どどんどんの大行進は、広い館内を一周したところで、やっとゴール……。
終える頃には、俺の顔は真っ赤になっていたと思う。
恥ずかしくて死にそうだった。
だが、隣りのアンナは
「超楽しかったぁ☆ あ、どどんどんと握手してこよっと☆」
とまだまだ余裕を見せるほどのアイアンメンタル。
※
もういいだろうと、再度昼ご飯をアンナに提案すると。
「そうだね。たくさん運動したし……そろそろ」
と言いかけている途中で、ある場所に視線が釘付けになる。
俺もその方向に目をやる。
レストランの近くにあった遊具、『虹のすべり台』だ。
すべり台と言っても、幼児が利用するような緩やかなもの。
5個のすべり台が連結されていて、各レーンの上には旗が立っている。
全部色違いで、左から赤いパンパンマン。黄色のキーマパンマン。白の生食パンマン。それから姉妹のパンナちゃん達。
右の階段から昇って好きな所を決め、優しいお姉さんがしっかり見守る中、幼子が楽しむといったものだ。
かなり人気で、列ができている。ただし、並んでいるのは幼児だけだが……。
まさか、と思ったが一応アンナに尋ねる。
「な、なぁ……このすべり台は年齢制限があるんじゃないのか?」
それを聞いた彼女は緑の瞳をキラキラと輝かせる。
「アンナなら大丈夫! もう15歳だもん☆」
ジェットコースターじゃないんだよ!
「いや。そういう意味じゃなくて……」
「タッくん。ちょっとすべってくるから、ここで待ってて☆」
ファッ!?
この人、もうただの荒らしなのでは?
小さなお子様に配慮してやれよ。
子供たちの列に並ぶ大きなお姉さん。
低身長のアンナとはいえ、やはり幼児と並ぶとデカく見える。
前後にいた幼児も珍しそうに彼女をじーっと見つめていた。
その光景に絶句している俺に対し、アンナは余裕たっぷり。
「タッくん! せっかくだからスマホですべっているところを動画で撮ってぇ~」
なんて叫ばれる始末。
周囲に立っていた親御さんの冷たい視線が痛すぎる。
仕方ないので、俺はジーパンのポケットから自身のスマホを取り出し、カメラを起動してスタンバイ。
アンナの番になり、階段を昇っていく。
上機嫌ですべり台に向かう彼女の後ろ姿を見て、あることに気がつく。
「はっ!?」
思わず声に出してしまった。
下から見上げている俺の目に映ったのは、純白のレースパンティー。
すかさず、カメラを動画モードで撮影開始。
レンズは常に彼女の尻を追いかける。
すべり台にアンナが座り込む。
後ろにいたお姉さんは介助など必要ないと苦笑いしていたが、
「じゃあ、『いっせーので』ですべろうね~」
と彼女を誘導する。
下にお姉さんがもう一人いて、事故がないようにと下りてきたお友達をキャッチしてくれる。
二人のスタッフは
「どうすんのこれ?」
みたいな顔で対応に困っていた。
しかし、そんなことはお構いなしで、アンナはバンザイして自分の番になったことを喜ぶ。
「今からアンナすべるね~ タッくん。見ててよ~☆」
とこちらに向かって大声で叫ぶ。
先ほどまでの俺ならば、赤っ恥だが。
今は違う。
なぜなら、アンナの興味がパンパンマンとすべり台でいっぱいだからだ。
つまり防御態勢がゼロに近い。
おわかりいただけただろうか?
そう。今のアンナは安全にすべり台を楽しむために、御開脚なされているということだ。
つまり……パンツが拝み放題! 動画を高画質で撮り放題!
普段は使わない4Kモードで録画しておいた。
すべり台から下りるのは一瞬だったが、しっかりとスマホに記録してある。
誤って消去しないように、大容量のSDカードにも保存しておく。
「はあ~☆ 楽しかったぁ!」
「ああ! アンナの顔、とても楽しそうだったな!」
やべぇ。パンパンマンミュージアム、撮れ高半端ない。
「タッくん。ちゃんと動画撮れた? アンナにも見せて☆」
「あ、それは……帰ってからで良くないか? ちゃんとパソコンに保存してから、あとでL●NEで送るよ。ははは!」
笑ってごまかす。
「どうして? なんでパソコンに保存するの?」
純真無垢なアンナは、俺の思惑に気がつくことはない。
「そ、そうだ! もういい加減レストランに行かないか? あそこで使っているパンパンマンのお皿は帰りに購入できるらしいぞ!」
「ホント!? 行く行く☆」
フッ……新鮮な動画ゲットだぜ!
どうにか、アンナの秘蔵動画を確保できた俺は、強引にアンナをレストランへと誘導する。
「ははは! 楽しみだな、お子様プレート!」
「うん☆ タッくんも食べたかったんだね☆」
「そうそう! 俺も食べたくて夜も眠れなかったんだよ」(棒読み)
こうやって嘘で自分を塗り重ねて、大人になっていくのさ。
※
昼食を終えて、アンナは追加でデザートを注文。
テーブルに置かれたズキンちゃんのパフェを嬉しそうにスプーンですくう。
「おいし~☆」
相変わらず、ブレないな。このお子ちゃまな趣味は。
大人である俺にはしんどい施設だが、悪い取材ではなかった。
俺ひとりだったら、絶対に来ないし新鮮な体験を味わえたと思う。
ふとスマホを確認すると、一件のメールに気がつく。
相手はリキだ。
すっかり彼のことを忘れていた。
『タクオ。今一本目の映画を見終わったんだけど。隣りのおじさんがやけに話しかけてくるんだよ』
ファッ!?
受信した時刻は一時間ぐらい前か。
うっ……リキ、まあ頑張ってちょうだい……。
「アンナ。そう言えば、リキが映画館に入る前、なんか話していたろ? なにを言っていたんだ?」
「ん? あ、リキくんがほのかちゃんとラブラブになれるように、ちょっとだけアドバイスしておいたんだよ☆」
言いながらも、パフェの生クリームを美味しそうに頬張る。
「ほう。ちなみにどんな助言をしたんだ?」
「んとね……とりあえず、映画館に入ったら、たくさんのおじさんと仲良くなってねって言ったよ☆」
「……マジか?」
「ホントだよ☆」
緑の瞳をキラキラと輝かせる。
オーマイガー!
ヤバい。俺としては、映画館の風景とか、どんな人たちが観に来ているかぐらいのレベルで考えていたのに。
アンナはスナック感覚でマブダチを界隈に放り込む気だったのか。
テーブルの上で頭を抱え込む俺。
対してアンナは無邪気にパフェを食べ続ける。
「どうしたの? タッくん?」
「いや……リキの奴。今ごろ大丈夫かなって」
「大丈夫だよ☆ だって恋する男の子だよ? 好きな人のためだったら、なんでもやれるのが恋のチカラだもん! ほのかちゃんのために、リキくんは何が何でも取材してもらわないと☆」
鬼だな、この人。
「そ、そうか……恋ってそんなに人を変えるものなのか?」
「うん☆ あ、そうだ! おじさんと仲良くなれた後はどうしよう」
「え? 後ってどういうことだ? まだリキに何かをさせるのか?」
「だってさ。ショタっ子とも仲良くなれないと、ほのかちゃんが興味持ってくれないでしょ? うーん、どうすればいいんだろう……。ショッピングモールで手当たり次第ショタッ子に声をかければいいかな。リキくんに甘いお菓子を持たせて」
事案ってレベルじゃねー!
犯罪だよ……。
その後もアンナは、パンパンマンミュージアムの中で、買い物を楽しんだり、着ぐるみとツーショットを撮ったりと、リキのことはそっちのけで、遊び倒す。
まあ、俺もなんだかんだ言って、二人の時間を楽しんでしまい、彼のことはすっかり忘れていた。
一通り館内を回った所で、いい加減デートはおしまいにしようと、アンナに提案する。
※
博多リバレインを出ると、すっかり辺りは、夕陽でオレンジ色に染まっていた。
とりあえず、リキが単独潜入した例の映画館へと戻る。
薄暗い通りに一人の青年が道路の隅で座り込んでいた。
顔面真っ青で魂が抜けたような覇気のなさ。
俯いて視点はずっとアスファルトに向けられたまま。
まさかっ!?
俺は急いで彼の元へと駆けつける。
「おい! リキっ! 大丈夫か? なにがあった!?」
肩を揺さぶって、視線をこちらへ向けようとするが、反応がない。
「……」
一体なにがあったというんだ。
あのヤンキーのリキをここまで抜け殻にしちまうとは。
そこへアンナが近寄って優しく話しかける。
「どうやら、たくさんのおじさんと仲良くなれたみたいだね☆ リキくん☆ やったね!」
ファッ!?
恐ろしいお人だ。
「ああ……ちゃんと仲良く……なれたぜ」
ようやく答えてくれたが、なんて弱弱しい声だ。
心配した俺は、現場でなにがあったかを尋ねる。
「リキ! 大丈夫なのか? お前の身体は?」
「え……別に身体は大丈夫だぜ」
それを聞いて、俺はホッとした。
「そ、そうか。じゃあどうやって、おじさんと仲良くなれたんだ?」
「アンナちゃんに言われた通り、ダチになってきたぜ。案外チョロいもんだったよ。映画見てたら色んな人に話しかけられてよ。『ネコが好きか?』とか動物好きな人がいたりして……」
意味を履き違えてるよ!
それ、受けの意味だ……。
「リキ。お前、それでなんて答えたんだ?」
「え? 俺は『どっちも好きだ』って答えたよ」
多分彼としては、犬と猫どっちも好きだと言いたいのだろうが。
おじ様からすると「受けも攻めもOKです」と聞こえてしまったのだろうな。
「……それから?」
「とりあえず、L●NEを交換しておいたよ。ダチだってことで。50人ぐらいは仲良くなれたと思うぜ」
なんて親指を立てるナイスガイ。
というか、モテモテだな。リキ先輩。
一連の会話を隣りで聞いていたアンナは、満足そうに微笑み、黙って頷いていた。
「すごい、リキくん☆ これでほのかちゃんとラブラブになれる第一歩を踏み始めたんだよ☆」
いや、界隈への第一歩の間違いだろ。
「ヘッ。恋の力ってヤツかな」
なんて人差し指で鼻をこすってみる。
だが、一つ気になった点がある。それは彼の現在の状態だ。
偉く疲弊しているように見える。
俺がその理由を聞くと
「ああ。字幕映画なんて普段見ないから、4時間も見るのが疲れただけだよ」
とのことだ。
彼自身は無事に戦場から帰還できたようで、一安心……なのか?
道端でしばらくリキを休ませていると、例の映画館から一人の老人が出てきた。
目と目が合ってしまった。
俺は気まずいと思わず視線を逸らす。
今回の取材は、確かに腐女子のほのかを落とすための攻略法として、仕方ないとはいえ、なんだか界隈の人々の純粋な想いを踏みにじるような罪悪感があったからだ。
無知な俺たちは土足で彼らの社交場を荒らしてしまったような……そんな気分。
「あら、タッちゃんじゃない?」
「え……」
その老人は俺の名を知っているようで、声に出してしまった。
視線をもう一度戻してみると。
確かに年老いてはいるが、どこか違和感がある。
夏だというのに淡い紫色の着物を着ている。
ただし女性ものだ。
「タッちゃんでしょ? 久しぶりねぇ~」
「ば、ばーちゃん!?」
忘れてた……中洲にはこのめんどくさい祖母がいることを。
俺の腐りきった母親、琴音さん側の……。
つまり、この老婆も還暦を越えた腐女子なのだ。
※
ばーちゃんの名前は、鹿部 すず。
御年62歳になる生粋の博多っ子であり、腐女子でもある。
俺たちが中洲に来た理由を話すと、特に驚くこともなく、
「あ、そうなの」
ぐらいで、ケロッとしていた。
それよりも疲弊しているリキを見て、心配してくれた。
近いからと自分の家で休んでいくようにと促される。
正直、俺は母さんよりも、ばーちゃんの方がブッ飛んでいるから、あまり関わりたくなかったのだが。
確かに今のリキには休養が必要だ。
仕方ないので、渋々ばーちゃんの家に行くことにした。
ばーちゃんの家は中洲川端商店街にある。
俺ん家と同じく、自宅兼店舗だ。
取り扱っている商品は和服。
だから、店長でもあるばーちゃんは、年がら年中着物を好んで着用している。
商店街を歩きながら、俺は例の映画館にいたことを尋ねる。
「ばーちゃん。どうしてあそこにいたんだよ? 女性は入っちゃダメだろ?」
「だってリバイバルだったし、観たかったもの。別に犯罪じゃないのだから、いいでしょ?」
全然悪びれる様子もなく、手に持っていた扇子をパタパタと仰ぐ。
「いや、ダメでしょ……界隈の人たちに対するタブーじゃないか」
「なんで? お金も払っているんだし、別にいいじゃない。それにおばあちゃんだって、まだまだ枯れてないのよ? たまには新鮮なネタが欲しいのよ」
最低なばーちゃん。
しばらく商店街を歩いていると、目的地である店にたどり着いた。
小さな店だが、年季の入った木造建てのどこか風情のある佇まい。
看板さえなければな。
『呉服屋 腐死鳥』
蛙の子は蛙ですよ……。
ばーちゃんの自宅でもある呉服屋に通される。
狭い店だが、もうこの中洲川端商店街に開業して、80年以上は経つと聞く。
ばーちゃんで3代目。
由緒ある老舗なのだが、最近は海外からの観光客が多く、その流れに乗って販売する着物も随分変化している。
というか、ばーちゃんの趣味で作ったものだ。
裸体の男たちが激しく絡み合う痛い浴衣。
そんなのが店の大半を占める。
見ていて、ため息が漏れてしまう。
「はぁ……」
これだから、ばーちゃん家には遊びに来たくないんだよ。
真島の自宅でもお腹いっぱいだというのに、中洲に来ても同じ絵面。
リキは4時間に及ぶ外国映画を観賞したせいで、知恵熱を発症したようだ。
店の奥にある畳の上で仮眠させてもらうことにした。
3畳ぐらいの小さな和室。本来は試着に使われる場所だ。
彼が言うには、同性愛の内容云々ではなく、吹き替えじゃないから観ていて、とても疲れたらしい。
普段、一ツ橋高校でもろくに授業を受けないリキのことだ。
確かに辛かっただろう。
それだけ、ほのかに対する想いが、とても強いという証か。
俺とアンナは、近くにあった和風の小さな椅子に腰を下ろす。
座面が縄あみだから、ちょっと尻がチクチクする。
アンナは何故かずっと黙り込んでいた。
ばーちゃんに出会ってから、どうやら緊張しているようで、顔を真っ赤にして俯いている。
「タッくんのおばあちゃん……どうしよ……初対面なのに、こんな格好で来ちゃった」
なんて一人でブツブツと呟いていた。
じゃあ、どんな格好なら良かったんだよ? とツッコミを入れたかったが、かわいそうだったので、そっとしておく。
気がつくと、ばーちゃんがおぼんを持って現れた。
丸い湯呑を乗せて。
「喉乾いているでしょ? 飲んでいきなさい」
「悪いな。ばーちゃん」
「は、は、はいぃぃ! い、いただきますぅ!」
緊張しすぎだろ、アンナのやつ。
冷えたお茶を飲みながら、雑談を交わす。
中洲に来た理由を説明すると、ばーちゃんはケラケラ笑っていた。
「あ、そうだったの。あの寝込んでいる子は、腐女子に恋をしているのねぇ。なら、今日あの映画館に行って正解だと思うわね。新鮮なネタが豊富だもの。おばあちゃんも同人誌作る時、この年だから普通の絡みじゃ、もう詰まらなくてねぇ。よく社交場に顔を出すわぁ」
最低の荒しババアだ。
「……ばーちゃん。そういうのやめなよ」
冷たい視線で汚物を見る。
だが、そんなことお構いなしで話を続ける。
「ところで、さっきから気になっていたのだけど。お隣りの可愛いお嬢さんはタッちゃんとどういう関係かしら?」
ばーちゃんはアンナを見つめて、ニコリと優しく微笑む。
しかし、孫の俺にはわかる。
こういう顔をしている時は、大体なにか良からぬことを考えている時だ。
話を振られて、アンナはたどたどしい口調で話し始める。
「あ、あの……わ、私…タッくん。琢人くんと仲良くさせてもらっています。古賀 アンナと言います。おばあ様にお会いできて光栄です!」
どこの貴族と謁見しているんだよ……。
かしこまりすぎだ。
「そう。あなた、タッちゃんとはもうヤッたの?」
「ブフーッ!」
酷い質問に、俺は口に含んでいた茶を吹きだす。
「え? やった? なにをですか?」
意味が分かっていないアンナは首を傾げる。
「茶屋に行ったかってことよ」
いつの時代だよ!
「お茶屋さん?」
ほら伝わってない。
「あらあら、ごめんなさいね。今の時代ならラブホというべきね」
ばーちゃんに翻訳されると、やっと伝わったようで、アンナは顔を真っ赤にさせた。
「そ、それなら……行ったことはあります…」
ファッ!? 言わなくてもいいだろ!
まあ、間違ってはないからな。
それを聞いたばーちゃんは、小さく拳を作って喜ぶ。
「よっしゃ。孫の嫁ゲットしたわ!」
勝手に婚約させやがった。
「ばーちゃん。俺とアンナはそういう関係じゃ……」
老人というものは、人の話を聞かない生き物で。
「アンナちゃんだったわね? うちのタッちゃんと末永くお願いね。あら、こうしちゃいられないわ。中洲の商店街に紅白饅頭を配っておかなきゃ。それから日取りはもう決めたの? そうだわ。我が家に代々伝わる振袖があるのよぉ。それ、アンナちゃんにあげるわ」
「え、アンナにですか? そんな高価なもの頂けません」
相変わらず顔面真っ赤にして、両手をブンブンと左右に振る。
「なに言っているのよぉ。あなたはもう私の孫みたいなものじゃない~ 遠慮しちゃダメよぉ」
ばーちゃんの暴走は止まらない。
隣りで黙って話を聞いていた俺に一言。
「タッちゃん。アンナちゃんの初めてをもらっておいて、別れるとかないわよね? おばあちゃん許さないわよ。男ならしっかり責任を持ちなさい」
俺の隣りにいるアンナも、男だよ……とは言えなかった。
その後、ばーちゃんはアンナに振袖を持ってくると。
「赤色なんだけど好きかしら?」
なんて彼女の身体に当ててみる。
「あ、好きです! 大好きです!」
「そうなのぉ。じゃあ、これ。アンナちゃんにあげるわ。タッちゃんのお母さん、琴音にはもう会ったかしら? あの子が成人式で着たものなのよぉ~ 私も若い時に着たけどねぇ」
聞けば、かなりの年代ものだ。
というか、血こそ繋がってないとはいえ、孫娘のかなでにやらなくていいのか?
「え、タッくんのお母さまが着られたものなんですか? それをアンナに……」
頬を赤くして、モジモジし出す。
「もちろんよぉ。アンナちゃんはもう、私の孫と同じ! いつでも中洲に遊びにおいでね! この店の浴衣でも振袖でもなんでも着せてあげるわ!」
「そ、そんなぁ……悪いです」
だが、決して嫌そうな顔ではない。
むしろニヤニヤが止まらないように見える。
※
リキが目を覚ましたところで、俺たちは中洲から帰るとばーちゃんに告げる。
それを聞いたばーちゃんが
「振袖は重たいから、あとでアンナちゃんの自宅に送るわね」
と彼女に住所を聞く始末。
アンナもちゃっかり教えちゃう。もちろん、席内市の古賀家だが。
ばーちゃんの前では、緊張しっぱなしだったが。
店から出るといつものアンナに戻る。
「タッくんのおばあちゃんから、振袖もらっちゃった☆ いつ着ようかな? あ、来年のお正月に二人で初詣に行こうよ☆ タッくんは毎年、初詣とか行かないもんね。しっかり取材しておかないと☆」
あの、勝手に決めつけないでくれますか?
初詣ぐらい行ったことあるわ! あ、でも何年も行っていないような……。
アンナは随分浮かれているようだ。
三人で地下鉄に乗り込み、電車の中で今回の取材を振り返る。
リキの方も手ごたえを感じていたようで、かなり興奮気味だ。
「見ろよ! タクオ! ほのかちゃんから返事いっぱい届いたぜ!」
そう言ってスマホの画面を見せてくれた。
「ほう。どれどれ……」
二人のL●NEのやり取りを確認してみると。
『ほのかちゃん、中洲の映画館でたくさんのおじさんと仲良くなれたぜ! 50人も!』
『え!? ホント!? あの伝説の社交場に行ったの? しかも50人と仲良しに!?』
かなり誤解されているようだが、まあ興味を持っているので良しとしよう。
『ネコ好きなおじさんと超仲良くなれたよ。L●NEも交換したから、これからも色々と教わろうと思うわ!』
『プギャー! 文章だけじゃ情報量足りない! 千鳥くん。来週、直接会ってお話聞かせて! は、鼻血が出てきた……』
「……」
結果的に釣れちゃったよ。
「なっ! これって取材の効果だよな!? デートの誘いだろ、これって!」
「ま、まあデートちゃデートかもな……」
それを聞いたリキは、感動のあまり泣き出す。
「うぐっ……マジでサンキューな。タクオ、アンナちゃん。二人のおかげだよ…」
あなた本人の努力だと思います。
だが、無慈悲なアンナは更に追い打ちをかける。
「気にしないで、リキくん。これで第一歩だね☆ でも、これで満足しちゃダメだよ。まだ、ほのかちゃんに興味を持ってもらえただけ。だからデートのあと、またおじさん達としっかり仲良くならないと☆」
なんて優しく微笑む。
悪魔に見えてきたよ、この人。
「アンナちゃん! これからもいっぱいアドバイスしてくれ!」
真に受けるなよ。
「うん☆ たくさん相談してね☆」
「……」
もう俺のダチはどこか遠くへと旅立ってしまうようだ……。
でも、難攻不落の腐女子とデートするきっかけは、できたから良かったのか?
お盆休みに入り、地元の真島商店街はすっかり静まりかえっていた。
普段なら営業している店もシャッターが下ろされている。
きっと、みんな帰省したり、どこか遠くに旅行でも行っているのだろう。
俺は生まれてから、ここ福岡県から出たことないし、夏休みなんて特になにもやることがない。行くところもない。
中洲のばーちゃんはめんどくさいから、会いたくない。
親父は無職だから家族サービスなんて皆無だ。
今年もどこかでヒーロー業ってやつに励んでいるのだろう。
さすがにミハイルもお盆は家族と過ごすらしい。
なんか、俺と遊んでばかりいたから、姉のヴィクトリアが寂しいと不機嫌なのだとか。
まあ、たまには一人の時間ってやつも悪くない。
この前、パンパンマンミュージアムで大量にゲットできたアンナちゃん動画と写真を編集するので、右手が大忙し。
学習デスクの上に置いてあるノートパソコンを使用しているのだが、かなり熱を持っている。
外付けのハードディスクを繋いでいるが、処理が追いついてこない。
「うーん。高画質で保存しているから、重たいな……」
これを機にハイスペックのデスクトップパソコンでも購入するかな。
自室で一人、延々と編集作業をしている。
妹のかなでは、母さんに言われて、リビングで監視付きの受験勉強中。
この部屋にいると、勉強そっちのけで、すぐに男の娘のエロゲーをやるから、と注意されたからだ。
おかげで、俺はアンナのパンチラ写真を堂々と楽しめる。
最高だ。
「ふぅ……」
モニターに映し出された純白のレースを拡大してみる。
その美しい光景に見惚れていると。
「タクくん。ちょっといいかしら?」
ノックもなしに母さんがドアを開けてきた。
「ちょ、ちょっと! 母さん! 部屋に入る時はノックしてくれよ!」
咄嗟にノートパソコンを折りたたむ。
「あらあら。ひょっとして自家発電でもしてたの?」
「し、してないし!」
近いことはしてたけど。
「あのね、タクくんにお客さんが来ているのよ」
「え? 俺に?」
「今裏口に来ているわよ。なんか可愛らしい女の子だったわ」
「女?」
可愛らしい女の子が俺の自宅に来るなんて、エロゲーみたいなイベントあるわけないだろと思ったが……。
最近はアンナやひなたとよく遊んでいたからな。
頭に浮かぶとしたら、あの二人ぐらいだろう。
自室を出て階段を降りる。
一階の母さんの美容院はシャッターを下ろしているから、真っ暗だ。
お盆休みでお客さんは誰もいない。
裏口から外に出ると、一人の少女が立っていた。
ゴスロリファッションの痛々しい女子。
艶がかった長い黒髪。そして、眉毛の上で綺麗に揃えたぱっつん前髪。
日本人形みたい。
黙っていれば、美人の部類なのだろうが……。
「ちょっと! ガチオタ! なんで連絡してこないのよ!」
開口一番がこれだもの。
自称アイドルの長浜 あすか。
「ねぇ! 聞いているの!? ガチオタ!」
「……」
なんでこいつが俺ん家を知っているんだ?
怖っ! ストーカーがまた一人増えたよ。
「フンッ! このトップアイドル、長浜 あすかがわざわざ来てあげたのよ? 感謝しなさい!」
絶対に感謝したくない。
「長浜……お前、何しに来たんだ? ていうか、どうやってここの住所を知ったんだ?」
「私を誰だと思っているの。芸能人なのよ! あんたみたいなガチオタの特定ぐらい、お茶の子さいさいよ!」
「すまん。帰ってくれ」
恐怖を覚えた俺は扉を閉めようとする。
だが、サッと長浜の脚が間に入り、静止させた。
新手の勧誘ぐらい押し売りじゃないか。
「待ちなさいよ! アタシとの約束を忘れたっていうの!?」
「はぁ? お前との約束……そんなことあったか?」
俺が首を傾げていると、長浜は顔を真っ赤にさせて、肩をぶるぶると震わせる。
「あんたねぇ……この前の別府温泉でアタシの名刺を渡してあげたでしょ! アタシの自伝を書くって約束よ!」
ちょっと涙目になっている。
ヤベッ、マジで忘れてた。
※
長浜に詳しく事情を聞くと、ここの住所は宗像先生から聞いたらしい。
所属している事務所の社長が進めている彼女の自伝を早く出版したいとのこと。
文章力に自信がないから、アイドルである長浜の芸能活動に密着して、俺がゴーストライターとして、まとめて欲しい。
それが今回の彼女の要望だ。
また、原稿料も頂けるみたいだ。
一本仕上げて、10万円。
悪くない話だ。
ハイスペックパソコンが買える!
そしたら、アンナの秘蔵動画や写真をサクサク楽しめるではないか!
良いだろう……結ぶぞ。その契約!
全てはアンナのために!
「了解した。納期はどれぐらいだ?」
「フン! 一週間ぐらいよ!」
「い、一週間!?」
なんて作家泣かせの期間だ。
「来週、博多の事務所に来なさい! そこで本物のアイドルをタダで見せてあげるわ! ガチオタなんだから、ご褒美でしょ!」
こんの野郎、本当にムカつく女だ。
男だったら殴ってやりたい。
だが、10万円という大金をくれる負と太客だ。
堪えるんだ、琢人。
「い、いいだろう……で、仕上げるにあたってもう一つ聞いておきたいことがある。本にするのなら、文字数は決めているのか?」
「は? それぐらい、ググりなさいよ!」
ググってどうにかなる問題じゃないんだよ!
あ~ ムカつく。
こいつ、本当にアイドルか?
全然、男に媚びを売らないじゃないか。
「あのな……文字数を決めておかないと、オチとかもしっかり考えないといけないんだよ。それに納期は一週間程度なんだろ? それは依頼主である長浜か社長が決めることだろう」
「仕方ないわね。これだから一般人は無知で嫌いなのよ!」
お前に言われたくないし、お前も一般人に近いと思う。
スマホを取り出す長浜。
どうやら社長と電話しているようだ。
「あ、もしもし~♪ 社長ですかぁ? あのぉ~ 例のアタシの自伝小説なんですけどぉ~」
こいつ、人で態度が全然違うのか。
「なんかぁ~ 雇うライターが文字数決めろってうるさいんですぅ~ どれぐらいにしたらいいですかぁ~」
しばらくブリブリ女を演じたあと、通話をやめる長浜。
先ほどまでの態度から一変して、俺には女王様レベルの上から目線で話し出す。
「社長と相談したら、20万文字ですって。一週間で仕上げなさい!」
ファッ!?
たった七日間で20万文字だと……。
ラノベ二巻分を仕上げるなんて。
だ、だが……どうしても、ハイスペックパソコンが欲しい。
カクカク動画のアンナは辛すぎる。
「や、やろう。俺はこう見えてプロの作家だからな」
尻軽作家でごめんなさい。
翌日、俺は博多へと向かった。
行きがけの電車内で、以前長浜からもらった名刺を確認しておく。
電話番号とメルアドを登録しておくために。
L●NEも書いてあったが、アンナさんとの不可侵条約があるから、無視しておいた。
博多駅について、駅前広場に出る。
スマホを取り出し、初めて長浜へ電話をかけてみた。
『もしもしぃ~? アイドルの長浜 あすかですぅ~ テレビ局の方ですかぁ~?』
「……」
甘ったるい営業トークで電話に出られたので、吐き気を感じた。
『あのぉ~ 取材ですよねぇ?』
「いや、俺だ。新宮だ」
すると態度を一変させる。
『チッ! だったら最初から名乗りなさいよ! アタシは芸能活動で忙しいのよ!』
クソがっ!
今すぐ帰りたい。でも、10万円のためだ。
「わ、悪いな……お前の携帯番号、まだ登録してなくてな。今かけた番号が俺のだ。登録しておいてくれ」
『フンッ! なんでガチオタの電話番号をこのトップアイドルが登録しないといけないのよ!』
殴りてぇ! 今すぐこいつの顔面ボコボコしてぇ……。
「でも、これから自伝小説のことで連絡手段が必要だろ?」
『そうだったわね。ならいいわ! 特別に許してあげる!』
俺が許したんだよ。
「ところで、お前の事務所はどこだ?」
『それぐらい、ググりなさいよ!』
「……」
※
結局、ウィキペディアで彼女の所属している芸能事務所を調べた俺は、そこから更に検索を重ねて、どうにか住所を特定した。
俺が今いる駅前広場から歩いて数分の所にあった。
はかた駅前通りを真っ直ぐと進み出す。
よく利用している喫茶店、カフェ・バローチェが見えてきた。
グーグルマップで確認するとその近くに事務所はあると表示されている。
だが、辺りをきょろきょろ見渡しても、一向に見つからない。
KYビルと言う建物の二階にあるようだが……。
博多っていう土地柄からか、色んな建物や店がごちゃごちゃと隙もないぐらい密接して、並んでいるから、全然分からない。
「参ったな……」
面倒くさいがまた長浜に電話をかけようかと、スマホを取り出した瞬間だった。
「ガチオタっ! いつまで待たせんのよ! さっさとこっちに来なさいよ!」
上を見上げると、ビルの二階から長浜 あすかが顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
ここか。
「今そっちへ行く」
「早くしなさいよ! アタシの芸能活動の邪魔をしたいの!?」
お前が邪魔してんだよ!
エレベーターを使って二階に上がると、
腰に両手を当てふてぶてしい態度の少女が立っていた。
相変わらずのゴスロリファッション。
艶のかかった黒くて長い髪を肩まで下ろして。
綺麗な顔立ちをしている。
「ガチオタっ! 今からアタシの芸能活動に密着取材しなさい!」
でも喋り出すと、殴りたくなるアイドルがいるんですよ……。