「心由ちゃん!」

 私は懐かしい場所に来ていた。

 昔、私が引っ越す前に、よく遊んできた公園。

 公園と言ってもそこそこ大きい公園で、遊具の周りに広大な森があって、レストランや科学館、プラネタリウムまでついている建物もある。

 そんな建物の入り口で、私は本当に久々に人を待っていた。

 そして声をかけられたのが今。

 背が高くなっていて驚いた。

「波無ちゃん……!」

「凄い、なんか半分だけタイムスリップしたみたい」

 あまりにも懐かしすぎたのか、私のかつての親友、波無ちゃんはそう感想をもらした。

「ねえ、昔みたいに、歩き回ろうよ。歩き回るっていうには流石に狭いかもしれないけど」

「うん」

 私の提案に、波無ちゃんはうなずいた。

 

 私たちは森をぐるっと回った。

 丸太の橋の幅や、木で組まれた階段が、すごくこじんまりとしているように見える。

 でも森全体は、やっぱりまだ大きかった。

 この時期はちょうど、すごく緑! と言った感じの季節で、しかも気温もちょうどいい。

 久々に、波無ちゃんと話すのにも、とてもいい環境だった。

「ねえ、私たちって、最後喧嘩したんだっけ」

「うん」

 私は、不意に波無ちゃんに言われてうなずいた。

 そう、あの時。夜の満月の下で喧嘩した。

 といっても、月に住むうさぎがじゃれあうくらいのつもりだったけど。

 でもやっぱり喧嘩になって、そうしてしかもそれから疎遠になってしまっていた。

「あの時、なんで喧嘩してたんだっけ?」

 波無ちゃんが私にきいた。

 波無ちゃんも少しは覚えてるのかもしれないけど。

 私は思い出した。

「たしか……月の、小説の話だったよね」

「……うん」

 あの時。

 現代文の課題で、小説を書く課題が出た。

 お題は月。

 だから私と波無ちゃんは、月の下で出来上がった小説を見せあったのだ。

  ✰   〇   ✰

波無ちゃんの小説は、ヨーロッパのような世界観の話で、普通に面白かった。とてもやさしいお花屋さんの女の子が、街を笑顔にする話。

 問題は私の小説で。

 私の小説を読んだ波無ちゃんは、私を疑わしい目で見てきたのだ。

 どうしてかは、私にもわかったけど。

 でも、それでも私は波無ちゃんを見つめ返した。

 
 私の小説は、二人の女の子の話だった。

 主人公の女の子視点でもう一人の女の子を、ひたすら描く話だ。

 そんな話なんだけど、とにかく主人公の女の子はもう一人の女の子に嫉妬する。

 それは間違いなく、私が波無ちゃんに抱いている気持ちの表れだと思う。

 
「心由ちゃんってさ、私のこと、どんなふうな存在に思ってるの?」

 波無ちゃんは私にきいてきた。

 だから私は、もう思ってるままに答えた。

「うらやましい。ずるいなあって」

「ずるいってなに? 私は心由ちゃんのことずるいって思ったことはないよ」

「いや、別に……」

 私は黙り込んでしまった。

 だってたしかにそれは私が悪いから。

 変な小説を書いたのも私にしか問題はなくて。

 だから急に、この話を終わらせたくなった。

 どうしよう。

 そして、私はそこで逃げてしまったのだ。

 よわい!

 よわいばか私!

 でも私はそうして波無ちゃんから離れてしまって。

 そしてそれからあまり話さない関係になり。

 さらに私は引っ越してしまったのだ。

   ✰   〇   ✰

「あの時の心由ちゃんの気持ち、わかるなあ」

 波無ちゃんは歩きながら、そう言った。

「え、そうなの?」

「うん、なんか私って、なんかなんでもできてすごいって自分でアピールしてて、なんだか井の中の蛙状態だったから。心由ちゃんがうざがるのもわかる」

「そ、そんなにうざがってないよ!」

 私は否定した。私はただ、波無ちゃんをうらやましいと思っていただけなんだから。波無ちゃんみたいに、なんでもできる人はずるいなあ、可愛いのもずるいなあ、足が長いのもずるいなあ、色々ずるいなあと思っていただけなんだから。

「それならいいんだけど……私はね、心由ちゃんのこと好きだから」

「……私も、好きだよ。波無ちゃん」

「ありがと。私、ずっと、心由ちゃんみたいに、優しくなりたいって思ってた。だからね、あの時……」

「あの小説……?」

「うん。私もね、物語の中だったら、優しくなれるかなって、心由ちゃんみたいに」

 そんな想いがあったのか。

 びっくりだよ。波無ちゃん。

 私と波無ちゃんは目があって、そして、同じ方向を見た。

 ずっと昔にもきたことがあるはず。

 目の前に、大きな半球が現れた。

 プラネタリウム。

 お互いがとても綺麗に光って見える私たちはきっと、二人で一緒に星空を見上げれば、ずっと一緒になれるはず。

 そんなふうに私は思ったりして、だから提案してみた。

「プラネタリウム、見てみない?」