気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 日曜日、ひなたに言われた通り、俺は梶木駅で降りて彼女を待つ。
 駅の前には、大きな鳥居がある。
 なんで、駅舎に建てられたのかは知らんが……。
 きっと近くに『梶木宮(かじきぐう)』という古い神社があるからだろう。

 スマホで時刻を確認すれば、『10:40』
 約束の待ち合わせ時間より一時間近く遅れているぞ。
 駅の前で一人立っているのもしんどい。

 だって、民度が高い梶木の人間たちが目の前を歩いているからな。
 着ている服もブランド物が多いし、高々商店街に買い物へ行くだけなのに、洒落た格好しやがって……。

 俺の地元、真島なんて、おばあちゃんばっかだぞ!

 と、地域差に憤りを感じていると、足音が近づいて来た。
 その方向に目を向けると、一人の少女が嬉しそうに走っている。
 
 デニムのミニスカートに白のニットセーターを着た活発そうな女子。
 トップスに合わせて、足元も同じく白のスニーカーだ。
 ボーイッシュなショートカットには、カチューシャをつけている。
 シンプルなデザインで、色はブルー。
 これもデニムに合わせたものか……。

 偉く気合の入ったファッションだと、上から下まで眺める。
 すると、その女の子に肩を思い切り叩かれる。

「も~う! センパイ! なに人のことジロジロ見ているんですかぁ!」
 言いながらも満面の笑みだ。
「いや……なんか今日はいつも違うなと思ってな」
 俺がそう言うと、ひなたは頬を赤らめる。
 身体をくねくねさせて、「ホントですか」と俺の顔をチラチラ見る。
「ああ。その頭、髪飾りだろ? 普段は何もつけてないじゃないか」
「か、髪飾りって……センパイ、ホントにおっさん臭いですね!」
 恥じらったと思えば、怒り出す。
「すまん。俺にはよくわからんが、似合ってると思うぞ」
「え……」
 目を丸くするひなた。
 そして、俺に小さな声で囁く。
「良かった」

 何が良いのか、サッパリ分からない俺は首を傾げる。
「どうした? 慣れない髪飾りをつけて、偏頭痛でも起きたか?」
「もう! 最っ低!?」
 そして、一発ビンタを頂く。
 な、なんで……?

  ※

 ひなたは怒って俺を叩きはしたが、終始ご機嫌だった。
 梶木の街を案内してくれ、「この店、最近オープンしたばかりなんです」と嬉しそうに紹介する。
 セピア通りを曲がり、キラキラ商店街を抜けて、国道3号線に出た頃。
 海辺の近い梶木浜が見えてきた。

 ここ最近、高層マンションが多く建設されたこともあって、民度は高くなるばかり。
 要は金持ちが住む街ってことだ。

 つまり、ひなたもそのセレブの娘。
 だって目の前にそびえ立つ高層マンションが、それを物語っているもの。
 見上げるけど、最上階が下からじゃ見えない。
 ひなたが言うには、42階建てらしい。
 そうまでして、天空の城に近づきたいのか……。

 マンションに入ると、まるでホテルのような広いエントランスが見えた。
 そして、しわが1つもないピシッとした制服を着用した若い男性が、奥に立っていた。
 カウンターの後ろで、礼儀正しくお辞儀する。

「赤坂様、おかえりなさいませ」

 どう考えても、このお兄さんの方が年上だと言うのに。
 頭を下げられたひなたは、軽く手を振る。

「あ、ただいま~」

 マジで、この子。お嬢様だったの?

 俺とひなたはエレベーターに乗り込む。
 彼女は鼻歌交じりで、一番上のボタンを押した。
 つまり、このマンションの最上階という事だ。
 それだけ値段もお高いんでしょうねぇ……。

 ポンッ! と音を立てて、目的地である階に着く。

 驚いたことに、このフロアは一軒しか存在しない。
 エレベーターの扉が開いたら、すぐに表札が見えた。
 開いた口が塞がらない俺を放って、ひなたは玄関の前に立つ。
 ドアの持ち手を、人差し指で軽く触れてみる。
 すると、あら不思議。簡単にドアの鍵が開いた。

「な、なにが起きたんだ!?」
「え? 玄関ってこうして開けるでしょ」
「そんなわけあるか!? 鍵を使って開けるだろ!」
 俺がそう指摘すると、ひなたは少し考えこんだ後。
 手のひらを叩いて、何かを思い出す。
「ああ、これのことですか?」
 そう言って、俺の前に差し出したのは、小さな端末だ。
「なんだ……これは」
「うち、ハンズフリーなんで、これさえあれば。家に入れるんですよ♪」
「……」

 圧倒的な格差!
 俺もこの家に住みたいよぉ……。

  ※

 ひなたの家は、予想以上に広かった。
 玄関から廊下を抜けると、異常なほどにだだっ広いリビングがお出迎え。
 キッチンも最新のシステムキッチンだし、ふかふかのソファーがあるし。
 本当にお嬢様なのね。

 俺が自身の貧困レベルを再度確認できたところで、部屋の奥からタタッと足音が近づいてきた。

「ワンワンッ!」

 大きな犬種だ。
 ゴルーデンレトリバーか?

 飼い主であるひなたへ、猛突進。
 ちょうど、彼女の股間あたりに顔を埋める。

「ハハハッ! ピエール、元気にしてた?」

 嬉しそうに、犬の頭を撫でるひなた。
 このピエールってのが、彼女の言うペットか……。
 なるほど、確かに見ていて、可愛いな。

 だが、次の瞬間。
 更に部屋の奥から、無数の鳴き声と共に、フローリングを激しく蹴る音が聞こえてきた。

「うおっ!」

 現れたのは、10匹ほどの様々な犬種。
 大型犬から小型犬まで。
 あっという間に、リビングは犬で埋め尽くされてしまう。

 ひなたを中心にして、皆おすわりする。
「へっへっ」
 と舌を出して、飼い主の帰宅を喜んでいた。

 なんか俺は、疎外感を感じて、数歩後退りする。

「ジャン、ミシェル。ロバートにジョン。トミーとケヴィン。アンソニーもビルもショーン。ただいま~!」

 よくそれだけ、名前をつけたな。
 てか、オスしかいないのか。
 メスがいなくて、発情期が大変そう。
 ん……でも、最後の一匹は?

「それに、敏郎(としろう)!」

 俺は思わず、その場でずっこけてしまった。
 なんで、最後の子だけ渋い日本名なんだよ……。

 しばらく、俺とひなたはリビングでたくさんの犬たちと戯れていた。
 飼い主以外の人間が、この家に現れたのは、初めてらしく。
 最初は警戒していたが、俺とひなたが雑談する姿を見て、安心したようで。
 10分後には、膝の上に何匹も座り込み、寝だす犬までいやがる。
 ま、可愛いから許すが。


 そうこうしているうち、廊下の奥から何やら物音が聞こえた。
 誰かが家に入ってきたようだ。

 初老の男が一人、俺の前に立つ。
 黒い髪は全てポマードでオールバックにしており、太い眉と口ひげが特徴的だ。
 着ているスーツも恐らく、ブランド物。
 身なりからして、相当なやり手のビジネスマンと言ったところか。

 鋭い目つきで、上から俺を睨んでいる。
 恐怖から敬語で挨拶してしまう。
「こ、こんにちは……お邪魔しています」
「君はひなたの、なんだね?」

 ドスの聞いた低い声で、問われた。

「え……あ、あの学校の……友達ですが?」
 俺がそう答えると、「フン」と言ってリビングから去って行った。

 謎のおっさんに脅える俺を見て、隣りにいたひなたが、クスクス笑う。

「センパイ。なに緊張しているんですか?」
「え……あの人、怖すぎだろ。誰だ?」
「私のパパですよ♪」
「マジか……お前のお父さんって、ヤクザじゃないよな? インテリ系の」
 ひなたは腹を抱えて笑う。
「ハッハハ! 違いますよぉ。ただの社長ですって!」
「……」

 こいつ、今ただの社長って言ったよな?
 ただの社長が、こんな高級マンションに住めるのか。
 めっちゃ金持ちなんだろな。

  ※

 今日が日曜日だから、普段忙しい両親は自宅に帰ってきたらしく。
 昼ご飯を頂くことになった。

 4人掛けのテーブルに、俺とひなたは並んで座る。
 奥のシステムキッチンで、ひなたママが一生懸命、料理を作っていた。
 
 テーブルに次々と並べられる豪華なメニュー。

 カルパッチョ、パスタにピッツァ。それから、アクアパッツァ。
 と横文字をスラスラと紹介してくれるひなた。
 言っていて、舌嚙まないの?

 俺が自宅へ遊びに来たことが、よっぽど嬉しかったようで、ひなたは終始、ご機嫌だった。

「新宮センパイ! いっぱい、食べて行ってくださいね♪」
「おお……でも、なんだか悪いな。せっかくの家族団らんな時間を奪っているようで……」
 と視線を前に向ける。
 さっきから、ずっと熱いまなざしを向けられているからな……。
 ひなたパパだ。
 スーツから、ルームウェアに着替えたとはいえ、ダンディな顔つきは変わらない。
 ギロッと鋭い目つきで、俺の顔を睨んでいる。
 テーブルの上に肘をつき、指を組む。

「……」

 黙って、俺とひなたの会話を聞いているようだ。
 超、怖い。
 あれじゃないか? 初めて娘が男を自宅に連れてきたので、怒っている典型的なお父さんの。

  ※

「センパ~イ、パスタのソースが口についてますよぉ~」
「へ?」
「もう~ お子ちゃまなんだからぁ」
 言いながらも、嬉しそうにハンカチで俺の口もとを拭いてくれる神対応。
 しかし、目の前にいるパパさんは別だ。
 眉間に皺を寄せ、身体をブルブルと震わせている。
 手に持っていたフォークとナイフがテーブルに落ちるほどだ。

 ママさんが俺とひなたのやり取りを見て、優しく微笑む。

「あらぁ~ ひなたがこんな女の子らしいことするなんてねぇ。よっぽど新宮くんのことが気になるのねぇ、ふふふ。ねぇ、あなた」
 と話をパパさんに振る。
「……」
 何も答えてくれない。

 その手に持っているナイフで、俺は刺されるの?

「もう! ママぁ~ やめてよぉ! 私だって、女の子なんだからぁ!」
 頬を膨らませて、恥じらうひなた。
 だが、そんなことよりも、顔面を真っ赤にして、興奮気味のパパさんが気になる。

「ふぅ……ふぅ……」

 絶対、怒っているだろ。

 気がつけば、恋人同士ってぐらい、俺とパパは見つめあっていた。
 正しく表現するのなら、恐怖で目が離せないだけなのだが。

「あ、あの……パパさん?」
 俺がそう言うと、何を思ったのか。
 テーブルの上にあったグラスを手に持ち、「乾杯しないか」と言う。
 その提案に乗っかって、俺もオレンジジュースが入ったグラスを宙に掲げる。

 しかし、グラスが重なることはなく。
 代わりに紫の液体が、俺の顔面へと直撃。
 香りからして、アルコール。
 ワインだな。

「おっと……すまんな。新宮くん」
 謝ってはいるが、絶対わざとだろ。
 クソ。お気に入りのタケちゃんTシャツが、ワインで汚れちまった。

 すぐにひなたとママさんが、タオルを持ってきたりしてくれたが。
 ワインをぶっかけた本人は微動だにせず、じっと俺の汚れた顔を睨んでいた。

「新宮くん。すまないことをしたね。その格好じゃ帰ることはできないだろう。洗濯してあげるから、お風呂に入りなさい。私とね……」
「えぇ……」
 俺、風呂の中に沈められるのかな。

 急遽、ひなたの家で風呂に入ることになった俺氏。

 真っ白でカビ1つないキレイなバスルームに二人の男が向かい合って、浴槽に浸かっている。
 ラブコメ的な展開なら、相手は女子高生であるひなたが、バスタオルを巻いて。

「センパイ、お背中流しますね♪」

 と期待していたが……。

 目の前にいるのは、ひなたちゃんのパパさん。

 ひなたから、彼の年齢は50歳と聞いていたが、ボディビルダーのような屈強な肉体だ。
 そして、剛毛。
 胸毛がもじゃもじゃ。

 腕を組み、ジッと俺を睨んでいる。

「……」
 
 かれこれ、30分間はこの沈黙が続いている。
 一体、なにがしたいんだ? このお父さんは……。

 仕方ないので、俺から話しかけてみる。

「あ、あの……パパさん?」
 太い眉毛がピクッと動いた。
「新宮くん。私はね、ひなたを大事に育ててきたつもりなんだ」
「えぇ……そんな風に見えますよ」
 この流れだと「だから娘に近づくな」的な感じで怒られるんだろな。

「私たち夫婦は中々、子宝に恵まれないでね。やっと生まれてくれたのが、ひなたなんだ」
「はぁ」
「妻も年だから、次の子は生めなくてね……」
 一体、俺は何を聞かされているんだ。
 パパさんの話はまだまだ続く。

「私という人間は、曲がったことが大嫌いなんだ。妻しか愛せない男なのだよ。でも、赤坂家の跡取りは欲しいんだ。だからといって、妾とか、不倫とか、ダメだろ?」
「ど、どういうことですか?」
「ううむ。当初、妻のお腹に赤ん坊が出来た時、私は絶対に男が生まれると信じていた。しかし、生まれたのは女の子のひなただ」
「?」
「だから、私はひなたを赤坂家の跡取りとして、男のように育ててしまったのだよ」
「はぁ?」
 思わず、アホな声が出てしまう。

 大の男同士が、素っ裸でなにを話し合っているんだ。

 パパさんは、咳払いをして、俺の肩を掴む。

「新宮くん! 君に赤坂の男になってほしいんだ!」
「……なんですって?」
「だから、ひなたを嫁にもらって……いや、君が欲しいんだ! 赤坂の息子になって欲しい!」
「ちょっと、言っている意味がわからないんですけど」


 その後、詳しい事情をパパさんから聞いたが。
 夫婦が高齢のため、ひなたしか産めなかったから、悔いがあるそうだ。
 そして、赤坂と言う家は、ああ見えて、福岡の有名な武将の子孫らしい。
 だからパパさんは、跡取りが欲しいが。男勝りなひなたでは、婿を迎え入れることは、不可能だと思い込んでいたようだ。

 しかし、最近になってから、急にファッションやアクセサリーなどに変化があり。
 両親から見ても、好きな男が出来たと感じていたらしく。
 少しでも早くその相手を見たくて、仕方なかったそうな……。


「新宮くん! 聞けば、君は作家なのだろう!」
「まあ……あんまり売れてないですけど」
「売れてようが、売れてまいが関係ない! 大事なのは君の繫殖能力だ!」
 そう言って、俺の股間をダイレクトに掴む。
「ヒッ!」
 思わず悲鳴をあげてしまう。
「うむ! 実に若々しい。君ならば、必ずひなたを落とすことができるだろう」
「えぇ……」
「今晩、泊っていきたまえ! 既成事実を作ってから、結婚しても良いじゃないか」
 
 俺は呆れていた。
 年上の親御さんとはいえ、正直に言いたかった。
「お前、バカだろ」って。

 その後もひなたのパパから、あれこれ説得された。

 自分の経営している会社の社長にしてやるとか。
 その会社で働いても、なにもしなくていい。
 小説でも書いて遊んで暮らせばいい。
 大事なのは、娘のひなたと子作りすることだ……。
 特に男子が欲しいだとか。


 長い間、湯船に浸かったこともあってか、俺はのぼせていた。
 フラフラになりながら、先に脱衣所へ向い、ママさんが用意してくれたパジャマに着替える。
 俺の着てきた服は、今洗濯して乾かせているらしい。


 リビングに戻ると、ひなたが一人でテーブルに座っていた。
 ルームウェアに着替えて。
 タンクトップとショートパンツの露出度高めなやつ。

 聞けば、自身もシャワーを浴びてきたとか。
 この家には、他にもバスルームが2つあるらしい。

 なんて、お金持ちなんだ……。
 確かに俺がこの家へ婿入りしたら、素晴らしいセレブ生活が送れるんだろうな。

 そんなことを考えていると、テーブルに置いていた俺のスマホが鳴り出す。
 手に取って、画面を確認すれば。
 相手は、「アンナ」だ。

「いっ!?」

 まさかとは思うが、ここ、梶木に来ているのか……。
 恐る恐る電話に出ると。

『もしもし、タッくん?』
「はい……そうですが」
 恐怖から敬語になってしまう。
『今ね。アンナ、梶木にいるの☆ タッくんのお仕事、そろそろ終わる頃かなって☆』
 近くにあった時計を確認すれば、既に夕方の6時。
 彼女の言う通り、普通の取材であれば、終わってもいい頃だ。

「アンナ……実はちょっと、予定があって。泊りの仕事になってな」
 そう言うと、彼女の声色が急変する。
 凍り切った冷たい声。
『なんで?』
 怖っ!
「そ、その……えっと……」

 一生懸命、言い訳を考えてみるが、なにもいい案が思いつかない。
 しどろもどろになっていると、近くにいたひなたが、それに気がつく。

「センパイ? 誰と話しているんですか?」
 自分の物みたく、パシッとスマホを奪い取る。
 そして、画面を見て、一言。
 
「チッ……ブリブリアンナじゃん」
 彼女のとった行動は、スマホの電源ボタンを長押し。
 つまり、強制シャットダウン。

「お、おい! まだ通話中だったのに!」
 しかし、ひなたはスマホをショートパンツのポケットに押し込み、ニコリと笑う。
「センパイ♪ ダメですよ、女の子の家へ取材に来たんだから、集中しないと♪」
「いや……電話ぐらいさせてくれても……」
 ひなたは笑顔で断言する。
「絶対にダメです♪ パパから聞きましたよ♪ 今日はお泊り回なんでしょ?」
「はい……」
「ちゃんと取材してくださいね。そうじゃないと小説に使えませんよ? 私に集中してくださいね♪」
「……」

 アンナさんがこの周辺を徘徊していないか、怖くて集中できないんですけど。

「恥ずかしいから、あんまり部屋の中をジロジロ見ないでくださいね」
 とひなたは頬を赤くして、扉の前で恥じらう。
「大丈夫だ」
「私の部屋、あんまり女の子らしくないから……センパイにがっかりされたくないな」
 なんて唇を尖がらせる。

 しかし、両親が同じ部屋で泊れと、命令してきたのだ。
 ここで泊るしか、あるまい。
 パパさん曰く、「間違いがあっても構わん。むしろ起こしてくれ」だが。
 俺としては、板挟みで息が詰まりそうだった。
 目の前のひなたに、どこかを徘徊しているアンナ。


 ギギっと扉がゆっくり開かれた。

 何故か、部屋の中は真っ暗だ。
 俺がひなたに灯りをつけるように頼む。
 すると、そこには衝撃の光景が……。


 バッサバッサと音を立てるのは、止まり木から俺を睨む大きなフクロウ。
 それも三匹。
 柔らかいクッションフロアをくねくねとうごめく、無数のヘビ達。
 そして、ガラガラとうるさいのは、ゲージの中で回し車をまわすハムスター。
 他にもインコ。フェレット。チンチラにトカゲ。ハリネズミ……。

 ちょっとした動物園よりも、ペットの数が多すぎる。

「……」
 俺は言葉を失っていた。
 これのどこが女の子らしくない、部屋なんだ。
 もう、男女関係ないだろ……。
 当の本人は、足をくねくねさせて、恥じらっているが。

「ね、女の子らしくないでしょ? この部屋に入ったの、センパイが初めてなんです」
「そうか……嬉しいよ」
 こんな動物園。確かに男女関係なく、入れたくないだろう。
 ていうか、入りたくない。

 だって、今も俺の足元を無数のヘビさん達がまとわりつくんだもん。

「センパイ……ホントに今晩、私の部屋に泊るんですか?」
 瞳をキラキラと輝かせるひなた。
 きっと。一晩、同じ部屋で寝ることに緊張しているのだろう。
「ああ。泊るよ……」
 今にもヘビに噛まれそうで、怖いから。

  ※

 同じ部屋で泊ると言っても、ひなたは大きなプリンセスベッドでご就寝。
 大好きなペット達と、一緒に夢の中。
 可愛らしいフェレットが、布団に入り込むほど、飼い主が大好きなようだ。

 俺はと言えば。床に布団を敷いてもらい、ひなたの隣りで寝ることに。
 ひなたは、嬉しそうに「今日はいい夢が見られそう」と言っていたが。
 すぅすぅと寝息をたてる彼女とは対照的に、俺はギンギンと目を光らせていた。
 暗い部屋の中、一人で天井を見上げる。

 若い女の子とひとつ屋根の下で、おねんねするからじゃない。
 夜這いとか、そんな余裕は一切ない。
 俺の布団の中に何人ものお客さんが、入り込んでいる。
 先ほどのヘビさん達だ。
 どうやら、珍しい男の客である俺を気に入ったらしく。
 ずっと、俺の身体にまとわりついている。
 何匹もだ。

 時折、枕元に顔を出してきて、舌をチロチロと出す。
 そして、ペロペロと首筋をなめてきた。

「あっ……」

 冷たくて、ちょっと気持ち良いかも。

 このあと。ヘビさんたちと、一晩中仲良しさせていただきました。

 一睡も出来なかった……。
 可愛いヘビちゃん達が俺を寝かせてくれなかったから。
 ずっと、首筋をペロペロ舐めて、愛撫され続けた。
 そりゃあ、誰だって興奮して眠れないだろう。

 緊張し過ぎて……。


「うーん! よく眠れたぁ~ あ、新宮センパイ。おはようございます♪」
 お姫様ベッドで背伸びをする、ひなた。
 対して、俺は身動きが取れずにいた。
 たくさんのヘビちゃん達で、重たいからだ。
 それに嚙まれそうで怖い。
「おはよう……」
「あ、センパイ。ヘビちゃん達とすっかり仲良くなれたみたいですね♪」
「う……うん」

  ※

 ひなたに「朝食を食べて行かないか」と誘われたが断った。
 寝不足だし、リビングにはたくさんの犬でうるさいから、休めない。

 
 帰り際、ひなたのパパさんに声をかけられた。
 大きな紙袋を1つ持って、差し出す。
「新宮くん。これ、お土産だから持って帰ってくれないか?」
「はぁ……ありがとうございます」
「いやいや、そう気を遣わなくても良いのだよ。君はもう我が子のようなものだ」
 そう言って、ニコリと笑う。
 このおっさん。俺のことを種馬みたいに思ってない?


「じゃあ、センパイ! また学校で会いましょうねぇ~」

 玄関から手を振るひなた。
 俺はエレベーターに乗る際、手だけ振ってあげた。
 疲れから、声を出すのもしんどかったからだ。


 エレベーターの中に入ると、パパさんから貰ったお土産が気になった。
 やけに重たく感じる。
 袋の中を開いて見ると、3つの箱が入っていた。
 1つ取り出し、包装紙を破ってみる。

『赤坂饅頭』と書いてある。

 どうやら、あのパパさんが経営している和菓子店のようだ。
 本当に金持ちなんだな。
 いろんな会社を経営しているとは……。

 どんな饅頭か、気になったので、蓋を開けてみた。
 すると……。

「いっ!?」

 見た瞬間、血の気が引く。
 だって、予想していた和菓子なんて、どこにも入っていなかったから。
 箱に入っていたのは、ただの紙切れ。
 いや、福沢諭吉さんという偉人がプリントされた紙幣だ。
 見たこともないぐらいの束。
 これは……100万円だ!

 生まれて初めて見る札束に、腰を抜かしそうだ。

「あのおっさん……なにを考えているんだ」

 箱の隅に小さなメモ紙を見つけた。

 何か書いてある。

『未来の息子である新宮くんへ。これはほんの気持ちだから、気にしないでね♪』

 お気持ちってレベルじゃねー!
 俺の遺伝子を金で買うってか……。

 最後にもう一言。

『お母さんと妹さんがいると聞いたから、三人分のお土産を入れておいたよ。今度はみんなで我が家へ遊びにおいで。ていうか、もうみんなで一緒に暮らそう♪』

「……」

 10代の若者が、一晩で300万円も手にしちまったよ。
 どうしたら、いいの? これ。

 エントランスから出て、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
 ひなたの家にいる間はスマホを起動できなかったからな。
 昨晩、アンナが梶木をウロウロしていたことも、気掛かりだ。

 マンションから出て、アンナに電話をかけようとした瞬間だった。
 付近の階段に人影を感じた。
 華奢な体型の女?

 長い金色の髪は首元で2つに分けている。
 セーラーカラーのワンピースを着て、階段に腰かけている。
 心なしか、背中がぶるぶると震えているように感じた。

 こちらに気がついたようで、振り返る。

「あ……た、た、タッくん」

 歯をカチカチと鳴らしながら、笑うのは……。

「アンナ! お前、なにやってんだ! こんなところで!」

 思わず叫んでしまった。
 急いで、彼女の元へと走る。
 肩に触れてみると、服越しとはいえ、冷えきっていた。

 長袖のワンピースを着ているが、既に11月も近い。
 朝は冷え込む。


「た、た、タッくん……お、おはよ☆」
 ニッコリと笑って見せるが、元気がない。
 顔は青ざめているし、小さな身体は震えっぱなし。
「どうしたんだ、アンナ。まさか、一晩中ここで俺を待っていたのか!?」
「うん☆」
「……」
 ヤンデレにも程がある。
 
  ※

 とにかく、冷えきった彼女の身体を暖めるため、俺は近くの自動販売機で、コーヒーとカフェオレを買ってきた。
 ホットの方だ。
 甘いカフェオレは、アンナに飲ませて。
 俺用に買ったブラックコーヒーは、飲まずに彼女の頬にあててあげる。

「あったか~い☆」

 なんて喜んでいるが……。
 俺は彼女の行動力に震えあがっていた。
 どうやって、ひなたの自宅を特定したんだ?


 その疑問を彼女にぶつけてみると……。

「え? ひなたちゃんの家? アンナ、一週間ぐらい前から梶木を歩き回っていたんだ☆」
「そ、それで……どうやって分かったんだ?」
「商店街のおばあちゃんとか。パン屋のお姉さんに、『ショートカットの女子高生来てますか?』って一軒ずつ尋ねたの☆」
 探偵かよ。
「それだけで、ひなたの自宅がわかったのか?」
「うん☆ ひなたちゃんがよく行ってる、ペットショップがあってね。そこの店長がよく餌とか配達してるから、住所をコソッと見てきちゃった☆」
 きちゃった☆ じゃないだろ……。
 普通に犯罪だし、ストーカーだ。


 アンナは特に悪びれるわけでもなく、むしろ誇らしげに語る。

「でもね。ちゃんと約束は守ったでしょ☆」
「え?」
「宗像先生に『お互いの取材を邪魔したらダメ』って言われたから、マンションの中には一歩も入らなかったよ☆」
「……」
 俺ってそんなに信用できないのかな?


「ところでさ。なんで、ただの取材が泊りがけになったの?」
 ずいっと顔を近づけて、笑う。
 しかし、目が笑ってない。
 怒ってるよ……その証拠に、エメラルドグリーンの瞳から輝きが消え失せてるもん。
 また、いつもみたいにブラックホールのような底知れない闇を感じる。

「あ、あの……動物と泊ってきただけです」
「どんな?」
「ヘビです……」
「なんで、動物と泊るの? それって取材なの?」
「はい。一応、取材です……」
「一応ってなに? あとタッくん。お風呂入ってない? 石鹸の香りがプンプンするよ。誰と入ったのかな☆」

 もう許して!
 俺はこのあと、彼女に弁解するのに、数時間を要した。

 やっとのことで、アンナの誤解は解けた。
 しかし、俺も彼女に対して、思うことがある。
 それは一晩中マンションの前で、俺を待っていた事だ。


 梶木浜から離れて、キラキラ商店街を歩きながら、アンナに話しかける。

「なぁ。アンナの気持ちも分からないわけでもないが……俺は結構怒ってるぞ」
 そう言うと、彼女は「えっ……」と少し怯んでしまう。
「お前みたいな可愛い女の子が、一晩中あんな所で、座り込むなんて……」
 あれ、俺ってこいつのことを女の子扱いしてない?
「ごめん……」
 しゅんと縮こまるアンナ。
「俺が連絡出来なかったから、心配だったのも分かるが。今後こういうことをするなら、もうアンナと取材を続行できなくなる」
「そんなぁ……」
 涙目で俺を見つめる。
 そんな上目遣いで、可愛い顔してもダメです。
 ちょっと、チューしたいけど。

「アンナ。俺のためとはいえ、こんな危険なことはやめて欲しい。大事な取材対象なんだから」
「うん……やっぱり、優しいね。タッくんって☆ そういう所がスキかな」
 ん? 今、サラッと告白された?
 人格のことを言ってるだけだよね……。


 聞けば、アンナは昨日から何も食べてないと言う。
 余りにも不憫だったので、商店街を抜けて、セピア通りに入った頃。

 一軒の店から良い香りが漂ってきた。
 博多ではソウルフードとして、有名な『もっちゃん万十』だ。

 たい焼きみたいなもので。
 安価で買えるから、若い学生たちが学校帰りに買って、駅のホームで食べているのをよく見かける。


「アンナ。あれを食べて行くか? 腹空いたろ」
「うん☆」

 店に入って、俺は定番のハムエッグを1つ注文した。
 アンナはこの店に初めて来たらしく、メニューを見ながら迷っていた。

「いっぱいあるから、迷う~☆」

 俺は昨日から何1つ口にしていない彼女が、可哀そうだったので。
「好きなものを頼め。俺のおごりだ」と言った。
 最初は断られたが、自分の気が済まないと強く主張したら、折れてくれた。

 かなり迷ったあとに、アンナは「うん、決めた」と頷き、店主に注文する。

「すいません☆ ハムエッグと“とんとん”。むっちゃんバーガーにウインナー。あとツナサラダ。黒あんと白あん。カスタードクリーム。“ごろごろちゃん”を下さい☆」
「あいよ!」
 隣りにいた俺それを聞いて、ずっこけてしまった。
 店のメニュー、全部じゃねーか!
 迷う必要性あったのかよ……。


 小さな敷地だが、テーブルがあったので、そこで食べることにした。

「う~ん☆ おいし~☆」
 饅頭からはみ出るクリームを指ですくうアンナ。
 小さなピンク色の舌でペロッと舐めて見せる。
 やっと、彼女に笑顔が戻って、一安心。

「おいしいね☆ タッくん☆」
 彼女の笑顔を見ていると、なんだか疲れが吹っ飛ぶ。
 エメラルドグリーンの瞳が何よりも輝いて見える。
「ああ……うまいな」
 大食いの女子だけど、なんだか誰よりも一緒に食事を楽しめる。

 でも、今食べてるの30個目なんだよね。
 ちゃんと経費で落ちるかな……。