気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 結局、妹のかなでに言われたから……ではないが。
 ミハイルに料理系のグッズ。アンナには指輪をあげることにした。
 まあ、今考えているものなら、間違いないだろう。

 インターネットで注文してもよかったが、やはりここは直接、自分で店に足を運び、選んだ方が良いと思う。
 しかし、一体どこで買ったらいいのか、分からない。
 地元の真島(まじま)じゃ、そんな洒落た店はないし……。
 思いつく場所と言えば、最近なにかと頻繁に通っている博多駅周辺。
 それから、やはり若者の街である天神ぐらいだろうか。

 ぼっちである俺が買い物をしに行くのは、どちらの街も難易度が高い。
 だが、あいつの誕生日だからな。

「よし! 行くか!」

 自身の顔を両手で叩き、気合を入れる。
 そして、スマホとリュックサックを持って家から出ようとしたその時だった。
 手に持っていたスマホから、着信音が流れ出す。
 電話をかけてきた名前は……ロリババア。
 その名を見ただけで、舌打ちしてしまう。

「もしもし?」
『あ、DOセンセイ! 今、暇でしょ?』
 毎回、誰もがこう言うイメージを抱いていることに苛立ちを覚える。
「ハァ? 別に暇じゃないぞ。今から博多か天神あたりに買い物へ行くところだった」
 それを聞いた白金は、すごく驚いていた。
『えぇ!? 万年童貞のかわいそうなDOセンセイが、民度の高い博多と天神へ買い物に行くなんて、福岡に大災害が起こりそうですね!』
「……用がないなら、切るぞ?」
『あ、ありますよ! この前、頼んでおいたヒロイン達……。ひなたちゃんとほのかちゃんの写真は、用意できましたか?』
「ああ。それなら、しっかり許可を得た上で、用意できたぞ」
『それは、素晴らしい! じゃあ今から打ち合わせも兼ねて、博多社に来ませんか? どうせ、買い物もしたいんでしょ?』
「まあ……そうだな」
 白金の使いパシリってのが、気に食わないけど。
 でも、なんか仕事で天神へ行くと思えば、気が楽になった。

『じゃあ、写真を持って久しぶりに博多社でお会いしましょうねぇ~♪ ブチッ!』

 相変わらず、切り方が雑でイライラする。
 この際だ。白金にもちょっとプレゼントについて、相談してみるか。
 あいつも一応、女だし……。

  ※

 天神のメインストリートともいえる、渡辺通りをひとり歩く。
 平日だと言うのに、ここはいつも人でごった返している。
 おしゃれで尚且つ高そうな服を纏い、片手には“スターベックス”のフラペチーノを持ったマダムが、颯爽と通りを歩いて見せる。
 民度が違い過ぎて、死にそう……と思っていたら。
 目の前に場違いなハゲのおっさんが、キョロキョロと頭を左右に振って、何やら探している。
 くしゃくしゃに折れ曲がったメモ紙を持って。

「おっかしーな……ほのかちゃんから、教えてもらったのに」
「え……ほのか?」

 おっさんが発した女の名前に、ついつい反応してしまう。
 級友でもある、変態腐女子だから……。
 俺が「ほのか」と口から発した瞬間、ツルピカに禿げあがったスキンヘッドが、ゆでダコのように真っ赤に燃え上がる。
 どうやら、人の女にちょっかいを出した……と勘違いしているみたいだ。

 振り返ると、すぐさま俺の胸ぐらを掴んで、睨みをきかせる。

「てめぇ……ほのかちゃんに何する気だ!?」
「ぐはっ! リキ。お、俺だ……。マブダチの琢人だろ……」
「あ、タクオじゃねーか」


 喉元を抑えながら、息を整える。
「かはっ! 少しは加減しろ……」
「悪い。まさか、タクオとは思わずな」
 俺じゃなかったら、半殺しに合っていたのか?
 やっぱ、ヤンキーが好きになった相手へ近づくと、ボコボコにされるんだろうなぁ。

  ※

 人のことは言えないが、何故ヤンキーのリキが天神に来ているか、尋ねると。
「俺さ。ほのかちゃんの取材に協力したじゃん。あれが編集部で話題らしくてさ。発売したマンガも爆売れだから、もっとネタを提供して欲しいって、頼まれたんだ」
 なんて、武勇伝のように語られてしまった。
 まあ確かに、ほのかの処女作は100万部も売れたから、他の作家がリキの持っているネタを欲しても、おかしくはないか……。
 でも、正しくは彼のネタではない。
 ネコ好きのおじさんから、提供してもらった体験談だろう。

 つまり、リキはほのかに頼まれて、博多社にあるBL編集部へ向かっている最中だった。というわけだ。
 しかし天神なんて、彼もなかなか来ないため、迷子になっていたようだ。
 ならばと、俺が助け舟を出す。
 どうせ、目的地は一緒なのだから。

「リキ。俺も仕事で、博多社へ向かう途中なんだ。一緒に行こう」
「おお! ありがてぇ! バイクで来たけど、マジわかんねーよ。この街」
「だろうな……」
 分かる分かると、黙って頷く。

 天神って、呪いが掛かっているってぐらい迷路だから。
 方向感覚がバカになっちゃうし。

 仲の良いダチと二人で歩けば、正直そんなに民度の天神も怖くない。
 しばらく渡辺通りを歩いていると、一際目立つ大きなビルが見えてきた。
 ビルの壁を一面、銀色に塗装しており、ギラギラと光って、眩しい。

 自動ドアが開いた瞬間、俺は目を疑った。
 そこには、一匹のウサギが立っていたから……。

「お、お……お帰りなさいませだピョン! 博多社へようこそだピョン!」
「え……」

 可愛らしくロビーから飛び出てきたのは、一人のバニーガール……ではない。
 正しくは、バニーボーイと表現すべきだからだ。
 その証拠に、股間がふっくらと盛り上がっている。
 
 彼は博多社の新しい受付男子、住吉(すみよし) (はじめ)
 れっきとした漢だ……。

 訪れた客が俺と知った瞬間、顔を真っ赤にさせて、ロビーの隅に逃げ隠れる。
「ひぃ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 新宮さんだとは思わず……BL編集部の倉石さんに言われて、やっていたんですぅ」
「……」

 この出版社は、ろくな大人がいないな。

「うう……新宮さんには、この姿を見られたくなかったですぅ」

 自分で着ておいて、よくもまあ言えたもんだな。
 しかし、改めて彼の着ているコスプレ衣装を上から下まで眺めて見ると……。
 確かに卑猥だ。

 よく見るバニーガールとは違い、全身真っ白だ。
 バニースーツにストッキング、ヒールまで全てホワイトで統一している。


 天然パーマのショートボブからは、白くて長い耳が2つ生えている。
 頬はリンゴのように赤く、とても幼い。俺の一個下には見えない顔つきだ。
 こちらを伺いながら、身体をくねくねとさせ、股間を隠しているように感じる。
 確かに際どいバニースーツだから、自ずと彼のシンボルが誇張されてしまうのは仕方ない。
 俺だったら、絶対にフサフサの毛が大量にはみ出る自信はあるな……。

「ん?」

 そう考えると、思わず首を傾げてしまう。
 隣りに立っているリキも、別府温泉で裸を見たから、ちゃんと毛が生えていたのをよく覚えている。それも剛毛。
 股間だけじゃない、すね毛もだ。
 俺も別に濃いってわけじゃないが、ちゃんと第二次性徴を迎えた自負がある。
 しかし……ミハイルといい、この住吉 一もツルツルのピカピカじゃないか。

 バニースーツの下に、ストッキングを履いているとはいえ、毛が一本も無い。
 女より女らしい細い脚……う~む、非常に貴重な生物だな。

 しばらく、ジーッと彼の身体を眺める。

 特に注目したのは、一の股間。ふぐりだ。
 腰を屈めて、至近距離からじっくりと見つめる……。
 顎に手をやり、考え込む。

「これは……」

 最近、ずっと悩んでいた。
 俺はミハイルに欲情してしまう男……つまり、“そっち”の気があるのではないか、と。
 可愛ければ、誰にでも股間が反応してしまう。節操のない男……。
 否定したくてもできない現状に困惑していたが。

 一の股間は、確かに一般的な男性のサイズからすれば、小ぶりで可愛らしいのかもしれない。
 しかし、見ていても全然感じないんだ。
 1ミリも興奮できない。
 つまり……俺はノンケと言うことだ!

 そう確信した俺は、一に「ちょっと、こっちに尻を向けてくれ」と頼む。
 当然、彼は恥ずかしがるが、年上の俺に対しては従順だ。

「こう、ですか?」

 そう言って、ウサギの尻尾がついたバニースーツを俺に見せつける。
 ミハイルほどではないが、美尻だ。
 小さくて柔らかそう。

「悪いが、少し触ってもいいか?」
「えぇ!? そ、そんな! 新宮さん……なんで」
 顔を真っ赤にしている一を無視して、俺はエナメル生地の尻を撫で回す。
「ふむ……おお。いやらしいケツだ。しかし、それだけだな」
 つい本音が出てしまった。
 だが、これでようやく安心できる。
 股間はピクリともしない。
 やはり、俺はノン気だぜ!

 一の尻を揉み揉みしながら、ひとり頷いていると、叫び声が上がる。

「うわぁん! 酷いです!」
 上を見上げると、バニーボーイが泣きじゃくっていた。
「あ、悪い……男同士だからいいかなって」
「良くないです! 僕のコスを……いやらしいって酷いですよぉ」
「いや、コスのことを言ったんじゃなくてだな」

 言い訳しながらも、彼の尻を揉みほぐしているが。
 泣き止まない一を見て、リキが間に入ってきた。

「タクオ! お前、なに年下の子を泣かせてんだ! 早く離れてやれ」
 首根っこを掴まれ、無理やり一から引き離される。
 ミハイルに負けない馬鹿力だから、冷たい大理石に顔を叩きつけられた。
「いって!」

 そんな俺を無視して、リキは泣いている一の頭を優しく撫でてやる。

「なあ。もうあんまり泣くなよ。俺はそのコスプレってのか? 良いと思うぜ」
 そう言って、親指を立てて笑う。
「え……僕のコス。気持ち悪いとか、嫌らしいとか思わないんですか? 男の人からは結構嫌われるのに」
「そんなこと思わねーよ。自信を持てって。俺は好きだぜ。そのコスプレ」
 リキとしては、あくまでも、泣いている一を励ますための言葉だと思うが……。
 言われた本人が、そうは受けとめていないようで。
 涙で潤んだ瞳をリキへと向ける。
「スキ? 本当……ですか」
「ああ。マジだよ。好きなことやものは、堂々としている方がカッコイイと思うぜ。俺の知り合いが教えてくれたことさ」

 話の流れからして、その教えは腐女子のほのかから、教わったものだろう。
 あいつのは、堂々と晒しちゃダメなやつなのに……。


 その後、BL編集部から地味な腐女子……の社員が降りてきて。
 リキを大事な客として、エレベーターに案内した。

「じゃあな、タクオ! それに、一もな!」
 なんて、笑顔で手を振るリキ先輩。
「おお。また学校でな」
 と俺も床から手を振って見せる。
 だって、未だに身体が痛むからね。
 それにしても……俺がセクハラしたおじさんみたいな扱いになっていて、ムカつくわ。

 受付男子である一といえば、終始俺に尻を向けたまま。
 エレベーターに乗り込むリキを見つめていたからだ。

「……素敵な人」

 俺は耳を疑った。
 思わず、立ち上がり一に声をかける。

「おい、一。何を言っているんだ?」
「あの……ダンディーなおじ様。なんて言うお名前ですか?」
 そう言って、瞳をキラキラと輝かせる。
 涙の輝きではない。
 これはときめく女子に近いものだ。
「え、リキのことか?」
「リキ様……なんてカッコイイお名前なんでしょう。僕、ズキュンって来ちゃいました」
「は? なにが?」
 思わず、アホな声が出てしまう。
「僕のコスを褒めてくれる男性。初めてなんです……なんだか、胸がポカポカして。なんだろう、この気持ち」
 と胸の前で、祈るように手を合わせるバニーボーイ。
「……」 

 博多ってマジな話。
 多いのかな……そっち界隈。
 とりあえず、俺は知らねっと。

 ハゲのリキ先輩に、一目惚れしてしまった住吉 一。
 しばらく放心状態に陥ってしまい、誰もいないフロアを見つめていたので、俺が彼の肩に触れてみる。

「なあ……俺もゲゲゲ文庫の編集部に、呼ばれているんだが?」
「あ、ごめんなさい。新宮さん、まだ居たんですね……」
 この野郎、人を空気にみたいに扱いやがったな。
「白金を呼んでくれ」
「承知いたしました。少々、お待ちください……」

 元気がないというより、心ここにあらず。と言ったところか。
 頭の中は、リキでいっぱいなんだろう。
 何が良いんだ? 一ってゴリゴリのおじ様好きだったの……?
 いや、リキは俺とタメだってば。

  ※

 しばらくすると、エレベーターからチンと音が鳴り、低身長の女の子が現れる。
 正しくは、アラサーのおばさん。
 俺の担当編集。合法ロリババアこと、白金(しろがね) 日葵(ひまり)だ。

「あ、DOセンセイ! お久しぶりですぅ~」
 そう言って、手を振り、こちらに走って来る。
 相変わらず子供服を着用している。理由は安いから。
 30歳も目前だと言うのに、可愛らしいキャンディがたくさんプリントされたワンピースを身に纏っている。
 キモすぎる生物だ。

「白金。写真、ちゃんと用意してきたぞ」
 そう言ってリュックサックから、茶封筒を取り出す。
「え? わざわざ印刷してくれたんですか? データだけでも良かったんですよ」
 俺から封筒を受け取ると、眉をひそめた。
「いや……それについては、ちょっと理由があってだな」
「理由?」
「う、うん……とりあえず編集部で話そう」
「はぁ」


 正直、白金には話したくなかった。
 というか、話せない……。
 ミハイルにひなたの水着写真を問い詰められた際、スマホを取り上げられ、近くのコンビニで写真を印刷。
 そして、茶封筒まで買ってくれて、写真を封入。
 あとはスマホのデータを全て削除。

 ただ、ほのかの写真だけは、「リキが喜ぶよ☆」とミハイルが、勝手に俺のスマホから送信した……という経緯がある。
 だから俺のスマホに、ほのかの写真は一枚も無い。
 競泳水着を着たひなたの写真なんて、もってのほかだ……。


 エレベーターに乗り込み、編集部へと向かう。
 白金の話では、「おかげさまで『気にヤン』が増版に次ぐ増版で忙しいです」と我が子のように喜んでいた。
 まあ、それだけこいつの出世に関わる、初のヒット作品てことだろうな。

 久しぶりの編集部は、かなり様変わりしていた。
 見たことない若い社員が、先輩に指示され、せわしく動き回る。

 いつも俺と白金が打ち合わせに使用する、薄い仕切りで覆われた小さな区画が、更に縮小されていた。
 大きなテーブルに4人分のイスがあったのに……。
 今では、小さな机とイスが2つだけ。

「さ、お座りください。DOセンセイ♪ 写真を改めて、拝見させて頂きますね」
「ああ……」

 腰を下ろした瞬間。どこか軋む音が聞こえた。
 なに、この塩対応。
 VIPなBL編集部との差が酷すぎる。


「う~ん。ほのかちゃんって、けっこう個性が強い女の子なんですねぇ~」
 そう言って、A4サイズまでに拡大された、ほのかの写真を眺める白金。
 満面の笑みで、BLコミックを両手に持つサブヒロインとか、前代未聞だ。
「まあな……ほのかは、腐女子で百合属性もある女子高生だから。てか、こいつがサブヒロインで良いのか?」
「問題ないですよぉ~ 可愛ければいいんですからぁ」
「そう、なんだ……」
 なんか、へこむわ。

 ほのかの写真を確認し終えると、次はひなたの写真に変わる。

「どれどれぇ。お、三ツ橋の制服ですね。これはトマトさんの資料として、最高です!」
「制服が? ん……」
 三ツ橋の制服なら、妹のピーチが持っているだろう。
 資料として、提供する意味があったのか?

「しかしですね。DOセンセイ。このひなたちゃんっていう子なんですが……なんで、どの写真もブレていたり、瞼を閉じていたりするんですか? 変顔が好きなんですかね」
「い、いや……そう言う訳じゃない。ちょっと提供してくれた写真がミスショットばかりでな」
 実はミハイルがわざと失敗した写真ばかり、選んだとは言えない。
「ふ~ん。変わった子ですね。使えないことないですけど……幽霊みたいな顔になっちゃいそうです」
「わ、悪いが……ひなたの顔は誰か芸能人とかを、モデルにしてくれないか?」
 幽霊だと、さすがにかわいそうだから。
「良いですよ。こんな変顔ばっかじゃ、読者も萌えないですもんねぇ」
「すまん……」
 
 こうして、ひなたの写真は身つきと制服だけ、採用された。
 後々聞いた話じゃ、顔はトマトさんが好きなアイドルをモデルにしたらしい…

「ところで、今回の打ち合わせって一体なんだ?」
 俺がそう問いかけると、白金は目を見開き、手のひらをポンと叩く。
「そうでした! 実はですね。DOセンセイの『気にヤン』の続刊が、もう予約段階に入りまして……。すごい人気なんですよぉ~」
「ふ~ん」
 自分の実力じゃないから、何も嬉しくない。
 起きた出来事を書いたに過ぎないものだからな。
「もう、いつもそんな反応ですよねぇ……それでですね。来年の初めにまたもう一冊ぐらい売り出したいって、編集長がうるさいんですよぉ~」
「おい……まだ2巻と3巻が発売していない状態で、もう4巻の打ち合わせか?」
 早すぎだろ。俺を殺す気か?
「人気な時に売りまくった方がいいじゃないですかぁ~ DOセンセイって、元々オワコン作家だったし♪」
 クソが!

  ※

「つまり、次巻に使えるようなネタ……ヒロインとのエピソードがあるか、確かめたかったのか?」
「そうです! 何か進展とかありませんか? キスしたとか? おっぱい揉んだとか!?」
「……」
 全部、経験したとは言いたくない。事故だし。
 わざとらしく、咳ばらいして、話題を変える。
「ごほん! そうだな……ヒロインとして、もう一人使えそうな女が現れたぞ」
「本当ですか!? 是非とも、教えてください!」

 もちろん、10年前に出会った幼馴染の冷泉(れいせん) マリアのことだ。
 正直、こいつに話すのは嫌だったが……。
 やはり、マリアを物語に登場させないことには、盛り上がらないだろう。

 俺は白金に、彼女との出会いから、10年ぶりに再会したこと。
 それから、婚約した関係であり、アンナに瓜二つなハーフ美少女。
 心臓の手術を終えて、わざわざアメリカから福岡まで、俺のために帰国したハイスペック女子だと、説明した。


 話を終える頃、白金は目を見開き、顎が外れるぐらい大きく口を開いていた。

「ああ……そ、そんな。あのDOセンセイが……」
 どうやら、かなり驚いているようだ。
「俺としてもマリアのことは、再会するまで忘れていた存在だ。正直、困惑している。アンナに似ているし……」
 だが、白金には伝えていないことがある。
 アンナにだけ、おてんてんがついている所だ。
 同じルックスなら、絶対に女の子を選ぶはずなのに……。
 アンナに配慮している自分に、戸惑っている。

 白金はしばらく、「う~ん」と唸りながら、腕を組んで考え込む。
 
「まさか、クソ陰キャで童貞オタクのDOセンセイに、そんなエロゲーみたいな過去があったとは……驚きました」
 お前の俺に対するイメージにも、ドン引きだよ。
「俺としては、アンナがメインヒロインだと思っている。だから、どういう風に扱っていいのか……なるだけ、マリアも傷つけたくないんだ」
 そう言うと、白金は机をバシバシと叩きながら、笑い始めた。
「ぷぎゃああ! なに、いっちょ前に格好つけてんすか? もうハーレム気取りですか? モテ期が来たとか、勘違いしてるクソ野郎ですね!」
 この野郎、人が真面目に相談しているのに。
「お前、おちょくってんのか?」
「してませんよぉ~ いいですか? 考えすぎなんですよ、DOセンセイは」
 と言いながらも、ニヤニヤが止まらない白金。
「考えすぎだと?」
「ええ。童貞が初めて女の子にかまってもらったから、色々とパニクってるんですよ。もっと気楽にアンナちゃんとも、マリアちゃんとも取材を楽しめばいいんです♪」
「楽しむ……?」

 白金に言われて、ようやく思い出した。
 初心ってやつを。
 そうだ。俺は元々、一ツ橋高校に入学したのは、恋愛を取材するためだ。
 小説のために、色んな人間と交流を求めたに過ぎない。
 ただの仕事……なら、割りきれば良い。


 俯いて、考え込んでいると、白金が俺の肩に触れて、こう言った。
「DOセンセイ。やっとLOVEらしくなってきましたね♪ 楽しいでしょ?」
「え……」
「ていうか、クッソ面白い展開ですやん? ラブコメに修羅場とか、絶対いりますよぉ~ おもしれぇ! DOセンセイ。誰かに刺されても安心してください。ちゃんと経費で落としてあげますから♪」

 この野郎……他人事だと思いやがって。
 ていうか、経費じゃなくて、保険をかけておけ!
 その前に刺されたら、死ぬわ!

 白金の提案で、4巻はマリアの話を書くことになった。
 それを「二週間以内に10万字で仕上げて来い」と、鬼のような業務命令が下される。
 仕方ないから、書くけど。
 ていうか、アイドルのヒロイン。長浜(ながはま) あすかちゃんが、忘れ去られているような……。

 
 打ち合わせも無事に終わったので、今度は俺の相談をすることにした。

「なあ、白金。まだ時間あるか?」
「え? ちょっとなら、良いですけど」
「その……実は女物のプレゼントを考えているんだが、初めてでどうしたら良いのか、分からないんだ」
 俺がそう言うと、白金が口角を上げる。
「ほほう。誰にあげるんですか? ヒロインの名前は?」
「あ、アンナだ……」
「なるほどぉ~ もうそこまで、進展しているんですね。お二人は……。やはりメインヒロインですな」
「いや、そう言うのじゃないんだ。ただのお返し。以前、俺が誕生日プレゼントを貰ったから……来月、アンナの誕生日でな」
「へぇ。でも、それって返す必要性あります?」
「あるだろ。礼儀じゃないか」
「そうですかね? 赤の他人に返す必要はないでしょ。私が感じるに、DOセンセイの中で、アンナちゃんの存在が大きくなっているんじゃないですか」
「くっ……」
 何も言い返せないことに、腹が立つ。

「ま、それはさておき。プレゼントですが、正直な話……。何でも良いですよ。気持ちさえ、こもっていれば♪」
 とウインクしてみせるアラサーの独身女。
「そうか。なら、指輪でも良いんだな?」
 俺がそう言った途端、急に白金の表情が硬くなる。
「今、なんて言いました?」
「え。指輪だよ。リング」
「……」
 俯いて、肩をブルブルと震わせる白金。

「おい、どうしたんだ?」
 俺が白金の肩を掴むと、急に顔を上げて、眉間に皺を寄せた。
 鋭い目つきでこちらを睨みつけ、歯を食いしばる。
「こ、こ、こんのぉ……アホぉぉぉぉぉ!」
 白金のキンキン声が編集部に響き渡り、窓のガラスが震える。
 思わず、両手で耳を塞ぐ。
「きゅ、急になんだ!? やかましい……」
 俺のことは無視して、それからは怒涛のお説教タイムが始まる。

「このクソウンコ作家! そんなんだから、童貞なんですよ!」
「は? 童貞は関係ないだろ……」
「いいですか! 指輪っていうのは、女の子にとって……ほんっとうに大事なモノなんです! それこそ、男性から指輪を貰うっていうイベントは、結婚のプロポーズみたいなもんです! DOセンセイは、誕生日にアンナちゃんへ愛の告白をするつもりなんですか!?」
 机を手の平でバンッと力強く叩き、身を乗り出す白金。
 俺も白金の迫力に気圧される。
「け、結婚……? そんなこと、考えてないさ。ただの誕生日プレゼント。お返し、だろ?」
 そう答えると、「はぁ……」と深いため息をつかれ、ダメだこいつみたいな顔で呆れられた。
「誕生日のお祝いやお返しに、リングは重すぎます! まだ付き合ってもないんでしょ? じゃあ、まだまだそんなプレゼントをしたら、ダメです。なんで、そういう選び方になったんですか? 童貞なのが、悪いんでしょうね」
 人のことを何度も何度も、童貞ばっか言いやがって。
「いや、俺も散々、迷ったよ……。それで家に妹がいて、相談したら『リングがいいですわ』みたいなアドバイスをもらって……」
「妹さんはまだ中学生でしょ? だから、あんまり分かってないんですよ。前言撤回にさせてください。アンナちゃんへのプレゼントですが、アクセサリーにしても、ネックレスやピアス、ブレスレットぐらいにしてください!」
「はぁ……」
 俺と白金との間に、物凄い温度差を感じてしまう。
 なぜ、こんなにも怒っているのだろうか?

 
 俺はその疑問を、この目の前に座っているアラサー女にぶつけてみた。

「なあ。そんなに指輪って大事なもんなのか? 女にとっては」
「当たり前ですよ! もし、私が男の人から、指輪を出されたら、『は!? 今からプロポーズ受けるんだわ』『苗字が変わる! 名刺どうしよう』『相手の両親に嫌われたら』『私、肉じゃがとか作れないけど』と一気に、想像が爆発してしまいますね」
 情報量が多過ぎる。
 というか、こいつの願望だろ。
「そう……なのか。女にとって、指輪というものは、それぐらい大事なイベントってことか」
「やっと分かってくれましたか……。まあDOセンセイは、童貞だから知らなくても、仕方ないですもんね。今日、私に相談しておいて良かったですよ。女の子のアンナちゃんを失望させるところでした♪」

 ん? ところで、1つ引っ掛かることがある。
 それは、アンナが男だってことだ。
 男が男に指輪をプレゼントするのならば、結婚という考えは無くなるのか?

 とりあえず、危険性が高いものはやめておこう。
 帰りにアクセサリーショップにでも、寄ってみるか。

 編集部から去る前に、白金へ1つの紙袋を手渡す。
 以前、赤坂 ひなたの自宅にお泊りした際。パパさんからお土産として、渡された福沢諭吉さん達だ。
 一人100万円として……俺と妹のかなで。それに母さんの分も。
 つまり、合計で300万円の大金だ。
 白金に相談したら「今度編集部に持って来い」と言われたから、ちゃんと自宅から持ってきた。
 一枚も手は出していない。怖いから。

 札束の入った紙袋を確認すると、白金は口からよだれを垂らしていた。
「うひひひ。これで憧れのドンペリが飲めるぞぉ」
 聞き捨てならなかった。
「おい。経費に使うんだろ?」
 俺がそう指摘すると、白金は慌てて口元を指で拭う。
「あ、当たり前じゃないですかぁ~ 嫌だなぁ。勘違いしないでくださいよ。ドンと経費に使用して、ペリっと作品に還元するって意味ですから♪」
「……」
 信じられない。
 俺が疑いの目をかけていると、額に汗を滲ませた白金が、追い出すように両手で身体を押してきた。
「さ、DOセンセイは早くアンナちゃんのプレゼントを買いに行かないと! もう12月も近いから、さっさと買わないと売り切れますよ!」

 なんだかアンナを使って、逃げようとしているように感じる……。

  ※

 エレベーターがチンと音を立てて、一階へ着いたことを知らせる。
 ロビーにある受付には、未だに卑猥なバニースーツを纏った住吉 一が座っていた。
 俺に気がついた彼が、わざわざカウンターから出てきて、頭を下げる。

「お、お疲れ様です! リ……なんだ。新宮さんか」
 相手が俺と分かった瞬間、あからさまに嫌そうな顔で肩を落とす。
「俺だと何か都合が悪いのか?」
 ムカついたから、ちょっと脅しをきかせてやる。
「ひっ、いえ。そういう意味ではないですぅ!」
 脅えた顔をして、両手をブンブンと左右に振る。
 目にはたくさんの涙を浮かべていた。
 よしよし。こいつはこれぐらい、オドオドした方が良いんだよ。

「ところで、リキはもう帰ったか?」
「いえ。どうやら、リキ様はBL編集部ですごく人気らしく。なかなか帰して、もらえないそうです」
 うわっ……しんどそうな取材協力だな。
 何十人もの腐女子相手にネタを披露するとか。
 たぶんリアルな体験談だから、全員前のめりで鼻息荒くしてんだろ。
 ペンタブ片手に……。

「そうか……なら、あとでリキに会えたら、伝えておいてくれないか? 『先に帰る』って」
 俺がそう言うと、一は目の色を変えて、ずいっと身を寄せる。
「もちろんです! 僕が必ず新宮さんのお言葉を、リキ様に伝えさせて頂きます!」
 と小さく両手で拳を作って見せる。
 随分と気合が入っているな。
 この温度差に、俺はドン引きなのだが。
「おお……頼むぞ。じゃあ、帰るわ」
 そう言って、背中を向けた瞬間。襟元を強く引っ張られ、首が絞められる。
「グヘッ!」
 俺の首を絞めた犯人は、弱弱しい声で謝る。
「ご、ごめんなさい……まだ新宮さんにお聞きしたいことがあって」
 そう言って、手の力を緩めてくれた。
「かはっ! 一。お前……結構、力あるんだな」
「あ、僕。中学の時、レスリング部だったので……」
 それって、ガチムチの淫乱部活動じゃないよね?

  ※

 一の聞きたい事というのは、リキについてだった。
 どうやら、一目惚れしたそうで、彼のことが気になって仕方ないそうな。
 直接、本人に色々と聞きたいが、恥ずかしくて出来ない。
 でも今日を逃したら、二度と会えない……ような気がするらしい。

「あの……リキ様は年下の僕でも、チャンス。あると思いますか?」
 なんて、頬を赤くして瞳を潤わせる。
「年下って……。あいつ、俺と同じタメ年で、まだ18才だぞ」
 それを聞いた一は、当然驚く。
「えぇ? そんな若い方だったんですね……50才ぐらいに見えました」
 シンプルに酷い。
 まあ、俺も初めて見た時は、かなり年上に感じたが。


「で、他に聞きたいことは?」
「リキ様は、カノジョさんとか……いますか?」
 返答に困った。
 付き合っている女はいないが、リキは絶賛腐女子に片想い中だからな。
 そのために、今日もわざわざBL編集部へ来たし。
 ていうか、一はガチで“そっち”なのか?
 まだ16才だし、一過性の気持ちかもしれん。

 俺が黙って考えこんでいると、一がシクシクと泣き出した。
「そう、ですよね……あんな素敵な方なら、お付き合いしている女性が何人もいますよね」
「い、いや。それはないぞ。あいつはヤンキーだが、浮気なんてするタイプじゃない。一人の人間しか愛せないやつだ。マブダチの俺が保証するぞ」
 相手はゴリゴリの腐女子だけど。
「本当ですか? なら、僕にもチャンスはありますか!?」
「えぇ……」

 全くもって、面倒くさい展開になってしまった。
 まあ、リキはほのか一筋だから、間違いなんて起こらないだろう。
 しかし、失恋した一が、この受付を辞められるのも困る。
 とりあえず、嘘はつかず、正直にリキは今、意中の女性がいるとだけ、伝えておいた。

 それを聞いた一が、また女々しく涙を流す。
「リキ様が好きになった女性……きっと美しくて、素晴らしい御方なんでしょうね」
 そこだけはちゃんと否定しておく。
 ほのかは、そんな出来た人間でもないし、美しい女性でもない……。
「それはない! 変態女先生という腐女子で百合族だ。ここにも、たまに来ているはずだ」
「あ……聞いたことがある作家さんです。何回かお会いしたことがあります。あの人、いつも僕に優しく話しかけてくれる……良い人ですよね」
「え、それは……」

 きっと一のことを脳内で、卑猥に素材として絡めるために、目に焼きつけている……。とは言えなかった。
 一応、恋敵? だからね。

 リキがほのかに片想いをしていると知って、一は今にも自殺しそうな顔で落ち込んでいた。
 見兼ねた俺は、優しく彼の肩に触れる。

「なあ。お前が気になっているリキは多分、ノン気だ。それでも、お前はあいつに想いを伝えたい……というか。ズバリ、付き合いたいのか?」
 言っていて、なんだか自分と境遇が似ている……気がするのは、勘違いですよね?
「た、例え! 僕の想いがリキ様に届かなくても良いんです! あの人のそばにいたい……それだけなんです!」
「ふむ。じゃあ、一はリキが変態女先生と付き合っている姿を見ても、受け入れられるってことか?」
「もちろんです!」
 こりゃ、重症だな……。
 一はかなり興奮している様子で、まだまだ喋り足りないようだ。

「リキ様が変態女先生と結婚しても、お子様を作られても……僕は良いんです。たまに求めてくれるなら……」
「え?」
 耳を疑った。
「ぼ、僕はリキ様に呼ばれたら、すぐにイキます!」
「は? どこに?」
「それ以上は……言えません」
 と頬を赤くして、俯いてしまった。


 これ以上、関わりたくなかった俺は、すぐにこの場を去りたくなった。
 でも、興奮した一を落ち着かせるため、リキの電話番号とメールアドレスを教えてあげた。
 ついでに、俺のも。
 憧れのリキ様の連絡先を知った一は、元気を取り戻し、笑顔で業務へと戻っていった。

 なんか、一を見て思ったのだが、俺の周りって……。
 性が曖昧……な人間が、多くないか?

  ※

 博多社から逃げるように、飛び出して、俺は天神から博多方面へと向かう。
 アンナとミハイルへのプレゼントを選びに、渡辺通りを軽く歩いてみたが……。
 どうにも一人でショッピングをするのは、難易度が高すぎる。
 ちょっとでも、アクセサリーショップに近づけば、化粧をバッチリ決めたお姉さんが寄ってくるからな。

 店さえ探すのも億劫になった俺は、いつも通う商業施設。カナルシティ博多へとたどり着く。
 映画しか見ない場所だが、何回か店は覗いたことがあるから、配置だけはなんとなく分かる。
 
 地下一階にある噴水広場の近くに、アクセサリーや小物などを扱っている店が数件、並んでいた。
 何人かの若い女性が群がっている店が、目に入る。
 聞いたことのあるアクセサリーショップだ。
 その名も『パワーーー! ストーンマーケット』
 有名なチェーン店。

 ここなら、ぼっちの俺でも選びやすいかもな。
 店員もあまりグイグイこないだろうし……。

 なるべく、女性の客とは近づかないように、品物を選ぶ。
 痴漢に間違われたら、嫌だからね!

「……」

 数十分、商品を一生懸命、眺めていたが……。
 どれも全部、同じに見える。
 一体、なにが良いんだ? これ、ただの石だろ。

 そう思っていると、近くにいた若い女性店員が話しかけてきた。

「あのぉ~ ひょっとして……カノジョさんとかにクリスマスプレゼントとか、ですか?」
 言われて、俺は反射的にビクッと身体を震わせてしまう。
 カノジョという名前にだ。
 まるで、彼氏みたいじゃないか!
「ち、違います。相手は女の子でして……。誕生日が近いんですが、どれがいいのか。さっぱりわからないんです」
 ついつい弱音を吐いてしまう。
 だが、お姉さんはニッコリと優しく笑ってくれた。
「大丈夫ですよ。男性のみなさん、結構そういう方が多いんです。良かったら、ご一緒にお探ししましょうか?」
「良いんですか……」
「もちろんです♪」

  ※

 お姉さんが言うには、こだわりさえ無ければ、何でも良いとのこと。
 しかし、その……何でも良いってのが一番困る。
 黙り込む俺を見兼ねて、お姉さんがアドバイスをくれた。
「じゃあ、誕生石とか、どうでしょう?」
「なんです、それ?」

 お姉さんに連れられて、たくさんの煌びやかな宝石が並ぶコーナーに来た。
 天然石らしいが、正直これも俺には価値が分からない。

「12月がお誕生日なんですよね?」
「あ、そうです……」
「じゃあ、これなんて、どうです? タンザナイト」
 そう言って、お姉さんが手に取ったのは、透き通るようなキレイなブルー。
 光りの当て方によって、紫色にも見える。
 とても不思議な宝石だ。

「あ、きれいですね……」
「でしょ? このタンザナイトを加工して、ネックレスやリング、ピアスにも出来ますよ♪」
「なるほど」
 
 考え疲れた俺は、もうこの宝石に決めていた。
 だが、問題が残っている。
 どのアクセサリーにするかだ……。

「そう言えば……」

 この前、スクリーングでミハイルとあった時、耳にピアスの穴を開けたと言っていたな。
 なら、実用性も考えて、ピアスにしとくか。
 相手は、アンナだけど。
 やっとプレゼントが決まったことで、安心した俺は、すぐに店員のお姉さんへ注文と会計を頼む……が、すぐに加工できるわけではないらしい。
 出来上がるのに、一週間ほどかかるようだ。

 また、ここに来るのか……めんどくせ。
 彼氏やってる奴らって、無駄に時間を浪費すんのか。
 仕事じゃなかったら、ごめんだぜ。

  ※

 アンナのプレゼントは決まったが、ミハイルがまだだ。
 最初こそ、キッチン系のグッズにしようと思っていたが……。
 そういう店を覗いても、宝石以上に訳が分からない。

 結局、あいつの好きそうなキャラクターショップへと向かう。
 男がネッキーの可愛らしいぬいぐるみを買うのは、恥ずかしいし、嫌だ。
 なんて、ひとりで店の中をうろうろと歩いていると……気になるコーナーを見つけた。
 それは“夢の国”のキャラクターが、デザインされたアクセサリーだ。

「これなら、間違いはないかもな……」

 右がネッキー。左がネニーの顔をしたピアス。
 ただ、値段がべらぼうに高い。4万越え。
 よく見たら、ダイヤが入っているからか。

 しかし、あいつもバイトして、俺に高価な万年筆をプレゼントしてくれたんだ。
 ま、いっか。

 あれ……なんで、男のミハイルがアンナより高級なんだ?

 11月も終わりに入る頃。
 そろそろ、一ツ橋高校のスクリーングも後半に入った。
 俺の記憶が正しければ、あと3回ほどで秋学期も終業だ。

 まあ期末試験も控えてはいるが、相変わらずバカな幼稚園レベルだから、この天才ならば、余裕だろう。
 来年に入れば、次の学期までゆっくりと休んでいられると思うと、気が楽になるな。

 なんて、自室で考え込んでいると……。
 学習デスクの上に置いてあったスマホが鳴り出す。
 着信名は、珍しい名前だ。
『一ツ橋高校 事務所』
 以前、宗像先生から電話がかかってきた時に、登録しておいた。

「もしもし?」
『あぁ……新宮かぁ~』
 ろれつの回らない女性。
 その一声で、担任の宗像(むなかた) (らん)先生だと、判明する。
「宗像先生? どうしたんですか?」
『はぁ~ あのなぁ……明日のなぁ……ぐかぁーー』
 会話の途中だと言うのに、寝やがった。
 これ以上、話しても埒が明かないと思った俺は、電話を切る。

 酔いがさめる頃に、またかけてくるだろう……と思って。

 机の上に再度、スマホを置こうと思った瞬間。
 またアイドル声優のYUIKAちゃんの歌声が聞こえてきた。
「チッ……」
 どうせ、また酔っぱらってかけてきたんだろうと、苛立つ。

「もしもしぃ!? 何なんすか!?」
 面倒くさい宗像先生だと思い込んでいたので、口調が荒くなってしまう。
『あ……タッくん。ごめん。忙しかった?』
 電話の向こう側から、YUIKAちゃんに負けないぐらいの可愛らしい声が聞こえたきたので、ビックリした。
 スマホを耳から離して、画面を確認すると、アンナだった。
「わ、悪い! アンナだとは思わなかった……すまん」
『いいよ☆ 誰にだって、間違いはあるもん☆』
「そうか……。で、要件はなんだ?」
『あのね。明日、取材に行かない?』
「え? 取材……?」

 部屋の壁に貼ってあるカレンダーを確認する。
 だが、明日は日曜日。スクリーングだ。
 アンナ自身も、それは知っていると思うのだが……。

「悪いが、明日は高校のスクリーングがあるんだ。別の日じゃダメか?」
『え? ミーシャちゃんから聞いたけど、明日は高校が休みになったって……』
「噓だろ……マジか?」
『マジだよ☆ 担任の先生がギャンブルに負けて、ショックでお酒を飲み過ぎたから、立てないらしいよ☆』
「……」

 だから、泥酔していたのか。
 生徒が一番だったんじゃないの? 宗像先生……。


『だから、取材に行こうよ☆』
「まあ、そういう事なら、構わんが……今回はどこに?」
『アンナね。ずっと考えていたの。タッくんのお父さんが言っていたことを……』
「え? 親父?」
『うん。アンナとタッくんの間に産まれる、赤ちゃんのことを☆』
「へ?」

 俺は聞きなれない言葉を聞いて、頭が真っ白になる。
 一体、何を言っているんだ……アンナは。
 こいつは男だし、俺と“そういうこと”はしてないよ?
 精々がキスとか。パイ揉みぐらいじゃん。


 言葉を失う俺とは対照的に、アンナは嬉しそうに話し続ける。
 
『今度の取材は、赤ちゃんだよ☆ タッくんとアンナの間に生まれる可愛い子ども☆』
「すまん……意味が分からないのだが」
『そこへ行けば、タッくんにも分かるよ☆ 頑張ってね、パパ☆』
「え……」

 脳内がバグりそう。
 俺、なんか新手の詐欺にでもあってない?
 悪い事はしてないと思うけど……。

 アンナに指定された場所は、もうお馴染の博多駅。中央広場にある黒田節の像だ。
 今回の取材は……なんと、赤ちゃん。
 彼女と電話を終えた後、俺はしばらく考えてみたが。
 思いつく所と言えば、産婦人科とか、保育園ぐらい。
 一体、アンナは何を考えているんだ?

 母里《ぼり》太兵衛(たへえ)という、難しい顔をしたおじ様の下で、俺は一人考えこむ。
 アンナが想像妊娠でもしたのかと……。
 じっと地面を見つめていると、目の前に白く細い脚が2つ並ぶ。

「ごめん、遅くなったね☆ お待たせ☆」

 視線を上にやると、そこには今日の取材対象である美少女が立っていた。

「ああ……久しぶりだな。アンナ」
 俺がそう言うと、彼女は必死に小さな胸を抑えて、息を整える。
「ハァハァ、うん☆ タッくん☆」
 どうやら急いで走って来たようだ。
 額にも少し、汗が滲んでいる。
 そんなに待ったわけじゃないから、焦らなくても良かったのに……。


 今日のファッションと言えば、これまたガーリーに仕上げている。
 トップスはピンクのフリルケープ。胸元には、彼女らしい大きなリボンがついている。
 そしてボトムスも、ケープに合わせたような同系色のプリーツが入ったミニスカート。

 その姿に見惚れてしまいそうだが……。
 周りを歩いていた男たちが、振り返ってまで、彼女の顔を確かめてしまう可愛さだ。
 思わず「俺の女だ!」と叫びたくなる。
 って、違う違う。こいつは男だ。
 雑念を振り払うように、頭を左右に振る。


「無理して急がなくても良かったんだぞ?」
「嫌だよ……アンナのせいで、タッくんとのデートの時間が削られたら、悲しいもん」
 と、頬を膨らませる女装男子。
 まあ、可愛いけど。
「そうか。しかし、何かあったのか? そんなに焦るアンナは珍しく感じる」
 俺がそう言うと彼女は頬を赤らめて、俯いてしまった。
「さ、寒くなってきたから、その……初めて履いてみたの。慣れないから、時間かかっちゃった」
 そう言って、彼女は足もとを指差す。
「へ?」

 アンナ自慢の美脚はいつも通り、頬ずりしたくなりそうだが……。
 何か違和感を感じる。
 そうだ、素足じゃない。
 白いストッキングを履いている。

「これは!?」
 驚きのあまり、思わず口から出してしまった。
 アンナと言えば、今までミニ丈でも、必ず素足。
 それはそれで、最高だったのだが……。

 しかし、薄いデニールのストッキングを履いていただけで、なんだこの背徳感は?
 アンナの細くて長い脚を、白のパンストで覆ってしまったというのに……。
 逆に新鮮で、興奮してしまう!

 これは、アレだ。
 制服フェチに近い。
 典型的な看護婦さん。ピンクのナース服に、白ストッキング……。
 なんてこった。
 股間が暴走しまくりじゃないか。


 前かがみになりながら、アンナの服装を褒める。
「きょ、今日のアンナ……すごく可愛いと思うぞ」
「ホント!? 自信なかったから、嬉しい~☆」
 僕も非常に嬉しいです。
 ただ、あまり挑戦的なファッションは、やめて頂きたい。
 歩けなくなるから……。

  ※

「ところで、今日の取材……赤ちゃんだっけか? 一体、そんなもん。どこでするんだ?」
「ああ、アンナとタッくんの赤ちゃんだよね☆ それだったら、博多からバスに乗ったら、会えるよ☆」
「は?」

 いつ、生まれたの?
 俺たちの子供って……。

 アンナが言うには、筑紫口からバスに乗って、目的地へと向かうらしい。
 今、俺たちが立っている博多口とは、反対方向だ。
 一旦、駅舎のあるJR博多シティの中を通らないと行けない。

 説明不十分だが、とりあえず、アンナに手を引っ張られて、JR博多シティのビル内へと入る。
 アンナが「早くはやく」と急かすせいか、俺の手を掴む力が強まる。

「いてててっ!」

 余りの痛さだったので、手を振りほどこうとした瞬間。
 アンナの足もとに違和感を感じた。
 左脚の太ももに、縦の線が見える。

「アンナ! なんか、太ももにキズができていないか?」
 俺がそう言うと、彼女は振り返って、目を丸くする。
「え? キズ……?」
「うん。ほれ、太ももに何か白い線が出ているが、これはケガしたんじゃないのか?」
 彼女の太ももを指差すと、ようやく立ち止まる。
 俺から見て、目立つ線と言うことは、彼女からすれば、太ももの裏側だ。
 大胆にもスカートの裾を上げて、太ももを確認するアンナ。
 パンツ、見えそう……ラッキー。

「あ!? 伝線してるぅ!」

 その線を見つけた瞬間、アンナの顔は一気に青ざめる。
 小さな唇を大きく開いて。

「で、電線? ビルの中には電柱なんて、ないぞ?」
「違うよ! ストッキングが伝線したの!」
「はぁ?」
 意味が分からない俺は、アホな声が出てしまう。

 でんせんって、なんだ……?
 新型のウイルスが伝染でもしたのかな。