そんなことがあってから、両親からの手紙がぱったりと来なくなった。
 不審に思っていた柚子に龍が教えてくれる。
『どうやらあの男が柚子への手紙を握りつぶしておるようだぞ』
「やっぱり」
 急に届かなくなるなど、おかしいと思っていたのだ。
 どうやら玲夜は、意地でも柚子を両親と会わせたくないらしい。
 柚子の瞳に強い意思が宿る。
 数日後のとある朝、玲夜が仕事へ行ったのを見送ってから、龍とまろとみるくを連れて部屋へ行く。
 子鬼も部屋へ入ろうとしたが、「ちょっと外で待っててね」と言って、部屋の扉を閉める。
 柚子は覚悟を決めた強い眼差しをしていた。
 先日の玲夜からは痛いほどの気持ちが伝わってきた。
 きっとなにかあったのだ。それも、柚子に係わるなにかが。
 それがなにかは分からないが、このタイミングで送られてきた親からの手紙。
 そこになにか答えがあるような気がしていた。
 なぜなら、玲夜ならばこんな時、柚子の意思を尊重して『行くな』ではなく『一緒に行く』と言ってくれているはずだから。
 そうしないということは、会わせたくない理由があるにちがいない。
 玲夜が悲しいほどに柚子を大事に思ってくれていることは伝わったが、それは柚子だって同じ。
 玲夜を愛している。誰よりも。玲夜が柚子を唯一と言うように、柚子にとっても玲夜は唯一なのだ。
 だから知らないままではいたくない。玲夜だけに背負わせたくない。
 けれど玲夜になにを言っても玲夜はなにも話さないだろう。なによりも柚子のことを考えてくれているからこそ。
 玲夜がかかわらないように柚子を遠くに追いやるならば、柚子の方から向かっていくしかない。
 だってもうすぐ自分たちは夫婦になるのだから。
 喜びだけでなく、苦しみも悲しみとともにありたい。
 もはや両親に会いに行く理由は数日前とは違っていた。
 今はただ玲夜のために、そして自分と玲夜ふたりのために。
「両親に会いに行きたいの。けどきっと私ひとりで行くのは不可能だと思う」
『そうであろうな』
 玲夜は柚子に常に護衛をつけている。
 この屋敷を出ることができても、すぐに護衛に見つかり、玲夜へと報告がいくだろう。
 そして目的地にたどり着く前に連れ戻されるに違いない。
「ねえ、玲夜や護衛の目を盗んで両親のところまで行くことはできる?」
 これは賭けだった。
 霊獣である龍と猫たちの力を借りれればあるいは可能なのではないか。
 そう思って問いかけると、龍は急に笑い出した。
『ふはははは~。あの男を出し抜こうと言うのだな。よかろうとも。我の力を持ってすれば容易いことだ。柚子が願うなら力になる。それこそが我らがここにいる意味であるからな』
「本当にできるの!?」
『もちろんだとも。ただし、条件がある』
「なに?」
 柚子でできることならなんでもするつもりだ。
『童子たちも一緒に連れていく』
「子鬼ちゃんを? でも、子鬼ちゃんは玲夜の使役獣だから……」
 柚子のために玲夜が自分の霊力を使って産み出した子鬼たちは、霊力により玲夜と繋がっていて、玲夜は子鬼のいるところを感じることができる。
 子鬼を連れていけば、自然と居場所を知らせることになる。
 そして子鬼は柚子のことを逐一報告しているに違いない。
 聞いたことはないが、子鬼しかいない間のことを玲夜が知っていたりするので、その予想は間違ってはいないはずだ。
『ならば誓わせればいい。童子たちよ、入ってこい!』
 龍が外に向かって呼びかけると、子鬼たちが扉を開けてひっこりと顔を出した。
「あーい?」
「あい」
『中に入ってしっかり扉を閉めるのだ』
 言われるように扉を閉めて、トコトコとやってくる子鬼に龍が告げる。
『我らはこれからあの男に反旗をひるがえーす!』
「いや、反旗はひるがえさないよ。玲夜のためになにかできないかと思っただけで」
 すかさず柚子がツッコむが、龍は右から左へ受け流す。
『そこでそなたちに問う。あの男ではなく柚子につくか?』
 子鬼たちは互いに目を合わせる少し考えてから、元気よく手をあげた。
「あーい」
「あーい、あーい!」
「では誓え。言葉に出して、柚子に忠誠を誓うことを」
 すると、子鬼たちは……。
「あい、誓う~」
「僕も誓う!」
 柚子はぎょっとした。
「子鬼ちゃんがしゃべったぁ!?」
 これまで子鬼が発した言葉と言えば「あい」とか「やー」ぐらい。言葉とも言えぬかけ声のようなものだ。
 けれど、今は確かにそれ以外の言葉を口にした。
『柚子が知らぬだけで、こやつらはずいぶん前から話せていたぞ』
「そうなの!?」
『我と猫たちの力を子鬼に注いだことで話せるようになったのだ』
 以前、まろとみるくが子鬼を救うために力を与えたことは知っていたが、そんな付与までされていたとは初耳である。
「でも、私の前で話してるの聞いたことないけど?」
「玲夜が駄目って言った」
「柚子の前じゃ話しちゃ駄目なの」
 少し子供っぽさがあるが流暢に話している。
 まだ驚きが消えない柚子は、その子鬼の言葉に疑問が浮かぶ。
「どうして、私の前で話したら駄目なの?」
「玲夜すごくやきもち」
「玲夜、柚子大好き!」
 まったく意味が分からん。だが、言葉を話す子鬼はなんともかわいい。
 驚きを越えて癒やされ始める柚子。
「しゃべるとなおかわいい……」
『だからだろう。あの男め、童子たちがしゃべられることを柚子が知ったらずっと子鬼と話をしそうだからと話すことを禁止しておったのだ』
「玲夜、嫉妬深い」
「柚子を他に取られたくない」
 そんな理由で命じたのかと、柚子はあきれ顔だが、玲夜は柚子のことになると心が途端に狭くなるのでさして驚くことでもない。
『さて、童子たちにも誓わせたことだし、早速抜け出す算段をつけようではないか』
「どうやって?」
 霊獣の力なら人知れず抜け出すことができるのではないかと相談しながらも、どうやるのかまでは分からない。
『まずは、屋敷の者に部屋に近付かぬように言ってから、出かける準備をするのだ、柚子』
「う、うん」
『あっ、服はズボンにするのだぞ』
 首をひねりながら言われるままに雪乃に勉強するのでしばらく部屋に来ないで欲しいと伝える。
 今日が大学の休みの日でよかった。そうじゃなければ、出かけない柚子を呼びにくるだろうし、休むためへたに体調が悪いなどと言えば屋敷中大騒ぎになって柚子を構い倒し、いなくなったことがすぐに分かってしまう。
 雪乃に念を押してこらから部屋に戻り準備をし終えると、靴も履くようにと言われて困惑する。
 玄関まで取りに行けば不審がられるだろう。
 幸いなことに、まだおろしていない新品の靴がクローゼットに入っていたので、それを履いた。使っていないので部屋の中で履いても問題ない。
『よし、では猫たちはここで時間稼ぎだ』
「アオーン」
「にゃん」
 まろとみるくは返事をするように鳴き声をあげると、部屋の扉をカリカリと、まるで爪とぎでもするかのように掻く。
 しかしそれも数秒のこと。
 すぐに移動すると、窓の前でまたもやカリカリ爪とぎのような動作をする。
「まろとみるくはなにしてるの?」
『結界を張っておるのだ。ここはあの男の結界の中だからな。それでは柚子がいないことがすぐにバレるから、この部屋に別の結界を張ることで柚子がここにいるかのように攪乱するのだ』
「そんなことできるんだ」
 猫の姿をしていても、やはりただの猫ではないのだと、柚子は感心する。
『さて、では童子たちは柚子に張りつくのだ。しっかりとな』
「あーい」
「はーい」
 べたんと子鬼がコアラのように柚子の腕にしがみついた。
『窓を開けてくれ』
「うん」
 本当に、なにをしたいのかさっぱり分からない。
 そんな柚子の立っている足の間に、龍がするりと入ると、どんどんその姿を大きくする。
「えっ、わわわっ」
 まるで馬のように龍を跨ぐ格好となった。
『柚子、しっかり我に捕まっておるのだぞ』
 そう言うやいなや、龍の体がふわりと浮き上がり、当然龍に乗っている柚子の体も浮き、足が床から離れた。
「えっ、ちょっと待って、どうする気?」
『このまま飛んでいくに決まっておろう』
「えぇぇぇ!! ちょっ、ちょっ」
 龍に待ったをかける前に龍は動き出し、ものすごい速さで窓を飛び出し、あっという間に空高くまで駆け登った。
「ひゃあぁぁぁ!」
 柚子は龍の鬣に必死にしがみつきながら悲鳴をあげる。
「わーい。楽し~」
「もっと~」
 子鬼は無邪気なものだが、柚子は紐なしバンジーをしている気分だ。
「これ周りから見られてないのー!?」
 柚子から地上を歩く人が見えているということは、地上からも柚子たちが見えているのではないかと心配する。
 なにせ今の龍は巨大化しているのでなおさらだろう。
『ちゃんと見えぬようにしているから大丈夫だ』
「そんなら安心」
「だねー」
 子鬼のように安心などと呑気にしている余裕は柚子にはない。
「絶対に落とさないでね!」
 そこは念を押しておかねばならない。
 しかし、子鬼がきゃっきゃはしゃくので、龍も調子に乗って無駄な動きが多い。
「早く下ろしてぇぇ!」
 遊園地のジェットコースターなら喜んで乗るが、こんな不安定な乗り物をいつまでも乗っていたくない。
 柚子の絶叫を聞いたからなのか、ようやく龍は高度を下げていき、ゆっくりと人気のない公園へ降り立った。
 そのままいつものサイズに小さくなった龍は、得意げに『ほれ、ちゃんと抜け出せたであろう』と胸を張っているが、柚子はそれどころではない。
 ふらふらとしてそのまま地面に座り込んでしまった。
 これほどに地面を愛おしく思ったことはなかっただろう。
「柚子、大丈夫?」
「柚子グロッキー。大丈夫じゃない」
「死ぬかと思った……」
『我が柚子を落とすわけがなかろう』
 心外だと言わんばかりの龍だが、事前の説明も命綱もなく空中散歩に強制連行された気持ちを理解してほしい。
 未だにバクバクする心臓を落ち着けるために深く深呼吸して、呼吸が整ったところでゆっくりと立ち上がる。
 今いるのは屋敷から少し離れたところにある公園だ。
『それでは行くか、柚子?』
「うん。行こう。両親のところへ」
 柚子は強い決意を目に宿して歩き出した。