きょうはにちようび、ぼくはいまからだいすきなおんなのこ。
かわいい、かわいい、アンナちゃんとえんそくにいくんだ!
あー、おひさまがはれててよかったなぁ♪
「アホか、俺は……」
電車内で暇だったのでラブコメ用のプロットを書いていたら、幼稚な日記になっていた。
真島駅から二駅で目的地の梶木駅に着く。
L●NEでアンナは珍しく先に梶木で待っているとのこと。
俺は電車から降りて、駅舎から出る。
すると近くから声をかけられた。
「タッくん、おはよう☆」
振り向くと、アンナの姿が。
今日も戦闘態勢万全だ。
ブロンドの長髪を三つ編みにして首元で二つに分けている。
左右にリボンがついたプリーツのミニスカートに、ピンクのレースだらけのブラウス。
足元はピンクのローファー。
両手には少し大きなピクニックバスケット。
可愛い。マジ天使。
毎回だが、見とれてしまう。
「ああ、おはよう。アンナ」
「じゃあ、タッくん。さっそくかじきかえんにいこう☆」
そうだった、今日の取材はなんと遊園地。
しかも、ただの遊園地じゃない。
幼児向けの遊園地と言ってもいいだろう。
なんせ幼稚園でどこに遠足に行く? と聞いたら、皆声を大にして言うだろう。
「かじきかえん!」と。
それぐらい、おこちゃま向けなんだ。
だからして、俺とアンナ……いや、大の男が二人して遊びに行くのはちょっとためらいがある。
恥ずかしいんだよ、素直に。
「さ、いきましょ☆」
アンナに強引に手を引っ張られて、梶木のセピア通りを歩いた。
その後、通りを抜け、国道に出ると近辺にある女子大のところで細い道へと曲がる。
女子大の校舎裏を歩いていく。
左手を見ると線路があり、JRではなく西鉄線の小さな路線だ。
木々と学び舎に囲まれながらしばらく道を歩いていると、かじきかえんが見えてきた。
「うわぁ、かじきかえんだよ! タッくん☆」
目をキラキラと輝かせて、喜ぶアンナさん。
あんた、年いくつ?
「かじきかえんだな……」
まぎれもなく。
遠く離れていても、子供たちの歓声や叫び声が聞こえる。
ジェットコースターだのコーヒーカップだの……。
と言っても、遊園地的にはレベルが低い。
なぜならば歴史も古い遊園地だし、かじきかえんと言う名からして、元々は梶木花園という名称だったのだ。
つまり、園内にある花々を楽しむのがかじきかえんの本来の目的と言えよう。
だから幼児向きなんだよ。
幼児は高層からぶっ飛ばすジェットコースターなんて必要ないだろ?
それに乗れないじゃん。
入口に着くと以外にも長蛇の列。
ほぼ、家族連れ。
それも小さな子供を連れた若い夫婦や孫を連れたおばあちゃんなど。
カップルなんてほぼいない。
なんか悪目立ちしてね?
俺とアンナは園の入場券とフリーパスを購入し、門をくぐった。
すぐに目に入ったのは観覧車。
と言っても、大型の遊園地に比べれば、小さなものだ。
アンナと言えば、入場する際にもらったパンフレットを開いて、「まずはどこにいこっかぁ」とワクワクしているようだ。
「どれ、俺にも見せてくれ」
なんせ10年ぶりぐらいだかな。
子供の時に来た時よりも遊具や施設がだいぶ変わっていた。
地図を見て俺は驚愕した。
「なん……だと!?」
かじきかえんという名称のあとに書かれていたのだ。
『バルバニア ガーデン』と。
バルバニアと言えば、バルバニアファミリーで有名な女の子向け玩具のことだ。
ウサギやらネコやら可愛いらしい人形たちを、おままごとに遊ぶことを主体としている。
注意、主に女の子が扱います。
「どうしたの?」
アンナがキョトンとした顔で俺を覗く。
「だって……バルバニアファミリーがなんでかじきかえんに?」
それもそうだ。
かじきかえんといえば、ハチのマスコットキャラ『ピートくん』が既にいるじゃないか?
なぜ、バルバニア?
そんなメジャーキャラだったら、ピートくんが殺されるぞ!
「え? バルバニアがあるから来たんだよ?」
当然のように答えるアンナ。
マジ? それが目的なの?
「なぜだ?」
「だってバルバニア、可愛いでしょ☆ 昔から大好きだったんだぁ☆」
あー忘れてた、姉のヴィッキーちゃんの英才教育のこと。
「つまりあれか? バルバニアとコラボしたから、かじきかえんで遊びたかったのか?」
「ううん、別にそれだけが目的じゃないよ? かじきかえんって昔はよく家族と来たから、タッくんとも来たくて……」
どこか遠くを見るような目だ。
きっと死んだ両親のことを思い出しているのだろう。
つまり、家族と共有した楽しみを俺とも分かち合いたい……ということかもしれないな。
「なるほど……俺は保育園の遠足ぶりだよ。実に10年以上前だ」
ていうか、小学生になってからは行こうとも思わなかった。
「そうなんだ☆ ならほぼ初めてみたいなもんだよね☆ アンナに任せて! ちょくちょく一人で来てるから☆」
マジかよ! ミハイルモードでこのおこちゃま遊園地を一人楽しむとかどんだけぼっちなんだよ。
なんかかわいそう。
「そ、そうか……じゃあ、まずどこで遊ぶ?」
「うーん……やっぱり汽車ぽっぽから始めよう!」
「え?」
なにその遊具、そんなダサい名前の遊具聞いたことないぜ?
「ほら、あれだよ☆」
と言って彼女が指差したところには入口からすぐ右手にある鉄道機関車。
その名も『森の鉄道』
いや、全然名前違うじゃん。
改名すんなよ、アンナ。
「ああ、なんか幼い頃に乗ったことがあるような……」
だから汽車ぽっぽなんておこちゃま用語が出てきたのか?
「そうそう、あれに乗るとテンション爆アゲだよ☆」
「へ、へぇ……」
俺とアンナが森の鉄道に向かうとすでに先客がいた。
主に鼻水垂らしているような赤ちゃんとかオムツがズボンからモッコリしているような、がきんちょ共。
大人と言えば、マザーやファーザー。
俺たちみたいな大きなお友達なんて、誰もいないぜ。
「楽しみだね、タッくん☆」
「そうだな……」
前を見ると抱っこされた赤ちゃんが俺たちを見て、指をくわえていた。
無言で見つめている。
まるで、「てめぇら、来るところ間違えてやせんか?」とでも言いたげだ。
なんかめっさ恥ずかしいし、罪悪感すら覚える。
俺たちの番になり、大人二人がどうにか入れる機関車の中に入る。
ギッチギチ。
アンナの細くて白い太ももがビッタリ俺の足にくっつくほど。
これはこれでアリだな……。
恥をしのんで待ったかいがあったってもんだぜ。
「それでは、よいこのみなさーん! しゅっぱつしますよ! 立ったり暴れたりしないでくださいね~!」
スタッフが律儀にも事故のないよう、注意してくれる。
この年で暴れたら、ヤバいやつだろ……。
「しゅっぱーつ! いってらっしゃーい!」
ポーッという音と共に汽車は走り出した。
と言っても、ものすごーく緩やかなスピードで。
「走ったよ☆ タッくん!」
「そ、そだね」
正直浮いていた。
走り出すと外で待っている幼い子供たちやお父さんお母さんたちがじーっと俺たちを物珍しそうに見ていた。
別に悪意なんてないのだろうが、明らかにこの遊具は幼児向けだからな。
待っている身からしたら、「お前らの遊ぶとこじゃねーだろ」と突っ込みたい気持ちがよくわかる。
そんな俺の葛藤をよそにアンナは嬉しそうに汽車ぽっぽを楽しんでいた。
機関車と言ってもそんなに敷地があるわけでもなく、所々にバルバニアのキャラやピートくんの人形が立っていて、それを子供たちが指差して「あーあー」だの「バルバニ!」だの興奮して叫んでいた。
そう、やはりここは俺たちのような第二次性徴を終えた人間の遊ぶところではない。
だがアンナちゃんは違う。
「見て見て! バルバニアだよ! 可愛い~」
そう言って、スマホで写真を撮る。
やめてぇ、アンナさん。
なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。
かじきかえん先輩、思った以上に難易度高めです。
楽しい楽しい汽車ぽっぽこと森の鉄道を遊び終えると、次なる遊具を探しだすアンナ。
「次はどうしよっか☆」
めちゃくちゃ楽しそうで何より。
森の鉄道を出てすぐに見えたのが、大きなジェットコースター。
小規模な遊園地にしてはかなり高い。
その名もペガサス。
俺はまだ流星拳も覚えてないのに……。
「次はジェットコースターにしようよ☆」
「ま、マジか……」
俺ってこういうの苦手なんだよなぁ。
アンナに手を握られ、強引にペガサスの乗り場まで連れていかれる。
「早く早く!」
「そんな急がなくても……」
本当、おこちゃまだな、アンナは。
先ほどの森の鉄道とは違い、ペガサスは年齢制限や身長などの規定があるため、幼児は少なく割と空いていた。
階段を昇り、すぐにジェットコースターの座席に座る。
それも一番前。
「ドキドキするぅ☆」
言いながら、めっさ嬉しそうやん。
俺はと言えば、けっこう緊張していた。
と言うのも、以前来た時は幼かったため、ジェットコースターは未経験だからだ。
そう思っているのも束の間、車輪が動き出す。
不気味にガタガタ……と車体が揺れ、俺の鼓動は早くなる。
「アンナは怖くないのか?」
「え? アンナ初めてだから、楽しみ☆」
マジかよ。
ジェットコースター童貞同士仲良くしようぜ。
次第にコースターは高く高く空へと昇っていく。
気がつくと、かじきかえん近くの梶木浜の海が見える。
「わあ、キレイ……」
「本当だな」
二人で景色に感動したと思った瞬間、コースターが勢いよく落下。
風と重圧で押し潰れそうになる。
「うおおおおお!」
思わず、叫んでしまった。
だが、思っていたより怖くない。
むしろ、スピードと縦横無尽に暴れまわるジェットコースターが爽快に感じた。
「楽しいな、アンナ!」
ふと隣りの彼女に目をやると先ほどの威勢はどこにいったのか。
当の本人は目をつぶって歯を食いしばっていた。
「うう……」
なにかを我慢している様子だ。
「いやああああああああ!」
甲高い叫び声だ。
まるで女のよう。
あ、今は一応女の子だったね。
「タッくん~ アンナ、怖いいいい!」
ええ、マジで? 楽しくね、これ。
気がつくとアンナは俺の左手を握っていた。
それもかなりの強い力で。
「いててて!」
ジェットコースターよりアンナさんの握力の方が破壊的です。
「いやあああああ!」
彼女の叫び声が大きくなる度に握力も強まる。
指の骨が折れそうなくらい。
「ってええええ!」
これがエンドレス。
気がつくとジェットコースターを楽しむ余裕もなく、俺は痛みとの格闘で楽しむどころではなかった。
「お疲れ様です~!」
スタッフの案内で地獄の拷問ジェットコースターは終わりを迎えた。
なんて、ヤバイ遊具なんだ。
二度とごめんだ。
「はぁはぁ……」
アンナは肩で息をしている。
だが、それは俺も同様だ。
「ぜぇぜぇ……」
二人とも顔色を真っ青にして、ジェットコースターから降りた。
「怖かったねぇ」
いや、あなたが一番怖かったよ。
「そ、そうだな……ジェットコースターはもうやめておこう」
永遠に。
その後、いろんな意味で憔悴しきった俺たちは、「今度は緩めのやつにしよう」と互いに合意し、なるだけ優しい遊具を探した。
ジェットコースターを出て、しばらく園内中央へと向かうと幼児向けと思われる小さな遊具がたくさん見えてきた。
「あれなんかどうかな?」
アンナが指差したのはとても小さな遊具。
その名も『ウォーターショット』
乗り物から水を放出するウォーターガンがあり、時計回りに一周する。
そして、回っている間に的を水で射る……というとてもシンプルかつおこちゃまな遊具だ。
まあこれなら先ほどのような拷問はありえないだろう。
「よし、これにしよう」
早速、二人して仲良く乗り物に乗る。
ウォーターガンはふたつある。
「勝負だ、アンナ」
「うん☆ 勝ったらどっちのお願いを聞く権利ね☆」
「へ?」
俺が驚いたときには勝負の幕開け。
アンナはものすごいスピードで銃を構えて撃つ。
水は勢いよく、可愛らしいゾウさんやらネコちゃんたちのパネルをバシバシと倒していく。
「なっ! アンナ、まさか経験者か?」
「だってこれは来たら必ずやってるもん☆」
へぇ、ぼっちでこれやってんの? 最強のメンタルじゃん。
周りの人、見ろよ。
大半が幼児だぜ?
「俺も負けてられん!」
ウォーターガンを構えて引き金を引く。
しかし、水は思うように出なかった。
アンナのように勢いがない。
引き金をひき続けると、水が自動的に水量を制限する仕組みのようだ。
ちょぼちょぼ……とまるで、老人の小便のような勢いだ。
なんて情けない。
「なぜだ?」
するとアンナが勝ち誇った顔で言う。
「これはね、すごくクセがあるんだよ? 一定の間を置きながら引き金を引かないと強く出せないの」
言いながらも次々、的を倒していくアンナ。
その姿、まるでキイヌ・リーブスの『ジョン・ヴィック』みたい。
超イケメン暗殺者じゃん。
良かったじゃん、就職先決まって。
アングラだけど。
「負けてられるか!」
俺も負けじと連射するがやはり勢いが足りず、的には当たるが、倒れない。
なんて高等テクニックなんだ!
こんな難易度の高い遊具を幼児が遊ぶのか?
かじきかえん……侮れない。
そうこうしているうちに、一周回ってしまい、バトルは終了。
アンナが30個以上倒したのに対し、俺は5個ほど。
完敗だ。
乗り物から降りて、園内を歩く。
「くっ! 俺の負けだ!」
おこちゃま遊戯だと言うのに、なんなんだ? この屈辱は……。
「はい、じゃあアンナのお願いを何でも聞いてくれるんだよね☆」
優しく微笑むがこの顔、計画犯。
こいつは事前にウォーターガンのくせを認識していた。
最初から俺が負けること前提の勝負だったんだ。
「う、うむ。負けたのは事実だ。願いを聞こう」
「う~ん、じゃあねぇ……」
人差し指を顎に当てて、何かを考える。
「アンナの好きなところを10個教えて!」
「は?」
なにそれ……。
「だからタッくんが好きなアンナの好きなところ☆ 容姿でも内面でもいいから」
ええ、ドン引き罰ゲームじゃないっすか。
男同士でそんなの言い合うなんて、誰得?
「わ、わかった……」
「じゃあ、あそこに座ってから教えて☆」
アンナが案内したのは円形の壁で覆われた長いす。
いすも壁同様に円形の形をしていて、10人ぐらいは座れるんじゃないだろうか?
園内にいる子供や親たちはみんな遊具ばかりに目がいって、こんなオブジェには興味がないようだ。
ま、ちょっとした休憩場所だな。
壁に覆われているため、前からしか人の目が届かない。
プライバシー保護されてますやん。
アンナは腰を下ろすと、隣りのスペースをトントンと叩き、無言の笑顔で誘う。
俺は命令通り、隣りに座るとアンナを上から下までなめまわすように見つめた。
好きなところを10個?
しんどいわ……どんなプレイだよ。
「さ、タッくん☆ アンナの好きなところを教えて☆ ゆっくりでいいよ、ゆーっくりで☆」
怖い、シンプルにホラーだわ。
なんか機嫌損ねることでも言ったら、殺されそう。
「おほん……そうだな、まずは奇麗な宝石のような瞳」
自分で言っていて超恥ずかしい。
「うん☆」
それを嬉しそうに噛みしめるアンナ。
「あとは透き通るような白い肌」
「うんうん☆」
アンナちゃんってけっこうヤバイ子だよな。
こんなこと外で言わせるとか。
「小さな唇」
「この口……好きでいてくれたんだ」
頬を赤らめる。
「ブロンドの髪」
「ふふ☆」
恥ずかしそうに肩をすくめる。
「俺好みのファッションセンス」
「今日の服も可愛いって思ってくれてるんだぁ」
THE・自画自賛。
「優しい」
本当はちょっと怖いけど。
「タッくんたら☆」
頭を左右にブンブンと振り回す15歳(♂)
「あとは……俺のことを慕ってくれていること」
「タッくん大好きだもん☆」
「そうだな、今のところこれぐらいだ……」
「ええ!? 10個じゃないじゃん!」
めっちゃキレてはる。
「仕方ないだろ、まだアンナと出会って3回目だ。残りはこれから見つけさせてくれ」
「え……」
言葉を失うアンナ。
「だってこれからアンナとは長い付き合いになるんだ。だからまた俺がアンナの好きなところを見つけたら、再度報告するよ」
俺がそう言うと顔を真っ赤にさせて、地面を見つめる。
「タ、タッくんのバカ!」
え? なんで?
「そ、そんなこと言われたら……」
自分で言わせておいて、バカとは一体なんなんだ?
めんどくせーな。
超絶恥ずかしい罰ゲームを終えると、俺とアンナはベンチを出た。
「次はどうしよっか?」
「そうだな……あれなんてどうだ?」
俺が指差したのは入口にフランケンシュタインとミイラ男の人形が設置してあるお化け屋敷。
と言っても、かじきかえんは対象年齢が低いため、二人の怪物もちょっと可愛らしいデザイン。
「え……あれに入るの?」
顔色を変えて絶句するアンナ。
「ん? おもしろうじゃないか?」
「そ、そうだね…タッくんがそう言うならアンナ、がんばる!」
両手で拳を作り、何かを決意する。
そんなに覚悟決める必要ある? あーた、元々ヤンキーだったろ?
もっと気張れよ。
「大事ないか?」
「だ、だいじょび!」
今日日聞かないセリフだね。
俺とアンナはお化け屋敷へと入っていた。
外から見ても建物は小さく。中に入ると更に狭い入口があった。
歩いて回るものばかりだと思っていたが、室内には二人乗りのコースターがあった。
「かじきお化け屋敷へようこそ! どうぞお乗りください!」
ハロウィンで仮装しました! ってレベルのチープなミイラ男の仮面を頭につけた女性スタッフが俺たちを手招く。
俺とアンナはそれに従い、座席に座るとシートベルトを閉めた。
なんだろう……絶叫マシンなの? これ。
スタッフが機械をコントロールするブースに入るとアナウンスが流れる。
「ほっほっほっ……若く可愛いカップルさん。よくぞ参られた」
誰がカップルじゃ、ボケェ!
「さあ……深淵の闇に飲み込まれるがいい!」
え? 中二病屋敷だったの?
「ひぃっ!」
思わず悲鳴をあげるアンナ。
今ので怖いか?
俺は痛々しく感じたけど。
ガタンとコースターがゆっくり動き出す。
黒いカーテンが開かれ、暗い奥へと進む。
お化け屋敷と言えば、自分で歩いて回るのがドキドキして楽しいものだが、これは自動的に進むから、まるで介護されているようで、腹が立つ。
俺のテンションはだだ滑り。
「まあこんなもんか」
かじきかえんだもんな。
マジ恐怖だとおこちゃまが二度と来れなくなるトラウマを植え付けられる危険性がある。
入ってもなんのことはない。
ドラキュラの人形が口からプシューと白い息を吐きだして「食べちゃうぞ~!」
と身体だけ前のめりに動く。
けど、俺たちのコースターまでは届かない。
超遠くない?
「いやあああ!」
その時だった。
アンナは血相を変えて俺に抱き着く。
「あ、アンナ?」
なぜだろう……ないはずのふくらみが俺の肘にあたっている。
微妙なプニプニ感。
絶壁じゃない……これは未成熟。
故に微乳だ!
「こ、こわい! 助けてぇ、タッくん!」
「は?」
助けるも何もドラキュラさんは俺たちのところまで手が届かないよ?
哀れな怪物くんじゃん。
「アンナ、こういうのダメなの! だから今はこうさせて!」
必死に目をつぶって、視界を強制的にシャットアウトしている。
そして、俺の左腕にグイグイと胸を押しつける。
まあ正確にはしがみついているに過ぎないのだが……。
「わ、わかった……」
役得!
俺は別の意味でドキドキしていた。
ああ、お化け屋敷最高!
「ぐわああ! 狼マンだぞぉぉぉ!」
所々、ペンキが剥がれた狼男が左右にグルグルと動く。
ただそれだけ。見ていて逆に可愛く思える。
シュールだな。
「きゃあああ!」
アンナの力が強まる。
そして、俺はアンナの微乳を楽しむ。
「アンナ、大丈夫か?」
「ううん! ダメッ、怖い!」
それでもヤンキーかよ?
半周終えたところで、天井からプシュー! と白くて冷たいガスが俺たちを襲う。
あー、気持ちいい。ちょっと暑かったからちょうどええわ。
「いやあああ! 気持ち悪い! なにこれぇ!」
いちいち反応良いよな、アンナちゃん。
「ただのガスだろ」
「絶対に違うよ! おばけの息だよぉ!」
へぇ、まだおばけ信じているんだ。可愛いじゃん。
その後も似たようなシュールかつキュートなおばけ達が俺たちを出迎えてくれた。
かなり古い人形みたいでけっこうボロボロなのが多かった。
なんか可哀そうになって涙が出そう。
このおばけたちも苦労したんだな……。
と俺が哀愁を感じているのを知ってか知らずか。
アンナは先ほどから一切目を開かず、悲鳴を上げている。
「いやあああ! 来ないでぇ!」
来ないよ、ていうか、俺たちに近づけない仕様だよ。
そうこうしているうちに、コースターは出口に到着。
眩しい日差しがお出迎え。
先ほどのスタッフがアナウンスを流す。
「どうだった~? 怖かったかい、お嬢ちゃん」
ちょっと楽しそうだな、スタッフ~。
「はぁはぁ……」
息切れするアンナ。
そんなに疲れたの?
「すまない、アンナ。怖がらせたみたいだな」
「ううん……取り乱してごめんね」
ちょっと涙目じゃん。
アンナ=ミハイルの弱点、ゲットだぜ!
俺とアンナはお化け屋敷をあとにした。
さすがのアンナもかなり疲弊していたようなので、次は軽めの遊具を選んだ。
その名も『スーパーチェアー』
実にシンプルな遊具で、中心に高い柱があり、円を描くようにチェーンで繋がれたイスがたくさんある。
要はこれに乗って、グルグル回るだけというとこだ。
ただ少し高く上昇するが。
「これなら怖くないだろ?」
「そうだね☆ 楽しそう!」
アンナの気分も上々。
俺たちは早速、イスに乗り込む。
ちょうど、二席ずつ並んでいて、仲良く隣りに座った。
スタッフの注意がスピーカーから流れる。
「動き出すと大変危険ですので、暴れたり、前の席を蹴ったりしないでください。しっかりチェーンを手に持ちお楽しみください」
言い終わるとブザーが鳴り、ガクンと動き出す。
ゆっくりイスは回り出し、時計回りに回転を始める。
自然と地面から足が上がる。
「うわぁ、気持ちいい☆」
爽やかな風を感じて、気持ちよさそうにするアンナ。
俺も笑っているアンナを見て、満足だった。
「ああ、確かにこれは気持ちいいな」
互いに見つめあって、喜びを分かち合う。
「この時が一生、続けばいいのに……」
アンナが聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で呟いた。
「え!?」
俺が聞き返すとアンナは「なんでもない」と笑っていた。
「それではただいまから更に高く上がりますので、お気をつけて!」
スタッフの声がスピーカーから流れると共に更に回転が強まり、身体は斜めになるぐらい上昇する。
チェーンも回転しだし、俺とアンナは互いにお見合いするような形になった。
「ははは! タッくんが見える!」
「そうだな!」
と俺たちが楽しんでいると下が何やら騒がしい。
「なんだ?」
遊具下にはたくさんのギャラリーができていた。
主に男。
スマホを構えて、こちらを見上げている。
「へへへ、パンチラゲット!」
「パンモロだろぉ~ これだからスーパーチェアーはやめられないぜ!」
「ぼ、ぼかぁ、ブルマの方が良かったなぁ」
ファッ!
よく見るとアンナのスカートが強い風でめくれていた。
それが下から丸見えということなのだ。
まずい!
いろんな意味で危険だ!
モッコリパンティがバレては何かとヤバイ!
「アンナ! スカートがめくれているぞ!」
「え?」
アンナはキョトンとしていて俺の慌てぶりに驚く。
「スカート! パンティだよ!」
「パン……いやあああ!」
やっと気がつくと彼女は必死にスカートを抑えて、パンモロを回避した。
まあ中身が男だからスカートの危険性に気がつかなかったんだろうな。
「んだよ! 隣りのやつ邪魔しやがって!」
「クッソカワイイぜ、あの子」
「ブルマ、ブルマ、ブルマ……」
お前ら全員クズだな!
その後アンナは顔を真っ赤にさせて、終始黙り込んでいた。
せっかく楽しんでいたのに可哀そうだな。
スーパーチェアーは静かに回転を止めた。
イスから降りるとアンナは地面を見つめたまま、黙って出口へ向かう。
俺は慌てて彼女のあとを追った。
「アンナ、大変だったな……」
振り返った彼女は涙を流していた。
「ひっく……いろんな男の人に見られちゃったよ……」
男同士だからよくね?
「ま、まあ男という生き物はそんなヤツが多いからな」
かくいう俺もな!
「タッくんにしか見られたくなかった……」
「え?」
「アンナってまた汚れちゃった?」
そんなこと、俺に聞かれましても。
修正するには俺がスカートの中を確認すればいいのでしょうか?
アンナは例のパンモロ事件以来、すっかり落ち込んでしまった。
「なあアンナ……そう気を落とすな」
「だって、タッくん以外の人に見られたんだもん!」
そこ? 落ち込むところ。
「ま、まあアクシデントだからして……」
「タッくんのいじわる!」
プイッと首を横に振る。
いや、なんで俺が悪いのが前提なの?
おかしいな、何にもしてないぜ。
しばらく歩いていると、園内の中央部に出る。
そこは色とりどりの花々が咲き誇っている。
「うわぁ、キレイ☆」
アンナの表情に笑みが戻る。
はぁ、よかった。
「確かに絶景だな」
なんてたってかじき花園だからな。
パンジー、チューリップ、ビオラ、ノースボール、アリッサム、ストック。
どれも生き生きとしている。
通称フラワーガーデン。
だが、バルバニアファミリーとコラボしているせいか、所々に等身大の人形があちらこちらに置いてある。
そしガーデン入口ではメインキャラがお出迎え。
うさぎの女の子、バル。リスの男の子、ニア。
着ぐるみの二匹が幼い子供たちとタッチしたり、親子で写真を撮影していた。
「あ! バルちゃんとニアくん!」
急にテンションがあがるアンナ。
あーた、もうそういう年じゃないでしょ? 控えなさい。
「タッくん、アンナたちも二人と遊ぼうよ☆」
「え?」
マジかよ、周りガキんちょばっかじゃん。
なにこのクソゲー。
俺はアンナに半ば強引に手を引かれて、キッズの群れに加わる。
わぁい、おっ友達と並んで待つぞぉ~
じゃねぇーよ。
苦行だわ。
周りの親たちがチラチラとこちらを見る。
しんど!
そうこうしているうちに、俺とアンナの番になった。
すっかりかじきかえんのマスコットキャラと化したバルちゃんとニアくんが無言のお出迎え。
なんか喋れよ、バカヤロー。
身振り手振りで「ようこそ」とか「こっちおいで」とか意思疎通を取る。
だから喋れよ、寡黙症なの?
隣りにいたスタッフのお姉さんが通訳する。
「どうやらバルちゃんとニアくんはお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に写真を撮りたいみたいだよ~」
今なんつった?
お兄ちゃんだと……おめーの方が絶対年上だろう。
ふざけろ。
「いや~ん、可愛い~☆」
中身を知ってか知らずか、アンナはバルちゃんに抱き着く。
ちょっと軽く嫉妬。
残った片割れのニアくんが足でドンドンと地面を蹴りつけるというパフォーマンス。
どうやら野郎同士、寂しいようだ。
すると、ニアくんは頭に手を当てて何かを考える。
しばらく沈黙した後、手のひらをポンと叩く。
そして俺に手招きしまるで「来いよ~」と言いたげだ。
「いや……俺は」
ためらっていると通訳のお姉さんが横入りする。
「お兄ちゃんもニアくんとギューッてしてね♪」
「は?」
気がつくと俺はニアくんのモフモフバディに包まれていた。
あー、癒されるぅ~
なわけない。
着ぐるみの中から荒い吐息が聞こえてきた。
「はぁはぁ……しんど」
中身、おっさんで決定。
低くしゃがれた声の感じからして、中年。
そこは設定守ろうよ、ニアくん。
「も、もういいよ、ニアくん」
俺は中身のおっさんが心配で離れてやった。
するとニアくんもそれを素直に受け入れる。
いや、きついじゃん。この仕事、転職しろよ。
アンナの方を見るとまだバルちゃんと抱擁タイム。
中身がおっさんかも知らんけど。
だが、まだ幼い子供たちがたくさん後ろに並んでいた。
それを察してか、通訳のお姉さんが止めに入る。
「さあそろそろ写真タイムにしましょう!」
ああ、そうしてくれ。
早く終わろう。
アンナはちょっとスネた顔でバルちゃんと別れを惜しむ。
「じゃあ、お二人ともバルちゃんとニアくんの間に入って写真を撮りましょう! スマホかカメラあります?」
うまい誘導だな、通訳さん。
すかさず、アンナがスマホをお姉さんに手渡す。
「じゃあ、お二人とも。もうちょっとくっついて~!」
バルちゃん、アンナ、俺、ニアくんの順でフラワーガーデンをバックに、はいチーズ!
写真を二枚ほど撮り終えると一安心。
やっとこの苦行から解放される……と思ったのも束の間。
バルちゃんとニアくんが俺たちに向かって何やらジェスチャーを始める。
二匹の着ぐるみは「見てて」と手を振ると、互いに顔を合わせる。
なんと動物のくせしてキッスしやがった。
そして、俺たちに「ねっ」と首を縦に振る。
どうやらキス写真を撮れと言いたいらしい。
通訳のお姉さんもそれに乗っかる。
「うわぁ、バルちゃんとニアくんはラブラブだねぇ! じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんもチューしちゃおっか?」
ニヤニヤと笑うスタッフ(見た目20代後半)
そして、次を待つ親子連れ。
無言の圧力を感じる。
さっさと「キスしちゃえよ」と……。
アンナが俺に身を寄せて、上目遣いでこういった。
「する?」
「え?」
ナニをするんだよ。
「目をつぶってて」
ま、マジか。
俺は覚悟して瞼を閉じる。
そして、通訳のお姉さんが「じゃあ準備はいいかな? お姉ちゃん」と声をかける。
アンナは「はい……」と力なく答えた。
チュッ。
少し暖かくて柔らかい小さな唇を感じた。
「はい、チーズ!」
証拠写真は出来上がってしまった。
「もう目を開けてもいいよ」
瞼を開くと僅かに残る彼女の体温。
その箇所に触れる。
口ではなく場所は頬。
なんだよ、期待させやがって。
だが、人生初のほっぺキス、ゲットだぜ!
あれ? 男もカウントしていいのかな?
「それではスマホを確認してくださーい」
お姉さんがアンナにスマホを返す。
撮ってもらった写真を確認すると、俺の異常に気がつく。
頬にベッタリとアンナさんの口紅が。
こんなマンガみたいなキスマークあるんすね。
「……やったぁ」
アンナは小さな声で呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、あとでタッくんのスマホにもL●NEするからね☆」
頬は赤いが満足そうに笑う。
まあ機嫌がよくなったので、よしとしよう。
「そうか、なんかしらんが良かったな」
「うん、かじきかえんって最高だよね☆」
それはちと肯定しかねる、個人的に。
気がつくと待機していた親御さんたちが拍手していた。
「いいわねぇ、私たちもあの頃に戻りたいわ~」
「懐かしいな、思い出すよ」
「はぁはぁ……ママ、3人目作ろうか?」
いや、最後生々しいよ!
俺とアンナはその場を去った。
次に向かったのは小さな木製の家。
丸太を重ねたバルバニアのおもちゃを実物大にしたような外見だ。
その名も『森の洋服屋さん』
なんじゃこれ?
「ああ、ここ一度でいいからやってみたかったんだ!」
テンション爆上げのアンナちゃん。
「ん? 一体なにをするんだ?」
「ここはね、バルちゃんのお洋服を着れるんだよ☆」
「え……」
まさか、さっきの動物の着ぐるみに入るの?
「せっかくだから着てみたいなぁ」
「着ればいいじゃないか」
「え? いいの?」
「別に構わんさ。俺が着るわけじゃなし、アンナは女の子だろ」
という設定ね、あくまで。
「そ、そだよね☆」
今完璧女装しているの、忘れてたろ。
「じゃあ入ろう!」
中に入ると子供用から大人用までたくさんのドレスがハンガーラックにかかっていた。
ピンク、ホワイト、ブルー、パープル、レッド。
おまけにティアラとブーケのオプション付き(別売)
「どうしよう、迷っちゃう☆」
目をキラキラと輝かせて、ドレスを選ぶ。
「ねえタッくんはどれを着てほしい?」
「え? 俺?」
回答に困った。
「アンナはピンクかホワイトで迷っているの」
そう言って、ドレスのハンガーを二つ手に取り、交互に自身の身体に当てて、俺に見せる。
「どっちがいい?」
これが世に聞く彼氏チェックというやつか。
判断を間違えると女性がブチギレるらしいな。
いつものアンナならピンクだな……しかし、純白も見てみたいものだ。
ここは俺の勘を頼りにしよう。
「ホワイトだな」
「そっか……アンナはピンクがいいかなって思ったけど」
やべ、地雷踏んじゃったよ。
「でもタッくんが着てほしいっていうなら、そっちが一番☆」
さいでっか。
返して、俺の選択時間。
アンナはドレスとティアラを手に取ると写真スタジオの中へと入る。
靴を脱いで、俺にも「ほら、一緒に来て」と手招きする。
言われるがまま、絨毯の上に足を運ぶ。
スタジオの中はわりと広く、バルバニアファミリーのバルちゃんとニアちゃんの人形が飾ってある。
二匹の後ろには花々に覆われたお城の写真が背景となっている。
そして、左奥に更衣室があった。
アンナは「ちょっと待っててね」と言い残し、浮かれた様子で中へ入っていった。
~10分後~
更衣室のカーテンが開く。
俺は言葉を失っていた。
そこには俺がこの世で一番理想とする花嫁……いやお姫様が立っていたからだ。
アンナは純白のドレスを纏い、頭には銀のティアラ。そして手元には花束まで。
どこから持ってきたの?
「へ、変かな?」
チラチラとこちらを恥ずかしそうに伺う。
「変じゃない! 断じて変じゃないぞ!」
なぜか語気が強まる。
だってカワイイんだもん!
「タッくんって、こういうのが好きなの?」
首をかしげる姿も可愛い。
いますぐ婚姻届を出したいです。
「好き好き! 大好き!」
事実上の告白である。
「ふふ、タッくんたらおかしいんだ☆」
いたずらな笑みを浮かべる。
「じゃあアンナの写真撮ってくれる?」
「も、もちのロンだ!」
俺はスマホを手に取ると、レンズを彼女に向けた。
アンナはバルちゃんとニアくんの間に挟まれる形で、どこか清ました顔でこちらを見つめる。
ああ、なんか泣けてきた。
手のつけられないヤンキーがこんなに可愛く育っちゃって……。
早く結婚しよう。
「いくぞ、アンナ~」
「うん☆ 可愛く撮ってね☆」
俺は連射モードでバシバシ撮りまくった。
今日のアンナはなぜかポーズに変化がない。
別に恥ずかしいとかじゃなく、ドレスを着用しているため、きっとお姫様気分なのだろう。
それがまた愛らしく映る。
「いいぞぉ~ 可愛いぞ~」
俺は様々な角度から彼女を取り続ける。
その姿はまるでコミケのコスプレイヤーを撮りまくるカメラ小僧のように俊敏な動きだ。
「もう、タッくん。撮りすぎなんじゃない? データなくなるよ☆」
「問題ない! こんなこともあろうかとSDカードは1TB搭載だ!」
あとクラウドサービスのプレミアム会員だから、バックアップは万全の態勢だ。
俺たちがキャッキャッと写真を撮って遊んでいると、近くの女性スタッフに声をかけられた。
「あの……」
ヤベッ、悪ノリが過ぎたかな?
まさかアンナが男だとバレたか……。
「え、なんすか?」
「良かったらお二人の写真をお撮りしましょうか? せっかく彼女さんもドレスを着てるので、寂しそうじゃないですか」
「やだぁ☆ 彼女だなんて……」
頭を獅子舞のように左右にブンブン振り回すアンナちゃん。
しかし嬉しそうだね。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろんです」
女性スタッフにスマホを渡すと、俺はアンナの隣りに立つ。
アンナは隣りに来た俺を見てすごく嬉しそうだ。
「はい、じゃあ一枚目いきますよ~」
スタッフがそう言うと、なにを思ったのかアンナは俺の左腕に自身の細い腕を絡める。
ドレス越しだが、彼女の胸の膨らみが肘に伝わる。
俺はピシッと背筋を正した。
そう、まるで結婚式のような気分だった。
シャッター音が鳴り、俺は引きつった笑顔でフラッシュをたかれる。
「もう一枚、撮りますよ~」
ふとアンナの横顔を見ると彼女は満足そうにカメラ目線で微笑んでいる。
よっぽど、このスタジオが気に入ったようだ。
俺も彼女の期待に応えるべき、次は真剣な顔でシャッターを待つ。
バシャッ!
なぜか最後の一枚を撮り終えると、寂しい気持ちが俺の胸を覆う。
アンナも俺から腕を離すと、しゅんとしている。
そう、俺たちの関係は偽りのカップル。
どこまで頑張っても所詮は男同士。
いつか、本当に恋愛関係に至るところなんてない。
ましてや、結婚なてもってのほかだ。
儚い夢……わかっていた。
それでも、この一瞬は少しでも長く続いてほしい。
俺は間違っているのだろうか?
でも、この胸の痛みは本物だ。
「じゃ、じゃあアンナは着替えを済ませてくるね」
「お、おう」
アンナはそそくさと更衣室へ向かった。
「素敵な彼女さんですね」
そう言ってスマホを返すスタッフ。
「そ、そうですか?」
「はい、大変お似合いだと思いますよ」
「俺たちが?」
意外だった。
「ええ、彼女さん。きっと彼氏さんにゾッコンだと思いますよ」
「なんでわかるんですか?」
「女なら誰だってわかりますよ」
スタッフはウインクして去っていた。
いや、ちょっとだけ突っ込んでいいかな?
アンナは男じゃ、ボケェ!
「お、お待たせ……」
顔を真っ赤にしたアンナさんが再登場。
わかった、さっきの話を聞いていたな。
「うむ、さあ次いくか」
俺はスタジオから出て靴を履く。
すると背後から声をかけられる。
「あの……タッくんってさ」
振り返ると、不安げにこちらを見つめるアンナが。
「どうした?」
「好きな子とか……いないの?」
「え?」
それ聞きます!?
「んー、気になる子はいるかもな」
返答は敢えて濁した。
「ふ、ふ~ん、そっか」
何かを察したのか、彼女は笑みを浮かべる。
「じゃあいくぞ」
「あ、待ってよ、タッくん! 恋人を置いていく彼氏とか最低な設定だよ!」
ええ!? もう付き合っている取材関係なんすか?
どういう設定だよ!
「ああ、悪い」
俺は彼女に手を差し伸べる。
アンナは俺の右手に左手をそえると、ローファーに小さな足を入れる。
「ありがと☆」
紳士的対応する必要あんのかな?
だって相手も男だし。
俺とアンナは『森の洋服屋さん』から出ると、バルバニアガーデンに戻った。
スマホの時刻を見れば『11:45』
「もうこんな時間か……」
腹が減るわけだ。
「そろそろお昼にしない?」
「だな、じゃあ店を探すか」
ポカーンとする前に。
「その必要はないよ☆」
「え?」
「だってこれがあるもの!」
彼女は手に持っていたピクニックバスケットを掲げる。
そう言えば、園内に入ってからずっと持っていたよな。
「なんだそれ」
「えぇ、忘れたの?」
頬を膨らますアンナ。
ハムスターみたいで可愛いなちきしょう。
「なんのことだ?」
さっぱり記憶にない。
「お弁当作るって約束したじゃん☆」
そう言えば、そんなこと言っていたような。
「ほう、それは嬉しいな。なら俺が持つよ」
「え? 重たいよ?」
「構わん、こういうのは男が持つというルールがあってだな……」
「じゃあお言葉に甘えて☆」
アンナからバスケットを渡された瞬間、凄まじい重圧が俺を襲う。
手に持った瞬間、あまりの重さから地面に落としそうだった。
10キロ以上はあるな、これ。
「なにが入ってんだ?」
こんなもんを平気で持ち歩いてるとか、さすが伝説のヤンキーだな。
「ん~、ナイショ☆」
そう言って、人差し指を小さな唇に当てるアンナ。
へぇ、可愛いじゃん。
「ふむ、じゃあどこで食べる?」
「あそこの原っぱで食べよう☆」
アンナが指した方向はたくさんの木々に覆われた草原。
きっと桜の木だろう。
今はもう散ってしまったが、代わりに緑の木漏れ日がお出迎え。
家族連れも既にブルーシートを引いて、食事を楽しんでいた。
俺たちも空いている場所を見つける。
アンナはバスケットの中から可愛らしいネッキーとネニーのハートがふんだんにデザインされたビニールシートを取り出す。
こんな可愛いのに野郎二人で座るのかよ。
俺の戸惑いとは裏腹に彼女は鼻歌交じりで、バスケットからお皿を取るとシートの上に置く。
重たい原因その一、皿が紙製じゃなくて陶器。
そして大量のサンドイッチが出るわ出るわ。
胃袋は彼女じゃないね。
「たくさんあるから、一杯食べてね☆」
「ああ……」
いや、たくさんってレベルじゃねーから。
サンドイッチ、ポテトサラダ、タコさんウインナー、エビフライ、ハンバーグ、フルーツの盛り合わせ。
これ、全部俺とアンナで食うの?
まあ若いから食えるけどさ。
「デザートもあるからね☆」
ニッコリと微笑むアンナさん。
訳すと「お残しは許しませんで!」だろうな。
頑張って食べ切ろう。
「いただきます」
「どうぞ☆」
俺はまずサンドイッチから手をつけた。
いくつか種類があって、卵サンド、ツナサンド、レタスサンド。
どれにするか迷っていると、アンナが弁当箱から三つとも取り出して、皿に移す。
皿を俺に渡すと、次に水筒から何かをコップに注ぐ。
「ん? 飲み物まで用意していたのか?」
「うん☆」
渡されたコップの中は冷たいアイスコーヒーだった。
「まさか俺のために?」
だってブラックだし。
「タッくん、いつもブラックコーヒーばかり飲むから☆」
正直、驚いた。
あのヤンキーがここまで俺に気を使えるなんて……。
「あ、ありがとう」
なんかこっぱずかしい気持ちで卵サンドにかぶりつく。
味は少しコショウがきいていて、マスタードの酸味が旨味を引き出している。
「うまい……」
「良かったぁ☆」
俺は卵サンドを二口で食べ終えると、残りのサンドイッチもペロッと平らげてしまう。
「アンナがこんなに料理が上手かったなんてな」
「そ、そう? サンドイッチなんて誰でも出来るよ~」
頬を赤くして、もじもじする。
「ところでアンナは食べないのか?」
コーヒーにシロップとミルクをたっぷり入れていたが、取り皿に何ものせてない。
「あ、いや別にお腹空いてないとかじゃなくて……タッくんに初めて食べてもらうから緊張しちゃって。アンナ、料理あんまり上手くないし」
いいえ、すぐにお嫁に行けるレベルです。
「俺は一般的な料理の上手い下手なんて知らない。ただ、俺から言わせてもらえれば、このサンドイッチはうまい。シンプルに上手い。俺は嘘をつけないから、正直に言うぞ。めっちゃ上手い。お店出してもいいぐらいだな」
あー、俺って『食いログ』のレビュアーになれるんじゃね?
「う、嬉しい……」
驚いたことにアンナは涙を流していた。
すかさず、ハンカチを渡す。
男の子が人前でなくもんじゃ、ありません!
「アンナ、人に料理なんて食べてもらうの初めてだから、自信なくて怖くて……」
そこまで謙虚だと嫌味に聞こえるわ。
俺なんて卵焼きしか作れないし、イン●タにでも上げたら料理下手な女性からネットリンチにあいそう。
「俺は正直な感想しか言わんぞ。こんな上手いサンドイッチ食べたの初めてだ」
また褒め殺してしまった。
涙が止まらないアンナ。
さらに泣かしてどうすんだ、俺氏。
「良かったぁ」
涙は止まらないが、口元はずっと優しく緩んでいる。
そんなに嬉しいのか。
「なあ、次はハンバーグもらっていいか?」
しれっと話題を変えて、彼女の気分を変えられるように試みる。
「あ、うん。アンナが取るから任せて☆」
俺の目論見通り、微笑みを取り戻すことに成功した。
弁当箱からハンバーグを箸で取り、取り皿にのせる。
渡されてただのハンバーグでないことに気がついた。
デミグラスソースがたっぷりかかった分厚いハンバーグ。
しかも、ハートの形。
ラブが注入されてて草。
味を確かめると、中にはコリコリした感触が……。
「ん? なんだこの固いものは?」
するとアンナが人差し指を立てて、説明する。
「ゴボウだよ☆」
「ほう」
「ゴボウを入れると風味も良くなるし、食感もいいじゃない?」
知らんがな。初めて食ったんだもの。
「それをグツグツと長時間煮込んでみました☆」
お母さんかよ!
この弁当箱、よく見たらクオリティ高すぎだろ。
徹夜して作ってんじゃねーのか?
「頭が下がるな……俺だったらそんな面倒くさい料理作らんし、作りたいとも思わん」
「アンナも一人だったらこんなに時間かかる料理作らないよ☆」
「というと?」
「だって食べてくれる人のことを思って作るから料理は楽しいんだよ……」
そう呟くと頬を赤くして下に目をやる。
あ、なるほど、俺のことを想って徹夜で料理してくれたわけね。
重い、シンプルに重いよ!
「タッくんがたくさん食べてくれる姿、見ているだけでお腹いっぱいになりそう☆」
いや、食えよ。
「アンナ、いいか。料理ってのは一人で食うより、誰かと一緒に食うほうが旨いんだぞ?」
俺がそう言うとアンナは目を丸くしていた。
「そ、そうだよね☆ アンナもミーシャちゃんと食べてるとき美味しいもん☆」
ちょっと待て、それってもう一人の人格と食べているだけであって決して二人で食べてないよね?
ぼっち飯じゃん。
「アンナもタッくんといっぱい食べちゃお☆」
そして、彼女の胃袋にエンジンがかかる。
後はためらいもなく、二人して弁当を貪るように食い尽くした。
周りで食べていた家族連れからヒソヒソ声が聞こえてきた。
主にお母さん。
「ねぇ、あの子細いのによく食べるよね」
「若いからよ、私たちの年になればメタボよ」
「ブヒー! わだぢも煮込みハンバーグ食べたいブヒー!」
なんか最後、人外のものがいたような。
ていうか、ほぼおばさんのひがみじゃん。
俺らこう見えて10代の男の子なんで。
アンナちゃんは可愛いけど、中身は女子じゃないんで。
比較しないでください。
全て平らげると、アンナは「美味しかった~」と満面の笑み。
思い出したかのようにピクニックバスケットから保冷バッグを取り出す。
そのバスケット、四次元になってません?
保冷バッグの中からは保冷剤がたくさん出てきた。
「ん? なんだそれ?」
「これはね、デザート☆」
そういえば、さっき言ってたよな。
バッグの底から出てきたのは可愛らしいクマさんがデザインされた紙箱。
よく見ると『パティスリー KOGA』のロゴが。
アンナがケーキ箱を開けると中には新鮮なイチゴがふんだんに使われたショートケーキが二個。
「ケーキを買ってきたのか?」
「え? 違うよ、アンナが作ったけど」
マジかよ!?
「でも、その箱。ミハイルん家の店のだろう?」
「だってねーちゃんのみせ……」
と言いかけたところで、アンナは顔が真っ青になる。
手で口を隠すが、時すでに遅し。
ボロが出たな。
「ねーちゃん? アンナは独り身だろ?」
設定を保つため、修正してやる。
「そ、そうだよ!」
慌てふためく。ちょっとキレ気味だし。
「ミーシャちゃんのお姉ちゃんってこと!」
「ほう」
ヤベ、ちょっとおもしろくなってきた。
「ヴィッキーちゃんの店のキッチンを借りただけなんだからね!」
なんでツンデレモード入ってんの?
自分で墓穴掘ったくせに。
「さ、さあいいから食べましょ!」
アンナはケーキを突き出す。
早くこの話題を変えたいらしい。
「ふむ、頂くとしよう」
「うん☆ アンナも☆」
フォークを渡されて、すくうようにケーキを一口食べる。
「うまい……」
これを素人のアンナ……じゃなかったミハイルが作ったというのか?
いくら姉がパティシエとはいえ、プロレベルだ。
「美味しい~☆」
頬に手をやり、悦に入るアンナ。
「なあ本当に一人で作ったのか? ヴィッキーちゃんに手伝ってもらってないか?」
俺がそう言うとアンナはむぅっと頬を膨らます。
「一人で作ったもん! アンナ、ケーキは小さい頃から作ってたもん!」
鋭い眼つきで俺を睨む。
こういう時、野郎臭いんだよな。
「疑って悪かった。いや……あまりにもレベルの高いケーキに驚いてな」
「え……」
「つまり料理に続いてプロレベルと言いたいんだよ」
「タッくん」
言葉を失うアンナ。
「もう、タッくんたら☆ アンナのこと褒めすぎ!」
と言って人の肩を全力でバシバシ叩くのやめてくれます?
あーたの力、人並みじゃないから、プロレスラー並みだから。
昼食を済ますと、俺たちはかじきかえんの一番奥へと向かった。
今日は日曜日ということもあってイベントが開催されていた。
その名も『ボリキュア スーパースターズショー』
ニチアサで長年大人気の少女向けアニメだ。
と言っても、視聴者の9割は成人男性……という都市伝説もある。
「ああ、ボリキュアだぁ☆」
看板を見てテンションあがる少女じゃなくて少年。
15歳だから実質、大きなお友達だよな。
「ボリキュア見てんのか?」
俺は少し冷めた目でアンナの横顔を見る。
「うん、小さなころから憧れてたんだ☆ 幼稚園の時、ボリキュアになるのが夢って卒園式で叫んだなぁ」
いや、痛すぎる黒歴史じゃないすか。
だって、男の子でしょ?
「へぇ……」
俺は『マスクライダー BLACK』ぐらいしか見てないなぁ。
「そうだ、せっかくだから観ていこうよ☆」
ファッ!?
「そ、それはちょっと……」
だって会場見たところ、家族連ればっかじゃん。
しんどいわ、中に入るの。
「なんで? 好きなものを好きだっていうことは悪いこと?」
アンナは首をかしげて不思議そうな顔をする。
「悪くはないが……ボリキュアは幼児向け、それも女の子向けだろ? 抵抗を覚えるな」
すると彼女はムッとした。
「アンナだって女の子だよ!」
忘れてた女装男子だった。
「いやアンナはいいよ。けど俺は男だぜ?」
「それが何か問題? もういいから早く入ろうよ、始まるもん!」
俺は強引に手を引かれて会場の中へ入った。
会場と言っても野外ステージでそんなに大きくない。
だが、既に会場は家族連れで埋まりつつある。
たくさんのお父さんたちがビデオカメラをセッティングして、ボリキュアの登場を待つ。
俺たちはようやく空いている席を見つけると、二人して仲良く座った。
ステージ両脇に設置されたスピーカーから聞きなれたアニソンが流れだす。
「ボリッキュア! ボリッキュア! ふたりはボリキュア~♪」
あー、懐かしい。
初代か。
「かじかえんのみんな~ お待たせ~ ボリキュアのスーパースターズショー、はっじまるよ~!」
アホそうな女性の声がスピーカーから流れる。
するとスタッフのお姉さんとボリキュアの登場。
「黒の使者、ボリブラック!」
お決まりのセリフと共に、着ぐるみを着たお姉さんの登場。
しっかりポージングを決める。
これで中身がオスだったらウケるよな。
「白の使者、ボリホワイト!」
と相方の登場。
なんだろうな、身体にフィットした着ぐるみなんだけど、サイズがあってないような。
所々、布が余っている。
そして、次々に出るわ出るわ。
気がつくとボリキュアシリーズの主役級が30人ほど出てきた。
いや、飽和状態じゃねーか。
「ボリキュア~がんばれぇ!」
大声で恥も知らずに叫ぶアンナさん。
やめて、隣りにいる俺がしんどい。
すると明るい空気から一転して不穏なBGMが流れ出す。
この展開、敵さんの登場だ。
「ぐわっははは! ボリキュアどもめ! 駆逐してやるぅ!」
ステージに現れたのは長身の男。
肌色が悪く、ロン毛。
ホストみたい。
「負けないわよ! イケメンガー!」
拳を作るボリブラック。
ボリホワイトはブラックの背中に身を置く。
定番のポーズだ。
「悪い子はさっさとお家へお借りなさい!」
ビシッとイケメンガーに指をさす。
すると効果音が鳴る。
それからは「エイッ」とか「ヤッ」とか「うわっ」とか声を上げて戦うボリキュアたち。
よく見ると酷いよな。
30人対1人だぜ?
いじめじゃん。
だが、イケメンガーは強い(設定)
最初は好戦していたボリキュアたちもイケメンガーのチート級な必殺技で全員、お笑い芸人のようにズッコケて倒れてしまった。
「フハハハ、これでかじきかえんも私のものだぁ!」
イケメンガーが両手を掲げて、勝利を確信する。
その時だった。
イケメンガーは何を思ったのか、ステージから降りる。
そして、客席を物色しはじめた。
「ほう、ここには『アクダマン』になりそうな、いい子供たちがたくさんいるなぁ~」
うわぁ変態ロリコンだ。
お巡りさん、ここです。
そして、イケメンガーは数人の女の子をピックアップするとステージへ上がるように命令する。
ただし、子供たちが壇上に上がる際はしっかり手を繋ぐ神対応。
優しくね?
「まだまだ足りないなぁ! アクダマンになりそうな子はいないかぁ~」
どうやら、これはボリキュアショーではお決まりの流れのようで、子供たちもイケメンガーに連れ去られることを望んでいるようだ。
だって、どうせボリキュアが助けてくれるし。
「アンナはダメかなぁ」
ボソッと何かを呟く15歳の女装少年。
やめて、大きなお友達はステージにあがったらダメでしょ。
俺の不安はよそにアンナは手を合わせて祈る。
「おお、あそこにちょっと大きいけどいい子がいるなぁ~」
嫌な予感しかしません。
イケメンガーはのしのしと会場を歩きだす。
どんどん、その足は俺たちへと近づいてくる。
「わ、わ……もしかして」
興奮しだすアンナさん。
「フハハハ、お嬢さん。人質になってもらおうかぁ~」
ええ!? 中身おっさんだろ? お前が人質にしようとしているのも男なのわかってる?
「いやぁ~!」
と演技力高めの叫び声。
だが、イケメンガーの命令に素直に従うアンナさんであった。
「タッくん、助けて~」
俺の名前を出すんじゃねぇ! 恥ずかしいだろ!
気がつくと周りのお父さんお母さんがクスクス笑っていた。
アンナは演劇部にでも入れよ。
イケメンガーに連れ去られるのを暖かく見守る俺。
アンナは依然と必死に演技を続ける。
「やめてぇ、放してぇ!」
自分から行ったくせに。
「フハハハ、お嬢さん。ボリキュア亡き今、もう私がかじきかえんを掌握したのだぁ!」
「ボリキュアは負けないもん!」
なにこの三文芝居?
一応、スマホで録画しとこう。
アンナはステージに連れていかれると、4人の女の子とステージ中央に並べられた。
「いやぁ、怖い~」
俺の方が恐怖を覚えるよ。
アンナの隣りにいる子供たちもドン引きじゃん。
トラウマになりそうでかわいそう。
役者は揃ったことで、司会のお姉さんがマイクを持つ。
「さあ! 会場のみんな、イケメンガーに女の子たちが捕まっちゃったよ! どうする!?」
一人、男性が混じってますよ。
「会場のみんな! 倒れたボリキュアにエールを送って!」
すると会場の子供たちが叫びだす。
「ボリキュア、がんばれぇ!」
「ブラック、たってぇ!」
「はぁはぁ……ブラックたんの倒れているところも可愛いよ」
ん? 最後のは大友くんでは?
そして会場は熱気を放つ。
気がつけば、子供たちだけではなく、親たちも一緒に叫ぶ。
「「「ボリキュア、がんばれぇ!」」」
なるほど、子供のためだもんな。
パパさんとママさん、休日出勤、お疲れっす。
俺も一応便乗しといた。
「アンナを返せぇ! 助けてくれぇ、ボリキュア~!」
壇上にあがっていたアンナもそれに合わせる。
「タッくんとのデートを返して~ ボリキュア~!」
失笑が起こる。
恥じゃん。
俺たちのエールに呼応するかのように、ボリキュア戦士たちはフラフラと重い腰を上げる。
立ち上がって、戦闘態勢を整え叫ぶ。
「許さないわよ! イケメンガー! 私たちのお友達を傷つけるなんて!」
なんにもしてないけどね。
その後はボリキュアの必殺技を各シーズンキャラごとに連発。
イケメンガーは「ぐわっ」「ぐへっ」「うう」とうめきながら倒れる。
そして倒れたくせに、ムクッと立ち上がるとステージ裏へと逃げていった。
シュールだ。
「私たちは絶対に負けないんだからね!」
全員でボリキュアの決めポーズ。
その後、アンナはボリキュアたちと記念写真を撮っていた。
もういや、帰りたい。
アンナはボリキュアショーを十二分に楽しんだ。
ショーのあとは握手会や撮影会が全員に行われる。
幼い子供と親で長蛇の列が出来ている。
それにも俺とアンナは並んだ。
「きゃあ☆ ボリハッピーだぁ☆」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶミニスカ女子(♂)
可愛いんだけど痛いよ。
「ボリキュア、本当に好きなんだな」
俺は呆れた顔でアンナを見つめる。
「だって、15周年だよ☆」
生後間もなく見だしたの?
「ふーん、だから今期キャラだけじゃなく各シーズンの主役も登場しているわけか?」
なんだかお金の匂いがプンプンするな。
大人の策略って怖い。
「うん☆ だから今度15周年記念の劇場版観に行こうね☆」
「え、それはちょっと……」
俺って別にアニメとか好き嫌いする方じゃないけど、劇場まで足を運ぶほどガチオタじゃないんだよ。
「なんで? 楽しいよ、ボリキュアの劇場版」
不思議そうに首を傾げる。
「アンナは毎年観ているのか?」
「もちろんだよ☆ 年に2回はあるでしょ?」
そうなの? 知らんかった。
アンナさんも大友さんの仲間じゃないですか。
「へぇ……」
ちょっとアンナの趣味にドン引き。
「だから行こうね、取材も兼ねて☆」
それ、取材になるのかな?
ラブコメ要素ある?
ふと前の列に目をやった。
真っ黒に日焼けしていて、望遠レンズ搭載の高そうなカメラを首からかけている。
随分、気合の入ったお父さんだな。
しかし、それにしてはちと若い。
そこで他のお父さん方と比較してみると違和感を覚えた。
よく見ると子供を連れていない。
「あ……」
俺はすぐに察した。
大友くんか。
何よりおかしいのが、両腕に恐らく子供用のボリキュア、仮装グッズをつけていた。
リストバンドのように利用しているが、悪い意味で目立っている。
そして、頭には玩具のプラスチックで出来たカチューシャ。しかも電池でピンクに光ってやがる。
ガチ勢じゃん。
こんな紳士が親子連れと並んでいるのか……。
別に悪い事じゃないんだけど、なんだかな。
泣けてくる。
列がどんどんステージに近づいていくと、そのオタは黙ってカメラを構えた。
アンナは俺の隣りで「きゃあ! ブラック~」と叫んでいる。
言わば陽キャのオタだな。
前列のオタの番になると、その紳士は急にマシンガントークを繰り広げる。
「あ、鈴木さん! お疲れ様です! 夕方の回も観ます! 可愛いっす!」
え? 誰だよ、鈴木さんって。
ボリブラックだろ? 夢を壊しちゃダメだよ。
「佐藤さんも! 輝いてました! パネェっす! マジ卍っす!」
そう言って、次々とボリキュア達と握手していく。
中身の人たちも彼を分かっている体で、黙って頷く。
どうやら常連の客らしい。
そして、ついに俺たちの番になった。
「きゃあ、ブラック、ギュウしてぇ~」
アンナは図々しくも女装キャラを活かして、ボリブラックと抱擁を楽しむ。
セクハラじゃん。
俺は仕方ないので隣りのボリホワイトと握手する。
「あ、初代が至高です」
一応、俺の想いだけは伝えておいた。
すると、ホワイトも何かを察したのか、うんうんと頷いてくれた。
そして、握手会を終えたアンナは満足そうに笑っていた。
ま、アンナが喜んでくれるなら俺は何でもいいけど。
「はぁ、楽しかったぁ☆」
「まあ俺一人だったら経験できないことだよな」
「でしょ? 取材になったよね☆」
なってない気がする。
スマホを見れば、時刻は『15;45』
けっこう長居できたな、小さな遊園地だが。
最後に観覧車に乗って帰ることにした。
そんなに大きな観覧車ではない。すぐに一周を終えそうだ。
だが、アンナはルンルン気分で乗り込む。
観覧車の中へ入ると互いに向き合うように、座る。
「ねぇ、タッくん」
「ん?」
「今日は楽しかった?」
「ま、まあまあかな」
カオスだったし。
「そっか☆ ならよかった。また来ようね、二人で☆」
夕焼けに照らされたアンナの白い肌がオレンジがかる。
グリーンアイズの瞳が少し潤んでいた。
可愛い。素直にそう思えた。
「そうだな、また二人で来よう」
互いに見つめあい、観覧車がてっぺんに昇るまで、余韻に浸る。
ほぼ、景色なんて観てないぐらい、見つめあっていた。
「タッくん、次のデートはどこに取材する?」
「うーん、どこがいいかな? ラブコメの王道たる場所がわからん」
アンナもちょっと考え込んでしまう。
「ラブコメ……福岡でしょ……若者、カップル」
それ、全部リア充が似合うやつじゃん。
俺たち野郎二人でなにやってんの?
「そうだ! 天神なんてどう?」
意外だった。
「天神? あんなところにラブコメ要素なんてあるか?」
だってリア充の街じゃん。
「あるよ! アンナはあんまり行かないからわかんないけど、テレビとか雑誌にも度々取材されているでしょ?」
それがリア充の証拠じゃん。
「なるほど……まあ俺は仕事でしか、行かないからなぁ」
いい思い出がないんだよ。
「じゃあ、タッくんも似たもの同士だね☆」
あのさ、ちょいちょい同じグループに入れないでくれる?
俺は女装なんてしないから。
「今度は天神で決定!」
「わ、わかったよ……」
次の取材場所が決まったと同時に観覧車はちょうどてっぺんになっていた。
梶木浜が一望出来た。
海が見える。天気も良かったせいか、梶木浜から海の中道までよく見える。
「キレイ」
アンナは景色に見とれていた。
俺はこういうものにあまり感動しない。
だが、彼女といる空間ならば、別だ。
全てが美しく見える。
観覧車が下に戻ってくると、俺たちは園内の出口へと向かった。
と、その前にお土産コーナーへ。
かじきかえんのお土産は10年前に来た時とは違い、公式キャラのビートくんを差し置いて、バルバニアファミリーに牛耳られていた。
仕方あるまい、天下のバルバニアファミリーなのだから。
それを見て、アンナは「きゃあ! カワイイ~」と真っ先に売り場へと突っ込んでいく。
ちゃんと赤い大きなカゴを持って。
いっぱい買うつもりなんだろうな。
アンナはバルちゃんやニアくんの限定フィギュアや人形の服や家などを次々とかごへぶち込む。
あれ? この雰囲気、どこかで似たような光景を見たような……。
そうか、変態JKの北神 ほのかの同人誌狩りと同じだ。
だが、アンナの方が可愛い趣味だし、見ていてしんどくない。
「タッくんはおうちの人に買わないの?」
ふとアンナから質問される。
「いや、うちの人間はバルバニアなんて似合わないよ。それにバルちゃんとニアくんに迷惑がかかる」
「どういこと?」
だって人形つかって、変なことをさせるもん、あの親子は。
「まあアンナは知らなくていいことだよ」
「そう? でもお菓子ぐらい買っていけば?」
アンナはバルバニアのイラストで包装された可愛らしいクッキーを俺に見せる。
「ふむ、クッキーか。まあこれなら有害ではないな」
「有害? おいしいよ、これ?」
違うんだ、そう意味じゃないんだよ。
公式に有害なんだよ、うちの母と妹は。
どうせ二次創作にネタとして使いやがるから。
「おいしいならそれにするよ」
俺は半ばどうでもいいと思っていた。というか超どうでもいい。
あいつらのお土産は腐りきった同人で十分。
「じゃあアンナも同じの買おうっと。ミーシャちゃんにクッキーあげるんだ☆」
それ、自分プレゼントじゃん。
一番悲しいよ。
アンナは山ほどバルバニアグッズをカゴに入れるとレジへ並んだ。
対して俺はクッキーを一つ。
店員がアンナのカゴをレジ打ちしていくと恐ろしい金額に。
「合計で3万5千円になります」
たっか! 払えるの?
「はい、現金で」
アンナはごく当たり前のように福沢諭吉を4人も出す。
いや、デュエルカードじゃないんだから。
「アンナ、そんなに金持ってきてたのか?」
「うん☆ 貯金おろしておいたの☆」
さすがです。
会計を済ますと、俺とアンナは仲良く梶木駅へ向かった。
「楽しかったねぇ☆」
ニッコリと微笑むアンナ。
可愛いやつだ。
しかし、手に山ほどバルバニアのビニール袋を持っているのが痛い。
重たくないの? だが、アンナは中身が普通の彼女じゃないので余裕で持ってましたとさ。
アンナと3回目のデート……ではなく、取材は無事に終えた。
それから数日後、担当編集の白金から電話がかかってきた。
『あ、DOセンセイ! おめでとうございます!』
「は? なにが?」
祝ってもらうことなんて何もないけど。
アンナとは付き合ってないし、付き合えないし。
『書籍化決定ですよ!』
「え? 俺、なんか書いたっけ?」
『忘れたんですか? この前のラブコメ短編ですよ!』
あ、マジ忘れてた。
ブログ感覚で書いた小説とは呼べないもんだからな。
俺史上、一番クソみたいなストーリーだし。
「書籍化ってお前、短編だろうが。単行本にならねーぞ?」
『ああ、それなんですけどね。編集長がやけにあの作品を気に入りまして……』
気に入るなよ!
『以前、申し上げました通り、来月号のゲゲゲマガジンに掲載して、読者から人気があれば長編小説にしたいそうです!』
「マ、マジかよ……」
俺が以前書いた、小説『ヤクザの華』はそんなVIP待遇受けてないぞ?
3巻で打ち切りだったし。
『はい! 編集長曰くリアリティがあり、‟とても胸がキュンキュンするラブコメだ☆”らしいですよ』
オエッ!
なに人の日常みて胸キュンしてんだよ、おっさん編集長。
「そ、そうか……」
『どうしたんです? なんかあんまり喜んでなさそうですけど……』
正直、全然喜んでなかった。
俺が本来、書きたいものはヤクザや暴力、任侠、アングラ……などのジャンルだ。
ラブコメなんて、本当は書きたくなかった。
書きたいものを書けない……これほど作家として辛いものはない。
だが、読み手は残酷だ。
創作者本人がやる気がなくても、おもしろいかつまらないかを非情に判断する。
俺がつまらない作品だと思っても、読者がおもしろいと思えば、小説家として書き続けなければならない。
葛藤していた。
このままでいいのだろうか?
俺は自分で『クソだ』と思っている作品を世に出していいものか……作家としてすごく悩んだ。
だが、アンナとの取材はとても楽しい。
ここで白金に掲載をストップさせるのは簡単だ。
しかし、同時にアンナとの取材が出来なくなるのは辛い。
「ところで白金。今後の取材費はどうなる?」
俺の懸念の一つだ。
あくまで取材とは言え、学生の俺にはかなりの出費だからな。
『それなんですけどね、編集長から許可もらえました』
グッと拳を立てる。
ただでデートできるぜ!
『あ、その代わり条件があるそうです』
「え?」
まさかアンナを紹介しろとか?
『DOセンセイの経費の中で映画代が含まれているじゃないですか? あれを今後全面カットとのことです』
ガーン!
ただで映画が観れない……。
まあアンナのためだ。今後は映画はレンタルで我慢しよう。
『じゃあ、来月のゲゲゲマガジンの反応を待ちましょう♪』
白金の声音は軽く、上機嫌で電話を切った。
まあ商業デビューして3年、編集長が俺を褒めたのは初めてだからな。
今後、俺がバズれば、白金も出世できるかもしれん。
その時はガッポリ、ボーナスで焼き肉でもおごってもらおっと。
~それから数日後~
第3回目のスクーリングの日がやってきた。
いつものように赤井駅方面の車両に乗り込む。
ゴールデンウイークに入り、学生や若者は少なくなってきた。
きっと休みに入ったから、みんな博多や天神へ遊びにいくのだろう。
俺の向かう赤井駅は北九州行きの上り路線に対し、リア充共は逆の博多行きの下り路線。
だから自然と上り路線は客が減る。
あー人が少なくて気楽だわ。
だがそれでも、数人ちらほらと制服を着た学生を見かける。
ゴールデンウイークも部活かよ。
元気だよな……。
二駅過ぎたところで席内駅に着く。
ドアが開くと、爽やかな風と共に黄金色の髪を揺らしながら、一人の少年が入ってくる。
「あ、タクト☆」
嬉しそうに頬を緩ますミハイル。
こちらに手を振って、朝の挨拶。
もう5月も入ったこともあってか、装いも衣替え。
いつもならTシャツにタンクトップ姿なのに、胸元がザックリ開いたボーダーのノースリーブ。
丈が短く、へそ出し。
ボトムスは平常運転で、ダメージ加工のショーパン。
透き通った白い肌がより際立ったファッションへと変わっていた。
正直、女装しているより、この格好の方が攻撃力は高いな。
男装時と言うのもおかしな表現だが、ここで「写真撮っていいか?」なんて聞けば、殴られるんだろうな。
基本、ミハイルさんて塩対応だもん。
「ああ、久しぶりだな、ミハイル」
指示したわけでもなく、当然のように俺の隣りにベッタリと座る。
「え? この前会ったばっかじゃん☆」
おいおい、アンナモード抜けてないんじゃないのか?
ミハイルくんとはかなり久しぶりなんだけどな。
「この前? 俺とミハイルが?」
俺が怪訝そうに彼をじっと見つめると、ミハイルはハッと何かを思い出したような顔をする。
「あ、そうだったよな……オレとタクトはこの前のスクーリング以来だもんな、ハハハ」
苦笑いでその場を誤魔化すミハイル。
なにこれ、超おもしろい。
たまにアンナとミハイルがごっちゃになるのがウケるわ。
「そうだろ? ところでアンナはどこに住んでんだ?」
おもしろいのでしばらくイジる俺。
「え? アンナの住んでいる場所?」
額に汗を吹き出し、視線をそらす。
かなり困っているようだ。
「えっとね……どこだったかなぁ。きっと北九州じゃないかな……」
きっとってなんだよ。
お前のいとこの設定だろうが。
「ふぅん、ミハイルは遊びに行ったりするのか?」
「オレ? ときどきな……」
ヤベッ、超楽しくなってきた。
だがそろそろやめてやらないと、ミハイルの人格が崩壊しそうだ。
俺は話題を変えた。
「なあ千鳥と花鶴は電車で通学してないのか?」
ふと気になった。
あいつらとは電車であまり顔を合わせないし、第一遅刻魔だからな。
「ああ、力とここあはバイクだよ。‟2ケツ”して来てるぜ☆」
ケツなんてはしたない言葉を使っちゃいけませんよ。
「すまん、2ケツってなんだ?」
おしくらまんじゅうじゃないよね。
「え、タクト。2ケツも知らないの? ダッセ!」
腹を抱えて笑うミハイル。
なんだろう、バカに馬鹿にされている気分だわ。
かっぺムカつく。
「すまんが勉強不足だな」
なんで俺が謝ってんだろう。
「2ケツってのは二人乗りってことだよ☆」
人差し指を立てて、胸を張るミハイル。
俺が知らない言葉を教えられるのがよっぽど嬉しいんだろうな。
今日はその胸でも触って許してやろうか。
「なるほど、じゃあ千鳥のバイクに花鶴が跨るってことだよな?」
「そだよ」
つまり、千鳥の背中にどビッチのパイパイがプニプニしてるってことだよな。
「やはりあいつらは付き合っているのか?」
以前から気になっていた。
いつも二人でいるし、というか決まって二人で登場するんだよな、あいつら。
それを聞いたミハイルは目を見開いて、驚いた。
「え!? リキとここあが? そりゃないよ!」
キッパリと否定された。
「だが、あの二人かなり親密な仲だろう」
「それは昔からのダチだし、あいつらもお互いのことをそんな目で見てないと思うな」
「つまりただの幼馴染ってことか?」
「うん☆ オレもそのうちの一人だし、保育園のころかな☆」
友達二人か……少なくて可哀そう。
「じゃあミハイル。お前はなんで電車で通学しているんだ? お前もバイクとか乗らないのか?」
「え? オレは……まだ免許取れる年じゃないし」
ヤンキーだから基本、無免許上等だと思ってた。
けっこう真面目じゃん。
「そ、それに……タクトと電車乗るの好き……だから」
頬を赤くする15歳男子。
というか、突然の鉄オタ発言。