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 討伐軍が街道の南の港町に上陸したという知らせが入った。ハルマが逐次伝えてくる進軍速度から逆算すると、開戦は明後日の昼過ぎになるだろうとオレたちは予測した。オレたちは何度も何度も作戦の確認を行った。そんな中、リョウと、新たに賢者となったアマネも合流する。

「うう……まだ頭がくらくらする」

 2日半で、オベロン王の歴史書とそれを読み解くために読破した関連書物の全てを投影されたアマネはベッドに横たわりぐったりしていた。もっとも、これらの知識が身体に馴染むまでにはもう何日かかかるはずなので、今回の戦いにはまだアマネの出番はない。

「くっそー、早くみんなに追いつきたい……」

 アマネはうわ言のように言っていた。今回は彼女よりも、リョウが持ち帰ってきた兵法書が肝心だ。それはこの世界のあらゆる軍学を得たシランのベストセレクションだった。軍隊の動かし方、敵軍の動きの見極め方などを記した過去の将軍たちの著作。面白いものとしては、ツァツァウ大宰相こと曹操が書いたとされる「孫子の兵法」なんてのもある。

 これらの書物を一旦オレに投影する。その後、オレはシランが書き残した重要項目のメモを見ながら、必要な部分を抜粋した簡易版を書き上げる。今投影すれば、開戦までには身体に馴染む程度の分量だ。そしてリョウが、残りの賢者とギョンボーレの戦士たち、それにキンダーとイーズルを隊長とした村の義勇兵に投影する。

 総勢でも70人にしかならない。その中でまともな実戦経験があるのはギョンボーレの20人。残りは知識はあれど戦いを知らない転生者と、ただの農民だ。それに対して敵軍は、歴戦の転生者3名が率いる正規兵2千人。加えて聖蹟を使った最強兵器。単純に兵力で比較すれば話にもならない。
 オレたちは何度も何度も確認を繰り返した。何度も野山を走り、何度も地形を見直した。勝つもりで作戦は立てている。けど、いくらやっても不安は消えない。その焦りがさらに確認を繰り返させた。

 翌日、敵軍が港町を進発し、街道を北上し始めた。その知らせとともにハルマがふたつのニュースを持ってきた。ひとつは呆れを、ひとつは激しい怒りをオレたちにもたらした。

 ひとつ目は、討伐軍が勇者王オクトの代理として港町に布告した「第14号勇者王令」「第15号勇者王令」だ。
 第14号勇者王令では、魔王討伐と新王朝建国が行われた2月の名前を「雪の月」を意味する『セナロム』から『オクト』に変更するという内容だ。さらに、この『オクト』を年初とするらしい。
 そして第15号勇者王令では、新たに3つの言葉を辞典に乗せるとともに公用語として使用を強制するという内容だ。その3つとは

 ・「勝利」を意味する『オクト』
 ・「美」を意味する『ジュリア』
 ・「強さ」を意味する『アグリ』

 開いた口が塞がらない。これほどわかりやすい暴君ムーブをかますあたり、すでにオクトはまともな精神でなくなっているのかもしれない。

 もうひとつのニュースは港町の商人の間で広まっている噂だった。それは西の大陸の穀倉地帯ベレテナ地方で多数の餓死者が出たというものだ。ベレテナは、およそ飢饉とは無縁とされる肥沃な大地だと、図書館で読んだ地誌には載っていた。が、オクトが聖石を根こそぎ奪い取り、昨年の収穫がゼロだったらしい。
 それでもこれまで収穫してきた貯蓄があった。しかしオクトは、旧王宮の徴税官を抱き込み、それすらも徴発した。結果、ベレテナ地方の穀物の価格は高騰し、農村を中心に飢餓の嵐が巻き起こっている。

 ハルマの報告によれば、商人たちはこの飢饉を「飢えによる殺し(ザナ クサロ)」と呼んでいるらしい。
 この世界の言葉では、死因によって「死」という言葉は変わる。飢饉による死は通常「飢えによる災害死(ザナ ベネロ)」と呼ぶ。戦争中の、兵糧攻めなどで起こる餓死は「飢えによる戦死(ザナ イグヌロ)」だ。他殺(クサロ)を餓死に紐付ける呼び方を、少なくともオレは知らない。図書館のどの書物にもそんな記録は載っていなかった。

「奴らは新しい言葉を作りやがった。月の名前や勝利の呼び方じゃない、もっとおぞましい言葉だ」

 血が沸騰するような錯覚を覚える。頭がふらつき呼吸が荒くなる。

「許せるか? オレたちはずっとこの村で、図書館でこの国の言葉を学んだ。そんな俺達が知らない言葉が今生まれたんだ!!」

 賢者たちは皆、同じ表情をしていた。目を見開き、口を真一門字に結び、こめかみに血管が浮き出ている。多分、オレも同じ顔をしているだろう。

「兵力差なんて関係ない、勝つぞ。奴らの勝利(オクト)強さ(アグリ)を否定してやる……!」