異世界学事始-ことのはの英雄譚-

  *  *  *

「王宮へ行く?」

 3つの小さな聖石を聖石堂の祭壇に据える儀式を終えた。その後のささやかな祝宴の最中に、リョウはその話をし始めた。

「はい。歴史上の大賢者や賢者たちは、オベロン王にその称号を贈られたあと、人間の王にその報告する定めとなってます。我々も、それに倣おうかと」

 村長は他の村人たちを気まずそうに顔を見合わせる。

「それは……()()()()()()にですか?」

 キンダーが丁寧な言葉づかいで聞く。オレは答える。

「もちろん()()()()()だ。オクトが自称する勇者王朝なんかじゃない」

      *     *     *

 その報告がギョンボーレの都にもたらされたのは、口頭試問が終わり、王より大賢者の称号を贈られたまさにその日だ。

 さらにそこから遡ること一週間前、この時代の魔王・ギオロンが勇者オクトによって討伐された。人々は歓喜し、王宮は勇者たちの凱旋を迎え入れ、壮大な祝賀会が行われた。まさにその場で……

『魔王の専横を許した現王朝に、人を守護する資格なし。これより我々が実力を持って人を導く』

 そう宣言し、王宮で殺戮を繰り広げた。王族のほとんどが処刑され、彼らを守護する近衛兵団も空から降り注ぐ星の雨に焼き尽くされたという。
 『聖石兵器(クリスタルウェポン)』の存在を、多くの人間はそこで初めて知った。オクトの仲間の一人、大魔道士ジュリアが杖が持つ杖には、流星を自在に操る力があった。もちろんそれだけではない。オクトの剣は大地を切り裂く力があり、闘聖(バトルマスター)アグリが戦斧を一振りすれば無数の旋風があらゆるものをなぎ倒す。その他、オクトに付き従う転生者達はいずれも、一軍を倒せるだけの力を秘めた武器を持っていた。
 言うまでもなく、聖石を利用した武器だ。世界中のあらゆる聖石堂より略奪した石を加工した武器。オクト達はそれを魔王だけではなく、人間に対しても使用した。シャリポやオレが恐れた通りの事態となった。
 一晩にして王宮は崩壊し、王都には「勇者王朝」と称される新政権が発足した。

  *  *  *

「この村は港が近い。新王朝の使者はすぐにやって来ました」
「すぐに? 南の嵐はどうなったんです?」

 あの日オクトが奪った聖石の影響で、村の南には暴風雨が停滞し続け、港へ続く街道は寸断されていたはずだ。

「使者がやってくると、ぴたりと止みました。恐らく聖石兵器の力でしょう」
「それで、使者はなんと?」
「聖石を"提供”したことに対する謝礼が渡されました。それがコレです」

 村長はテーブルの上にごとりとそれを置いた。

「うげ……」

 趣味が悪いにもほどがある。黄金の勇者像。剣を掲げた勇者が民衆を導く姿の彫像だ。勇者の顔はもちろんオクトのものだ。

「そして我々にふたつの事を求めました。ひとつは、新王朝への服従。そしてもうひとつが……」

 村長はオレとリョウに交互に顔を向けた。こちらの眼を見据える、まっすぐな視線で。

「新たな聖石を持ってきた者。つまり貴方がたの身柄の拘束です!」
「…………」

 オレ達は全員、少しも動揺しなかった。その様子に、むしろ村人たちがとまどった。

「我々を疑わないのですか?」
「ええ」

 リョウは事もなげに答える。

「既にこの村はオクトに服従しているのかもしれないのですぞ? この席の酒に、薬が盛られていないと、何故言い切れるのですか?」

 村長の緊張した声色に、思わずオレは苦笑した。

「だとすれば半年前のオレ達に、見る目がなかっただけですね」
「少なくとも……我々にはあなたを差し出す理由がある」

 聖石堂に聖石が安置されるまで、この村はいつ滅んでもおかしくない状況だった。少しでも生きながらえるためには、新たな支配者には媚びを売った方がいい。誰でも考えつく打算だ。
 それに、売るのは長年苦楽を共にした同胞でもなんでもない。半年前にふらりと現れ、3ヶ月だけ言葉を教えた得体の知れない転生者だ。しかもそのうちの一人は、村が滅びかけている原因を作った張本人でもある。

「あの3ヶ月が、俺たちにとってかけがえのないものだったから、でしょうか。あなた達に言葉の基礎を教えられていなければ、賢者の称号を授かる事も、この世界の理を知る事もなかった。あなた方は俺たちの恩師なのです」

 そう語りかけると、またも村長の目から涙がこぼれ落ちた。

「正直なところ……意見は割れたのです。あなた方を信じて待つべきか、新たな王に救いを求めるべきか。使者が訪れてから、何度も何度も議論を交わしました。アマネさんを一時的に監禁するような事もしました」

 だがアマネは俺たちの帰還を村の入り口で迎えた。彼女は2人の門番とともに、遠くから来るだろう何かを見張っていた。オレたちが村を去るときにはなかった物見櫓まで建てて。それが彼らの答えだ。

「けど、あなた方は私たちと語り合ってくれた! たとえ拙くとも、私たちの言葉を使って語り合ってくれた!! 使者は例の如く、不可思議な力で自分の言いたいことを私たちの頭に流し込むだけでした。それでどうして彼らを信じられます?」

 よかった、とオレは思った。……あの日、言葉を学ぼう、そう決意して本当によかった。
 村長は、テーブルに置かれた悪趣味な黄金像を掴み、持ち上げた。

「こんなもんが何になりやしない! 黄金は確かに貴重だ。けど、これひとつで村人の命が、財産が、村の伝統が救えますか? それらを守れるような価値はない!!」
「価値はないどころか!」

 キンダーが立ち上がり叫ぶ。

「これは罠だ! 村を守る金を得るためにこの像を売れば、それが村を滅ぼす口実となる。そういう事を平気でやるのが、勇者様とやらの正体だ」

 そうだ!その通りだ!! 村人が次々に立ち上がる。

「…………」

 意外だったのがイーズルだ。お調子者のイーズルと堅物のキンダー、こういう時に真っ先に声を上げるのはむしろイーズルな気がしていた。けど、彼は押し黙っている。

「こんなガラクタで人を支配したつもりになっているような王、我々は必要としない!!」

 村長は勢いよく床に像を叩きつけた。ゴトンと鈍い音がし、勇者オクトが掲げる剣や翻るマント、その他華美な装飾が醜くねじ曲がった。

「だから、気に病むことはないぞイーズル。これは俺たち全員で決めたことだ」

 キンダーは相棒をいたわるように声をかける。

「けど……俺は……俺は!!」
「イーズルが、どうかしたのですか?」

 状況がわからない。オレは村長に聞いた。

「殺したんです。我々の知らないうちに、イーズルが新王朝の使者を殺しました。」

 なんて事だ。オレたちが戻るよりも先に、この村は、イーズルはオクトに反旗を翻していたのか……。

「イーズルは悪くない!」

 声を上げたのは意外な人物だった。キンダーの甥、センディだ。

「センディ家にいなさい!」

 キンダーが少年を叱りつける。すでに深夜だけど、センディは集会所に潜んでいた。子供なりに、何か察するものがあったんだろう。

「あのクソヤロウから母ちゃんを守ったんだ! それで、それでイーズルは……!!」

 母ちゃん? キンダーの妹、アニーラか。

「どういうこと、イー……ううん、キンダー?」

 リョウは尋ねる相手を途中で変えた。ちゃんとした話を聞くなら当事者じゃない方がいい。

「村長は二つの要求と言ったが……奴は、個人的なもう一つの要求をしていた。俺たちの家で」

 そういうことか。未亡人とはいえ、アニーラは村一番の美人だ。野良仕事で顔中をホコリまみれにしていても、整った顔立ちがわかる。オレたちの世界に生まれていたら女優になっていてもおかしくない。そんな彼女の姿を見て、新たな支配者の手先が何を考えたか? 容易に想像がついた。

「俺とアニーラの前で、懐の聖石兵器をちらつかせて言いやがったよ。気分次第では、これで村を焼き尽くすってな」

 キンダーは忌々しげに言う。

「それを軒先にいたイーズルが聞いていた。逆上したコイツは背中から心臓を一突きした。聖石を使わせる暇なんて与えなかった。大した槍さばきだった」
「頭ん中が、真っ白になって……よく覚えてないんだ。どちらにしても取り返しのないことをしちまった」

 イーズルは頭を抱えてうなだれた。その顔は見えなかったが、大粒の涙が灯りに反射した。イーズルは、アニーラにベタ惚れだった。彼女が、使者の下衆な欲望の餌食にされようとしている様を見て、平静でいられるはずがない。

「イーズル、あそこでお前がやってなければオレが使者を殺していた。お前ならわかるだろう、俺の性格が」
「けど……けど!!」

 使者が帰ってこなければオクトは不審に思うだろう。奴はこの村に新しい聖石を持ってきた者の拘束を要求している。つまり、確実にオレを警戒している。
 この村に送った使者が戻らなければ、絶対にオレの仕業だと考えるはずだ。

「ゲン、王宮へ行く前にやることがあるね」
「そうだな、リョウ。それとシャリポ!」

 背後に立つ、オレたちの護衛隊長に声をかけた。シャリポは立ち上がる。

「承知しております。すぐに戦の準備を始めましょう!」
「それじゃあ、明後日までには戻る」
「ああ。アマネもクルシュに振り落とされないようにな」
「馬鹿にしないで。半年間図書館にこもってたアンタたちと違って、こっちは毎日動き回ってたんだから!」

 リョウとアマネは、クルシュにまたがっている。ギョンボーレの都に戻り、歴史書翻訳の過程で俺たちが得た知識を全てアマネにも投影するのだ。さらにリョウは、これから始まるだろう戦に役立つ本も持ち帰るつもりだ。
 リョウとアマネを乗せた2頭のクルシュは羽を広げて走り出す。しばらく助走をつけた後、後ろ脚を強く蹴り上げると結界を越えて、霧の中の都へと姿を消していった。

「さて……マコト、シラン、アキラ兄さん、みんなも手はず通り頼んだ!」
「よーし! ようやくバトルだ!」

 マコトは待ちくたびれたとでも言いたげだった。もともとスキルも本人の性格も、狩りや戦闘向きだ。翻訳作業では活躍の場が少なく、摩擦を生むようなこともあったけど、これからは実戦隊長として前線で活躍するだろう。

「おけおけー。3日以内に完成させっから!」

 シランはこれから戦場となるだろう南の湿地帯へ向かう。ギャル系転生者の彼女は、どういうわけか今やこの世界最高クラスの軍師となっていた。
 人の向き不向きはわからないもので、翻訳作業で彼女が活躍したのは、戦史分野の解読だったのだ。彼女の頭にはこの世界のあらゆる兵法書や戦争の記録が投影されていて、それを用いた様々な発想で歴史書解読を進めてくれた。

「リョウの不在時はゲン、お前が総大将だ。ここでどっしり構えててくれ!」
「ずりいな、兄さん。最年長なのに」
「そうよ、大人はずるいのよ」

 アキラ兄さんは笑った。彼のスキルも、この戦いでは重要となる。シランと一緒に行動し、戦場となる場所の選定と下準備を担当する。

 すでにハルマがクルシュで駆け巡り、王都の動きを収集していた。予想通り、勇者王オクトはこの村を反逆者と見なし討伐軍を送り出したようだ。
 その数、3部隊2千人。大将はあの闘聖(バトルマスター)アグリ。副将の2人も、オクトに聖石兵器(クリスタルウェポン)を与えられた転生者だという。奴らは既に王都を進発し、5日後にはこの地域に到達するはずだった。

 転生者と転生者が大規模な戦闘を行うのは、歴史上でも久しぶりだ。最後の戦いは、三英雄時代のノブナーグ王とツァツァウ大宰相の抗争までさかのぼる。およそ280年ぶりの転生者同士の戦争。後に「勇者・賢者戦争」と呼ばれるその戦いの緒戦が、5日後に始まろうとしていた。

  *  *  *

 討伐軍が街道の南の港町に上陸したという知らせが入った。ハルマが逐次伝えてくる進軍速度から逆算すると、開戦は明後日の昼過ぎになるだろうとオレたちは予測した。オレたちは何度も何度も作戦の確認を行った。そんな中、リョウと、新たに賢者となったアマネも合流する。

「うう……まだ頭がくらくらする」

 2日半で、オベロン王の歴史書とそれを読み解くために読破した関連書物の全てを投影されたアマネはベッドに横たわりぐったりしていた。もっとも、これらの知識が身体に馴染むまでにはもう何日かかかるはずなので、今回の戦いにはまだアマネの出番はない。

「くっそー、早くみんなに追いつきたい……」

 アマネはうわ言のように言っていた。今回は彼女よりも、リョウが持ち帰ってきた兵法書が肝心だ。それはこの世界のあらゆる軍学を得たシランのベストセレクションだった。軍隊の動かし方、敵軍の動きの見極め方などを記した過去の将軍たちの著作。面白いものとしては、ツァツァウ大宰相こと曹操が書いたとされる「孫子の兵法」なんてのもある。

 これらの書物を一旦オレに投影する。その後、オレはシランが書き残した重要項目のメモを見ながら、必要な部分を抜粋した簡易版を書き上げる。今投影すれば、開戦までには身体に馴染む程度の分量だ。そしてリョウが、残りの賢者とギョンボーレの戦士たち、それにキンダーとイーズルを隊長とした村の義勇兵に投影する。

 総勢でも70人にしかならない。その中でまともな実戦経験があるのはギョンボーレの20人。残りは知識はあれど戦いを知らない転生者と、ただの農民だ。それに対して敵軍は、歴戦の転生者3名が率いる正規兵2千人。加えて聖蹟を使った最強兵器。単純に兵力で比較すれば話にもならない。
 オレたちは何度も何度も確認を繰り返した。何度も野山を走り、何度も地形を見直した。勝つもりで作戦は立てている。けど、いくらやっても不安は消えない。その焦りがさらに確認を繰り返させた。

 翌日、敵軍が港町を進発し、街道を北上し始めた。その知らせとともにハルマがふたつのニュースを持ってきた。ひとつは呆れを、ひとつは激しい怒りをオレたちにもたらした。

 ひとつ目は、討伐軍が勇者王オクトの代理として港町に布告した「第14号勇者王令」「第15号勇者王令」だ。
 第14号勇者王令では、魔王討伐と新王朝建国が行われた2月の名前を「雪の月」を意味する『セナロム』から『オクト』に変更するという内容だ。さらに、この『オクト』を年初とするらしい。
 そして第15号勇者王令では、新たに3つの言葉を辞典に乗せるとともに公用語として使用を強制するという内容だ。その3つとは

 ・「勝利」を意味する『オクト』
 ・「美」を意味する『ジュリア』
 ・「強さ」を意味する『アグリ』

 開いた口が塞がらない。これほどわかりやすい暴君ムーブをかますあたり、すでにオクトはまともな精神でなくなっているのかもしれない。

 もうひとつのニュースは港町の商人の間で広まっている噂だった。それは西の大陸の穀倉地帯ベレテナ地方で多数の餓死者が出たというものだ。ベレテナは、およそ飢饉とは無縁とされる肥沃な大地だと、図書館で読んだ地誌には載っていた。が、オクトが聖石を根こそぎ奪い取り、昨年の収穫がゼロだったらしい。
 それでもこれまで収穫してきた貯蓄があった。しかしオクトは、旧王宮の徴税官を抱き込み、それすらも徴発した。結果、ベレテナ地方の穀物の価格は高騰し、農村を中心に飢餓の嵐が巻き起こっている。

 ハルマの報告によれば、商人たちはこの飢饉を「飢えによる殺し(ザナ クサロ)」と呼んでいるらしい。
 この世界の言葉では、死因によって「死」という言葉は変わる。飢饉による死は通常「飢えによる災害死(ザナ ベネロ)」と呼ぶ。戦争中の、兵糧攻めなどで起こる餓死は「飢えによる戦死(ザナ イグヌロ)」だ。他殺(クサロ)を餓死に紐付ける呼び方を、少なくともオレは知らない。図書館のどの書物にもそんな記録は載っていなかった。

「奴らは新しい言葉を作りやがった。月の名前や勝利の呼び方じゃない、もっとおぞましい言葉だ」

 血が沸騰するような錯覚を覚える。頭がふらつき呼吸が荒くなる。

「許せるか? オレたちはずっとこの村で、図書館でこの国の言葉を学んだ。そんな俺達が知らない言葉が今生まれたんだ!!」

 賢者たちは皆、同じ表情をしていた。目を見開き、口を真一門字に結び、こめかみに血管が浮き出ている。多分、オレも同じ顔をしているだろう。

「兵力差なんて関係ない、勝つぞ。奴らの勝利(オクト)強さ(アグリ)を否定してやる……!」

  *  *  *

『あーあー、聞こえますか?』

 ハルマの声が机の上に設置された円筒管から聞こえてきた。おお……とそれを聞いた、村人とギョンボーレの戦士たちがざわめく。

「聞こえてるよハルマ、実験は成功だね!」

 アマネが円筒管に向かって話しかけた。まさかここまで上手くいくとは。
 今、ハルマは討伐軍の中に紛れ込んでいる。内部から逐一、敵情を伝えるという作戦だ。情報は最大の武器だ。オレたちには、自由にあらゆる場所を行き来できる霊獣クルシュがある。だから、もともとこの方面では敵よりも有利だった。けど、アマネのアイデアがその優位性をさらに一歩先へ進めた。

「糸がたわむと音が通じにくくなるから気を付けてね」
『わかってます』

 円筒管の後ろにはフタがしてあり、その真ん中から一本の糸が出ている。この糸は1m程先で結界の霧の中に消えている。さらにその先はハルマの元まで続いていて、これを振動させることで音声のやり取りをする。
 要するに糸電話である。こんな子供のおもちゃを戦争に利用しようと思いつくのは、アマネならではの発想だった。今回の戦いに出番がないとか考えててホント、申し訳ない……。

 どうやって敵軍に潜むハルマと糸電話で通話するのか、そもそもハルマは敵軍にどうやって紛れ込んでいるのか。それこそがこの作戦のキモだ。

 これは元の世界には無かった二つのキーアイテムを利用した通信装置だ。一つは霊獣クルシュ。この動物が羽ばたくとそこには空間を超越する結界が生み出され、遠隔地へワープすることができる。つまりこれはクルシュが同じ場所で羽ばたき続けると、二つの空間が繋がるということでもある。一種のワープトンネルがそこに開いた状態となるのだ。
 クルシュの尻尾に糸電話の糸をくくり付けて羽ばたかせる。そうすれば、糸の一端をこちらに残したまま、遠隔地にもう一端を送ることができるのだ。

「まさか、クルシュのこんな使い方があるなんて……」

 シャリポは目を丸くしてつぶやいた。クルシュを見慣れていたギョンボーレにもなかった発想らしい。糸電話というものを知っていたオレたちですら、半信半疑のまま実験したら上手くいったワケなのだから、無理もない。

 ただ、二つの空間をつなげるためにはクルシュは羽ばたき続けなければいけない。敵軍の真ん中で有翼一角の馬が走り回っていたら潜入どころではない。その姿を隠す必要があった。
 そこで登場するもう一つのキーアイテムが、オベロン王より贈られた革袋だ。オレたちが「四次元革袋」と呼ぶこの袋は、見た目の何十倍もの容量がある。リョウが分厚い辞典をしまっていたのがこの袋で、オクトたちもケルベロスの首を同じような袋に入れていた。
 言うまでもなく、この呼び名の元ネタは転生者なら誰もが知ってる国民的アニメに登場するポケットだ。ただしこの革袋は、4次元空間に通じているわけではない。魔法の力で中の空間が縮小されているだけだ。それでもクルシュ1頭を格納して、羽ばたかせられるだけの広さはあった。

『あ、リョウさんが何か言ってます』

 ハルマとクルシュが入っている袋を持っているのはリョウだ。我らが総大将は、隊員名簿に自分の名を書き足したものを隊長に投影して、自らアグリの軍勢に紛れ込んでいた。この世界の言葉が堪能なため、兵士たちもアグリ本人も、彼が転生者だとは思っていない。

『もしもし、リョウさんが湿地帯に到着したといってます』
「了解。予想よりちょっと早いかな……?」

 アマネは紙に書かれた地図の上に印と時刻を表す数字を書きこんだ。

「まぁ、誤差の範囲だろう。どうせこの湿地帯を素通りすることはできない。奴らが俺たちの罠に混乱するさまをライブで聴かせてもらおうぜ」
『実況は任せてください!』

 ハルマは言った。大丈夫、オレたちの作戦はしっかりと形になっている。あとは、各チームの動きを信じる、それだけだ。
 その湿地帯は、地図には記されていない。聖石の強奪によるマナの暴走で発生した「やまない暴風雨」がこの地形を生み出した。

 川の氾濫は山野を削り取って無数の湖沼を作り、降り続ける雨は草木を腐らせ、地面は泥に覆われた。街道も寸断されている。討伐軍は動きはここで止まった。

『ったく、忌々しい沼だぜ。あのクソ野郎が裏切ったのもこのあたりだった』

 糸電話越しの声を聞いて脳裏にあの強面の坊主頭の顔が浮かんだ。アグリだ。だいぶはっきりと声が聞こえる。リョウの奴、かなり近くに潜入したな。

『隊をふたつに分ける。オレの本隊は泥の上に橋を渡してそこを進む。橋掛けはシホ、お前がやれ』
『橋を掛ける? どうやって?』

 今度は知らない声。女性のもので日本語だった。仲間の転生者か?

『港に戻って戸板や丸太材を徴発すればいい』
『徴発って……まさか民家の玄関を壊せっていうの?』
『仕方ねえだろ、先へ進めねえんだから。それとセイヤ、お前も港に戻って川船をもってこい。お前の隊はそれで湖を渡れ』
『はい』

 今度は男の声。こちらも転生者か。港町の人々が気の毒になってくる。玄関を壊され、船を奪われ……そしてそれらが戻ってくることはないのだろう。

『こっちの道は使えないの? アンタたちが前に行った古城の山道。ここを迂回すれば……』

 シホと呼ばれた女の声に、オレはギクリとした。湖沼地帯を大きく迂回し、山岳地帯を抜けて村の西に出るルート。このルートには罠らしい罠は何もしかけていない。というよりも険しい山道そのものが足止めになるので、2千人の軍勢が通るルートにはならない、とオレたちは考えていた。この道を使われると、村まで奴らを阻むものはなにもない。

『バカかお前? そんな道使ったら5日は行軍が遅れるぜ』
『こっちの食料は十分にある。多少時間かかっても万全な兵力で……』
『お前さぁ、察しろよ』

 アグリの声が業を煮やす。

『オレは早くあの裏切り者をブッ殺したいんだわ。だからこの泥道を突っ切る。今更あんな山道通ってられっかよ!!』

 その道は、かつてアグリ本人がくさきをかき分けて進んだ道だ。奴が面倒くさがるのも道理だった。けど、自分がいやがる選択肢は、相手も予想していない選択肢でもある。最初の駆け引きにオレたちは勝った。

『そ。ならせ私の部隊だけでもそこを進む。橋掛けはアンタんところでやってよ』
『けっ、オクトの女の一人だからっていい気になりやがって! 村攻めに遅れたらタダじゃ置かねえぞ!』

 シホという女性が率いる部隊は、ここで分散した。残されたアグリ軍は千五百。
 翌日、奴らは即席の橋と川船で湖沼地帯を越え始めた、とハルマは報告してきた。よし、それで良い。始めよう。オレ達の戦いを!

  *  *  *

『うわあああっっ!?』

 円筒管の向こうからアグリの兵士たちの叫び声が聞こえてきた。

「始まりました。沼に放った海魔たちが暴れています!」

 海魔。北の大陸と西の大陸に挟まれたグラーザオ海域に生息する海の魔物だ。サメの頭にタコの触手を持つという、アメリカのZ級映画に出てきそうな外見をしている。人間を見ると見境なく襲うという習性を持ち、船乗りたちから恐れられていた。
 5日前、マコトはその海域に向かった。〈敵意制御〉を巧み使って海魔を操り、四次元革袋で生け捕りにしたのだ。そして今は、討伐軍の軍旗にこの怪物の敵意を集中させて、1500の軍勢を翻弄している。セイヤ率いる分隊の船はあっという間に破壊され、今は泥の中の一本道で立ち往生している本体に触手を伸ばしていた。

 この海魔から身を守るために、船乗りは天鈴草(てんりんそう)という高山植物の香油をお守りとして持っている。この花の匂いを海魔は嫌う。けど今、討伐軍の中でそんなものを持っているのはリョウだけだ。

『何をしている、早く前進しろ!!』

 アグリは叫ぶが、無駄だ。本体が進むその泥の中にはもう一つの罠が仕掛けられている。

『アキラ兄さんが仕掛けた罠も発動しました。これで奴らは動くこともできません!』

 本体の先頭は突如伸び始めた巨大なツタにその道を阻まれていた。これはアキラ兄さんの〈植物魔法〉だ。泥の中に根を伸ばす植物に異常なスピードとスケールの生長を促す。本来の何十倍ものサイズに、何百倍もの速度で肥大化した根は、泥の中に巨大な壁を作り、本隊の行軍をストップさせた。
 アキラ兄さんの魔法が作用するのはあくまで「生長」であり、開花を早めたり果実を大きくすることはできない。だから農耕への利用は難しい。これまでは家代わりの巨木を生やしたり農機具の材料を用意するだけだった。それが今、無敵の壁として機能している。

「やるじゃんかシラン、お前の立てた作成しっかりハマってるみたいだぞ」
「へへっ、でしょー?」

 横に立って、一緒にハルマからの報告を聞いている軍師は照れ臭そうに笑った。と、その時

 ズ……ズズン……!

 地響きが村を襲った。司令部代わりにしているキンダーの家が大きく揺れる。

「地震?」
「うそでしょ? この村で地震なんて、生まれてから一度もなかったわよ?」

 村人が総出で用意してくれたサンドイッチ(パクランチョ)を差し入れしに来たアニーラが言った。

「ゲンさん!」

 アツシが家に入ってきた。

「今の揺れで、聖石堂の石壁が崩れました!」
「ケガ人はいるか? それと聖石は?」
「一人、落ちてきたブロックに腕をぶつけて軽傷を。堂自体は持ちこたえてますし、聖石も無事です。ただ、皆混乱しています」
「わかった。アツシ、そのけが人の治療して、みんなを落ち着かせてくれ!」
「はい!」

 円筒管から連絡が入る。

『ゲンさん、そちらは無事ですか?』
「ハルマ、何があった?」
『アグリです。アグリが聖石兵器(クリスタルウェポン)を使用しました。今の地震はその余波です!』

 来た。正直、軍勢よりもこっちが怖い。魔王を倒した一騎当千の力を持つ聖石の武器。湿地帯は、この村から歩いて半日はかかる距離だ。そこで使用した聖石兵器の余波がこの村まで到達している。それだけでもその威力の凄まじさがわかる。

『沼に放した海魔はすべて消滅しました。その影響で湿地帯全域に津波が発生してます。討伐軍にも被害が……』
「あの野郎、自軍を巻き添えにしたのか?」
『船から放り出されていた分隊は、ほぼ全滅です。先に対岸に渡った100人弱がそっちに行くようです』
「100人だけでか?」
『はい、それが……』

 ハルマの報告が怒号でかき消される。

『セイヤぁ!! これであの村の造反は決定した!構わねえ! お前の聖石で村を焼き払えぇっ!!』

 湖の対岸にいる部下に命令するためか、ただでさえ大きいアグリの声が爆音となっていた。

『……だそうです』
「わかった」

 最初に到達するのは100人。少数だが、最初から聖石兵器を使用するつもりで来る。
 いや、大丈夫だ。オレたちは勝っている。本来なら軍勢2千と3つの聖石兵器と戦うはずだったんだ。戦いはオレたちが優勢で動いている。

「シャリポを呼んでくれ。ギョンボーレ隊の出番だ!!」

  *  *  *

 敵は100人弱。神出鬼没のクルシュを駆るギョンボーレの戦士たちならば、簡単に殲滅できる数だ。
 けど、殺すだけが戦いじゃない。すでに放った海魔が敵兵たちを襲ったとはいえ、できる限り流血は避けたい。暴力ではなく智をもって民衆を導く賢者。この先に待つオクトとの対決のためにも、そういう正当性は必要だ。

「敵軍の前方に出ます」

 オレを後ろに乗せたシャリポがクルシュの手綱を引く。

「ああ、しっかりと姿を見せてやれ」
承知(タヌー)!」

 クルシュの周りを包む霧が晴れていく。オレたちは小高い丘の上に降り立った。初めてオレがこの世界に転生したときに登ったあの丘だ。
 緩やかな斜面を通る街道。後ろを見れば、村の屋根や聖石堂の尖塔が見える。最初に村を見つけた時の胸の高鳴りは忘れられない。その時思い描いた大冒険は、言葉という思わぬ敵に阻まれて、だいぶ違う形となったけど……。
 そして前方を見ると100人の兵士たちが街道をこちらに向かって進んでくるのが見えた。向こうも、突然現れたオレたちに気が付いたようだ。

「お前たちが反逆者か? 我が名はセイヤ! 勇者王に選ばれし聖石騎士団が一人にして炎熱系魔法のエキスパート、灼炎のセイヤなり!!」

 ぶっと、シャリポが吹き出す。炎熱系の魔法を得意とするこの戦士の二つ名は「灼炎のシャリポ」だ。知ってか知らずか、同じ二つ名を名乗っているようだ。

「大賢者、私にやらせてくれませんか?」

 二つ名にそれなりの矜持があるのか、シャリポは苦笑しながらも、こめかみにヒクヒクと血管を浮き上がらせていた。ふだん涼やかな美男子であるだけに、ゾクリとする形相だ。

「わかった、任せる」

 オレは()()をシャリポに手渡した。

「聖石騎士団の前に立つ者の運命は一つ!!」

 セイヤは先端に巨大な石が付いた杖を振りかざした。聖石兵器だ。

「反逆者ども、くらえい!!」

 瞬間的に、周囲の気温が上昇するのを感じた。セイヤの持つ杖の石から真っ赤な火柱が立ち上がる。

「ふん! 聖石使ってなおその程度か!?」

 シャリポはオレから受け取ったそれを、天高くかざした。セイヤの杖の先端とよく似た石のオブジェ。それが光ったかと思うと、セイヤの何倍も強い炎を生み出す。それはセイヤの火柱を巻き込むように広がり、やがて焼失した。

 シャリポが手にした石は、イーズルが殺した使者が持っていた聖石兵器だった。ハルマがこの兵器を調べ上げ、原理と使い方を解明した。

 聖石は、本来周囲の環境を安定させるシステムだ。土地やそこに住む生物は『マナ』という一種の生命エネルギーのようなものを持っている。(余談だけど、元の世界の南太平洋の島々にも魔力的なエネルギーを指す『マナ』という言葉があり、ファンタジー作品にも登場している。これが『ウケル』のような偶然の一致なのか、『オベロン王』のように共通の語源を持つ言葉なのかは、研究途中だ)
 マナは自然界では非常にアンバランスで、強い地域と弱い地域がある。強い地域がティガリスの領域、弱い地域がウィーの領域とされている。マナは強すぎても弱すぎても災いとなる。周辺のマナをコントロールし、均質な状態にするのが聖石の役割だ。

 聖石兵器はこの特性を応用し、周囲のマナを吸収・増幅させて破壊エネルギーに変換する。そして、炎のマナのコントロールに関しては、シャリポの方が手練れだったようだ。

「フン、こんなものか?」

 シャリポは事も無げに吐き捨てる。

「そ、それは聖石兵器!? 王に選ばれしものにしか使うことを許されぬ神聖な武器を、なぜ貴様らのような下賤な輩が!?」

 まだ新王朝が誕生して大して時間もたっていないのに、もうそんな特権意識が生まれてるのか……処置ないな。

「こんな聖石兵器(おもちゃ)必要ないな。私が本物の、炎熱魔法をお見せしよう」

 杖を投げ捨てると、シャリポは手のひらに赤い光を灯した。

『あーあ、セイヤさあ。やっぱキミには荷が重かったようだね』

 空に声が響き渡った。その場にいる誰のものでもない。

「ひっ!?」

 セイヤがおびえる。この声、忘れようがない。

「ったく、アグリもなんてザマだよ。結局、いつも僕が出るしかないんだよね」

 空間がゆがみ、オレたちとセイヤの間に男女の姿が現れた。衣装は華美なものになっているが、知った顔だ。大魔導士とやらになったジュリアと……

「オクト……」
「久しぶりだね、ゲン」

 勇者王とやらを自称しているオクトだ。
  *  *  *

「勇者王様……何故ここに?」
「アンタらが情けない戦いしてるからでしょ? そんくらい頭動かせよな」

 ジュリアはそう言いながら指をパチンと弾いた。

「え……えっ? うわぁっ!?」

 セイヤの着ているローブに青白い炎が着火し、またたく間に体全体を包み込む。

「うわっ!?うわあっ!?」
「知ってると思うけど、アタシのはお前のちゃちい炎とは違うから。アタシの意思以外で消せねーから。早く謝ったほうがいーよ?」
「す……すびばせンッッ!! フガ……不甲斐な……うがあああ!?」

 セイヤは青い火だるまとなって、斜面を転がり落ちていった。

「オクト、しつけは済ませておくから。そっちはヨロシク~」

 そう言うと、ジュリアは火だるまが転がり落ちていった方に歩いていった。

「自分の部下だろ? あそこまでやる必要ないだろ」

 つい数分前まで戦ってた相手に、妙な同情が生まれた。が、オクトはそんな事を意にも介さず答える。

「うん、僕の部下だ。だからこそしっかり教育してあげないと」
「すっかり暴君だな。それが魔王を倒し、民衆を導く勇者様の姿か?」
「わかってないなぁ。こうでもしなきゃこの世界を統治する事なんて出来ない」
「統治? 世界中の町や村を滅ぼして何を言……」
「そんなことよりキミ、その言葉なに?」

 オクトの声は苛立っていた。

「なんでキミの言葉、耳からじゃなくて頭に直接流れてくるの? まさかとは思うけど、この世界の言葉話してたりする?」
「ああ」
「……チッ」

 舌打ち。

「呆れて何も言えないよ。〈自動翻訳〉も持ってない無能なのは知ってたけど、だからってわざわざ言葉覚える? 無能も一周回ると天才だ」

 横に立つシャリポが、堪えられずに一歩前に踏み出した。

「痴れ者が!! この方は、この世界の叡智を司りし大賢者(ペルタスカンタ)なるぞ!! ただの転生者(ダンマルダー)ごときが愚弄できる方ではない!!」

 オクトが侮蔑の目をギョンボーレ随一の戦士へ向ける。

「そういうのいいから。だからエルフ族は嫌いなんだ」

 〈自動翻訳〉はギョンボーレのことをエルフと訳しているらしい。確かにオレたちの第一印象もそうだった。けど彼らを正しい言葉で呼ばない所に、転生者たちの傲慢が見て取れる。

「大賢者ね。そういえば先代王に仕えるエルフの学者が言ってたな。歴史上数名しかいない、転生者の最高位……だっけ? それをキミが名乗ってると。なら大したことない称号なんだね」
「貴様!!」
「あの学者、転生者にとって大切な事とかいって歴史の授業受けさせられたけど、それがまぁウザくてさ。物語としてはまぁまぁ面白かったけど、やれ見習えとか、やれ正しい心構えはとか。事故に見せかけて、ジュリアが塔から突き落としちゃったけど」
「なっ!? ……まさか、フェルマテス殿も貴様らが殺したのか!?」
「そーだよ?」

 フェルマテスは王宮に仕えるギョンボーレの神官だ。英雄宰相ツァツァウを召喚したその人らしい。オレたちもフェントから名前しか聞いていないけど、いつか話してみたいと思っていた。

「死ねえええっ!!」

 激昂したシャリポはオクトに突っ込んでいった。剣を抜き放ち、炎熱呪文をかけ、巨大な炎の刀身を作り上げて斬りかかる。

「嫌に決まってるでしょ」

 オクトは、右肩の肩章が垂れ下がった肩マントを翻す。厚手の布でしか無いはずのそれが、頑強な盾のように炎の剣の一撃を受け止め、さらに刀身を包み込んで炎を消してしまった。
 あれは聖石か!? 精緻な黄金細工があしらわれてる肩章の中央には聖石を加工した石がはめられている。いや肩章だけじゃない。首飾りに胸当て、篭手にすね当て、剣の鞘、至る所に同じ石が付いている。全身聖石兵器だ。

「ぐはあっ!?」

 シャリポの剣を無効化したオクトは、すね当ての聖石を輝かせながら、シャリポの腹に蹴りを加えた。サッカーボールのように、シャリポの身体が放物線を描いて丘の向こうへ飛んでいく。

「オクトォッッ!!」

 オレは〈連続攻撃〉スキルを発動させる。聖石だ。身体中の聖石を破壊すれば、コイツの力は激減するはず。聖石は8箇所……同時8連撃。簡単だ、辞書を作るよりも遥かに……

「ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい」

 ……嘘だろ? 8連撃が全て奴の攻撃に押し切られた。即座に理解する。これは〈連続攻撃〉だ。オクトも同じスキルを、オレにぶつけてきたのだ。
 辞書に文字を書くときにしか使ってこなかったオレのとは違い、オクトの攻撃は一撃一撃が重い。8撃目を弾き返される頃には、オレの身体はボロボロになり、地面に突っ伏してしまった。

「なんでそのスキルを……?」
「あの古城で、軽率にスキルを見せたのが仇になったね」

 オクトはオレを見下ろす。

「僕のスキルは〈スキルトレース〉だ。この目で見たスキルを、完璧に再現することが出来る」

 オクトが、地面に突っ伏したオレの腹を蹴る。ズシンと鈍痛が走り、全身に響き渡る。

「ぐふっ!?」

 開戦前に腹に入れた、サンドイッチ(パクランチョ)が食道を逆流する。

「無様な! もんだね! これが! 大賢者様とやらの! 勇姿!?」

 続けて何度も蹴りを加えてくる。オレは何もできず、その場にうずくまる。

「せっかくSSRスキルを持っておきながら、この体たらく。本当、無駄だね」

 オクトはオレを見下ろして言う。無駄、だと?

「ふざけるなよ」

 オレはふらつきながらも身体を持ち上げる。

「オレがこのスキルにどれだけ助けられたかも知らずに……。このスキルのおかげでかけがえの無い力を得たことも知らずに……」

 上体を起こし、脚で支えようとする。駄目だ。脚が震えて身体を固定できない。

「かけがえの無い力? 何のこと?」

 オクトは大袈裟な身振りで肩をすくめる。

「ただの蹴りで立つこともできない。それはねゲン、キミがこの世界に来てからロクな経験を積んでこなかったってことだ」

 今度はしゃがんでオレの顔を覗き込んできた。

「いい? この世界はゲームに似ているけどゲームじゃない。メタルモンスター倒して経験値ガッポリ、とかないんだよ? ちゃんと己を鍛えて実戦を経験しないと強くならないの。わかる?」

 諭すようなオクトの口調。オレがこの世界で出会ってきた全ての人、全ての知識に対する侮辱だ。許さない。こいつだけは……。

「僕は研鑽を積んできた。剣を振り続け、モンスターの大軍を倒した」

 黙れ

「仲間たちと研究を積み重ね、世界を統べるための兵器を生み出した」

 黙れ

「そして王として、世界の変革を始めた」

 黙れ

「この世界は脆弱だ。魔王との戦いの歴史で文明で停滞している。それを変えるんだ!」

 黙れ! その口を閉じろ……!!

「キミはこの村で言葉を少しかじって、いい気になってるようだけど、無駄な努力なんだよ?」

 オクトは空を仰ぐ。

「僕は全世界に学校を作る。魔族に脅かされる弱い文明を脱却するために! 転生者には、生前教師や学者だった者もいる。彼らがこの世界を教育する」

 は……?

「まずは日本語。僕たちと同じ言葉を与える。それだけでもこの世界の文明レベルは上がるはずだ」

 言葉は世界そのものだ。この世界の文化で、生活で、何より誇りだ。他者が上から目線で奪っていいものではない。

「言葉の教化が終わったら、科学を進める。この世界には聖石というエネルギー源もある。活用すれば、電気のような文明の原動力になる」

 駄目だ。こいつを止めなければ……頼む、オレの身体、動いてくれ!!

「まぁ、キミがそれを見る事はないけど。ここで死ぬし」

 オクトは剣を叩く掲げた。振り下ろされれば、第二の死。

「オクト〜、ちょっとヤバげなんだけど?」

 その時、別の声が横から聞こえてきた。ジュリアだ。フリルとレースに彩られたローブをはためかせて、ジュリアがこっちに歩いてきた。その後ろには全身をすすで真っ黒にしたセイヤが続く。

「なんかアグリの部隊で仲間割れ起きてるっぽい」
「え?」

 オクトは剣を下ろした。

「兵士の中にスパイがいたのよ。そいつが大賢者の名前を叫んだら、裏切るヤツ続出!」

 リョウたちだ。討伐軍が混乱した所で、大賢者の名を出して離反を促す作戦だった。

「なるほど。実態がコレでも、名前には意味があるのか……よし、大賢者ゲンよ。勇者王が汝に使命を与えよう!」

 少し考えたあと、大袈裟な口調でオクトが言った。

「僕も変革についていけない造反者がでるのは想定していた。そいつらはひとつひとつ個別に潰すしかないと思ってたんだ」

 個別撃破……その第一弾が、オレたちだったわけか。

「でも大賢者という肩書に箔があるなら話は早い。ゲンはそいつらをまとめてよ。それを一気に叩くのが一番簡単そうだ」
「あはっ!ナイスアイデアじゃんそれ!」
「キミだって、僕を倒したいんでしょ? これはWIN-WINだよ?」
「ふふっ、ゲン連合軍とかウケる」
「そういう訳だから、今回は生かしといてあげる。じゃあね」
「バイバ〜イ! ほらっアンタも早くこっち来な!」
「はっはいい〜」

 セイヤがオクトとジュリアの方へに走り寄る。ジュリアが人差し指で空中に円を描くと、空中に魔法陣が出現し3人を飲み込むようにして消えた。出現した時と同じだ。クルシュのような空間跳躍の力を持つスキルか魔法だろう。

「オクト……」

 オレは全身力が抜け、また地面に突っ伏した。
 遠くからクルシュの羽ばたく音、それにオレを呼ぶ声が聞こえてくる。あの声はアツシだ。よかった……早く

異世界学事始-ことのはの英雄譚-

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