異世界学事始-ことのはの英雄譚-

 リョウは隠れ里の住人たちを集めると、オレを新しいメンバーとしてみんなに紹介した。
 自動翻訳を持たない転生者は7人。それぞれの簡単な自己紹介のあと、いよいよ本題に入る。リョウはオレが作った「異日辞典」を見せながら、異世界後ラーニング計画を説明する。その堂々とした姿はバリバリ働くキャリアウーマンを思い起こさせた。元の世界じゃ、会議室でこんな風にプレゼンをしていたのかもしれない。

「え~? そんなん、上手くいく?」

 はぐれ者転生者の一人、大月シランは疑いの眼をオレたちに向けてきた。やっぱそういう声は出るか。彼女はオレのひとつ下の17歳で、ギャルっぽい雰囲気と言動の女の子だ。転生時に着ていたらしい制服を今も大事に身につけている。

「なんかアタシらをこき使おうとしてない? ムダな仕事とかカンベンなんですけどー?」
 
 〈攻撃魔法〉のスキルを女神から与えられ、転生者パーティーでそこそこ上手くやっていた。けど言葉を話せないのをいいことに、仲間たちに報酬を中抜きされていた。それにブチ切れて離脱して、この里に流れ着いたらしい。そんな経緯のせいか、リョウの提案に懐疑的だ。

「シランも投影してもらえればわかるって!」

 リョウを弁護したのは〈叡智投影〉の最初の被験者、宇田川マコトだった。

「オレも最初ワケわかんなかったけどよ、実際にアイツらの言葉が頭の中で日本語と結びついてんだ。オレはリョウの提案に乗るぜ!」

 少しお調子者なところがある20歳。リョウ曰く、ムードメーカーの彼を最初に抱き込んだのは正解だったそうだ。

「うーん。マコトっちがそう言ってもなー」

 シランの俺たちを見る眼差しは変わらない。

「俺はいいと思いますよ」

 別の転生者が手を上げる。稲村ハルマ、このチームの知識担当だ。

「ゲンさんのやったこと、すごい理にかなってるんですよ。アイヌ語を調査したときな金田一京助みたいで」

 キンダイチキョースケ?? どこかで聞いた名前。探偵……じゃなくて、なんだっけ?

「金田一って、国語辞典の?」
「ですです!!」

 リョウが尋ねると、ハルマはすかさず答えた。そうだ! 中学の頃に学校で使っていた辞書。アレの表紙に載っている名だ。

「金田一京助はモノを指差しながら『あれはなに?』って意味のアイヌ語で聞きまくって、言葉を調べ上げたそうです」
「おお、まさしくオレがあの村でやったことだ!」

 ハルマは19歳の大学生。クイズサークルに所属していて、頭に詰め込んだ雑学の量とそれを活かす応用力に皆助けられてるとの事だ。

「最初に子供をターゲットにしたの、あたし的にアリかなー」

 そう言ったのはハルマの隣に座る桂アマネ。ハルマと同じく大学生で、教育学部にいたらしい。

「子供の好奇心をくすぐりつつ、木の実という賞品で周りへの対抗心を煽る。やるじゃんキミ」

 アマネはフレームをツタでぐるぐる巻きにしたメガネを押さえながら話す。彼女の自己紹介によるとかなりの近眼で、メガネはこの世界での生命線らしい。フレームが壊れても、ツタで補強して騙し騙し使っている。

「ハルちゃんとアマネんがそこまで言うならナシよりのアリ? マコトっちが推すよか信頼度あるね」
「シランお前、そりゃないだろ!」
「だってマコトっちとハルちゃん&アマネんだよ? どっち信じるったら、ねえ?」

 シランはけらけらと笑いながら、オレに向かって親指を立てた。

「アタシだってムダにディスりたいワケじゃないから。みんなが良いって言うなら、アタシも賛成って事で☆」

 ほっと息をつく。誰も協力してくれないことすら覚悟していたのに、基本的にみんな協力的だ。

「みんなの意見は固まったようだな」

 ずっと黙っていた男が口を開いた。この里の最年長28歳、アキラ兄さんこと青木アキラだ。〈植物魔法〉のスキルを持つ元足場職人で、この地に巨木の里を作り上げた人らしい。
 最年長で、隠れ里の創始者と言うこともあり、みんなの兄貴分といった立ち位置だ。ただし実務的なリーダーの役割はリョウに任せている。

「俺はみんなの意見に従うよ。今の話の流れだと、間違った方向へ進んでいるわけじゃないと思うし」

 この一言で、里の方針が決まったようなものだった。この人がうなずくと皆が安心する。メンバーたちが「兄さん」と慕うのも納得だった。

  *  *  *

 それからは、試行錯誤の毎日だった。オレ毎日あの村に通い、その日手が空いてる転生者もそれに同行した。村の方は流石に不審に思ったのようだ。これまで週に一回程度、山の幸を物々交換しに来ていた連中が、突然毎日現れるようになったのだから無理もない。
 例の門番2人は明らかにオレを警戒していたし、川で遊んでいた子どもたちも、大人に言いつけなのか村の外に顔を出さなくなってしまった。代わりに畑に農作業に出てくる者たち、用水路を掘る者たち、そんな彼らに昼になると弁当を届ける家族たち……村の外に出てくる人間全員にオレたちは声をかけ続けた。

「ジンラータ コックル!!」

 最初はそう言われた。声色からして、歓迎されてないことは確かだった。

 そこで力を発揮したのが、みんなのスキルだ。マコトのスキル〈敵意制御〉は、動物の警戒心を刺激して、闘牛士のようにその行動を操ることができる。また、アマネのスキル〈足跡顕化〉は、標的の足跡を発光させ、後をたどることができる。この2人のおかげで、令和日本に生きていた一般人でも熟練の狩人のような狩猟が可能になった。
 シランはスキルによって初歩的な攻撃魔法が使える。獲った野鳥や獣に火炎魔法をかければバーベキューの出来上がりだ。ハルマの一風変わったスキルも良かった。〈即成醸造〉は、木の実や穀物を一晩で酒に変える。村で交換した麦と、ホップ代わりの野生ハーブにこのスキルを使ってビールを作る。そして村で麦と再交換する。これがはぐれ転生者たちのメインの商取引だったらしいが、異世界語ラーニング作戦でも大きな意味を持った。

 オレたちは昼時と夕方を狙って村を訪れた。昼は山で獲ったキジ(によく似た鳥)を火炎魔法で焼いて、村人たちの弁当に添えてやり、夕方はこの鳥の丸焼きとビールやペペット酒を振る舞う。腹がふくれれば、あるいはほろ酔いになれば、気分が良くなる。どの世界の人間も同じだ。オレたちのプレゼントに気を良くした村人は、その時間だけはオレたちの「ラノ ヤ?」に答えてくれた。キジのようなこの鳥は『キーン』、ペペットの酒は『ペルシュム』、ビールは『バーハ』だ。

 里へ戻ると、オレは辞書に加筆をしていく。〈n回連続攻撃〉のスキルは思ったとおり、筆記作業に転用できた。炭化した薪を細くして作ったペンを「武器」と、ノート代わりの板を「敵」と認識し、攻撃(筆記)を行う。最初は苦戦したが、コツを掴んでからは早かった。文字の1画を攻撃1回と扱う。1文字を書くのに3~10回程度の連続攻撃。さらにそこから、連続して繰り出せる攻撃回数を増やしていき、1単語を1回のスキル発動で、さらには1行を1回で……。少しずつだが確実に筆は速くなっていた。
 一回のスキル発動で書ける文字数が増えると、その分オレの身体に掛かる負担も増える。けど、それはアツシの〈治癒力増幅〉スキルが癒やしてくれる。アツシはマコトやアマネたちのスキル疲れも癒す。最年少13歳の少年は、ある意味このチームの要だった。そしてオレが休んでいる間にリョウが〈叡智投影〉で仲間たちにその日の成果をフィードバックした。

 行動の名前…つまりは動詞の学習も重要だ。「持つ」は『ベチィ』、話すは『ガーシュ』、「耕す」は『コーロー』……。
 オレたちが、それぞれの動作をジェスチャーで表すと、ほろ酔いの村人たちはそれぞれの名前を教える。そして、名詞と動詞が組み合わされば、初歩的な「文章」になる。文章に対して文章で答えれば「会話」が成立する。 最初に村人に言われた『ジンラータ』は「お前たち」、『コックル』は「邪魔する」だということも、ジェスチャーを通して知った。

「コックル スミマセン」

 オレたちは神妙な顔で頭を下げると、それは『カシュナスム』だと教えられた。

邪魔をして(コックル) すみません(カシュナスム)

 そう言いながら改めて頭を下げると、返ってきたのはペルシュムの入ったコップだった。オレはそれをありがたく頂戴し、それを一気に飲み干した。転生前の年齢? ここはもう日本じゃない。この世界では10代中頃から誰もがお酒を楽しんでいるらしい。(とはいえ13歳のアツシは流石に村人のコップを遠慮していた)
 ほんの少しでも確実に前進している。その1杯は、地道な作業の輝かしい「成果」だった。

 そんな事を繰り返すうちに、オレたち会話してくれる村人は一人また一人と増えていく。3ヶ月が経つ頃には、オレたちと村人との間には、日常会話程度なら出来るくらいの関係が結ばれていた。
 事件が起きたのはそんなときだった。
「ゲン エスンナ!!」

 村までやってくると、門番のひとりイーズルが気さくに声をかける。『エスンナ』は正午から日没までの挨拶、つまり『こんにちは』のことだ。

「エスンナ! イーズル ……と、キンダー」

イーズルの挨拶に答えた後、もうひとりの門番の顔を見る。その男、キンダーはオレから顔をそむけ、あからさまにシカトする。
 オレを槍で打ちのめし、子供に話しかけたら血相を変えて追いかけてきた男。村人たちが徐々にオレたちに心を開いていく中、こいつだけは未だに敵意を捨てていなかった。

「きょうは これ もってきた」

 カタコトの異世界語を話しながら、おれは背中のカゴに入れていた干し肉を見せる。

「マコト うった ターグル ももにく オレたち ほした」

 ターグルは元の世界の鹿に似た獣だ。ただその角は6本あり、頭から首にかけて3対生えている。肉の味も鹿に近い……らしい。オレはそもそも鹿の肉をちゃんと食べたことがないからわからないけど、リョウはそう言っていた。

「いいねえ! バーハ と ゲサーシィ!!」
「ゲサーシィ?」

 オレは服のポケットから紙束とペンを取り出す。この村でゆずってもらったものだ。『バーハ』はわかる。小麦によく似た『フフッタ』という穀物を発酵させて作る"ビール"。ハルマのスキルで醸造し、この村に卸す、俺たちの主要産業でもある。問題は『ゲサーシィ』……初めて聞く言葉だ。

「おお そうか ゲサーシィ は ええと…… ビール(バーハ) と ほしにく よい!!」

 イーズルは、オレがメモを取り出した事で察し、説明を始める。うんうん、とオレはうなづきながらメモをとる。

「ハグハ と ほしにく よい!!」

 うんうん。『ハグハ』は、フフッタを、練って焼いたこの世界の主食。要するにパンだ。

「そして おれ と アニーラ よい!! これ ゲサーシィ!!!」

 イーズルそう言った次の瞬間に、キンダーの鉄拳がイーズルの頬を目掛けて飛んできた。アニーラはキンダーの妹だ。イーズルがアニーラを好きなことは、村中の人間が知っている。

 なるほど、ゲサーシィは"合う"とか"相性がいい"って意味か。今でも村人と話すたびに新しい言葉と出会う。意外な言葉が抜け落ちてたりする。

「うわっ グ グラグシした だけだぞ キンダー!!」
「おまえ グラグシ わらえない!!」

 メモを取り終わって顔を上げると、キンダーがイーズルの胸ぐらをつかんでいた。異世界人同士の言葉は、まだちゃんと聞き取れない。けど、何となく想像つく。『グラグシ』は差し詰め"冗談"といったところか。

 キンダーは、妹に男が言い寄るのをよく思っていない。彼女が未亡人で、まだ亡き夫を想い続けているからだと他の村人が言っていた。その夫は数年前に、あのケルベロスの古城で命を落としている。転生者を古城に案内し、戻ってこなかったらしい。キンダーがオレたち転生者に冷たい態度を取るのもそれが理由のようだ。

「ピサスラパータ にいさん?」
「あっ ゲンだ! こんにちは(エスンナ)!」

 噂の主、アニーラがやってきた。『ピサスラパータ』は……わからない。この言葉も要確認だ。彼女の横には息子のセンディもいる。あの日、オレに木の実の名前を教えてくれた子供だ。キンダーは軽く舌打ちをして、イーズルをつかむ手を離した。

こんにちは(エスンナ) アニーラ センディ」

 オレは二人に頭を下げる。異世界人の挨拶では頭を下げるようなことはしないのだけど、元日本人としてのクセでついついこれをやってしまう。それを見てアニーラはクスッと笑う。

「おべんとう サパーラ はい これ にいさんの こっちが イーズルの」

 アニーラが肘から下げたバスケットから中身を取り出して二人に渡す。また知らない単語。とっさに聞き取れた音をカタカナに変換してメモに書き残す。

「うわぁ! うれしいな!  ありがとう アニーラ!!」

 イーズルは大げさに喜ぶ。その様子を見て、またキンダーが舌打ちをする。

 二人が手渡された弁当は、『パクランチョ』だ。これはパン(ハグハ)に肉と野菜を挟んだもの、元の世界で言うところの"サンドイッチ"だ。

「それと……」

 アニーラはオレの方に向き直った。思わず鼓動が大きくなる。本当に美人だ。大きな瞳と、血色の良い頬や唇を真正面から見ると、イーズルが夢中になるのもよくわかる。そして、キンダーの方から殺気を感じる……。

「むらおさ いった ゲン きたら せいせきどう こい」

 アニーラはゆっくり、はっきりと、オレが聞き取りやすい口調で話す。

「聖石堂に……?」

 聖石堂は村の中央にある石造りの建物……オクト達が聖石を奪い取ったあの建物だ。村長の家と役場も兼ねる、文字通り村の中心部である。
 村長があそこにオレを呼び出す……何か重たい意味がありそうだ。

「オレも いく」

 キンダーは険しい視線をオレに向けた。

  *  *  *

「おさ つれてきた」

 オレはキンダーに背中を押されるようにして、聖石堂の中に入った。村長もそれに気づき、こちらを向く。

 聖石堂の中は薄暗い。初めて訪れたときの昼間の太陽のような光はない。その源である3つの聖石はオクトたちと……オレが持ち去ってしまった。

「せいせき みろ ゲン」

 村長が祭壇を見上げる。そこには、オクトから取り返した聖石のかけらがそなえられている。その光はあまりにも弱々しかった。

「つちのせいせき すこし のこった でも かぜ と みずの せいせき ない」

 聖石が放つマナには、属性のようなものがあるらしい。オレがオクトから取り返したのは「土」の聖石のかけらだったそうだ。のこりの二つは「風」と「水」との聖石だ。
 この村の場合、3つの聖石がマナのバランスを調整することで周辺の環境を豊かにしている。村人たちから得た断片的な情報からリョウやハルマはそう推測していた。

「かぜの マナ なくなる かぜ ふかない あまぐも かわしも に いつづける」

 川の下流では、あのときのような大雨が未だに降っている。風が止まり、あの地域に停滞しているらしい。おかげで街道は使えなくなり、行商がこの村を訪れることはなくなった。

「みずの マナ なくなる かわの さかな きえた」

 逆に、この村の周辺には二ヶ月間ほとんど雨が降っていない。その上、水の聖石が失われた影響で川の水質が徐々に悪くなっている。
 聖石が失われた直後から、村人たちは用水路を堀り、新しい溜め池も造っていた。が、その溜め池の水から異臭が漂い始め、農作業に使うべきか村人の間でも議論になっている。

「いずれ このむら ウィー おとずれる」
「ウィー……?」

 村人たちは"夜"の事を『ウィー』と呼んでいる。けど、話の流れ的に別の意味だろう。

「きえた せいせき ひとつなら のこりで おぎなえる でも のこったの はんぶん だけ これから つちも くさる それが ウィー」

 本当なら『ウィー』なる言葉について、メモを取り出して詳しく聞きたいところだけど、そんなことが出来る流れじゃなかった。村の滅亡やそれに近いニュアンスの言葉、それが夜の同音異義語『ウィー』なのだろう。

すみません(カシュナスム)……」

 オレは村長に頭を下げる。知らなかったとはいえ、村を窮地に立たせた責任はオレにもある。

「おまえ かけら とりかえした それ かんしゃ けど……」

 村長はオレの肩に手を置いた。

「ふたつのせいせき つぐなう よいか?」
「なんでも します! どんなこと します!!」

 何度もオクトを探し出して聖石を奪い返そうと考えた。けど、今の言葉の理解度では見つけるどころか、この世界を旅することすらおぼつかない。そう言われてリョウやアツシから反対されていた。まずは言葉をちゃんとマスターするのが先だと。

 他にこの村を助ける方法があるなら、償う方法があるなら、ずっとそれを考えつづけていた。

「なら あたらしい せいせき さがせ」
「は?」

 オレは頭を上げた。新しい聖石……?

「このむらの まわり どこかに マナ あつまる ばしょ あるはず そこに あたらしい せいせき うまれる むかしから だいち そうして うまれかわる」

 どこかに新しい聖石が発生している……? それを見つけて保護すれば、この村は助かる……そういうことか?

「やります! あたらしい せいせき かならず みつけます!!」

  *  *  *

「フンガー! フンガー!!」
「ギャハハハハ!」

 オレが奇声を発しながら右手を何度も振り下ろすようなジェスチャーをすると、子供達が笑う。やるときは出来るだけオーバーアクションで、表情筋もフル活用して顔芸をするとなお良い。

「ゲン なに それ!?」
「だから オレが それを きいてるんだ」
「アハハハハ!!」

 村の子供達はゲラゲラ笑っている。生前にオレがテレビを見ながら馬鹿笑いしていた芸人の一発ギャグ。ノリはアレに近い。両手を軽く握り、それを真横にスライドさせて「棒」のジェスチャーをする。さらにそれを掴んで衝くような仕草。そして再度「フンガーフンガー」と腕を振り下ろす。子どもたちはもう大爆笑だ。

「あ ゲン それ」

 ひとりの子が何かに気付く。

「やり つくる ひと?」
それ(タヌー)!!」

 オレは"YES"と同じ意味の異世界語を叫びながら、彼女を指差す。知りたかったのは鍛冶屋の存在だ。キンダーたち門番は槍を持っているし、村人の中にはモンスターに備えて剣を所持している人もいる。鍬などの農器具も鉄製だ。けど鍛冶屋らしき人は村にはいない。

「やり タラッシュ つくる」
「けん や くわ も?」
うん(タヌー)!」

 なるほど、"鍛冶屋"は『タラッシュ』か。オレはペンを取り出し、メモする。

「タラッシュ かー おれは サスルポ おもった」
「サスルポ? なんだ それ?」
「やまの かいぶつ ゴラブ なぐって ころす」

 なるほど、そういうモンスターが山にいるのか。『ゴラブ』は俺たちの世界でいうところの熊によく似た獣だ。それを殴り殺すヤバい奴となると気をつけないとな。これは思わぬ収穫だ。
 すでにオレたちは「やり を つくるひと は なんて いいますか?」くらいの言葉は話せるようになっている。けど、こうやってジェスチャークイズを出す方が子どもたちからは色々引き出せるのだ。

「せいせき さがすとき サスルポ きをつけろ ゲン」

 センディが言った。

「むらおさの はなし きいてたのか」
「せいせきどう しのびこんだ」

 この少年は、オレに完全になついていて、村に行くとずっとオレのあとを付いてくる。さっき聖石堂に行ったときもそんな感じだった。この子の叔父にあたるキンダーはいい顔をしていないけど、本人はお構いなしだ。

「むらの まわり きけん おおい マナの ばしょ さがす たいへん」
「わかってる けど オレ やらなきゃ いけない」
「おれも てつだう!!」
「えっ? いや いいよ やめろ」

 オレは慌てて首を振る。

「なんで? おれ ゲンより このあたりのこと くわしい おとなは はたけ ある てつだえない けど おれなら!」

 センディはすこし前のめりになりながらオレに自分を売り込んできた。

「おまえ まだ ちいさい アニーラ キンダー しんぱいする」

 特にアニーラは夫を亡くしてから、センディを溺愛している。この子を危険に晒すわけには絶対にいかない。それに……

「センディ せいせきさがし おれの しごと おれ このむらの せいせきに……」

 「責任がある」と続けたかったけど、それに相当する異世界語が出てこない。まだ知らない言葉だった。

「どうした ゲン?」
「いや とにかく せいせきは おれ さがす」

 こればかりは絶対に他人に任せるわけにいかない。リョウやアツシにも背負わせたくない。ましてや、この村の住人に……それも子供にさせてはいけないんだ。

「リョウさん、昨日仕込んだビールしあがりました!」
「ああハルマ、ありがとう。それも明日、村に持っていくから、荷車に積んどいてくれる?」
「了解です、じゃーマサっさんよろしく!」
「って力仕事は俺かい!?」
「僕はホラ、知識と酒造り担当なんで」

 本日の辞典の加筆分を書いていると、小屋の外でリョウたちの声が聞こえてきた。明日の交換に持っていく物資の準備だ。オレたちは、手土産を持って足繁く村に通っているが、もちろん正式な交易も続けている。十日に一度、荷車にビール(バーハ)や干し肉、干し魚などを満載して山を降りる。
 言葉がわかってくると交易で得られる品も増えていった。大工道具や日用品を交換し、それを使って村の設備を整える。アキラ兄さんの植物魔法だけでは形作れなかった、本格的な醸造設備が完成した事でこの里の生産性は飛躍的に向上した。
 ……一方で、前回からビール(バーハ)樽一つと交換してくれるフフッタ粉の量が減っていた。オレたちも村人も何も言わなかったが、貯蓄の出し惜しみを始めている。聖石消失による影響で、今年の作柄が望めないのだろう。冬に向けて、できるだけ多く貯蓄しておきたい。村がそう考えるのは当然だし、オレたちにそれに文句を言う権利はなかった。

 このままでは、はぐれ転生者の里はあの村と共倒れになってしまう。リョウも別の村との交易も始めようと提案していた。村とは逆方向に山を3つほど越えると海に出て、漁村もあるというのだ。そこと交易を始めれば海魚や塩が手に入る。それに山間の村では使わない言葉を知ることもできる。オレもこの考えはアリだと思っていた。

 だけど……何よりもまずあの村を救わないと。

「新しい聖石か……」

 あの村周辺の地図を広げながら考える。小さな村といっても周辺地域は広大だ。畑や溜池のある平地を、ぐるりと取り囲むように山々が連なっている。マナの乱れで雨雲が停滞している南の街道までの距離を考えると、聖石の有効範囲は相当広い。その中から、あの石のかけらをどうやって探せばいいのか……?

「ゲン、ちょっといい?」

 入り口の壁をコツコツと叩きながら、アマネが入ってきた。

「どうかした?」
「うん。わたし、明日の交易ついていくつもりなんだけど、この前あんたにあげたアイデアどうだったかな、と思って」
「ああ……超大成功! めちゃくちゃウケたわ!!」

 子どもたちの前でオーバーアクションをとるのはアマネの提案だった。

「おかげで、予想外の単語をいくつか仕入れられたし」
「ホント!? やったぁ! じゃあ、明日はあたしもやってみようかな」
「大丈夫? けっこう尊厳を捨てなきゃいけないぜ?」
「ふっふっふ……元教育学部を舐めちゃあいけませんぜ」

 彼女こういうときのノリが謎に良い。クイッと押さえたメガネのレンズが怪しく光る。村から仕入れた道具のおかげで木細工ができるようになったため、ツタでぐるぐる巻の不格好な眼鏡は、いくらかすっきりした木製のフレームに変わっていた。

「子どもたちと遊ぶのに、乙女の恥じらいなんて無用の長物だってことくらい……あれ?」

 話が途切れる。オレが机の上に広げていたものに気づいたようだ。

「この前あたしが作った地図じゃん。どうしたの?」

 オレが今眺めていた地図は、リョウの発案で作り始めたものだ。里周辺で行う狩りを除けば、オレたちの移動はあの村との往復しかない。他の村との交易もするとなればこの地方一帯の地図が必要となる。
 地図作成はアマネとアキラ兄さんで行うこととなった。アマネの〈足跡(マーカー)〉スキルを応用して簡単な測量を行う。それに加えて兄さんの植物魔法と足場職人の知識を使えば、どこにでも観測用のやぐらが組める。2人は1週間ほどかけて、村周辺の地形図の第一弾を作り上げた。まだまだ精度的に怪しいところもあるけれど、周辺に何があるのかがおおよそ書き込まれている。

「あんまりマジマジ見ないでよ……恥ずかしいじゃんか」
「いやいや、初めてでこれだけのもの作れたんだからすごいって」
「へへ……そりゃどうも。で、なんでこれ見てたの?」

 一瞬、オレは戸惑う。聖石の件を話すべきだろうか? いや、駄目だ。すれば皆、協力するとか言い出しそうだ。でも、これはオレだけで解決しなきゃいけない問題だ。

「うん?」

 思案するオレに怪訝な顔を向けるアマネ。困ったな……。

「ゲンさん!!」

 その時、アツシが部屋に入ってきた。よかった、うまく話をはぐらかせる。そう思ったけど……
 
「ど、どうした、アツシ?」
「大変です、早く来てください!!」

 アツシの顔は血の気がひき青ざめていた。

  *  *  *

「ゲン! きさまの せいだ!! きさまの!!」

 里の入り口には簡単な柵と門がある。獣が入り込まないように、アキラ兄さんが〈植物魔法〉で作ったものだ。その前で、オレは胸ぐらを掴まれた。

「お前は……キンダー!! どうして!?」

 村の門番キンダー。あの村で、まだオレたちに心を許していない一人。なんでこの里にいるんだ?

「きさまの せい センディ きえた!! アニーラ 泣いてる!!」

 泣き叫びながらキンダーが殴りかかってくる。

「ちょっキンダーさん落ち着けって!!」

 マコトが慌てて制止する。センディが……消えた?  

「せいせき おまえ ひとり さがせ!! センディ まきこむな!!」
「どういうことだ!? 聖石? センディが聖石探しにいったのか!?」

 センディとの会話を思い出す。オレを手伝うと言っていた。もちろんオレは断ったけど……ちゃんと8歳の子供が納得するような断り方ができてたか? いや、あの顔はきっと納得していない。

 すうっと、頭から血の気が引いていく。目の前が暗くなる。そして考えるよりも先に足が動いた。

「待ってゲン!」

 背後でリョウの声。けどオレの足は止まらない。

「止まれッ!ゲンッ!!」

 より大きな怒鳴り声。同時に山道に何かが現れ、駆け下るオレの足首にまとわりついてきた。

「おわっ!?」

 足を取られたオレは地面に倒れ込む。見るとツタが絡みついていた。すぐに襟首をぐいと掴まれて起き上がらされる。アキラ兄さんだった。

「落ち着け!! 何ひとりで突っ走ってんだ!」

 いつも落ち着いた物腰の最年長メンバーは、鬼のような形相でオレを一喝した。その後ろにリョウたちも追いすがってくる。

「ゲン、まずは説明して」

  *  *  *

「新しい聖石、か……」

 オレはみんなに村長から聞いた話を説明した。この村周辺のどこかに、発生する聖石の原石。それを再び聖石堂に安置すれば、村の滅亡を避けられる。その話を盗み聞きしていたセンディはひとりで探索に行ってしまった。

「探しに行こう」

 リョウの一声に、全員が頷いた。

「ちょっと待ってくれ!」

 オレは思わず立ち上がる。

「これはオレが引き起こした問題だ。聖石探しはオレの落とし前だし、センディがいなくなったのも……」
「バカじゃないの!?」

 アマネの怒声。涙目だった。

「子供一人いなくなってんだよ? 落とし前がどーとか言ってる場合!?」
「…………」
「だよね」

 シランもそこに入ってくる。

「聖石の件も悪いのはオクトだし。ゲンゲンが全部が背負うのイミフ」
「ゲンさん、一人で抱え込みすぎです」
「むしろお前、被害者だからね?」

 はぐれ者たちは次々と声を上げる。

「責任があるって言うなら、むしろ転生者全員の問題じゃない? 落とし前は私たち全員で付けるべきよ」

 最後にリョウがそう言った。ゆっくりとオレを諭すような口調で。

「決まりだな」

 アキラ兄さんの声はいつもの穏やかなものに戻っていた。いつも通りその声で、方針は決定する。

「センディの ばしょ こころあたり ない?」

 リョウが尋ねるが、キンダーは押し黙ったまま首を振る。ハルマが腕を組み、広場を照らす篝火を見つめながら考える。

「村長の話だと、マナが集まる場所に聖石が発生するんですよね……? キンダーさん マナ どういうばしょ できる?」
「………しぜんが ふかい ばしょ もりの おく どうくつや たいじゅ わきみず そういうところ」

 洞窟に大樹に湧き水、森の中にはそんな場所はたくさんある。

「……あ!」

 アマネが声を出す。

「どうした、アマネ?」
「ええっと……うん。前に子供たちが話してたんだけど……ネーラン、いるでしょ? あの子が狩りに行った時の話なんだけど……」

 ネーランは子どもたち中では最年長の少年だ。成人を控えた彼が自分の弓を作って父の狩りを手伝い始めたことはオレも聞いていた。

「入り口から湧き水が流れる大きな洞窟を見つけたって……」

 そういえば洞窟(グボーネ)湧き水(ワシュア)を覚えて帰ってきたのはアマネだ。その事を思い出す。ネーランは初めて見た森の奥の様子を、アマネや年下の子どもたちに教えたのだろう。

「ネーラン わきみず(ワシュア) でる どうくつ(グボーネ) しってた」

 リョウはキンダーにアマネの日本語を翻訳して説明する。

「なんだって……」

 キンダーの顔が瞬時に青くなっていった。

わきみず(ワシュア) どうくつ(グボーネ)は サスルポの すみか……」

 その単語を聞いて、オレの心臓が爆発しそうになる。サスルポ……センディが言っていた熊を倒す巨大なモンスター。

「そのこと センディ しってるか?」
「おしえた でも どこまで りかい しているか……」

 確かに。センディは大人の言いつけよりも好奇心が勝る年頃だ。実際には見たこともないモンスターをどのくらい恐れているかわからない。

「アマネ、その場所が何処にあるかネーランは言ってたか?」
「うん、ガズト山の方だって」

 ガズト山か。村の真北にある、平野部に突き出すようにそびえる。この地域で最も目立つ山だ。

「なら、ネーランの父親にその洞窟まで案内してもらわないと。まずは山を降りよう」
「かならず つれて もどる」

 翌朝の出発前、キンダーはアニーラにそう告げた。オレたちは夜のうちに村へ降り、ネーランの父親ガリファの案内でガズト山への案内を頼んだ。キンダーは一人で夜の山に行くと言い張っが、村人とオレたちが必死で食い止め、思いとどまらせた。捜索隊のメンバーは、道案内のガリファ、キンダーとイーズル、そしてオレたち転生者8名だ。

「やまで サスルポのはなし だめ これは やまの ちえ」

 ネーランは息子と狩りに行った際、その洞窟を見つけるとすぐに引き返したが、そこがサスルポの巣だという説明はその場ではしなかったようだ。

「サスルポ みみ とてもよい じぶんたちの うわさ すぐ きづく」

 サスルポという怪物の習性なのか、ただの迷信なのかはわからない。どちらにせよ彼の息子ネーランは、湧き水の洞窟が何なのかを理解できず、子どもたちに話してしまったわけだ。
 村の横を流れる川沿いに北へ進むと、山から流れてくる沢の合流点に着いた。この先が、ガリファの狩場らしい。

「じゃあみんな、足を出して!」

 アマネが言った。ここから先は彼女のスキルの出番だ。

「スキル発動!」

 捜索隊のメンバーたちの足が青白く発光し、すぐに消えた。

「なんだ いまのは?」
「キンダー ちょっと あるいてみて」

 リョウに促されたとおり、キンダーは数歩足をすすめる。

「あっ」

 イーズルが地面を見て小さく叫ぶ。キンダーも後ろを振り返り、表情を変えた。キンダーが歩いたところに残された足跡が、青白く光っている。
 アマネの〈足跡顕化〉スキルだ。使用した相手が残す足跡を発光させる。地図づくりや狩りに活用しているスキルだけど、そもそもオレたちが山奥で暮らしていける事、それ自体がアマネのおかげなのだ。

「アマネ、もし言葉が話せていたら、パーティーで重宝されたんじゃないか?」

 彼女なら魔王の迷宮でマッピング要員として、間違いなく活躍できる。

「どうだろうねー。あたし結構同性から嫌われるタチだから」

 アマネは伏し目がちになった。彼女も以前は、言葉が話せる転生者のパーティーに所属していたらしい。けどパーティー内の女性転生者にいびられ、追い出されたのだとか。理由は痴情のもつれ。リーダーの恋人の座の奪い合い……といってもアマネ本人にそのつもりはまったくなく、リーダーが勝手に言い寄る女を乗り換えただけらしいのだが。

「なんか、ごめん……」

 アマネの過去話を聞いて、オレは勝手にばつが悪くなってしまった。

「いいっていいって、もう全然気にしてないし」
「そのハナシ、めためた泣けるんだけどアマンんー!!」

 シランがアマネに抱きついた。その眼にはなぜか涙を浮かべている。

「うわっと、ちょっとシラン!?」
「そーなんだよね! 勝手に色ボケしてる奴らマジで無いから。あり得ない……!」

 何か自身にも嫌な記憶があるのか、アマネの話にかなり共感しているようだ。

「大丈夫、世界中のオンナが敵になっても……オレはお前のこと守っから……!」

 そして彼女なりにイケメン台詞のつもりなんだろう。アマネを見ながら、低めの声色を作ってシランはささやく。その様子に苦笑するアマネ。

「ふふっ、ありがと。あたし的にもシランは友人だから、信じてるぜ!」
「あはっ! ありがとうアマネん♪」

 こいつら仲良いな……。急にわちゃわちゃし始めた二人を見ながら思った。アマネもシランも良い意味で悲壮感がない。センディの安否が気になるのは二人も同じだろうけど、平常運転だ。昨夜の自分やキンダーの取り乱し方を振り返り、彼女たちの強さが羨ましくなった。