その日の夕方。

 私は、先輩に連絡してみた。

『また今夜、会いませんか? 澄んでいる空ですよ』

『なんかどことなく古文みのある感じだな』

 そんな風に帰ってきた後、私と先輩は待ち合わせた。

 場所は、この前とは違う。

 明るい街の明かりも見える、崖の上だ。

「こんばんは」

「あ、こんばんは先輩」

 私と先輩が、目を合わせたのは数秒。

 夜景とその先の見えない月を見た。

「今日、昔の友達に会いに行ったんだっけ」

「はいそうです。楽しかったです」

「よかったな」

「はい、ほんと、連絡とってよかったです。……先輩は、幼馴染さんとは、会えたんでしたよね?」

「うん、会えたよ」

 先輩はほっとしたように、肩を少し上げてから落とした。

 今日は新月。

 月は見えない。

 だけど、遠くまで続く灯りの連なりは、まるで、かぐや姫を誘う特別な道のように見えた。

「かぐや姫を迎えに来る乗り物がきそうですね」

「ああ、まあたしかにそう見えるのかも」

 先輩はうなずいて目を遠くに向けているようだった。

「昔話ってほんと昔の話だよな」

「そうですね、こんな夜景がある時に生まれた話ではないですもんね」

「だな。そんな時にできた話を今の人も知ってるってすごいよな」

「ほんとですね。そんな時のスケールに比べたら、私たちが振り返っていたのって、まあほとんど今みたいなもんですよね」

「なるほどね、そういう考え、すごいいいと思う」

 先輩と幼馴染さん、私と波無ちゃん。

 そんなほんのちょっと前のほんのちょっとの心残りを解決しただけで、ほんのちょっとしかこの世界にいたことのない私は、私にとってはとてもとても、気持ちが動いた。

 そう、ほとんど今と今はあんまり変わらないかもしれない。

 けど、この先は、色々と違う気がする。でもそれもすぐに今になる。

 この、先輩との会話。

 私がかぐや姫の話に軌道を戻すか、それとも……。

「なあ、心由」

「はい、なんでしょう?」

「なんかさ、もう、色々とすっきりしたらさ、それでもすっきりしないことが逆に際立つっていうのかな、そんな状態になってる僕」

「私も似たような感じですね」

 すごく昔の話が昔話。

 ほとんど今の話は、私と先輩にとっては少し前の話。
 
 そして、今の話は……。

「好き、心由が。僕は心由のことが好き」

「え」

 先輩に、言われちゃった。

 今。

 ほとんど今。

 先輩の言葉は、昔話のように千年も残るどころか、もう消えた。灯りの道の先に何もないように、そこにはない。

 でもまだ間に合う。だって、先輩とは、どこかずっと先を見ているわけじゃないから。私は今の先輩を見てて、先輩は今の私を見てるから。

 私も言っちゃえ!

「先輩が、好きです」