例の募金騒動を終えると、俺と白金は天神にある博多社のビルで、次作に向けて打ち合わせを始めた。
「DOセンセイ。それにしても……さっきの女先生への発言は酷すぎですよ」
「なにが酷いんだ? 俺は正論を言ってやっただけだ」
「はぁ……じゃあ原稿を見せてください」
「じゃあ……とはなんだ? おまえが呼び出したくせに、この天才の原稿を提出されることを、光栄に思え!」
「はいはい、じゃあ天才センセイのアイデアをもらいましょうか」
鼻をほじりながら、話すな!
俺はリュックサックから、原稿を取り出し、机の上に置く。
それを白金が「では、拝読させていただきます」と一礼してから、目をやる。
今回のは初めての短編だ。
原作については俺の発案でほぼストーリーを決めていたのだが、今回は編集の白金から宿題が出た。
その理由は俺の作品の発行部数が関係していた。
現在の『DO・助兵衛』作品が単行本にされたのは、残念なことに3冊のみだ。
処女作。『ヤクザの華』は一冊目こそ、「ライトノベルなのに大人向け」とか「残虐な描写がたまらない」とか、一定数の評価は得られた。
売り上げも好調だった。
これは古くからの俺のファンがライトノベルユーザーへの布教が入ってたらしい。
一巻こそ売れ行きや評判は上々だったのだが、そうはうまくいかない。
大半のライトノベル読者は二巻で
「つまらない」
「萌えない」
「可愛い女の子がいない」
など、文句を垂れる始末。
ネットでもレビューが大荒れ。星がゼロに等しかった。
三巻でそのクレームを白金が考慮し、「女キャラ出しましょうよ」との強引なテコ入れを行った。
当然、ヤクザな主人公なわけだから、女も極道なわけだ。
萌える要素なんて、これっぽちもないに決まっているだろう。
そして、打ち切り……。
見かねた編集の白金が「次は、流行りの異世界でやっちゃいましょう!」との提案を元に、今回初のファンタジーを書いてきた。
自信作だ。
あの白金も俺の原稿を読みながら、目を光らせている。
そうかそうか、おもしろすぎるんだな。
出版決定、重版決定だ。
夢の印税生活、ヒャッハー!
だが、俺の予想と反して、原稿を読む白金の顔はどんどん険しくなっていく。
「……」
読み終えると、眉間にしわを寄せて、こめかみに手をあてる。
どうやら、なにか言葉に詰まっているようだ。
「今回のはすごいだろ。壮大なファンタジー長編になるぞ」
俺は胸を張って笑みを浮かべる。
「チッ、クソみえてぇだな……」
「は?」
「クソですよ、キングオブウンコ、ウンコオブジエンド」
てめぇは、何回クソを連呼するんだ!
俺の小説は肉便器じゃねー!
「そ、そんなはずは……俺は確かにお前が言った通り、王道の異世界ものを書いてきたぞ!」
「コレがですか?」
原稿をゴミのように雑に扱う白金。
酷い! 俺が徹夜で書いた小説を……。
「ちょっと、私が読んでみていいですか?」
「おうとも!」
すると、白金は小学生が授業参観で「未来の私へ」みたいなキモい喋り方で読み始めた。
タイトル
『中年ヤクザ。抗争中におっ死んだけど、異世界に転生してユニークスキル違法薬物を使い、世界をハッピーにするぜ!』
俺の名前は、中毒組の若頭、とらじろう。
確か、抗争中に俺は……。
目の前は、真っ白な雲が一面に広がっていた。
ここは天国か?
「とらじろう。中毒組のとらじろうよ……」
一筋の光りと共に、美しい女神が現れた。
「なんだってんだ? ここは……あんたは誰だ?」
「私はこの世界の神です。シャブ中で死んだあなたを召喚したのです」
「ウソだろ……俺は鉄砲の弾食らっておっ死んだんじゃ……」
「いえ、ただのオーバードーズです」
我ながら、幸せな死に方したんだな。
「そんな、クズのあなたにチャンスをあげます」
「は?」
「この世界を救ってください」
女神が言うには、この世界を魔王から救ってほしいのだとか。
俺がこの異世界で生きていくため、チートスキルをくれるという。
だから、俺は現世でも役立ったものを、女神に頼んだ。
異世界に舞い降りた俺は、まず国王をシャブで操り、城内を違法薬物(ユニークスキル)で腐らせて、マインドコントロールしてやった。
全兵をシャブ中にして、泡吹きながら魔王軍にカチコミ入れてやるのさ!
「てめぇが魔王組の組長か!?」
聖剣ドスカリバーを構え、俺は魔王に奇襲をかける。
「人間の分際で……このわしに」
魔王が毒の息を吐く。
だが、そんなことに臆する俺じゃない。
シャブが常に体内に入っているから、いつでもハイなのさ。
「なっ! わしの毒がきかぬだと! 貴様、まさか女神の聖水を……」
「そんなもん使ってねーさ。俺は転生スキルをシャブ漬けにしているのさ! だから毒なんてハイにもらないぜ!」
魔王は腹を切り裂さかれると、膝をつく。
「このわしが……お前ごときに……」
「ガタガタうるせぇ! お前もシャブを食らえ!」
引き裂いた腹のなかに、真っ白い粉をぶち込んでやった。
一分後……。
「……うわぁい♪ ここはどこ?」
どうやら、幼児退行しちまったらしいな。
いきなり末期になるとは、ハッピーな奴だぜ。
「フッ、天国だ!」
シャブ漬けになった異世界は、違法薬物でみんなハッピーな気持ちになれましたとさ。
了
読み終えると白金はため息をつく。
「はぁ……」
「泣けるな、ラスト」
この一か月、慣れない異世界アニメを見て勉強したからな。
感動もののファンタジー巨編だ。
「バカですか? これのどこが異世界ものなんですか?」
「は? 俺はちゃんと王道にしたぞ? 冒頭で主人公を死なせて、女神からスキルをもらって、魔王を倒し、異世界を救ったじゃないか」
「こんの……アホぉぉぉ!」
キンキン声が窓ガラスを激しく震わせる。
思わず、俺は耳を塞ぐ。
周りにいた編集部の社員たちも同様だ。
「うるさいぞ、貴様!」
「なんで転生するのに、死に方がオーバードーズなんですか!? こんな転生するやつは一般人じゃないでしょ! しかも女神もなんで与えるスキルは違法薬物なんですか? こんなのみんなが憧れるチートスキルじゃないですよっ! このヤクザなら現世でもやれたことでしょ? 読者は非日常的なファンタジーライフを求めているのに、アングラすぎるんですよ! 最後なんて、『違法薬物でみんなハッピーな気持ちになれましたとさ』って、この世界の住人がオーバードーズで全員死んでるでしょうがっ! バッドエンドすぎます!」
「バッドエンドもあれだ。今流行りの『ざまぁ』とか言う王道だろ?」
「邪道! 意味わかってないでしょ、DOセンセイは!」
「「……」」
そして、俺の原稿はゴミ箱行きになるのだった……。