気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 筋男くんと育子ちゃんは、こんな日でも募金活動に勤しむらしい。
 恵まれない子供たちのために。
 彼らは受験生だが、この日だけは、在校生と活動を頑張りたいようだ。
 なんでも、卒業してもみんなで聖夜に募金を頑張ろう! と意気込んでいるのだとか。

 これには俺も、昨年彼らに吐き捨てた『偽善行為』という言葉を、撤回しなければならない。

「筋男くん。育子ちゃん。悪かった……君たちのことを偽善だと言ってしまって」
 そう言って、頭を下げると、2人は首をブンブンと左右に振り、慌て始める。

「いいえ! 私たち、好きでやっているんで!」
「そうです! 逆にあの日、ドスケベ先生が言ってくれなかったら、きっと僕たちは活動を止めていたと思います」
「そうか……なら、俺は君たちを信じていいんだな?」
 俺がそう言うと2人はお互いの顔を見つめ合う。
「「え?」」
 
「来年も、再来年も、そのまた3年後も。毎年、お前たちが活動をしているか、見に来てやるよ」
 たった1人の言葉が、ここまで彼らを動かしたのなら、更に俺の言葉でその信念を強くしてやろうと思った。
 まあ、いじわるでもあるが……。

 だが、俺のそんな傲慢な態度すら、2人はクスクス笑い始める。

「ドスケベ先生なら、そう言うと思っていました!」
「負けませんよ! 毎年、見に来てください! ドスケベ先生」

「ハハハッ……頼もしいな。それより、君たち。いい加減、そのペンネームを使うのはやめなさい」
 最後の方は、かなり口調を強めたが。
「「分かりました。ドスケベ先生!」」
「……」
 仕方ないか。
 
  ※

 筋男くんと育子ちゃん達と別れ、俺とアンナは再度イブの取材を始める。
 アンナが「身体が冷える」と言うので、なんか暖かいものでも飲もうと提案。
 近くにあった屋台へと入ってみる。

 メニューを見るより前に、その独特な甘い香りが不快に感じる。
 しかし、これは俺個人の問題だ。
 その証拠に、アンナは手を叩いて、喜んでいる。

「うわぁ☆ チョコのいい匂いがするぅ~ ホットチョコレートだって! 飲みたい!」
「そうか……じゃあ買おう」
 チョコが嫌いな俺は、絶対に飲まない。

 屋台の中で、大きな鍋をかき回すお姉さんに声をかける。

「すいません。ホットチョコレートを1つ下さい」
「お1つで、よろしかったですか?」
「ああ……じゃあ、ホットコーヒーってあります?」
「ございますよ」
「なら、それを1つ。ミルクも砂糖もいりません」
「かしこまりました!」
 
 お姉さんとの会話を、隣りで聞いていたアンナが、クスリと笑う。

「タッくんたら、イブでもブラックコーヒーなんだね☆」
「まあな……」
「でも、寂しいな。チョコが苦手じゃなかったら、一緒に飲めたのにね☆」
「すまん」

 そうこうしているうちにお姉さんから、商品を渡される。
 アンナのホットチョコレートは、マグカップ付きで持って帰れるのだとか。
 俺は紙コップに、暖かいブラックコーヒー。

 うむ、香りはナイス……と匂いをかいでいると、どこからか、怒鳴り声が聞こえて来た。


「お客様! や、やめてください!」
 隣りの屋台からだ。
 若いお兄さんが、客に注意している。
「うるせぇな! 私は客だぞ!? ガタガタ言わずに、もっとワインを入れやがれ!」

 悪態をついている客をよく見てみると……。
 全身ツルツルテカテカなボディコンを、着た卑猥な女性が、顔を真っ赤にして叫んでいた。
 あんな立ちんぼガールは、1人しかいない。
 俺たちの担任教師、宗像 蘭先生だ。

「おかわりでしたら、有料ですので、お金を払ってください!」
「なんだと、コノヤロー!? 教師を敵に回すのか? お前の出身校を教えろ! 私はこう見えて、顔が広いんでな」
 酷い。自分のコネクションで脅しにかけてる。
 
「な、なにを言っているんですか……酔っているのはわかりますが、カスハラですよ?」
「ハラハラうるせぇな! そんなこと言ってたら、何も出来ないだろがっ! ワイン、もっとよこせ!」
「もう、この一杯だけですよ? 内緒ですからね」
 お兄さんがそう言うと、宗像先生の態度は一変し、優しい笑顔になる。
「ありがとぉ~ お兄ちゃん。優しいねぇ、今晩どう? 何時に終わるの? お姉さんが相手しようか」
 うわ……カスハラの次は、セクハラだよ。
 こんなのが担任教師だなんて、恥ずかしい。
 
 しかし、そんな発言にもお兄さんは、顔色変えず一言。
「いえ、結構です」
 目も合わせずに、マグカップにワインを注いで先生へ渡した。
「うへへへ。恥ずかしいのかな? タダでヤレちゃうんだよ?」
 まだ懲りない宗像先生だったが、お兄さんは至って冷静で。
 黙って背中を向け、別の仕事を始めだした。
「……」
 
 イブなのに、酒で寂しさを紛らわしているのか。
 ていうか、あんな大人にだけは、絶対になりたくない。

 俺がずっと隣りの屋台を眺めていた為、アンナが心配して、肩を指で突っつく。

「ねぇ、どうかしたの? 誰か知り合いでもいた?」
「いや……見間違えだ。ちょっと変な酔っ払いがいてな。ここじゃ安心して飲めそうにない。場所を変えないか?」
 宗像先生に見つかったら、面倒くさいし。
「いいよ☆ イブなのに、お酒で酔っぱらう人って、なんか寂しいよね。イルミネーションも楽しめないし、みんなでパーティー出来ないもん☆」
「そ、そうだな……」

 宗像先生、愛する生徒にめちゃくちゃ言われて……かわいそう。

 宗像先生から逃げるため、俺たちはフードコートへ移動することにした。
 一ヶ月限定の特設会場。
 普段なら、色んな人々が行き交う広場なのだが。
 
 今は煌びやかクリスマスツリーが飾られており、その周りにステージまで設けられている。
 司会の女性がマイクを持って、アーティストの名前と曲名を紹介していた。
 どうやら、プロのバイオリニストとソプラノ歌手がコンビで、クリスマスソングを披露するらしい。

 俺は普段、こういうのを聞かないから、良く分からないが……。
 確かに、会場の雰囲気と合っている。
 クリスマスらしい。

 アンナがホットチョコレートをすすりながら、「そろそろお腹がすいたな☆」と言うので。
 フードコートにある他の屋台を色々と物色し、気になったものを注文。

 渦巻きに巻かれたぐるぐるソーセージ、パエリア、チキン。
 これで終わりかと思ったら大間違いで、アンナの腹は満たされない。
 大きなピザに、チーズボール。パスタにステーキ。グラタンまで……。

 フードコートにあるテーブルで、食事をとれるのだが。
 俺たちは2人だけなのに、購入したメニューが多すぎて。
 スタッフのお姉さんが、わざわざ6人がけのファミリータイプへ案内してくれた。

 そんな大きなテーブルでも、隅までギチギチ。
 ちょっと、皿を動かしたら今にも、地面に落ちそう。

「うわぁ~☆ クリスマスっぽい! おしゃれだし、みんな美味しそう☆」
「そ、そだね……」

 確かに全部、美味そうなんだけど、量が多すぎる。
 こんなに食えない。

 ~30分後~

「はぁ~☆ 美味しかったぁ☆」
「……」

 全部、残さず食いやがった……。
 俺はチキンだけで、お腹いっぱいになったのに。
 相変わらず、怖いな。アンナさんの胃袋。

「じゃあ、そろそろフードコートを出るか? 他にもお客さんが待っているみたいだし」
「うん☆ あ、でもその前にいいかな?」
「え?」
「デザートに、アップルパイを食べたいの☆」
「了解した……」

 スイーツは別腹ってか?
 この人の胃袋、どうなってんの。

  ※

 アンナは、クリスマスマーケットの屋台で販売している、食事やデザートは、ほぼ全て食い尽くした。
 満足した彼女は、「イルミネーションが見たい」と言うので、俺もついていく。

 ツリーから少し離れたところに、光りで包まれた公園があった。
 ハートの形のイルミネーションやかぼちゃの馬車。
 若いカップルでごった返しており、みんな撮影に拘っている。
 きっと、SNSに投稿することも意識しているのだろう。

「キレイだねぇ……」
 エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、イルミネーションを眺めるアンナ。
 俺には、こんな人工的に作られたものより、こいつの瞳の方が何倍も、綺麗だと感じる。
 イルミネーションを楽しんでいることを良いことに、今も俺は彼女の横顔を、じっと見つめている。

「ねぇ、タッくん」
 急にこちらへ視線を向けられたので、ビクっとしてしまう。
「お、おお。なんだ?」
「ちょっと、そこのベンチに座らない?」
「ん? あそこか?」

 アンナが指差したのは、何の飾りつけもない古いベンチだ。
 多分、このクリスマスマーケットのために置かれたものじゃなくて、普段からあるものだ。
 そんな所だから、人気が少ない。

「構わんが」
「じゃあ、ちょっと二人で座ろうよ。人が多くて、二人きりの時間が少ないもん」
 と唇を尖がらせる。
「了解した」

 彼女に言われた通り、ベンチに腰を下ろして見せる。
 するとアンナは、満足そうに隣りへ座った。
 寒いからと俺の腕をぎゅっと掴んで、胸へと押しつける。

「お、おい……」
「いいじゃん。イブなんだから☆ タッくんとの初めてを、たくさん味わいたいの☆」
 そう言って、可愛く上目遣いをされると固まってしまう。
 今日のアンナは、本当に積極的だな。
 ひょっとして、マリアへの対抗心がそうさせるのか?


「ねぇ、タッくん☆」
「ん? なんだ?」
「あのね……」
 俺の耳もとに手を当てて、そっと囁く。
 思わず、ドキッとしてしまう。
 何を言い出すのか、彼女の言葉に緊張する。

「目をつぶってくれる?」
「なっ!?」

 ま、まさか……この前の続きを、したいってことか!?
 聖夜にこんな人がたくさんいる場所で、キッスだと。

「ごくり……」

 生唾を飲まずにはいられなかった。
 昨晩、ミハイルの時には出来なかったが、女装して積極的なアンナなら、唇を重ねられるということでは?

 マジか、俺。ついにイブで、ファーストキスを経験できるんだ。
 覚悟を決めて、瞼をぎゅっと閉じる。

「つ、つぶったぞ?」
「じゃあ、アンナが良いって言うまで、ずっとつぶったままでいてね☆」
「は、はい!」
 なぜか敬語になり、カチコチに固まってしまう。

 瞼を閉じているから、何が起きているが分からない。
 どうやら、アンナは両手を俺の首に回し、抱きしめているようだ。
 彼女の吐息が、俺の頬に伝わる。

 これはマジだ。
 心臓がバクバクして、爆発しそう。
 いつになったら、彼女の唇が俺の唇に……。


「ちゅっ」

 可愛らしい音だった。
 アンナの唇は、とても小さい。
 だから、食事をする際も、あまり大きく唇を開けることができない。
 それもまた彼女の愛らしいところでもあるのだが。

「ちゅっ……ちゅっ、ちゅっ!」

 激しいキッスだった。
 なんていうか、キツツキきたいな接吻。

「ちゅ~、ちゅっ! ちゅっ! あれ? なんでかな?」

 自分からやっておいて、時折疑問を抱いているようだ。
 それもそのはず、この激しいキッスは唇ではなく、頬にされているからだ。
 左側の。

 ゲームのコントローラーを連打する子供のように、激しくキッスを重ねるアンナ。

「なあ、アンナ? 一体なにをやっているんだ?」
 瞼は閉じたまま、質問してみる。
「あ、タッくん! 目はつぶってよね! 恥ずかしいから!」
「おお……閉じているよ。なんで、こんなに頬へ……その唇を当てているんだ?」
「だって、マリアちゃんがこの前学校で、頬にキスしたって、ミーシャちゃんが言うから……汚れを落とすの!」
「えぇ、それで……」
 なんだ、あのことをまだ根に持っていたのか。

「そうか……しかし、こんなに何回も、しなくていいんじゃないのか?」
「ダメ! キスマークをつくるの!」
 ファッ!?
 この人は一体何を言っているんだ。
 今やっている控えめなキスでは、マークをつけることは、無理だろうに。

「おかしいな。今読んでいるBLマンガでは、こうしたら、すぐについたんだけどなぁ」
 そりゃ、マンガだからだろ。
「アンナ。もう良くないか?」
「イヤっ! 絶対タッくんに“しるし”をつけるの! ちょっと黙ってて!」
 怒られちゃったよ……。
「はい……」


「ちゅ、ちゅ、ちゅっ! う~ん。息を吐きながら、チューすればいいのかな?」

 逆だ、逆!
 吸うんだよ!

「すぅ~ しゅば~!」

 うん、暖かいね。それだけだよ。
 結局このあと、アンナが満足するのに、1時間も付き合わされた。
 これが、恋人らしいクリスマス・イブなの?
 僕には分かりません……。

 時が流れるのも早くて……今年、2020年も終わりを迎える。
 今日は、12月31日。大晦日だ。

 クリスマス・イブをアンナと仲良く過ごし、学校は冬休みで、仕事も無い。
 毎日家の中で、だらだらと過ごしていた。

 だが、母さんだけは何時になく、忙しそうだ。
 母さんが経営している、美容院のせいではない。
 もう年末だから、お店は休み。
 プライベートなことだ。

 俺にとって、その姿は毎年恒例のことだが……。
 推しのサークルの情報を、インターネットで仕入れ。
 卑猥な薄い本を、同人販売サイトで大量に予約。

 これだけでも、数十万円は溶かしている。
 しかし、母さんのBLに対する情熱は、とどまることがなく。

 推してなくても、新規のサークルや同人作家を漁りまくるのだ。
 新たな芽は潰す。のではなく、愛でる。
 これが母さんのモットーだ。

 年末年始に、美容院を休むのは、家族といるためではない。
 同人誌を漁るために、店を閉めるのだ……。


 リビングでノートパソコンをカチカチといじる母さん。
 眼鏡を光らせ、笑みを浮かべている。

「ふふふっ……今年の冬も期待のルーキーちゃんがいっぱいね。ポチっておくわ♪」

 俺はただコーヒーのおかわりを、マグカップへ注ぎに来たのだが。
 嫌なものを見てしまった。
 相変わらず、目がガンぎまっていて、麻薬中毒者のよう。
 恐ろしい。
 きっと徹夜で、BLを漁っているからだろう。

 こういう時の母さんは怖いので、声はかけず。コーヒーポットからマグカップに注ぎ、黙って立ち去る。

 
 自室に戻り、机の上にマグカップを置く。
 机の上に置いているモニターを、眺める。
 今年はアホみたいに、写真や動画を撮ったから、フォルダーを分けるのに苦労する。
 まあ主に、アンナのものだが。

 しかし、1枚だけ例外がある。

 それは……この前、彼に頼んで、学校内で撮ったものだ。
 廊下の壁にもたれ掛かり、こちらへ潤んだ瞳を向ける金髪の少年。
 古賀 ミハイル。

 たった1枚しか、撮れなかったが……。
 俺は時々、この写真をクリックしてしまう。

 画像を拡大し、彼の美しいエメラルドグリーンへ吸い込まれそうになる。
 アンナの写真を眺める時よりも、なぜか恥ずかしい。
 
 妹のかなでは、現在、受験勉強による疲労から、二段ベッドの下で爆睡中。
 今なら、人の視線を気にせず、彼を眺めることが出来る。
 
 なぜだろう……。
 この写真を眺めていると、すごく落ち着く。
 あいつが俺の隣りで、笑っているような……。


 男が野郎の写真をずっと眺めているなんて、気持ち悪いよな。
 でも、かれこれ2時間も、モニターに映るミハイルを見つめていた。

 その時だった。
 机に置いていたスマホが振動で、カタカタと音を上げる。
 思わず、ビクついてしまう。

 着信名は、先ほどまで見つめ合っていた相手だ。

「もしもし?」
『あっ、タクト☆ 今なにかしてた?』
 彼の問いに、悪意は感じないが。
 今もモニター越しに映る彼を見つめているため、罪悪感みたいなものを感じる。

「べ、別に……何もしてないぞ?」
『そうなんだ☆ あのさ、後で真島(まじま)に行ってもいいかな?』
「え? いいけど、どうしてだ?」
『あのね、今お正月の料理を作ってるの☆ お雑煮とか、おせち料理とか』
「ほう。大変だな」
『毎年やっていることだから、大丈夫だよ☆ タクトん家はおせち料理、お母さんが作んないの?』
 もちろん、この質問も悪意はない。
 我が家が逸脱しているから、こんな世間話も出来ないだけだ。

「母さんはおせちとか、作らないよ。昔は作っていたんだがな……今は同人サイト巡りで、それどころじゃないんだ」
 言っていて、めっちゃ恥ずかしい!
『ふ~ん。じゃあ、オレが作ったのを、持って行っても良いよね?』
「へ?」
『夕方ぐらいにそっちへ持って行くから☆』
「いや……それは悪いよ」
 断ろうとしたが、ミハイルに「大丈夫だよ」と笑われた。

『それよりさ、タクトってお雑煮に“かつお菜”は、入れるタイプ?』
「か、かつお?」

 お雑煮に、かつおだと……。
 かつお節か、それとも、カツオのたたきか。
 う~む。なぜお雑煮に入れるんだ? わからん。

『かつお菜だよ☆ 福岡なら入れる家が多いでしょ?』
「へ? かつお、な? 初耳だ、知らん」
『なんで知らないの!? 福岡に住んでいるなら、タクトも知っておきなよ!』
 めっちゃ怒られた。
 意味が分からん。
「すまん。母さんが10年以上、お雑煮とか作らないから、覚えていないんだ。とりあえず、ミハイルが美味いと思うなら、入れてくれ」
 俺がそう言うと、彼はすごく嬉しそうだった。
『ホント!? じゃあ、入れておくね☆ 全部作ったら、また連絡するよ☆』
「おう……」

 通話を終了した後も、しばらく俺の脳内は、カツオでいっぱいだった。
 餅とカツオの刺身を挟んで、汁にぶち込むのだろうか?

 分からん……。

 ミハイルと電話で話してから、数時間経った。
 もう18時を越えたから、窓の向こう側は暗くなっている。
 真冬だし、この時間帯でも、夜に近い。

 心配になって、彼に電話をかけてみるが。
 何度かけても出てくれない。

 なんか嫌われること、したかな……。
 首を傾げながら、自室のテレビをつけてみる。

『それでは、今年もこれで終わりです! タウンタウンが送る。絶対笑えTV二十四時間!』

 もう、そんな時期か……。
 去年は、一ツ橋高校に入学するため、中学校の教科書で猛勉強していたから、見られなかったもんな。
 結局、願書を出して、すぐ合格したから、意味がなかったんだけど。

 ボーっとお笑い番組を眺めていると、部屋の扉がガチャンと音を立てて開く。

 振り返ると、そこには、妹のかなでが立っていた。
 連日の受験勉強で、顔色が悪い。
 かなで曰く、勉強するのは苦ではない。
 それよりも男の娘同人ゲームを、封じられていることが、何よりも辛いそうだ。
 頬もこけている。

「おにーさま……ちょっといいですか?」
 力ない声だった。
 ここまで来ると、さすがに兄として、心配だ。
「おお……大丈夫か? かなで」
「え? なにがですの? かなでのことなら、問題ありません。脳内で男の娘をぐっしょぐっしょに濡らして……股間のタンクが無くなるまで、撃ちまくっていますわ」
「そ、そうか……」
 禁断症状から、いつか近所のショタッ子に手を出さないか、不安だ。
 無理やり、女装させたりとか……。


「それで、俺に用ってなんだ?」
「あ、そうでしたわ。お客様がお見えですよ」
「え? 俺にか?」
「はい……ミーシャちゃんです」
「なっ!?」

 それを聞いた俺は、部屋から飛び出す。
 リビングを通り抜け、急いで階段を駆け下りた。

 店は閉めているから、裏口の扉を開けると、一人の少年が立っていた。
 ニコニコと微笑んで、俺の顔を見つめる。

「タクト! 持ってきたよ!」
「み、ミハイル……」

 両手には、大きな風呂敷で包まれた圧力鍋。
 そして背中には、これまた巨大なリュックサックを背負っている。

 クリスマス・イブを一緒に過ごしたアンナの時とは違い、服の色合いが落ち着いている。
 黒のショートダウンに、ブラウンのショートパンツ。
 足もとは、スニーカー。
 
 アンナの時の方が可愛いのに、なんなんだ? このときめきは……。
 ギャップ萌え、とでもいうのか?

 それにショートパンツの素材がフェイクレザーだから、以前学校で触れなかった悔いがある。
 このまま部屋に連れ込んで……いや、ダメだ。
 理性を取り戻すんだ、俺。

 素のミハイルに見惚れていると、彼が距離をつめて、俺の顔を覗き込む。
 低身長だから、自然と上目遣いになる。

「どうしたの? タクト?」
 相変わらず、エメラルドグリーンの瞳が輝いて見える。
「うう、その……」
「なんか調子悪いの?」
 更に顔を近づけて、俺の目をじっと眺める。

 わざとやっているわけじゃないから、俺の方が負けてしまう。
 クソ。だから、ミハイルモードは嫌いなんだ……。

 恥ずかしさを紛らわすため、彼の持っているものを指差す。

「なあ、ところでその鍋がお雑煮か?」
「ん? あ、そうだよ☆ かつお菜がちゃんと入っていて、お餅もたくさん入れたからね☆ お母さんとかなでちゃんも、みんなで食べてよ☆」
「そうか。悪いな」
 魚のかつおをぶち込むのが、福岡流なんだな。
 よく分からんが……。

 ミハイルから鍋を受け取って、とりあえず、店のローテーブルへ一旦置くことにした。
 持ってみたが、かなり重たい。
 5人分はあるんじゃないか?
 よく持ってきたな……。

「ところで、なんで電話に出てくれなかったんだ?」
 俺がそう言うと、「あ、いけない!」と言って、慌て出す。
「ごめん! オレが料理するのに結構、時間がかかってさ……。タクトに色々食べて欲しかったから、いろんなものを作ってたら、スマホも気がつかなくて」
「そういうことか……なら、気にするな。じゃあ、後ろのリュックにもあるのか?」
 彼のリュックサックを指差すと、ミハイルは嬉しそうに微笑む。
「そうだよ☆ 待ってて、今出すから!」

 お雑煮だけでも、充分嬉しかったのだが……。
 料理が得意なミハイルだ。
 俺の想像を超える料理の数々が、リュックサックから飛び出てくる。

「まずはおせち料理ね、ハイ☆」
 とスナック感覚で、重箱を取り出すミハイル。
 三段だろ、これ? 買ったら相当するだろ……。

「あと、タクトって、“ぬか漬け”は食べられる?」
「へ?」
「だから、ぬか漬けだよ。知らないの?」
「いや。知ってはいるが……」
「じゃあ、好きなの?」
「まあ……」
 俺がそう答えると、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。

「良かったぁ☆ ぬか漬けをたくさん持ってきたから、食べてくれる? きゅうりとナスにニンジン。ピーマンも入れたよ☆」
 おばあちゃんかよ……。
 なんで、16歳の男子高校生が、ぬかに漬けていやがるんだ?

「お前が漬けたのか?」
「そうだよ? 死んだかーちゃんから、ずっと受け継いでる“ぬか”なんだ☆」
「えぇ……」

 重い! そんな死んだお母さんの分まで、想いが込められているなんて。
 食いづらい。

「あとね……」
 まだあるの? もういいよ。

「黒豆と“がめ煮”を作り過ぎちゃったから、おすそ分けね☆」
 そう言って、大きな深皿を2つ取り出す。
 ミハイルが作ってくれたお雑煮とおせち料理で、一週間分ぐらい過ごせそうな量だった。

 ここまでしてくれて、俺もさすがに悪い気がしたので、「家にあがらないか?」と提案したが。

「ねーちゃんのおつまみを、作らないといけないから」
 と断れてしまった。

 料理だけ俺に渡すと、彼は「また来年ね~☆」と足早に、地元の真島商店街を走り去ってしまった。

 今年最後だってのに、なんか寂しい別れ方だな……。
 と思いながら、俺は彼のレザーヒップを、目に焼き付けるのであった。

 ミハイルからもらった大量のおせち料理とお雑煮などを、複数回に分けて、二階へと持ってあがる。
 こんなに豪華なお正月は、初めてだ。

 最近の年末年始と言えば……母さんが料理どころじゃないから。
 精々妹のかなでが、近所のスーパーで買ってきたオードブルぐらい。
 
 テーブルの上に、全て並べてみたが。
「こ、これは……」
 試しに重箱を開いてみたら、なんと煌びやかな料理が、ギッシリと詰まっていた。

 数の子から田作り。たたきごぼうと紅白のかまぼこ。
 だてまきに、くりきんとんまで。
 それから、鯛の塩焼きに、大きな海老。
 他にも、色んな野菜を使った酢の物や昆布などが、盛りだくさん……。

 愛がっ……愛が溢れ出ている!

 俺はそれに気がついた時、瞼が熱くなり、涙がこぼれそうになった。
 だって、こんな人間味のある料理は、久しぶりだから!
 母さんだって、こんなおせちは、作ったことないもん。

 ありがとう、ミハイルママ!
 大しゅき。
 いかんいかん、あまりの感動から、幼児退行しそうになっちまったぜ。

  ※

 明日というか、もう来年だが。ミハイルの料理を食べるのが、とても楽しみになってきた。
 テーブルに並んだおせち料理を眺めながら、ひとり頷いていると……。

 一階の方から、何やら物音が聞こえて来た。
 なんだろう……と階段の方を覗き込むと。
 背の高い大きな男が、のしのしと音を立てて、階段を昇って来る。

 泥棒かと思ったが、違う。
 半年ぶりの再会で驚きはしたが。

「親父……」
「よう、タク! 元気してたか?」

 久しぶりに会った親父は、相変わらず、汚かった。
 黒く長い髪を首元で結っているが、汗でベタついている。
 くたびれた皮ジャンに、色あせたジーパン。
 つぎはぎの肩掛けリュックを背負って、ニカッと笑っていた。

 忘れていた。
 このニート親父が、年末年始に帰宅することを。

  ※

「おろ? この料理は琴音(ことね)ちゃんが作ったのか」
 そんな訳ないだろ! と叫びたかった。
 しかし親父は、あまり母さんの“そういう姿”を見たことがない。
 ちゃんと説明しないとな。

「違うよ。ダチが……その、俺のために作ってくれたんだ……」
 なんか言っていて、すごく恥ずかしかった。
「タクのために? どうして野郎同士で、こんな愛のこもった料理を作るってんだ?」
「うぅ……それは」
 返答に困っていると、親父は急にリュックを投げ捨て、俺の肩を強く掴んだ。
 そして、俺の顔をじっと見つめる。
 普段のチャラついてる親父とは違う。とても真剣な眼差しだ。

「タク。お前、ひょっとして……」
 何かを言いかけたところで、廊下の奥から母さんが現れた。
「六さん! 帰っていたの!?」
 母さんも一人の女性だ。
 毎晩、BLで寂しさを紛らわしていたのだろう。知らんけど。
 親父を見るや否や、愛する旦那様の胸に飛びつく。

 それを見た親父も優しく頭を撫でて「ただいま」と囁く。
 母さんは、親父の胸の中で涙を流しながら「おかえりなさい」と答えた。

 なんだかな……こういうのは、息子の前でやって欲しくないね。

  ※

 母さんがまだ親父に甘えようとしていたが、珍しくそれを断る。
「悪い、琴音ちゃん。ちょっと、タクと大事な話があるんだ」
「え? タクくんと?」
「ああ。男同士、裸の付き合いってやつさ。風呂沸いているかい?」
「ええ……沸いてますけど。お風呂なら、私と一緒に入ってくださいよ」
 とアラフォー女子が、唇を尖がらせる。
「まあまあ、二人の時間はあとでたっぷりね。琴音ちゃん♪ それにお風呂でキレイにしないとさ」
「やだぁ~ 六さんたらっ!」
 そう言って、母さんは親父の頬を軽くペシっと叩く。
 
 ごめんなさい。
 とても、しんどいのでこの場から早く離れたいです。

 結局、なんでか知らないが、親父が言うので。
 二人で一緒に、お風呂へ入ることになった。
 
  ※

 狭い脱衣所だ。
 大きくなった俺と親父が二人で服を脱ぐだけでも、お互いの肌がぶつかってしまう。
 ふと、親父の背中を見ると、傷だらけだった。
 なんだかんだ言って、このおっさんもヒーローだってことを痛感する。
 その分、自分の家族が苦労しているんだが。

 親父の後ろ姿を眺めていると、視線に気がついた六弦(ろくげん)が、目を丸くした。

「どうした? そんなに俺のおてんてんが、気になるか?」
「そんなわけあるか!」
 ミハイルのなら、別だがな。
 怒りを露わにする俺を見て、ゲラゲラ笑い始める。
「ハハハッ! 相変わらず、タクはおもしれぇな!」
「どこがだよ!?」


 軽く身体を洗い終えると、湯船に浸かる。
 それは別に、普段と変わらないんだけど……。

 親父の野郎が、目の前に座っている。
 つまり狭い湯船に男たちが、仲良くつかっているということだ。
 おかしくね?

「親父……話ってなんだよ」
 俺から切り出してみた。
「そのことだが……タク、お前。童貞、捨てたろ?」
 いきなりそんなことを言われたので、大量の唾を親父へ吹き出してしまう。

「ブフーーーッ!」

 息子に唾を掛けられても、怯むことなく。真剣な眼差しで、俺を見つめる。
 どうやら、答えが知りたいらしい。

「タク。今のお前を見て、すぐに分かったんだ。童貞を捨てた時の俺と、同じ顔をしている」
 えぇ……。
 捨ててないけどなぁ。
 親からすると、そんな風に見られているのか?
「い、いや……捨ててないよ?」
 視線は逸らしたまま答えた。
「んん? その顔つきで童貞だと? 嘘くせぇな。じゃあアレか? キスとかハグとか?」
 鋭い!
 全部当たってる。でも、相手はミハイルなんだよ。
 言えるか……男としただなんて。

「そ、それは……」
 言いかけたところで、親父が急に笑い始めた。
「ハハハッ! 悪い悪い! タクも18歳だよな? そんな年頃だろう。野暮なことを聞いてすまん」
「なんなんだよ、いきなり……」
「悪いって。思い出したんだよ。俺と琴音ちゃんが、初めて出会ったあの頃を」
「へ?」
 照れくさそうに、鼻を人差し指で擦りながら、話し始める。

「俺は東京生まれでさ。中学校を卒業した後、日本中を旅していてな。日雇いのバイトで食いつないでたのよ。その時、たまたま博多駅で女子高生に一目惚れしてな」
 なんか急に語り出したけど。まさか……。
「その時に口説いたら、琴音ちゃんが『腐女子ですけどいいですか?』って言うから。関係ないねって、駅前のラブホテルに連れ込んでさ」
 えぇ……。
「俺も童貞だし、琴音ちゃんも初めて。それでお互い燃え上がって、出来たのが。お前だ。タク」
「……」
 絶対に聞きたくないエピソードだった。

「ところで、ラブホテルの前にあったラーメン屋って、まだあんのかな? 夜明けに琴音ちゃんと食ったら、まあ美味くてよ。また行きてぇな」

 こいつが18年前にやったことを、息子の俺が。繰り返していたなんて。
 認めたくない!

「うまい……」

 新年初めて、口にしたのは暖かい汁。
 ミハイルが作ってくれたお雑煮だ。

 魚のかつおなど一切、入っておらず。
 彼が熱弁していたものは、福岡県の特産野菜で。
 かつお菜という、緑色の小松菜みたいなものだ。

 ひと口食べてみたが、特に辛くもないし、苦くもない。
 だが、風味というか……だしとして、良い野菜だと感じる。

 気がつくと、頬から涙が溢れ出る。

「こんな……優しい料理は、久しぶりだ」

 愛情たっぷりのお雑煮と豪勢なおせち料理が、とても嬉しかった。
 作ってくれたのは、男だけど。
 それでも、こんなに愛を感じる食事は、生まれて初めてだ……。


 正月といえば、家族でおせち料理を囲み、みんなで仲良く喋りながら、ゆっくり過ごす。
 そんなドラマみたいなお正月は、我が家にはない。

 リビングで一人、ミハイルが用意してくれたお雑煮を暖めて、静かに食べる。
 そばには、誰もいない。

 妹のかなでは、受験勉強でダウン中。
 久しぶりに帰ってきた親父だが……。

 廊下の奥にある書斎で、一晩中『母さんの相手』をしている。
 もう朝の10時だってのに、終わる気配がない。
 こっちにまで、聞こえてくる始末。


「琴音ちゃん! 今年もよろしくぅ!」
「あああっ! あけおめっ、ことよろ~!」
 なんて酷い新年の挨拶をしているんだ。この夫婦は……。
「最高だよ、琴音ちゃん! 18年前を思い出しちまうよ!」
 子供を使って、興奮するとか最低な親父だ。
「六さん、私。もう……壊れちゃうぅぅぅ!」
 とっくの昔に、壊れてるだろ。


 この叫び声と激しい振動で、俺はろくに眠れなかった。
 かなでも、うなされていたから、親父と母さんのせいだろう。

「あほらし……」

 餅を咥えて、箸で伸ばしてみる。
 久しぶりに食う雑煮だから、喉に詰まらせないよう、慎重に食べていたら。
 テーブルの上に置いていたスマホが鳴る。

 甲高い声で歌を唄うのは、アイドル声優のYUIKAちゃんだ。
 年末に発売した新曲、『ピーカブースタイル』。
 今回の曲は、なんとYUIKAちゃんがラップにチャレンジしている。
 最高かよ。

 と曲を楽しんでいる場合ではない。
 着信名は、アンナだ。

「もしもし?」
『あ、タッくん! あけましておめでとう☆』
「おお……そうだったな。おめでとう。今年もよろしく」
 我が家では、こんな新年の挨拶もしないので、動揺してしまう。
『うん、よろしくね☆ ところで、タッくんは今日、家族と過ごす感じ?』
「え、俺が家族と?」
『だってお正月だからさ。普通はみんなで一緒に初詣とか』
「ああ……そういう話か……」

 アンナに指摘されるまで、全然思いつかなかった。
 そうだよな。
 普通の家族なら、みんなで初詣とかするもんね。
 俺ん家が、おかしいんだよ。

 赤ん坊の頃から、コミケに連れて行くような家庭だ。
 1歳になった時。“選び取り”をさせられたらしいが。
 普通は、そろばんとお金か、筆を選ばせるのに……。
 お袋とばーちゃんのいたずらで、百合とBLの同人誌を並べられ。
 見事、BLを掴んだという、写真を見せられた時は絶句した。


『もしもし、タッくん? 大丈夫、なんか息が荒い気するけど……』
 電話の向こうで心配しているアンナが、想像できた。
「はぁはぁ……すまん。嫌な過去を思い出してしまったんだ」
『え? お正月にあまり良い思い出がないの?』
「ま、まあな。うちはちょっと変わっているから」
『ならさ。アンナと今日、いい思い出を作ろうよ☆』
「へ?」
『初詣に行こうよ☆』
「あぁ……初詣か。そうだな、行ってみるか」
 俺がそう答えると、アンナは嬉しそうに笑う。

『やったぁ~☆ タッくんと初詣だぁ。お母さん達とどこかに行くんじゃないかって、不安だったから、嬉しいな☆』
「そんな気を使うなよ。アンナの頼みなら、いつでも大丈夫だ」

 だって、うちの親だよ?
 未だに廊下の奥から、喘ぎ声が止まらないんだ。
 むしろ、すぐにでも家から飛び出たい。

 正月からJRを使うのか……。
 なんとも不思議な感覚だ。

 ここ数年は、家にこもりきりで。
 寝正月ばかりだった。

 そんな俺が博多行きの列車に、乗り込むとはね。
 地元の真島(まじま)駅は普段と違い、とても静かだった。

 平日なら、サラリーマンやOL。それから学生が多く。
 通勤や通学に使われる。
 しかし、今日はお正月だ。
 みんな休み。だから、そんな暗いスーツや制服は着ていない。

 むしろ、煌びやかな振り袖や、気合の入ったミニスカの女子が多い。
 男子も普段と違う。
 なんていうか、お洒落しているんだけど……。
 利用している店が同じところだからだろう。みんな同じ服装に見える。
 量産型男子……。
 男はつらいね。選択肢が少なくて。


 その点、俺は違う。
 初詣に行くと、母さんに言ったら「じゃあこれを着て行きなさい」と着物を渡された。
 話を聞けば、昔親父が着ていたものらしい。

 紺色のウール製で、冬用だ。
 羽織もセットでついており、なかなか暖かい。
 足もとは、下駄。

 これぞ、日本の男だ。と胸を張りたいところだが……。
 実は今着ている着物は、俺のばーちゃんがデザインしたもので。
 羽織の裏地に全裸の男たちが、汗だくになっているBLイラストが、プリントされている。
 そして、羽織を脱いで背中を見せれば、絶頂している男子が……。
 ああ……おぞましい。

 だから絶対に、俺は家に帰るまで、この羽織を脱ぐことが出来ない。

  ※

 ホームで列車を待っていると。
 やはり、俺と同様にみんな初詣に行くようで。似たような格好ばかり。
 振り袖を着ているのは、当然女の子たち。
 しかし羨ましい。
 だって、裏地に痛いBLがプリントされてないんでしょ?
 うちがおかしいんだよな……。

 そうこうしていると、列車が到着し。
 プシューという音を立てて、自動ドアが開く。
 中は思った通り、多くの人でごった返していた。

 この中から、アンナを探すのかと迷っていたら。

「タッくん~! こっち、こっち~☆」

 と一人の少女が手を振っていた。
 アンナだ。
 しかし、彼女の周りだけ、人が少ない。なぜだろう……。
 
 あ、思い出した。
 夏に花火大会へ行った時、アンナが乗客の大半を、馬鹿力でホームに押し出したから。
 他の客が、避けているんだろう……。
 少し離れたところで、ヒソヒソと耳打ちをしているカップルがいた。

(あの子、見た目あんなんだけど、マジでやばいよ。友達が夏に膝を怪我させられたの)
(マジかよ? 普通に可愛い女の子なのに)
(ホントだって! 膝の皮がめくれて、肉が見えてたんだよ!)

「……」
 よく訴えなかったな。
 とりあえず、アンナのそばに近寄ってみる。

「よ、よう……」
「タッくん☆ 良かった。一緒の列車で☆ あ、タッくんも和服なんだね☆」
「まあな……母さんが貸してくれたんだ。そういうアンナこそ、似合っているじゃないか?」
 言いながら、彼女の着物を指差す。
「え、ホント?」
 緑の瞳を輝かせて、微笑む。
 
 
 今日のアンナは、普段と全然違う。
 ガーリーなファッションを好む彼女だが、お正月だから和服。

 鮮やかな赤の振り袖で、白い梅の花びらがたくさん描かれている。
 長い金色の髪は、頭の上で纏めており。お団子頭ってやつだ。
 足もとは、白い足袋と草履。
 
 いつもミニスカートを履いているから、今日は露出度が少ない。
 精々がうなじぐらいだ。
 しかし、その見えない所が色っぽく感じる。

 正直、後ろから襲いたいぐらいだ。
 あ~れ~! って腰の帯を回してみたいのが、男ってもんだ。
 
 俺が彼女の着物姿に、見惚れていると……。
「タッくん? どうしたの?」
「あ、悪い……その着物って、ひょっとして……」
「そうだよ、タッくんのおばあちゃんから頂いたもの☆ すごく可愛いよね?」
「うん……着物は可愛いし、似合っているんだけど」
 1つだけ、違和感を感じさせるオプションがついていた。
 彼女が手に持つ、小さなバッグ。

 俺が隠している羽織の裏地と同じく、裸体の男たちが激しい絡みを、繰り広げていたからだ。
 ばーちゃん、なにしてくれてるんだよ!
 人の女に変なものを、送りつけやがって……。

「そのバックは……」
「あ。これ、すごく便利なの~☆ 着物に合わせるバッグが無くて、タッくんのおばあちゃんに相談したら。すぐに送ってくれたのぉ~」
 俺のばーちゃんに、相談したらダメだよ。
「そ、そうなんだ……」
「スマホもお財布も入って、着物に似合うし。ホントにいいおばあちゃん☆」
「……」

 あのババア。アンナも沼に落とす気じゃないだろうな?
 よし、初詣の願い。決まったぜ。

『早くばーちゃんも、枯れますように』

 これだな。

 『次は、箱崎(はこざき)~ 箱崎駅です』

 車内からアナウンスが流れ、目的地へ着いたことに気がつく。
 乗客の大半が、初詣だったようだ。
 それもそのはず。俺たちも筥崎宮(はこざきぐう)を目指しているからだ。


 福岡県における三社参り。
 学問の神様で全国的にも有名な太宰府(だざいふ)天満宮(てんまんぐう)

 それから、近年若者から人気を得ている、宮地嶽(みやじだけ)神社がある。
 なぜ、若者から人気かというと……。
 国民的なアイドルグループが、ここでCMを撮影した際。
 その日は天気が悪かったにも関わらず。5人のメンバーが神社の参道を歩いた瞬間。
 
 近隣の海岸から、眩い光りが差し込み。
 ちょうど神社までの一本道を、神秘的な光景に変えてしまった。という伝説がある。
 そのため、CMを見たファンや若者が殺到し、お正月とか関係なく。
 平日でも多くの人で、賑わっている。
 またパワースポットとしても、人気だ。

 だから、宮地嶽神社と迷ったが、三つ目の筥崎宮(はこざきぐう)を選んだ。
 博多に近く、駅からも近い。
 あと、出店が多いことも、狙いの一つだ。
 大食いのアンナには、嬉しいことだろう。


 と、駅から降りて、アンナに三社参りの意味や、神社の情報を説明したが。
 聞いている本人はチンプンカンプンのようだ。

「えっと……今から行くのは、太宰府?」
「違うよ。筥崎宮」
「アンナ、違いがわかんない~ 福岡の歴史って、難しい~」

 散々、かつお菜のことで、熱く語ったくせに。
 興味がないものは、全然知識に入れないのか。

  ※

 駅から10分ほど、歩いたところで目的地へたどり着く。
 筥崎宮だ。

 幼い頃に母さんと何回か来たことはあったが……。
 元旦に来たことはない。

 大勢の人々で、賑わっており。
 境内に入ってみたが、どこも行列ばかりで、全然前へ進む気配がない。
 たぶんアルバイトの神子さんだと思うが、プラカードを持って立っている。

『本殿に着くまで、約45分』


「マジかよ……そんなに待たないと行けないのか」
 お賽銭して、お祈りするだけだってのに、1時間も拘束されるのかよ。
 長すぎだろ。
 
 深いため息をつくと、隣りに立つアンナが優しく俺の手を掴んだ。

「タッくん☆ 初詣、楽しみだね☆」
 テンションの低い俺とは違い、アンナは笑顔だった。
「え?」
「だって……今年初めてを、タッくんと迎えられたんだよ? これ以上、嬉しいことはないと思うな☆」
「そ、そうだが……1時間も立って待つんだぞ? 苦じゃないのか?」
「全然、嫌じゃないよ☆ どんなところでも、タッくんと一緒にいることが大切だよ☆ それにその1時間は、こうやって手を繋ごうよ☆ 恋人ぽいでしょ?」
 そう言って、繋いだ手を宙に浮かせてみる。
「ま、まあ……そうだな……」

 頬が熱くなるのを感じた。
 アンナの言う通りかもしれない。
 この待機時間こそ、恋人同士の甘いひととき……かも。

 ~約1時間後~

 やっと、俺たちの番になった。
 とりあえず、千円札を取り出し、賽銭箱へ投げ込む。
 そして、鈴を鳴らしてみる。
 しばらく来ていないから、祈り方を忘れてしまった。
 周りの人を見ながら、真似てみる。
 
 ふと、アンナの方を見てみたが。既に瞼を閉じ、手を合わせていた。
 ハーフの美少女が、和服姿なので、自然と絵になる……。

 見惚れている場合ではなかった。
 俺も瞼を閉じて、お祈りを始める。

「……」

 願い。
 今の俺には、そんなもの見当たらない。
 ミハイルとアンナのおかげで、書籍化やコミカライズも出来たし。
 一ツ橋高校に入学して、色んな奴らとダチになれた。
 これ以上、俺が望むものなど……。

 いや、一つだけあるか。
 それは、今が無くなってしまうことだ。

『今年も一年間。ミハイルとアンナがずっと隣りに、居てくれますように……』

 心の中で、そう願いを呟いた。
 しかし、神様からの返答はなし。

 ま、そりゃそうだろな。
 と瞼を開くと、目の前に大きな緑の瞳が、じっととこちらを覗き込んでいた。

「うわっ!?」
「タッくん。お祈りが長かったね? そんなにたくさんあったの?」
 どうやら、アンナの方が先に済ませたらしい。
「いや……俺の願い事は一つだけだよ」
 そう答えると、アンナはパーッと顔を明るくさせる。
「え? 一つだけなのに、ずっとお祈りしてたの? じゃあ、それだけ大きな願い事なんだよね? なに? 教えて☆」
 見透かされているような気がした。
 恥ずかしさから、俺は拒絶する。

「ダメだ! こういうのは、人に言ってしまうと願いが叶わないって、聞いたぞ」
「そうなんだぁ……タッくんのお願い。知りたかったなぁ」
 唇を尖がらせるアンナ。

 別に教える必要ないだろ。
 俺はただ……今を失いたくないだけだ。
 去年のクリスマス会。
 泣きながら会場を抜け出したあいつの顔。
 もう、あの時みたいな痛みは、ごめんだ。

 お祈りも済んだことだし、あとは絵馬とか、おみくじをするぐらいだ。
 しかし、どこも人が多く……。
 1つのことをやるために、数十分も消費するのは、ちょっと面倒。
 だから本殿から出て、出店を回ることにした。
 ちょうど、腹も減ってきたし。

 その提案に、アンナは手を叩いて喜ぶ。

「お正月の屋台って食べたことないの~ 楽しみぃ~☆」
「そうか。まあお正月だからって、特別じゃないぞ? 夏祭りと変わらないんじゃないか?」
 俺がそう言うと、アンナは俯いてしまう。
「アンナ……あんまりお祭りとか行ったことないから……毎年、ミーシャちゃんと一緒にお店の手伝いしていたから」
 いかん、墓穴を掘ってしまったようだ。
「そ、そうか。まあ、俺もここ10年以上は経験してないから、安心しろ。ほれ、あのデカい綿あめが見えるか?」

 と1つの屋台を指差してみる。
 子供向けに販売している、綿あめ屋。
 今、放送している幼児向けのアニメや特撮のキャラが、ビニールにプリントされた大きな綿あめ。
 その中には、アンナが大好きなボリキュアもいた。

「あ、ボリキュアだぁ!」
「そうだ。こういうのは、昔からあってだな……」

 言いかけて、俺は思い出してしまった。
 忘れていた……辛い過去の記憶を。

『おかあたん。綿あめが欲しい~』
『タクくん。あれより、もっと良い綿あめをお母さんが作ってあげるわよ』
『ホント!? わぁい~!』

 そして、帰宅後。
 母さんが持ってきたのは、巨大な綿あめだったが……。
 裸体のリーマンが、びしょ濡れにされていた卑猥なもの。
 しかし、無知だった俺は「おいしい」と喜び。
 母さんに「嬉しい! おかあたん、大好き!」と抱きついていた。


「はぁはぁ……なにが『大好きだ』……我が子を洗脳しやがって」
 激しいフラッシュバックで、我を忘れ、拳に力が入る。
「タッくん? どうしたの? なにか綿あめで、嫌な思い出でもあったの?」

 心配して俺に身を寄せるアンナ。
 振り袖姿の彼女を目にしたことで、理性を戻せた。
 過去におきた出来事へ、怒りを向けることなど、ナンセンスだ。
 今を楽しもう。

「す、すまんな。俺も正月なんて随分、楽しめていなかったからさ」
「そうなんだ……じゃあ、今年からアンナとお正月を楽しもうね☆」
 ニコッと微笑み、緑の瞳を輝かせる。
 彼女さえ、俺の隣りにいてくれるなら、汚れた過去など乗り越えて見せるぜ。

  ※

 早速、綿あめ屋さんで、ボリキュアをゲットしたアンナは、嬉しそうに笑う。
「大きい~ 白い~☆」
 人目など気にせず、その場でビニール袋から、綿あめを手で掴み。食べ始める。
「あま~い☆ あ、タッくんも食べる?」
「いや……俺は」
 
 気を使ってくれているのは、わかるのだが。
 素手で食べているから、彼女の手や口元は、汚れていた。
 後々が面倒だからと断ろうとしたら、怒られてしまう。

「ダメだよ! ちゃんとお正月らしいことをしようよ!」
「悪い……じゃあ、頂くよ」
「はい☆ 半分こね☆」

 アンナは手を袋に入れると、しっかり半分になるよう、綿あめを分けてくれた。
 こんなに食えないよ。
「ありがとな……」
 胃が痛くなりそう。

  ※

 その後、アンナと色んな屋台を回った。

 じゃがバターに大きなイカ焼き。
 焼きそばに、たこ焼き。
 フランクフルト。回転焼きなど……。

 彼女の腹を満たすまで、1時間以上かかった。

「あ~ 美味しかった☆ デザートが無くて寂しいけど……」
 
 えぇ……。綿あめと回転焼きはデザートとして、カウントされないの?
 相変わらずの暴食ぶりにドン引きしていたら、アンナの身体に異変が起きた。

「へっちゅん!」

 随分と控えめで、可愛いくしゃみだと思った。

「どうした? 風邪でも引いたのか?」
「ううん……きっと、外でずっと立ち食いしちゃったからだと思う。身体が冷えちゃって」
 言いながら、自身の肩をさするアンナ。
 これは見ていて、さすがにかわいそうだと思ったので。
 俺は着ていた羽織を脱ぎ、彼女の肩に着せてあげる。

「え、タッくんが寒いでしょ? いいよ、気にしなくて」
 断ろうとするアンナを、俺はきつく注意する。
「ダメだ。ちゃんと着ておけ。俺なら大丈夫だ。この着物はウール製だから、そんなに寒くない」
「そ、そっか……なら甘えちゃおうかな」

 頬を赤くし、俺の着ていた羽織りを大事そうに両手で抑える。

「タッくんの匂いがする。暖かい☆」
 え? そんなに臭かったかな?
「嫌じゃないのか」
「うん☆ タッくんのお家って感じがする☆」
「……」

 なんか、それ。
 うちがBLまみれで臭そうって、思われているような。

 だが、俺はこの時。大事なことを忘れていた。
 すれ違う人々の声で、それに気がつく。

「おい。あれってさ。BLだろ?」
「なんで、男が背中にイッてるイラストをのっけているんだよ……キモすぎ」
「あの子。なんなのよ! めっちゃ神がかっているじゃん! どこで売っているのあれ?」

 最後、ただの腐女子じゃねーか。
 それから、俺はずっと我慢するのみであった。
 可愛いアンナを暖めるため、自分の羞恥心など無視しなければ。

 お正月から、最悪な展開だよ!
 やっぱうちの環境だと、こういうのからは、逃れられないのかな……。