気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 教室に入る際、扉に手を掛けると勝手に扉が開く。
 驚いた俺は思わず、数歩退く。

「あっ、きみは……」

 開かれた扉の前には、一人の眼鏡少女が立っていた。
 紺色のプリーツスカートに白のブラウス。まるで制服組だな。

「俺を知っているのか?」
「あの……入学式で“お尻だけ星人”になったひとだよね?」
「……」
 ん~なんだろっけな? そんなこっとあったけ?
 キミ強いよね? だけど、俺は負けないよ?


「あいにくだが……そういうあだ名は持ち合わせてないぞ?」
「ふふふ、ごめんなさい……私も今年から一年生になります。北神(きたがみ) ほのかです」
 律儀に斜め四十五度でお辞儀する。まるでデパートの店員だな。

「そうか、認識した。俺は新宮。新宮 琢人。頼むから変なあだ名はよしてくれ」
「んふふ……」
 そう言って笑う眼鏡女子、北神 ほのかは口を隠しながらよく笑う。
 まあ眼鏡でJKの制服みたいな格好しちゃってさ、ナチュラルボブがいいよね。
 花鶴とは違い、まあまあタイプかな。
 ただ胸が発達しすぎているのがしゃくだ。

「君は……入学式の時に俺を助けてくれた子か?」
「助けるだなんて……んふふ」
 なにがおかしいんだ? またあれか? 箸を落としただけわらう年ごろから抜け出せてないのか、こいつは?

「私は手を貸しただけだよ? 新宮くんっておもしろいね」
「何がだ? 俺はただの天才だ」
「そうなんだ……んふふ」
 なんなんだ、この笑い上戸は芸人なら女神なんだろね。
「じゃあ、またね。新宮くん」
「ああ」
 そう言って、北神は可愛らしい白のハンカチを持って、廊下を急ぐ。
 まああれだ。エチケットだが……聖水だろ、草!


 教室に入るとこれまた異様な空気が流れていた。
 入学説明会の時と似たような状態。
 つまりは境界線が引かれている。そうここは戦場だ。
 非リア充軍、リア充軍、共に戦線を繰り広げいている。
 もちろん俺は前者だが、これはいわゆるお約束なパターンだ。

 そう説明会の時と同じ位置に皆座っているために、俺の席はほぼ決まったようなもの。
 俺は仕方なく境界線ギリッギリのイスに座る。
 リュックを机のフックにかけて、一時間目の教科書とノートを取り出す。
 平然を装っていたのに、めまいがしてきた。

 動悸がする……中学生時代の『嫌な』思い出がフラッシュバックする。

『なんで新宮が学校に来てんだよ?』
『お前なんか、ずっと家にこもってろよ』
『死ねよ、マジで』

 息苦しい……。胸が張り裂けそうだ。


「……おはよ」


 動悸が治まった。その声で。
 とても弱弱しいが、心地よく暖かい。
 まるで、アイドル声優の『YUIKA』ちゃんのような天使の甘い声。
 右隣りを見ると、以前俺を殴った張本人で、ヤンキーの古賀 ミハイルが座っていた。


「え?」
 聞き取れないので、思わず反応してしまった。

「だから……タクト、おはよう」
「あぁ、おはよう」
 ってか、サラッと下の名前で呼ばれたな……。
「フン!」
 なんで挨拶だけでそんなに怒ってんの? 反抗期かしら?

「……悪い。あまりにも小さな声で聞き取れなかったよ」
 そう言うと、ミハイルは顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
「なんだと! オレがまるで“もやし”みたいじゃん!」
 ふむ、そのワードは北九州よりの言い回しか?
 もやし? なにそれ、おいしそう……。
 キムチの素でご飯のおともになれそうじゃない? メモしておくわ。


「は? 聞こえなかったと言っただけだ。そんなに怒ることでもあるまい」
 俺がそう吐き捨てると、ミハイルは「ムキーッ!」まるで子ザルのように床を足で叩きつける。
「オレがタクトみたいなオタクに、挨拶してやったんだ! ありがたく思えよ!」
 いや、なにそれ意味がわからないわ。反抗期だから色々大変ね。

「まあオタクだとはほぼ自覚している……だが、古賀。そろそろ席に座れ、チャイムがなるぞ」
「はぁ!?」
 チャイムってわからない? ヤンキー用語に変換するとなんていうの?

「おーい、みんな席に着けよ~ 楽しい楽しいホームルームの時間だぞぉ~」

 そう言って、教室に入ってきたのはご存じクソビッチの宗像 蘭先生。
 歩く度におっぱいがぼよんぼよん……気色悪いったらありゃしない。

「ん? 古賀? どうした? なにを突っ立っている?」
「う……」
 ミハイルはまた顔を真っ赤にさせると席に座って、今度は机がお友達として追加されたようだ。

「……覚えてろよ、タクト」
 なにを? 君は早く基礎的な会話を覚えなさい。


「それじゃ、出席とるぞ~ ちなみに朝と帰りでも出席とるからな~ お前ら見たいなクズは朝だけ点呼とって帰りやがるからな~」
 な! その手があったか!


「じゃあ、出席番号一番! 新宮 琢人!」
「……はい」
「ああ! 声が小さい! ちゃんと大きな声で返事しろよ、バカヤロー!」
 お前はどこの反社会的勢力だ。

「はぁい……」
「チッ! 根性のなってないやつだ……」

「てか、オタッキー。一番とかウケる~」
 花鶴か……ハイハイ、ワロタワロタ。

「じゃあ、次。二番、古賀 ミハイル!」
「っす……」
「次、三番……」
 ちょい待て、なんでミハイルだけ、小声でもつっこまねーんだよ、ババア!

「三番! 北神 ほのか! 北神? あれ……さっきいたけどな?」
 ああ、今あの子は聖水の儀式中だろ。
 ここは紳士である俺が、代わりに出席をとってやるか……。

 俺は手をあげてこういった。
「せんせ~い、北神さんはお花を摘みにいってま~す!」
「ああ!? どこにだ?」
 クッ! どこもかしもバカばかりだ!
 しかも周囲の連中も。

「花なんてこの辺に咲いているのか?」
「高校生で花摘みとかバカだろ?」
 いや! お前がバカだ!


「新宮! どういうことだ? なんで、北神がわざわざ授業中に花なんて探しにいくんだ!」
 お前、それでも教師か! しかも女だろが!
「え~、それはですね……女の子、特有の儀式ですよ(知らんけど)」
「ふむ……生理か?」
 女子たちが一斉に俺を睨む。
 んでだよ! 俺は何も悪いことしてないのに!

「さ、さあ……」
 するとミハイルが鼻で笑う。
「オタク用語だから、わかんないんじゃねーの?」
「いや、オタクは関係ないだろ……」

 廊下をバタバタと走る音が鳴り響くと、扉が開く。
「あ、あの……すいません! 遅れました……」
「おう! 北神、いたのか? ところで花なんてどこに咲いてた?」
「え……」
 顔面蒼白になっているじゃないか! これは公開処刑というものだ。
 北神よ、君は理解しているんだね。よかった常識的な女の子で。

「な、なんのことです?」
「新宮がな、お前が『お花を摘みにいっている』と言うのでな」
「……」
 涙目で俺を見つめている。いやぁ、地雷ふんじゃったかな?

「あの、お花……ではないです」
 おまっ! 言うのか! 俺のジェントルマンぶりに感動してよかったのに!
「じゃあなんだ? さっさと言え! 三十路前の一分一秒はとても貴重だ。スパ●ボの周回ルートもあるしな」
 いや、最後いらんだろ。俺は1回クリアすれば、満足するけど。

「えっと……おトイレです……」
「そうか。今度から五分前には終わらせておけよ! まあ生理現象ならば仕方あるまい。生理だけにな!」
「……」
 ハハハ、誰か冷房つけてます?

「あはははっは! 超ウケる、センセイってば」
 花鶴……お前も一応、女だろ?
「お、花鶴。よくこの私のギャグセンスについてこれるな」
「マジ、ウケる!」
 全然うけねー! 寒いよぉ、ここは寒すぎるよ……そして、周囲の女子たちが超怖いのよ。

「よし、爆笑も取れたし……北神、席に戻れ」
「はい……」そう言うと、彼女は俺の左隣りの席に座った。
 涙目で必死にこらえている。
 なにこの子、超かわいそう。


「北神、済まなかった……俺が余計なことをしてしまった」
「ううん、新宮くんは悪くないよ……」
 そんな涙いっぱいで言われてもね。

「だから言ったじゃん。オタク用語だからわかんねーんだよ」
 古賀 ミハイル……お前、どんな環境で育ったんだ……。

 ホームルームは無事終えた。
 数分後に一時間目の授業が始まる。
 どんな怖い教師が来るか、俺はガッチガチに固まっていた。

「はい、みんな席について~」

 若い男性教師だがやる気なさそうだな。
 教師という立場でありながら、ロン毛だし、無精ひげだし。
 太っちょお兄ちゃんで、汗かきまくっているしね。
 見た目からしてオタク側に近い。

「え~、現代社会をはじます。教科書を開いてください」
 とは言ったものの、大半が教師の脱線話で三十分もダラダラと話し続ける。
 結局、なにが言いたいんだ。
 この教師は、大半がニュースで流れている時事ネタばかりじゃないか。
「じゃあ、次回のアメリカ大統領選挙における有力候補は誰だと思う? ニュースとかでトラ●プは否定的だけど、もう一人は?」
 は? なんだそのクイズは? バカにしているのか?

「はーい!」
 斜め後ろの花鶴がうれしそうに手をあげる。
「お! きみ、わかる?」
 なんかビッチなギャルが手を挙げて嬉しそうだな、この教師。
「わっかりませ~ん!」
「え……」
「ここあ、お前笑わせるなよ」
 千鳥がツルピカに頭を光らせて笑う。
「だって、流れ的に誰も手をあげなさそうだし~ ここは一本ウケようかな~って」
 おい、教師絶句しているぞ? ウケとれてないけど?
「はい、じゃあ正解は……」
 と、そこでチャイムが鳴り、答えを言いたげな教師は悔しそうに教室をあとにした。


「はぁ、なんなんだ。このスクリーングってのは?」
 ため息をつきながら、教科書を入れ替える。
「でも……私は安心したよ」とクスクス笑う北神。
「なにが?」
「だってさ、私も中学校あんまりいけてなくてさ……」
「なんだ、お前も不登校か?」
「え? 新宮くんも?」
 目を輝かせて、顔面すれすれまで近寄る。キスしちゃいそう。

「ああ……」
「わぁ、嬉しい。ますます大好きになっちゃった」
「……」
 え? 今なんつった、この子?
「な、なにが?」
「この学校♪」
 ですよね~ そこで『新宮くんのこと!』とは言いませんもんね~

「なんだ。タクトは、ふとーこうかよ」
 メンチをきかすミハイル。
 不登校で何が悪い!
 さてはお前、いじめっ子だな。
「ご、ごめんなさい……古賀くん」
 おびえる北神の姿はまるで小動物のようだ。
「は? なんでおまえに名前で呼ばれないといけないんだよ」
 いや、それを言うならおまえたちの『ダチ』認定はいつおりるんですか?
 やっぱケンカですか?

「ご、ごめんなさい……古賀くん、ハーフでしょ? だから覚えやすくて」
「おまえ……二度とそんなこと言うなよ」
 ドスのきいた声だ。俺でさえ怖い。
 そう言い残すと、席を黙って立ち上がり、教室から出て行った。
 ていうか、どこが怒るポイント? ワタシ、ワカラナイネ~

「わ、私……謝ってくる。せっかく仲良くなれそうだって思ったのに……」
 泣いてしまったよ。どうすんのよ、これ。ミーシャさん?
「あ~、今のは北神……なんだっけ?」
 背後から千鳥が声をかけてきた。
「ほのかです……」
「あれは確かにミハイルの前では禁句だよ。俺があとで説明しとくから、もう泣くなよ」
 頼もしいこって。でもどのワードが激オコポイントなの? それ教えておかないとまた地雷踏むよね?

「そうそう、あーしもあれはよくないと思うよ」
「ごめんなさい……今度から気をつけます」
 いや気をつけるもなにも、どこを気をつけるの?
「いいってことよ、ほのかちゃん」
 もう下の名前で呼ぶのか、千鳥。
 馴れ馴れしい男は嫌われるって母さんが言ったけどな。

「あ、あのお二人は?」
「あーしは花鶴 ここあ。んでこっちのハゲが千鳥 力ね」
「だから俺は剃ってるってんだろ!」
 安いよ~ 安いよ~ 新鮮なゆでダコだよ~
「そいから、あーしもほのかでいい? あーしがここあで、こっちはリキって呼べばいいよ」
「あ、了解です」
 俺をまたいで自己紹介タイムやるのやめてくれるかな?

「てかさ、タメでっていいての、ウケるんだけど」
 いや、ウケない。まったくもって。
「そうそう、俺らもうダチじゃん」
 おい! 今の流れでどこからダチ認定なんだよ!
 なんで俺だけミハイルに殴られる必要があったんだ!

「うん! じゃあ後でL●NE交換しよ」
「い~ね、ほのかってどこ住んでんの……」
 と、会話が盛り上がっているところで、俺はその場にいるのが耐えられなくなった。

 こういう流れが一番、ぼっちにはこたえる。
 黙って席から離れ、廊下に出た。
 あのまま、いれば絶対に「あれ? お前いたの?」という禁句を放たれることになるからな。

 さあ、俺がお花を摘みにいきますかね~

 廊下を歩いていると、どうやら『事後』のミハイルとすれ違う。
 視線をやるとやはり不機嫌らしく「けっ!」と舌打ちしていた。
 や~ね~、反抗期っていつ終わるのかしら?


 トイレにつくと、先客がいた。
 おかっぱ頭の少年がお花を摘む……じゃなかった放出中。
 俺も隣りに立ち、コトに入る。

「……」
「……」

 いや、人が隣りにいると出るものも出ませんね~

「あ、あの……1つお伺いしても?」
 おかっぱがこっちを見ている。
 目を合わせようとしたが、前髪が邪魔してその目は見えない。

「ん? なんだ?」
「あの……氏は奴らとどういう関係で?」
「奴らとは?」
「あいつらですよ、伝説のヤンキー三人組」
 なんのことかサッパリだった。
「……誰だそいつら?」
「あの三人ですよ? 知らないんですか?」
「だからどの三匹だ? どこぞの時代劇の再放送なら平日の朝に見ろ」
「違いますよ! 『剛腕のリキ』、『金色(こんじき)のミハイル』……そして最後が『どビッチのここあ』」
「……」

 千鳥だけそれっぽいけど、ミハイルは外見だけ。最後の花鶴に関してはただの悪口だろ。
 センスないな。


 小便を終えた俺はトイレを出て、廊下で詳しい話を聞く。

「それで、その三人……つまりあのアホどもがなんなのだ?」
「何って……怖くないんですか!?」
 おかっぱは必死になって、俺に説明する。
 なにをそんなに焦っているんだか。


「全然……むしろ、奴らは言語能力において著しく欠落している……かわいそうなバカどもだろう」
「氏はわかっておられない……奴らは、うちの地元ではそれはもう酷い噂ばかりです」
「ふむ……つまりお前の地元では手もつけられないようなヤンキーという認識なのだな?」
「はい、奴らは席内(むしろうち)市において……たった三人で地域一帯の暴走族を潰した伝説のヤンキーです」
 席内(むしろうち)市とは福岡市に隣接する、福岡県内の地域名だ。
 まあ個人的にはご老人が多いイメージはある。

「伝説ってお前……なにが伝説なんだよ?」
「いいですか、あいつらは十年前に発足された伝説の暴走族『それいけ! ダイコン号』の後継者です」
「……お前、俺をおちょくっているのか?」
 酷いネーミングだ。笑わせたいのか怖がらせたいのか、意図が読めん。

「某は真剣ですよ! いいですか、『それいけ! ダイコン号』は初代から少数精鋭の武闘派で、それはもう酷かったんです」
 なにが? 名前のことだろ?

「十年前にグループは消滅したのに、一年前に急遽、復活を遂げ、席内(むしろうち)市を恐怖に陥れています」
 笑いの渦だろ?
「そう……あの三人は本当に手もつけられないようなヤンキーであり、暴走族です。うかつに近づいてはあなたの命が危ぶまれますよ」

 一通り、事情を聞かせてもらったことが、何ともしっくりこない。
 奴らが伝説のヤンキーだと、笑わせる。
 俺は鼻で笑うとこう切り出した。

「……言いたいことはそれだけか?」
「え?」
「正直、俺はあのバカどもに関しては何の恐怖なぞ感じない。むしろ本当にどうしようもないクズ、バカ、アホというのが第一印象だ」
 まんまだしな。

「な! そんなこと口に出したら……」
「いいか、俺は白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ。お前の言い分も分かった。だが俺はあのバカたちがそういう犯罪絡みの所業をしていたとしてだな……それをこの目で確かめるまでは『ただのバカ』という認識だ」
「氏はいったい……」
 チャイムが鳴る。


「じゃあ、これで駄弁りは終わりだ。授業に遅れるぞ? お前、名は?」
「あ、申し遅れました。某も新宮くんと同じ“ニーゼロ”生の日田(ひた) 真一(しんいち)と言います」

 ニーゼロ生とは今年の一年生ということだ。
 2020年に入学したからニーゼロ生。

 一ツ橋高校は単位制でもあり、通信制でもある。
 また留年する生徒が多いらしく、3年間で卒業を目標にしているものは少ない。
 よって、留年を想定した上で、入学した年で生徒たちを区別する仕組みになっている。
 また入学するのも春だけにとどまらない。

 夏から願書を出せば秋にも入学できる。
 その背景には中途退学者の前学校における単位が残っていれば、不足分を補えるというメリットが売りなのだとか。
 気軽に入って卒業。それが売りらしい。


「日田か……認識した。俺は新宮 琢人だ」
「某は新宮くんのことは存じ上げてます」
「なぜだ?」
「だって入学式であの『金色(こんじき)のミハイル』と大ゲンカしたという噂で……」
 あれがケンカだと! ただの暴行だ!

「そんな噂が立っていたのか」
「ええ……では遅れますのでこれにて!」
 そう言うと足早に、日田 真一(ひた しんいち)は廊下を走る。
 俺はこんな時でも急がない。
 まあ急ぎはするのだが、『廊下は走ってはいけません!』なところだからな。

 途中、曲がり角で人影を感じた。

「……」

 またお前か、古賀 ミハイル。なにをそんなに顔を真っ赤にさせて、床と会話している。
 お前の推しメンは床か? 『ゆかちゃん』と名付けてやる。

「おい、古賀。もうチャイムなったぞ?」
「わかってるよ……」
「そうか、じゃあ俺は先に行くからな」

 言い残すとゆっくりと俺は歩きだす。
 途中振り返ると、ミハイルはやはり『ゆかちゃん』とお話中だ。
 ヤンキーってのはわからんもんだな。

 地獄のような授業は一旦、休憩。
 そうおひるごはん!
 まってましたぁ~
 こちとら、十七歳の育ち盛りだからね。
 おまけに夜中に新聞も配達しているわけだ。
 腹なんて減りまくりだわな。

「いっただきま~す!」

 律儀に弁当箱の前で手を合わせる。
 左を見ると、眼鏡女子の北神ほのかが、黄色の小さな小さな弁当箱を机の上に出している。
 え? マジでそれで足りるの?

 俺、いやなんだよね。食事をちゃんと人前でできないヤツってさ。
 だってあれだよ。食事をするってのはその人の家柄がでるわけよ。
 作法だのなんだの……女の子は食事の時が一番、地が出るってね!
 まあ別に俺もそんなに作法的には良い方ではないのだが。


 しかし、あれだな。
 この一ツ橋高校も中々にブッ飛んだ高校だというのが、よくわかる。

 喫煙OK、レポートも丸写し、教師もアホ。
 そして現状もだ。
 俺や北神みたいな非リア充、つまり真面目なやつら……しかも女子のみ!
 が、弁当を持参していて、それ以外の奴らはみんな外食に出た。

 赤井駅近隣の定食屋やショッピングモールで昼食をとるのだろう。
 それはリア充グループだけではなく、非リア充の男子共も同様だ。
 今の教室内は俺と数人の女子だけという、とてもさびしいというか、うらやましい環境と言えるね。
 ハーレム、ひゃっほ~い!

 しかし、どこでもイレギュラーはいるものだ。
 右だよ、右。
 ムスッとした顔して、座っているのさ。

 例の女男のヤンキー、古賀 ミハイル。
「フン」
 飯も食わず、何をイラついているんだ。
 ダイエット中か?

「なんかこういうの。久しぶりでテンションあがるよね♪」
 嬉しそうに笑う、北神 ほのか。
「そうか? 正直、ひと段落しただけで、このあとの授業は体育だぞ?」
「あ……私、苦手なんだよね」
 くわえ箸よくないぞ、北神。

「まあなんだ、適当にやればいいだろ」
「でも、体育の指導って宗像先生なんでしょ?」
 ファッ!
「あのババアが!?」
「なんか、宗像先生って本当は日本史の先生みたいだけど……人が足りない? とか」
 いやいや、どんだけ貧乏なんだよ、この学校。
「そうか……」
「チッ」
 なぜそこで舌打ちする? ミハイル。

「あれ? 古賀くんは弁当食べないの?」
 気にかける北神。
「ほ、ほのかには……関係ないだろ」
 ミハイルさんまで下の名前で呼ぶの!?
「ごめんなさい……朝のこと、まだ気にしてるの?」
 例のミハイルがハーフってことさね。

「なんのことだよ?」
「え……だって……」
「北神、放っておけ。こいつはあれだ。いわゆる中二病全盛期なのだよ」
「それって差別じゃ……」
 可哀そうこの子……みたいな顔する北神。

「ちゅーにびょう? なんだそれ?」
 やはり理解できていない。かわいそうなミハイルちゃん。
「中二病っていうのはね。えっと、私も詳しくないけど、思春期とか反抗期とかに起こりやすい心境の変化みたいな?」
 北神センセイ! 教えなくていいから!
「日本語で話せよな」
 いや、話しているだろ。

「とりあえず、古賀。外でメシ食ったらどうだ?」
 俺の問いに、ミハイルは顔を赤くしてそっぽ向く。
「べ、別にタクトにはかんけーねぇじゃん……」
「おい、体育が次にあるんだ。空腹はよくないぞ」
「そ、そうだよ……」
 それって『何章』の話? 北神。
 野獣的なやつは、どこかでコソコソ話してあげてください。

「お財布忘れたんだよ……」
「なるほどな」
 俺が納得すると、彼は頬を赤くして机とにらめっこ。
 
「つまり、お前は金がなくて、俺たちの弁当を食っている様を眺めているわけだな」
「べ、別に見たくて見てるわけじゃないってば……」
「お腹すかない?」
「す、すいてないよ……」
 いや、めっちゃグーグーいっているよ。

「おい、古賀。俺のお手製弁当をわけてやる」
「はぁ? なんでタクトが作った弁当なんて!?」
「新宮くん、優しい」
 フッ、これぞ琢人マジック。
 やさしさと見せかけて女の子にアピールしておく。

「別にいらないって!」
「いいから食え、味は上手くも不味くもない。なぜなら、卵焼き以外、俺は作れん。その他は全部冷食だ」
「はぁ? タクト。マジでいってんのかよ」
 ミハイルは俺の料理下手がよっぽど気になるのか、食い入るように顔を寄せる。
 2つのグリーンアイズがキラキラと光り輝く。
 いやぁ、女だったらな……ときめくんだろうけど。

「そうだ。俺は料理が全くできん」
「ハハハ! 料理できないとか、ダッサ☆」
 今日はじめて見る笑顔だな!

「それで、タクトは他に作れないの?」
「ああ、卵焼きだけはプロレベルだ」
「え~ どれどれ……」
 北神が身を乗り出して、俺の弁当箱をのぞき込む。
 ちょっと北神さん、横乳。ひじぱいしているんすけど。

「うわっ! ホント、焼き方が超きれい」
「だろ? 俺は卵焼きだけを極めて早十年、もうあれだな。お店出せるレベルだぞ」
「ダッセ、他にもレパートリー増やせよな」
 ミハイルからそんなワードが出るとは……。

「いいから、お前も食え」
 弁当箱をミハイルの机に移す。
「やっ、マジでいらないって……」
「なぜそう頑なに拒む?」
 そしてまた顔を赤らめて、今度は俺の弁当箱が友達と追加されたか。

「正直、悪いって思うんだよ。タクトの分が減るだろ……」
「構わん。今の行為を止めることで、古賀が体育中に倒れてしまう方が俺は嫌だ」
 ミハイルは目を丸くして、俺を見つめる。
 エメラルドグリーンの瞳が輝く。
 うわぁ、キスしてぇ……。

「もういい!」
 そう言って弁当箱を取り上げた。
「あ……」
 ミハイルは取り上げられた弁当箱を名残惜しそうに、目で追う。

「こうなったら強硬手段だ」
 俺は箸で卵焼きを掴むと、ミハイルの口元まで持ってきた。
「ほれ、食え」
「なっ!」
 顔を真っ赤にさせて、にらめっこ。
 これってなんの罰ゲーム?

「いいから、早く食え。級友としての命令だ」
「わ、わかったよ……」

 そう言うと、ミハイルは小さな薄紅の唇で、俺の卵焼きを頬張る。
 なにこれ? 超かわいいんですけど。
 あれだよ……あのグラビアアイドルとかのアメとかアイスとかペロペロしてるやつ、あるじゃん。
 疑似てきなやつ。
 そっくりなんだよね。
 しかも、こいつの口は女の北神より小さいくてさ。

「んぐっ、んぐっ……」と食べ方が小動物みたいでめっちゃ可愛い。
 しかも、卵焼きを食べ終えたあと、箸に唾液の糸まで垂らすといういやらしさ。
 こいつは女だったら相当やばい女だったろうな。

「うまっ……」
「だろ?」
「ああ! すごくうまい! こんなうまい卵焼き食ったの初めてだ!」
 そういうミハイルは子供のように「もっとくれくれ」と口を開いている。
 やべっ、別のものを入れたくなる。

「ほれ、今度は白飯と一緒にくえ」
「うん」
 いや、めっさ素直じゃないすか。古賀さん。
「今度は冷食なんてどうだ?」
「いやだ! 卵焼きがいい」
 駄々をこねるんじゃありません! 好き嫌いする子はダメですよ。

「わ、わかった……そんなに気に入ったか?」
「うん! 大好きになった!」
 それって俺のこと? いや、違うよね。違ってください。


「ほれ、これで最後だ」
「うん☆」
 ミハイルは結局、俺の卵焼きを全部平らげてしまった。
 ちくしょー! でもいいもん見られたから許してやろう。


「その、悪かったよ……」
「何がだ?」
「タクトの弁当、食べちゃってさ……」
 なんかいたずらしたあとの子供みたいに落ち込んでるな。

「別に構わん。俺がやりたくてやっただけだ」
「そ、そっかぁ☆」
 おいおい、お前また机と友達になっているぞ。

「尊い……」

「「は?」」
 
 俺とミハイルは思わず、息がピッタリになってしまう。
 北神 ほのかは頬に手を当て、うっとりと俺たちを見つめている。

「な、なんのことだ? 北神」
「お二人の関係が……」
「ほのか。なにを言っているんだ!?」
 席を立ちあがるミハイル。

「だって、男子と男子が『お口あ~ん』なんて中々見られるものじゃないもん……」
 こいつは『あっち』サイドだったのか。

「ほのか? 具合でも悪いのか?」
 くっ! やはり、リア充のミハイルでは理解できまい。

「いいか、古賀。北神は今、悦に入っている」
「えつ? なんか楽しいことでもあったのか?」
「つまりだな……この北神 ほのかというJKは腐っている」
「え? く、くさってんの!?」
 そんな真顔で心配せんでも……もう手遅れだろ。


「ほ、保健室に連れていこっか?」
 急に取り乱すミハイル。
「落ち着け。腐っているという意味が違う。こいつは女として腐っているのだ」
「え?」

「はぁ、尊い……ステキ」
 この高校は、やはりどいつこいつもアホばかりだな。


「古賀、ちょっと待ってろ。すぐに食べ終わる」
「なんで?」
「お前は知らない方がいい」
 残りの弁当をかっこむと、リュック片手に立ち上がる。

「次は体育だ。古賀も早くいこう」
「でも……ほのかの様子が」
「気にするな。あいつにとって俺たちはご褒美なんだよ」
「なんの?」

「尊い……」
 そう言いながら、俺たちを腐った目でみつめる北神。
 クッ! こんなところにも生息していたのか。

「早く逃げるぞ、古賀」
 ミハイルの細い腕を引っ張って、教室を出る。

 廊下に出たところで、「すまんな」と一応あやまっておく。
「べ、べつに……」
 だからなんでそんなに顔を真っ赤にしているんだ?

「さあ、武道館に向かうぞ」
「あ……待ってよ」
 非リア充の俺とリア充のミハイル。
 決して相容れない関係だと思っていたのに、まさか初日でここまで関わるとはな。
 まあ手を繋いで感触は悪くなかったけどね。
 小学校の遠足以来でしたけどね!

 俺とミハイルは腐女子の北神 ほのかの『ホモォォォ!』光線から逃れるため、教室棟をあとにした。
 次の授業はみんなが大嫌い体育だ。
 しかも2時間も。
 なんですかね~ やりたくありませんね~


「なぁ……なんでさっきオレに昼ごはんを分けてくれたんだ?」
 うつむいたまま、時折チラチラと俺の顔を伺う。
「え? だから言っただろ? 俺の気が済まん」
 ミハイルは目を丸くして言う。
「どういうこと?」
「俺は不平等であることが大嫌いだ。なんでも白黒ハッキリさせたい」
「?」
「わかりやすく言うとだな……俺とお前が体育でかけっこするよな?」
「うん」
「それで空腹のお前が本来の力を出せずに負けたら、俺がズルしたみたいだろ?」
「えぇ、そんなことで……」
 めっさひいてるやん、ミハイルさん。

「そんなことだから大切なのだ!」
「そ、そっか……」
 だからまた『ゆかちゃん』がお友達になっているよ? いや、今はアスファルトか。
 

 二人してとぼとぼ歩く。校舎を抜けて、武道館へと向かった。
 今日は全日制コースの部活動はなく、ありがたく利用していいんだとよ。
 仰々しいまでの入口を抜けると、地下に降りる。
 朝もらったスケジュール表にはそう示されているからだ。


「えっと……男子はA室か」
「うん」
 俺は一応、マナーとしてノックする。
 特に反応なし。
 入るか、ドアノブを回して扉を開く……。

「きゃあああ!」

「え?」
 目の前に現れたのは、制服組の女子。
 スカートを太ももの辺りで、静止していた。
 シマシマ、パンティーだ~ わぁい!

「なにやってんだよ、タクト! 早く閉めてやれよ!」
 ミハイルの注意がなかったら、30分は見ていたかもしれん。
 扉を閉めた後、とりあえず、深呼吸する。
 こういう時は落ち着いて対処するのが肝心だ。
 あくまでも紳士的に対応すれば、更によろしいですよ。

「なあ、俺。部屋、間違ってないよな?」
「オレが知るわけないじゃん! この変態オタク!」
「なんでお前が怒っているんだ? 怒るのは見られた彼女だろ?」
「うるさいっ!」
 超怖いけど、超かわいいなこいつの顔。

 俺らが会話を楽しむ間も、更衣室からはキンキン声が扉を叩く。
 しかも、なにかを扉に投げているようだ。
 なんで女ってのはものを投げたがるかね。

「おい! そこの女子! ここは男子更衣室だろが!?」

「〇☆✖§Δ\~!!!」
 なに言っているか、わかんねぇ。

「謝罪はする! だから堪えてくれないか!?」
「……」

 しばらくすると、制服を着たボーイッシュな女子が現れた。
 褐色でショートカット。
 しかも校則違反なミニ丈。
 どこかで見た顔だ。

「あっ! やっぱり新宮先輩じゃないですか!」
 そう言うと女は俺の頬をビンタする。

「いたっ……」
「お、おい! おまえ、何も殴ることないだろ!」
 いや、ミハイルに言われたくないんだけど。

「はぁ!? 女の子の裸見たんでしょうが! お嫁にいけなくなったらどうすんのよ!」
「おまえの裸なんて、誰も興味ないよ~ だあっ!」
 ん? そう言えば、なぜ俺以外の生徒たちはミハイルを女の子と間違えないのだ。

「なあ、コスプレ女子に問いたい」
「誰がコスプレですか!? この前言ったでしょ! 私は正真正銘のリアルJKです!」
 ああ、確か……赤坂 ひなただったか?

「お前……赤坂か?」
「そうですけど! し・ん・ぐ・う先輩!」
「あのな、こいつを見て“可愛い”と思うか?」
 言いながらミハイルの顔を指す。

「なっ!」
 ボッと音を立てて、顔が赤くなるミハイル。

「はぁ? 私、中性的な男子って嫌いなんですけど?」
 ふむ、やはり女の子としては認識していない……。
「それよりなんなんですか! この前はかっこつけて私のこと『認識した』とか言ってたくせに!」
「いや、覚えているとも……だが、その先ほど見てしまったパンティーの方がインパクト強くてな……」
 
 ダンッ!!!

「いっでぇ~!」
 なにこれ、両脚にダブル踏みつけとか信じられます?
 左右からミハイルと赤坂の攻撃、こうかはばつぐんだ!

「なんで……古賀まで……」
「タクトが悪いんだろ!」
「そうですよ! 女の子のパ、パ、パ……」
 皆まで言えずに顔を赤らめる。

「パンティーだろ?」
「最低っ!」
 そう言って、赤くなってない方の頬をビンタして、足早に去っていった。

「なんだったんだ……あいつは」

「おい! タクト、あいつは誰なんだよ!?」
 ミハイルが上目遣いで頬を膨らます。
 なんか、しかも涙目になっている。

「タクト! 聞いているのか!?」
「え……あいつは赤坂 ひなた。全日制コースの生徒だ」
「どこで知り合ったんだよ!」
 なんでそこまでムキになるんだ? そんなにあのパンティーのデザインが気に入ったか?

「この前、宗像先生に質問があってだな……その時に玄関で『不法侵入者』と因縁をつけられてな」
「んで? それでなんで、タクトの名前を知ってんだよ?」
「なぜと言われてもな……やつも俺と同じ白黒ハッキリさせたい性分らしいのだ。それで互いに生徒手帳を見せあったからな」
「……ッ」
 ミハイルはなぜかその場で顔を真っ赤にして、床を蹴り続ける。
 俺がしばらくその行為を見届けると、何を思ったのか、ミハイルはポケットから何かを取り出した。


「これ……」
「え?」
 目の前に出されたのはミハイルの生徒手帳。
「なんのつもりだ?」
「タクトがあいつと……その、白黒ハッキリさせたんだろ?」
「まあな」
「だから……オレもダチだから」
 ええ!? いつからダチ認定したの?
 意味わかんな~い。

「まあ古賀がそう言うなら……」
 俺は希望通り、まじまじとミハイルの証明写真を見つめてやった。
 ふむ、この時は髪を下ろしているな。やっぱ女にしか見えん。
 抱きたい、マジで。

「そんなに見るなよ……タクト。もういいだろ……」
 なぜ目をそらす?
「いや、もう少し見せてくれ」
「も、もういいでしょ……」
 ダーメ!
「いや、まだ見終わってない」
「まだ……なの?」
「もう少し」
「い、いやっ……恥ずかしい……」
 そんなエロゲみたいな声を出すな!
「まだまだ……」

 ガンッ!

 鈍い音が頭上で響く。
「なにをやっとるか! 馬鹿者が!」
 ズキズキと痛む、頭を摩りながら振り返ると……。

「宗像先生……」
 めっさ睨んでるやん。
 そういえば、体育と日本史を兼任しているんだったか?
 恐らくスポーツウェアなのだろうが、正直いって水着に近い。
 スカイブルーのランニング、ブルマ……?
 へそ出し、気持ち悪い巨乳のおまけつきだってばよ。
 これが今流行りの環境型セクハラというやつか。

「さっと着替えんか! 新宮、古賀」
「そ、それがですね……ここって男子更衣室ですよね?」
「は? そうだけど」
「なんか、さっき全日制の女子が着替えて、大変だったんですよ」

「だぁっはははははは!」

 相変わらずの下品な笑い方。
 しかも笑うたびにお乳がボインボインしてるから超キモい。

「結構! 結構! ラッキースケベ大勝利だな!」
「いや、顔見てわかりません? 殴られたんですよ? むしろ、こっちが被害者であることを訴えたいですね」
「どうしてだ? 女の裸を見たんだろ? それぐらい、なんてことないだろが!」
 と言って、爆笑する痴女は酒臭い。
 この教師は仕事とか言いつつ、事務所で酒飲んでじゃねーのか?
 あ、わかった。コーヒーに混ぜているな!

「とりあえず、着替えろ。たぶん、その女子は時間が間に合わなかったのだろうな」
「間に合わない?」
「ああ、以前も言ったように、我が一ツ橋高校は校舎がなく、更衣室が全日制と逆なんだよ」
「はぁ!? なんでそうなるんですか?」
「知るか! んなもん、こっちが決められる立場じゃないんだよ。だから今度からはあんまり早くに来て更衣室をのぞくなよ~?」
「のぞきませんよ!」
 
 隣りに目をやると、ミハイルは顔をまっかかにしている。
 ふむ、思春期とはわからぬものよ……。

 俺とミハイルはぎこちなく更衣室に入る。

 全日制コースの赤坂 ひなたのパンティーが気になって仕方ない。
 正直いって人生で、はじめてのラッキースケベだもんな。
 あ、ギャルの花鶴 ここあはチェンジで。

 対してミハイルと言えば、顔を赤らめたまま、Tシャツを脱ぐ。

「よいしょっと……」

 タンクトップとデニム生地のショートパンツ。
 どうやら、動きやすい服装になったようだ。
 だが、一番気になるのはその白い素肌。
 華奢な肩、動く度に胸元がチラチラと俺を誘惑する。

「タクト? 早く着替えろよ」

 キョトンとした顔でミハイルが俺を見つめている。
 正直、ドキッ! としたぜ。
 こいつが女だったら俺はのぞき魔だな……。
 いかんいかん! 目を覚ませ、琢人!

「ああ……ところで、古賀。お前は体操服を所持してないのか?」
「たいそーふく? オレの中学はいつも私服だったぞ?」
「……そうか」
 あえて突っ込むのはやめておこう。

 俺もせかせかと着替えだす。
 その間、チラチラとミハイルの視線が気になる。
 俺の中学時代の体操服がそんなに珍しいか?
 ブルマではないけどな……。

「じゃ、いくか」
「う、うん……」
 なぜ顔を赤らめる? 床ちゃんと会話するなよ……かわいそうに思っちゃうぜ。


 武道館には俺とミハイル以外、全員揃っていた。
 いや、あの数分でみんなどんだけ瞬間移動できたの?
 まあ女子はともかく、男子は……。

「なるほどな」
 俺は生徒たちを見渡すことで理解できた。
「なにが?」
 ミハイルが上目遣いで尋ねる。
 頼むからそんなに見つめないで……キスしたくなっちゃう。

「いやな……体操服を着ているのは俺と女子ぐらいだな」
 そうミハイルと同じく、男子は体操服に着替えておらず、私服のまま授業に参加しているのだ。
 酷いやつは恐らく上履きも履き替えておらず、土で汚れたスニーカー。
 これで体育を受ける態度と言えるのか……。

「そんなにおかしいことなのか? タクト」
「おかしいに決まっているだろ……体育とは運動しやすい格好しないと危険なんだぞ?」
「へぇ……」
 珍しく俺の高説に耳を傾けてくれるやん、ミハイルさん。

「それにだ。体育館も一見きれいにみえるが、けっこう汚いんだぞ? 私服では汚れが付着し、中々に洗濯しづらいのだ。それからケガのリスクも少しは……」

「やっかましい!」

 また鈍い音が俺の頭上で聞こえる。
 妙に暖かさを感じるんですが、出血してませんかね?

「新宮! さっさと列にならべ!」
 クッ! パワハラ+環境型セクハラ教師の宗像か……。
 教師であるお前がブルマ姿ってどんな罰ゲームだ、バカ野郎!
「うっす……」
 殴られた頭をさする。


「ミーシャ! こっちこっち~」
「おう! ミハイル!」
 そう呼び止めるのは『それいけ! ダイコン号』のお二人じゃないですか。

「あ……」
 ミハイルは俺の顔と、花鶴&千鳥コンビを交互に見つめる。
「この子ぼっちなの……」みたいな顔するな、ミハイルさん。
 なんだよ、俺が可哀そうにみえるだろう?

「俺のことは気にするな。一人でも体育はできるからな」
「ご、ごめん……」
 そう言うとミハイルは寂しげに肩を落とした。
 足早に『それいけ! ダイコン号』へとしゅっぱーつ!

「さて……」
 俺は一人非リア充グループの列に並んだ。
 ぼっち? フッ、俺クラスになればスナック感覚だぜ!
 ぴえん!

「ふむ……」
 授業の時といい、なぜリア充と非リア充はこんなにも分断されるのか……。
 俺たちは紛争状態なのか?

「おっほん!」

 咳払いしたと同時にセクハラ教師のメロンが、上下左右に踊り出す。
 やめて……きついっす!

「今日は初めてのスクリーングの生徒もいるからな……簡単に説明するぞ」
 そう言うと、宗像先生はバレーボールがたくさん詰まったカーゴを持ってきた。
 げっ! よりによってバレーか……。
 俺は自慢じゃないが、生まれつき球技は苦手なんだよ!
「いいか! よく聞けよ、半グレども!」
 だから『俺たち』は半グレじゃねーーー!

「今日はこれからこのボールで2時間遊び倒せ!」
「ウソでしょ……」
 呆れる俺とは対照的に、リア充グループから歓声があがる。
 おいおい、お前ら授業ではえらく不真面目なのに、遊びに関しては勤勉なことですね。

「ミーシャ♪ 一緒にやろ」
「シャーーー! やるぜ! ミハイル」
「う、うん!」

 ミハイルさんまで、えっらい元気じゃないっすか……。
 さすが伝説の『それいけ! ダイコン号』の三忍だとこと。

 と……思いにふけている間に、俺は一人ぼっちになっていた。
 しまった!
 クソ……もう既に皆(非リア充)はグループを作ってしまった……。
 このままでは、宗像先生とイチャイチャバレーになってしまう。
 それだけは回避したい。

「あの……」
 か細い声が俺を呼ぶ。
 振り返るとそこには見かけたことのあるキノコ! じゃなかったおかっぱ男子が一人。

「確か……日田だっか?」
「え? なぜ拙者の名を?」
 男二人で互いの顔を見つめあう。
「おまえ、さっきトイレで話しかけただろ? 日田(ひた)?」
「いえ、拙者は遅刻してきたので、先ほど校舎に着いたばかりですが……」
「いやいや、お前は確かに日田なのだろ? ほら、さっき古賀のことを……」
「なりませぬ!」

 日田が俺の口を塞ぐ。
「ふぐぼごご……」
「申し訳ない、がっ! その名を口に出してはなりませぬ。殺されますぞ!」
「ふご、ふご」
 首を縦に振る。

「ぶっは! なにをする!? お前は日田 真一だろうが!」
「失礼をば。氏の身を案じたが故の無礼を……ですが、拙者は真一ではありません」
「なんだと!? じゃあお前は?」
「……拙者は日田真二(しんじ)です。真一の弟です。兄ならそちらに」
 そう言って指差した壁に、縮まったおかっぱがもう一人。
 どうやら病欠らしい。つまり見学。
 一ツ橋高校は病弱な生徒も熱心に入学させていると聞いた。
 きっと兄の真一もその類なのだろう。

「あ……本当だ」
「拙者たちは一卵性の双子です。日田家が次男、真二と申します。以後よろしく」
 ご丁寧に頭をさげる。
「そうか……真二か。認識した。俺は新宮 琢人だ」
「新宮殿、拙者とバレーボールしませんか?」
「まあ構わんが……」

  ~10分後~

「ではいきますぞ~」
「来いっ!」
 日田 真一ではなく、弟の真二が「はーい」と律儀にも掛け声とともに優しいサーブ。
 俺も影響を受けたのか「はーい」と返す。
 続けること1時間……なにが楽しいのこれ?

「はぁはぁ……やりますな。新宮殿」
「やるもなにも……二人でやってるだけだろ……」
「確かに……では次こそ、本気でやりましょう!」
「構わんが……」
「いきますぞ!」
 真二の強烈なサーブが俺の横っ面をかする。
 見事な豪速球! いや、当たってたらケガしてだろ……。
 本気すぎて、ドン引きだわ。

「ああ! 新宮殿!?」
「え?」
 真二の慌てぶりを見て、振り返る。
 豪速球はリア充グループに向かって、一直線!
 やばい……ほぼヤンキー軍団に直撃すること不可避……。

「いがん! よでろ!」
 普段大声を出さないせいか、痰がらみで上手いように喉が鳴らない。
 ただ、俺の叫び声に何人かの生徒たちは気がつき、危険ボールを察する。

「逃げて!」
「危ない!」
「死ぬぞ!」

 人波が掻き分けられ、最後に残ったのは伝説の……金色のミハイル!

「ミーシャ! よこ!」
「よけろ、ミハイル!」
 危険を察知した花鶴と千鳥。

「え?」
 だが、ミハイルはキョトンとしながら花鶴と千鳥の顔を見つめている。
 なにをやっているんだ!? ミハイルのやつ!

「古賀ぁ!!! よけろぉぉぉ!」
「タクト……?」
 振り返った時、遅い……と俺は思わず目をつぶってしまった。
 怖かったんだ、目の前で可愛い子がケガするところを。
 彼女いや……奇麗なミハイルの顔に傷が入るなんて、ましてや出血するところなんてみたくない。

「クッ!」
 後悔から唇を噛みしめる。
「新宮殿……見てくだされ」
 真二の声でようやく瞼を開くとそこには、驚愕の映像が俺を釘付けにした。

 華奢で、女みたいな顔で、俺より身長も低いのに、古賀 ミハイルは豪速球を片手で静止させていた。
 なんなら、ボールを指上でクルクルと回して遊ぶ余裕っぷりだ。

「さすがは、金色のミハイル……」
 隣りにいる真二がそう漏らす。
「なあ、その金色っているか?」
 めっさ笑顔で俺に手を振っているよ……ミハイルさん。

 クソみたいな体育(ただの遊び)が終わり、教室へと戻った。

 イスに座るとため息と共に、安堵が生まれる。
 やっと解放されたのだ。
 この一ツ橋高校の校舎。いや、刑務所からな。

 各々がリュックサックに荷物をつめ、笑い声が聞こえる。
 そうリア充グループもつまらんのだ、この校舎が。
 彼らも高卒という資格が欲しいだけ。
 つまりは賃金アップや職務上の資格欲しさで入学したに過ぎない。
 まあ俺はちょっと『違う理由』で入学したのだが……。

「なあタクト!」
 あれミハイルさん? なんで満面の笑顔で俺を見てんの?

「どうした、古賀?」
「あ、あのさ……」
 なにをモジモジしている? また聖水か?
 お花を摘むなら、どこぞの花畑にでもいってこい。

「あの……一緒に帰らないか?」
「え……」
 一瞬、ミハイルの『帰らないか?』が『やらないか?』に聞こえたのは、俺が突発性難聴なのか?

「まあ……構わんが」
「じゃ、やくそくだゾ!」
 おんめーは小学生か!
 俺のポ●モンはやらんぞ?

 バシッ! と雑なドアの音が聞こえると、一人のビッチが現れた。

「それでは帰りのホームルームをはじめるぞ~」

 ボインボイン言わすな! 宗像!
 乳バンドをしっかりつけて固定しろ!
 つけてその揺れ方なら、整形してこい!

「はじめてのスクリーングは楽しかったか? お前ら!」
 なにを嬉しそうに語るのだ? 宗像先生よ。

 シーン……としたさっぶい空気。
 これはリア充も非リア充も同じである。
 草!

「なんだ? お前ら? 元気がないな? 私はこうやってお前らがスクリーングに来てくれたことが本当にうれしいゾ♪」
 キモいウインク付きか……。
 教育委員会に報告とか可能ですかね?

「じゃ、レポート返すぞ! 一番! 新宮!」
「はい……」
 席を立ちあがると、キモい巨乳教師の元へとトボトボ歩く。

「声が小さい!」
「はぁい~」
「たくっ! お前はケツを叩いてやらんといかんな、新宮」
 いや、セクハラじゃないですか……。

「ほい、よくできました!」
「ありがとうございます」

 用紙を覗けば『オールA』
 まあ当然だろな、ラジオでアンサーありきの勉強だからな。
 鼻で笑いながら着席する。

「じゃあ二番! 古賀!」
「っす……」
 いや、なんで俺だけ怒られたの? ミハイルも怒れよ! 宗像!

「古賀……お前、もうちょっとがんばれよ?」
 なんかめっさ『この子かわいそう……』みたいな憐みの顔で見てはるやん、宗像先生。
「っす……」
 青ざめた顔でレポートを見るミハイル。
 『私の年収低すぎ!』ぐらいの顔だな……。
 どれ突っ込んでやるか。


 席についたミハイルへ声をかける。
「おい、古賀。レポートどうだった?」
「え……DとかEばっかり……」
 そんな涙目にならんでも……。
 ちなみにD判定はギリギリセーフ。単位はもらえる。
 E判定はやり直しである。
 つまりアウト~! なのだ。
 だが、風にきいた噂だと、E判定はなかなかでないと聞いたが……。

「お前、ラジオ聞いたのか?」
「え? なにそれ?」
 驚愕の顔で俺を見つめるんじゃない!
 可愛すぎるんだよ、お前の顔。
 このハーフ美人が!

「ラジオ聞いてたら楽勝だぞ?」
「そうなんだ……タクトはどうだったの?」
「俺か? オールAだが」
「す、すごいな! タクトって!」
 え? 驚くところですかね?
 逆にバカにされた気分。

「な、なあ今度オレに、べんきょー教えてくれよ☆」
 えー、金もらえないならいやだ~
「ま、構わんが……正直ラジオ聞けば一発だぞ?」
「ラジオ? オレの家にはそんなのないけど?」
「そ、そうか……」
 あえて突っ込むのはやめよう。可哀そうなお家なのかもしれない。


「じゃあ、お前ら気をつけて帰ろよ!」

 気が付けば、レポートは全員に返却され、各々が素早く教室を出る。
 しかし、その動きを止めたのはセクハラ教師、宗像。

「あと! 帰りに遊ぶのは構わんが……ラブホ行ったやつはレポート増やすぞ! 絶対にだ!」

 みんな一斉に硬直しちゃったじゃないですか……。
 呆れた顔で帰る生徒に、苦笑いするリア充(いくつもりか!)、ドン引きする非リア充。

「なあタクト……ラブホってなんだ?」
「え……」
 それ童貞の俺に聞きます?
 ミハイルさん?


「ミーシャ、帰ろ」
 花鶴ここあか、なぜ俺の机の上に座る?
 お前の臭そうなパンティーが丸見えだ。
 そんなミニスカ、どこで売ってんの?

「イヤだ! 俺はタクトと帰る!」
「ミハイル、タクオと帰るんか?」
 千鳥のおっさん、タクオってもう定着しているんですか?
 やめません?

「そだね。オタッキーならいいっしょ」
 よくねーし、なにがお前らの中でいいんだ? ミハイルはお前たちの子供か?
 そう言い残すと『それいけ! ダイコン号』のお二人は去っていった。
 あの二人は付き合っているのかな?

「じゃあ……タクト、いこ?」
 なぜ上目遣いで誘うような顔をする?
「ああ……」
 なんか下校するのに、級友と一緒に歩くのなんて久しぶり……。
 え? 人生ではじめてか?
 ブッ飛び~!