「ラータ トゥキトマ ヤ?」
は?
「ポーラ トゥイ ヤ?」
なんて?
「トゥキトマ ヤ?」
「ガーシュ ラット!」
英語ではない。中国語や韓国語の雰囲気でもない。全く聞いたことのない言葉だ。
「ガーシュ タラ ラータ?」
「ガーシュ ミヴ!」
まったくわからん……。
時計もスマホもないから正確にはわからないけど、この世界に転生してから1時間くらい経ったと思う。早くもオレの異世界ライフは頓挫していた。
いかにもファンタジー作品に出てきそうな、中世ヨーロッパ風ののどかな村。丘の下にはそんな風景があった。中央には教会のような石造りの塔を持つ建物がそび、その周りに木の骨組みと白い土壁の民家が建ち並ぶ。その外周は柵で囲まれ、一箇所だけ門がある。これこれ! 想像通りの世界だ!!
テンションMAXで下り坂を駆け下り、村の入口でついに第一異世界人発見!!
「ポーラ トゥイ ヤ?」
と思ったのに、ご覧の有り様だ。槍を持った門番らしい二人組にまくし立てられているけど、何を言ってるかさっぱりわからん。
「え、えーと……ワタシ ノ ナマエ スギシロ ゲン イイマス」
何故かカタコトになった日本語で、自分の顔を指さしながら自己紹介する。数秒の沈黙。
「アー ミスクィ タラ タ ラータ ガーシュ パ!」
「ラノ バクサ タ トゥイ ガーシュ パ!!」
ですねぇ……。
考えてみれば、ここは異世界だ。日本語なんて通じるはずがない。なんでオレは、この人達と言葉が通じるなんて無条件に思ってたんだ?
「あー! くそっ!」
オレは道に転がっている小石を蹴って、やり場のない怒りをぶつけようとする。
「痛ってぇ!?」
つま先に鈍痛。その小石は、地面に埋まる大きな石の一部だった。ほんの少しだけ露出していたらしい。
「ハハハッ! ウケル!!」
つま先を抱えて飛び跳ねるオレを見て門番が笑う。
「は? ウケる? 今アンタ、ウケるって言ったよね!!?」
なんだよ日本語知ってるじゃん! オレは改めて門番たちに向き合う。
「アー ミスクィ タララーノ バクサ」
「っなんだよぉっ!!」
またすぐに始まる異世界語。
いかんわコレ。異世界に転移できると聞いた時は、ワクワクが止まらなかった。サンプル映像で見た風景は、ゲームやアニメでお馴染みのあの感じ。その世界には恐ろしい魔物とそれを統べる魔王がいて、人間を脅かしている。
オレはそんな魔王を倒す役目を請け負い、魔族に対抗するための技能を与えられた。完璧だった。大冒険は始まろうとしていた!
……はずなのに、言葉が通じないとは。
あの女神、そういう事はちゃんと説明してくれよ!
* * *
「単刀直入に言うね。キミは死にました。ご愁傷様です」
転生の直前の記憶。
気がつくとオレは真っ白な空間に立ち尽くしていた。目の前には美人がひとり。彼女から過去形で死を宣告された。
「は? 死んだ? オレが??」
「そ。 前方不注意のSUVにぶつかってドカーン! そのままグシャァッ!!」
彼女は自分の右手と左手をぶつけると、左手を弾き飛ばし、手を開いてパタパタと降った。ジェスチャーから想像するに、嫌~な死に方をしたようだ。
「……ああ、そういう事か」
おぼろげながら覚えている。学校帰りの、国道の交差点。ランドセルの男の子が中央分離帯に残されていた。男の子は全く変わらない信号にやきもきし、反対の信号が赤になったのと同時に、こちらに駆け寄ってきた。
最悪のタイミングだった。右側から前方不注意のクルマが一台、色が変わったばかりの信号を無視して突っこんでくる。
『危ない!』
今思うと、よくそんな事をしたと思う。オレ史上最高の英雄的行動。そしてどうやら最後だったらしい英雄的行動。とっさに身体が横断歩道に向かって動き出し、男の子を突き飛ばした。
その後のどうなったか記憶は無く……気がつくとその空間にいた。
「記憶がないのは当たり前。キミ、即死だったから」
「そっすか……。じゃあ、あの子は? あの男の子どうなりました!?」
「この部屋に来たのはキミだけ。君が突き飛ばして、多少ケガしたみたいだけど無事だよ」
「よかった……」
ほっと、ひと安心。オレ自身が死んでるのに、安心も何もないけど。
「えーっと、そしたらここは何処なんです? 死んだ人が来る場所?……エンマ様的な??」
「そういうことになるかなー。君たちの世界のエンマ様とやらは、私と似ても似つかないけど」
確かに。どんなキャラデザだったか詳しくは覚えてないけど、エンマ大王といえば髭面で真っ赤な顔の、おっかないおっさんのはずだ。
目の前にいる人……というか女神様? のルックスは、エンマ様とは真逆だ。白くほんのり透けている薄いドレスに包まれた身体は、めちゃくちゃキレイな曲線を形づくり、おっぱいがめっちゃでっかい。
顔はもう美人そのもの。目が大きくキリッとしていて、鼻は高く、唇は薄紅色で程よくぽってりと厚い。そして、おっぱいがめっちゃでっかい。
足元まで伸びる長い髪の毛は、プラチナブロンド……というのだろうか。透き通るような薄い金色で、キラキラと輝いている。そして何より、おっぱいがめっちゃでっかい。
「ここに来る男は皆そうだな。私のそこばっか見る……」
女神様はオレの顔を見て言う。やべ、気づかれた。オレは慌てながらもできるだけ自然体で顔を逸らす。アナタが気づいた時に、たまたまそっちの方向に目線が言ってただけで、決してガン見してたわけじゃないですよ……という演技。
「バレバレだって…… まぁそんなことより」
女神様は両手でオレの顔を掴むと、ぐいと正面に向け直した。
「キミをこれからどうするか、なんだ」
どうすると言われても……。
「えーっと死んじゃったんスよね? 天国とか地獄とか、そういうとこに行くんじゃ?」
「へぇ、ずいぶん冷静だね? 事故死の人はなかなか受け入れられなくて、泣いたり暴れたりするもんだけど」
「うーん。あの状況だとやっぱそうかーって感じですし。それに未練的なモノもあんまないし……」
この世に生を受けて17年。正直、人生が充実してると思ったことはない。不幸な生い立ちとは思わないけど、幸せだったかと言うとそうでもない。
平均的な成績。平均的な顔と身長。友人が多いわけでも、かけがえのない彼女がいるわけでもない。来年受験だけど、特に行きたい学校も将来就きたい仕事もない。そもそもこの17年、人生を楽しむと言えるほど何かに没頭した記憶がない。それがオレにとっては当たり前だったし、このまま張り合いのないぼんやりした一生を過ごすつもりだった。
死ぬと意識が消滅するのなら、それは御免だ。けど精神的にはピンピンしてる。なら、これはこれでアリだ。
偉いおっさんに「ゲーム脳だ!」とか言われそうだけど、リセットボタン押して別のゲームを始めると思えば、大してショックはない。あ、いや、でも地獄へ行くのは嫌かな……。
「実はさ、いつもならこのまま冥界へ送る手続きに入るんだけど、今定員オーバー気味でさぁ……」
「は? 定員とかあるんスか??」
「キミたちの住む世界だけでも、歴史が始まってから一千億人以上が死んでるのよ? 冥界は常に拡張工事をしてる横浜駅状態よ?」
スケールがデカいんだか小さいんだからわからない例えはやめて欲しい。
「んで、只でさえ空きスペース確保が大変なのに、隣の管轄で、最終戦争があってさー。死者を全員受け入れる体制が整ってないのよ。ごめんねー」
女神は大して申し訳なさそうに思ってないことが丸わかりな口調で謝る。
「だから今は特例として、別の世界への転生を推奨しているんだよね」
「別の世界へ……転生?」
どこかで聞いたような話だ。
「うん。もちろん赤ちゃんからのやり直しも出来るんだけど……死の間際に勇敢な行動をとった人間には、優先的に紹介してる世界があるんだ」
「勇敢な行動?」
「男の子、助けたでしょ? そういう人には、死ぬ直前の肉体と精神のまま行って欲しい世界があるの」
女神様はそう言って右手を頭上に掲げる。するとそこに映像が浮かび上がった。
「これはその世界のサンプル映像。見ての通り、キミたちが言うところのファンタジー世界ってやつ? そういう世界がウチの管轄にあってさ」
ゲームやアニメで散々見てきた中世ヨーロッパ風の世界が広がっていた。そしてそこで暴れる魔物、それを率いる魔王。さらに、魔王と戦う勇者たち……。それを見てオレは身体を流れる血液がざわつくのを感じた。
「キミには、この勇者の役割をお願いしたいんだよね」
「やるっ! やります!!」
二つ返事。当たり前だ! マジでリセットボタンじゃん! 別のゲーム始まったじゃん!! 前の世界よりもよっぽど充実した日々を送れそうだ。
「ありがとー!じゃあ、コレ引いてよ」
女神様は一体何処から取り出したのか、目の前に福引き器を置いた。年末の商店街で見る、六角形で取っ手のついたアレだ。
「なんすかコレ??」
「キミに与える特殊スキル。さぁさぁ回して!」
「はぁ……?」
オレは言われるがままに取っ手を持ってガラガラと回した。何回転かさせると六角形の横に空いた穴からポンと、虹色に輝く玉が飛び出る。
「おおー!おめでとうございまーっす!!」
女神様はカランカランと、ハンドベルを鳴らした。
「SSRランクスキル〈n回連続攻撃〉が出ましたー!!」
「SSRって……」
ずいぶん俗っぽいランク付けだな。
「すごいんですか、コレ?」
「はっきり言ってチート級!」
女神様は首を縦に振りながら言う。
「常人が1回攻撃するのと同じ速さで、複数回攻撃できるんだ!」
「複数回っていうと、2回とか3回とか?」
確かにすごいけど、チートってほどでもなさそうな……?
「はぁ……困るよぉ? そんなテレビゲームみたいなちまちましたスケールで考えられると…… 理屈の上では65535回攻撃可能!」
「ろくまっ……ッ!?」
なるほどそりゃチート級だ……。
「もちろん、しっかりと研鑽を積んでスキルを完全にモノにしないと、その次元には辿り着けないけどねー。でも君が言った2~3回程度ならすぐに出来るはずだよ」
「やった……そんなスキル持ってたら、怖いもん無しじゃんか!」
「よかったねー」
「それじゃあ女神様! さっそくオレをその世界へ飛ばして下さい!!」
自分にそんな力が備わったと言うなら、さっそく試したい。すぐに剣と魔法の世界で壮大な冒険を繰り広げたい!!
「んーー、なんか他にやることがあった気がするけど……まぁいっか。そのスキル持ってればなんとかなるっしょ」
女神様はオレの方に手の平を向ける。手の平から光が溢れ、それがオレの身体に伝わってきた。
「んじゃ、いってらっしゃーい」
光が強くなり、視界が真っ白になる。あまりの眩しさに思わず目をつぶる。
そして
「ラータ トゥキトマ ヤ?」
スキルを発揮するとか、壮大な大冒険とか、それ問題だ! 人の言葉がわからねえ!!
オレの異世界ライフ思った以上に厳しい状況からスタートした。
* * *
あーー…… やっちゃったわ。さっき来た子に「自動翻訳」の通常スキルあげるの、まーた忘れちゃった。これで何度目だっけ……? えーっと……
まぁ、いっか!!
先に転移した子についてけばいいし、SSRスキル持ちならなんとかなるっしょ!
「キミ転生者? 何してんのこんな所で?」
村の入口近くでふてくされていると、誰かが声をかけてきた。意味のわかる言葉。日本語だ!
顔を上げると、白銀の鎧に身を包む少年が立っていた。オレより年下か? いや、体格の感じだと同年代かもしれない。かなり童顔だ。
後ろには大柄の男とカワイイ系の顔立ちの女の子。全員、日本人のようだ。
「そうだけど……君は?」
「僕は坂江オクト。この世界に送られた転生者だよ」
「転生……君も!?」
そうか、オレ以外にもここに連れてこられた奴がいるのか。
「どうしたのー? 村に入らないの?」
オクトの後ろに立つローブの女の子が声をかけてきた。手には木の杖を握っている。その姿はRPGで見かける魔導師そのもの。パーティーの後方支援と言ったところか?
「入るも何も……言葉通じなくて門番が入れてくれないよ」
「言葉が? ははぁ。さてはキミ、女神にスキル付け忘れられた系?」
「スキル? スキルなら持ってる。女神はSSR級だって言った」
「ちがうちがうちがう」
オクトに背後にいるもうひとりが首を振る。体格はオクトやオレよりガッシリとしていて坊主頭、肌は日焼けで浅黒い。元の世界では高校球児か何かだったのだろうか? 重そうな鎧に身を包んでいるその姿は、パーティーの前衛としてタンク役をやっていそうな雰囲気だ。
「ガラガラポンじゃなくて、全員に付与される方。自動翻訳スキル」
「じどうほんやく……」
なんだそれ、聞いてないぞ?
「ああ、やっぱり知らないのか。あのテキトー女神め」
坊主頭はため息をつく。そしてオクトが話し始める。
「転生者がこの世界の言葉を聞いたり読んだりするときは、元の世界の言葉に自動的に翻訳されるスキルが付与されるんだ。だから本当なら、村人の言葉はキミには日本語に聞こえるはず」
「はぁ!?」
何だそれ? この世界で生きるには必須じゃねえか!
「この世界に来た日本人は多いけど、時々いるんだよね。スキル付与漏れが」
「……そのスキル持ってない奴は、どうすればいいんだ?」
「うーん、二つに一つかな?」
オクトは、人差し指を真下に向けて言う。
「ここで野垂れ死ぬか……」
続いて、くるりと指を真上に向ける。
「どこかのパーティーに加わって、魔王討伐の冒険に旅立つか!」
「どこかのパーティーって……?」
「ん、たとえばウチとか?」
女の子が言う。
「オクト、いいよね!」
「もちろん。仲間が増えるのは大歓迎!」
「よーし決定だ!」
丸坊主の男が手の平をこちらに向けてきた。ハイタッチをしようって事か?
「オレの名前は飯房アグリだ! パーティーの前衛をやってる」
「杉白ゲンです……よろしく」
オレはアグリの手のひらを叩こうとする。その瞬間、その馬鹿でかい手が弾けるように動き、バシンと俺の手を弾き飛ばした。
「痛ってェ!?」
「ハハッ! 足引っ張るなよ新人!?」
「ったくアグリは! 転生したばっかのコにそーゆーこと言わないの! アタシは椎名ジュリア。魔法で後方支援やってるんだ♪」
今度は魔導師の女の子が手を差し伸べてくる。その顔をよく見ると、カワイイ系どころではなく、正真正銘可愛いルックスだった。
オレは恐る恐る握手をする。アグリとは対象的に細く白く、柔らかい手だった。女子の手をにぎるなんて、中学のフォークダンス以来かもしれない 。
「よし! 新メンバーも加入したことだし、村に入ろう!」
「ここにあるといいな、例のモノ」
「大丈夫よ。この辺りの自然は、生命力が溢れている。良質なマナが溢れている証拠よ」
例のモノ? 何のことかはわからないけど、とにかくオレは三人の後についてく事にした。
* * *
オクトが二言三言、門番たちと話すとそれだけで村の中に通された。オレだけの時とは真逆の対応。これが言葉が通じるということか。オクトたちは村の中央にまっすぐ向かい、そこにある石造りの建物の扉を開いた。丘の上からも見えた教会のようなあの塔だ。
「え……?」
この塔は、外から見ると窓のようなものが無かった。だから真っ暗な内部を想像していたけど……
明るい?
屋内はまるで陽光のような柔らかな光に満たされていた。
空間の中心に、木で階段状に組まれた祭壇のようなものがあり、その上に巨大な水晶のような石が3つ浮かんでいる。元の世界のサイズ感で言えば、アレは…… 消火器。そう、ちょうど消火器くらいの長さと太さ。そんな巨大な宝石だ。
石に見とれるなんて初めてだった。元の世界では、大きな宝石なんて写真でしか見たことないけど、アレとは根本的に違う輝きだ。外部の光が反射したものじゃない。石そのものが光っている。建物の内部が明るいのもこの光のおかげだ。
「ガードラ ベッツ ヴァーシュト タンセル……」
「ええ、ここに来る前にも凶暴化したモンスターと遭遇しました」
祭壇の下には髪も髭も白い老人がいた。この村の長、もしくはこの祭壇を守る神官、あるいはその両方といった雰囲気だ。
「マルダカンサ グス ナー ラノ テデット ヴェシュ ヤ?」
「恐らくは。ですが魔王討伐は俺たち転生者の務めです」
オクトが老人に日本語で話しかけると、老人は謎言語で応える。
「パッサ ラット ガズー ギノ ヤ?」
「もちろん! ですが、それには条件が」
「ママヌ?」
「魔王の眷属1頭とこの聖石1つを交換していただきたい」
「パスタンテール……」
「わかってます。ですが、魔王討伐のために我々もそれが必要なのです。どうかご協力を……」
「………タヌー バスパラビナ」
本当に言葉が通じてる……これが〈自動翻訳〉か。
* * *
「へぇ~! じゃあ本当に言葉が変換されずに聞こえるんだ?」
魔王の眷属が棲む古城を目指し、山道を進む道中。オレたちはさっきの老人とのやりとりの話をしていた。
オクトはオレの体験に興味があるようだ。その幼さの残る顔には好奇心が満ちていた。一見中学生くらいに見えるけど、実はオレと同じ18らしい。
「皆にはアレが日本語に聞こえてるってこと?」
「聞こえるっていうか、脳内に直接流れ込んでくる感じかな」
「へぇ……」
「ねえねえ! 異世界語ってどんなふうに聞こえるの?」
ジュリアちゃんが尋ねてくる。オレに向けられる上目づかいの視線。
「どうって……聞き取れたのはママン? だとかタヌー? だとか……?」
「なにそれウケる! たぬきのお母さん?」
彼女は歯を見せて笑う。仕草がいちいちかわいい。きっと元の世界でもモテたんだろう。クラス内のカーストの中間より少し下くらいで、ひっそりと息を潜めていたオレにとっては、こんな子と仲良くなるなんて夢物語だった。それが今や、同じパーティーの仲間として笑い合えるんだから、異世界万歳だ!
「まぁ、僕たちも全くわかんないワケじゃないけどね、この世界の言葉」
オクトが言った。
「例えば彼らの言葉は、数え方がモノで変わらないんだよ」
「は? どういうこと?」
「例えば、このパーティーは今4人いるよね? で、このパーティーには3本の剣がある。オレが持つ大剣と、オクトの長剣、それにさっき村でゲンに買ったダガーだ」
「う、うん?」
オレの装備はオクトに買ってもらったものだ。革製の胴当てと兜、そして一本のダガー。最低限の武装だけど、これだけあれば十分戦いに参加できるらしい。
「けど彼らにとって、人が"4つ"で剣が"3つ"なんだよ。"人"や"本"みたいな数え方がないんだ」
助数詞がない、ということか? 確かに日本語はモノによって数え方が変わる。元の世界でも英語には無い、日本語ならではの変則ルールだ。
「おかげで、道具屋で大変だったよな」
道を阻む倒木や岩を取り除きながら先頭を進んでいたアグリが、思い出したように言う。
「そうそう! 俺が聖水8本と薬草3個注文したのに、店に人が間違っちゃって。聖水3本と薬草8個出てきてね……」
「それでオクトが、違う違う8本と3個だーって言うんだけど、店の人キョトンとしてんの!」
「アレはオクトが悪いよぉ」
3人はクスクスと笑い出す。冒険の中で生み出された、このパーティーにとっての鉄板ネタらしい。
言葉が変われば、そういう細かい違いも出てくるんだろう。でも基本的に日本語で会話が出来るのなら、その程度の違いは大した問題じゃない。
「お、アレじゃねえのか?」
アグリが大剣で草木を薙ぎ払うと、一気に視界がひらけた。山道はそこから谷へ進み、更にその先の高台に、石造りの城が建っている。
「魔王の眷属が数百年棲み続けているという魔城ね」
「ゲン、心の準備はいいか?」
「ああ。問題ない……!」
いよいよ初戦闘だ。女神がくれたSSRスキル〈n回連続攻撃〉の威力を試してやる!
「やっぱケルベロスだったか」
「前の村と同じだったねー」
「ジュリアの予想通りかも。この地方にいる魔王の配下は皆このタイプだ」
古城の最深部。死闘の末に決着がついた。俺たちを待ち構えていたのは、3つの頭を持つ巨大な犬だった。元の世界のファンタジー作品でおなじみのケルベロスというやつだ。
強敵だった。3つの頭からはそれぞれ、火炎、吹雪、毒の息を吐き、正面からマトモにぶつかろうとすれば近づくことすら出来ない。
ジュリアちゃんが前衛のアグリに魔法の防壁を張り、彼の後ろに安全地帯をつくる。そこから、オクトが飛び出しヒットアンドアウェイでケルベロスの体力を削り取る。ジュリアちゃんは攻撃魔法でオクトの援護をする。
でもこの戦いのMVPは……
「ゲン、キミのスキルすごいね!」
何を隠そうこのオレだった!!
「ホントホント! 初めての実戦とは思えなかったよー」
「長期戦覚悟だったんだが、お前のおかげで手早く片付いたぜ!」
歴戦の勇者たちからの熱い勝算。メッチャ気持ちイイッ!!!
オレのスキルは想像以上の威力を発揮した。ダガーを構えて跳躍。ジャンプ力はジュリアちゃんの補助魔法でバフがかかり、ケルベロスの頭よりも上 (だいたい8メートルくらい?) まで跳び上がることが出来た。最初はその高さにビビったものの、2回目のジャンプからは、敵の姿をしっかりと把握することが出来た。
そして、狙うのは3つの頭…… 心の中で標的をイメージし、ダガーを振る!
一瞬で、2つの頭の額から血が噴出した。よし、要領はわかった。もう1回! 見事に決まる3連撃!! それぞれの頭の右目を潰す。コツを掴んだぞ! もう1度だ、次は左目!!
オレはケルベルスの視界を完全に奪うことに成功。敵の動きは格段に鈍くなり、あとはオクトたち3人による連携攻撃で一気にカタがついた。
「よし、出来たぞオクト」
アグリは大剣でケルベロスの死骸から3本の首を切り落とした。首だけで、元の世界の大型犬くらいのサイズがある。
「それじゃあ、こうしてっと」
オクトはそれを掴むと、腰からぶら下げている革の袋に入れた。せいぜいリンゴが2~3個入るくらいの大きさの袋。なのにオクトがケルベロスの首をその袋の口に近づけると、スルスルと中に収納されてしまった。元の世界で遊んでいたRPGでも武器やアイテムを99個ずつ持ち歩いたり出来たけど、アレってこういうナゾ原理の袋に収納していたのだろうか……?
「よし、それじゃあ村に戻って報酬をいただこう!」
* * *
「そういえばオクト」
古城からの帰り道でオレは尋ねる。
「報酬って何だ? さっき村長に聖石がどうとかって話してたよね?」
「うん。村長のいた建物に大きな宝石が3つあったでしょ、覚えてる?」
覚えている。あの窓のない塔の内部を照らす暖かい光。
「あれが聖石。周辺の土地のマナの源だ」
「マナ……?」
「めっちゃ簡単に説明すると、大自然の生命エネルギー的な? アタシの魔法もマナを使ってるんだ。ホラ、あの光と似てるっしょ?」
ジュリアちゃんが手をかざすと、手の平に淡い光が浮かぶ。確かに同じ光かも。
「大量のマナを宿す聖石を精製して、武器にするんだ。それで魔王を倒す」
「だから魔王討伐には聖石が必須ってわけ」
なるほど。生命エネルギーの源であり、魔王を倒す手段か……。うん、まてよ?
「じゃあ、聖石がなくなったらその土地のマナってどうなるんだ?」
「うん、どうなんだろう? 何にしても聖石こそが魔王を倒せる唯一の手段だ」
そこまで深く考えて出した疑問ではない。だからその時のオクトの不自然なはぐらかしにも、大して違和感は抱かなかった。
* * *
「約束通りの、魔物の首です」
村に戻ると、すぐに石造りの建物に入った。オクトは村長の前で、あの袋からケルベロスの首を3つ取り出して転がす。
「オオ……」
村長は眼を丸くして、3つの巨大な犬の首を見つめた。『オオ』か。驚いた時は日本語では「おお」、英語では「Oh」、このあたりは異世界の言葉でも、あまり変わらないらしい。
「では約束です。聖石を頂戴します」
「タヌー…… アー カラク タ ラータ ガズー マルダー パ」
村長は、背後の祭壇をのぼり、3つの聖石のうち一つを選び手にとった。
「あれ? ちがうちがう。違うよー!」
聖石を持って祭壇を降りてくる村長に、オクトが呼びかける。何故だかゾクリとした。オクトの柔らかな口調の裏に、なにか得体のしれないものを感じる。
「クラッサ?」
「言ったはずです。魔王の下僕の頭1つにつき、聖石1つと。今ここに頭はいくつあります?」
いや、そうだっけ? 確かオクトは1頭につき、1つと……。アレ? 1頭……頭1つ……?
「クラッサ! アー ビム タラ ラッノ!?」
「そう言われましても……あなたとは契約書を交わしましたよね。ジュリア、出して」
「はいはい~」
ジュリアちゃんがカバンから、羊皮紙をとりだした。彼女は古城へ行く前に、この村長と契約書を交わしていた。
「ほらほら、ここの部分。わかる? 魔物の下僕1頭、つまり頭1つに対して聖石1つ! ねえ? しっかり書いてますよねぇ!?」
オクトの語気が強くなってきた。村長はおどおどした顔で、羊皮紙とオクトの顔を交互に見つめる。なんだこれ? なんかおかしいぞ。 普通じゃない。オクトたちの態度も、村長の反応も……。
『けど彼らにとって、人が"4つ"で剣が"3つ”なんだよ。”人”や”本”みたいな数え方がないんだ』
あ……。その時オクトが話していたことを思いだす。この村長、オクトたちの話をちゃんと理解してたのか? 『1頭』と『頭1つ』の区別付いてるのか?
今この三人がやってることって…… ひょっとして詐欺なんじゃないか??