今年初めて、宗像先生が出した課題。
それは、俺が一ツ橋高校を……学校を楽しむということだ。
正直、意味がよく分からん。
元々俺という人間は、学校が好きじゃない。
勉学が嫌とかじゃなくて、対人関係でトラブルが多く。
あまり楽しい思い出がない。
だから、幼い頃。学校外でマリアと仲良くなったりしたのだが……。
「先生。俺が学校を楽しむって、どういうことですか? 一体、何をすればいいんです?」
「ん? そうだなぁ~ 新宮が他の生徒たちと遊んだりして『いえ~い。俺ら青春なう~!』とかやってりゃ良いんじゃねーか?」
すごく、テキトーな回答だ。
俺はそんな陽キャ高校生じゃないっつーの。
だから、ミハイルと一緒にいたんだ……。
「もうちょっと、具体的に話してくれませんか? 俺がミハイル以外の友人と、学校で遊んでればいいってことですか?」
宗像先生は座卓に並べられた、たくさんのジョッキグラスを見て、豪快にゲップする。
「ゲフ~ッ! まあ、物事に正解なんて無いんだよ。大体、あれだけ新宮にこだわっていた古賀だぞ? お前が他の生徒……つまり、女子なんかと遊んでいたら、当然イライラするし。嫉妬もするんじゃないのか?」
吐き出したゲップが、酒臭い。
マジで女か、この教師。
「まあそうですけど……俺は、捨てられた身なんですよ?」
「分かってねーなぁ、新宮。そんなんだから、童貞なんだよ!」
悪かったな、でも処女じゃないもん。
「じゃあ、俺が他の女子と楽しくしていれば、ミハイルは戻って来るんでしょうか?」
「簡単に言えば、そうだな。別に同性と仲良くしても、効果はあるだろう」
てことは、ミハイル並みの男子を連れてきて、イチャつけば良いのか?
思い当たるとしたら、リキに惚れている住吉 一ぐらいだ。
俺が黙って考えこんでいると。
宗像先生は大きく口を開いて、豪快に笑って見せる。
「だぁはははっははは! 新宮。お前は、もう終わったと思い込んでいるんだろ?」
「え? だって、アイツに絶交だって言われたし……俺のせいで、長い髪も切らせてしまって……」
「考えすぎだろ! 今時の奴らは、気分で長い髪も切る。それに本気で絶交したいやつが、プレゼントを大事にするか?」
その言葉に、耳を疑った。
「プレゼント? なんのことですか?」
「なんだ? 気がついてなかったのか、ははは! そりゃ振られるわな!」
一人だけ分かっているような口ぶりだったので、俺も苛立ちを露わにする。
「な、なんですか!? 教えてくださいよ!」
力いっぱい拳で座卓を叩くと、近くにあったグラスが倒れた。
それを見た宗像先生は笑みを浮かべ、自身の耳を指さす。
「古賀の耳元。ネッキーとネニーのピアスをつけていたぞ。あれ、お前が誕生日にプレゼントしたんじゃないのか?」
「あ……そうです。でも、なぜ俺がプレゼントしたって、分かったんですか?」
「そりゃ私は女だし。直感だよ。前後の話も聞いているしな。お前は古賀を抱きしめるぐらい、想いが強かったんだろ? ならプレゼントも高額になっても自然だもんな」
普段からアホな言動が目立つ教師のくせして、こういう時だけは鋭い。
「あのピアスが高いって、分かるんですか?」
「うん。だって小さいけどダイヤが入ってたし。付き合ってもない関係なのに、数万円もかけるとか。正直見ていて、ドン引きしたけどな」
クソッ、言いたい放題言いやがって……。
でも、安心した。
俺はまだミハイルに捨てられていない……のかもしれん。
あの時、渡したプレゼントを大事につけているのだから。
※
「じゃあ、古賀に楽しいところを見せつけてやるか」
そう言うと、宗像先生は怪しく微笑む。
片手に、スマホを持って。
「な、なにを見せるんですか……」
悪い予感しかない。
こういう顔をしている時の宗像先生は。
「とりあえず、新宮。こっちへ来い」
手招きされるがまま、俺は先生の方へ近寄る。
隣りに座ると、先生が自身の太ももを指さす。
「なんすか? どうするんですか?」
「いいから、さっさと来い! 古賀を取り戻すためだ!」
そう言うと、宗像先生は俺の首を掴み、強引に太ももの隙間へと突っ込む。
鼻と口を抑えられて、息が出来ない。
「ふごごご……」
アラサー教師の股ぐらに、顔を突っ込んで、何が嬉しいのやら。
「よし! 今から撮影するぞ~ 新宮、お前もこっちを見て笑え! 楽しそうにするんだよ♪」
「へ?」
顔を上げた瞬間、フラッシュがたかれた。
口角をあげる暇もなく、撮影は終わってしまう。
「おぉ~ 良い感じに撮れたじゃないか~♪ みんなの蘭ちゃん先生を独占とか、うらやましいな。新宮」
スマホの画面に映っていたのは、顔色の悪い生徒と酔っぱらったアラサーの女性教師。
事故とはいえ、俺は宗像先生に膝枕をされている。
周りに食べ散らかした中華料理と、グラスが並んでいた。
「……」
これのどこが、楽しそうなんだ?
「じゃあ、私のというか……本校の公式”ツボッター”で、写真を投稿しておくぞ。古賀も見ているかもしれん」
ファッ!?
今、そんなことしたら。ミハイルの怒りが治まるどころか。
火に油を注ぐような行為だ。
「ちょっ、先生! やめてください! もしミハイルが見たら、絶対良い気分しないでしょ!?」
「なーにを言っておるか! 恋は駆け引きというだろう。使えるもんは全部使うんだよ、バカ野郎!」
「そんな……」
完全に酔っぱらった、おっさんだよ。
「ヘヘヘ、投稿してやったぞ。ほれ、新宮も確認しろ」
仕方なく先生のスマホを覗いてみると。
『友人に捨てられた生徒を、グラマラスな太ももで癒す私』
『癒された生徒は、もう宗像先生がいないと生きていけない! と元気が出たようだ』
『私のような美人教師がいるのは、一ツ橋高校の福岡校だけ。随時、生徒募集中!』
結局、ただの広告じゃねーか!
いいように使われただけじゃん。
※
宗像先生が言うには、俺が学校で楽しく生活していれば。
ミハイルが、戻ってくる可能性が高いそうだ。
実際、過去にヤンキーの生徒たちがケンカして、退学した時も。
残った生徒たちの楽しそうな話を聞いて、戻ってきた事例があるようだ。
一応お悩み相談は、解決というか。
安心できたので、俺と宗像先生は店を出ることに。
外に出ると、空はもう真っ暗だ。
ミハイルのことで、午後の授業もサボってしまった。
だが宗像先生の計らいで、出席扱いにしてもらえた。
これは俺だけでなく、ミハイルも同様で。
真面目に出席している俺たちだから、特別に……とのことだ。
テストは後日、彼の家に郵送するらしい。
「お、珍しく。私の投稿にリプが届いてるぞ?」
「本当ですか?」
二人して、スマホの画面をのぞき込む。
先ほどの先生の投稿に対し、こう書かれていた。
『アラサー教師の太ももとか、エグい』
『ばばあ、無理すんな。必死すぎ』
『こんな高校行きたくない。写真の生徒がかわいそう』
結構、責めた内容だな。
ん? 投稿主の名前が気になった。
“ボニョ大好き☆”
これは……まさかミハイル!?
一発で釣れたのか?
驚く俺とは対照的に、宗像先生は顔を真っ赤にして、スマホへ怒鳴り散らす。
「誰が、ばばあだ! ネットから出てこい、クソガキ!」
でも……本当に彼なら、俺はまだ信じてもいいのだろうか?
ミハイルが退学を申し出て、二週間が経とうとしていた。
宗像先生と別れる際。
「とにかく新宮。お前は楽しそうにしていろ。それが重要だ」
なんて言われたが、そんな風に気持ちを切り替えられたら。どんなに楽だろう。
確かに宗像先生のツボッターへ反応した相手は、ミハイルに似ていたが……。
断定は出来ない。
それでも、第2回の期末試験はやってくる。
毎日、胸が痛む。
彼から「絶交だ!」と叫ばれた日から、俺の胸に空いた大きな穴は、塞がらず。
日に日に、広がっていくような気がした。
そのせいか、飯もろくに喉を通らず。
体重は減る一方だ。
口にするものと言ったら、ブラックコーヒーのみ。
栄養を考えて、砂糖を少しだけ入れている。
この前のスクリーングから、憔悴しきった俺を見て、あの母さんや妹のかなでまで心配してくれた。
でもその優しさが、更に俺の傷を広げてしまい、痛みが増す。
きっと、この穴を塞げるのは……アイツだけだ。
正直、学校なんて行きたくなかった。
でも宗像先生に言われているし。俺が楽しく振舞っていれば、ミハイルが戻って来るかもしれない。
魔法瓶にホットコーヒーを注ぎ、リュックサックを背負うと、地元の真島駅と向かった。
※
学校へ着くと玄関で、一人のミニスカギャルに出会う。
ミハイルの親友でもある、花鶴 ここあだ。
寒いのに、相変わらず露出度の高い服装。
だが、そんなこと。今の俺にはどうでもいい。
あまり話したくないと思って、静かに立ち去ろうとしたその時。
俺の存在に気づかれてしまう。
「あ、オタッキーじゃん! あけおめじゃね?」
「……」
いや、この前の試験でも会ったんだけどな。
俺って、やっぱりミハイルがいないと、幽霊みたいな存在なんだな。
「てか、痩せた? めっちゃ頬がこけているんだけど? ダイエットとか?」
「……いや、違う。色々あってな」
かすれた声で答える。
久しぶりに人と話すから、上手いこと言葉が出ない。
「ふぅ~ん。あのさ、最近ミーシャも見ないよね? 風邪とかかな?」
「み、ミハイルは……」
その名前を口から発した瞬間。
胸が激しく痛む。
あまりの激痛に、息が荒くなり。その場に立っていられなくなる。
2週間も飯を食ってないこともあり、ふらついてしまう。
近くにあった下駄箱に、もたれかかる。
それを見たここあが、血相を変えて、俺の肩を掴む。
「ちょ、ちょっと! オタッキーてば。どうしたの!? 倒れそうじゃん!」
「俺の……せいなんだ。ミハイルが学校へ来られなくなったのは……」
「え? ミーシャと何かあったん?」
弱音を吐いた途端、涙が頬を伝う。
この二週間、ずっと誰かに話を聞いてほしかったから。
※
ここあが気を使ってくれて、誰もいない3階の教室で話をしようと、提案してくれた。
誰もいない教室の中、ふらつく俺が心配だと、イスに座らせられる。
目の前の机に腰をかけ、俺が話すのを待つここあ。
「で、何があったん? ケンカ?」
「ケンカというか……もっと複雑な事情だ」
俺がそう答えると、彼女は鋭い目つきで睨む。
「ねぇ、前からやってたミーシャの女装が関係してんの? あれで泣かせたら、オタッキーでも許さないかんね!」
「……それが関係している」
そうだった。
ここあは、友情を何より大事にする人間だった。
特に幼馴染でもあるミハイルを、傷つけたら、俺でも殴られるだろう。
でも、今の気分なら、こいつに殴られても構わん。
俺がミハイルを、傷つけたのは事実だし。
それらも覚悟して、俺はここあに説明をはじめる。
最初は眉間に皺を寄せて、俺を睨んでいたが。
素のミハイルを抱きしめたこと。それからキッスまでしようとした……全部、話し終えるころには、何故か嬉しそうに笑っていた。
「これが全部だ。だから、あいつは退学という選択肢を取った。全部、俺が悪い」
一応、ダチでもあるので、頭を下げておく。
しかし、ここあは何も言わず。
俺の肩に優しく触れ「話してくれて、ありがと」と礼を言われた。
これには、俺も驚く。
「どういうことだ?」
「それってさ。あーしだけに、話してくれたんでしょ?」
「ああ……宗像先生には相談したが」
「じゃあ、ダチのなかでは一番だ♪」
なぜか勝ち誇ったような顔をしている。
「怒らないのか? お前のマブダチを女装までさせて……傷つけた俺を」
「ん~ あーしは女装とか、同性愛っての? 正直、わかんないから、どうでもいいっていうかぁ」
おい。勝手に人を同性愛者にするんじゃないよ。
「つまり、どういうことだ?」
「オタッキー的には、女装していない素のミーシャが、好きだってことでしょ?」
「う……」
改めて、人に言われると恥ずかしいな。
「ならさ。あーしも手伝うよ! ミーシャを学校へ戻すこと!」
「へ?」
「あーし的には、オタッキーとミーシャがくっつくのは、すっごく嬉しいかな♪」
「……」
なんか勝手に、俺とミハイルが付き合う前提で、外堀を埋められているような。
※
俺はこの前、宗像先生が話してくれたアドバイスを、ここあにも説明する。
具体的にどうやって、学校を楽しむのかが、分からない。
しかし、ここあはそれを聞いて何かを思いついたようだ。
胸の前で、手をパチンと叩く。
「なるほどね! 宗像先生のいうこと、分かるかも!」
「?」
「要は明るく楽しそうなオタッキーを見たら、ミーシャも一緒に遊びたくなるじゃん!」
「そ、そうか?」
「うんうん! だからさ、いっぱい写真を撮ろうよ♪ 学校で!」
「……え?」
ここあが言うには、学校内で色んな友達と写真や動画を撮って、SNSに投稿すれば、ミハイルが見ている可能性がある……らしい。
しかし、身バレとかの危険性があると、断ろうとすると。
「ねぇ! 本気でミーシャを取り戻したいんでしょ!? 身バレとか、どうでも良くない! オタッキーの愛って、そんな小さなものなん!?」
と机を思い切り、拳で殴りつける。
これには、俺も恐怖を感じた。
やはり腐っても、伝説のヤンキーだ。
「わ、悪い……アカウントを作ればいいんだろ?」
「そうそう♪ てかさ、オタッキーは作家なんだから、ペンネームで作りなよ」
「まあ、そうだな」
SNSは見る専で、創作アカウントなんて、作っていなかったが。
ミハイルのためだ。身バレ、炎上覚悟でやるか……。
DO・助兵衛で、全世界に向けて発信とか、黒歴史だけど。
ここあに言われて、ツボッターのアカウントをその場で作成。
アイコンやヘッダーは、トマトさんが描いてくれたアンナのイラストにしておいた。
まあモデルが目の前にいるギャルのここあだから、巨乳のハーフギャルになっているが……。
小説の宣伝も兼ねているので、仕方あるまい。
初めての投稿は、俺とここあのツーショット写真。
だが何を書いて良いか、分からない。
「なあ、写真はともかく、何を書けばいいんだ?」
「ん? 別になんでもよくね? 呟くところじゃん」
「ま、まあ……そうだが……」
とりあえず『期末試験、2回目に来た』とだけ呟いておく。
今のところ、反応はなし。
「でもさ~ ツボッターだけじゃ、楽しさが少なくない?」
「え?」
「インスタもやろうよ♪ 今日スクリーングだから、色んな生徒に声をかけて、写真を撮りまくるっしょ♪」
「……」
本当に効果があるのだろうか?
今、投稿した写真も、ここあはいい顔をしているが、俺は青白くて、やつれている。
楽しそうというより不幸な写真……。
※
チャイムが鳴ったので、一旦3階の教室から出て、2階へ降りる。
ホームルームを受けた後、すぐに尿意を感じた。
きっとコーヒーばかり、飲んでいるからだろう。
教室を出て、廊下を歩いていると。
全日制コースである、三ツ橋高校の制服を着た女子高生たちと、すれ違う。
一人は、ボーイッシュなショートカット。
もう一人は、ピンク色の髪でお団子頭。
「あ、新宮センパイ!」
声を掛けられなかったら、気がつかなかっただろう。
まともな食事を取っていないので、意識がもうろうとしている。
「え?」
「私ですよ! ひなたです!」
「ああ……」
彼女の名前を聞いて、なぜか落ちこんでしまう。
ミハイルじゃないのか……って。
「なんですか!? その反応! まさかアンナちゃんが良かったんですか!?」
「い、いや……そのひなた。悪いけど、あまり大きな声で話すのはやめてくれ。頭に響く」
頭を抱え、廊下の壁にもたれかかる。
これにはひなたも、驚きを隠せない。
「大丈夫ですか!? センパイ!」
「ああ……空腹によるものだから、心配するな……」
「空腹って、一体どうしたんですか?」
俺はひなたに、この二週間食事を食べられないことを説明した。
食べても味がしない。何を口に入れても、不味く感じる。
一体、なぜこんなことが起きているのか……自分にも分からない。
それを聞いたひなたが、プッと吹き出す。
「何が可笑しい?」
「新宮センパイ。それって、恋わずらいじゃないですか?」
「は? ウソだろ?」
相手は男だ。
「あるあるじゃないですか~♪ 相手のことを思うだけで、胸がドキドキ。食事も喉を通らない。一睡も眠れない日々が続く。めっちゃピュアですね♪」
なんだかバカにされた気がして、イラってしてしまう。
「あ? そんなわけないだろ。だって、俺の場合は相手が……」
「相手がなんですか? もしかして、私ですか?」
グイッと顔を寄せるひなた。
ここで否定すると、怒られそうだから、曖昧に答えよう。
「俺の場合、恋愛じゃない。ただのケンカ。ダチとのな」
言いながら、頬が熱くなるのを感じた。
それを見逃さないひなた。
「あ~! 顔が赤くなってるぅ~! やっぱり恋わずらいだぁ~!」
「ち、違うと言っている!」
クソがっ。
※
とりあえず、俺に今起きている症状は置いといて。
ひなたに協力を仰いでみる。
級友のミハイルが休学しているため、SNSを使って呼び戻したいと頼んでみた。
「ふ~ん。あのミハイルくんが退学を考えるなんて、よっぽど酷いことをされたんですかね?」
「うっ……」
傷口に塩をぬられている気分だ。
「まあ、いいですよ。私なんかで良かったら、写真ぐらい。全然です♪ むしろアカウントを共有しましょう♪」
「そうか、悪いな」
「いえいえ。そうだ、ついでだから、ピーチちゃんに撮影してもらいましょうよ!」
ひなたと会話に夢中になっていたから、忘れていた。
隣りのピンク頭を。
俺の専属絵師、トマトさんの妹でもあり。コミカライズを担当している小ギャルのピーチだ。
背が低いせいもあってか、影が薄い。
「ちょりっす、スケベ先生」
胸元で小さくピースする。
「おお……ちょりっす……」
「マジで瘦せたっすね。あれっすか? ダイエットすか?」
「いや、ちょっと病気だ」
「それは大変っすね。病院で治してもらわないと、執筆活動に差し障りますよ」
「うん……」
ピーチに指摘するまで、忘れていた。
俺のもう一つの職業。
小説家。
アンナや他のヒロインたちのおかげで、“気にヤン”は人気だ。かなり売れている。
今月に入り、マリアが主役として活躍する4巻も発売した。
発売してまだ2週間ぐらいだが、売り切れが続出しているそうだ。
編集部の白金から、早く次の原稿を書いて欲しいと頼まれている際中だ。
だが、俺は小説を書くことができなくなっている。
一行も埋めることができない。
理由は分からないけど、ミハイルに振られてから、おかしくなった。
この症状も早く治さないと、原稿の締め切りがあるからな。
「じゃあ、撮るっす。ひなたちゃん。スケベ先生ともっとくっついて下さいっす」
「うん♪ 可愛く撮ってね、ピーチちゃん!」
俺が元気ないことを良いことに、勝手に話を進める二人。
まあ正直、立っているのもやっとだから、ひなたに腕を組まれることは、楽ではある。
「ちょりーっす!」
数枚撮ったあと、ひなたがスマホを確認し、SNSにあげる写真を選ぶ。
俺のスマホなのに……勝手にいじりまわす。
気がつくと、ツボッターのアプリを開いて、写真を投稿していた。
「じゃあ、送信っと♪ タグもつけておきましたよ。インスタも上げよっと♪」
「お、おい……」
力が入らないので、ひなたの暴走を止められない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。どっちのタグも、“恋人”とか”彼氏彼女”ぐらいしか、つけてませんから♪」
「なっ!?」
もはや、楽しいところを見せるのではなく、完全に煽っているじゃないか!?
「あ、早速リプが届きましたよ♪ ……って、なんなのコイツ!?」
顔を真っ赤にして、興奮するひなたを無視し、スマホを確認してみる。
『この人、知ってます。梶木浜でパパ活しているJKです』
『動物をたくさん飼って、虐待する悪女です』
『ていうか、男みたいな顔で草』
投稿主の名前は、”ネッキーのピアス大事”。
「クソリプってレベルじゃないですよ! ストーカーじゃないですか!? なんで私の個人情報をここまで……」
宗像先生の時とは違うアカウントだが、どうも言っていることが似ているような。
ミハイルらしき人物から、何度か反応はあったが……。
肝心の本人が、学校へ来ることはない。
彼がいないスクリーングなんて、何も楽しくない。
俺の方こそ、そう感じてしまう。
第二回目の試験も、ミハイルのことで頭がいっぱいだった。
そのため、問題を解く余裕など無い。
延々と、空欄を『ミハイル、ミハイル、ミハイル……』と埋めていく。
自分の出席カードにまで、古賀 ミハイルと書いてしまったらしい。
代理で試験を、受けている状態。
見かねた宗像先生が「今日はもういいから、帰れ!」と、俺を教室から追い出してしまう。
後からテストを郵送するから、気持ちの整理がついたら提出するように言われた。
俺はもう抜け殻だ……。
アイツが隣りにいないと、何も出来ない人間なんだな。
※
それから1ヶ月が経ったころ。
俺の体重は、5キロ近く減ってしまう。
固形物を何も口にしていないから……。
ただ、色々と試してみたところ、一つだけ食べられるものがあった。
博多銘菓の『白うさぎ』だ。
去年の夏。
別府温泉に旅行へ行った時、偶然ミハイルの股間を見てしまった。
彼の股間は、“パイテン”で手乗りぞうさん……いや、可愛らしいうさぎさんだった。
それを思い出した俺は、インターネットで箱買い。
夜な夜な自室で一人、学習デスクに座ると。
二台のモニターに、たった1枚しかないミハイルの写真をコピーさせ、ウインドウを10個も並べて表示させる。
それを眺めながら、マシュマロ生地の白うさぎを口に放り込む。
「甘い……ミハイルの……」
と写真の中の彼を、見つめるのだ。
特にデニムのショーパン。チャックの辺りを。
食事は取れないが、この白うさぎならば、口に入る。
もう30箱は空けたと思う。
そんなことをしていると。
机の上に置いていたスマホが、振動で揺れる。
まさかと思い、画面を確認すると、ため息が漏れた。
電話をかけてきた相手が、期待外れだから。
「も、もしもし……」
体重が一気に落ちたこともあってか、声を出すのがやっとだ。
『へ? DOセンセイの電話番号であってますよね? なんかゾンビみたいな声なんですけど』
「悪かった……な」
突っ込む元気すら無い。
『一体、どうしたんですか? 死期が近いんですか? ところで、頼んでいた原稿はどうなりました? もう一ヶ月近く待っているんですよ!』
「実は……全然書けてない」
相変わらず、スランプ状態に陥っていた。
俺はミハイルに絶交宣言をされて以来、小説を書くことが出来なくなった。
速筆だけが売りだったのに……。
ED作家になってしまった。
『えぇ!? 早出しのDOセンセイにしては珍しい! どうしてですか? ひょっとして、アンナちゃんとケンカでもしました?』
「そ、それは……」
宗像先生やここあのように、事情を知らない白金にどう説明したらいいものか。
俺が困っていると、白金の方から先に答えてくれた。
『話し方から察するに、どうやらスランプ状態のようですね……。そうだ、明日。久しぶりに打ち合わせをしましょう! 博多社で。DOセンセイが必ず元気の出る朗報を用意していますので!』
「はぁ……」
『未完成でも良いので、原稿も持って来てくださいね! ブチッ!』
相変わらず、電話の切り方が雑な奴だ。
~次の日~
俺は言われた通り、天神にある博多社へと向かった。
よろよろとビルの中に入る俺を見て、受付男子の一が駆けつける。
肩を貸してくれ、エレベーターまで連れて行ってくれた。
「だ、大丈夫ですか? 新宮さん、フラフラですよ」
「ああ……」
心配そうに上目遣いで、俺を見つめる。
この隣りが、アイツだったら、どれだけ満たされるのだろう……。
俺は断ったが、どうしても心配だからと一緒にエレベーターへ乗り込む。
ボタンも彼が押してくれ、スマホで白金に連絡を取る。
「もしもし? あ、あの新宮さんの具合が悪いので、すぐに来てください!」
「……」
俺も随分と、弱くなったものだ。
編集部へ着くと、担当編集の白金が待っていた。
変わり果てた俺の姿を見て、驚きを隠せない。
「え、本当にDOセンセイですか!? ミイラみたい……」
「……それより、打ち合わせだろ?」
「そうですけど……」
あのアホな白金でさえ、この姿を見て言葉を失っていた。
一は、白金に俺を託して、その場を去っていく。
ただ帰りも心配だから、声をかけてくれと言われた。
今の俺は、よっぽどやつれて見えるようだ。
※
辺りを見回す元気はなかったが、編集部は今まで見たことないぐらい、活気づいていた。
見知らぬ若い社員が書類を持って、社内を走り回っている。
「それで……今回の打ち合わせってのはなんだ?」
かすれた声で、問いかける。
「あ、DOセンセイに、ずっとご報告したいことがあったんですよ!」
「報告? お前の結婚が決まったのか? 詐欺にあってないか?」
「違いますよっ! “気にヤン”のアニメ化が決まったんです!」
「は?」
「おめでとうございます。DOセンセイの作品が、動くアニメになるんですよ♪」
「……」
実感が湧かない。
俺の小説が、アニメ化だと?
「それからですね。もう一つ、ビッグニュースがあるんですよ!」
「はぁ……」
「ヒロインのアンナ役に、YUIKAちゃんが起用されるんです! すごくないですか!?」
「え、何が?」
まともに食事を取っていないせいか、ちゃんと内容が頭に入ってこない。
「何がじゃなくて。あのYUIKAちゃんが、DOセンセイのヒロインに、命を吹き込んでくれるんですよ! 嬉しくないんですか!? 永遠の推しでしょ?」
「あぁ……そう言えば、そうだったな」
「ちょっと! なにサラッと話を流しているんですか!? 夢だったでしょ。アニメ化した暁には、アフレコ現場に行って。YUIKAちゃんとツーショットを撮るのが!」
「そんなことも、あったな……」
激しい温度差に、戸惑を隠せない白金。
「えぇ!? ちょっと、どうしたんですか!? YUIKAちゃんのために、一ツ橋高校へ入学し、ラブコメを書き始めたんでしょ!」
「そうだったけ……あんまり覚えてないや……」
「ま、マジで言ってます? 頭がおかしくなってません?」
白金に指摘されるまで、気がつかなかった。
今の俺は……頭の中がミハイルでいっぱい。
他の人間が、入り込む余地など無いことに……。
もうYUIKAちゃんのことでさえ、興味を持てない。
常に頭の中は、泣き顔のミハイルでいっぱい。
早くアイツに会いたい……でも会えない。
俺は、捨てられたから。
「……」
アニメ化の話を聞いても、全く盛り上がらない俺に、白金はうろたえてしまう。
「ちょ、本当にどうしたんですか? DOセンセイの推しでしょ? 以前は『YUIKAちゃんの犬になりたい』とか、ほざいてたのに……」
「今は別に……」
「おかしいですよ。童貞のくせして、なに格好つけてんですか? 似合わないですよ」
普段なら、口ゲンカを始めるところだが、そんな元気はない。
「いいよ。なんでも」
「センセイ……」
落ち込んでいる俺を見て、白金は話題を変えようと必死だ。
とりあえず原稿を見せて欲しいと言われ、リュックサックからノートパソコンを取り出す。
デスクの上にパソコンを置いて起動すると、テキストファイルを開く。
そして、白金にモニターを向けると。
別に頼んでもないのに、俺が書いた原稿を、声に出して読み上げる。
「……その時、ミハイルは叫んだ。『オレの白うさぎを食べたな! 許さないぞ!』しかし俺も引けない。『ミハイルがおてんてんを見せたから悪いんだ。もうお前の白うさぎしか食べられないんだ!』……って、これ。誰の話ですか?」
ヤベッ。白うさぎばかり食べていたから、作品にまで影響を及ぼしている。
でも、これ以上偽るのにも、疲れてきた……。
空腹で頭がしっかり回っていないこともあったが。
「そいつ、ミハイルは……俺のダチで。そして、アンナだ」
気がついた時には、白金に真実を話していた。
ちゃんと、相手の目をしっかりと見て……。
「なっ!? み、ミハイルくんって……確か一ツ橋高校の?」
「白金も一回、会ったことがあるだろう。ほら、お前が高校に来て、宗像先生と事務所で“気にヤン”の設定を4人で話し合ったとき」
「あの時の、ハーフの男の子……?」
「そうだ。ミハイルが、女装した姿がアンナだ」
アンナの正体を聞いた白金は、驚きのあまり口を大きく開き、固まってしまう。
「……」
数分間の沈黙のあと、ようやく白金の身体が動いた。
小さな手で拳を作り、デスクを思い切りブッ叩く。
「なんてことをしてくれたんですか! 今や“気にヤン”は、少年たちの間で大人気のラノベであり、マンガなのです!」
俺の顔面めがけて、大量の唾を吐き出す白金。
どんどんヒートアップしていく。
「前にも言いましたよね!? ラノベの読者は、大半が童貞のティーンエイジャーで。汚れを知らないピュアな少年です! そのヒロインが女装男子でしたとか……かなり偏ったラブコメですよっ! なんでそんな子をメインヒロインにしたんですか?」
その問いに、俺はまっすぐ答えた。
「一番、可愛かったからだ……」
「可愛かったって……DOセンセイはゲイだったんですか? だとすると、読者の性癖を大きく歪めることになってしまいますよ。それこそ、アンナちゃんというキャラは、既に二次創作まで作られています。使っちゃった編集部の社員はどうなるんですか? ファンがそっち界隈に旅立っちゃいますよ!?」
人の女で、使うなよ……。
でも謝っておくか。
「悪い……」
「センセイ。私はノンケ向けのラブコメを書いて欲しくて、一ツ橋高校を勧めたんですよ?」
「俺も最初は、そのつもりだったさ……」
ていうか。俺ってゲイとして扱われてる?
※
ついにアンナの正体がミハイルであることを、編集の白金にバラしてしまった。
アニメ化も決まっている人気作品だったので……。
それを聞いた白金は、顔を真っ赤にして怒っていた。
「もう~! なんで、そんな大事なことを黙っていたんですか!? せめて小説の発売前に、教えてくださいよっ!」
「……言いたくても、言えなかったんだ。俺が可愛いと思った子が、男だなんて」
ミハイルに絶交された今となっては。こうやって彼のことを、話すことに恥などない。
むしろ後悔している。
もっと、俺が素直になれていたら……と。
白金は首を横に振りながら、ため息をつく。
「はぁ……ま、DOセンセイは恋愛経験が皆無だし。若いから一過性の気持ちもあるでしょう。しかしですね、読者に対して嘘をつくのは、良くないですよ!」
「すまん。今からアンナは、男だと発表すべきか?」
「ダメですっ! 嘘に嘘を重ねるようなものです。こうしましょう……とりあえず、連載が終了するまでは、アンナちゃんはメスってことで♪」
「……本当に、それで良いのか?」
「大丈夫ですよ♪ 読者は童貞ですから、気がつきませんよ♪」
こいつが一番、読者をバカにしているような……。
「ところで、アンナちゃんが男だと分かった以上。私からDOセンセイに聞きたいことがあります!」
「え?」
「他のヒロイン達ですが……野郎ばかりってことは、ないでしょうね!?」
これには、俺も唾を吹き出す。
「な、ないに決まっているだろ……アンナだけだ」
「本当ですか? お股をちゃんと確認してます?」
「出来るわけないだろ……」
「怪しいですねぇ。DOセンセイは童貞ですから、ちょっと可愛いければ騙せそうですよ?」
「……」
なんとも失礼な疑惑を持たれたものだ。
結局、白金がアンナのことは、今まで通り女という設定で貫けと言うので。
黙って従うことに。
またこの事は、二人の間で秘密にしましょうと言われたから……。
俺は既に何人か、事情を知っている人間がいると答えた。
妹のかなでと宗像先生。それにミハイルの親友、花鶴 ここあだ。
そう説明すると、白金は一瞬険しい顔をしたが……。
「じゃあ、その人達まで! しっかり話を留めてください!」
と久しぶりに業務命令を出してきた。
「了解した」
「お願いしますよ! 私の昇格とボーナスが、かかっているんですから!」
こいつは金のためなら、何でもするな。
最後に、今の状態を伝える。
小説を書けなくなった理由を。
俺がミハイルを抱きしめたことから、始まったケンカ。
絶交宣言。
女装したアンナとは、もう取材が困難であること。
「だから俺は、もう小説を。ラブコメを書けなくなってしまったんだ。アンナと取材なんて出来ないし。最近じゃ、食事も取れない有り様だ」
「……DOセンセイ。あの、それって痴話げんかですよね?」
「へ?」
「男同士だから、私にはよくわからないのですが……。とりあえず、今起きている出来事を忘れないうちに、文字にしてください。倦怠期みたいなもんでしょ? あ~、聞いていてイライラするわぁ。早く付き合えよ、クソがっ!」
「……」
なんか宗像先生と、同じ反応なんだが?
じゃあ俺は、どうしたら……。
ヒロインであるアンナが、男だと分かった以上。
このままアニメ化するには、不安要素が多すぎると白金は頭を抱える。
とりあえず、原作は売れているので、設定は女の子のまま……。
またアンナ役にYUIKAちゃんを、起用することも保留にするらしい。
可愛い女の子としてオファーしたのに。正体が女装男子だとバレたら、役とは言え、炎上しかねない。
俺を元気にするため、博多社まで呼んだ白金だったが。
結局、何の解決にも至らず。
アニメの話さえ、ボツになりそうだ。
なんだったら白金の方が、ダメージが大きく見える。
「ま、まあ……DOセンセイ。どうにか、ミハイルくん。いや、アンナちゃんとしっかり仲直りしてください」
青ざめた顔で、視線は床に落ちている。
「善処してみる……」
覇気のない声で呟くと、その場を去った。
※
何度かミハイルに、連絡を取ろうと電話をかけてはみた。
しかし電源を切っているようで、出てくれない。
メールも同様だ。
仕方がないので、今度はアンナのL●NEに、メッセージを送ってみたが。
既読マークすらつかない。
完全に、心を塞いでいるようだ。
最初こそ、宗像先生に言われた通り、SNSを使い。
楽しんでいる自分を演じ、発信していたが……。
俺自身が耐えられなくなり、今は放置している。
毎日、あの日を思い出す。
ミハイルに、絶交された日のことを……。
俺があの時、ちゃんとアイツの想いに答えることが出来たら。
今でも二人仲良く学校へ、行けたのだろうか?
後悔だけが残り、何もやる気が出ない。
前回の試験が実質、最後のスクリーングだった。
あとは、終業式のみ。
一ツ橋高校は単位制の高校だ。編入して、半年で卒業する生徒も多い。
だから終業式と合同で、卒業旅行を行う。
去年、みんなで別府温泉へ旅行に行ったのは、そのためだ。
ある日、宗像先生から電話がかかってきて。
『新宮。終業式に必ず来るんや! 今回は大阪に行くんやで! 食いだおれやで!』
と誘われたが……。
ミハイルが来ないなら、意味がない。
俺は初めて、高校をサボってしまった。
~それから時は経ち~
もう俺には、限界だった。
この終わらない毎日が……。
白うさぎを食べられるとは言え、体重は下がる一方だ。
空腹により、思考が上手くまとまらない。
小説を書く以前に、日常生活に支障をきたすレベル。
気がつけば、俺もミハイルと同じ行動を取っていた。
退学届……。
これを宗像先生に渡して、終わりにしよう。
そう決断したのは、季節が変わり、春になったころ。
2年生になったばかり。
今期、1回目のスクリーングの日。
本当なら、教科書や体操服で、リュックサックはパンパンに膨れ上がるはずだ。
しかし、俺が中に入れたのは、一枚の封筒のみ。
軽くなったリュックサックを背負うと、リビングへ向かう。
「あら、おにーさま。おはようございます♪」
妹のかなでが、テーブルに並べられた朝食を、美味そうに食べていた。
玉子焼きに鮭。納豆と味噌汁。大盛りの白飯。
実に健康的な食事。最後にこんなご飯を食べたのは、何時だろう……。
俺とは対照的で顔色も良く、新しいセーラー服は持ち前の乳袋で破れそうだ。
高校生になって、更に胸が巨大化したような。
猛勉強の末、かなでは見事、国立の名門校に合格した。
福岡県内では、トップレベル。
いつも男の娘ゲーで興奮している変態だが、偏差値が70越えという結果が出ているので。
実力なんだろうな……。
「か、かなで……。お前、今日は高校、休みじゃないのか?」
「そうですけど。高校の友達と天神で待ち合わせしてますの♪」
日曜日に天神で、級友と遊ぶだと?
こいつが? 高校デビューってやつか。
「な、なるほど……。気をつけてな」
「気をつけるも、なにも。インテリぶったJKを沼に落とすだけですから♪ “オタだらけ”で薄い本を買い漁るのですわ!」
「……」
うちの妹のせいで、優等生が腐ってしまうのか。
かわいそうに……。
「それより、おにーさま。最近ご飯を食べませんのね? 一体どうしてです?」
「ちょっと色々あって……」
ミハイルに振られたから、ショックでとは言えん。
「何か悩み事のようですね。でも、ご安心くださいな。今日あたり必ず良いことが、起こりそうですよ♪」
「え?」
妙に自信たっぷりのかなでを見て、まさか……とは思ったが。
ミハイルは今、携帯電話の電源を切っているし。
※
地元の真島駅から、小倉行きの列車に乗り込み。
一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。
本当なら、2駅離れた席内駅で。
「おっはよ~☆ タクト☆」
と一人のショーパンの少年が、駆け込んでくるのだが。
なにも起こらない。
ため息を漏らして、赤井駅にたどり着くまで、待つことに。
駅から15分ほど歩いた先に、名物である心臓破りの地獄ロードが見えてきた。
もう慣れたと思っていたが、久しぶりにこの坂道を歩くと。
足が鉛のように重く感じた。
リュックサックには、何も入れてないのに。
誰かが俺の肩を引っ張っているような……。
息遣いも荒くなる。
「はぁ……はぁ……」
今日で終わりだ。
もうこの坂道とも、お別れ。
俺にはやっぱりガッコウなんて、居場所は似合わない。
宗像先生に怒られても良いから、退学届を出して。
さよならだ。
自分にそう言い聞かせて、坂道を登る。
登り切ったところで、強い風が吹きつけた。
今のやせ細った身体では、立っていることさえ困難だった。
ふらつくとバランスを崩し、俺はそのまま坂道へ転げ落ちる……。
そう思った瞬間、誰かが優しく背中を押してくれた。
「危ないよ☆」
この声は、まさか。
そんなことは……ありえない。
だって、俺を捨てたはずだ。
「タクトはやっぱり、オレがいないとダメだな☆」
そう言って、エメラルドグリーンを輝かせるアイツ。
胸に空いた大きな穴が、やっと塞がった気がする。
彼の顔を確認しようと、振り返る。
「み、ミハ……?」
後ろに立っていたのは、俺が待っていたアイツじゃなかった。
桜の花びらが舞い散る坂道で、優しく微笑むのは。
胸元に大きなピンクのリボン、フリルのワンピースをまとった女の子。
カチューシャにも、同系色のリボンがついている。
美しい金色の長い髪を、肩から流していた。
「タッくん。おはよう☆ こんなところから落ちたら大変だよ☆」
「あ……アンナ? なぜ、お前がここに?」
「ふふっ。なんでだろね☆」
「タッくん、久しぶりだね☆」
「……アンナ。どうして?」
俺の隣りに立つ金髪のハーフ美少女は、間違いなく本物だ。
幻影などではない。
その証拠に、2つのエメラルドグリーンを輝かせている。
しかし、なぜ?
「あのね、ミーシャちゃんが教えてくれたの☆」
「ミハイルが?」
目の前に本人がいると言うのに、驚いてみせる。
だって俺は、アイツに絶交されたから……。
もう二度と会ってくれない。そう思っていた。
「うん☆ なんかSNSを見ていて、タッくんがどんどん痩せているから。心配なんだって」
「そ、そうか……ミハイルが、俺を心配してくれたのか……」
安心したところで、どっと気が抜ける。
その場で、地面に倒れ込んでしまった。
するとアンナが慌てて、俺のそばに駆け寄る。
「タッくん!? 大丈夫? やっぱり食べてないから、元気がないんだよ……アンナが作ってきたから、あそこで食べよ」
「え?」
アンナに手を引かれて向かった先は、一ツ橋高校の校舎。
玄関の近くに、ベンチが1つだけある。
ベンチの下には、錆びたペンキ缶が置いてあった。
ここは、宗像先生がスクリーングの時だけに、設ける喫煙所だ。
ヤンキーだけが、利用する場所なのだが……。
今朝は誰も使っていない。
きっと、朝が弱い……というか、やる気がないからだろう。
「さ、タッくん。ここに座って。また倒れちゃうよ?」
「ああ……でも、俺は学校へ来たんだ」
そう断ろうとしたが、アンナの馬鹿力で強制的に座らせられる。
「ダメだよっ! 今のタッくんは、栄養不足で危ないんだから!」
「わ、悪い」
とりあえず、ベンチの隣りにリュックサックを置いて。
彼女に言われるがまま、黙ってベンチで休憩することに。
アンナは持参してきた、かごバッグの中をごそごそと探している。
そこで、俺はようやく気がついた。
髪が長いことに。
この前ミハイルに会った時は、ショートカットへばっさりと短くしていたのに。
彼女の横顔をまじまじと眺めていると、アンナが視線に気がつく。
「どうしたの? 何かアンナの顔についている?」
「いや……髪型が変わってないなって」
「なに言っているの? アンナは最近、美容室とか行ってないよ?」
「そ、そうか……じゃあ、気のせいだな」
ひょっとして、ヅラか?
※
「さ、タッくん。朝ごはんを作ってきたからねぇ☆」
そう言って、弁当箱の蓋を開けるアンナ。
中には、色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが、ギッシリと詰まっていた。
おしゃれなワックスペーパーで、1つずつ包まれている。
最初に渡されたのは、卵サンド。
手に持つと、まだ冷たい。
彼女が持ってきた弁当箱をよく見ると、保冷剤が目に入った。
傷まないように……アンナの優しさを感じる。
「いただきます……」
恐る恐る、ひと口かじってみる。
正直、怖かった。
なにも受けつけない毎日だったから、アンナの食事でも吐き出してしまうのでは?
という恐れがあった。
「……っくん。うまい」
それを隣りで聞いたアンナは、パーッと顔を明るくさせる。
「良かったぁ~! まだまだおかわりがあるから、食べてね!」
「ああ、ありがとう。アンナ、これなら食べられそうだ……」
「うん☆ 魔法瓶に温かいトマトスープを入れているから、それも出すね☆ 身体がぽかぽかするよ☆」
そう言って、コップにスープを注ぐアンナ。
彼女が言う通り、まだ温かいようだ。湯気が立っている。
ふと、アンナの横顔を見つめると、緑の瞳に涙を浮かべていた。
サンドイッチを頬張りながら、呟く。
「アンナ……」
「タッくん。もっともっといっぱい食べてね☆ これからちゃんと食べられるまで、アンナが作ってあげるから!」
「すまん」
ん? 食べられるまで?
どういうことだ?
※
まだ弁当を食べている際中だが、そろそろ生徒たちが校舎に集まってきた。
普段はヤンキーが、タバコを吸っている喫煙所なので。
悪目立ちしていた。
すれ違う生徒たちの視線が、気になったのか。
アンナは慌てて、ベンチから立ち上がる。
「ご、ごめん。タッくん! アンナ、やることがあったの! ちょっと2階の事務所に行かなきゃ……」
「へ?」
「タッくんはまだ食べていてね☆ 食べられるなら全部食べるんだよ!」
「お、おう……」
卵サンドを食べ終え、今度はレタスサンドを味わっている。
非常に美味い。
レストランに出していいレベルだ。
「じゃあ、またあとでね☆」
そう言うとアンナは、一ツ橋高校の玄関へと走り去る。
「……」
一人取り残された俺は、温かいトマトスープをすする。
「っはぁ~」
青空の下で愛妻弁当を、食べられるとか。
幸せだなぁ……って、何を気取っているんだ俺。
部外者であるアンナが、なぜこの一ツ橋高校に来たんだ?
しかも、2階の事務所へ向かった。
わ、分からん……。
彼女に言われたからではないが、とりあえずアンナの作った弁当は残さず、キレイに全部食べた。
空になった弁当箱を持って、俺も校舎の中に入り、2階へと上がる。
今日から俺は、2年生になったので。
教室も隣りのクラスへと移動することになった。
ちなみに教室棟の2階は、3クラスしかない。
だから、真ん中のクラスへ移ったってことだ。
教室のドアを開くと、既にホームルームが始まっていた。
遅れて入ってきた俺を見て、宗像先生がギロっと睨む。
「新宮! 進級したばかりなのに、遅刻か!? たるんでいるぞ!」
えらく機嫌が悪そうだ。
「す、すみません……食事を取っていたので」
「な~にが食事だっ! 終業式をサボりやがって! 去年の単位を全部はく奪しちまうぞっ! 早く席に着け!」
「はい……」
ていうか、俺。
本当は今日、退学届を出しに来たんだけどな。
いつもの癖で、教室に入ってしまった。
前のクラスと同じ位置にある、席へ着くと。
後ろから、肩を突かれる。
「ねぇねぇ……」
振り返ると、赤髪のギャル。花鶴 ここあが座っていた。
専属絵師のトマトさんは、なぜか床で正座している。
ここあに怒られているのかと思ったが、「ブヒブヒ」言いながら、彼女の太ももを拝んでいるので。仲は良いのだろう……。
「どうした? ここあ」
「オタッキーさ。その後どう? ミーシャは戻ってきそう?」
「それなんだが……」
言いかけた瞬間、宗像先生が怒鳴り声を上げる。
「こらぁっ! 新宮と花鶴、私語は慎め! 額にナイフを投げちまうぞ、バカ野郎!」
「す、すみません……」
だから、いつまでそのネタを引きずっているんだよ……。
「ええ……話が逸れた。ごほんっ! 古賀 ミハイルについてだが、事情があって遠くへ引っ越すことになった」
宗像先生の話を聞いた俺は、驚きのあまり席を立つ。
「そ、そんな……ウソでしょ? 先生っ!?」
立ち上がった俺を注意せず、宗像先生は黙って首を横に振る。
ただ、人差し指を唇に当てていた。
黙って見ていろってことか。
「古賀は休学となるが、いとこの女子が編入してくることになった。お前たちと同じ2年生だ。仲良くしてやれ」
「まさか……」
「おいっ! そろそろ良いぞ。教室に入って来い!」
先生が手招きすると、教室の扉がガラっと音を立てる。
現れたのは、先ほど俺に愛妻弁当を作ってきてくれた美少女だ。
「初めまして。古賀 アンナです☆ 皆さん、今日からよろしくお願いします☆」
礼儀良く、おじぎをする金髪のハーフ美少女。
「な、なんで……?」
ミハイルじゃなくて、アンナが戻ってきたのかよ。
アンナが自己紹介を終えると、生徒たちがざわめき始める。
無理もない。
男のミハイルが、急に遠くへ引っ越し……。
女として、別人のアンナが編入してきたのだから。
その場で立ち尽くす俺に、アンナが手を振る。
「タッくん~☆」
これには、周りの生徒たちも驚きを隠せない。
だって俺たち二人は、仮にとはいえ、彼氏彼女の関係みたいなものだから。
何も言わなくても、友達以上の関係に見えるだろう……。
そこへ宗像先生が「静かにせんかっ!」と一喝し、場をなだめる。
生徒たちが静かになったところで、アンナに「新宮の隣りに座れ」と促す。
コツコツと音を立てて、優雅に歩いて見せるアンナ。
よく見れば足もとは上靴ではなく、ヒールが高いローファーだ。
大きなリボンがついた可愛らしいデザイン。
完全に、デートモード。
嬉しそうに、俺の隣の席へ座るアンナ。
「タッくん。今日からよろしくね☆」
「あ、ああ……」
この時、心の中で2つの強い気持ちがぶつかり合っていた。
それは安心感と寂しさ。
目の前に元となるミハイルがいるのに、女として振舞うアンナ。
せっかく俺のために、学校へ編入してくれた彼女には悪いが……。
「そこは、ミハイルの場所だ」と思ってしまった……。
※
ホームルームが終わると、宗像先生が俺を呼びつける。
「新宮! ちょっと話がある。一人で事務所へ来いっ!」
「は、はい……」
話し方からして、きっとお説教だろう。
次の授業まであまり時間がないのだが、とりあえず、事務所へ向かう。
って、教科書を一冊も持って来なかった奴が、何を言ってんだか……。
事務所へ入ると、宗像先生が不味そうなコーヒーを用意して、俺を待っていた。
またアレを飲まされるのか。
「なにを突っ立っておるか? 早くソファーに座れ」
「はい」
俺は二人掛けのソファーへ腰を下ろし、反対側のソファーにガニ股で座る宗像先生。
こういう時の先生は、絶対に怒っている。
興奮のあまり、太ももを閉じないから、今日も紫のレースが丸見え。
しんどい。
「……新宮。一体どうしてこうなったんだ? 私は古賀を呼び戻せ、と言ったはずだが。なぜ女装したブリブリのアンナが編入したんだ?」
「えっと、それは俺にもわかりません……ずっと連絡が取れなくて……」
そう答えると、宗像先生は深いため息をつく。
「はぁ……どうせ、お前たちの歪んだ愛情表現のせいだろ?」
「え、どういうことですか?」
「数日前のことだ。急に古賀から私に電話がかかってきてな。遠くへ引っ越すから、代わりにいとこを編入させてくれと言われたんだ」
「ミハイルがですかっ!?」
「当たり前だ……。でもその本人は引っ越していないよな? 現に今も女装してクラスにいるのだから」
「うっ……」
何も言い返せなかった。
「去年の運動会を覚えているか?」
「あ、はい……ミハイルがMVPを獲ったんですよね」
「うむ。その時に私が何でも願いを叶えてあげると、約束したろ? あれを使ったんだ古賀は」
「?」
俺が黙って首を傾げていると、宗像先生が代わりに答えてくれた。
「わからんか? ヒソヒソ声だったからな。古賀はあの時『オレのいとこをいつか編入させてください』と私に頼んだのだ」
「なっ!?」
「私もその時は、女装する趣味とか知らなかったから、了承したが。まさかこんな形で利用されるとはな……」
「じゃあ……アンナは女の子として、編入したんですか?」
「ま、そういうことだな」
と肩をすくめて見せる先生。
ていうか、あんたが願いを断れば良かったじゃん……。
※
アンナが編入してきたことは、全く予想できなかった。
まだ頭の中は混乱している。
しかし、少しずつ。彼……ミハイルが望んでいることが見えてきた気がする。
俺と絶交する際、ミハイルは男の自分を選んだことに傷つき、怒っていた。
女のアンナではなく、素の彼を抱きしめ、キッスまでしようとした俺に。
つまり逆ならば、ミハイルは傷つかなったのかもしれない。
女装した状態……完璧な女の子。アンナならば。
「先生……ミハイルを、いやアンナを女子として、編入させたんですよね?」
「そりゃそうだろ? だってお前らが作った設定だし……それに古賀を取り戻すには、嘘を突き通さないとなぁ」
「でも、中身はあくまでも、男のミハイルですよ? トイレとか、更衣室とか一体どうする気ですか?」
「うむ……私もそれは悩んだが、大丈夫だろう。便所は3階の職員用を使えば良い。スクリーングは日曜日だから、他の女性教員は使用しない。私ぐらいだ。逆にどんな下着をつけているのか、覗いてやろうと思っている」
ふざけろ。見ていいのは、俺だけだ。
「そ、そんな……無理があるでしょ?」
「無理なもんか。私はお前ら生徒たちが、一番だと言っているだろ! 更衣室も時間をずらして使わせたら良い。その辺はちゃんと配慮してやるから大丈夫だ。それよりも……いつまで持つか? って話じゃないのか?」
宗像先生はそう言うと、鋭い目つきで俺の顔を睨みつける。
「え?」
「あのな。私はお前ら二人とも、心配なんだよ……。女装して恋愛ごっこをするのも結構だ。しかし、新宮。そのやせ細った身体はなんだ?」
薄くなった胸板を、人差し指で小突かれてしまう。
「こ、これは……最近、食欲がなくて。でも、さっきアンナが作ってくれたサンドイッチを食べられましたよっ!」
それを聞いた先生は、鼻で笑う。
「フンッ。アンナね……どっちでも良いが、この前古賀に振られたのが原因だろ?」
「はい……」
「新宮、お前。あれから何キロ瘦せた?」
「えっと……3キロぐらいですかね、ははは」
笑ってごまかそうとしたら、更に宗像先生を怒らせてしまう。
「なめるな! 10キロ近く痩せたんだろ!? 何年教師をやっていると思うんだ! 見ればわかるっ!」
「すみません……その通りです。今52キロぐらいです……」
「ほれみろ。言わんこっちゃない! ちなみに身長はどれぐらいある?」
「え、170センチですけど?」
俺がそう答えると、宗像先生は自身のスマホを取り出し、何かを検索し始めた。
「おい……お前は、シンデレラになりたいのか?」
「え? なんのことですか?」
「身長が170センチで、体重が52キロだと“シンデレラ体重”になるんだよっ! 女の私より細くなりやがって!」
「はぁ……」
なんだ、ただの嫉妬か。
しかし……ミハイルがいなくなっただけで、俺はここまで落ちてしまうのか。
「でもな、新宮。冗談じゃないが……シンデレラってのはさ。午前零時で魔法がとけちまう、お姫様だよな?」
「はぁ……」
「結局のところ、お前が作り上げた幻想だろ? 古賀 アンナっていう女は」
「そ、それは……」
言葉につまる俺に対し、宗像先生はそっと肩に触れる。
「私は心配なんだ。急に痩せちまう新宮と、自分を女だと言い張る古賀がな」
先生の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「宗像先生……」
「お前がかけた魔法だろ? なら王子様の新宮が、古賀を解き放ってやれ」
「解き放つって……どうやってするんですか?」
「そんなものは簡単だ! スカートをめくって男だということを、クラスのみんなに教えてやれ。そして、そのままお前が襲えばいいだろ♪」
「……」
できるわけないだろ、そんなこと。
聞いた俺が、バカだった。
※
とりあえず宗像先生から事情を聞いて、ホッとしたいうか。
ミハイルの考えを、理解できた気がする。
要は、女であるアンナだけを見て欲しいってことだろう。
事務所を出て、廊下を歩いていると。
二年生の教室が何やら騒がしい。
窓から中を覗くと、たくさんの男子生徒がアンナを囲んでいる。
みんな別人だと思い込んでいるようだ。
「アンナちゃん。この前はマジでサンキューな! おかげでほのかちゃんとイブを過ごせたよ。でも一ツ橋高校へ来るなんて、奇遇だね」
と話しかけるのは、スキンヘッドの千鳥 力だ。
幼なじみだと気がついてない。
「ううん☆ ほのかちゃんと仲良くなれて、アンナも嬉しいよ。取材の効果が出たみたいだね☆」
「おお! 取材もバリバリやってるぜ! この前なんか、ネコ好きおじさんと出会いのバーに行ってきてさ……」
ちょっと、リキ先輩たら。どんどん界隈の深いところまで、取材しているじゃない。
とりあえず放っておこう。
教室の扉を開こうとした瞬間。
ガラっと中から、開けられてしまう。
目の前に立つのは、ギャルのここあ。
腕を組んで、俺を睨んでいる。
「あんさぁ……ちょっと、廊下で話そうよ」
「お、おう」
きっとアンナのことだろう。
とりあえず、教室に入るのは諦めて、彼女の話を聞くことに。
「ねぇ、どうして。ミーシャじゃなくて、女装したアンナが学校へ来たの?」
「いや……この前も話したが、俺が抱きしめたり……色々とあって。女装した姿を見てほしいみたいだ。ミハイルは」
「は? 言っている意味が分かんないんだけど?」
「まあ、そうだろな……」
俺は宗像先生が話してくれた内容を、ここあにも説明した。
すると、ここあは難しい顔で考えこむ。
「え? マジで頭が混乱するんだけど……女役だから、カワイイ自分を見てってこと?」
「そんなところだ」
「ふぅ~ん。でもさ、それって元はと言えば、オタッキーのせいじゃん!」
と俺の胸に人差し指を突き刺す。
「うっ……」
何も言い返せない。
「オタッキーさ。わがままだよ! ミーシャも欲しがって、女役まで欲しいなんて! ミーシャがかわいそう!」
気がつくと、ここあの瞳は涙でいっぱいだった。
一日に二人も女を泣かすなんて……最低だ。
「わ、悪い……」
とここあをなだめようとした瞬間。
廊下の奥から、誰かがこちらへ近づいてきた。
「え? ケンカ?」
眼鏡女子の北神 ほのかだ。
えらく怯えた顔をしている。
「あ、ほのか。違うぞ! こ、これは……」
上手く言い訳できない俺を見かねて、ここあが代弁してくれた。
「違うんよ。ほのかちゃん……オタッキーにミーシャの相談をしてたの。急に引っ越したていうじゃん? だから寂しくてさ」
アホなここあにしては、ナイスなフォローだ。
これで女装の話やアンナの正体を隠せる。
「ミーシャって……ミハイルくんのことでしょ? 引っ越してなんか、してないでしょ」
これには、俺とここあも驚きを隠せない。
「「え?」」
「今も教室の中で、リキくんと仲良く話しているじゃん。なんかアンナとかいう、謎の設定で先生に紹介された時は、ビックリしたけど……」
まさか……バレているの?
「な、なにを言っているんだ、ほのか。あの子はミハイルのいとこだぞ。紛れもない女の子だ」
ここあも俺の話に合わせる。
「そうそう! 双子ってぐらい似ているけど、全然違うって!」
俺たちの話を聞いて、ほのかは真顔で答える。
「いや、どう考えてもミハイルくんでしょ? 女装しているけど……」
「「……」」
よりにもよって、腐女子のほのかにバレてしまった。
担当編集の白金にこれ以上、関係者を増やすなと言われていたのに……。
※
もうバレてしまったことは、仕方ないので。
ほのかにも、ミハイルが女装をする理由を簡単に説明した。
そのうえで協力してほしいと、ここあと頭を下げる。
「そっかぁ。なるほどねぇ……そんな趣味があったんだぁ~ うーん、琢人くんって受けだと思ってたのに、バリバリ攻めだったとは」
そう言うと、眼鏡を怪しく光らせる。
「あ、あの……ほのか? なんか勘違いしていないか?」
「私のことなら大丈夫よっ! ミハイルくんの女装も黙っておくわ。二人で好きにヤッちゃっていいわ! 校内でも無理やりするんでしょ!?」
「……」
やっぱり言わなければ、良かった。
腐女子のネタにされちゃう。
「いやぁ~ 琢人くんが弱みを握って、女装させる鬼畜プレイが好きとか……盲点だったわ! 忘れないうちにペンタブで漫画にしよっと♪」
もう勝手にしてくれ……。
とりあえず、三人の中で話はついたので。
教室へ戻ることに。
相変わらず、たくさんの男子生徒がアンナを囲んでいた。
女装した途端、ミハイルを見る目が違う。
なんというか……いやらしい目つきに感じる。
俺は強い憤りを感じていた。
「あ、タッくん~☆ 戻ってきたんだ☆」
アンナの声がなかったら、こいつらをぶっ飛ばしているところだ。
「ああ……待たせたな」
自分の席に座り、次の授業。数学の準備をしようとした瞬間。
思い出す。なにも教科書を持って来ていないことに。
「タッくん、どうしたの?」
「その……今日の教科書を、全部忘れて……」
「なら、アンナと一緒に読もうよ☆」
そう言うと彼女は、机をピッタリとくっつけて、教科書を広げる。
「これで一日、一緒にいられるね☆」
「あ、ああ……」
無意識にやっていると思うが、肘と肘がくっつく距離感。
間接的とはいえ、久しぶりにアンナの肌に触れられて、嬉しかった。
その証拠に……最近、無反応だった股間が、ギンギンに盛り上がってしまう。
これで一日を過ごすのか……本当に持つかな?