ミハイルと電話で話してから、数時間経った。
もう18時を越えたから、窓の向こう側は暗くなっている。
真冬だし、この時間帯でも、夜に近い。
心配になって、彼に電話をかけてみるが。
何度かけても出てくれない。
なんか嫌われること、したかな……。
首を傾げながら、自室のテレビをつけてみる。
『それでは、今年もこれで終わりです! タウンタウンが送る。絶対笑えTV二十四時間!』
もう、そんな時期か……。
去年は、一ツ橋高校に入学するため、中学校の教科書で猛勉強していたから、見られなかったもんな。
結局、願書を出して、すぐ合格したから、意味がなかったんだけど。
ボーっとお笑い番組を眺めていると、部屋の扉がガチャンと音を立てて開く。
振り返ると、そこには、妹のかなでが立っていた。
連日の受験勉強で、顔色が悪い。
かなで曰く、勉強するのは苦ではない。
それよりも男の娘同人ゲームを、封じられていることが、何よりも辛いそうだ。
頬もこけている。
「おにーさま……ちょっといいですか?」
力ない声だった。
ここまで来ると、さすがに兄として、心配だ。
「おお……大丈夫か? かなで」
「え? なにがですの? かなでのことなら、問題ありません。脳内で男の娘をぐっしょぐっしょに濡らして……股間のタンクが無くなるまで、撃ちまくっていますわ」
「そ、そうか……」
禁断症状から、いつか近所のショタッ子に手を出さないか、不安だ。
無理やり、女装させたりとか……。
「それで、俺に用ってなんだ?」
「あ、そうでしたわ。お客様がお見えですよ」
「え? 俺にか?」
「はい……ミーシャちゃんです」
「なっ!?」
それを聞いた俺は、部屋から飛び出す。
リビングを通り抜け、急いで階段を駆け下りた。
店は閉めているから、裏口の扉を開けると、一人の少年が立っていた。
ニコニコと微笑んで、俺の顔を見つめる。
「タクト! 持ってきたよ!」
「み、ミハイル……」
両手には、大きな風呂敷で包まれた圧力鍋。
そして背中には、これまた巨大なリュックサックを背負っている。
クリスマス・イブを一緒に過ごしたアンナの時とは違い、服の色合いが落ち着いている。
黒のショートダウンに、ブラウンのショートパンツ。
足もとは、スニーカー。
アンナの時の方が可愛いのに、なんなんだ? このときめきは……。
ギャップ萌え、とでもいうのか?
それにショートパンツの素材がフェイクレザーだから、以前学校で触れなかった悔いがある。
このまま部屋に連れ込んで……いや、ダメだ。
理性を取り戻すんだ、俺。
素のミハイルに見惚れていると、彼が距離をつめて、俺の顔を覗き込む。
低身長だから、自然と上目遣いになる。
「どうしたの? タクト?」
相変わらず、エメラルドグリーンの瞳が輝いて見える。
「うう、その……」
「なんか調子悪いの?」
更に顔を近づけて、俺の目をじっと眺める。
わざとやっているわけじゃないから、俺の方が負けてしまう。
クソ。だから、ミハイルモードは嫌いなんだ……。
恥ずかしさを紛らわすため、彼の持っているものを指差す。
「なあ、ところでその鍋がお雑煮か?」
「ん? あ、そうだよ☆ かつお菜がちゃんと入っていて、お餅もたくさん入れたからね☆ お母さんとかなでちゃんも、みんなで食べてよ☆」
「そうか。悪いな」
魚のかつおをぶち込むのが、福岡流なんだな。
よく分からんが……。
ミハイルから鍋を受け取って、とりあえず、店のローテーブルへ一旦置くことにした。
持ってみたが、かなり重たい。
5人分はあるんじゃないか?
よく持ってきたな……。
「ところで、なんで電話に出てくれなかったんだ?」
俺がそう言うと、「あ、いけない!」と言って、慌て出す。
「ごめん! オレが料理するのに結構、時間がかかってさ……。タクトに色々食べて欲しかったから、いろんなものを作ってたら、スマホも気がつかなくて」
「そういうことか……なら、気にするな。じゃあ、後ろのリュックにもあるのか?」
彼のリュックサックを指差すと、ミハイルは嬉しそうに微笑む。
「そうだよ☆ 待ってて、今出すから!」
お雑煮だけでも、充分嬉しかったのだが……。
料理が得意なミハイルだ。
俺の想像を超える料理の数々が、リュックサックから飛び出てくる。
「まずはおせち料理ね、ハイ☆」
とスナック感覚で、重箱を取り出すミハイル。
三段だろ、これ? 買ったら相当するだろ……。
「あと、タクトって、“ぬか漬け”は食べられる?」
「へ?」
「だから、ぬか漬けだよ。知らないの?」
「いや。知ってはいるが……」
「じゃあ、好きなの?」
「まあ……」
俺がそう答えると、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。
「良かったぁ☆ ぬか漬けをたくさん持ってきたから、食べてくれる? きゅうりとナスにニンジン。ピーマンも入れたよ☆」
おばあちゃんかよ……。
なんで、16歳の男子高校生が、ぬかに漬けていやがるんだ?
「お前が漬けたのか?」
「そうだよ? 死んだかーちゃんから、ずっと受け継いでる“ぬか”なんだ☆」
「えぇ……」
重い! そんな死んだお母さんの分まで、想いが込められているなんて。
食いづらい。
「あとね……」
まだあるの? もういいよ。
「黒豆と“がめ煮”を作り過ぎちゃったから、おすそ分けね☆」
そう言って、大きな深皿を2つ取り出す。
ミハイルが作ってくれたお雑煮とおせち料理で、一週間分ぐらい過ごせそうな量だった。
ここまでしてくれて、俺もさすがに悪い気がしたので、「家にあがらないか?」と提案したが。
「ねーちゃんのおつまみを、作らないといけないから」
と断れてしまった。
料理だけ俺に渡すと、彼は「また来年ね~☆」と足早に、地元の真島商店街を走り去ってしまった。
今年最後だってのに、なんか寂しい別れ方だな……。
と思いながら、俺は彼のレザーヒップを、目に焼き付けるのであった。