最初に判明した単語は『ガズト』『アノア』『テムア』の3つ。そこを起点に、未知の文字のパズルゲームが始まった。最初に判明した文字は『ア』だ。アノアの最初と一番最後、テムアの一番最後、そしてガズト前から二番目に同じ文字が存在している。

「ということは、ローマ字に近いのかも」
「母音と子音の組み合わせで音を表記する……多分そうでしょうね」

 『テムア』の最初の文字と『ガズト』の最古の文字から『(テデット)』を探す。その過程で、同じ文字が最後に使われる語を抜き出していく。この単語群の中には、おそらく同じくトで終わる『(ビャギト)』、『彼女(シャギト)』、『彼ら(ミャーギト)』、『(カラト)』、『飲む(ナート)』があるはずだ。
 こうして陣取りゲームのように、理解できる文字や単語を広げていく。

 基本ルールは確かにローマ字と同じだったけど、例外もあった。どこからどこまでが母音なのか、何を持って子音と扱うのか、その辺りははっきりしない言葉。必ず2文字で1音を表記するのかといえばそうではなく、3文字で1音のパターンや、発音をしない文字なんてのもある。

「まー英語のknife(ナイフ)も最初のkは発音しませんしね、珍しいことでもないかと」
「そのあたりの分類が必須かと言うとそうでもないしな。オレたちは別に言語学者じゃないわけだし」

 ともあれ、この作業を初めて1ヶ月。オレたちはなんとか最低限の文字を読めるようになった。同時にかなりの量の新単語も仕入れられた。この勢いで王の歴史書もいけるはずだ!

 と思っていたが……

「だめだ……」

 さっぱりわからない。どのページを見ても、不可解な文章の羅列だった。

「ねえマコトっち、アタシ待ってんだけど?」
「急かすなよ。あと5つ調べたい単語があるんだ」
「そんなに溜め込まないで、その都度調べに来ればいいじゃん!」

 徴税官の日記と同じように、オレが〈連続攻撃〉スキルで写本を作り、分担して解読をしているのだが、すぐにわからない単語にぶつかるから辞典が必要になる。
 フェントにもう2冊、辞書を運んできてもらったけどそれでも足りず、常時取り合いの状態が続いていた。

「おい、ゲン!! ここ意味が通らないぞ!? お前が写し間違えてるんじゃないのか?」

 マコトが棘のある声でオレを捕まえた。

「『森を飲む』っておかしいだろ『飲む(ナート)』じゃなくて『近い(ナー)』じゃないのか?」
「あー……そうだな、悪い」
「ったく、しっかりしてくれよ!」
「ゲンゲンにあたってもしょうがないでしょ? 少しのミスくらい……」
「なんだと!?」
「2人ともやめなさい!!」

 リョウが、マコトとシランの間に割って入る。先が見えない作業に、皆が苛立ち始めている。この本ばかりの建物に閉じこもって今日で15日、精神的にもキツくなっていた。

「だいたいさ、ココまでして読まなきゃいけないのか、この本?」
「は?」
「大変だけど村の聖石がかかってるんだ、やるしかないよね?」
「そこだよ! なんでオレたちがゲンの尻拭いしなきゃ……」
「ちょっと! それ言ったらダメじゃん!?」

 はっとしてマコトは口をつぐんだ。

「………………」

 返すべき言葉が見つからない。そうなんだ。本来これはオレにしか責任がない問題だ。

「転生者全員に責任がある問題。聖石の件は全員それで意見一致したはずだよね?」

 珍しく、リョウの口調に怒りの色があった。

「リョウ、やめてくれ。お前まで……」
「ああそうかい! 俺ひとりが悪者ってわけね!!」
「そういう訳じゃ」
「やってられるか」
「お、おい待て!!」

 マコトは閲覧室を出ていった。

「はあ……。ゲンゲンにもリョウちんも悪くない。わかってるよ?」

 マコトと言い合っていたはずのシランだけど、今はリョウを責めるような眼差しになっていた。

「でもごめん……こういうの、なんかダルい……」

 そう言い捨ててマコトの後を追う。

「最悪だ……」

 その様子を眺めながらハルマがつぶやく。アキラ兄さんもバツの悪そうな顔をし、アツシはおろおろと皆の様子を伺っていた。

「ふぅ……みんな少し休憩しようぜ」

 オレは平静な口調を作りながら残りのみんなに声をかけた。さっきフェントが軽食の差し入れを持ってきてくれたけど、まだ誰も手をつけていない。

「……二人は私が連れ戻してくるから」

 リョウはそう言って外に向かおうとする。すかさずオレはその肩を掴む。

「待て! アンタも少し休め。オレが行くから」
「駄目よ。こういうのはリーダーの仕事だし」
「……わかった。じゃあ一緒に行こう。外の空気吸ったほ方がいいかも」
「な、なんなの? 気味悪いんですけど……?」
「リョウ、自分が涙声なのわかってる?」
「え?」

 途端に、リョウの目から雫がこぼれた。ここまで泣き言ひとつ言わず、皆を引っ張ってきたリーダーが、初めて見せた涙だった。