「そ、それは深いわけが……」
「いいぞ、お前。中々に面白いクズだ! それもとびっきりに歪んでいるな……本校の入学生だがな。今年の春にはたぶん、40人から50人は入学すると思う。そこで優秀な新宮くんに問題だ!」
 人に指差したらいけないってお母さんに習ってないの?
「?」
「一体そのなかの何割が卒業できると思う?」
 そんなクイズ聞いてないけど……これって入学試験なのか?
 バカな不良たちを差し引けばいいんだろ。

「半分ですか?」
「ブー、残念! 2割にも満たないぞ」
 ファッ!
「そ、そんなに卒業率、低いんですか?」
「ああ、そうだ」
 おかしい、白金の話では二週間に一回の対面授業と、「レポートを書くだけ♪」とか豪語してやがったが……。

「なんでそんなに低いんですか? 入学試験がない代わりに、ものすごく難しい勉強とかレポートにおける先生たちの評価が厳しいとか?」
 俺の問いに宗像先生は鼻で笑う。
「私たちはこう見えて、すっごく優しい教師だぞ♪ 正直、全日制コースの三分の一レベルの学習量だ。それに問題も下手したらそこらの中学生や小学生よりも低いときもある」
 こりゃまた幼稚なところにきたもんだ。
「な、なら、一体……」
「お前らがクズだからだよ」
「……」

 言い返せない。
 社会が俺を認めなかった。
 だから俺は特別な存在であることにこだわっていた。
 大人たちからは『普通』でいることを強いられ、世間的に見れば『クズ』なのだろう。


「さっきも言ったように、お前らは学校と言う場所で適応することができず、グレるか引きこもるか? の両極だろ。それが通信制とはいえ、レポートも教師が見張ってないところで、毎日自宅で勉学に勤しむことができるか? 自宅では魅力的なゲームやテレビ、インターネット。まあ新宮のような可哀そうなヤツは別だが……」
 おい、サラッと人を憐れむのはやめろ!
「ヤンキーたちはみんなでつるんで、外に遊びにいくよな? じゃあ、いつレポートを完成させる? 期日もちゃんとある。それが学生にとっては当たり前のことなのに、お前らはできない」
「そ、そんな! 俺はこの高校のために中学生時代の教科書を引っ張り出しましたよ!」
「ふふん、そいつは頑張り損だったな。だが、お前はそれこそ、それを今まで中学生時代……つまり不登校時にやっていたか? ひきこもっていた時に、自ら机の上に教科書を開く勇気はあったか? それを三年も継続させるのだぞ? お前らみたいなクズには中々に難しい作業なのだ」

 そう言われたらそうだ。
 白金の提案を……取材を受け入れることがなければ、教科書なんてもう少しで廃品回収行きだった。

「……そんな、じゃあ俺たちは一体なんのために高校に入学するんですか? 入る前に先生が『勉強もろくにできない』なんて、言われたらこっちもやる気なくしますよ」
「私が言いたいのは勉強に対するやる気ではない。継続と協調性だ」
「協調性?」
「ああ、継続はレポート。協調性はスクリーング、二週間に一回の授業だ。これがまた難しい」
 そんなものはオンラインゲームで万年ソロプレイヤーの俺には簡単に聞こえるが。
「なにがです?」
「今日は平日。本校の隣り……全日制コースの三ツ橋高校は通常通り、授業を行っているはずだ。どうだ? お前、今から体験入学しろと言われて、教室に入れるか?」


 言われた瞬間、大量の汗が吹き出す。
 教室……あそこは刑務所。人権無視。教師が君主で生徒が奴隷。
 それに気が付いたときは遅かった。
 全てが絶望へと、地獄へと、急降下。
 頭の中で、チカッチカッと花火のような眩しい光が、俺の記憶を照らし出す。


「新宮、また忘れ物か! じゃあ、頭だせ」
「なんでこんな問題で間違える!」
「お前は成績がクラスで一番悪い、今日は居残りだ!」
「こんなバカな答えがあるか! やり直しだ!」
「俺が良いと言うまで帰さんぞ。死ぬ気でやれ!」
 それを見て、誰かが俺をあざ笑う。


「見ろよ、新宮のやつまた先生に怒られているぜ?」
「バカなんだよ、正直」
「あいつムカつくんだよ、なんつーの? 空気読めないし、暗いし……」
「新宮くんも一緒にどう?」
「おいやめろよ、新宮なんか誘うなよ、暗くなるだろ」


 そうだ、ぼっちのまま俺はずっと孤立して義務教育を終えた。
 青春なんて……どこにもなかったんだ。
 楽しくもない授業を受けて、話の合わない友達と苦笑いしていることに、俺は疲れ果てていた。
 もう一人の俺が言う……。

「お前には無理だったんだよ」
「俺に青春なんて二文字は似合わない」
「ひきこもっているほうがお似合いだ」
「家族は優しい。だが一たびまた外に出れば、そこは戦場」
「お前に戦う意思は残っているか?」
 やめろ、やめてくれ! 誰か俺を助けてくれ! もうあんな惨めな思いをしたくない!


「…い……おい、新宮? 聞いているか? 大丈夫か、汗がすごいぞ」
 酷く動悸を感じ、俺は生きた心地がしなかった。
 過呼吸が起き、話すのもやっとだが、ここは白黒ハッキリさせたい。
「はぁはぁ……でも、俺はそんな……中途半端な生き方はしたくない……白黒ハッキリさせないと……」
「いいか、新宮。勉学なんてもん考えてるなら全日制にいけ。ここはお前らのような、普通の学校に馴染めないやつらの……そうだな、避難所みたいなものだ」
 俺はそんな可哀そうなやつじゃない! 俺は特別だ! 誰よりもすぐれている!
 学校が、周りのみんなが俺に追いついてこれなかっただけなんだ!
 天才で小説家で新聞配達でやっているんだ……。

「い、嫌だ……俺はそんな、できそこないじゃない……社会人だ……」
「お前が社会人だと? 笑わせるな」
 取り乱して、気がつくと、俺はタメ口で話していた。
「お、俺は働いている……そこらの十代とは……ちがうんだ……」
「何が違うんだ! 私は未成年だろうと、ちゃんと一人で生活しているやつは、社会人として認めてやる。だが、お前はそこらの十代と何ら変わりない! お前は実家暮らしだろうが!」
「か、金なら……ちゃんと母さんに入れている……」
「あのな、それは独り立ちとは言えない。ちゃんと一人で家賃を払い、家事も自分でこなし、身の回りは全て自分で出来てこそ、立派な大人。社会人と言えるのだ。収入があるから社会人と思ったら大間違いだぞ」
「じゃあ……い、今の俺は?」
「ふむ、無職ではないのだろうが、正社員でもないし、かと言って収入だけ食っていける甲斐性もなし。まあ中途半端な状態と言えるな」
 俺が一番嫌いな言葉だった。

「いやだ……そんなの。俺は白黒ハッキリさせないと……気が済まないんだ……」
「いいじゃないか、グレーゾーンがあっても」
「そんなの……ただの気休めだ……」


 宗像先生は俺の顔を見て「お前はもう帰れ。白金は私があとで送る」と言った。
 俺は動悸と過呼吸で、頭がグラグラと揺れる。
 思い出したんだ……ガッコウなんてもんがどれだけクソな場所だったってことがさ……。

 フラフラになりながら、やっとのことで、俺は帰宅できた。
 ベッドに直行すると、宗像先生に言われたことが頭から離れない。
 このまま、あの地獄へと戻るのは絶対に嫌だ。
 そうだ、入学式で断ろう。
 俺には向いていない……。