館内からブーッ! と音が鳴り、上映開始のお知らせが流れる。
周りに座っていた幼女達は、今か今かとざわつき始めていた。
本来なら、上映中は私語厳禁というのがマナーだというものだが……。
相手が幼い子供だから、そのルールは通用しない。
だって下手したら、オムツが取れない妹……というか、赤ちゃんも一緒だからだ。
暗くなって怖がる子までいる。
「うわーん、ママぁ~」
「はいはい。ボリキュア、始まるからねぇ~」
とお母さんも育児で大変。
休日だってのに、お疲れ様です……。
何なんだ……。この映画館らしくない雰囲気は?
全然、集中できんぞ。
まあ俺はしなくてもいいか。
ふと、隣りのアンナを見れば。
「ボリッキュア♪ ボリッキュア♪」
興奮しているようで、自然と身体が前のめりになっていた。
うわっ。この劇場の精神年齢。みんな、変わらないね……。
※
本編が始まる前に、公開予定の予告が流れ始めた。
俺はいつものことだと、黙って観ていたが、周囲からブーイングが聞こえてきた。
「なにこれぇ~ ボリキュアは?」
「いやだぁ、なにこれぇ! おとなのえいが、ぎらい~!」
「おかしいわね……いつもなら、すぐボリキュア始まるのに」
なんて、辺りから不満の声が漏れてくる。
一体何がおかしいんだ?
映画本編の前に流れる予告ってのは普通のことだろ。
俺は首を傾げながら、スクリーンに映し出された作品をボーっと眺める。
どうやら、邦画のようだ。
繫華街には似合わない少年と少女がベンチに座っていた。
オレンジ色の夕陽をバックにして、大きな川の前でお互い見つめあう。
『私……怖いの。心臓の手術がっ!』
金髪のハーフ美少女が涙を流して、少年に訴えかける。
『そうか。ならば、約束をしよう。手術の成功率が半々なら……俺の人生を半分くれてやる!』
『嬉しい……』
あれ? なに、このデジャブ。
どっかで見たような光景だな……。
そこから映像は変わり、ナレーションが入る。
『命を掛けて渡米した少女。大好きだった幼馴染のために結婚を約束した少年。時だけが残酷に過ぎていく……』
次に映し出されたのは、どうやら成長した主人公とヒロインだ。
『お前、誰だ?』
『はぁ……あなたの記憶力。本当に悪いわね』
更に次のシーンへと映像は変わり……。
『ねぇ、そんなに記憶が戻らないのなら、これでどう?』
何を思ったのか、ヒロインの女優は主人公役の男の右手を掴む。
そして、自身の胸を半ば強制的に揉ませる。
『マ……マリ子。お前、マリ子なのか?』
『タクヤ! 思い出してくれたのね! ああ、良かった!』
その後、抱きしめ合う二人。
記憶を取り戻した主人公はヒロインと唇を重ねて、こう呟く。
『結婚しよう』
『うん』
そして、再度ナレーションが入る。
『10年ぶりに再会した少年少女……幼き日の約束を叶えるため、大人になった少年は少女のために、全てを差し出すのであった。いや、結婚しないと人間としてクズ野郎だった……』
俺は飲んでいたコーヒーを思わず吹き出す。
「ブフーッ!」
なんだこの作品は……ついこの前の俺とマリアの出来事じゃないか。
一体誰が撮った映画だよ。
『この冬。福岡を舞台にしたラブストーリーがあなたの胸を暖かくする……クリスマスイブに是非パートナーと一緒にご覧ください。映画、“10年越しの恋”12月11日公開!』
「……」
俺は生きた心地がしなかった。
だって、あまりにも似ていたから……。
隣りにいたアンナに目をやると。
「なにこれ……ボリキュアの世界が壊れちゃうんだけど」
と眉間に皺を寄せて、スクリーンを睨みつける。
辺りの親御さんも純愛ものとはいえ、幼い子供にパイ揉みの映像を見せつけられて、大ブーイング。
「なによ、これ!?」
「責任者を呼びたまえ!」
騒ぎに気がついたのか、館内に慌てて一人のスタッフが入ってくる。
「大変申し訳ございません! フィルムを間違えて放映してしまいました!」
それでも親御さんの怒りはおさまらなかった。
だから、救済措置として、スタッフがこう提案した。
「お詫びに今日のチケット代はご返金させていただきます」
スタッフの計らいにより、ようやく大人たちは納得する。
だが、一人の大人……いや彼女だけは納得していなかった。
俺の隣りにいる金髪ハーフ美少女だ。
「許せない……ボリキュアが汚れちゃったじゃない!」
その瞳は、キラキラと輝くグリーンアイズというよりは、真っ赤に燃える地獄の業火に見える。怒りを堪えるのに苦しんでいるようで、膝の上で拳を作って、プルプルと肩を震わせていた。
「……」
とりあえず、俺は黙ってボリキュアが始まるのを待つことにした。