✰ ○ ✰
「はあ、はあ」
仕事が終わって、電車に乗って最寄り駅について。僕はすごい勢いで、児童館に向かっていた。
児童館が閉まるのが夜八時。今は七時五十分。
八時になった瞬間、娘が放り出されるなんてことはないだろうけど、時間を過ぎるのは、申し訳なさすぎる。
「ま、まにあった……」
僕は息を整えながら、児童館の入り口をくぐった。
「あ、お疲れ様です」
児童館の先生がこちらに来た。
「すみません。遅くなりました」
「いえいえ、あかりちゃん、プラネタリウムが大好きで、今日もみんなが帰った後はずっと見てたんですよ」
「そうですか」
僕とひかりが天文部にいたころから、十二年がたった。それでも、まだ、プラネタリウムは児童館の子供たちを楽しませている。
「あ、パパおかえり~」
「ただいま、あかり。帰ろうか」
「うん」
僕とあかりは、手をつないで夜道を帰っていた。あかりは、今日楽しかったこと、いやだったこと、色々順番に話してくれた。
家の近くまで来た時、プラネタリウムの話になった。
「きょうね、私、せいざずかんと見くらべながらプラネタリウム見たよ」
「おお、そうか」
「そしたらね、あのプラネタリウム、ところどころざつなんだよ」
「雑、か……」
まあ高校生が作ったものだし、そうだろうな。
「私の今日の一番の発見は、さそり座がゆがんでるってことだよ」
「ゆがんでる……なるほどな」
懐かしい。確かあれがゆがんだのは、ひかりが激突したからだ。直そうと思えば直せたと思うけど、そこまでのゆがみではなかったから、ずっとそのままだったのだろう。
でも星座図鑑と見比べたら、やっぱりちょっと形が違うのかもな。
「どうしたのパパ」
「ううん。ちょっと、思い出に浸ってただけ」
「へー。……あ、ママだ!」
あかりがぴんと腕を伸ばして手を振った。向こうでひかりが手を振った。
ひかりとあかりと僕は、ちょうど、家の前で一緒になった。
あかりは、僕と手をつないだまま、ひかりとも手をつないだ。
「せーので家にはいろ!」
「うん」
「そうしようか」
僕とひかりは、目を合わせる。あかりからプラネタリウムの話を聞いたせいか、二人きりで最後にあのプラネタリウムを見たことを思い出す。あの時のひかりとのキスは、振り返るだけで、いつだってドキドキしてしまう。
きっと今の出来事だって、流れ星になるんだ。ちゃんと記憶に残るくらいきれいな、ひかりと僕と、そしてあかりだけしか知らない流れ星。
「行くよ。せーの!」
あかりが言うと同時に、僕たちは家の中への一歩を踏み出した。