気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 あれから、一週間が経とうとしていた。
 ミハイルの状態は少し良くなったと、姉のヴィクトリアから連絡はあったが……。
 まだ熱が完全に引いてないので、しばらく自宅で安静にさせると言っていた。

 俺もその方が良いだろうと感じた。
 あの健康で頑丈な身体だけが、取り柄のミハイルだ。
 よっぽど、疲れていたのだろう……。

 ま、俺もあれから一週間はダラダラと過ごさせて、もらっている。
 超短期で20万字も書いたから、肩こりが酷い。
 新聞配達とレポート作成以外、ほぼ寝込んでいた。

 寝込むというのは、ちょっと表現が違うな。
 正しく言うのならば……。

「み、ミハイルの唇って……柔らかいんだな」

 と先日の“事故”を毎日思い出しては、悶々と過ごしていた。
 あの瞬間、もちろん驚きはしたが……それよりも。
 ミハイルの閉じた瞼が、目に焼き付いて頭から離れない。
 高熱で頭がフラついていたからだと思うが、なんで俺にあそこまで身を委ねられるというんだ?

 考えただけで、胸が痛い……いや、これは違う。
 ドキドキしているのか?
 俺が、男にときめいているとでも言いたいのか。
 違う! 断じて、俺にそっちの気はない!

 と脳内で、完全に否定はしているのだが……。
 布団の中で肯定してくる方が一人。僕の股間くんです。
 元気すぎるのです。一週間前から。

 なので、布団に入り込んで、隠しているのだ。
 妹にバレたくないから。


 一人、布団の中で葛藤していると、枕元に置いていたスマホが振動で揺れた。
 画面を見れば、初めて見る名前だ。
「冷泉 マリア」
 そうか。彼女とは、連絡先を交換していたのだった。

 とりあえず、電話に出てみる。

「もしもし?」
『タクト、久しぶりね』
 なんでか知らないが、マリアの声を聞いた瞬間。
 股間の熱が一気に冷めてしまった。
 きっと理性が働いたからだろう。

「ああ、久しぶりだな。どうした?」
『どうしたって……この前、言ったでしょ。返してもらうって』
 偉くドスの聞いた声だ。
 怒っているようにも感じる。
「返す? 俺、お前から映画でも借りていたか?」
『本当に記憶力の低い男ね、あなたは……』
「すまん。マリアが返してもらいたい物ってなんだ?」
 俺がそう問いかけると、彼女は深呼吸してから、こう言った。

『あなたのハートでしょ』
「……」

 そうだった。
 マリアはメインヒロインであるアンナに対して、敵対心を抱いているんだった。
 10年前に約束した婚約を破棄させるまで、俺の心を奪ったと勝手に勘違いしている。
 だから、この前一ツ橋高校で、男装時のミハイルに宣戦布告したばかりだ。


 俺は言葉を失っていたが、マリアは構わず話を進める。

『タクト。あなたは小説のために、あのブリブリ女と取材したのでしょ? そのせいで、記憶が封印されてしまったのよ』
「え?」
『なら、そのブリブリした記憶を私が改ざんしてあげる』
「すまん。ちょっと、言っている意味がわからないのだが……」
『簡単なことでしょ? 10年間の空白を埋めましょ。デート、取材をしましょ』
「あ、そういうことか……」

 しかし、引け目を感じる。
 メインヒロインである、アンナ。いや、ミハイルは今、床に臥せている状態だ。
 そんな時に、俺だけが一人で遊びに行ってもいいのだろうか?

 今回ばかりは、さすがに断ろう。
 
「マリア。悪いが今回はちょっと……」
 そう言うと、彼女が鼻で笑う。
『もしかして、アンナに引け目を感じているの? 別にただの取材じゃない。それに彼女とはまだ恋愛関係に至ってないのでしょ。なら、いいじゃない?』
「いや……そういうことじゃなくて……」

 スマホの向こう側から、「ふふふ」と笑い声が聞こえてくる。
 そして、マリアは甘い声でこう囁いた。

『今回の取材は、タケちゃんよ』
「え!?」
 思わず、布団から飛び起きてしまう。
『新作の映画チケットを無料でゲットしたのよ、二人分。どうする?』
 俺は即座に反応してしまう。
「行きます!」
『じゃあ、明日の朝。博多駅、いつもの場所で会いましょ』

 電話を切ったあと、少し後悔してしまった。
 タケちゃんというパワーワードにより、考えもせず、即答してしまった。

 まあ映画を見るだけだし、良いよね。
 それに、本体であるミハイルは今、寝ているし……。

 だって、タケちゃんの新作だもん!

 翌日の朝。
 俺は博多駅へと向かった。
 指定された銅像の前で、ひとり彼女を待つ。

 考えたら、昔に待ち合わせしていた場所も、この黒田節の像だったな。
 ガキの頃だったけど。
 ひょっとして、無意識のうちに、あの頃の癖が抜けないのか?

 そんなことを考えていると、一人の小柄な少女が目の前に現れた。

 黒を基調としたシンプルなデザインのミニワンピース。
 胸元には白くて大きなリボン。
 細く長い2つの脚は、黒いタイツで覆われている。
 ローヒールのパンプスにも、白いリボンがついていた。
 
 ピンクやフリルを好むアンナとは、正反対のファッションだ。
 だが、似ているところと言えば、その顔だ。

 小さな顔に反して、大きな瞳が2つ。
 美しい金色の長い髪を肩まで下ろして、微笑む。
 双子ってぐらい、アンナとそっくりだ。
 違うところは、瞳の色が、ブルーサファイアってことぐらい。


「おはよう。タクト」
「……」

 その姿に、思わず見惚れてしまった。
 彼女の挨拶に答えることもできず……。

「タクト?」
 低身長だから、自然と上目遣いになる。
「あ、ああ……。すまん、マリア。おはよう」
 慌てる俺を見て、なんだか嬉しそうに笑うマリア。
「ふふ。どうしたのかしら? なんだか、10年前とは違うわね。あの横柄な態度の彼はどこに行ったのかしら」
「う、うるさい……」

 あの頃とは違う。
 どことなく、成長した大人としての女性に感じる。
 もうガキ扱いはできない。
 彼女の言う通り、友達の関係じゃないような気がした。

  ※

 はかた駅前通りを二人で歩く。
「ふぁあ……」
 小さな口に手を当てて、あくびを繰り返すマリア。
 碧の瞳に薄っすらと涙を浮かべて。

 それを隣りで見ていた俺が問いかける。

「どうした? 映画でも徹夜したのか?」
「いいえ……読んでいた小説が楽しくて、朝まで読んじゃったから」
 そう言いながらも、あくびをしている。
「は? 小説を徹夜した? 寝ろよ。今日はタケちゃんの映画を観る取材だろ」
 ちょっと、キレ気味になってしまった。
「怒らないでくれる? タクトなら知っているでしょ。私の活字好きが」
「え、わからん……」
 俺がそう答えると、彼女はガクッとうなだれてしまう。

「あのね……だからタクトを作家として、応援していたのでしょ?」
「はぁ……」
「なによ、その反応。タクトって仮にも作家なんでしょ? あなたも小説ぐらい読むでしょ?」
 俺はその問いに、キッパリと答える。
「読まないぞ」
 マリアはそれを聞いて、小さな口を大きく開いて、驚いていた。

「あなた……そんなんだから、作家として大成できないんじゃない?」
 冷たい視線を感じる。
「他の作者の小説なんて、読まないな。文字を読むのが面倒だからな……強いて言うならば、タケちゃんの作品ぐらいだ」
「はぁ……タクト。もうちょっと、色んな作者さんの作品を読んだ方が良いわよ」

 ダメね、この子みたいなお母さん的な目で、見られてしまった。

「そうか? 俺は映画で充分だ」

 深いため息をついたあと、マリアはこう持論を展開させる。

「あのね。文章力や描写とか。他の作者さんが描く文章を読めば、色々と学べるはずよ。私は読む事しかしないけど……毎日5冊ぐらいは読むわよ?」
 俺はそれを聞いて絶句する。
「ちょっと待て……5冊ってことは、一冊を10万字と仮定して、50万字も読んでいるのか!?」
 書き専からすると、驚愕の数字になる。
 だが、マリアは真顔でこう答えた。

「普通のことでしょ。読書なんて、人間の三大欲求の1つに近いものよ。よく履歴書とかに趣味として『読書です』とか答える文学少女もどきを見かけるけど……文字を読むって呼吸に近しいことだから、生きるために必要なことじゃない」
「……」

 ちょっと、作家業をやめてきて良いですか。
 もう、僕は映画監督を目指してきます……。

 カナルシティに着いて、すぐに映画館へ向かおうとしたが。
 エスカレーターの前でマリアが俺の手を掴む。

「ちょっと待って……」
 振り返ると頬を赤らめていた。
「どうした? トイレか?」
「違うわよ! お腹、空いたの……」
 それを聞いた俺は鼻で笑う。
「相変わらずだな。食い意地がはってる」
 案の定、マリアは顔を真っ赤にして、怒り出す。
「な、なによ! 小説に夢中だったから、朝食を取る暇がなかっただけよ!」
「構わんさ……ところで、食べる所はどうする?」
 俺がそう問いかけると、彼女は再度、頬を赤らめて恥ずかしそうにこう答える。

「タ、タクトさえ、よければ……“キャンディーズバーガー”が良いわ」
「了解」

  ※

 俺とマリアは地下一階に向かい、噴水広場の前にあるファーストフード店。
 キャンディーズバーガーへと入る。

 かなり腹が減っていたようで、店に入るや否や。
 躊躇いもなく、メニューも見ずに店員へ注文するマリア。

「BBQバーガーを単品で30個下さい。あとポテトも10個。飲み物はアイスティーのLサイズを1つ」
 その量を聞いて、驚く俺と店員のお姉さん。
「えっと……BBQバーガーを単品で30個に、ポテトを10個。お飲み物はアイスティーのLでよろしかったでしょうか?」
 お姉さんが注文を繰り返すと、マリアは苛立ちを隠せず、舌打ちしてみせる。
「ええ。そうです。あまり待たせないでくれますか? お腹空いていると、あまり余裕がないのだけど」
 そう言って、カウンター越しに睨みをきかせるマリア。
 相手は5才ぐらい年上の女性に見えるが、その迫力に思わず後じさりするほどだ。

「も、申し訳ございません! すぐに調理いたしますので、少々お待ちください!」
 
 自分が頼み終えると、振り返って、涼し気な顔でこう言う。

「タクトはどうするの?」
「あぁ……」

 正直、朝ご飯を食べて間もないし、こんなにヘビーなものをすぐには食べたくない。

「俺はアイスコーヒーのブラックで……サイズはSでお願いします……」

 男である俺の方が小食に見えてしまった。

  ※

 二人掛けの小さなテーブルの上に、並べられた大量のハンバーガー。
 それをひとつ1つ、包み紙を開いて、嬉しそうに頬ばる華奢な女の子。

「やっぱり、ここのハンバーガーが一番だわ。アメリカのよりも日本の……いえ、福岡のが一番♪」
 なんて絶賛している。
 俺はと言えば、その食いっぷりに絶句していた。
 この小さな身体のどこに入っていくんだ?
 過食症じゃないよね、マリアって。

 スナック感覚で、ポイポイと口に入れていくので、俺は心配になり。
 彼女へその疑問をぶつけてみた。

「なぁ……別に人様の食べ方に文句を言うつもりはないが。ハンバーガーを30個も注文するなんて、異常じゃないか? マリア、お前なんかストレスでも抱えてないか?」
 俺がそう言うと、彼女は眉をしかめる。
「失礼ね。私は至って健康よ。それに言ったじゃない? 朝を抜いてきたって」
「いや……朝食を抜いたからって、ここまで食うか……」
 既にハンバーガーは全て食べ終え、あとはポテトが3個のみだ。
「タクト。きっとあなたは10年前の私と比較しているのよ」
「比較?」
「ええ。あの頃は私も小学生だったもの……。でも、今は第二次性徴を迎えた女よ。食べる量も自ずと増えるってこと。オトナの女って感じかしら♪」
「……」

 こんなにバカ食いする大人の女性は、あまり見ませんね。
 唯一、僕が知っている女の子……いや、男の娘なら一人いるのですが。
 ルックス以外で、似ている所を見つけたな。

 たらふく、ハンバーガーを食い終えたところで、ようやく映画館へと到着。
 待ちに待ったタケちゃんの新作であり、初めての続編でもある映画。
『作家レイジ ビヨンド』
 前作の『ヤクザレイジ』が大好評だったこともあってか、タケちゃん初のシリーズ化だ。
 映画館の前に飾られているポスターを見て、俺も興奮してきた。

「おお! これが新作か! マリア、早く入ろう」
 そう言って、隣りの彼女に目をやると……。
 俺とは正反対の方向を見つめていた。
 
 映画館のチケット売り場のすぐ後ろにある店だ。
 ゲームセンターの一部であり、最新のプリクラ機が大量に設置されている。
 以前、アンナと入った店だ。
 まあ俺もあの時以来、来たことがないし、撮る必要性もない。
 生まれて初めて撮ったプリクラだったが……。
 もし、アンナが誘わなかったら、一生撮ることはなかっただろう。


「ねぇ。まだ上映まで時間あるのでしょ?」
 碧い瞳を輝かせるマリア。
「ああ……。プリクラに、興味があるのか? なんかマリアらしくないな」
 俺がそう言うと、彼女はムッと頬を膨らませて睨む。
「失礼ね。私だって女の子なのよ。それに言ったでしょ? 今回の取材のテーマ」
「え? テーマ?」
 首を傾げて考えていると、マリアが俺の胸を人差し指で小突く。
「あなたのハートを奪い返す……つまり、記憶の改ざんよ♪」
「?」

  ※

 チケット売り場で座席だけ、指定しておいたので、後で困ることはない。
 安心して、プリクラを撮れる。
 だが、俺はマリアの言う『記憶の改ざん』が理解できずにいた。

 真剣な顔でプリクラ機を選ぶ彼女に、もう一度聞いてみる。

「なぁ。俺の記憶と、このプリクラに何の意味があるんだ?」
 そう言うと、マリアは「ふふ」と微笑んで、トートバッグから一冊の小さな本を取り出した。
「答えは、この中にあるわ」
 表紙を見れば、どこかで見たことあるライトノベル……。

『気になっていたあの子はヤンキーだが、デートするときはめっちゃタイプでグイグイくる!!!』
 作者、DO・助兵衛。絵、トマト。

 俺の作品じゃねーか!

「これって、この前発売した俺の作品じゃないか……」
「ええ。穴が開くほど読み返したわ。特に、初デートのくだりをね」
「ん? デート……はっ!?」

 ここでようやく気がついた。
 彼女が言う、初デートのことを……。
 そうだ。俺とメインヒロインであるアンナが、初めて取材した場所は、このカナルシティだ。
 二人で観た映画もタケちゃんの作品だったし、そのあとプリクラを撮影した。
 つまり……アンナが取材した場所や出来事を再現。
 いや、マリア自身によって、俺の記憶を上書きしたい、ということか。

 マリアは下から俺をじっと見つめる。怪しく口角を上げて。

「どうやら理解できたようね。さ、タクト。ブリブリ女との差を見せてあげるわ」
「おお……」

  ※

 なんて勝ち誇った顔をしていたマリアだが。
 どうやら、彼女自身もプリクラを撮影するのは、生まれて初めてらしく。
 どの機械が良いのか、さっぱり分からないようだ。
 周りには若い女子高生やカップルで、ごった返している。
 そのため、自然と長い列が出来てしまい、機械を選んでいるだけで、置いてけぼりになってしまう。

 焦り出したマリアが怒りを露わにする。

「な、なによ! 高々、写真を撮影するのに、こんなに並んでバッカじゃない!」
 良いながらも、かなり動揺しているようだ。
 こういうところは、ぼっちの俺に似ているな。
 仕方ないので、フォローに入る。
「マリア。俺もあまり詳しくないが、全身が撮れて、尚且つ加工の少ない機械が良いって聞いたぞ」
 この話は、全てアンナから教わったものだが……。
「フ、フン! じゃあ、それにしましょ」
 
 結局、半年前に撮影した同じプリクラ機で撮影することにした。
 改ざんになっているのか?

 100円玉を4枚入れて、撮影タイムに入ったが、初めてのマリアはおどおどしていた。

「こ、これ。一体何が起こるの? 何か3Dみたいな感じで飛び出てくるのかしら?」
「そんなわけないだろ……ただ、撮影するだけだ。精々がフラッシュぐらいだ」
 経験者である俺が説明する。
 するとマリアは安心したようで、胸を撫でおろす。
「な、なるほどね……」


 いざ撮影が始まっても、俺とマリアはピクリとも動かない。
 機械が『次はこのポーズで撮ろうね』なんて、可愛らしい声で指示を出すが。
 それを聞いたマリアは「何が楽しいの? 嫌よ」と一蹴する始末。
 ピースもしないで、無表情の男女が二人でパシャパシャ撮られるだけ。
 一体、俺たちはなにをやっているんだ?


 もうあと一枚でラストってところで、マリアがこう呟いた。

「やっぱり……なにか思い出を作りたいわ……」
「え?」
 頬を赤くして、俺の目をじっと見つめる。
 強きな性格のマリアにしては、言葉に力がない。
 そして、どこか恥ずかしそうだ。

「ポ、ポーズを……とりましょ」
 そう言って、小さな手を俺に差し出す。
「なにをするんだ?」
「私。こういうの……分からないから、手を繋ぐことぐらいしか、思いつかないわ」
「え……」

 言われて、ガキっぽい発案だと吹き出しそうになったが。
 それは10年前の小学生だったらの話だ。
 完全に大人になったマリアと……“女”になったこの子と手を繋ぐ?
 正直、アンナともろくに手を繋いだ記憶がない。

 あの積極的なアンナですら、一緒に手を繋いで歩くことなんて、なかったような……。
 つまり、これって初めての出来事では?
 うう……“初めて”にこだわるアンナさんが知ったら、どうなることやら。

 とりあえず、マリアの小さな手のひらに触れてみる。遠慮がちに。
 彼女も緊張しているのか、汗で湿っているのを感じた。
 お互い、視線はカメラのまま、ギュッと手を握り、肌の感触を黙って味わう。
 意外と柔らかいんだな……マリアの手。

 そんなことを考えていると、撮影タイムは終了。
 撮影ブースからお絵描きブースに移動する。
 モニターに映し出された写真は、どれも似たようなものばかり。
 唯一、アンナの時と違うものといえば……。
 二人で頬を赤くして、手と手をぎこちなく握っている写真。
 何ていうか、付き合いたてのカップルのようだ。

 肝心の落書きはなにもしないで、マリアはすぐにプリントを選択する。

「だ、大事なのって……タクトとの思い出だから」
 と頬を赤くして。
 なんだか妙に女の子らしいな、今日のマリアは……。
 見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。

 プリクラ撮影が終わったことで、ようやく映画館へと向かうことになった。
 待ちに待ったタケちゃんの新作だ。
 長いエスカレーターを上っているだけで、興奮してくる。
 今か今かと胸が高鳴り、自ずと身体が前のめりになってしまう。

 マリアがスタッフの人にチケットを渡し、売店でポップコーンと飲み物を買ったら、スクリーンへ直行。
 
 ブーッ! という音と共に、スクリーンの幕が左右に開く。

 前作『ヤクザレイジ』にて、子分に裏切られた初老の親分、大林(おおばやし)
 エンディングで敵対する組織に刺されて、死んでしまったと思っていたが……。

 刑務所の休憩室にて、対峙する2人の男。
 1人は金髪の受刑者。もう1人はスーツを着た薄毛の男。
 

『先輩、今の“創作会(そうさくかい)”デカくなり過ぎましたよ……。政界とも繋がっていて、平気でAIにエチエチなイラストを描かせて販売……先代だったら、こんなこと許されなかったのに』
 それを聞いた金髪の男、大林が鼻で笑う。
『俺になんの関係があるんだよ。あれから何年経ったと思ってんだ。誰も俺のことなんて、覚えちゃいねぇよ……』
『そんな事言わないでくださいよ。先輩だって今も書いているんでしょ? なら、もう一度書籍化して、心が折れて垢を消した底辺作家たちの夢を叶えてくださいよ』
『お前、俺いくつだと思ってんだ? もう、いいよ』
 大林の答えを聞いて、啖呵をきる薄毛の男。

『まだ、もうろくする年じゃないでしょ! しっかり書籍化して、ケジメつけてくださいよ! それが作家ってもんでしょうが!』
『なんだ、てめぇ……読み専が書き専を焚きつけんのか!? コノヤロー!』


 久しぶりのタケちゃんに、俺は心を躍らせていた。
 両手はギュッと拳を作り、次の展開を予想する。

「おお! 前作が静寂なる暴力ならば、今作は言葉の暴力か! さすがタケちゃん!」
 なんて絶賛していると、隣りの席が妙に静かなことに気がつく。
 マリアだ。
 まさかと思いながら、隣りを見てみると……。
「スゥスゥ……」
 こいつ、自分から誘っておきながら、“また”寝てやがる。
 10年前と同じじゃねーか!

 これじゃ、取材にならないと、俺は彼女の肩を揺さぶる。
「おい。マリア、起きろよ。今日は取材じゃないのか?」
「あ……ごめんなさい。昨晩、一睡もしてなくて、あまりの退屈ぶりに寝ちゃったわ」
 サラッとタケちゃんをディスるな!
「お前なぁ……」
「本当に悪気はないの。ちょっとお手洗いに行って、顔を洗ってくるわ。私も10年前とは違って、成長したつもりよ」
「そ、そうか」

 なんだか、強気なマリアが丸くなったようで、調子が狂うな。

『てめぇら、さっきからガタガタうるせぇんだよ!』

 関西のヤクザ組織、腐王(ふのう)会へと赴いた主人公、大林(おおばやし)と弟分である幹村(みきむら)
 書籍化を打診されたにも関わらず、作品が気に入らないと一蹴された為、大林は怒りを抑えられずにいた。

『おい、こら。大林……お前、今なに言うた? わざわざ編集長が直々に会って下さってはるのに。なめとんかぁ!?』
 オールバックの男が、関西弁で大林に怒号を上げる。
 だが、大林も負けずにいた。
『なめてぇよ。俺の作品を拾ってくれるって言うから、わざわざ関西くんだりまで来たってのに。これじゃ意味ねぇだろ!』
 それを聞いた関西ヤクザたちが鼻で笑う。
『はん。お前が書いた作品なぁ……あんな古臭いラブコメ、誰が読むねん。それにヒロインは男の娘やと? 中途半端なもん書きやがって、NL、GL、BL。どの層にハマるんじゃ!』


 それまで黙って観ていた俺だったが……驚きを隠せずにいた。
 タケちゃんの映画だよね、これ?
 なんか一般人には、わからない用語が次々と使われているんだけど……。


 立ち上がり、睨みあう大林と関西ヤクザ。
 見兼ねた弟分の幹村が、すかさずフォローに入る。

『あの、兄貴を勘弁してやってください! 兄貴は……まだ創作界隈に戻ってきて、間もないんです! なろう系とか、テンプレとか、そういうの全然知らないんです!』
『アホがっ! だからって、わしら腐王会がこいつの作品を書籍化したら、大騒ぎじゃ! わしらはな、腐女子の皆さんをターゲットに出版しとんねん。読者が求めているのは、純粋なBLや。男同士の絡みが欲しいんじゃ!』
『そんな……話が違うじゃないですか。兄貴の作品を書籍化してくれるって……今の関東、創作会は平気でAIに百合を書かせるような奴らです。だから、腐王会に頼んだんじゃないですか』
『幹村! お前、腐女子と百合族を喧嘩させる気か? わしら腐女子と百合はなぁ、てめぇの股間に草が生える前から、盃交わしとんねん。戦争になったら、誰が責任持つんじゃ! おお、コラァ!』


「……」

 あれ、前作と話が全然違うんだけど。
 ヤクザはどこにいったのかしら。

 呆然とスクリーンを眺めていると、なんだかんだ揉めてはいたが、利害が一致した両者は、書籍化のため、関東の創作会を潰すことに。
 大林たちは、関西の腐王会から力を借りて、戦争を始め。
 見事に復讐を果たすのであった。
 しかし、最後は弟分である幹村がヒットマンに殺されてしまう。

 葬式会場に現れた大林は、冒頭で話していた薄毛の男と再会する。
 
『先輩、書籍化できなくて、残念でしたね』
『うるせぇよ。線香あげにきただけだ……』
『え、先輩なら、ペンタブの1つぐらい持ってくると思ったのに……。あ、ハジキ持って行きませんか? 護身用に』
 そう言って、大林に拳銃を手渡す。
 受け取った拳銃に、弾が装填されているか、確かめた大林は、何を思ったのか。
 薄毛の男に向かって、銃口を突きつける。
『先輩?』
 驚く相手を無視して、大林は静かに引き金をひく。
 三発ほど腹に打ち込むと、薄毛の男は地面に倒れて、死んでしまう。
 だが、大林は弾がなくなるまで、撃ち続けた。

 そして、最後に一言。

『書籍化するつもりもねぇのに、編集部がSNSをフォローしてくんじゃねーよ。勘違いしちまうだろうが』

 どこから持ってきたのか、アサルトライフルを取り出し、冷たくなった男の身体を穴が開くまで、撃ち続ける大林。

 ~FIN~


 スクリーンの幕が閉じるまで、俺は微動だに出来ずにいた。
 感動していたからだ。
 きっと、この作品は、タケちゃんからの贈り物だ。
 作家なら誰しもが、抱いている感情を、タケちゃんがヤクザ映画として、昇華してくれたんだ。
 涙が止まらない……。

 帰りにパンフレットを買って行こうっと。
 て、あれ?
 映画に夢中で気がつかなかったが、マリアのやつ、まだトイレか。
 まさかとは思うが、便器の上で居眠りしているんじゃないだろうな。

 そう言えば……アンナとタケちゃんの映画を観ていた時も、途中退席して、最後まで観なかったような。
 嫌なデジャブ。

 結局、上映が終了するまで、戻って来なかったマリア。
 仕方ないので、俺は彼女の飲みかけのドリンクと残ったポップコーンを持って、スクリーンから退場する。
 出口でスタッフが大きなゴミ箱を用意して、立っていたので、ゴミを手渡す。
 売店あたりを探しても、彼女の姿が見えない。

 本当にトイレで居眠りしているでのはないだろうか?

 俺は心配になり、女子トイレへと向かった。

 廊下を奥へと進むにつれて、なんだか人を多く感じる。
 何やら騒がしい。
 俺も人ごみを掻き分けて、前へと進む。


「やめてっ!」
「いいじゃないかぁ~」
「イヤだって言っているでしょ! 警察を呼ぶわよ!」
 なにやら言い争っている。
「フフ……ずっと探していたよ。ア・ン・ナちゃん♪」
 
 視線をやれば、スーツ姿のチビ、ハゲ、デブの中年オヤジが、マリアの白く細い腕を無理やり引っ張っている。
 キモッ! と叫びたいところだが、このオジさん……以前会ったことがあるな。

 そうだ。半年前、初めて“女装したアンナ”とデートした時、ハーフの女の子と勘違いして、痴漢した犯罪者だ。
 俺が後に警察へと突き出した、前科もちのオジさん。
 出所していたのか……。


「いい加減に離してくれる? 私はアンナじゃないわ。マリアよ」
 碧い瞳をギロッと光らせて、睨みつける。
「ウソだよぉ~ き、君みたいな可愛いハーフの天使ちゃんは、世界でひとりだけだよ~ おじさん、半年間アンナちゃんを探していたんだ。あの柔らかくて真っ白な太ももの感触。忘れられないよぉ♪」

 この人、ガチもんだ……早く治療した方が良いかも。

 しかしマリアを、“女装したアンナ”と見間違えても、仕方ないだろう。
 双子ってぐらい、そっくりの容姿だからな。

 当のマリアときたら、天敵であるアンナと間違えられ、小さな肩をブルブルと震わせて、怒りを露わにしていた。

「私が……あのブリブリ女と同じレベルだと言いたいの? すごく不快なのだけど」
 オジさんの腕を引っ叩く。
 叩いた瞬間、なんか骨が折れるような音が聞こえてきた……。

 もちろん、オジさんは悲鳴をあげる。
「い、痛いよ! なにするんだ、アンナちゃん。半年前の“デート”を忘れたのかい?」
 マリアは何を答えることもなく、右手に拳を作り、オジさんの顔面めがけて、ストレートパンチをお見舞い。
 鼻からキレイな赤い血を吹き出し、地面へと倒れ込むオジさん。
「ブヘッ!」

 これで終わりかと思ったが……マリアの怒りは止まることなく、オジさんの元へとゆっくり近づき。
 倒れているオジさんの胸ぐらを掴むと、軽々と左手で持ち上げ、動けないことをいいことに顔面へと拳を叩きつける。
 何度も、何度も……繰り返し。

「ねぇ、私の名前はなに?」
 冷たい声で問いかける。
「ブヘッ……あ、アンナちゃんです……グハッ!」
 その答えが、更に彼女をヒートアップさせる。
 オジさんの顔を殴りつけるスピードがどんどん速く、そして殴る力も強くなる。

「もう1回、言ってごらんなさい?」
 マリアの瞳からは輝きが失せ、ブルーサファイアというよりは、ブラックサファイアが正しい表現だ。
「あ、アンナちゃん……がはっ!」
 殴られ続けたオジさんの顔は、腫れ上がってもう原形がない。
 別人のようだ。

 なんて、バイオレンスな女子。
 タケちゃんの暴力描写より、酷いし怖い。

 このままでは、マリアが加害者になってしまうので、俺が止めに入る。

「おい! もう、その辺でいいんじゃないか?」
 彼女の小さな肩を掴むと、ゆっくりとこちらに視線を向けられた。
 顔は鬼のような険しい剣幕で、今にも殴りかかってきそう。
 怖すぎるっぴ!

「あら、タクト……」
 俺の顔を見た瞬間、彼女の瞳に輝きが戻る。
「マリア。そのおじさんは以前、痴漢を犯した前科もんだ。アンナの……ストーカーなんだ。許してやってくれ」
「ふぅん……そうだったの。まあタクトがそう言うなら、許してあげるわ。オジさん、覚えておきなさい。私の名前は、マリア。冷泉(れいせん) マリアよ」
 そう言って、地面に倒れているオジさん目掛けて、唾を吐く。
 もちろん、顔にだ。
「ヒッ! お、覚えました! マリア様ぁ!」
「それでいいのよ。今度、私に触れたら、また顔を変形させてあげるわ。この拳でね」

 よ、容赦ないなぁ……。
 見た目が同じでも、こういうところは全然違う。
 なんていうか、可愛げがない。
 守ってあげたくなるのは、例えあざとくても、アンナなのかもしれない。

 文字通り、暴力で痴漢を撃退したマリア。
 しつこく口説かれた事よりも、自分が敵視しているアンナと間違えられたことが一番、腹が立ったようだ。

 映画館から出ても、何度も舌打ちを繰り返し、苛立ちを隠せずにいた。

「チッ。あの痴漢。もっと殴っておけば良かったわ」
 まだ殴りたいのか……。
「あ、あの……マリア? ちょっと気分転換でもしないか。久しぶりのカナルシティだろ。どこか行きたい店はないか?」
 俺がそう提案を持ちかけると、彼女の表情が少し柔らかくなる。
「え? 行きたいお店? そうね……なら、最近オープンしたっていうショップへ行ってみたいわね」
「よし。そこへ行ってみるか」


 彼女が言う店は、地下一階にあるらしい。
 俺たちはエスカレーターを使って、一番下まで降りていく。

 色んなテナントがたくさん出店している階だ。
 博多土産、期間限定のスイーツショップ、雑貨、アクセサリーショップ。
 その中でも、一際目立つ場所で、マリアは足を止めた。

『デブリがいっぱい! でんぐり共和国。カナルシティ店』

 可愛らしい、スタジオデブリのキャラクターが飾られている。
 ドドロやボニョなど。

「うわぁ、どれもカワイイわねぇ~」
 と碧い瞳をキラキラと輝かせるマリア。
「……」
 俺は彼女の横顔をじっと見つめて、考えこむ。

 マリアって、こういうの好きだったか?
 なんていうか、小説とか、映画。あとは食事の話しか、しないから。
 彼女の趣味とか、よく知らないが……。
 デブリっていうと、どうしてもミハイルのイメージが強く、重ねてしまう。

 俺の視線に気がついたマリアが、眉をひそめる。

「な、なによ? そんなに見つめて……私の顔に、変なものでもついているの?」
「いや……そういう訳じゃないが。お前って、デブリとか好きだっか? なんていうか、もっとお堅い趣味っていうイメージだったんだが……」
「は、はぁ!? わ、私だって、デブリぐらい好きよ! なに? またブリブリアンナと似ているとでも言いたいの!?」
 なんか必死に、言い訳しているように見える。
「別に人の趣味だから、良いんだけどな。10年前はこういうの好きじゃないって、言っていたような……」
「じゅ、10年前と比較しないでくれる!? 私も成長したって言ったじゃない!」
「すまん……」

 うーむ。マリアって俺が思っている以上に、女の子らしく成長したってことかな。
 丸くなっちゃったのか……。
 どんどん、容姿だけじゃなく、中身までアンナに近づいている気がする。

  ※

 その後も、彼女が選ぶ店は、どれも可愛らしいものばかり。
 女の子に大人気のキャラクター、『ザンリオ』の公式ショップに入ると。
 期間限定で販売しているという、ピンク色のボアイヤーマフを手に取り、声を上げて喜ぶ。

「うわぁ~ “マイミロディ”のマフだぁ。可愛いわね。買おうかしら。あ、隣りには“グロミ”ちゃんのもある~」

 マイミロディのイヤーマフだが、ピンクのもふもふ生地で、フリルとリボンがふんだんに使われたデザインだ。
 人気商品なようで、近くにいた若い女性も手に取り、どちらを買うか悩んでいた。
 ちなみに、その客のファッションだが、誰かさんに似ている。
 そう、我らがメインヒロインのアンナちゃんだ。
 
 マリアが迷っているもう1つのキャラクター、グロミちゃんも色は黒だが、デザインはやはり大きなリボンとフリルが、かなり目立つ。

 これを買うのか……あのマリアが?
 しかも、イヤーマフってことは、頭につけるんだろう。
 想像できない。

 散々、迷った挙句。
「やっぱり、2つとも買いましょ。迷った時は、両方よね」
「マジで買うのか……お前」
 俺は余りのギャップに呆れていた。
「な、なによ! 私がこういうの買ったら、ダメっていうの?」
「いや……これ、買ってどうするんだ」
 俺がそう言うと、彼女は堂々と胸を張ってこう答える。

「はぁ? 使い方を知らないの? 頭につけるのよ、こうやって!」
 
 わざわざ頭につけて、俺に説明してくれる神対応。
 ていうか……確かに似合っている。
 そりゃ、あのアンナに瓜二つなんだから、似合わないわけ無いよな。

「可愛い……」

 気がつくと、口からその言葉が漏れていた。
 それを聞き逃さないマリアじゃない。

 頬を赤くして、そっとイヤーマフを頭から外す。

「あ、ありがと……買ってくるわね」
「おう……」

 なんか、今の俺って、ときめいてないか?
 うう……相手が可愛かったら、誰でもイケちゃうタイプなのかな。