エレベーター前に、スチュワーデスみたいな制服を着たお姉さんが2人立っていた。
俺たちは左側のお姉さんに案内されたので、そちらへと向かう。
先ほど買った入場券を渡すと、ニッコリと笑ってくれた。
「どうぞ、福岡の空をお楽しみください♪」
なんて営業スマイルを見せてくれたが……。
果たして、今日の曇り空で福岡を一望できるのやら。
博多タワーは全長234メートルもある巨大な建物だが。
地上1階から、エレベーターで昇ると、展望部は3階までだ。
高速のエレベーターに乗ることによって、物の数分で目的地に着く。
急激な気圧の変化により、耳が詰まってしまう。
まあ唾を飲み込むことで、不快感はすぐに解消されるのだが。
着いた階層は、展望部の3階。
俺たち民間人からすれば、博多タワーで入れる一番高い場所。
あとは階段を使って、下の階に降りれば、予約しているレストランがある。
ま、ここはとりあえず、福岡を360度の大パラノマを2人で楽しむとしよう。
タワーに来た事がないアンナは、窓に手をつき「うわぁ、すごぉい☆」と驚いていた。
俺も彼女と肩を並べ、久しぶりの福岡を眺める。
「曇っていたから、心配だったが……思ったより綺麗に見えるもんだな」
「うん☆ すごいね! タッくんは、お母さんと来た事があるんでしょ?」
と緑の瞳をキラキラと輝かせる。子供のように。
「ああ……」
「その時も2人で、この風景を楽しんでいたの? タッくんが住んでいる真島はあそこだよね☆」
そう言って、一生懸命アンナは我が故郷を指差してみる。
「うん……間違ってないと思う」
「どうしたの? 何回か、お母さんと来たんでしょ? ひょっとして、もう忘れた?」
「いや、今でも鮮明に覚えているさ」
ここから見える風景よりも、当時、流行っていた二次創作を……。
主に男の裸体ばかりで、汗だくで汁だくのやつ。
俺はこんな観光スポットでさえ、母さんにより、洗脳されていたんだ。
※
展望部を一回りして、福岡の景色を楽しむ。
タワーの中も、今日は客が少なく感じた。
おかげで、アンナとのデートをゆっくりと楽しめるから、良いとは思うが。
一周回ったところで、奥の方に何やら、小さなツリーが飾られていた。
「なんだろね、あれ」
興味を示したアンナが近寄ってみると、制服を着たお姉さんが星の形をした色紙を差し出す。
「ただいま、クリスマスのイベント中でして。お客様もツリーへ願い事を書かれていきませんか?」
ずいっと営業スマイルで迫られた。
笑顔が怖いんだよな。
しかし、アンナはその提案を快く承諾。
というか、ノリノリで2人分の星をお姉さんに要求した。
お姉さんから色紙をもらったアンナは、1枚俺に突き出す。
「タッくん。お願いを書こうよ☆ サンタさんが願いを叶えてくれるかもしれないよ☆」
「ああ……構わんが」
サンタさんって、小さな子供限定じゃないの?
「ううむ……」
ツリーの近くに置かれたデスクの上で、1人唸る。
いきなり願い事と言われても、特にない。
『母さんが早く枯れますように』
一番最初に浮かんだのは、これだが。
しかし、願いではないな。
重たい症例だから、医者が必要として。
『来年もアンナと一緒にいられますように』
これが妥当か……でも、なんかこれにも違和感を感じる。
もうひとり、追加したくなってきた。
その名は……。
「タッくん! 書き終わった!?」
隣りで書いていたアンナが、急に身を乗り出す。
そして、俺の色紙を覗き込んだ。
咄嗟に俺は両手で、願い事を隠す。
「なっ!? こういうのは、勝手に見るもんじゃないぞ!」
焦りから怒鳴る俺を見て、アンナはうろたえる。
「ご、ごめん……どうせツリーに飾るから、見てもいいのかなって……」
と小さな唇を尖らせる。
ま、可愛いから許そう。
咳ばらいをして、話題を変えてみる。
「おっほん! そういうアンナの願いはなんだ?」
「え、アンナのお願い? そんなの聞かなくても、わかるでしょ☆」
「へ?」
「タッくんと、ずぅーーーっと一緒に、何があってもいられますように。だよ☆」
と恥じらうことなく、俺に色紙を見せつける。
マジだ。一言一句、間違っていない。
しかし……アンナが書いた色紙は、1枚だけではない。
追加でお姉さんに、もう1枚貰っていたから。
「なあ、その願いはとても嬉しい。俺も同じ願いだからな」
それを聞いたアンナは、ぱーっと顔を明るくさせる。
「ホント!? タッくんも気持ちが一緒なんだね☆ すごく嬉しい!」
手を叩いて、その場でぴょんぴょんと跳ねてみせる。
「それは同感だ。しかし、アンナのもう1枚ってなんだ? 良かったら見せてくれるか?」
「え、もう1枚? いいよ☆ はい!」
そう言って、アンナはニコニコと笑いながら、俺に色紙を見せてくれた。
『赤坂 ひなた。坊主頭になれ!』
『北神 ほのか。さっさと、リキくんとくっつけ!』
『長浜 あすか。炎上してアイドル廃業。高校からも退学処分』
『冷泉 マリア。シンプルに死ねっ!』
「……」
こんな呪いみたいな願い事を、福岡のてっぺんに飾ってもいいのか?
明日はイブだから、カップルとか家族連れも来るのに……。
アンナは悪びれることもなく、ニコニコと微笑んでいる。
「タッくんの願いもアンナと同じなんでしょ?」
なんか彼女から、すごくプレッシャーを感じる。
「う、うん……ほぼ同じだと思います」
「良かったぁ~☆ タッくんとは嫌いなものが同じで嬉しい☆」
全く一緒ではないってば……。
願い事を一緒にツリーへ飾りつける。
アンナには見せなかったが……俺の本当の願いは。
『来年もアンナと一緒にいられますように』
一見、その文章で終わりに見えるが、続きがある。
本当は「ミハイル」という名前も追加したのだが、恥ずかしくて、下手なイラストで上書きした。
よく見れば、彼の名前だと分かるが……まあ、書いた俺しか、気がつかないだろう。
ツリーに色紙を飾りつけながら、なんだか頬が熱くなる。
なんで、ダチの名前を書いてんだって。
先に飾りつけを終えたアンナが、俺の顔を横から覗き込む。
「タッくん? なんか顔が赤いよ。寒いの?」
「あ、いや……ちょっと、な」
本人が隣りにいるので恥ずかしい。
そして、これを願い事として、たくさんの人々に見られると思うと……。
「ちゃんとお願いが叶うと、いいね☆」
「うん……そうだな」
俺は一体、何を望んでいるんだ?
アンナとミハイルは、同一人物なのに……。