* * *
「ああー! 成長ないなあ私」
水路脇の石造りの道を歩きながら、リョウは大きく伸びをする。
「ちょっと、嫌な記憶思い出しちゃってね。大事な案件が納期ギリギリで、さっきみたいな感じでみんなバラバラで……」
日本で会社勤めをしていたときの事か。
「当然、仕事は失敗。その責任はリーダーの私が被ることになって……」
「オレは学生だったから分からねえけど、大変なんだな社会人」
「まーね。実はさ、思ってたんだ。そんな私がみんなを引っ張るなんて出来るのかって」
声の調子は戻ってきてたけど、話す内容はいつになく後ろ向きだ。
「アキラ兄さんは私しかいないって言うし、他のみんなはまだ子供だから、騙し騙しやってきた。そのツケがいよいよ回ってきたかーって感じ」
「アンタが良いリーダーだってのは、7人全員の総意。それは間違いない」
「そんなことないって」
「でなけりゃとっくに頓挫してる! ここに来るどころか、村のみんなにも相手にされてない! 違うか!?」
リョウの足が止まった。
「ゲン、あんたいくつだっけ?」
「え? 18だけど……?」
こたえると、リョウはあははっと笑い出した。
「なんだよ急に?」
「そっか18かー。まいったなあ、7コも下の男の子に励まされるなんて」
あ……。生意気だったか? バリバリ働いてたキャリアウーマンに「アンタは良いリーダーだ」だなんて……。
「そんな、オレは……」
「ふんっ!」
オレが声を弁明しようとしたら、リョウはぱしぱしっと自分の頬を叩き始めた。
「そーだよ。向いてる向いてないじゃない。できることをやってきた。それだけ! 誰かがやらなきゃいけない、そして自分ならできると思った。それだけ!」
自分自身を鼓舞するようにつぶやくリョウ。
「ありがとう。キミのおかげで気持ち切り替わった!!」
オレの焦りとは裏腹に、リョウは清々しい顔だった。この人、強いな。それに……
綺麗だ。
何の意識もなしに、素直そう思った。数秒後にはそう思った自分が、妙に恥ずかしく感じ、思わずリョウから目を反らしてしまう。
「わたしも そうおもいます!」
背後で声。思わずぎくりとした。振り返るとフェントが立っている。
「フェントさん?」
「リョウさん みんなを ひっぱってる リョウさん いがい リーダー ありえません!」
フェントは力強い口調でそう続ける。ああ、なんだ。オレがリョウに見とれたことを見透かされたわけじゃなかったみたいだ。
「みなさん すこし あせっている それは しんぱい」
「しかたない もじを よめるまで ひとつき かかった あのほんいっさつ はんとしで おわるか……」
この都は結界のようなものに覆われて、一年中この快適な気候が保たれている。けど外の世界はもう秋だ。あの村の果たして収穫できたのだろうか?
「すこしずつでも かくじつ すすんでいます 聖神ティガリス そあゆみ みすてない」
「どうかなぁ…… ティガリスさまにだって がまんの げんどが……」
そこまで言いかけて、ようやくフェントの言葉の日本語訳が頭に響いてないことに気づく。そしてオレもリョウも日本語を話していない。
「あれ? フェント、君……」
『ふふっ ごめんなさい。すこし悪戯してみました♪』
この幼い外見のギョンボーレは笑った。今度はその軽やかな口調のままの日本語が、頭の中に直接流れ込んできた。
『ゲンさん、今あなたは無意識にこの世界の言葉で聖神ティガリスの話をしました。それがあなた方が進み続けている、何よりの証拠ですよ』
聖神ティガリスは、この世界に聖石をもたらしたという古代の神だ。オレ達がオベロン王の歴史書に挑み最初にぶつかったのがこの『ティガリス』という言葉だった。村の聖石堂には「神様」と呼ばれている小さな像が安置されていたけど、信仰の対象は聖石そのものだった。だから『ティガリス』という言葉を知らなかった。それが神の名前だと気がついたのは、アキラ兄さんが、聖石と人間の関係の記述の中に、この名前が何度も出ていることに注目してからだった。
「けど、王に与えられた時間は半年しかない……」
リョウはうつむく。リーダーとして自信を持つことと、その焦りは別物だ。いやむしろ、リーダーだからこそオレたち以上に焦りがあるかもしれない。
『未来ばかり見てはいけません。大切なのは、今この瞬間をどう生きるかです。私は、あなた方の"今"に寄り添うよう、命じられました。それに……」
フェントは一呼吸置くと、さらに続けた。
『私はあの洞窟で皆さんに助けられました。王の命で聖石の原石を探していたところ、護衛のシャリポともはぐれてしまい……サスルポに殺される寸前でした。ですから、その恩返しをさせて下さい!』
そう言いながらフェントは、水路の対岸を指差した。
「え?」
オレとリョウは、フェントの指の先を追った。鮮やかな色の草花に覆われた小さな丘がある。その頂上近くに、石造りのあずま屋のような建物がある。その柱に背をもたれかけるようにしてマコトが佇んでいた。
「あいつ……あんな所に」
さらに丘の下には、所在なさ気なシランがいた。マコトを追いかけたは良いけど、直前まで言い合ってただけに話しかけ辛い。そんな雰囲気だった。
「よかった、ふたりとも見つかって!」
『まって、リョウさん!』
リョウが水路を渡るために橋へ向かおうとした所を、フェントに呼び止められる。
『まずは皆の心を解きほぐしましょう? 話し合うとしたらそれから』
「そう……ね。今、私が出ていっても余計こじらせちゃう……か」
『私に、考えがあります。大丈夫。今をないがしろにしない限り、必ず結果は変わります!』
* * *
丘には続々と人が集まってきた。図書館からアキラ兄さんたちを呼んで戻ってくると、フェント以外にギョンボーレ族が集まっており、さらに今も増え続けている。彼らは、丘の上に立つあずま屋のまわりで何かを作業したり、大皿に料理を盛り付けて持ってきたりしている。その集団から少し離れた位置に、マコトとシランがいた。けどバツがあるそうにこちらをチラチラみるだけで、二人がオレたちの輪に戻ってくる様子はない。
「な、なぁフェント、一体何が始まるんだ?」
『ふふっ 皆さんはゲストですので、ゆっくり待っていて下さい』
せわしなく動き回るフェントを捕まえて尋ねても、笑みを浮かべて意味深なことを言うだけでさっぱりわからない。
「宴会でも始める気なんでしょうか……?」
「うん、料理が運ばれてるし、そんな雰囲気だよな」
「いや宗教的な儀式じゃないか? あのあずま屋、よく見ると聖石堂と似た作りだ」
アキラ兄さんに言われて気がついた。あずま屋は、四本の柱で三角の屋根が支えられるた、教会の尖塔のような構造をしている。塔の根本からは四方にも屋根が伸びていて上から見ると、十字形となっている。あの作りをそのまま大きくしたら村の聖石堂だ。
「考えてみると、あの図書館の構造と似たような感じですよね。意味のある形なのかも」
てことは、あの大皿料理はお供え物? 兄さんの読みは正しそうだ。
『そろそろ日が暮れますね。ゲンさん、おまたせしました』
フェントがオレたちの近くに歩み寄ってきた。ギョンボーレの都は、谷底にあるため日が暮れるのが早い。太陽はとっくに山の縁に隠れて見えなくなっており、空に浮かぶ雲の赤色だけが、その名残となっている。
やがてその雲も色あせ、薄暗くなった空にちらちらと星がまたたき始めた。
「ほしみの夜を とりおこないます」
フェントがあずま屋の前でそう宣言すると、三角耳の人々の中から歓声が起きた。次にフェントはオレたちの方を見る。
『今から始めるのは、私たちの一族に伝わる儀式「星見の夜」です。年に四回、暦の区切りで行うもの。王の娘であり星の巫女たる私は、秋の儀式を本日行うことと決めました』
フェントによる解説の日本語訳が頭に響く。彼女は懐からぼんやりと紫色に光る何かを取り出した。あれは、聖石だ。村に祀られていたものと輝きの色が違うけど、間違いない。
フェントはあずま屋の……いや祭壇の中央にそれを捧げた。
「聖神ティガリス 空の神エナウリ 夜の神ウィー みはしらの 神よ わがくもつの 聖石を もって 今宵 われらに みちを しめし給え」
ゆっくり、そしてはっきりと発音するフェントの言葉はオレたちに耳にも捉えやすかった。ティガリス、エナウリ、ウィー、どれもオベロン王の歴史書の序章に登場する神の名前だ。その他の言葉も違和感なく耳に滑り込んでるものが多い。
「ひとの 道のりは わが 道のり 昨日の しるべは 明日の しるべ われは 今を いきる 者 その道は せきじつを いきた 者に ならわん」
聖石の光が強くなり、まっすぐと上に向かって光の柱が伸びる。それが三角屋根にぶつかると、今度は屋根そのものが紫色に輝く。
「すげえ……」
誰かがつぶやいた。オレはゴクリとつばを飲み込む。屋根の発光は、その下で発生した現象と同様、天に向かって光の柱を伸ばし始める。そしてそれがかなりの高さにまで達した所で、夜空そのものが輝き始めた。
* * *
聖石から発せされた光が、陽の沈んだ空を満たす。すると、輝き始めたばかりの星の光が強くなったように見えた。いや、見えたではない。間違いなく明るさが増している。そして……
「あっ」
誰かが小さく叫んだ。ひとつの星の輝きがぼんやりと形を変え始める。光の玉から、手や足が生え、やがて発光する人間の形になった。手には盾と槍を持ち、頭には兜をかぶっている。兵士の姿だ。そこまでわかるほど、星の光はくっきりとした像になっていた。
そして他の星々も姿を変え始める。最初の星のように兵士の姿をするものもあれば、馬の形をなすもの、あるいはドラゴンのような長い首と尻尾と翼を持つ怪物もいる。そして、星の光が生み出した兵士と怪物は動き出し、夜空いっぱいに大戦闘が始まった。
「これは……」
脳裏に浮かんだのはオレたちの世界の星座だった。たしか、多くの星座はギリシャ神話をもとにしていたはずだ。神話の世界の神々や英雄、怪物が、今もなお夜空を舞台に壮大な物語を演じている……小学校の課外授業で、プラネタリウムを見た時にそんな解説があった。
そうだ! 今見ているのは、あのときのプラネタリウムのプログラムに似ている。星を線で結んだ星座の姿からCGのオリオンやサソリが浮かび上がり動き出す。それと似ていた。
「この世界の神話? もしそうなら……」
はっとしたオレは、胸元をまさぐる。無い。初耳の異世界語をメモるために、メモ紙とペンをもっている。が、今に限って図書館に置きっぱなしのようだ。
「ゲンさん、ゲンさん」
後ろから声をかけられる。振り返ると、アツシが携帯用の墨壺付きのメモ帳とペンを手にしていた。
「僕がメモしておきます。」
アツシも同じことに気がついたらしい。空ではいつのまにか怪物と兵士の戦いが終わり、王様らしき姿の光が、勝利した兵士をたたえている。この星の物語はあの本を読み解くヒントになる。そう直感していた。
* * *
星物語が終わると、祭壇の丘は宴会場へと姿を変えた。祭壇に捧げられていた料理が下げられて、長テーブルの上に置かれる。その周りには果物やパン、果実酒が並ぶ。今夜の儀式を執り行ったフェントが、参加者一人一人に果実酒をついでまわり「乾杯!」の掛け声とともに、皆で飲み干し、そこから歓談が始まった。
ほとんど図書館にこもりきりだったオレたちに、都の住人たちも興味があったみたいで、人懐っこく話しかけてくる。皆、美男美女でフェントと同じように穏やかな笑顔で、オレたちの話に耳を傾けている。つたない言葉にじっくりと耳を傾けてくれ、そしてゆっくりはっきりとした口調で答えてくれた。
「ゲンさん おかわり どうですか?」
フェントは〈自動翻訳〉を使わず、ギョンボーレの言葉でそう尋ねてきた。
「ありがとう」
オレは杯を前に出す。そこにほんのりと赤い液体が注がれていく。ギョンボーレの言葉は、あの村で話されていたものと非常に近いものだと、この宴ではっきりわかった。所々、単語や発音が異なるけど、ゆるいスピードならそれほど違和感なく意味を理解できる。
「さっきの ぎしき なんだけど…… あれって この世界の しんわ?」
「せいかくには しんわではなく 伝しょう です」
「伝しょう?」
「よ空に むすうの ほし あります 人の 歩み すすむとき 私たち むめいの ほしに 物がたり たくします」
人の歩みが進む時……つまり、夜空の星に歴史を乗せるということか? 今見た星物語はこの世界の歴史……!?
「いいのか そんなものを オレたちに 見せて?」
ノーヒントであの歴史書を読み解くのがオレたちに課せられた試練なのでは?
「わたしの 本当のもくてきは 昼に話したように みなさんの心を ほぐすことです」
フェントは果実酒の壺をテーブルに置き、自分の杯を手にとった。
「それと これもさっき 言いました 星見のよる おこなう日 巫女に まかされている」
彼女はいたずらっぽく笑った。なるほど。儀式の開催日は王の意思に関係なく開くことができる、ということか。食えないお姫様だ。俺はフェントの持つ杯に、自分のものをカチンと当てた。
「??」
オレの突然の行動にとまどうフェント。
「乾杯。オレたちの世界 めでたい時 うれしい時 これをやる」
「カンパイ……」
杯同士がぶつかった勢い波だった杯の表面を眺めながら、フェントはカタコトの日本語を発した。
「ゲン、ちょっといいか」
振り返ると、マコトとシランが立っていた。
「その……昼間はわるかったな……」
「いや、いいよ別に。気にしてない」
「そうか……えっと……それでさ……」
マコトは何かを言いよどむ。
「んもー! マコトっちキョドりすぎ! ヤバいアイデアなんだし、遠慮せず言えっての!」
シランがマコトの脇腹を小突いた。
「あ、ああ……その、な。さっきの儀式見て……思ったんだけど」
オレから目をそらしつつ、後頭部をボリボリと書きながらマコトは話す。
「あの本に即挑もうとするからダメ……なんだと思う」
うん?
「さっきの儀式の内容をもとにさ、もっと優しい本を探そう」
は?
「あると思うんだ、子供に読み聞かせる昔話のような本が」
それだっ!オレは思わずマコトの両手を掴んだ。そうだ! それ、めちゃくちゃ良いぞマコト!!
この夜を境に、オレたちの戦いは新たな段階に入った。
ギョンボーレの都の図書館に入って5ヶ月が経過していた。
「……つまり、ノブナーグ王の部将パクランチョがヘンタルの丘で魔王軍を撃滅したのがヘンタル丘の戦い。で、30年後に魔王軍が奇襲をかけたのがヘンタル川砦の戦い、ってこと?」
「ややこしい。ここは、第一次ヘンタルの戦い、第二次ヘンタルの戦いとしましょう」
「いやパクランチョ将軍の回顧録だと、その10年前にノブナーグが隣国との勢力争いをしているぞ。この戦いを第一次にすべきじゃないか?」
「戦いが多すぎじゃね、この丘……」
「交通の要衝ですし。ヘンタルの街自体が街道の交差点で、大陸最大の貿易港バトレバも近い」
「でもって南のベンチラスカの森は伝統的な魔族の拠点だ」
見ての通り、皆この世界の知識を驚くほどものにしていた。地理や文化、風習への理解が深まり、それらが全て歴史書の解読に力を与えてくれる。
もちろんトントン拍子に話が進んだわけではない。むしろ、解読が快調に進み始めたのはここ何週間かの話だ。星見の夜から2ヶ月は足踏みの日々が続いた。それでもあの夜以降、誰も折れなかったのは、皆の中に強い核心が生まれたからだ。
「子供向けの書物から始める」というマコトの方針。アツシがメモした星物語の内容を手がかりに、同じ内容が記述されたやさしい本を探した。貴族の子どもたちが、乳母や家庭教師に読んでもらうためのものが、まず何冊か見つかった。
「この挿絵、星物語で見たのとそっくりだ。いけるぞこれ!」
オレたちはまず、その内容を完璧に翻訳できることを目指す。そこで1ヶ月かかった。
さらにそこから別の児童書の翻訳に取り掛かる。それらの翻訳にさらに1ヶ月。そこから地理担当、聖石担当、交易担当、文化担当、戦記担当といった感じにメンバーを役割分担し、それぞれの分野の大人向け書物に標的を移していった。
同時進行でオレは異世界語辞典の追加する。皆が本の中から集めてきた、新しい単語や文法をまとめる。そしてリョウの〈叡智投影〉でみんなにフィードバックする。
追加する分量は、村で覚えた言葉の何倍にもなり、〈連続攻撃〉を丸一日繰り返すような事態にまでなっていた。当然、疲労の蓄積もハンパないものになっており、アツシも翻訳作業を離れ、ほとんどオレ専属の看護師と化していた。
その甲斐もあって、みんなの集めた言葉が次第に結びついていく。児童書翻訳の途中から、加速度的に読書スピードが早くなった。それに伴い、遅々として進んでいなかった歴史書の解読もスムーズになった。
そして……
「で、今日の本題だけど……このノブナーグ王って、"彼"だよね?」
リョウの問いかけに一同うなずく。
歴史書やその他多くの書物を読んでいくうちに、オレたちは過去の転生者たちの素顔に近づいていった。それは、オレたちも体験した『転生』というシステムそのものを知る事につながるのである。
ノブナーグ王。勇者歴368年から始まる「三英雄時代」の主役の一人。
活発化した魔族の台頭を食い止めるため、当時の神官が呼び出した転生者だ。セロト地方を支配していた魔族・ケイタムを倒し、セロトの領主となる。
その後、周囲の人間国家と魔王軍双方から包囲網を敷かれながらも、経済と軍事で才能を発揮し、大セロト王国を打ち立てた。オベロン王の歴史書の中には、とりわけ偉大な英雄と記されている。
「ノブナーグ王の偉業に"彼"との共通点が多する。例えばコレ、バトレバ港の支配」
ハルマが語り始めた。元クイズアスリートの本領発揮と言ったところだ。
「セロトの領主になった直後、王は隣国の人間国家ヘンタルに侵攻。が、彼は都を攻めるのではなく、バトレバ港の支配権を奪い取るだけで戦争をやめた。それと同じ頃に、領内の通行税を廃止して流通を活性化させている。経済を重視し、堺を直轄地にしたり関所を廃止したりした"彼"にそっくりです」
「戦争のスタイルもそうだな」
「はい。これは星物語にも出てきた有名なシーンです」
ハルマは子供向けの絵物語を広げた。ノブナーグ王は詠唱に時間のかかる大型攻撃魔法に特化した術士に多額の報酬を約束してかき集め、特別部隊を編成した。この術士隊は、例のヘンタルの丘の戦いで、柵に囲まれた即席の砦から魔王軍に集中砲火を浴びせて大活躍したという。
「魔術師を火縄銃に置き換えれば、まんま……」
「長篠の合戦……」
"彼"の代表的な戦いだ。日本史上で最も有名な一人。社会の授業を真面目に受けてなかった人でも、"彼"の名くらいは知ってるはずだ。
「大セロト王国初代国王・ノブナーグの正体は、織田信長だ」
来てたんだ……。歴史上のヒーローが、オレたちと同じ転生者としてこの世界で活躍していた。不思議な感動が胸を包んだ。
「じゃじゃ……じゃあ、あとの二人については……?」
「それも、考えられる人物がいます」
この時代には他に二人の転生者が召喚されている。一人は、ヴェサラ共和国の政治家で、後に皇帝となったユリュス。そしてもうひとりは、ミゼール王国の大宰相として辣腕をふるい、政治・軍事・文化にさまざまな革命をおこしたツァツァウだ。
この3人は368年に三国同盟を結び、大魔王ゲザリアを討伐、人間の歴史の最盛期を築き上げた。これが「三英雄時代」だ。
「ユリュスはユリウス・カエサル。ツァツァウはツァオツァオ、つまり曹操でしょうね」
古代ローマのカエサルと、三国志の曹操。どちらも世界史的には信長以上のビッグネームだ。
「三英雄時代……豪華すぎるな」
信長とカエサルと曹操の3人が協力し魔王を倒した時代。なんでその時代に召喚してくれなかったのかと思わず思ってしまう。
あれ……? でも、その時代?
「けど、それっておかしくない?」
「おかしいって何が?」
「いやだって……」
「信長とカエサルと曹操じゃ死んだ時代がぜんぜん違う、そういう事でしょ?」
リョウがオレの違和感を代弁する。
「織田信長は戦国時代の人間。カエサルは……紀元前だよね、たしか?」
「曹操は日本だと卑弥呼とかの時代だっけか? 魏志倭人伝って確か関係あっただろ」
時代の違う3人が、死後同じ時代に召喚された。つじつまが合わないのではないか?
「てことは、死んだ時代と転生する時代は一致しない?」
「まさか……」
「いやでもここにいる全員、令和の初期の人間だよな?」
みんな一斉に、隣の奴と顔を見合わせる。それは以前、皆で生前の話をしたことで確認にしている。全員あの世界では昭和の末期から平成の間に生まれ、令和に変わった少し後に死んだ。大正生まれや、令和の次の年号を知っている奴はいない。
「あの僕、翻訳しているときからちょっと不思議に思ったことがあるんですけど……」
「どうした、アツシ?」
「ノブナーグ王って神官に召喚されたんですよね? この神官って誰です? 僕たちのとき、そんな人いました?」
「あっ!!」
確かにそうだ! オレが転生したときは、あの女神が発した光に飲み込まれたあと、一人で街道のど真ん中に立っていた。
「気がついたら、誰もいない道の上にいたな俺」
「そういえば、俺は一人で山の中に……」
「アタシは街の路地裏だったなー」
「神官なんていなかったし、召喚されたって感じでもなかったな」
他の奴らも、スタート地点は違えど一人でこの世界に放り出されたのは同じらしい。
「そもそも、おかしいんですよ。この歴史書には登場する転生者が少なすぎます。魔王が現れた時代に、神官が儀式して一人を呼び出す感じで……どんなに多くてもその時代出てくる転生者の名前は数人なんです」
「それは……歴史に名を残した転生者しか扱われてないだけなんじゃ?」
「そうとも考えられます。けど……じゃあ逆に、なんで今の時代には織田信長のような転生者がいないんですか? 三英雄時代と同じように、スゴイ人が来てたっていいでしょう?」
うん、アツシの言う通りおかしい。オレやここにいるみんなもそう。ガズト山に置いてきたアマネもそう。聖石を奪っていったオクトやアグリやジュリアもそうだ。全員、何者でもないごくごく一般的な21世紀の日本人だ。
明らかに、転生のルールが三英雄時代とは変わっている。
* * *
「もしかして」
しばらくの沈黙の後、シランがつぶやいた。
「ちょっと聞きたいんだけど……転生の前、あのクソ女神なにか言ってなかった?」
女神にクソを付けるなんて、とは思うけどしかたない。オレたちはずさんな転生のせいで苦労を強いられている。
「何かって?」
「なんでウチらをこの世界に送ったか」
――実はね、いつもならこのまま天国か地獄へ送る手続きに入るんだけど、あいにくどちらも今、定員オーバー気味でさぁ……
「言ってた……」
オレはあの真っ白い何もない空間で起きたことを思い返した。
「定員オーバーだって! 確か……そうだ、何か理由があって、死後の世界が定員オーバーだって」
「思い出した!! 私も聞いた。どこかの世界で最終戦争があったって言ってた!」
「そこそこ! もしかしたらウチらは臨時のヘルプでさ、本当はちゃんとした人が呼び出されるんじゃない? 死後の世界からさ」
確かにそう考えるとスジが通る。死後の世界からの呼び出しなら、戦国時代だろうが魏志倭人伝だろうが、どの時代の人間でも呼び出し放題。けど今は転生システムは臨時のものだから、別の世界で死んだ人間をそのまま連れてきている。
「それなら僕たちみたいな無名の人間ばかり送られてるのも納得できます」
「いやダメだ」
マコトが首を振る。
「それだけなら逆に、俺たちしか来てないのがおかしいだろ。1日に死ぬ人間なんて何千人も……いや、地球全体で見たら何万人もいるじゃないか? それが全員、こっちの世界に来てるとは思えねえ」
「それについては思い当たることがあるぞ」
今度はアキラ兄さんが口を開く。
「俺は足場職人だったんだけどよ。あの日、後輩が足を滑らせたのを助けて、自分がバランス崩して落下しちまったんだ。お前らも似たようなことやってないか?」
やってる。俺は横断歩道で男の子をかばってクルマに……。
「子猫が木から下りれなくなってて、それを助けようと木に登ったら頭から落ちちゃって……」
「俺は爺さんだ。台風が来ててさ……腰が悪いのに田んぼ見に行くって聞かねえから代わりに行って……」
「アタシ、チカン捕まえたんだよね。クラスのツレが困ってたから。駅で逆ギレされて突き飛ばされちゃったけど」
皆、何かしら立派な行いをしていた。それが英雄の資質ありとみなされて、この世界に派遣される理由となったのか。もしそういう事をしていなかったら、ひょっとしたら全然違う世界に送られたのかもしれない。
「え、ちょっと待って? え? ええ!?」
シランが腕組みをしながら、何やら考え始める。
「みんなリスペクトに値すんのは分かったけどさ。てことはウチら追放したり、聖石サギったりして連中もそんな感じだったったワケ??」
「う……」
オクトたちの顔が脳裏に浮かび上がる。あの卑劣漢たちが? 馬鹿な。
「いや、そういうもんだよ人間なんて」
皆がざわつく中、アキラ兄さんが言った。
「よく、根がいい人、根が悪い人なんて言うけどさ。そんなもの無いって。いい事しようが悪い事しようが、どちらも人の本性だ。そのときそのときでブレるのが人間」
兄さんの口調は落ち着き払っていた。
「兄さん……」
「なんか、人生の達人ぽい」
「さすがオレたちの最長老」
「よせやい、俺だって一応まだ30代だかんな!?」
最年長の転生者は苦笑する。
「ま、俺たちだって、たまたま苦労したからこの図書館にいるんだ。言葉に不自由せず、魔王討伐の期待をかけられていたら、聖石強盗に走っていた可能性だってある」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。そんなはずないと反論したかったけど、言い切れる自信はなかった。
オレはなまじ強力なSSRスキルを持っている。もしあのとき普通に言葉が通じて、『1頭』と『頭1つ』の違いに疑問を抱かなかったら……。オレもオクトについていったかもしれない。「やむを得ない犠牲」と割り切ってしまったかもしれない。
オレは背筋が寒くなるのを感じた。
三英雄時代の大まかな翻訳が終わると。残りの細かいところはハルマに任せる。彼の歴史知識はこちらの世界の歴史にも応用出来そうだった。そしてメインチームはさらに先の時代へと進んでいく。
この本によれば初代勇者ラスターが魔王を倒した年を勇者歴元年としている。そしてこの本の最後の章は、現在の魔王が現れたという8年前、勇者暦1045年。三英雄時代は758~792年。半分以上を読み進めたとはいえ、先はまだまだ長い。
「姫様、ただいま帰還いたしました」
図書館に意外な訪問者が現れたのは残り20日を切った頃だ。フェントが俺たちのために、参考図書を運んでくる最中であった。
「シャリポ……!」
あの日オレたちのこの都につれてきた男の声が、ホールに響いた。
「貴様ら、姫様に小間使いをさせているのか!?」
本の山を抱えているフェントを見るやいなや、シャリポの手のひらにあの赤く発熱する光が灯った。
「うわあっ!? まて! まて!!」
慌てて、オレたちはギョンボーレの戦士から距離を取ろうとする。
「控えよ!」
フェントの凛とした声に、反射的にシャリポはひざまずいた。
「ここは神聖なる智の殿堂。いかな理由があろうと狼藉は許さぬ!」
「は、ははっ!」
ギョンボーレ族きっての戦士も、同族の姫にはかなわないらしい。
「これは小間使いなどではありません。我が父の命令であり、真なる転生者を育むための大切な戦いです」
フェントは毅然とした声色から一点し、柔らかな口調となった。
「失礼いたしました」
シャリポは立ち上がるとこちらを見てきた。
「よう……久しぶり」
「ほう、少しはまともな発音になったか」
「おかげさまで。本の解読もだいぶ進んだ」
「ならば……」
シャリポは少し考えたあとに、尋ねてきた。
「お前の前にある食べ物、なんて名前だ?」
「馬鹿にするなよ。パクランチョだ」
テーブルにはフェントが差し入れした軽食が乗っている。
「なぜ、その名で呼ばれている?」
「ええと、魔王サードルを倒した黒き英雄イドワ。その盟友であるパクランチョ将軍が陣中食として発明したという伝承からだ」
パンに肉を挟んだ料理パクランチョ。俺達の世界でサンドイッチと呼ばれていたものは、この世界でもありふれた軽食だった。
サンドイッチがイギリス貴族の名前から取られているのと同じように、パクランチョも軍人の名前が元となっている。このシンプルな食べ物の名前の由来が似ていることに、オレは変な感動を覚えていた。
「なるほど。言葉も知識もそれなりになったな」
* * *
「今どこまで進んでいる?」
図書館の中央ホールに巡らされた渡り廊下からは、外のバルコニーに出ることが出来る。オレは夕食の後、シャリポに誘われて夜風に当たりに来た。
谷底の都は月光に照らされ、白い石で作られた屋根が発光しているように見える。
「今の王朝が成立したあたりだ」
「魔王タールヴの討伐までか。あの戦いには我が王も参加していた」
タールヴ討伐は聖神歴833年、ちょうど120年前の出来事だ。ここまで歴史書を読んできて分かったが、ギョンボーレ族の寿命は人間の3〜4倍はある、このあたりも、オレ達が慣れ親しんできたエルフ族に似ていた。
「その後さらに4回魔王が出現している。その上、討伐戦争は複数の大陸に及ぶ規模になり、複雑さが増している。あと20日でそれを読み終えることが出来るか、見ものだな」
解読に協力的なフェントと違い、挑戦的なシャリポの態度に少しムッとする。
「そんな嫌味に付き合うほど暇じゃないんだが」
「なんだその口は? ガズトの村の近況、知りたかろう」
「えっ?」
アマネや村のみんなの顔が浮かぶ。もう半年近く会っていない。
「安心しろ、お前たちの仲間の女と門番二人が村を守っている。ただ、女はいたくご立腹だ。早く戻ってきて、追加した言葉の知識をよこせと言ってる」
「ふざけるな。アイツをここに連れてこなかったのは、お前だろ?」
「ふ、それもそうか」
村での翻訳作業ではアマネは特に意欲的に動き回っていた。歴史書の解読に加わってくれていたら、どれほど助かっただろう。
ともあれ、彼女たちが無事でよかった。ただ問題は……
「聖石の影響は?」
「今年の収穫は終わったが、来年の植え付けは恐らく無理だ。川の下流には、長雨の停滞で巨大な湿地帯が出来た。疫病の温床になりつつある」
シャリポの口調はどこか他人事だ。
「お前が、原石を渡してくれさえすれば」
「何をいうか、貴様の軽挙のせいであろう?」
「く……」
それを言われるとぐうの音も出ないのが、オレの弱点だ。
「それでもあの村はマシな方だ。世界中の聖石を保護して回っているとそう思う」
「他の地方の聖石も転生者が……?」
「酷いものだ」
シャリポの口調は重々しかった。
「オクトなる転生者の頭目が聖石の略奪を繰り返している。西の大陸ではオアシスが砂に埋もれた。北の大陸は氷河に閉ざされつつある。今や魔族の攻撃よりも被害が大きい」
あの男はそこまでやっているのか。
「……オレたちは、歴史上の転生者たちに比べて非力だ。過去に神官たちが召喚した偉大な英雄ではなく、何の力も持たない普通の人間だ。だからオレは、連中が聖石を武器に用いるのも、わからなくはない」
シャリポの目がギロリとこちらを向く。思わずオレの身体はこわばる。
「まてまて誤解するな! だからといって聖石を奪うことに賛成しているわけじゃない!! ……不思議なんだよ。確かに非力だけど、大量の聖石がないとノブナーグ王との差が埋まらないとも思えない」
織田信長だって、カエサルだって、曹操だって人間だ。偉人であっても、超能力者やスーパーヒーローじゃない。オレたちとの差はあれどそれを埋めるのは、果たして聖石なのか?
「これはもしかしてなんだけど……オクトの目的は魔王討伐ではなく、その先にあるんじゃないか?」
「お前もそう思うか」
歴史書を読んで知った事実。魔王討伐を終えた歴代転生者たちの後半生で最も多いのが、支配者になることだ。ある者は国を興し、ある者は王宮に婿として入り、ある者は都市国家の執政官に任命される。これは見方を変えれば、彼らの生前の職業に戻ると言ってもいいかもしれない。
対して令和日本の一般市民だったオクトとその一党はどうか? 為政者のノウハウがなんてない。そうなると彼らは力で押さえつけるしか無い。少なくとも本人たちはそう考えてるのでは?
「私は出来る限り多くの聖石を保護してきてが、それも難しくなってきた。王宮から我々に協力的な大臣の顔が減り、オクトとやらの仲間が増えてきた。私自身、主だった街では懸賞金がかけられている」
シャリポは小さくため息をついた。
「転生者スギシロ・ゲン」
初めてこの男から名前を呼ばれた。
「歴史の書、読みこなせるというなら早くしろ。もし貴様らが真なる転生者だというのなら、使命はその先にあるはずだ」
* * *
王が定めた期日まで残り3日。翻訳作業も最後の詰めに差し掛かっている。
「皆無理はしてない? 少しでもまずいと思ったら休んでよ」
「馬鹿言うなリョウ! 今寝たら、3日間起きない自信あるぞ……!」
「時間が来たらオレが〈連続攻撃〉で叩き起こすから安心して寝ろ!」
この一週間は全員、殆ど寝ていない。シャリポの言う通りだ。3つの大陸を初めて統一した現王朝の時代は、押さえるべき事柄が膨大なものになっていた。
「西の大陸の大商人たちについてまとめ終わったぞ」
「よし。北の大陸の漁業の発展と照らし合わせるからこっちに持ってきてくれ」
3つの大陸が一つにまとまったことで、人の動きが盛んになる。様々な事件が世界各地で勃発し、それが全く違う場所で起きる別の事件の引き金になる。そして変わらず勃発する魔王たちとの戦い。
登場する用語も格段に増え、1ページ訳すのに、専門書を1冊読まなければならない。
「みなさん、休憩してください。頭を使ったあとは、甘いものが良いとハルマさんから聞きましたので、ケーキを焼きました」
甘い香りを漂わせながら、フェントがワゴンを押して部屋に入ってきた。わあっと歓声が上がり、一同、皿を持ってワゴンの前に並ぶ。
「いつもありがとうな、フェントちゃん。ところで、アツシは大丈夫か?」
「はい、今朝は粥を食べました。だいぶ回復してるようです」
一番最初に倒れたのがアツシだった。無理もない。アツシの役割は、疲れきった俺たちを〈治癒力増幅〉で癒やすこと。けど、アツシを癒せる者はいない。
全員が不眠不休の中、アツシも丸1日スキルを使い続け、3日前にダウンしてしまった。
リョウとオレは、もうアツシのスキルに頼らないと決めた。反対するヤツもいなかった。やばくなったら6時間寝る。それを絶対のルールとして、残りの翻訳にぶつかっている。
『ゲン、リョウ。代表者たる二人にこの世界のあらましを口頭で説明してもらう。そしてその後に、私からふたつの質問をする』
昨日、オレとリョウは王の元に呼び出された。そこで初めて、翻訳の成果の示し方を教えられた。
『ふたつの? いったいどのような?』
『それを今言ってしまったら試験にはなるまい』
王は笑った。
『ただ言えるのは……その質問は、この世界の本質に関することだ。私が書いた書に答えは載っていない。だが、あの書の知識をものとしていれば、自ずと答えはわかるだろう』
どういうことだ? 考えようとしたけど、すぐに辞めた。その心配をしてもどうしようもない。読みこなせば答えが見えるのであれば、今は残りを仕上げることだけを考えよう。
「よし、みんなここが最後の踏ん張りだ!」
新たなページの清書が終わり、リョウに手渡す。この作業もあと数回となるだろう。