オベロン王が送ってきた紋章旗が翻る。2頭のクルシュが書物を守るように並んでいる様を図案化した紋章。大賢者のみが使うことを許される軍旗だ。
拠点はすぐに決まった。オクトが本拠地とする王都から見て南西。ヘンタル州の州都にして、東の大陸有数の城塞都市ギーブだ。
リョウが要請すると、この街も連合軍への参加を表明した。すぐにシラン隊と、ギョンボーレ隊が入城した。
「三方を湖と河に囲まれ、しかも本城は断崖の上……まさしく天然の要塞ね」
「それだけじゃない。この河を下れば交易都市バトレバがある。ヒト、モノ、カネ、それに情報の大動脈というわけだ。さすがオレたちの織田信長だな」
このギーブは、三英雄時代にノブナーグ王が建設した城が始まりとされている。雑学王のハルマは、「ギーブ」という地名は、かの戦国大名が本拠とした「岐阜」にちなんでいるのではと推測していた。
オレ達は城塞の中で最も高い塔から周囲を眺めた。天然の要塞の上には二重の城壁と無数の塔が立つ。さらにこの本城を取り囲むように、四つの砦が守りを固める。まさしく難攻不落。この城がオレたちの側についてくれて本当に良かった。
塔からは、四方から人が集まってくる様子が見えた。ある者は一人で、ある者は部隊を率いて。ある者は船で、ある者は街道を。反オクトの意思を明確にした、大陸中の戦士たち。その数は1万に達しようとしていた。
世界規模の戦争になるとは言え、各地で半端な戦いを繰り返すわけには行かない。やるならばどこかで一大決戦を挑み、早期決着を図る。オクトも同じ思いのはずだ。この城塞に集う兵士はその決戦の主力だ。
「そろそろ軍議の時間よ。下へ行こう」
* * *
「要するにさ、ぱぱっとぶつかって、サクッと解決! それしか無いワケよ」
作戦立案を担当するシランは、異世界の言葉でも独自のボキャブラリーを披露していた。オレたち以外の参加者は、賢者軍師の言葉遣いにとまどいながらも耳を傾ける。
「オクトは旧王宮の正規軍を総取りで10万。全軍を一度に動かすのはムリたんだろーけど、とりま3万くらいならイケるっしょ」
「こちらはようやく1万に届いた所です。10万の動員は不可能とは言え、我々が不利なのは間違いない」
「ゲリラ戦はどうでしょう? 兵力で劣っているなら、じわじわと消耗させるのが一番です」
「アタシ的にはナシよりのナシ。ゲリラはどうしてもパンピー巻き込むし。そーゆーのはダメじゃん」
「私も同感です。民の信頼を失えば、我々もオクトたちと同類になってしまう」
よくもまぁ、この世界の言葉をギャル風にアレンジできるなと感心してしまう。そんなシランを中心に賢者、ギョンボーレの戦士、シホの部下たち、それに兵を率いて合流してきた旧王朝の軍人。誰もがそれぞれの立場から、意見を出し戦わせる。オクトが独裁でいくなら、こっちは頭脳の数で勝負だ。
「でもって、向こうには100個以上の聖石兵器持っててさ―。それがマジヤバなわけよ。そ・こ・で! はい、アツシきゅんどぞー☆」
「聖石兵器対策を進めています」
アツシの言葉に、賢者以外の視線が集中する。
「先の戦いだ回収した聖石兵器を研究して、聖石の力を無効化するものを作っています。対聖石兵器とでも言いましょうか…?」
会場がどよめいた。『ターラ』はこの世界の言葉で、否定や打ち消しを意味する。聖石兵器はオクト達の造語で、この世界に強制的に広められた英語だが、オレたちまでそれにならって「アンチクリスタルウェポン」なんて言葉を作りたくはない。だから『ターラ』の語を用いて呼ぶことにした。
「そんなものが!」
「すでに実用段階に入ってます。聖石とは自然界のエネルギーであるマナを調整するもの。ですから、その土地のマナを一時的にゼロにしてしまえば、理論上は聖石兵器は使えなくなります」
「それはまさか……戦場を夜の支配域にするということですか?」
人間よりも聖石のメカニズムに詳しいシャリポが尋ねる。この世界の人間は聖石でマナをコントロールすることによって繁栄した。しかしこの世界には、生命エネルギーであるマナが存在せず聖石が発生しない地域がある。それこそが魔族の住まう夜の領域だ。
「そのとおりです。聖石に周辺域のマナを全て吸い取らせれば、擬似的にその場は夜の領域になります」
「危険すぎる!! 下手すれば、その場に魔王が誕生しかねない!!」
「はい。ですから使えるのはごく短時間。しかも一度だけ。実はそれも、シランさんが短期決戦を主張する理由です」
議場が静まり返る。魔王が生まれるかも知れない。その言葉に、誰もが押し黙った。
* * *
「今回の戦い、ギョンボーレは中立の立場を取らせていただく」
シャリポがそう宣言し、ギョンボーレ隊を率いて離脱したのは、軍議の5日後だった。彼は理由を表明しなかったが、対聖石兵器に対する疑念であろうと、誰もが噂していた。
「いいのですか、二人とも?」
シホが泣き出しそうな顔でオレとリョウに詰め寄ってきた。彼女の話では、兵士たちに動揺が走っているらしい。
「オベロン王とハンシイ姫。この二人からの信用が、私たちの大義です。その片方を失った事で、全軍の士気が下がっています!」
挙兵後ようやく気づいた事だが、オベロン王はこの世界では、何よりも尊敬されている存在の一つだった。聖石を生み出し、魔族との戦いでは人に寄り添い続けた幻の種族の王。彼が叙任したからこそ、賢者の権威は偉大なものとされているし、今回の戦いにも多くの人々が参加している。
そのオベロン王に警戒されてまで、対聖石兵器とやらを使わなければならないのか? 大賢者は焦り過ぎてないか? そんな声はオレの元にも届いていた。
「シャリポやオベロン王には、彼らなりの正義がある。それを尊重したいから、私は離脱を認めたの」
「リョウさん、しかしそれでは……ゲンさん! さっきから私の話聞いてますか?」
シホは苛立っていた。オレが彼女の報告などお構いなしに何かを書き続けているのが、気になるらしい。
「大丈夫、聞いてるから」
「聞いてるからって……」
リョウは彼女を智の騎士に任命していた。賢者の護衛役に与えらる役職で、もともとシャリポが任じられていたものだ。同時にこの役職は、ギーブル軍の指揮官的な意味合いも持っている。
すでに西ではアキラ兄さんが、北ではマコトがオクト軍と激突し戦争が始まっている。そんな中でギーブでの決戦を指揮するシホは焦りを隠せないでいた。
「と、こんなところかな?」
オレは書き上げた紙をリョウに見せる。
「どれ? ……うん! いいんじゃない」
隅から隅まで目を通したリョウは大きく頷いた。
「二人とも一体何を見ているんです? いいですか、私は……」
「シホさん、おでこ出して」
「え?」
リョウは紙を左手に持ち、右手をシホの顔に近づける。
「もしかして、投影……ですか?」
シホに投影を行うのはこれが初めてだ。シホは恐る恐る、手で前髪をたくし上げて額を見せる。リョウの手から発して光がシホの頭へと伝播した。
「ふあっ」
初めての体験に反射的にのけぞるシホ。ふと初めてこのスキルを試した時の、目を白黒させるマコトを思い出した。
「これは……作戦?」
「納得した?」
リョウは左手の紙を蝋燭に近づけながら尋ねる。紙は先端から焦げはじめ。みるみるうちに炎の中に消滅した。これでオレが書いた内容を知るものはリョウとシホしかいない。
「しかしこれは……いや、確かにこれしか無いですね。オクトに勝つためには」
* * *
「これから皆さんへの最後の投影を行います!」
シホに投影を行った日以降、オレとリョウは大賢者連合軍の将兵たちへの投影を始めていた。隊長には軍事関連の本を、偵察兵には測量法や地質学の本を、そして兵士たちには馬の乗り方や武器の扱い方の指南書を。1万の兵全てに投影できたわけではないが、軍全体の底上げにはなったはずだ。そして、その日がやってきた。オレは投影する内容を簡単に説明する。
「ヘンタルの丘周辺の地図だ。道幅、植生、土の質、岩の位置、川の深さや速さ、それにここ数週間の天気まで、兵を動かすのに必要な情報は全て書き込んである。地の利では我々のほうが圧倒的に有利となるだろう」
オクト軍三万が王都を発ったという情報が入ってきた。予測通りの兵力。もちろんオレたちは籠城を選ぶつもりはない。ギーブにはわずかな留守部隊のみ残し、ほぼ全軍でヘンタルの丘に陣取るつもりだ。
「あの、いいでしょうか?」
隊長の一人が挙手した。
「ええ、どうぞ」
「具体的な作戦は? 対聖石兵器の使用以外のことは何も決まってないかと思います。実際に我々はどう部下を動かせばいいのでしょう?」
「それに関しては、現地で敵軍の動きも踏まえた上で説明します。けど、そうね。作戦の概要だけはここで説明しておきましょう」
リョウは、オレの方をちらりと見た。オレは黙ってうなずく。
「サンドイッチ作戦」
リョウが一言、それだけ言うと議場はしん……と静まりかえった。
「え? えっと……それだけ……ですか?」
「分かりやすいでしょ? サンドイッチ作戦。何か問題が?」
「は、はぁ……了解しました」
彼は疑問の表情を浮かべたままだったが、リョウは構わずに話を進めた。
* * *
翌日、オレたちはヘンタルの丘にいた。山頂にテントを張り、そこを賢者たちの本営とする。そして全軍を三段に分けて斜面に配置した。一番下の第一軍には前線指揮官のシホもいる。
「だからダメだっつーの! 女の子にしつこくする奴はマジ無いから!」
「しかし、みんな不安なんです」
「わかってるよ。でもダメなものはダメ!!」
テントの外で部隊長の一人が、軍師シランに迫り拒絶されていた。
「あーまったく!」
「はは、お疲れ様です」
アツシは幕内に戻ってきたシランに水を手渡す。彼女はそれを一気に飲み干した。
「マジしんどいわ。思いつめた顔してる人の頼み断るの……」
「シランさん、案外ヒトがいいですから」
「ちょっとアツシ、"案外"は余計」
部隊長はギョンボーレの図書館にある兵法書や魔導書を、リョウに投影してほしいと懇願してきた。これまで4、50人の傭兵部隊しか率いてこなかった彼に任された兵数は500。しかも魔術師のみで編成された術士隊だ。それまでと戦い方が根本的に違う。それで不安になってしまったらしい。少人数でやっていくしかないオレたちの軍では、その人に余りある立場を与えねばならないケースがあちこちで発生していた。
「オクトだったら、もっと気軽に投影を繰り返してたかもな」
「それで、部隊長の心をがっしりとつかみ、自分の取り巻きにする。そんな所か」
オベロン王に当たれられた賢者という称号。その権限は大きく、世界各地の図書館、魔導院、法務院等、そして行政府など、智にまつわる機関への干渉と、それらが保有する資料の無制限の利用が可能となる。そして大賢者には、もう一つの特権が与えられている。
すなわちギョンボーレの王の代行者として、賢者を自由に任命できる賢者叙任権だ。本来オベロン王にしか許されぬ叙任権を一任される意味は大きく、重たい。もしこの権限を持つものが暴走すれば、賢者の権威は地に落ちる。
大賢者がその気になれば、叙任をちらつかせて人を意のまま操ることができる。逆に大賢者に媚びへつらい、叙任を求める者も出てくるだろう。加えてリョウは〈叡智投影〉のスキルを持つ。賢者の”名”だけでなく”実”も売買できる立場なのだ。下手すれば勇者王朝よりも下衆な一大勢力が生まれる可能性すらある。
そうならないためにも、オレたちは賢者の称号を持つ者をこれ以上増やさず、またリョウのスキルで投影する知識量は最低限のものに限った。これは絶対のルールであり、全面的に信用しているシホにすら異世界語辞典を丸ごと投影するようなことはしていない。
今回のような、兵法書や魔導書の投影を求める声にも、慎重になっていた。
「彼には恨まれるかもしれないけど、それでも私自身が醜悪な怪物になるよりは全然マシよ」
ため息交じりにリョウが言う。その時、またテントの外が騒がしくなり始めた。さっきの部隊長、まだゴネるつもりなのか?
「ちょっと、まだ諦めてないの!?」
苛立ち声でシランがテントを開けると、伝令が飛び込んできた。それも一人や二人ではなかった。
「敵本軍到着、その数6万! 当初の情報の2倍です!!」
「別働隊です! いつの間にか丘の背後に見知らぬ軍勢3万が迫っています!!」
「内応者です!! それにしか考えられません!」
内応者……。オレたちはオクトに対抗できるだけの戦力を得るため、ほぼ無制限に近い形で将兵を募った。スパイが潜り込む余地はいくらでもあっただろう。
「兵力や布陣だけではなく、シャリポ殿の離反や、対聖石兵器の情報も筒抜けになっているかもしれません!!!」
かもしれない、ではなく間違いなく筒抜けになっている。特にシャリポたちの離反。アレで賢者の采配に不安を覚え、オクト側になびいたものは必ずいる。
オクトが6倍の兵力を投入してきたのがその証左だ。オレたちの正確な兵力と、聖石兵器を使えない事も、奴が全部把握しているからだ。そう、全部だ。全部……
「ふふふ……ははははっっ!!」
リョウが高らかに笑い声を上げた。それにつられるように他の賢者たちも笑い始める。
全部、オレたち目論見通りだ!!
「よっし!」
「やりましたね!」
「ゲンゲン、これはもう決まったようなもんだよ!!」
「ああ。この戦い、もらった!」
「逆族の頭目、ゲンに告ぐ。直ちに投降せよ!」
戦場にオクトの声が響き渡る。アグリも馬鹿みたいにでかい声だったがそれ以上だ。おそらく音を増幅するようなスキルや魔法を手下の誰かが使ってるのだろう。
「6万の兵のよってお前たちは包囲されている。聖石兵器を使うまでもない。お前たちに勝ち目はないのだ! 」
やっぱり対聖石兵器のことも筒抜けらしい。
「6万、ねえ」
オレたちはテントの裏に回り、後背に陣取る3万の別動隊を眺める。軍旗の模様は北と西の大陸から報告があったものと同じだ。それぞれの大陸に差し向けた討伐軍だろう。
「あの旗があるということは、やっぱり空間跳躍……プランAですね」
アツシが頭の中で作戦を確認するように言う。
「ジュリアのスキルは予想通りだったか」
ガズト村での前哨戦では、オクトとジュリアが何もない空間から現れた。クルシュの能力と同じような、遠隔地へ瞬間移動するスキルを彼女が持っているのは確かだった。
もし、そのスキルで軍隊を丸ごとワープさせることが可能なら、戦争において最強最悪のカードとなる。オレたちはそれを恐れつつも、可能性が高いと考えていた。オレの〈n回連続攻撃〉がそうであるように一部のスキルには成長性がある。それにスキル効果を増幅させるスキルを持つ転生者がいてもおかしくない。
しかしこの時点で、別働隊3万はすでに戦える兵士ではなくなっていた。言うまでもなく、シランの謀略の勝利だ。
* * *
『まともにやって勝つのは無理ゲー。敵にはこちらの思う通りに動いてもらうしか無いっしょ』
それがシランの立てた基本戦略だ。図書館にこもりきりだったオレたち賢者は、戦争をする能力に関してはほぼゼロ。それで仮にも百戦錬磨で魔王軍すら倒したオクト軍を倒すためには、その道しかなかった。それを可能にしたのはやはり、クルシュと糸電話だ。
『近々、アキラ兄さんやマコトさんのところに、討伐軍が向かうようです』
『うんうん、100パー罠だね』
王都に潜伏しているハルマからの連絡に、シランは答えた。
『注意を北と西に向けといて、本命はウチらの本隊。ついでに、先に出た討伐軍もどこかでUターンして決戦に参加。合戦あるあるだよ』
『あー、俺も元の世界の歴史でそういう話聞いたことあります』
『だしょー? そんじゃアマネっちに代わって~!』
同じく王都で情報収集にあたっていたアマネに、シランは指示を出した。出立前の討伐軍の兵舎に〈足跡顕化〉をかけたのだ。
これで北と西の大陸に向かった討伐軍の進路は手に取るようにわかった。彼女が念じれば対象者の足跡が発光する。これで彼らがいつ引き返しても対応できる。しかし敵軍の位置を把握する恩恵は、それだけではなかった。
『光っている場所に敵の伏兵がいる。殺す必要はない、じわじわと攻めて士気を下げてやれ!』
討伐軍の行路を把握したギョンボーレ隊のクルシュが、夜の空を駆け抜けた。
オレたちとシャリポは別に仲違いなどしていない。相変わらず仲良し同士だ。彼らは毎晩夜襲や補給線の破壊などを繰り返し、別働隊を疲弊させていた。ジュリアのスキルで大規模転移が行われるその時点で、彼らの士気は極限まで落ち込んでいた。
とは言え、それでも6万対1万だ。数字上ではこちらが圧倒的不利だし、そこかしこに間者が潜んでいるので詳細な作戦を全将兵に伝えることも出来ない。
「どうやら間に合ったみたいだな」
本営のテントの前に、西の大陸の反乱軍を指揮しているはずのアキラ兄さんが姿を表した。
「ナイスタイミングだ、兄さん」
「よーし、それじゃあ勝利するとしよう!」
ここで、この戦い最大のトリックが発動する。
* * *
『なあ、皆"サンドイッチ作戦"って聞いたら、どんな作戦想像する?』
それに気がついたのはオレだった。ギーブに拠点を移す前。ガズトの村でアニーラの作ったサンドイッチを眺めながら、オレは皆に日本語で質問した。
『どうした急に?』
『いいからさ、誰が答えて』
『んー、やっぱ挟み撃ち的な作戦じゃないですか?』
口をもぐつかせながらアツシが言った。具材を挟んだ食べ物。その名がついた作戦。オレ達の世界にいた人間ならそう思うのが自然なはずだ。
『じゃあ、"パクランチョ作戦"だったら?』
今度はこの世界の言葉で尋ねた。途端に、全ての賢者たちのパクランチョをつまむ手が、パクランチョを咀嚼する口が、動きを止めた。
『これ作戦に使えないかな?』
「パクランチョ」という言葉には、この世界ではふたつの意味がある。ひとつは、パンに具材を挟んだ料理、つまりサンドイッチだ。そしてもう一つが人名である。
パクランチョ家は代々軍人の家系で、歴史に名を残す将軍を二人輩出している。一人は英雄イドワに付き従い、魔王サードルを討伐したベレラ・パクランチョ。異世界版サンドイッチは、彼が作った陣中食が発祥とされている。
そしてもう一人が、ノブナーグ王の腹心として活躍したクラル・パクランチョ。彼はこのヘンタルの丘で史上初の術師隊戦術を用い、劇的な勝利を収めた。
攻撃魔法に特化した部隊を組織し、丘の中腹に築いた柵まで敵をひきつけ、一網打尽にするという戦術。この術士隊を率いていたのが、パクランチョ将軍なのだ。
兵力で上回る魔王軍は丘を取り囲んでいたが、柵に近づくたびに集中攻撃で殲滅させられ、次第に劣勢に追い込まれていった。そして攻めあぐねた魔王軍が撤退を始めると、将軍は苛烈な追撃戦を展開し歴史的大勝を収めた。
* * *
「オクト軍は俺の〈植物魔法〉に気づいてるだろう。けどクルシュを知らない奴らは、俺が西の大陸にいると思っている。そこで、こんなものが出てきたらどうなるか?」
言いながらアキラ兄さんは地面に向かってスキルを発動させた。あらかじめ等間隔に並べていた種が発芽し、太い幹と枝を伸ばし、瞬く間に強固な防壁を作り上げる。オクト軍六万の目の前でヘンタルの丘は強固な要塞へと変貌した。
「そういうことか!」
「勝てるぞ俺たち!」
「パクランチョ将軍の再来だ!」
味方の中からそんな声が聞こえ始めた。名前しか知らされていない「パクランチョ作戦」の全容が、たった今明らかになったのだ。
「サンドイッチ作戦」という言葉だけは、間者を通してオクトに伝わるはず、とオレ達は予測した。連中はパクランチョ将軍の故事を知らない。そもそも転生者には〈自動翻訳〉によって「サンドイッチ作戦」としか聞こえない。
普段からこの世界の人々を見下し、自分たちこそが支配階級だと慢心していた奴らは、この言葉を聞いてどう考えたか? 単純な挟撃作戦と思ったに違いない。実際、敵の布陣は俺たちの挟み撃ちを恐れ、逆に隊を分散してこちらを挟撃・包囲する形になった。
一方、突如現れた野戦陣地を見て「パクランチョ作戦」が挟撃戦法だと思う者は、この世界の住人にはいない。大賢者連合の将兵1万は、いや敵の正規兵6万も、これが伝承にある第4次ヘンタルの戦いの再現だと気づくだろう。
「全軍、攻撃開始!」
オレは号令をかける。3段構えの陣地にはそれぞれ術師隊を配備している。直前に狼狽えて投影を求めてきたあの部隊長も、今では自分の役割を心得ていた。敵陣の狙い目に向かって魔法が放たれ、次々と火柱や雷鳴が巻き起こる。
包囲網に次々と穴が開き始めた。頃合いを見て、シホ隊が飛び出し、その穴を修復不可能なものにする。そうすれば勝利だ!
「連中がもう一つのブラフに気づいたら、ヤバいけどな……」
「大丈夫。気づいてたらとっくにアレを使っているはず……!」