「お父さん、お母さん……」
「なぁに、柚子?」
「どうしたんだ、柚子?」
柚子は強い眼差しで両親を見据える。
「私はその人と結婚なんかしないわ。私が愛してるはただひとり、玲夜だけだもの」
「なんてことを言うんだ、柚子! お父さんたちを見捨てるのか!?」
「そうよ。あなたまで花梨のようなことをしないでちょうだい!」
「私はあなたたちの思い通りには動かない。なにがあっても、玲夜と結婚する。文句なんて言わせないわ」
迷いのない毅然とした柚子の態度に、父親は顔を赤くして口をパクパクと開閉する。
「柚子、我が儘を言わないで。お願いよ、私たちには柚子しか助けてくれる人がいないのよ。ねっ、あなたはお母さんたちに逆らわないいい子だったでしょう?」
そう言って、母親はすがるような眼差しを向けてくるが、そんなことで柚子の心が動かされることはなかった。
「確かに私はできるだけいい子になるように行動してた。褒められたかったから、花梨より私を見てほしかったから。お父さんとお母さんにとって自分は必要な存在だと感じたかった」
「なら問題ないでしょう? 私たちは今なによりあなたを必要としているんだから。花梨よりもよ」
「その通りだ」
柚子は自嘲気味に笑った。
「それを子供の時に言ってほしかった。でも、今の私は愛を求める子供じゃない。私には玲夜がいて、友人も、大切だって思う人がたくさんできた。もう、ふたりの愛情なんてなくてもいいのよ。私はたくさんの人に愛されてるって知っているから」
『その通りだ、柚子。我も童子たちも猫たちも柚子を愛しておるよ』
「あーい」
「あいあーい」
龍と子鬼が柚子の言葉を肯定してくれる。
そして柚子はにらみつけるように両親を見た。
「だから、いらない。私にはお父さんもお母さんもいらないわ」
それは本当の意味での両親との決別だった。
それを言葉にして口から出すのはとても勇気がいった。
けれど、自分の道は自分で切り開こう。
それが玲夜との未来へつながるなら、いくらでも勇気はあふれ出てくる。
最後にもう一度両親の顔を目に焼きつけてから、柚子は扉を目指して歩き出した。
「柚子、どこは行くんだ!?」
「待ちなさい!」
「帰ります。もう、ここにいる理由はないから」
「柚子!」
柚子を止めようと伸ばされた両親の手に向かって、子鬼たちが青い炎を投げつける。
「ひっ!」
怯えて手を引っ込めた両親。一瞬で消えた炎を見るに、どうやらちゃんと手加減はできているようだ。
まあ、子鬼からしたらちょっとした威嚇のようなものだろう。
けれど、両親には効果絶大だ。なにせ過去に子鬼に吹っ飛ばされたことがあるのだから、その時のことがフラッシュバックしたのかもしれない。
このうちにとっとと退散しようと止めていた足を動かそうとした時、不気味な笑い声が部屋の中に響いた。
そちらへ顔を向ければ、それはこれまで空気と化していた神谷という男性だった。
「聞き分けのない子ですねぇ。残念ですが、帰ってもらってはこちらが困るんですよ」
「あなたに止める権利なんてありませんが?」
「ありますとも。なにせあなたは私の妻となるんですから。そういう約束です」
「それは両親と勝手に決めた約束でしょう!」
柚子がそれに従う必要などない。
「勝手だろうがなんだろうが、約束は約束。そのために彼らを拾って今日まで世話をし続けてきたんですからね。たくさん贅沢もさせてあげました。責任は娘のあなたに撮ってもらうしかない」
「私はすでにこの人たちとは縁を切っています。書類の中でも他人となった人たちのことなど関係ありません」
反射的に言い返したが、よくよく思い返すと違和感のある言葉。
そのために彼らを拾ったなどと、最初から柚子が目的だったように聞こえる。
「入ってきなさい!」
神谷の呼びかけとともに部屋に幾人もの体格のいい男性が十数人入ってきた。
けれど、ただの人ではない。
『こやつら皆あやかしだな。種類はバラバラだが』
見た目からして整った容姿をした男性たちは、龍によると全員あやかしのよう。
完全に退路を断たれた状態の柚子は神谷をにらむ。
「どういうつもりですか?」
「言ったでしょう? あなたには私の妻になってもらいます。そのために帰すわけにはいかないのですよ」
柚子は逃げ道を探してきょろきょろと見回すが、そうしているうちに男性たちに囲まれてしまった。
「大人しくしていた方が身のためですよ。無駄に怪我などしたくはないでしょう? 私としても、あなたを排除するよう仰せつかっていますが、女性に手荒なまねはしたくありませんからね」
「されどういうこと?」
「おっと、しゃべりすぎましたかね。さっさと捕らえてください」
まるで他の誰かが柚子を邪魔に思って、神谷に指示したかのような言い方だ。
顔を険しくする柚子に魔の手が忍び寄るが、その瞬間、柚子の腕に巻きついていた龍から、まばゆいほどの光が発せられる。
思わず目を覆い、光がおさまると、そこには部屋の中を覆い尽くすほどに大きくなった龍の姿が。
『この愚か者どもが。我がいながら柚子に一本たりとも触れることができると思うでないぞ』
「な、なんだこいつは……」
ずっと柚子の腕に巻きついていた龍を飾りとでも思っていたのだろうか。
人を丸呑みできるほどに大きくなった龍に、腰を抜かす神谷と柚子の両親。
床にぺたりとへたり込んだまま顔面蒼白で怯えている。
『柚子を捕らえようとするなど笑止千万! 柚子の幸せを害そうとする者はただではおかーぬ』
龍はさらに大きくなると、ズガーンと大きな音を立てて天井をぶち抜いた。
「空が……」
天井を突き破ったおかげで、青い綺麗な空が丸見えである。
すると鼓舞するように子鬼も柚子の肩から下りて、周囲に青い炎をぶちまけていく。
手当たり次第に投げていくので、流れ弾が柚子を囲んでいた男性たちに被弾すると、大きく燃えあがった。
「うわぁぁ、消してくれ!!」
「ぎゃあぁぁ!」
「あいあーい」
「やー!」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
『にょほほほほ!』
うねうねと体をうねらせながら建物を破壊していく龍。
そして部屋の中では子鬼の青い炎の光線が辺りを飛び交い、さらに部屋をめちゃくちゃにしていっている。
ちゃんと龍が柚子の周りに結界を張っているようでひとりだけ無傷だ。
もう、誰も柚子のことを気にしている者はいない。
過剰戦力すぎたかと、柚子が途方に暮れていると、大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
そうした入って来たのは、玲夜と高道、そして数名の見覚えのある護衛たちで、なんだか顔色が悪い。
護衛たちは柚子の姿を見てほっとしたような顔をしたと思ったら、涙を流しながら「助かった……」「命がつながった」と互いに喜び合っている。
聞かずとも分かる。
きっと柚子がいなくなったことを玲夜にこってり絞られたのであろう。
後でお詫びが必要かもしれない。
玲夜は柚子に目をとめると、一直線に向かってきて柚子を力強く抱きしめた。
「玲夜……」
「心配した」
それは心の底から吐き出されたような安堵の混じった言葉で、柚子は心配させてしまったことを申し訳なくなった。
「ごめんね、玲夜。どうしても知りたかったの」
心配させてしまったけれど、後悔はしていない。
「無事ならそれでいい」
そう話をしている間も建物は龍と子鬼たちにより破壊されていっているのだが、玲夜は柚子しか目に入っていない。
「えーっと、玲夜。そろそろ止めないと……」
柚子は龍や子鬼に視線だけを向ける。
顔は玲夜に両頬を手で挟まれているので視線だけで訴える。が、しかし……。
「放っておけ。むしろ全壊するまでやらせておけばいい」
玲夜はひどく冷たい眼差しを柚子の両親へと向けた。
「玲夜はどこまで知ってるの?」
玲夜の袖をくいっと引っ張り、両親にいっていた意識を自分に戻す。
「それは帰ってから話そう」
「ちゃんと教えてくれるの?」
「また脱走されたらかなわないからな」
玲夜は眉を下げて困ったように笑う。
「それよりも……」
玲夜は再び両親へ目を向けた。
柚子も倣って呆然と座り込む両親を見たが、すぐにその眼差しは玲夜へ。
「もういいの、玲夜。前は流されるように縁を切ったけど、今度こそ本当にあの両親とは縁を切る。その決心がついた」
「まだ話したいことがあるんじゃないのか?」
柚子は首を横に振った。
「あの人たちにはなにを言っても無駄だってことが分かったからいいの。子供を平然と売ろうとするような親なんてこっちから捨ててやるわ」
そう言って柚子は精一杯の笑顔を作った。
玲夜は「そうか……」と、どこか悲しげな瞳をすると、それを振り払うように一度ゆっくりと瞬きをしてから、柚子の肩を抱いて外へ向かって歩き出した……のだが。
「待て! 私の花嫁をどこに連れて行く!」
愚かにもそう叫んだ神谷に、玲夜の眉がぴくりと動く。
「私の花嫁、だと?」
「そ、そうだ。その女は私の女になるんだ! 連れていくんじゃない!」
玲夜の後ろに仁王像が見えたような目の錯覚を覚える。
それほどに玲夜は激怒していた。
玲夜は未だ立ちあがれずにいる神谷を蹴り飛ばし、転がった神谷の胸を足で押さえつけた。
「貴様、誰をそう呼んでいる? 柚子は俺の花嫁だ。お前如きが自分の女などと口にしていい相手じゃない。地獄に落とすぞ」
そう言ってすごむ玲夜は、まるでゲームのラスボスのよう。
思わず柚子の口元が引きつるほどに怖い……。
あまりの怖さに、神谷など今にも失神しそうだ。
後ろで護衛の人たちが「えっ、怖っ」「玲夜様は鬼じゃなくてきっと大魔王の生まれ変わりだったんだ」「やべ、鳥肌立った。大魔王パネェっす」だとか言っているが、きっと玲夜の耳に入っているだろうに。後が怖くないのか。
玲夜は胸を押さえつける足にさらに力を込める。
今にも骨がきしむ音が聞こえそうで、柚子は心の中で悲鳴をあげた。
神谷の方は心の中では留まらず、盛大に叫んでいるが。
「ぎゃあぁぁ! や、やめろ、金なら出す。だから助けてくれっ!」
「貴様の汚れた金など誰が欲しがるか。死んで詫びろ」
「れれ玲夜!」
さすがにそれはマズいと、柚子は慌てて止めに入る。
「もう帰ろ、ねっ? 私、早く玲夜とふたりになりたいなぁ」
玲夜の腕に抱きついて必死で懇願すると、玲夜はころりと表情を変える。
大魔王から蕩けんばかりの甘い顔へと。
意識が柚子に向かった間に、神谷は玲夜と一緒にやって来た護衛によって引きずられてどこかへ連れ去られていく。
最後に護衛のひとりが柚子に向かって深々と頭を下げて、姿が見えなくなった。
「玲夜様の扱いがお上手になられましたね」
などと、高道はパチパチ拍手しているが、できれば柚子が動く前に高道が止めてほしかったと柚子は思う。
「行くぞ。高道、後は任せた」
「かしこまりました」
深く一礼する高道を背に、柚子は玲夜と歩き出した。
後ろから両親が柚子を呼ぶ声が聞こえてきたが、柚子は決して振り返らなかった。
「なぁに、柚子?」
「どうしたんだ、柚子?」
柚子は強い眼差しで両親を見据える。
「私はその人と結婚なんかしないわ。私が愛してるはただひとり、玲夜だけだもの」
「なんてことを言うんだ、柚子! お父さんたちを見捨てるのか!?」
「そうよ。あなたまで花梨のようなことをしないでちょうだい!」
「私はあなたたちの思い通りには動かない。なにがあっても、玲夜と結婚する。文句なんて言わせないわ」
迷いのない毅然とした柚子の態度に、父親は顔を赤くして口をパクパクと開閉する。
「柚子、我が儘を言わないで。お願いよ、私たちには柚子しか助けてくれる人がいないのよ。ねっ、あなたはお母さんたちに逆らわないいい子だったでしょう?」
そう言って、母親はすがるような眼差しを向けてくるが、そんなことで柚子の心が動かされることはなかった。
「確かに私はできるだけいい子になるように行動してた。褒められたかったから、花梨より私を見てほしかったから。お父さんとお母さんにとって自分は必要な存在だと感じたかった」
「なら問題ないでしょう? 私たちは今なによりあなたを必要としているんだから。花梨よりもよ」
「その通りだ」
柚子は自嘲気味に笑った。
「それを子供の時に言ってほしかった。でも、今の私は愛を求める子供じゃない。私には玲夜がいて、友人も、大切だって思う人がたくさんできた。もう、ふたりの愛情なんてなくてもいいのよ。私はたくさんの人に愛されてるって知っているから」
『その通りだ、柚子。我も童子たちも猫たちも柚子を愛しておるよ』
「あーい」
「あいあーい」
龍と子鬼が柚子の言葉を肯定してくれる。
そして柚子はにらみつけるように両親を見た。
「だから、いらない。私にはお父さんもお母さんもいらないわ」
それは本当の意味での両親との決別だった。
それを言葉にして口から出すのはとても勇気がいった。
けれど、自分の道は自分で切り開こう。
それが玲夜との未来へつながるなら、いくらでも勇気はあふれ出てくる。
最後にもう一度両親の顔を目に焼きつけてから、柚子は扉を目指して歩き出した。
「柚子、どこは行くんだ!?」
「待ちなさい!」
「帰ります。もう、ここにいる理由はないから」
「柚子!」
柚子を止めようと伸ばされた両親の手に向かって、子鬼たちが青い炎を投げつける。
「ひっ!」
怯えて手を引っ込めた両親。一瞬で消えた炎を見るに、どうやらちゃんと手加減はできているようだ。
まあ、子鬼からしたらちょっとした威嚇のようなものだろう。
けれど、両親には効果絶大だ。なにせ過去に子鬼に吹っ飛ばされたことがあるのだから、その時のことがフラッシュバックしたのかもしれない。
このうちにとっとと退散しようと止めていた足を動かそうとした時、不気味な笑い声が部屋の中に響いた。
そちらへ顔を向ければ、それはこれまで空気と化していた神谷という男性だった。
「聞き分けのない子ですねぇ。残念ですが、帰ってもらってはこちらが困るんですよ」
「あなたに止める権利なんてありませんが?」
「ありますとも。なにせあなたは私の妻となるんですから。そういう約束です」
「それは両親と勝手に決めた約束でしょう!」
柚子がそれに従う必要などない。
「勝手だろうがなんだろうが、約束は約束。そのために彼らを拾って今日まで世話をし続けてきたんですからね。たくさん贅沢もさせてあげました。責任は娘のあなたに撮ってもらうしかない」
「私はすでにこの人たちとは縁を切っています。書類の中でも他人となった人たちのことなど関係ありません」
反射的に言い返したが、よくよく思い返すと違和感のある言葉。
そのために彼らを拾ったなどと、最初から柚子が目的だったように聞こえる。
「入ってきなさい!」
神谷の呼びかけとともに部屋に幾人もの体格のいい男性が十数人入ってきた。
けれど、ただの人ではない。
『こやつら皆あやかしだな。種類はバラバラだが』
見た目からして整った容姿をした男性たちは、龍によると全員あやかしのよう。
完全に退路を断たれた状態の柚子は神谷をにらむ。
「どういうつもりですか?」
「言ったでしょう? あなたには私の妻になってもらいます。そのために帰すわけにはいかないのですよ」
柚子は逃げ道を探してきょろきょろと見回すが、そうしているうちに男性たちに囲まれてしまった。
「大人しくしていた方が身のためですよ。無駄に怪我などしたくはないでしょう? 私としても、あなたを排除するよう仰せつかっていますが、女性に手荒なまねはしたくありませんからね」
「されどういうこと?」
「おっと、しゃべりすぎましたかね。さっさと捕らえてください」
まるで他の誰かが柚子を邪魔に思って、神谷に指示したかのような言い方だ。
顔を険しくする柚子に魔の手が忍び寄るが、その瞬間、柚子の腕に巻きついていた龍から、まばゆいほどの光が発せられる。
思わず目を覆い、光がおさまると、そこには部屋の中を覆い尽くすほどに大きくなった龍の姿が。
『この愚か者どもが。我がいながら柚子に一本たりとも触れることができると思うでないぞ』
「な、なんだこいつは……」
ずっと柚子の腕に巻きついていた龍を飾りとでも思っていたのだろうか。
人を丸呑みできるほどに大きくなった龍に、腰を抜かす神谷と柚子の両親。
床にぺたりとへたり込んだまま顔面蒼白で怯えている。
『柚子を捕らえようとするなど笑止千万! 柚子の幸せを害そうとする者はただではおかーぬ』
龍はさらに大きくなると、ズガーンと大きな音を立てて天井をぶち抜いた。
「空が……」
天井を突き破ったおかげで、青い綺麗な空が丸見えである。
すると鼓舞するように子鬼も柚子の肩から下りて、周囲に青い炎をぶちまけていく。
手当たり次第に投げていくので、流れ弾が柚子を囲んでいた男性たちに被弾すると、大きく燃えあがった。
「うわぁぁ、消してくれ!!」
「ぎゃあぁぁ!」
「あいあーい」
「やー!」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
『にょほほほほ!』
うねうねと体をうねらせながら建物を破壊していく龍。
そして部屋の中では子鬼の青い炎の光線が辺りを飛び交い、さらに部屋をめちゃくちゃにしていっている。
ちゃんと龍が柚子の周りに結界を張っているようでひとりだけ無傷だ。
もう、誰も柚子のことを気にしている者はいない。
過剰戦力すぎたかと、柚子が途方に暮れていると、大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
そうした入って来たのは、玲夜と高道、そして数名の見覚えのある護衛たちで、なんだか顔色が悪い。
護衛たちは柚子の姿を見てほっとしたような顔をしたと思ったら、涙を流しながら「助かった……」「命がつながった」と互いに喜び合っている。
聞かずとも分かる。
きっと柚子がいなくなったことを玲夜にこってり絞られたのであろう。
後でお詫びが必要かもしれない。
玲夜は柚子に目をとめると、一直線に向かってきて柚子を力強く抱きしめた。
「玲夜……」
「心配した」
それは心の底から吐き出されたような安堵の混じった言葉で、柚子は心配させてしまったことを申し訳なくなった。
「ごめんね、玲夜。どうしても知りたかったの」
心配させてしまったけれど、後悔はしていない。
「無事ならそれでいい」
そう話をしている間も建物は龍と子鬼たちにより破壊されていっているのだが、玲夜は柚子しか目に入っていない。
「えーっと、玲夜。そろそろ止めないと……」
柚子は龍や子鬼に視線だけを向ける。
顔は玲夜に両頬を手で挟まれているので視線だけで訴える。が、しかし……。
「放っておけ。むしろ全壊するまでやらせておけばいい」
玲夜はひどく冷たい眼差しを柚子の両親へと向けた。
「玲夜はどこまで知ってるの?」
玲夜の袖をくいっと引っ張り、両親にいっていた意識を自分に戻す。
「それは帰ってから話そう」
「ちゃんと教えてくれるの?」
「また脱走されたらかなわないからな」
玲夜は眉を下げて困ったように笑う。
「それよりも……」
玲夜は再び両親へ目を向けた。
柚子も倣って呆然と座り込む両親を見たが、すぐにその眼差しは玲夜へ。
「もういいの、玲夜。前は流されるように縁を切ったけど、今度こそ本当にあの両親とは縁を切る。その決心がついた」
「まだ話したいことがあるんじゃないのか?」
柚子は首を横に振った。
「あの人たちにはなにを言っても無駄だってことが分かったからいいの。子供を平然と売ろうとするような親なんてこっちから捨ててやるわ」
そう言って柚子は精一杯の笑顔を作った。
玲夜は「そうか……」と、どこか悲しげな瞳をすると、それを振り払うように一度ゆっくりと瞬きをしてから、柚子の肩を抱いて外へ向かって歩き出した……のだが。
「待て! 私の花嫁をどこに連れて行く!」
愚かにもそう叫んだ神谷に、玲夜の眉がぴくりと動く。
「私の花嫁、だと?」
「そ、そうだ。その女は私の女になるんだ! 連れていくんじゃない!」
玲夜の後ろに仁王像が見えたような目の錯覚を覚える。
それほどに玲夜は激怒していた。
玲夜は未だ立ちあがれずにいる神谷を蹴り飛ばし、転がった神谷の胸を足で押さえつけた。
「貴様、誰をそう呼んでいる? 柚子は俺の花嫁だ。お前如きが自分の女などと口にしていい相手じゃない。地獄に落とすぞ」
そう言ってすごむ玲夜は、まるでゲームのラスボスのよう。
思わず柚子の口元が引きつるほどに怖い……。
あまりの怖さに、神谷など今にも失神しそうだ。
後ろで護衛の人たちが「えっ、怖っ」「玲夜様は鬼じゃなくてきっと大魔王の生まれ変わりだったんだ」「やべ、鳥肌立った。大魔王パネェっす」だとか言っているが、きっと玲夜の耳に入っているだろうに。後が怖くないのか。
玲夜は胸を押さえつける足にさらに力を込める。
今にも骨がきしむ音が聞こえそうで、柚子は心の中で悲鳴をあげた。
神谷の方は心の中では留まらず、盛大に叫んでいるが。
「ぎゃあぁぁ! や、やめろ、金なら出す。だから助けてくれっ!」
「貴様の汚れた金など誰が欲しがるか。死んで詫びろ」
「れれ玲夜!」
さすがにそれはマズいと、柚子は慌てて止めに入る。
「もう帰ろ、ねっ? 私、早く玲夜とふたりになりたいなぁ」
玲夜の腕に抱きついて必死で懇願すると、玲夜はころりと表情を変える。
大魔王から蕩けんばかりの甘い顔へと。
意識が柚子に向かった間に、神谷は玲夜と一緒にやって来た護衛によって引きずられてどこかへ連れ去られていく。
最後に護衛のひとりが柚子に向かって深々と頭を下げて、姿が見えなくなった。
「玲夜様の扱いがお上手になられましたね」
などと、高道はパチパチ拍手しているが、できれば柚子が動く前に高道が止めてほしかったと柚子は思う。
「行くぞ。高道、後は任せた」
「かしこまりました」
深く一礼する高道を背に、柚子は玲夜と歩き出した。
後ろから両親が柚子を呼ぶ声が聞こえてきたが、柚子は決して振り返らなかった。