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 星物語が終わると、祭壇の丘は宴会場へと姿を変えた。祭壇に捧げられていた料理が下げられて、長テーブルの上に置かれる。その周りには果物やパン(ハグハ)果実酒(ペルシュム)が並ぶ。今夜の儀式を執り行ったフェントが、参加者一人一人に果実酒をついでまわり「乾杯(トーカ)!」の掛け声とともに、皆で飲み干し、そこから歓談が始まった。
 ほとんど図書館にこもりきりだったオレたちに、都の住人たちも興味があったみたいで、人懐っこく話しかけてくる。皆、美男美女でフェントと同じように穏やかな笑顔で、オレたちの話に耳を傾けている。つたない言葉にじっくりと耳を傾けてくれ、そしてゆっくりはっきりとした口調で答えてくれた。

「ゲンさん おかわり どうですか?」

 フェントは〈自動翻訳〉を使わず、ギョンボーレの言葉でそう尋ねてきた。

「ありがとう」

 オレは杯を前に出す。そこにほんのりと赤い液体が注がれていく。ギョンボーレの言葉は、あの村で話されていたものと非常に近いものだと、この宴ではっきりわかった。所々、単語や発音が異なるけど、ゆるいスピードならそれほど違和感なく意味を理解できる。

「さっきの ぎしき なんだけど…… あれって この世界の しんわ?」
「せいかくには しんわではなく 伝しょう です」
「伝しょう?」
「よ空に むすうの ほし あります 人の 歩み すすむとき 私たち むめいの ほしに 物がたり たくします」

 人の歩みが進む時……つまり、夜空の星に歴史を乗せるということか? 今見た星物語はこの世界の歴史……!?

「いいのか そんなものを オレたちに 見せて?」

 ノーヒントであの歴史書を読み解くのがオレたちに課せられた試練なのでは?

「わたしの 本当のもくてきは 昼に話したように みなさんの心を ほぐすことです」

 フェントは果実酒の壺をテーブルに置き、自分の杯を手にとった。

「それと これもさっき 言いました 星見のよる おこなう日 巫女に まかされている」

 彼女はいたずらっぽく笑った。なるほど。儀式の開催日は王の意思に関係なく開くことができる、ということか。食えないお姫様だ。俺はフェントの持つ杯に、自分のものをカチンと当てた。

「??」

 オレの突然の行動にとまどうフェント。

「乾杯。オレたちの世界 めでたい時 うれしい時 これをやる」
「カンパイ……」

 杯同士がぶつかった勢い波だった杯の表面を眺めながら、フェントはカタコトの日本語を発した。

「ゲン、ちょっといいか」

 振り返ると、マコトとシランが立っていた。

「その……昼間はわるかったな……」
「いや、いいよ別に。気にしてない」
「そうか……えっと……それでさ……」

 マコトは何かを言いよどむ。

「んもー! マコトっちキョドりすぎ! ヤバいアイデアなんだし、遠慮せず言えっての!」

 シランがマコトの脇腹を小突いた。

「あ、ああ……その、な。さっきの儀式見て……思ったんだけど」

 オレから目をそらしつつ、後頭部をボリボリと書きながらマコトは話す。

「あの本に即挑もうとするからダメ……なんだと思う」

 うん?

「さっきの儀式の内容をもとにさ、もっと優しい本を探そう」

 は?

「あると思うんだ、子供に読み聞かせる昔話のような本が」

 それだっ!オレは思わずマコトの両手を掴んだ。そうだ! それ、めちゃくちゃ良いぞマコト!!

 この夜を境に、オレたちの戦いは新たな段階に入った。