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 ハルマの希望した通りの本が見つかった。
 120年前の王都の徴税官が付けていた日記だ。フェントによれば、彼は任地を訪れるたびに、その土地の地理や文化を日記に書き、引退後にそれを編集して出版したそうだ。

「よくそんなもんがあると分かったな」
「役人が地方に赴任して、その土地の様子を日記に残すってのは文学でよくあるパターンです。土佐日記とか聞いたことあるでしょ?」

 そういえば古文の時間に聞いたことがあるワードだ。今思い出さなければ、今後一生(すでに一回死んでるけど……)思い出さなかっただろう。

「やった!!」

 リョウは最初のページを開いたとたん歓喜の声を上げた。

「おわっ、なんだよいきなり?」
「見てよコレ! 最高のおまけ付き!!」
「おまけ?」

 リョウからその本を受け取る。最初のページには山や林の絵や、道や川を示すだろう曲線が載っている。これは……

「地図……?」
「 この役人さん、自分が赴任した地方の地図を描き残していたみたい」

 道の所々には、城壁や家のような図形も描かれている。そしてそれらの横には地名と思われる文字の並びも……

「そうか! オレたちが知っている地形と重なる地図が見つかれば……」
「書き加えられた地名から文字を推測できまる!」

 きた! 重大な手がかりが見つかったぞ!

「あ、あのー……ちょっといいですか?」

 アツシが申し訳無さそうに、小さく手を挙げる。

「なんだよアツシ……?」
「すごく言いにくいんですけど……僕たちって、言うほどあの村周辺の地名知ってます? そもそもあの村って何て名前なんですか……?」
「…………」

 頭の中が白紙になる。そしてそこに何も書き足せない。言われてみれば、あの村は「村」としか呼んでなかったし、あの川も「川」だ。

「名前って、同じものが複数ある時に初めて意味を持つんだな……村は一つだし、川も道も一本ずつ。確かに村人はわざわざ固有名詞で呼んでなかった……」

 リョウは固まる。マコトと同じく我らがリーダーのアイデアも不発か? オレはページを行ったり来たり、何度もめくる。

「……いや、いけるぞリョウ」
「え?」
「少なくともホラ、ガズト山はわかる。結構でっかく描かれている」

 3ページ目の地図にガズト山の頂上によく似た形の絵が大きく書かれているのだ。村人たちも、村からひときわ近く、ひときわ大きいガズト山だけだは別の(グラト)とは区別してガズト山(グラトガズト)と呼んでいた。あんな目に付きやすい山は他にない。この謎の文字の集合体は間違いなく『ガズト』と読むはずだ。

「この地図、北向きじゃないのね」
「まぁ北側が上ってのは、俺達の世界でも元は西洋のローカルルールですからね。江戸の地図は西が上だったそうですし、オーストラリアの世界地図なんか南極が上にきます」
「何でも知ってるなお前……」

 思わず、ハルマの雑学に感心する。

「たぶんですけど、日が昇る方向を地図の上側にするというのがこの世界のルールなんだと思います」
「東が上……あ、そういうことか」

 ひらめく。これは皆ほぼ同時に気がついたようで、全員同じような顔をしていた。

 同音異義語の存在。例の笑える(ウケル)(ウケル)のように、オレたちは同じ発音で異なる意味を持つ言葉をいくつか見つけていた。
 柿と牡蠣、あるいはright()right(正しい)のようなもの、それ自体は珍しくない。
 けど、『アノア』と『テムア』は異質だった、『アノア』には「上」と「東」という意味があり『テムア』には「下」と「西」という意味がある。対義語同士の同音異義語。絶対に何らかの理由があると思っていたけど、地図を見れば一目瞭然だ。この世界には太陽が現れる方向を上、沈む方向を下と考える概念が存在する。

「てことは、上端にあるこの言葉が『アノア』で下端のこれが『テムア』……なのか?」
「そう考えていいと思います」
「なら、上下を示す文にも同じ字が使われてる事になるな。東西よりも上下の方が使う頻度は高いはず。これは大きな手がかりになるぞ!」

 少しずつ、本当に少しずつだけど、オレたちの異世界文字の解剖は進み始めた。