気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 俺の小便は止まることなく、トップアイドルの長浜 あすかちゃんに放尿行為を見つめ続けられるという羞恥プレイは続行中だ。

「アタシは福岡でも……いや九州で一番有名なアイドルなのよ!」
 まだ言うか、知らんのだから仕方ないだろう。
 トップアイドルなのに九州限定なんすね。
 観光客の方にお土産としていいんじゃないですか?


「あのな、長浜だったか? 俺はお前をテレビやネットで見たことなもない、芸能人と言えばタケちゃんぐらいのビッグネームを出されないとピンと来ないな」
 そう言うと、長浜は更にブチギレる。
「はぁ? タケちゃんとかBIG3じゃん!」
 うむ、いい子だ。

「お前が福岡を歩くとして何人が芸能人として把握できる? 身内である一ツ橋や近所のおばさんぐらいじゃないか?」
「言わせておけば……じゃあ一回芸能人やってみなさいよ!」
 なんでそうなる?
 俺はただの作家だよ。

 というか、小便止まらないな。

 その時だった。
「なにしてんだよ! お前!」
 男子トイレに入ってきたもう一人の女子……じゃなかったミハイルさん。
 顔を真っ赤にして激おこぷんぷん丸じゃん。

「アタシ? アタシはトップアイドルの長浜 あすかよ!」
 こいつ、いちいち自己紹介したがるよな。
 よっぽど売れたいんだろう。
「そんなこと聞いてないだろ! ここは男子トイレだぞ!」
 ミハイルにしては実に正論だ。
「関係ないわよ、芸能人はどこにいようと芸能人でいられるんだから」
 なんか芸能人がみんなブラックな人に見えてくる発言だ。


「オレが言いたいのは、その……タクトの…お、おしっこ中になにしてんだって言いたいんだよ!」
 叫びながら照れてやんの。
 そう言えば、こいつとは風呂まで入った仲だが、局部を見られたのは初めてだった。
 いやん。
「フン、アタシは悪くないわよ! この男が勝手におしっこしているんじゃない」
 酷い言い様だ。俺の人権はどこにいったんだ。


 ミハイルが長浜とケンカしてくれている間、おかげさまで小便がやっと終わり、チャックを閉める。
「なあお前ら、トイレに用がないなら出てけよ」
 すると二人は息ぴったりで答えた。
「「あるよ!」」
 じゃあ用をたせよ!

「だいたい、この女、変態じゃん! タクトの……その……お、おち、おちん……」
 最後までは言えずにトイレの床ちゃんとにらめっこしてるよ、可愛いヤツだ。
「アタシはアイドルでもあって女優もやってんのよ! そんじょそこらの男の裸を見てもなんとも思わないわ!」
 芸能人ならのぞきしてもいいってことですか。やっぱ変態じゃん。
 俺は呆れてハンカチを咥えながら手を洗う。

 その間も、後ろで二人のバトルは続く。

「タクトはオレのダチなんだ! お前なんかアイドルのくせに女らしくないし、全然可愛くないぞ!」
「言ったわね、アタシはこの前『福岡JKコンテスト』でも優勝したこともあるのよ! つまり全福岡民が認めた可愛さよ!」
 今知ったよ、そんな犯罪めいたコンテスト。
 というか、福岡にこだわるやつだ。郷土愛があるんだな。

「なんだそれ?」
 ああ、ミハイルくん。その言葉が一番ダメージデカいと思うな。
「知らないの!? なんであの男もあなたもアタシのことを知らないのよ! こんなに可愛いのに!」
 自己主張が激しいな。もうお腹いっぱい。

 俺は手を拭きながら、あほらしいと思いながら彼女と彼の口論を見守っていた。

「じゃあタクト本人に聞けよ! お前が可愛いかを!」
 ちょ、なにこっちに話を振ってんだよ。
「それはいい考えね」
 便乗すんな。

「タクト、こいつ可愛いか?」
 新鮮な質問ですね。
 だが、そう言われても困る。
 正直美人な部類なのだろうが、それよりも気の強さが先んじていて、見ていてうんざりする。

「それは見た目だけで決めればいいのか?」
「何を言ってんのよ、全部よ! ルックスも内面も!」
 ねぇ、会ったのついさっきだよ。
 そんな一時間も会話したことないのに、内面も見えるとかメンタリストじゃん。

「トータルでか? なら……フツー」
「……」
 黙り込む長浜。
 涙目で鼻をすすっている。
 傷つけちゃったかな、てへぺろ。
「ほら見ろ、タクトは嘘をつけないヤツだからな」
 なぜお前が自慢げに語る。


「ただ、顔は可愛いんじゃないのか? まあ黙ってればの話だがな」
 一応フォローしておく。
 まあお世辞は嫌いだが、ウソは言ってないので。

「可愛い……」
 目を丸くして俺の方を見つめる長浜。
 意外だったようだ。かなり驚いている。
「あくまで見た目だけだよ」
「そ、そう……」
 珍しくしおらしくなっちゃって、顔を赤く染めて視線を落とす。


「タクト! お、お前、なに言ってんだよ!」
 今度はミハイルがキレちゃった。
「なにが? ミハイルが言えっていったんだろ? 率直な感想を述べたにすぎん」
 黙っていれば可愛いということは、人格を否定していることでもあるんすけどね。

「だからって女の子に可愛い……とか、告白じゃんか!」
「え?」
 そうなの? 誰も好きとか言ってないじゃん。
「タクトにはアンナがいるだろ! アンナより……ひっぐ、可愛いのかよ!」
 今度はあなたが泣き出すんですか?
 この学校、情緒不安定な方が多いですね。

「はぁ……今はアンナは関係ないだろ」
「あるよ! タクトのアンナとあの女、どっちが可愛いんだよ!」
 通訳すると「オレと長浜、どっちが可愛いか」ってことですよね。
 こんなところでも俺は公開処刑にあうのか。


 俺は呆れながらも答えてやった。
「それは俺の個人的な趣味でいいんだな?」
「う、うん……タクトの好みとかタイプとかってことだもんな」
 言いながらどこか不安気なミハイル。

「ま、俺はアンナの方が可愛いな。見た目も天使だし、優しいし、遊んでいて楽しいし、料理も上手いし、なんだって俺好みの女の子だし」
「タクトぉ☆」
 涙を流しながら両手を合わせて喜ぶ。
 ってか、トイレの中でなにを言わすんだよ。
 女の子の前で。

 それを聞いていた長浜がすかさず、話に割り込む。
「なんですって!? 芸能人のアタシより可愛い子がいるの?」
 めっちゃキレてる。
 まあこんだけ芸能人にコンプレックスを抱いているのなら当然か。

「そうだ、タクトには可愛い彼女がいるんだぞ☆」
 ない胸をはるな、女装男子めが。
「証拠を見せなさい! 写真とかないの?」
 俺に詰め寄る長浜。
 ちょっと近くね? 主張が激しい子だってのはわかってんだけど、至近距離で見つめられるとちょっと照れちゃう。
 それからよく見ると長浜って胸がデカいんだな、キモッ。

「見せてやれよ、タクト」
 なぜか完全勝利UCと化すミハイルくん。
「さあ早く見せなさい!」
 なんで上から目線なんだよ、こいつの年っていくつだ?

「わかったよ」
 俺はジーンズのポケットからスマホを取り出して、以前アンナとプリクラで撮った画像を長浜に見せてやった。
 すると長浜は肩を震わせて、顔を真っ赤にしていた。
「なによこれ……ハーフとかチート級に可愛いじゃない!」
 あれ、なにこのデジャブ。
 いつだったか、どこかのボーイッシュJKがアンナを見た時に反応したコメントに似ているような。
 ああ、赤坂 ひなたちゃんか。

「ふ、ふふ……ど、どうだ!? 可愛いだろ?」
 言いながらめっちゃ嬉しそうじゃん、ミハイルさん兼アンナちゃん。
 これで満足ですか?
「ええ、芸能人レベルで可愛いわ……」
 認めるんかい。
「で、でもハーフってことは言っちゃダメだぞ。その子はハーフで小さなころからその事で辛い思いしてたんだからな」
 急に辛い過去を暴露するハーフさん。
 だから以前、北神 ほのかにハーフであることにキレていたのか。
 納得である。


「でも、ハーフってことは誇っていいんじゃないの?」
「ど、どうして?」
「人間誰だって、ハーフじゃない? 他人同士が結婚して子供を産めばハーフよ。今の時代、俗に言うハーフはルックスや身体能力、全てにおいて私たち日本人からしたらすごい人たちよ」
 先生みたいに語ってて草。
 道徳の授業かな。
「あなたは生んでくれたお母さんに感謝すべきよ」
「そ、そうだよな……」
 
 激しいケンカしたと思ったら、急に友情が芽生えだしたよ。
 忙しいやつらだ。

 ミハイルと自称芸能人の長浜 あすかはケンカしたかと思えば、なぜか意気投合していた。

「このアンナって子紹介できないかしら?」
「え、どうして?」
 嫌な予感。

「この子、本当に芸能人向きな顔だわ、アタシの『もつ鍋水炊きガールズ』に入れたいわね、ハーフ枠は今空席だもの」
 そんな地下アイドルにアンナをくれてやるか。
「む、無理だよ。アンナは田舎の子で遠いし、内気な子だし……」
 どこがだよ! ストーカー大好きでアグレッシブな子じゃないか。

「そうかしら? アタシにはけっこう芯の強い子に見えるわ」
 当たってます。
「とにかく、アンナは芸能活動とか興味ねーから!」
 顔を真っ赤にして恥ずかしがるミハイル。


 ここは少し助け船を出しておくか。
「長浜、とりあえず、その辺にしておいてくれないか?」
「はぁ? なんであんたに名前で呼ばれないといけないのよ!」
 てめぇが何回も自己紹介をするから嫌でも覚えただんだ、バカヤロー。

「じゃあアレか、名無しか? それともジェーン・ドゥと呼べばいいか?」
「それって死人の呼び方でしょう!」
 察しがいいね。
「だいたいあなたたちの名前は? 聞いてないわよ!」
 お前が自己主張が激しすぎるから人の話を聞かないんだろう。


「俺は新宮 琢人。んでこっちの金髪っ子が古賀 ミハイルだよ」
 やる気ゼロで自己紹介。
「覚えておいてあげたわ!」
 なんでこうも上から目線なんだよ。

 そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴る。

「お、一時間目が始まるぞ」
「あら、もうそんな時間? じゃあアタシは帰るわね」
 ファッ!?


「お前、何しに来たんだよ! まだ授業受けてないだろが!」
「はぁ、バッカじゃない!」
 ふてぶてしく肩まで下りた長い髪を手ではらう。

「言ったでしょ! アタシはトップアイドルの長浜 あすかよ! 今から仕事に決まってんじゃない。一般人のあんたたちとは住んでいる世界が違うのよ!」
「長浜、お前。そんなんでよく一ツ橋にいられるな、単位取れているか?」
「単位? そんなもん芸能活動に必要?」
 質問を質問で返されたよ。
 その通り、芸能活動には必要ない、けど学生としては必要じゃん。


「待て、お前。今いくつだ?」
「そんなこともしらないの! 長浜 あすかでググリなさいよ!」
 クソが! めんどくせーなこいつ。
 俺は言われた通り、スマホで検索する。
 奇跡的にヒットした。

「あ、俺より一つ下か」
 つまり17歳。
 本来なら高校2年生の年齢だ。
「そうよ! まだピチピチのセブンティーンなんだからね!」
 ググる必要あった?


「お前はいつから一ツ橋に入学している?」
「ググりなさいよ!」
 そんな個人情報までネットに出てたら大問題だろ。

「仕方ないわね、2年前かしら? 芸能活動しながら高校生やれるって聞いて入ったのよ」
「なるほどな」
 話を続けていると思いだしたかのように、腕時計を見て慌てだす長浜。

「もうやだ! あんたがバカだから説明してやってたらこんな時間! 今日は生中継が入ってんだから、アタシはもう行くわよ!」
「ああ、なんかすまんな」
 俺は悪くない。


「じゃあお昼の12時ごろ、ネットでも見れるからこのトップアイドルのご尊顔を拝見しなさいよね!」
 お前は何様だ!
「ま、見れたらな」
「はあ、急がし急がし」
 とボヤきながら慌てて長浜は去っていった。


 取り残されたミハイルに視線をやると、床とにらめっこしながら何やらブツブツと呟いている。
「どうした? もう授業始まってるからいこうぜ?」
 するとミハイルは困った顔をして、俺にこう言った。
「芸能人ってラブコメの取材になるのかな? アンナに芸能人すすめたほうがいい?」
 なに真に受けてんだよ、こいつ。

「やめとけ、アンナには向いてない。確かに長浜より可愛いことは認めるが、アンナは優しい子だからな。あれだけ自己主張の激しい人間じゃなきゃ務まらんよ」
「だ、だよな☆ アンナはタクトで忙しいし」
 うん、俺も忙しいよ。

 俺たちは急いで、教室へ戻った。


 一時間目の授業は英語。
 教壇には既に中年の女性教師が立っていた。
 少し太っていて、眉毛がキリッとした表情から気の強さが現れていた。
「あなたたち! もうチャイムなってたでしょ!」
「すんません」
 一応、頭を下げておく。
 なるほど、他の教師と違い、けっこうまともな人だなと思えた。

 一ツ橋高校は単位制なので、出席はカードで自分の名を書き、それを終業後に教師に渡すことでスクリーングとして成り立つ。
 だが、実際は授業の途中からヤンキーとかが平気で入ってきても教師はほぼ必ずといって、苦笑いしては出席カードを手渡す。
 それが例え授業が終わる5分前でもだ。
 真面目にやっている俺たちからするとバカみたいに思えてくる。


「さ、席に座って」
「はい」
「ちっす」
 俺とミハイルはピリッとした空気の中、気まずそうに自分の席に座る。
 教室に座っていたヤンキーたちもどこかいつもと違う様子だ。

 いつもならもっとだらしない格好で駄弁っていたり、平気でスマホを触ったり、授業を真面目にうける姿を見ないのに、皆が真面目に教科書を開いてノートまで出している。
 それだけこの教師は厳しいということか?

「はい、では、エブリワン? ハワユー?」
 なにそのへったくそな英語。

「「「アイムファイン!」」」

 クラス全員で叫ぶ。
 なんだろう、真面目に授業やっているんだけど、幼児向けの英会話教室レベルに感じる。

「イエス、イエース! では教科書を開いてください」
 教師は嬉しそうに話す。
 教科書を開くと俺は驚きで口が開いたまま、言葉を失う。
「今日はアッポーとアンットゥについて勉強しましょう」
 小学生以下じゃねーか!

「「「はーい!」」」
 そこは日本語かよ!

「では、ミスター古賀? 英語でリンゴは?」
 バカにしてんのか?
 ミハイルは少しうろたえながら席を立つ。

「ど、どうしよう、タクト」
 かなり困っているミハイルくん(15歳)
「わかるだろ?」
 俺はミハイルがそこまでバカだと信じたくない。

「ミスター古賀? ワカラナイデスカァ?」
 なんでお前が外国人風な日本語してんの。

「えーと、アップルジュース?」
 おしい!
 信じた俺が浅はかでした。
 さすがヴィッキーちゃんの弟。

「ノンノー! 正解はアッポーです」
「あ、そっか。アッポーだったのか……」
 なんか違くね?

 それからしばらく俺は低次元な英会話をただ黙って聞いていた。
 ここは高校じゃなくて、幼稚園じゃないですかね?

 チャイムが鳴ると、ミハイルは胸を撫でおろしていた。
「むずかしかったよ……タクト」
「そうか、大変だったな」
 バカで。

 左に座っていた北神 ほのかが俺に話しかける。
「ねぇ、あすかちゃんと話してたの?」
 目をキラキラと輝かせるほのか。

「話してた……というかあいつが一方的に喋り倒した感じかな」
「すごいねぇ、芸能人が同じ高校にいるなんて!」
 俺は今日初めて知ったよ、長浜 あすかって芸能人のことを。
 ウィキペディアに登録されているぐらいのガチオタがいることも。

「そうか? あいつただのローカルタレントだろ?」
「けっこう有名だよ? あすかちゃんって」
 少し不満げなほのか。

「じゃああいつの出てる番組ってなんだ?」
「えっと、深夜にやっているやつで『ボインボイン』ってのがあってね……」
 すごく卑猥な番組に聞こえる。

「なあ、長浜って水着でテレビに出てんのか?」
 心配になってくる。
「違うよ! ただのバラエティー番組」
「へぇ、深夜なら俺は寝ているから観たことないな。ミハイルは知っているか?」
「オレ? オレは毎日ネッキーとかデブリのDVDばっか観ているからテレビは興味ないかな」
 そうだったね、君はやることなすこと全部可愛いもんね。

「二人とも酷くない? 福岡で有名な子なのに……」
 福岡限定の時点で有名とは言えないような。

「ま、昼に生中継やるとか言ってたからあとで観てみるか」
「ホント? じゃあお昼ご飯食べながら3人で観ようね」
「オレも観るの?」
 ミハイルは超興味なさそう。
 まあ俺もすごくどうでもいい。

 午前の授業は全部終了し、昼休憩に入る。
 いつものごとく、俺は自分で作った弁当を取り出す。
 ミハイルは珍しく弁当を持ってきていた。
 可愛らしいネッキーとネニーのプリントが入った弁当袋。
 そこからハート型の弁当箱が出てくる。

「珍しいな、ミハイルが弁当を持ってくるとか」
 すると彼はどこか自信たっぷりな顔で語り出す。
「今日は朝早く起きて作ったんだぞ☆」
 偉いじゃん。
「なら今回は俺の弁当はやらなくてもいいわけだ」
 毎度、卵焼きをアーンしてやっていたもんな。
「そ、そのことなんだけど……」
 顔を赤くしてモジモジしだす。

「なんだ?」
「オレの弁当とタクトの弁当、交換しない?」
「え?」
「だ、ダメかな?」
 潤んだ瞳で見つめるその姿にアンナを重ねてしまう。
 思わずドキッとしてしまった。
「まあ構わんけど」
「やった☆」
 俺はミハイルの可愛らしい弁当と自分の素っ気ない弁当を交換した。

 蓋を開けると、俺はドン引きした。
「こ、これは……」
 白飯にでっかいハートで桜でんぷでデコってある。
 おかずはタコさんウインナー、ハートの形のニンジン、ポテトサラダ、スパゲティ、ミニトマト、ピーマンの肉詰め。
 色どりが良すぎ。

「ミハイルが作ったのか?」
「そだよ☆」
 そう言えば、アンナモードも料理上手かったもんね。
 忘れてました。
「じゃあいただきます」
「あ、スープもあるぞ☆」
 ミハイルは水筒を取り出すと、コップに何かを注ぐ。
 渡されると温かみを感じた。
「これは?」
「トマトスープだよ☆ 身体があったまるしリコピンも取れるし」
 OLかよ。

「ああ、すまんな。ありがとう」
「これぐらい、なんてこないよ☆ タクトが料理苦手なだけだろ」
 いや、あなたが意識高すぎなんでしょ。

 俺はスープをふうふうと冷ましながらすする。
 ほのかな酸味と甘みが俺の疲れを癒す。
 スープが喉に入ると全身が暖まっていく。

「うん、うまいな」
「よかった……」
 ミハイルはなぜかまたモジモジしながら恥ずかしがっている。
「じゃあオレもタクトのご飯いただきまーす☆」
 俺の弁当は相変わらず卵焼き以外は全部冷食の手抜きなんだけどな。
 めっさ嬉しそうに食べるミハイル。
 やだ、なんか泣けてきた。

「おいしー☆」
 ダメなお母さんでごめんなさい……。
 俺は半分涙目でミハイルの弁当を食べだした。

 すると左隣りに座っていた北神が話しかける。
「ねぇ、お昼にあすかちゃんの生中継あるんでしょ? 見ようよ」
 あ、すっかり忘れてた。
 ミハイルの弁当が美味しすぎて、超どうでもいい。

「ああ、そうだったな」
 すごく冷めきった声で囁いた。
「あすかってアイドルなんだよね?」
 え、ミハイルさん、もう呼び捨ての仲になったの?

「そうそう、福岡で有名なアイドルグループ『もつ鍋水炊きガールズ』のセンターをやっているんだよ」
 北神が説明するけど、もう嫌なぐらい覚えているよ。そのダサいユニット。
「ふーん」
 ミハイルも聞いといて大して興味なさそう。

「じゃあそんな有名人を生で見てみるか」
 俺はスマホを取り出して、横向きにして机に立てる。
 テレビモードにしてチャンネルをポチポチと適当に変えていく。
 一つの番組が目に入った。

『日曜日の午後は天神野郎! はじまります~!』

 やけにテンションが高いローカル芸人が司会をはじめる。
 隣りには笑顔の女子アナ。
 天神のメインストリート、渡辺通り近くにある公園。
 警固(けご)公園でロケをしている。
 何人かのギャラリーがカメラを見ている。
 まあ大半がテレビに映りたいという輩ばかりだが。

『今日はゲストに福岡発のアイドル、もつ鍋水炊きガールズの皆さんに来てもらいました!』

「きたきた!」
 興奮する北神。
「ほう、本当にテレビで出演するのか。俺はケーブルテレビとかだと思ってたが」
「この番組、初めて見た」
 ミハイルはボーッと画面を見ている。
 ていうか、この人本当にテレビ見ないんだな。

『では、自己紹介をどうぞ!』
 司会の芸人に振られ、カメラがアイドル達に向けられる。
 そこには3人の女の子が立っていた。
 ミニ丈のワンピースタイプの衣装を着ていて、もつ鍋のプリントがされている。
 頭にはカチューシャをしているんだが、水炊きの装飾があった。
 ピアスは左がもつ鍋、右が水炊き。
 こいつらのスポンサーは福岡の鍋業界じゃないか?

『あ、あの……もつ鍋、み、水炊きガールズです!』
 噛みまくりの幸先悪いスタート。
 長浜 あすかは俺と話している時とは違い、かなり緊張しているようで、お得意の自己紹介ができていない。

「なんだ、長浜のやつ。緊張してんのか?」
 トップアイドルじゃなかったのかよ。

『もつもつ、グツグツしちゃうぞ! 福岡生まれ福岡育ち、明太子大好き、あすかちゃんでーす!』
 額の前で可愛らしくピースしてウインク。
 痛々しいな。

『おお、さすがアイドルですねぇ、可愛いですね』
 この司会、本当にそう思っているんだろうか?
『あ、よく言われますぅ~』
 そこは否定しとけ。
『じゃあ、今日はあすかちゃんたちの新曲を披露してくれるんだよね?』
『はい、今週発売の15thシングル、シメはチャンポンor雑炊です!』

「ブフッ!」
 思わず吹き出してしまった。
 クソみたいな曲名だ。

『じゃあ、もつ鍋水炊きガールズの皆さんで、シメはチャンポンor雑炊でーす』
 司会の芸人は特に突っ込むこともなく、さらっと曲紹介。

 すると天神のど真ん中で歌いだす。
 スピーカーが用意されていたが、かなり音が悪く割れている。
 長浜とその二人が音楽と共にダンスを始めるが、かなりキレが悪い。

 歌いだすとこれまた下手くそな歌声、クオリティが全体的に低い。
 よくこんなんでデビューしているよな。

 何よりも観ていて辛いのは彼女たちの歌っているバックが気になる。
 警固公園を何人もの人が長浜を目にとめるわけでもなく、素通りしていく。
 たまに足を止めてチラッと数秒ぐらいは見てくれるけど途中で飽きて、どこかへ行ってしまう。
 本当にトップアイドルなの?
 ファンがいないじゃん。

「いや、なんか見ていて辛いな……」
 見ちゃいけないものを見ている気がする。
「ええ、なんで可愛いじゃん。おかずになりそうな子たちじゃん」
 お前はそれしか考えてないのかよ。キモいから近寄るな。
「ミハイルはどう思う?」
「ん、オレはアイドルとか詳しくないからわかんないけど、いいんじゃない?」
 超適当じゃん。

 数分間の地獄のようなパフォーマンスを終えると、息を切らして汗だくの長浜のアップ画面でCMに入った。
 放送事故じゃん。
 こんなレベルで公共の電波を汚すんじゃないよ。

「すごいねぇ、さっきまで一緒に勉強をしていた子がテレビに出てたんだよ」
 ほのかはえらく感動しているようだ。
 俺と言えば、黙ってスマホを閉じた。
「どうだった、あすかちゃんのテレビ?」
「どうもこうもないだろ……あれで芸能人なのかよ。シングルを15枚も出しておいてあのレベルじゃ売れないだろ」
 というか、事務所が太っ腹すぎだろ、あんな下手くそな地下アイドルにそこまで金を使うとか。
 俺が社長なら即契約解除だ。

「ええ、可愛いからいいんだよ」
 出たよ、アイドル養護発言。
「だがな、あのレベルならもっと上がいるだろ? ルックスも歌もダンスも……」
「それはそうだけど……ミハイルくんはどう思う?」
「ん? ごめん、聞いてなかった」
 酷い、残酷すぎるミハイルさん。

「だいたい長浜の目標ってなんなんだ? 福岡でてっぺん獲るのが夢か?」
「えっと……」
 そう言うとほのかはスマホで何やら検索しだす。
「オフィシャルホームページにはあすかちゃんの夢が書いてあるよ」
「ほう」
「んとね、レコード大賞、紅白、月9ドラマ、朝の連ドラ、アカデミー賞、グラミー賞、ゴールデングローブ賞、あと……」
 強欲すぎるだろ。
 海外にいけるか、あんな奴。
「もういいわ、とりあえず志が高いアイドルだってのはよくわかった」

「タクトの弁当おいしかった~☆」
 ミハイルの笑顔の方が一番輝いて見えます。

 アイドルグループ、もつ鍋水炊きガールズの生中継は見るに耐えないものだった。
 俺は呆れかえり、ミハイルは興味さえ持たない始末だ。
 だが、テレビを見ていたほのかは未だに興奮が止まない様子。


「芸能人かぁ~ 憧れるよねぇ」
 いやお前みたいな変態が芸能人になると布教活動が活発になるから絶対にやめろ。

「そうか? プライバシーがなくなって大変だろう」
「でも、たくさんの人に注目されたいって言う願望はあるでしょ? だから琢人くんは作家なんじゃない?」
「う、まあ確かに読者からの感想は嬉しいな。しかし、低評価の輩には殺意さえ覚える」
 ウェブ作家時代のトラウマだ。
 評価ボタンを全部星5だけにしてほしい。


「そ、それは琢人くんが変わっているからじゃない?」
「んなことない! すべての作家たちは低評価する奴らを断じて許さん!」
「器、小さいねぇ……」
「何とでも言え、これだけは作家のプライドが許さん」
 と、芸能話から作家の話題に脱線したところへ、二人の少年が現れた。


 おかっぱ頭に丸眼鏡。
 双子の日田だ。
 容姿が同一だからどっちが来たかわからん。
「話は聞いていましたぞ、新宮氏」
「お前は弟の真二か?」
「いえ、兄の真一です。あすかちゃんは拙者たちも推しているところです」
 いや俺は推してないから。


「なんだ、真一も長浜に興味があるのか?」
 冷めた目で見つめる。
「もちろんですぞ! 毎回ライブに行ってますし、CDは最低50枚買いますぞ」
 集団詐欺にあってない? 早く目を覚ました方がいいよ。
「それに我ら兄弟はあすかちゃんに会いたいがために一ツ橋高校に入学したんですから」
 ファッ!?
「マジかよ……」
 あんな地下アイドルのために入学とか。
 ガチオタの神だな。


「ところで今週の『博多ウォーカー』はご覧になりましたかな?」
「いや、どうしてだ?」
 日田はフフッと笑みを浮かべると眼鏡を光らせる。
「なんとあすかちゃんたち、もつ鍋水炊きガールズのグラビアが特集されているのです」
「へぇ……」
 興味ねーな。
「ホント!?」
 思わず身を乗り出すほのか。

「ええ、こちらをご覧ください」
 日田が頼んでもないのに俺の机の上に一冊の雑誌を置く。
『博多ウォーカー』とはその名の通り、地域に密着した情報を扱っている週刊誌のことだ。
 俺は主に映画の情報ぐらいしか読まんが。


 ページをパラパラめくると、日田の言う通り、かなり後ろの方にグラビアページが5枚ぐらいあった。
 もつ鍋水炊きガールズの3人のショットが一枚。
 みんな先ほどテレビに出演した時と同様にダサい衣装でポージング。

「普通だな」
「いえいえ、このあとが肝心ですぞ、新宮氏」
「な、なにが待っているの!?」
 生唾を飲むほのか。

 俺は恐る恐る2枚目を開くとそこには閲覧注意な被写体が。
「これは……」
「フフ、このグラビアは保存用と閲覧用と布教用に100冊は買いましたぞ」
「ハァハァ……」
 息遣いが荒くなるほのか。

 そう、長浜 あすかは際どいビキニ姿で写っていた。
 両腕でふくよかな胸をさらに強調させている。
 ちょっと恥ずかしそうな顔で。


「マジか……」
 嫌なもん見ちまったぜ。
「くぅ~、何回見てもビンビンきますね」
 するか!
「うう……」
 ほのかの方を見るとなんと鼻血を漏らしていた。
「あ、あすかちゃんのパイオツ、最高っす……」
 こいつは男でも女でもいけるのかよ。
 さすがの俺もドン引きだわ。


 その後のページもあすかが独占していた。
 寝そべったり、胸をイスの上にのせたり、バランスボールの上に尻を置いたり、水をぶっかけられたり……。
 センターだから事務所に強いられたんだろうか?
 可哀そうになってきた。


「ああ! なにやっているんだよ、タクト!」
 気がつくと俺の視界はブラックアウト。
 なにも見えない。
 だが、ほのかに甘い香りを感じる。
 この柔らかい感覚、ミハイルの手だ。

「こんなエッチな本を持ってくるなよ! タクトに悪影響だろ!」
 お前はお母さんかよ。
「な、なにを言われます、古賀氏」
 かなり声が震えている。ヤンキーとして怖がっているんだろう。

「これ、エロ本だろ!? 18歳にならないと買っちゃダメなんだぞ!」
 いや普通に一般コーナーに並べられている本ですけど。
「そんな……某はあすかちゃんの素晴らしさを新宮氏に伝えたかっだけで……」
「ダメだ! 法律は守れよ、ねーちゃんが『水着の女の子が出てる本は大人になってから』て言ってたぞ!」
 それ何年前の話? ちゃんと教育方針を更新してあげてます?
 ヴィッキーちゃん。

「うう……」
 日田の顔は見えないが、どこか悔しそうだ。
「じゃあ、このエロ本はオレが有害指定のポストに入れておくよ」
 酷い、長浜のやつ、有害になっちゃったよ。
「そ、そんな殺生な!」
 うろたえる日田。
「エッチなことはダメなんだからな!」
 女装して俺とラブホに行ったやつに言われたくないよな。


「ちょっと待って、ミハイルくん」
 ほのかが止めに入る。
「あ、ほのか……鼻から血が出てる。またいつもの病気?」
 腐女子が病気になってる……。
「これは大丈夫…だけど、その本は私にちょうだい。今晩のおかずに必要だし」
 ただの変態だった。

「え、おかず? 食べるの?」
「そうよ、美味しく料理して食べるの、女の私なら安心できるでしょ?」
 お前が一番危険だよ。
「うーん、そだな。ほのかなら大丈夫だろ☆」
 納得しちゃったよ……。
 

 何やらガサゴソと音がした後、(恐らくほのかが本をもらった)俺はようやくミハイルから手を離してもらった。
「もういいぞ、タクト☆」
「え?」
「タクトも法律は守れよ☆」
 俺、もうすぐ18歳だし、あれは健全な本だし。
 きみにとやかく言われる筋合いはない。


 日田は「まあ布教できたならいいでしょう」となぜか腑に落ちた様子で去っていった。
 ほのかと言えば、本を鞄になおしたにもかかわらず、興奮が止まないようだ。
「ハァハァ……早く帰って、料理しないと」
 溢れ出る鼻血をティッシュで抑えるが、止まりそうもない。


 そこへガラッと教室のドアが開く音が聞こえた。
「ちーす」
「おはにょ~」
 重役出勤かよ、千鳥と花鶴コンビ。
 というか、もうお昼だぞ。


「あ、千鳥くんにここあちゃん!」
「よう、ほのかちゃん。あれ、なんで鼻血出してんの?」
 心配そうに近寄る千鳥。
「これ? 料理しようと思ったらケガしちゃって」
 嘘つけ。
「そっか、女の子だもんね」
 納得すんなハゲ。


「ところでさ、ミーシャ」
 ここあがミハイルへ近寄る。
「あんさ、最近どしたん?」
「え? なんのこと?」
「なんつーの、なんかコソコソしてるつーかさ。付き合い悪くない?」
 腰をかがめて俺の隣りに座っているミハイルを見つめる。
 こちらからするとミニすぎるスカートがまくり上げ、パンモロどころか尻が丸見え。
 花鶴の存在の方が18禁に感じる。


「そ、そんなことねーよ……」
 歯切れが悪い。そりゃ女装して俺とデートばっかしてたもんな。
「んならさ、たまには一緒にタバコでも吸おうよ」
 忘れてた……ここ一ツ橋高校は無責任教師、宗像先生の公認で喫煙可な所だった。
 そして入学式でタバコをいち早く吸いたいと言ったのはこのミハイルであったことを。
 最近はいつも俺と一緒にいたがるばかりでタバコを吸う姿は見たことなかったな。


「え、あの……オレは」
 回答に困っているようだ。
「前は3人で吸ってたじゃん?」
 さっきのミハイルが言っていた「法律は守れよ」が華麗なるブーメランになったな。

「タクト、オレ……」
 泣きそうな顔で俺を見つめる。
「吸ってきたらどうだ?」
 どうせ止めたって吸うんだ、こういう人種は。

「ところでオタッキーはなんで吸わないのん?」
 バカ発言するなよ、花鶴。
「はぁ? なんで俺がタバコを吸う前提なんだよ。俺はな法律を守らない人間は大嫌いだ。それにタバコなんて吸って入って何が楽しいんだ? 百害あって一利なしだぞ」
「ふーん……」
 どこか納得していないという顔だ。


「じゃ、じゃあタバコ吸う女の子嫌いなのか?」
 なぜかミハイルが俺に聞く。
「そりゃそうだな。女の子とか言う前にタバコの煙が嫌いだ。単純に臭い。タバコくさいヤツは男女問わず嫌いだ」
「……そうなんだ」
 ミハイルはポケットからタバコを取り出すと、立ち上がる。

「決めた!」
 何を思ったのか、日田の方へズカズカと向かう。

 そして持っていたタバコを彼の机の上に叩きつける。
「お前にやるよ!」
「え……タバコ?」
 絶句する日田。
「オレはタバコ吸うやつ嫌いだからな☆」
「某が嫌いということですか?」
 かわいそすぎる。

 昼飯を終えるころ、午後の授業を確認した。
 一ツ橋の午後授業はほぼ体育(遊び)で終わるのだが、今日は選択科目だ。
 音楽と習字があり、俺は字が汚いので音楽にした。


 授業表には教室は特別棟の視聴覚室とある。
「なあタクトは何の授業にする?」
 目を輝かすミハイル。
「え? 音楽だけど」
「じゃあオレもそっちにしようっと☆」
「は、今から授業を変えられるのか?」
 俺がそう問うと代わりに左隣りの北神が説明してくれた。
「今日はお試しなんだよ」
「お試しだ?」
 スーパーの試食じゃねーんだから。


「ううん、選択科目だから今日の科目を試しに受けて、どっちかを選べってことみたい」
「いや、その選考方法なら二回は試さないと比較にならんだろうが……」
 宗像の仕業だな。
「そんな長い時間とってたらスクーリングがすぐに終わっちゃうよ。もう3回目でしょ? 今学期はあと4回ぐらいしかないよ」
 マジ、もう折り返し地点なの?
 超テンション上がるわ。
「ま、どうでもいいさ。一ツ橋の教師はやる気のなさでは全国一だからな」
 学級崩壊なんてレベルじゃねーからな。


「だからいいんじゃん、オタッキー」
 知らない生徒の机の上に勝手に座って片膝を立てるミニスカ女、花鶴 ここあ。
 棒つきのキャンディをレロレロなめながら、アホそうな顔で俺に言う。
 パンツ丸見えだから数人の陰キャ男子がパシャパシャと盗撮していた。
 もちろん俺はどうでもいいので、彼らの犯罪を無視する。

「どこがだよ?」
「あーしらバカじゃん? そんな子たちが通う高校は先生もバカじゃないと気持ちわかんないじゃん」
 俺はお前らとは違う!

「なんでそうなるんだよ」
「じゃあさ、オタッキーはバカの気持ちになって教えられる?」
 なに、そのハイレベルなティーチャー。
「バカの気持ち?」
 チュポンとあめを口から離すとそれを近くに座っていた陰キャ男子に手渡す。
 男子はハアハア言わせながら「あ、ありがとう……花鶴さん」と礼を言い、高速舌ベロベロで味わいだす。
 すごい餌付けだ。


「そーっしょ、1+1が2でわかりませんって言う子をオタッキーならどうやって説明すんのさ」
「う……」
 もうそんな奴は動物園の檻にでも入れておけばいいのでは?
「ほら、できないじゃん? だからバカな先生が一番だって♪」
 俺の机に両手を置いてニッコリ微笑む。
 Vネックの胸元からヒョウ柄のブラジャーがチラっと見える。
 キモッ。


「ここあ、タクトにあんま近づくなよ!」
 頬を膨らませて、注意するミハイルかーちゃん。
「なんで? あーしとオタッキーはダチじゃん?」
「そ、そうだけど……タクトは女が苦手なんだよ」
 いや、そんな表現されたら、俺がゲイみたいじゃん。

 その言葉をすかさず反応するハゲこと千鳥 力。
「うげっ、確かにタクオはホモ小説書いていたしな……ダチだけど、俺は遠慮しとくわ」
 遠慮すんな! 俺の横にこいよ!
 後ずさりして、北神 ほのかの後ろに回る。

「あのな……」
 呆れていると花鶴が微笑む。
「あーしはオタッキーの……なんつーの? ホモ恋愛応援するよ♪」
 すんなボケェ!
「そ、そんな……ここあ、やっぱいいやつだな☆」
 ホモ恋愛って言われて喜んでいるよ、ミハイルのやつ。

 俺は逃げるように話題を元に戻す。


「しかし、それにしても一ツ橋の教師はやる気が全くないように感じるな。今日の英語教師は少しまともだったが」
 俺の疑問に答えてくれたのは北神。
「それはね、噂なんだけど、一ツ橋専属の先生は一ツ橋の卒業生だかららしいよ」
 ずぶずぶな天下りじゃねーか。

「マジ?」
「うん、だからさっきの英語教師の人は普段三ツ橋高校で先生をやっている兼任教師。ゆるっとした授業をしているのが専属教師だよ。だから兼任教師の人はけっこう厳しい人が多いらしいよ。だって休日出勤するようなもんじゃない? それだけ熱血教師なんだよ」
「なるほどな……温度差があるということか」

「だから私もいつか一ツ橋の教師を目指そうかなって密かに思ったりするんだ」
 笑顔が怖い。
 どうせ、ほのかのことだ。布教目的に違いない。
「それはちょっとやめておこう、ほのか。お前は漫画家目指すんだろ?」
「兼業作家でいいぜ!」
 親指を立てる変態JK。

 それから俺たちは各選択科目に分かれた。
 俺とミハイル、ほのか、それから花鶴が音楽。
 千鳥や日田兄弟などが習字に向かう。
 
 教室棟から特別棟に向けて4人で廊下を歩く。
 すると何人かの制服を着た三ツ橋生徒がこちらを睨むように見つめる。
 どうやら私服の俺たちが気に入らないようだ。

 確かに全日制コースの彼らはみんな黒髪で校則を守った身なりだ。
 だが、俺たちは髪を金髪に染めている者もいれば、超ミニのギャルやピアスだらけのやつ、ダボダボパンツのヤンキーとか、個性豊かだ。
 きっと嫉妬も少し入っているのだろう。
 同い年で自由に生活できていることが。

 実際はあちら側の方がよっぽど自由と思うがな。
 一ツ橋の生徒は働いている者が多いときく。
 所詮はガキの身勝手な妄想だ。


 そこへ一際目立つ軍団が現れた。シャキシャキと規則正しく歩き、男女共に戦前か? というぐらいの髪型、坊主と三つ編みのグループ。
 胸元には生徒会長と名札がある。

「こんにちはー!」
 ムダにデカい挨拶だ。
 そしてニコニコと怪しい宗教の勧誘のような笑顔。

「お、俺たち?」
「はい、一ツ橋の皆さん、日曜日なのにお疲れ様でーーーす!」
 男の声にエコーがかかるように、真面目な取り巻きが叫ぶ。

「「「お疲れ様でーーーす!」」」

 うるせー! 応援団じゃねーんだぞ。
 思わず耳を塞ぐ一ツ橋の生徒たち。
 なんだ、こいつら?

「僕は三ツ橋高校の生徒会長、石頭(いしあたま) 留太郎(とめたろう)でーーーす!」
 自己紹介もうるせー!
「そ、そうか……石頭くんか、認識した」
 柄にもなく、君付けする俺氏。
「あなたの名前はなんですかーーー!?」
「俺は新宮、新宮 琢人だ」
「覚えましたーーー! では午後の授業も頑張ってくださーーーい!」

「「「くださーーーい!」」」

 実にやかましい生徒たちだ。
 周りにいた全員が顔をしかめて耳を塞ぐ。
 それは一ツ橋も三ツ橋も関係ない。


「あ、ありがとう……石頭くん」
「失礼しまーーーす、新宮センパイ!」

「「「失礼しまーーーす!」

 うるせーし、勝手に先輩扱いすんなよ、コラァ!

 そうして石頭くん率いる生徒会軍団は嵐のように去っていった。
 なんだったんだ、あいつら。


 ミハイルだけは耳を塞がずニコニコ笑っていた。
「なんか元気なヤツだな☆」
「そういう表現もあるよな……」
 もう今度から石頭くんには要注意だ。
 礼儀が良い子だが、うるさすぎる。
 二度と会いたくない。

       ※

 俺たちは視聴覚室にたどり着くと、ドアを開く。
 中に入ると黒板に白い字でデカデカとメッセージが残されていた。
『一ツ橋生徒の諸君へ、部活棟の音楽室に来るべし!!!』
 
「ん? 視聴覚室じゃなかったのか?」
「変更されたんじゃない? 一ツ橋ってちょこちょこ変更の時が多いらしいよ、三ツ橋のお客さんとかイベントで変わるって噂で聞いたな」
 やけに一ツ橋に詳しいよな、ほのかって。
 まさか留年してる?

「俺たちは学費を払ってんだぞ? ちゃんとやれよ」
「まーいいじゃん、オタッキー。テキトーだよ、テキトー」
 花鶴はバカだが寛容な性格らしい。

 俺たちは視聴覚室を出て、指示通り部活棟へ向かった。
 3階に上り、音楽室へと向かう。
 部活棟の一番奥にある教室だ。
 何やらプープーと一定の調子で音が流れている。

 俺がコンコンとドアをノックすると、中から野太い男の声が返ってくる。
「入りたまえ!」
「失礼します」
 音楽室に入るとそこにはなぜか大勢の制服組の生徒たちが座っていた。
 そして中央に立つのは中年の男性教師。

「なにをしている、早くそこの席につきたまえ」
 教師が指差すのは生徒組の反対側にある窓側に設置されたパイプイス。
 急遽並べたような感覚を覚える。

「は、はあ……」
 俺たちは言われるがまま、パイプイスに座ると、制服組の生徒たちと対面するように目を合わせる。
 どこか気まずい。
 制服組の子たちはどこかピリッとした空気が漂う。
 対して、俺たちは「一体なにがはじまるんだ?」と動揺を隠せない。

 その時だった。教師が大きな声で叫んだ。
「今からコンクールの練習を始める! 用意はいいか、お前ら!」
 俺たちに背を向けて、三ツ橋生徒に激を飛ばす。
 そして振り返ると、俺たちにこういった。
「君たちはそこにある出席カードを取って、練習姿を見ててね」
 と優しく微笑む。
 ところでなんの授業?

 辺りは静まり帰っていた。
 一ツ橋の生徒たちは授業を受けに来たのに、なぜか全日制コースの三ツ橋生徒たちがいた。
 イスを半円形に並べて、各々が楽器を持ち、教師の指示を待つ。

「なあタクト、なにがはじまるの?」
 ミハイルが不思議そうにたずねる。
「俺にもわからん」

 すると、教師がなにを思ったのか、服を脱ぎだす。

「うげっ」
 ワイシャツを脱ぎ、床に放り投げる。
 体つきはいい方だが、かなりの剛毛。
 中年なので仕方ないが、たるみきった腹なんぞ見たくない。

 そこで終わるかと思いきや、教師はズボンのベルトにまで手をかけた。
「な、なにやってんすか!?」
 顔を赤くして立ち上がるミハイル。
「ん? ああ、君たちは私の授業は初めてだね? 私は裸にならないと上手く指導ができないんだ」
 教師はニカッと笑うと謎の言い訳でミハイルを諭す。

「し、しどう?」
 ミハイルはバカだが、困惑するのも無理はない。
 かく言う俺も脳内が大パニックだ。

「パンツは履いているから問題ないよ」
 優しく微笑むと教師はズボンを豪快に脱ぎすてる。
 そこにあったのは黄金。
 ゴールデンブーメランパンツ。
 しかも尻がTバック気味。
 しんどっ!

「では、一ツ橋、三ツ橋合同授業を始めます!」
 そんな格好つけてもどうしても尻が気になる。
 一ツ橋の生徒たちは何人かクスクスと笑っている。
 ミハイルは顔面真っ青で吐きそうな顔をしていた。
 かわいそうに。

 花鶴 ここあはおっさんの生ケツを見て、指差してゲラゲラ笑う。
「ヤベッ、ちょーウケる」
 あかん、俺も笑いそうになってきた。
 北神 ほのかと言えば、なぜかスマホで教師の後ろ姿をパシャパシャ撮っていた。

「ほのか、何してんだ?」
「え? 同人のネタに使いそうでしょ? リアルでキモいし」
「ああ……取材ね」
 確かに変態女先生には逸材です。

 ここで一つ気がついた。
 音楽を専攻しているのは皆、女子ばかりであった。
 男と言えば、俺とミハイルぐらい。
 セクハラじゃないですか? この授業。

 だが、俺たちと違い、三ツ橋の生徒たちは教師がパンツ一丁になっても至って真面目な顔でいる。
 真剣そのものだ。
「じゃ、はじめるぞ! お前ら、覚悟はできているかぁ!?」
 熱血教師だな、変態だけど。

「「「はい!」」」

 すると凄まじい爆音が狭い教室に響き渡る。
 オーケストラがやる場所ではない。
 反響音が半端なくて、俺たちは耳を塞ぐ。

「うるせぇ……」

 だが、三ツ橋の生徒たちは気にせず、練習を続ける。
 指揮者の教師は汗をかきながら、タクトをぶんぶん振り回す。
 その度に、中年の尻に食い込んだTバックが踊り出す。

 この音楽の授業としては三ツ橋の吹奏楽部の練習を見せることで、俺たちに単位を与えたいようだ。
 つまり、見るべき対象は演奏する生徒たちなのだろうが、それよりもとにかく教師のケツが気になってしかたない。

 さっきから激しく左右に腰をふるもんだから……。
 誘っているんですかね? ノンケなのでお断りです。
 授業と称しているが、これはゲイのストリップショーのようだ。
 
「ストーーーップ!」
 急に教師が演奏を止める。
 そして、数人の生徒の名前を呼ぶ。

「おい、お前ら! ちゃんと練習したのか!?」
 ものすごい気迫だ。
 まあ後ろから見ている俺からしたら、コントのようだが。

「あ、一応してきました……」
 ビビるJK。
 なんだろう、吹奏楽部じゃなかったら事案もの、いや事件レベルの場面ですよね。

「一応だと、この野郎! お前、そんな根性で全国コンクール目指す気か!?」
 至極真っ当な答えなのだが、裸の指揮者の方がコンクール向きではない。
 異常者だ。

「す、すみません!」
「いいか? お前、3年生は今年が最後なんだぞ! そんな気持ちなら出てけ!」
 すごく熱意は感じる。だが、その前にあんたの方こそ、3年生を想うなら服を着ろ。
「嫌です、私も先輩たちとコンクール目指します!」
 涙目で訴える女子高生。
「よし、その意気だ! しっかり来週まで仕上げてこいよ、絶対だからな!」
「はい、先生!」
 青春だなぁ……一人の教師を除いて。


 そんなやり取りが延々と、2時間も続いた。
 熱血教師は度々、三ツ橋の生徒たちに激を飛ばし、演奏を繰り返す。
 何とも言えない緊張感がある反面、一ツ橋の俺たちは笑いを堪えるのに必死だった。
 花鶴は腹を抱えてゲラゲラ笑い、足をバタバタさせて、スカートの裾が上がっていた。
 ので、パンツが丸見え。
 数人の三ツ橋男子が演奏しながら花鶴のパンティーに気を取られて、教師に注意される。

 まあ中年の黄金パンツより、ギャルのパンツの方がいいよな、知らんけど。

 終業のチャイムが鳴ると、音楽の先生は汗でびっしょりだった。
 息も荒く、はあはあ言いながら「今日はここまで!」と閉めに入る。
 振り返って俺たちを見ると、ニッコリ笑った。

「はい、一ツ橋のみんなもお疲れ様。出席カードはイスに置いといてね」
 なんでか俺たちには優しいんだよな、変態だけど。

 地獄のような授業を終え、各自廊下に出る。
「いやあ、カオスだったな」
「オレ、気持ち悪い……」
 口に手を当てるミハイル。
 男の裸に免疫ないもんな、アンナちゃん。
 清純だし。

「大丈夫か? 選択科目は習字にしたらどうだ?」
「う、うん……考えてみるよ」
 かなり参っている。かわいそうに。

「あーしは超おもしろかった! 音楽にしよっと」
 何かを思い出しようでまだゲラゲラ笑う花鶴。
 まあ俺もけっこうあのケツがおもしろかった。

「私も絶対、音楽にする! あんなきっしょいおっさんは中々いないもんね」
 授業中にもかかわらず、北神 ほのかは連写しまくっていたらしい。
 持っているスマホの画面をチラッと横から見ると、教師の裸体ばかり。
 肖像権とか大丈夫ですかね。

「オタッキーとミーシャはどうするん?」
「ふむ、習字を専攻した千鳥や日田兄弟の感想を聞いてから決めるかな……」
「オレも……」

 階段を降りていくと、ちょうど千鳥と日田兄弟と出会った。
 3人共、なぜか肩を落とし、元気なく歩いていた。
 それもそのはず、顔に何やら黒く墨が塗られていた。

 千鳥は「バカ」「ハゲ」「田舎者」
 日田の兄、真一は「力量不足」「どっちかわからん」「真面目系クズ」
 弟の真二は「メガネ」「ゲーオタ」「ドルオタ」
 ひどい……ただの悪口ばかりだ。

「お前ら、どうしたんだ? その顔」
 すると千鳥が答えてくれた。
「やべーよ、習字のじじいのやつ。ちょっと間違えただけで、顔に落書きしやがるんだ」
「ですな、酷い授業でした」
「ドルオタは悪くないでござる!」
 まあね。

 音楽も習字もどちらも酷い科目のようだ。
 だが、必須科目であり、どちらかを受けないと卒業できない。
「タクオは音楽どうだった? 俺たちも音楽にすりゃーよかったかな……」
 スキンヘッドをぼりぼりとかく千鳥。
「いや、やめておいた方がいい。音楽は音楽で相当カオスだぞ? 中年の生ケツを2時間も拝むんだから」
「ええ……マジ?」
 かなりショックだったようだ。
 どちらかというと「まだ俺たちの習字のほうがマシだ」とでも言いたげだ。
 
「俺、習字にするわ」
「拙者も」
「某も」

 マジかよ……どうしよっかな。
「はあ、めんどくさいし、俺は音楽にするかな」
 毎回、顔を汚されるのも癪だ。
 それに比べたら2時間何もせず、ケツを見ているのも一興だろう。

「ええ、タクト。もう決めちゃうの?」
 顔面ブルースクリーンで震えるミハイル。
「ああ、ミハイルは習字にしたらどうだ」
「ううん……タクトと一緒じゃなきゃ……」
 言いながら目が死んでますよ。

 結局、みんな最初に試した科目を選んでいる生徒が多かった。
 本当に卒業に必須な授業なんすかね?

 俺たちは各選択科目の授業(地獄)を終えて、教室に戻った。
 みんなクタクタのようで、机の上に頭を乗せる。

「疲れたぁ……」

 右隣を見れば、ミハイルが妊娠初期に見られるようなマタニティーブルーを発症していた。
 まあ2時間も中年オヤジの生ケツを拝んでいたんだ。
 俺でさえ、思い出すだけで吐き気を感じる。

 そこへ、教室の扉がガンッ! と勢いよく開く。

「よぉーし、みんな最後まで授業受けられたな! いい子いい子」

 満足に笑う痴女教師、宗像 蘭(独身、アラサー)
 褒められているんだろうが、けなされているようにも感じるのは疲れたからでしょうか?

「さあレポートを返却するぞぉ~」

 そもそもレポートって返却する必要あんのかな?
 いらねーし、邪魔だし捨てたい。

「一番、新宮!」
「はぁい」
 弱弱しい声で返事すると、またいつもの如くキレる宗像。

「なんだ!? その覇気のない声は腹から声を出せ!」
 うるせぇ、俺はさっきまで尻から声を出していた音楽教師を見ていて、吐きそうなんだよ!
「はぁい……」
「なんだ? 本当に元気ないな。よし尻を叩いてやろう」
 宣告通り、10代男子のケツをブッ叩くセクハラ教師。
「いって!」
 返却されたレポートはいつも通りの満点オールA。

「2番、古賀!」
「は、はい……」
 ミハイルは本当に先ほどの音楽が辛かったようでPTSDを発症している。
 今にも吐きそうな顔色だった。

「なんだ? 古賀まで元気ないな……よし尻を叩いてやろう」
 お前はただの尻フェチだろ!
 俺にしたように思いきりケツをブッ叩く宗像先生。
「キャッ!」
 相変わらず、可愛い声だ。
 桃のような小尻をさすりながらトボトボ戻ってくる。

「ミハイル、今回は成績どうだった?」
「あ、えっと……少し上がってた」
 頬を赤く染める金髪少年。
「ほう、Dか?」
 下から2番目てことです。

「ううん、BとかC……」
「なん……だと!?」
 あのおバカなミハイルちゃんが成績アップとか、お母さん泣いちゃう。


「あ、アンナのやつがさ、勉強しないとダメだって言うからさ……」
 それ多重人格じゃないですか?
 お友達少ないんですね。

「ほう、アンナがミハイルに勉強を薦めたと?」
「うん、タクトと一緒に卒業したいし……」
 チラチラと俺の顔色を伺う。
「頑張ったな、ミハイル。これからもその調子だ」
「うん! 頑張る☆」
 入学したときより、随分丸くなったわね。ヤンキーのくせして。


 そうこうしているうちにレポートは生徒全員に返却し終わっていた。
 やっとスクーリングが終わると思うとみんな安堵のため息が漏れる。
「さ、帰るか」
「うん☆ 一緒に帰ろうぜ、タクト☆」
 俺とミハイルが立ち上がろうとしたその瞬間だった。


 バーン! という衝撃音が教室中に響き渡る。

「な~にをやっとるか! 新宮、古賀!」

 鬼の形相で黒板を叩いていたのは宗像先生。


「え? もう帰っていいでしょ?」
「バカモン! 朝のホームルームで放課後はパーティをすると言っただろうがっ!」
 そげん怒らんでもよかばい。

「パーティ?」
「そうだ、一ツ橋の生徒たちは今から三ツ橋のグラウンドに集合だ! 帰ろうとしたやつは今日の出席をノーカンとする!」
 パワハラだ。


 俺たちは宗像先生の圧(脅し)のせいで、授業を終えたのに三ツ橋高校のグラウンドに向かった。
 グラウンドには野球部や陸上部、サッカー部の生徒たちが練習している。
 そのど真ん中にテントが二つ組み立てられていた。
 テントには『三ツ橋高校』と書いてある。

 先客がいた。
 一ツ橋高校の若い男性教師たちが2人ほど。
 テントの中でバーベキューを始めている。
 
「あ、おつかれさま。どこでも好きに座っていいよ」
 汗だくになりながら、肉と野菜を包丁で切り分けている。

「は、はぁ……宗像先生にパーティだって聞いたんすけど」
「ああ、新入生の歓迎会だよ」
 酷い歓迎会だぜ…。
 だって、全日制コースの連中が汗だくになりながら、部活やっているなかで俺たちはパーティとか、居心地が悪いったらありゃしない。

 そこへバカでかいクーラーボックスを4つも抱えた宗像先生が現れる。
 サングラス姿で、海でナンパ待ちするヤ●マン女みたい。

「うーし、好きなの飲めよ!」

 ドカンと地面にクーラーボックスを落とすと、蓋をあける。
 中にはたくさんの氷と缶が。
 しかし、全て酒ばかり……。
 飲めるか!

 と、俺が躊躇していると、ヤンキーやリア充集団が我も我もと群がってくる。
 キンキンに冷えたビールを手に取る。

 おいおい、こいつら未成年じゃないのか?
「宗像先生、さすがに酒はダメなんじゃ……」
 俺が声をかけているが時既に遅し。
 宗像先生はゴクゴクとハイボールを喉に流し込んでいた。

「プヘーーーッ! うまいな、仕事あがりの一杯は!」

 人の話を聞けよ、バカヤロー!
 だいたい、お前はまだ仕事中だろうが。

「先生、話聞いてます?」
「あ、新宮。どうした? お前も飲めよ」
 だから未成年だってんだろ!
「いや法律は守りましょうよ」
「なにを言っているんだ、お前は? 周りをよく見ろ、みんな飲んでいるだろうが?」
 まるで俺が間違っているような言いぐさだ。
 だが、宗像先生の言う通り周りの生徒たちは皆、ビールを飲み始めている。
 ハゲの千鳥なんかは焼酎を嗜んでらっしゃる。

「かぁー、やっぱ焼酎は芋だわ~」
 既にアル中じゃねーか。

 異常だ、イカれてやがるぜ、この高校。
 その証拠に部活動に励んでいた三ツ橋高校の生徒たちは練習を止めて、こちらに釘付けだ。

「さ、新宮も飲め!」
 ビールを差し出すバカ教師。
「飲めませんて! 俺は未成年ですよ?」
「あぁ!? たっく、ノリの悪いやつだ……」
 タバコも飲酒もOKな高校とかどうなっているんですか?

「仕方ない、酒の飲めないやつは近くの自動販売機でジュースでも買ってこい」
 未成年たくさんいるのに酒しか用意してないとか、バカだろう。
「ええ……」
「文句言うな! 金なら払ってやる!」
「それならいいっすけど……」
 当然、俺は酒を飲まないし飲めないので、グラウンドから出て自動販売機に向かう。

 俺以外にもけっこうというか、かなりの人数で飲み物を買いに行く。
 よかった、俺だけがまともな生徒かと思っていたから……。
 見れば、ヤンキーやリア充グループを除く陰キャメンバーばかりだった。
 北神 ほのかや日田兄弟などの真面目なメンツ。
 
「待ってよ、タクト!」
 慌てて俺の元へと走るミハイル。
「どうした? お前は酒を飲まないのか?」
 タバコも吸っていたんだから、飲めるのかと思ってたいたが。
「え? オレは酒飲まないよ? ねーちゃんがお酒は二十歳になってからって言ってたし……」
 じゃあタバコも教育しとけよ、あのバカ姉貴。

「そ、そうか。なら一緒に買いに行くか?」
「うん、オレはいちごミルクがいいな☆」
 相変わらず可愛いご趣味で。
「タクトはいつものブラックコーヒーだろ☆」
「まあな」

 自販機につくと軽く行列ができていた。
 無能な教師のせいでパシリにされる生徒たち。
 大半が一ツ橋の陰キャどもだが。

 俺とミハイルが駄弁っているとそこへ一人の少女が声をかけてきた。
「あ、新宮センパイ! こんなところでなにをしているんですか?」
 振り返ると体操服にブルマ姿のJKが。
 小麦色に焼けた細い太ももが拝めるオプション付きだ。

「ん? お前は……」
「あ、また忘れてたでしょ!?」
 ボーイッシュなショートカットに活発な少女。
 そうだ、三ツ橋高校の赤坂 ひなただ。

「おお、ひなただろ? 忘れてないよ」
「もう! ところで一ツ橋高校は何かイベントですか?」
「歓迎会だそうだ、今からみんなでパーティだと」
「へぇ……いいなぁ」
 いや、ただの酒好きな教師の自己満足だから、期待しないで。

「一ツ橋のパーティなんだから、ひなたは入れないぞ☆」
 何やら嬉しそうに語るよな、ミハイルくん。

「はぁ? 三ツ橋だって関係者でしょ? 私、一ツ橋の先生に直訴してきます!」
 やめろ! あんな無責任教師に一般生徒を巻き込みたくない。
 赤坂 ひなたは顔を真っ赤にしてズカズカとグラウンドの方へ向かっていた。
 忙しいヤツだ。

 俺たち真面目組がジュースを買ってグラウンドに戻ると、パーティ会場はかなり盛り上げっていた。
 そして、周りで部活している三ツ橋高校の生徒たちは口を開いたまま、中央のテントに目が釘付けだ。
 悪目立ちしている。
 なんか真面目に青春されているのに申し訳ないです。
 うちのバカ教師のせいで。

 テントに入ると先ほど話していた制服組の赤坂 ひなたが宗像先生と何やら話している。

「あの、私。三ツ橋の生徒なんですけど、途中参加してもいいですか?」
「え、別に構わんぞ? だって今日のパーティは全部経費で落ちるし」
「良かったぁ」

 おいおい、経費ってどこから出てるんですか?
 まさか俺たちの学費から落ちてるんじゃないのか。
 だとしたら、三ツ橋の生徒に奢ってやるどおりはない。

「ちょっと待ってよ、宗像センセー! ひなたは一ツ橋の生徒じゃないっすよ!」
 もっと言ってやって、ミハイルくん。
「はぁ? 別にどうだっていいだろ。人が多ければその分、酒はうまい!」
 と言ってハイボールを一気飲みする宗像先生。

 すっかりリラックスしていて、アウトドアチェアに腰を深く落とし、地面には既に10缶も転がっていた。

「でも……」
 唇をとんがらせるミハイル。
「まあ固いこと言うな、古賀。お前はほれ、そこのシートに新宮と座れ」
「え……タクトと一緒に?」
 なぜか頬を赤く染める。

「だってお前らいつも一緒じゃないか? 仲良しなんだろ?」
 言いながらスルメを咥える。
「ですよね! オレたち、ダチなんで☆」
 ただのダチではないけどね。
「だろ? ほれ、早くみんな座ってバーベキューを始めるぞ!」
 俺たちは宗像先生に指示された通り、広げられた大きなブルーシートに腰を下ろす。
 既に酒を飲んでいた不真面目組はギャーギャー言いながらはしゃいでいる。

 シートの隣りでは若い男性教師が汗だくになりながら、バーベキューコンロで肉を焼いている。
 責任者である宗像教師は一人、酒を楽しんでいる。
 この男性教師たちは宗像先生に弱みでも握られているのだろうか?


「さあ焼けたよ~」
 焼き係の教師が、こんがり焼けた肉を紙皿に移して皆に配る。
 俺の元へたどり着いたが、焼き肉用の肉にしてはどこか違和感を覚える。

「なんかこの肉、小さくないか?」
 近くいた北神 ほのかにたずねる。
「確かに焼き肉用にしては小さく切ってあるよね」
 そこへ料理上手なミハイルさんが解説を始める。

「きっとこれは焼き肉用のカルビじゃなくて、こま切れ肉だな☆」
 頼んでもない説明をどうもありがとう。
 おかげでメシが不味くなりました。


「まあただでさえ三ツ橋より、生徒の人数も少ないから金がないんだろな」
 俺がそう言うと、宗像先生がイスから立ち上がった。
「新宮! 失礼なことを言うな! 今回の焼き肉は三ツ橋高校から提供してもらっているんだぞ!」
「え? つまり、三ツ橋高校の校長先生が俺たちのために?」
「バカモン! 私が昨日の晩に三ツ橋高校の食堂からかっぱらってきたに決まってんだろが!」
 犯罪じゃねーか。

「じゃ、経費で何を使ったんですか?」
「全部、酒とつまみだ」
 宗像先生はテントの奥からスーパーのビニール袋をたくさん持ってきた。
 ブルーシートにつまみをぶちまける。
 と言ってもほとんどが豆だの干物とか、缶詰、キムチ、たくわん……。
 上級者向けのおやつですね。


 こんなもんに俺たちの学費は使われたのか……。
 退学をそろそろ申請したい。


「ま、良くないですか?」
 そう声を上げたのはブルマ姿の赤坂 ひなた。
 ちゃっかり、俺の左隣に座っている。
 しれっと太ももが俺の足にピッタリくっついて、思わずドキっとしてしまう。

「良くないだろ? 三ツ橋の食堂から食材を無断で使うとか。宗像先生、懲戒免職処分食らうんじゃないか?」
 現実になったらいいのにな~
「大丈夫ですよ、うちの校長先生ってけっこう心広いですし」
 神対応で草。

「そうだぞ、新宮! 滅多なことを言うんじゃない! だから黙って食え!」
 お前の職に関わることだから、必死になっているんだろうが。
「ですが、宗像先生。さすがに酒はまずくないですか? 一ツ橋の生徒たちは未成年も多いでしょ?」
「ああん?」
 顔をしかめて、俺の目の前にドシン! と座ってあぐらをかく。

「いいか、新宮。大半の生徒たちは既に職についている学生が多い。よって学費は自腹だ。お前もその一人だろ?」
「まあ、そうですけど」
「なら未成年だろうと喫煙や飲酒は私たち教師では止められない」
 それ重症の中毒患者ですよ。
 アル中病棟、紹介しましょうか?

「それは人によりけりでしょ?」
「確かに新宮のようなぼっちで根暗な仕事をしているやつじゃ、わからんだろうな」
 頭を抱える宗像教師。

 というか、新聞配達をディスするな!
 店長に謝れ!
 夜中に一回、配ってみろ! 誰もいない住宅街は超怖いんだぞ、暗くて。

「そんな俺だけが珍しいみたいな言い方……」
「あのな、新宮。わかってやれよ、あいつらのことも」
 そう言うと、既に顔を赤くして出来上がっている不真面目組を指差す。

 千鳥 力に至っては裸踊りを始めていた。
 マッチョでいいケツしてんなー ってその気がある方なら嬉しいでしょうね。

 隣りでギャルの花鶴 ここあはテントを支えているパイプを使ってポールダンスを始めていた。
 パンツ丸見えで周りのヤンキーたちがヒューヒュー口笛をならす。

 無法地帯。半グレ集団の集まりじゃないですか?
「アレのことですか?」
 俺は呆れながら、答えた。
「そうだ、あんなバカな奴らだって苦労してんだよ。毎日重労働して、たまに勉強してだな……」
 今、たまに言ったよね? 毎日しろよ。

「だからな、仕事していたら、成人の先輩や上司、同僚と飲んだりする機会も増えるわけだ」
「つまり付き合いで飲んでいると?」
 ブラック企業じゃないですか。そこは社内で厳しくしましょうよ。
「ま、そんなとこだ。だから、未成年であろうと奴らは必死に毎日働いて自分の金でメシを食っているやつらだぞ? 立派な社会人だろう」
 宗像先生の言いたいことは衣食住を全て自分で払っているので、大人として認識しろと言う事なのだろう。

「なるほど……」
「だいたい、お前も大学とか言ってみろ。18歳で普通にコンパで酒飲ませられるぞ?」
「え、そうなんですか?」
「そうだぞ、先輩の言うことを聞かないとハブられるしな」
 うわぁ、大学に行かないようにしよっと。

「タクト、二十歳になったら一緒にお酒飲もうぜ☆」
 ミハイルが言う。
「は? 俺は別に酒を飲みたいわけじゃないぞ?」
「え、同い年の力やここあが飲んでいるから、うらやましいんじゃないの?」
 一緒にするな、あんな奴らと。

「いいや、俺は物事を白黒ハッキリさせないとダメな性分だと言っただろ。だからああいうのは嫌いなんだよ」
「じゃ、アンナが大人になったら……一緒に飲んでくれないの?」
 瞳を潤わせて、上目遣いで見つめる。
「まあアンナが二十歳になるまで待つよ。2歳下だしな」
「そ、そっか……同級生だから年の差、忘れてたや☆」
 おいおい、今度はブルーシートがお友達に追加されたぞ。
 顔を赤くしてモジモジしながら、ウインナーを咥える。
「あむっ、んぐっんぐっ……ハァハァ、おいし☆」
 わざとやってない? そのいやらしいASMR。


「さっきから聞いてりゃ、男同士でなにやってんのよ!」
 振り返ると顔を真っ赤にしてこちらを睨む北神 ほのかがいた。
「ど、どうした? ほのか」
「うるせぇ! さっさと絡めってんだよ、バカヤロー!」
「バ、バカヤロー?」
 一体どうしたんだ、ほのかのやつ。

「そうっすよ、センパイ! アンナとか言うチートハーフ女、どこにいるんすか? ぶっ飛ばしてやるよ、コノヤロー!」
 先ほどまで静かにジュースを飲んでいた赤坂 ひなたまで顔が真っ赤だ。
「コ、コノヤロー?」
 こいつらどうしたんだ?

 俺に詰め寄るほのかとひなた。
 気がつけば、二人に抱きしめられていた。
 わぁーい、おっぱいとおっぱいがほっぺに当たって気持ちいいな~
 とか思うか、バカヤロー!

「うーん、琢人くん~ 尊いやつめ」
「らめらめ! センパイは私の取材相手なんだから!」
 俺の耳元でギャーギャー騒ぐメスが二人。
 北神 ほのかと赤坂 ひなただ。

「なによ! 私だって取材相手なんだからね! BLと百合とエロゲーの!」
 頼んでないし、お前のは強要だからね。
「ハァ!? それを言うならこっちはリアルJKの取材よ、制服デートもできるわよ!」
 なんか限りなくグレーなリフレに聞こえます。

 言い合いになっている間もほのかのふくよかな胸と、ひなたの微乳が俺の顔を左右からプニプニ押し付けあう。
 おしくらおっぱいまんじゅうでしょうか?
 巨乳嫌いな俺からしたら、ひなたの微乳が圧勝です。

 だが、それを『彼』が黙って見ているわけがない。
「おい、ほのか、ひなた! タクトから離れろよ!」
 ミハイルはかなり興奮しているようで、思わず立ち上がる。
 急いでほのかとひなたを俺から力づくで引き離す。

「二人ともどうしたんだよ!」
 すると口火を切ったのはほのかの方だった。
「あー? うるせぇんだよ、せっかくミハイルくんと琢人くんをキスさせようとしてたのに!」
 さすが変態女先生。
「キ、キス!?」
 思わぬ返答で脳内パニックが起きるミハイル。
 今までにないくらい、顔を真っ赤にさせている。煙が出そうだ。

「そうよ! あなたたちが尊いから、キスするところみたいの!」
 セクハラかつジェンダー差別です。
「オ、オレとタクトが? 男同士だからできないよ……」
 急にトーンダウンしたな、ミハイルくん。
「いいえ、性別なんて関係ないわよ、バカヤロー!」
 怖いな、宗像先生の影響かしら。
「そうなの?」
 納得したらあかんで、ミーシャ!
「当たり前でしょ! 可愛いが正義。私は琢人くんとミハイルくんが絡まっている姿を見るのが楽しいよ!」
 結局はてめえの創作活動や偏った性欲を俺とミハイルにぶつけているだけである。
「からめる? なにを?」
 いかん、その言葉を理解しては善良な学生が腐ってしまう。
 ここは俺が阻止せねば。

 咳払いをして、俺が間に入る。
「いいか、ミハイル。その言葉は知らなくていい。それよりもほのかにひなた。お前ら今日は一体どうしたんだ? さっきから言動が支離滅裂だ」
 するとひなたが何を思ったのか、体操服を脱ぎだした。
 小麦色の焼けた素肌とドット柄の可愛らしいブラジャーが露わになる。
「あー、あつい!」
「ひなた、お前なにしてんだ?」
「センパイだにゃ~ん ゴロにゃーん」
 といって、俺の股間に顔を埋める。
「ん~ センパイのにおいがするにゃーん」
 グリグリと鼻を俺のデリケートゾーンにこすりつける。
 やめて、なんかその言い方だと、俺が小便臭いみたい。

「ああ! タクト、女の子になにをさせてんだよ!」
 ナニをと言われても、返答に困りますよ、ミハイルさん。
 誤解されるじゃないですか。
「ミハイル、勘違いするな。ひなたのやつが勝手に……」
 そこへほのかがまた近寄ってくる。
「うへぇ~ 生JKのブラジャーだぁ」
 鼻血を垂らしながら、赤坂の裸を食い入るように眺める。
「ほのか、見てないで助けてくれよ。お前らどうしたんだよ?」
 俺は二人のキテレツな行動に違和感を感じていた。

「にゃーん、センパイ。またデートするにゃーん」
「デヘヘ、JKのブラ、ブルマ……おかずだ~」

 これは……あれだ。
 酔っぱらった母さんやミハイルの姉貴、ヴィッキーちゃんと同じような症状だ。
 つまり、酒を飲んでいるな?

「ミハイル、お前こいつらなにを飲んでいたか、知っているか?」
「え? ジュースだろ」
「いや、こいつら酒を飲んでいるぞ」
「ええ!? そんな……」
 俺とミハイルは辺りを見渡した。

 するとそこには地獄絵図が……。

「デヘヘヘ……あすかちゃーん!」
「あ・す・か!」
 大ボリュームでアイドルの曲を流しながら、オタ芸を始める日田兄弟。
 他にも真面目組の奴らが口喧嘩したり、掴み合い、殴り合い、泣き出すものまで。
 ここはどこの安い居酒屋でしょうか?


「いったい……どうなっているんだ?」
「わかんないよ、タクト。なんでオレたちだけ平気なの?」
 ミハイルはこの世の終わりを見てしまったかのような顔で震えている。
「わからん、宗像先生はどこに行った?」
「うーん、さっきまでいたけど」
 しばらくテントの中を探していると、バーベキューを担当していた男性教師たちが宗像先生にからまれていた。

「おい、こら! じゃんじゃん肉を焼け! つまみが足らん! そして、お前らも飲まんか!」
「ひぃ、勘弁してくださいよ、宗像先生……」
「ああ? お前らを大学まで入れてやったのはこの私だぞ! 雇われたからには黙って肉を焼け!」

 たしか、ほのかのやつが言っていたな。
 一ツ橋のスクーリングに来る教師はOBが多いと。
 つまり宗像先生の元教え子でもあるのか。
 ブラック校則でブラック企業か。
 俺は進学をあきらめよう。

「ったく、お前らは生徒時代からノリが悪いな! ほら、酒を飲まんか!」
 ハイボールを無理やり男性教師の口に押し付け、強制一気飲み。
「うぐぐぐ……」
「へへ、飲めるじゃないか、バカヤロー!」
 苦しんでいる姿に笑みを浮かべる宗像先生は恐怖しか感じない。
 いや、狂気だ。

 するとあら不思議、さっきまでうろたえていた男性教師が叫び出す。
「あークソが! やっすい給料で日曜日出勤とかやってられっか!」
 酒の力でブチギレると肉をコンロの上に目一杯乗せると火力を上げて、焼きだす。
 ヤケクソなんだろうな……。 
「ほぉ、いい感じだな。それでこそ、私の教え子だ」
 なぜか満足そうにその姿を見つめる宗像先生。
 
 気がつけば、俺とミハイル以外は全員、酔っぱらっていた。
 真面目な生徒たちもヤンキーグループも教師も……。
 なぜこうなった?

 宗像先生が半焼けの肉を持ってくると俺たちの前に座った。
「よっこらっしょと。あれ、新宮。三ツ橋の生徒にナニをさせているんだ?」
 この人は少し頬は赤いがあまり酔っていない様子だ。
 普段からコーヒーにウイスキーを混ぜている疑惑もある。
 アル中で耐性ができているのかもしらん。

「ナニもさせてませんよ! 酔っぱらってんですよ、ひなたも。先生、なんでみんな酔っぱらってるんです? 俺たちはジュースを飲んでいたのに」
「ありゃりゃ、本当だな」
 宗像先生も知らないようだ。
「なにか心当たり、ありません?」
「ふむ、そう言えば、さっき生徒たちがジュースがなくなったっていうんでな。私が持っていたみかんジュースを注いでやったな」
「先生が持っていたジュース?」
 こいつがノンアルコール持っているとか、既におかしい。

「それ、いつから持ってます?」
「ああ、一か月前にウイスキーで割ろうとして近所のスーパーで買っておいたんだよ。安かったからな」
「あの何回か、そのみかんジュースで割ってません?」
「そう言えば……やったかも」
 お前が犯人だ!
 ジュースにウイスキーを入れておいて、忘れたままだったんだよ!

「ミハイル、お前はみかんジュース飲んでないか?」
「うん、オレはいちごミルクが好きだから」
 こういう時、いい子なんだよ、ミハイルちゃん。
 俺は胸を撫でおろした。
 ミハイルが酔っぱらっていたら、第二人格のアンナちゃんが出てくる危険性があるからだ。

「宗像先生、どうするんですか? みんな酔っぱらってますよ。このまま返したら親御さんに叱られません?」
 俺が指摘すると宗像先生は急に顔を真っ青にして、慌てだした。
「ど、どうしよう! 新宮、私解雇されたくない!」
 知るか、クビになっちまえよ。

 それよりも俺がずっと気にしているのは股間に顔を埋める現役JKの赤坂 ひなたのことだ。
「にゃーん、センパイ。ぐひひにゃーん」
 ネコ科だったのか、残念、俺は犬派でした。