場を下見に来たのだ。
このホテルは鬼龍院御用達のホテルで、なにか大きなパーティーがあるとこのホテルを利用しているらしい。
遠い昔は玲夜の両親の、最近では桜子と高道の披露宴に使われた。
桜子と高道は柚子が見学している広間より、ひとつ小さい広間だったようだ。
見せてもらっているこのホテルで一番広いという大広間は、柚子の思っている披露宴をするような規模の広さではなかった。
「玲夜、ここちょっと広すぎない? まだ桜子さんたちが使ったっていう広間の方がよくない?」
それでも柚子には広すぎると感じる部屋だった。
いったいあのふたりの披露宴では何人招待したのだろうか。
圧倒される柚子に対し、玲夜は大広間を見渡して表情ひとつ変えない。
「いや、これぐらいの広さは必要だろう。むしろ狭いか?」
「いやいやいや、全然狭くないよ!」
とても狭いという言葉と結びつくような部屋ではない。
「招待客の名簿を確認したか?」
「ううん。まだ。私の方の招待客はリストアップして高道さんに渡したけど、玲夜の方は確認してない」
「高道」
ともに来ていた高道がさっと柚子に書類を渡してくる。
受け取った柚子が内容を確認すると、何枚にも続く名前の羅列。
もしかしなくとも、嫌な予感がしてきた。
「えっ、まさかこれ全部招待客?」
「そうだ」
「そちらはとりあえず決まっている方々だけで、これからまだ増える予定です」
めまいを起こしそうな衝撃だった。
確かにこの大広間ほどの大きさは必要かもそれないと納得させられた。
「さすが鬼龍院……」
「そうですね。あやかし界でも日本経済界でもトップに立つ鬼龍院家次期当主の披露宴ですので、これぐらいは当然かと」
なぜか高道が自慢げにしている。
この披露宴のことも主役である柚子と玲夜以上に気合いを入れているのが高道である。
玲夜至上主義の高道としては、絶対に成功させたい大事な宴なのだろう。
先日桜子と会った時に、自分の結婚式より力を入れていると呆れていたのを思い出した。
頼もしくはあるのだが、主役よりも先に涙を流すようなことはしないでくれることを願いたい。
鬼龍院の伝統もよく分からない柚子は、高道が必死に説明しているのに頷くだけだ。
いつの間にか披露宴のスケジュールから、演出までいろいろと決められていた。
悔しいかな。自分の結婚式なのだから勝手に決めるなと文句を言いたいところなのだが、なんとも柚子好みな演出内容となっているので文句の言葉も出ない。
むしろ柚子が知らなかったような変わった演出まで組み込まれていて、逆に興味をそそられるほどである。
一体どれだけ調べ尽くした上で、提案してきているのか。
ちゃんと仕事はしたいたのかと心配になった。
玲夜へ対する高道の執念を見た気がする。
「……と、このような行程になりますが、よろしいですか?」
「それでいいだろう。柚子はどうだ? なにかしたいことがあるなら高道に言うといい」
「ほぼ高道さんが言っちゃったから言うことない……」
なんでもこなす敏腕秘書。
一応、そばに今回の披露宴を任せるプランナーは立っているのだが、彼女の出番は特にないようだ。自分を放置して力説する高道に困ったように笑っている。
高道はいっそ結婚式のプランナーに転職すればいいと思う。
きっと、その業界でもやっていけるだろうに。