俺とミハイルは朝食を済ますと、自宅を出た。
二人して、真島商店街を歩く。
平日の朝ということもあって、商店街はまだ人の出入りが少ない。
隣りを歩くミハイルは、未だ三ツ橋高校の体操服にブルマ姿のままだ。
恥ずかしくないのだろうか?
平然とした顔で、俺に言う。
「ネコカフェ、楽しみだな☆」
いや、その格好で歩くの勇気いりません?
僕だったら死にたくなります……。
「じゃあとりあえず、席内に行ってミハイルん家に寄ろう」
「え、なんで?」
「その格好のままじゃ、問題だろう……借り物とはいえ女子の体操服だからな」
「別によくね?」
ダメだよ、普通に。
この人、女装のしすぎで頭おかしくなってねーか?
「ダメだよ。ちゃんと洗濯して今度のスクーリングで返さないといけないし……それに、そのなんだ。俺も目のやり場に困る」
白くて細い太ももに食い込むブルマが、童貞の俺にはどうしても冷静ではいられなくなってしまう。
認めよう、ミハイルの魅力に……。
「ふーん。なんでか分かんないけど、タクトがこの服、嫌ならもう二度と着ないよ?」
意味を理解できていないようだ。
首をかしげて、俺の顔を下からのぞき込む。
くっ! このあどけない態度が、憎めない。
「それは断じて違う! 嫌いじゃない!」
むしろアンナモードでも着てください! お願いします!
「じゃあ好きなの?」
「んん……返答に困る」
「変なタクト~」
あなたもやってること、十分変態なんだけどね。
頬が熱くなる。恥ずかしくなって、目をそらす。
俺の気持ちを知ってか知らずか、当の本人は頭の後ろに両手をやりながら、鼻歌交じりにてくてくと歩いてる。
そんなときだった。
スマホの着信が鳴る。
見たことのない市外局番だった。
ミハイルの姉、ヴィクトリアの自宅かと思ったが、あそこは前回、アドレス帳に登録しておいた。
席内市の番号ではない。
だが、福岡県の番号だ。
とりあえず、電話に出る。
「もしもし?」
『おぉ! 新宮か! 今日もカワイイ蘭ちゃん先生だ~』
酒やけした低い声が受話器から漏れてくる。
一瞬、いたずら電話の変態おじさんかと思ったが、その正体は一ツ橋高校の宗像先生だった。
「どうしたんすか?」
『あのな、昨日やった運動会でさ。三ツ橋高校の体操服着ただろ?』
先生にそう言われて、隣りを歩くブルマくんを見つめる。
「そう言えば、そうでしたね。今度のスクーリングで返却すれば、いいっすか?」
『いや、そんなことしなくていい。もらっておけ』
ファッ!?
「ええ? だって、三ツ橋の生徒の物でしょ? そんなのパクりじゃないっすか!?」
『そんな盗んだみたいなことを言うなよ、新宮』
受話器の向こうで、ヘラヘラ笑いながら、喋ってやがる。
「どういうことです?」
『あのな、昨日の運動会で、最後に三ツ橋の校長が乗り込んできたろ? あの後、先生がどうにかごまかしてな。変質者たちが三ツ橋の体操服着て、運動場で乱痴気騒ぎしてたってことにしといたんだ♪』
な、なんて嘘をつきやがったんだ。
勝手に運動会を主催しとして、俺たち一ツ橋の生徒は変質者扱いかよ。
『体操服は変態に盗まれたってことにしてるからさ。三ツ橋の保護者が激怒してて、買い直すことになったらしいぞ♪ 良かったな♪ タダで体操服ゲットだぜ!』
やっぱり盗んだんじゃねーか!
「いや、そういうわけには……」
『名前のワッペンを変えれば、問題ないから。じゃあな! ブチッ……』
「ちょ、ちょっと……」
一方的に電話を切られてしまった。
ミハイルが俺に屈託のない笑顔で言った。
「タクト? ひょっとして、宗像センセー?」
「うん……」
背筋が凍る。
俺は、いや俺たちは犯罪者に仕立てあげられたのか……。
主な罪状、窃盗と不法侵入、ついでにわいせつ罪もありそう。
「どうしたの? タクト」
「その、体操服もらっていいってよ」
「マジで? タクトが好きなら今度これ着てどっか遊びに行こっか☆」
「え……ああ、とりあえずワッペンだけは変えとけって、言われたよ……」
「オレ、刺繍得意だからまかせろ☆ タクトの分もしといてやるよ!」
「じゃ、頼むわ」
「おう☆」
「じゃ、タクト。ちょっと待っててね☆」
ミハイルはそう言うと、俺に背を向ける。
小さな桃のような尻をプルプルと震わせて、小走りで去っていく。
自身の家でもある『パティスリー KOGA』に入っていったのだ。
三ツ橋高校の体操服にブルマ姿で、地元の席内を歩くわけにも行かないので、彼の自宅に寄ったわけだ。
今日は姉のヴィクトリアがシラフのようで、店を通常オープンしていた。
窓から店の中を確認すると、子供連れの主婦たちが客として訪れている。
普段はアルコール中毒で、下着姿でうろちょろする破天荒なねーちゃんだが、ニコニコ優しく微笑んでいる。
さすがだ。
嫌な顔せず、ショーケースからケーキをトングで取り出す。
ミハイルと女装したアンナぐらいの二重人格だ。
やはり血は争えないなぁ……。
俺がそう感心していると、隣りから声をかけられる。
「お待たせ☆」
白い歯をニカッと見せつけて、太陽のように眩しく微笑むミハイル。
本日のヤンキーファッションだが、胸元に大きな星がプリントされたタンクトップ。
パンクなデザインで、なぜか左右にチャックがついている。
たぶんおしゃれなのだろうが、俺からすると脱がせる前提のエロいデザインに感じた。
布地も少なく、ミハイルの華奢な肩が露わになっており、丈もへそ上という短さ。
そしていつもの如く、下半身は白くて細い脚が拝めるショートパンツ。
防御力がほぼゼロだ。
俺がスライムでも今の彼に襲い掛かれば、勝てそう。
性的なバトルで……。
しばらく、その光景に目が釘付けになっていると、彼が怪訝そうに俺をみつめた。
「タクトってば、ボーッとしてどうしたんだよ?」
ムッとした顔で、下から俺をのぞき込む。
腰を曲げているため、タンクトップが緩み、胸元が見えそうになる。
誘っているんでしょうか? この人……。
「む、いや。なんでもないんだ……」
頬が熱くなるのを感じた。
「変なタクトぉ……。あ、ひょっとして、昨日のたいそーふくがそんなに嫌いだったのか?」
手のひらを叩いて、一人で合点する。
いや、ちがうから。
どっちも好きです……なんて言えるわけないだろが。
「違うよ。ま、とりあえず、ネコカフェに行こう」
「うん! 早く行こうぜ☆」
そうそう、今日はそれが取材なんだから。
デートじゃないのよ、タッくんたら。
相手はアンナちゃんじゃない。
男のミハイル。
だから、ノーカウント。
席内商店街を抜けて、以前ミハイルと買い物をしたショッピングモール、ダンリブの建物に沿って旧三号線に向かう。
ダンリブの反対側には、100円均一の『タイソー』とドラッグストアが並んでいる。
交差点を使って渡る。
俺らオタク。つまりは犯罪者予備軍の天敵であるお巡りさんがお出迎え。
道路を横断すると、目の前には交番があり、交差点に一人のポリスメンが立っていた。
険しい顔で、辺りを見張っている。
ミハイルとは顔見知りのようで、
「おぉ、ヴィッキーんところの弟じゃねーか」
随分となれなれしく話すじゃないか……。
ダチとしては、ちょっと嫉妬を覚える。
「あ、お巡りさん。おつかれっす☆」
ミハイルも手を振って、笑顔で答える。
なんだよぉ~ ヤンキーならそこは警察にイキってみせろよ。
ムカつくなぁ。
隣りでイラつく俺をよそに、ミハイルは世間話を始める。
「今からネコカフェに行くんす☆」
てか、警察には敬語使うのな。
「そーか。気をつけて行ってこいよ。ん? 珍しいな。ミハイルのダチか」
やっとのことで、俺に気がつく。
一応、挨拶をしておく。
「あ、同じ高校の新宮です」
「高校? あー、ひょっとして、一ツ橋高校か?」
「そうです。なんで分かったんすか」
俺が不思議そうに問いかけると、何を思ったのか、そのポリスは大声で笑い出す。
「ハハハッ! だって、本官もあそこの卒業生だからなぁ」
「え……」
「今は警察なんてやってんけど、昔はヴィッキーぐらいヤンチャしてたからさ。一ツ橋ぐらいしか、入学できなくてよ」
そんな偏差値で、よく警察官になれましたね。
「はぁ…」
「ま、本官もヴィッキーも、もういい歳だからさ。今じゃ仕事あがりにウイスキーをストロング缶で割るぐらいしか、できないけどよ……丸くなったもんさ」
いや、もっと酷くなってますよ。
酒をお酒で割るなんて、ヤンチャどころじゃない。
さっさと、アルコール外来か、病院にブチこむレベルだ。
「おっと、長話しちゃいけねーな。一ツ橋って言うと、どうしてもヴィッキーや蘭たちと悪さしてた頃を思い出しちまう」
一人で勝手に語って、満足してんじゃねー。
お前は席内を守る側であって、絶対に飲酒運転とかすんなよ、クソが。
「お巡りさん! オレたち早くニャンニャンに会いたいの! もういい?」
ミハイルが頬をプクッと膨らませる。
「わりぃわりぃ。もう行っていいぞ」
おでこをかきながら、申し訳なそうにミハイルに頭をさげる。
すれ違いざま、お巡りさんが低い声で俺にこう言った。
「あ、一ツ橋といったら、日葵のバカがいたよな?」
「え……」
日葵って、俺の担当編集の白金 日葵のことだよな。
「あいつ、たまに酔っぱらってウチの交番に夜中遊びに来るんだよ……。んで、鉄砲をパクって近くの海岸で撃ちまくるんだ。ストレス発散とか抜かして……。いつか逮捕したいから、見かけたら教えてよ♪」
そう言って、笑顔で俺に伝える。
目が笑ってない。すごく怖いです。
「も、もちろんです!」
背筋がピンと伸びる。
「うんうん、いい子を見つけたな。ミハイル」
「だろ? オレのダチだからさ☆」
やべぇ、白金と会っているところをこのお巡りさんに見られたら、俺まで逮捕されかねない。
さっさと、担当をチェンジしてもらおっと。
「ついたぁ!」
15歳にもなる高校生の青年が、道の真ん中でぴょんぴょん飛び跳ねる。
彼の名は、古賀 ミハイル。
伝説のヤンキー、『それいけ! ダイコン号!』のひとりである。
そんな半グレの男だが、可愛いものに目がない。
今も大きな猫の写真がプリントされた看板の下で、踊るように喜んでいる。
ジャンプしている際に、タンクトップがめくれあがり、ピンク色のナニかが見えそうになり、思わず目をそらす……。
席内市に新しくオープンしたネコカフェ。
その名も
『んにゃ!』
席内店である。
アホそうな店名だ。
これが全国展開しているという時点で、日本は終わっているな。
俺が呆れていると、ミハイルが興奮気味に腕を引っ張る。
「なぁなぁ、タクト! 早く入ろうよ☆」
彼の目は一段とキラキラしている。
宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳。
俺としては、こっちの子猫を指名したいもんだ。
「そんな急がなくても……」
俺がそう言いかけると、彼の小さな手が口を塞ぐ。
「ダメだゾ! 席内って新規開店すると、じーちゃん、ばーちゃん達がこぞって集まるんだからな!」
「んぐんぐ……」
唇を開けないため、首を縦に動かしてみる。
息はできないが、これはこれで心地よい。
ミハイルの小さくて細い指が、俺の唇に触れている。
彼の手からは、甘い石鹸の香りがした。
ハァ~ 香しい。
「タクト、席内の店だから、ここはオレに任せておけって☆」
そう言って親指を立てる。
いや、あなただって、今日初めて来る店なんでしょ?
地元は関係ないじゃん。
「ふごふご……」
未だ、俺は彼の華奢な指と接吻中。
せっかくだから、一瞬ぐらいペロッと舌を出して、食感を味わってもいいだろうか?
「よし。いい子いい子☆」
ミハイルは満足そうに、俺の頭を撫でる。
やっとのことで、口から手を離すと、今度は俺の手を握って、店の中に入っていく。
店舗としては、かなり大きな敷地だ。
席内市の顔と言ってもいい、ダンリブの目の前に開店した。
旧三号線の道路をまたいで、交番の隣りにある。
ネコカフェだが、それ以外にも猫の販売やいろんな商品を揃えている。
自動ドアが開くと、「んにゃ~♪」と猫の鳴き声が……。
通訳すると、「いらっしゃいませ」でいいんだろうか?
参ったな。俺はこう見えて犬派なんだが……。
そんな思惑とは裏腹に、隣りに立っているミハイルはテンション爆上がりだ。
「んにゃ! 許せない可愛さだな☆」
身震いを起してまで、喜びをかみしめている。
「良かったな……」
俺はちょっと引き気味。
大の男がネコ語使うなんて……好きだ!
ただ、やるならアンナモードの時でお願いします。
以前のネコ耳メイドがいいです。
俺が悶々としていると、店の中にいた若い女性店員が声をかけてくる。
エプロンを首からかけていて、肉球のイラストがプリントされていた。
「いらっしゃいませにゃん! 初めてのお客様ですかにゃん?」
「あぁ!?」
思わず、ブチギレてしまった。
いや、ミハイルは可愛いから許せるんだけど、成人したお姉さんが言うのはしんどい。
怒ってごめんなさい。
冷静さを取り戻して、答え直す。
「そうです、二人です……」
「にゃーん♪ ありがとうございますにゃーん!」
ブチ殺してぇ!
この店の社員は、一体どんな教育してんだ。
「あ、これ。チケットをもらったんすけど」
そう言って、毎々新聞の店長からもらったチケットを二枚取り出す。
「にゃ、にゃ! 株主様だったにゃんごねぇ~」
日本語で話せよ、クソが。
しかも、俺は株主じゃねぇ!
もらいもんだよっ!
「いや、職場でもらっただけで……」
俺がそう説明しようとするが、馬鹿なネコ店員は近くにあったマイクを片手にアナウンスを流す。
『株主様が来たにゃんよ~! みんなでおもてなしするにゃ~ん!』
ファッ!?
なにを言ってんだ、コイツ!
俺がその店員を止めようとするが、時すでに遅し。
どこから来たのか、俺たちの周りに気がつくと、同じくネコ語で話すおっさんやおばさんが集まってきた。
「んにゃ~ん!」
「にゃんにゃん♪」
「フゴロロロ……」
全員、真面目に演じているけど、頭が白髪なんだよなぁ。
そうか、地元住民の中年しか雇えなかったのか……。
席内も高齢化社会だものね。
「アハハ! カワイイ~☆」
ミハイルはそのおぞましい光景を見て、なんと喜んでいた。
これが可愛いんか?
ウソでしょ……。
※
しばしの洗礼を受けた後、(おっさんとおばさんに囲まれて、ネコ語を連発された)俺とミハイルは、カウンターに連れてこられた。
お姉さんが言うには、今回店長からもらったチケットで、1時間の利用が無料らしい。
こんな店に金を使うのは、もってのほかだ。
タダでよかった。
「んにゃ。にゃんこたちのおやつはどうするですかにゃん?」
「あぁ!?」
いかんいかん、またキレてしまった。
咳払いして、どういう事か聞いてみる。
「おやつってなんですか?」
「にゃんにゃんは、とっても繊細ですにゃん。シャイな子たちには、コレが一番仲良くなれるグッズにゃん!」
喋ってて、疲れません?
仕事のあと、絶対ロッカーとかブン殴ってるでしょ。
俺だったらこんなクソみたいな職場は辞めますね。
「つまりオプションですか?」
「んにゃ~」
ハイって言えよ、こいつ。
グッと拳を作って、怒りを堪えていると、隣りに立っていたミハイルが俺の腕を掴む。
「なあタクトぉ。オレ、ネコたちにおやつあげてみたい~ ダメェ?」
そう言って、下から俺を上目遣いする金髪の子猫ちゃん。
ふぅ……。
こんなことされたら、財布の紐も緩くなるってもんすよ。
「二人分お願いします」
「ありがとうございますにゃーん♪ お二つで1650円ですにゃんよ」
たっか!
人間様より、いいもん食ってんじゃねーか。
「あ、はい……」
仕方なく、金を払う。
チクショー! 今回のは『デート』じゃないからなぁ。
あくまでダチとのお遊びだから、担当の白金は経費で落としてくんないよなぁ。
痛い出費だ。
「それでは、お二人様ご入場~♪」
カウンターに置いてあって、鈴を鳴らす。
ていうか、今普通に喋ったぞ。
すでに疲労がピークに達した俺に対し、ミハイルは太陽のような晴れ晴れとした笑顔でこう言った。
「ありがとな、タクト☆」
ま、この可愛い笑顔を見れただけで、お釣りくるレベルか……。
俺とミハイルは、店のお姉さんに連れられて、カウンター隣りの個室に入った。
3畳ぐらいの小さな部屋で、ドアとドアに挟まれている構造だ。
奥のドアからは既に猫の鳴き声が聞こえてくる……。
部屋の中には、ロッカーと手洗い場、それに猫用のおもちゃが段ボールにたくさん入っていた。
お姉さんが「貴重品や靴を脱いで入ってくださいにゃんね♪ オプションのおやつを持ってくるにゃん」と説明して去っていく。
言われるがまま、靴を脱ぎ、ロッカーにリュックサックなどを入れ込む。
錠をかけて、紐つきのカギを手首に装着する。
ついでに石鹸で手洗いして消毒もしとく。
なんかあれだな。行った来ないけど、ピンク系のお姉さんに会う前の素人童貞みたい。
これで準備よしと、さっそく、個室の更に奥へと入っていく。
ドアを開いた瞬間だった。
「「「ふにゃ~!!!」」」
10匹以上もの小さな猫の大群が一斉に寄ってくる。
「な! こんなにいるのか!?」
精々が3、4匹ぐらいだと思っていたのに。
ちょっとした動物園じゃないか……。
俺の驚きとは反して、隣りにいたミハイルは明るい顔でお出迎え。
「うわぁ☆ にゃんにゃんがいっぱ~い☆ おいでぇおいでぇ!」
そう言うと、一匹のマーブル猫を抱きかかえる。
「ん~ん、許せない可愛さだな、おまえ☆」
嫌がる猫を無視して、頬ずりするミハイル。
わからんな、ヤンキーのくせして……。
動物保護団体に入れば?
いかんいかん、俺ってば、たかが小動物に嫉妬を覚えているぜ……。
だが、男のミハイルでも許せない。
なんだよ。いつも俺にくっついてくるせに。
そんなにこのマーブル野郎が好きなのか!?
あ、メスかオスかは知らんけど。
俺が葛藤していると、それを知ってか知らずか。
ミハイルが抱っこしていた猫を俺に差し出す。
「ほら、タクトも抱っこしてみなよ☆」
「え……」
参ったな、俺は犬派なんだよ。
そう腰は軽くないぜ?
「みゃ~」
なにやら不機嫌そうに俺を見つめるマーブル猫。
通訳すると、「おい、なにやってんだよ? あくしろよ!」と言っているようだ。
仕方なく、俺は言われるがまま、そーっと猫をミハイルから受け取る……。
と、その瞬間だった。
「んにゃぁ!」
急に鳴き叫ぶと、毛を逆立てる。
そして、ピョンとミハイルの手から飛び降りて、部屋の奥へと逃げていった。
「……」
「アハハ……恥ずかしがり屋さんなのかな?」
苦笑いでフォローするミハイル。
いいよ、俺は猫にすら嫌われるぼっちだってことを再確認できたのだから。
※
先ほどの個室と違い、この部屋はかなり広い。
自宅のリビングより奥行きがある。
テレビに本棚、ソファー、クッション、テーブル。
なんだよ、やっぱり人間様より快適な暮らしじゃねーか。
よし、俺が転生したら、この店に就職しよう。
ミハイルは床に座り込み、釣り竿のような猫じゃらしを持って、何匹かの猫たちとお戯れ。
「ほらほらぁ~ こっちだゾ☆」
楽しそうで何より。
当の俺はと言えば、ふてくされて、長いすに腰を下ろしている。
ふと、隣りを見ると、小型の冷蔵ショーケースがあることに気がつく。
ガラス製だから、中が外からでもよく見える。
小さな缶の飲料がたくさん入っていた。
上には『ドリンクバーです。何杯でもどうぞ』とポップが貼ってあった。
「ほう、これはいいな」
やることもないし、猫も俺になつかない。頂くとしよう。
ちょうど、俺の好きなコーヒー『ビッグボス』がある。
一本取り出して、プシュっと音を立てる。
香りを楽しみながら、一息つく。
すると、なぜかそれまで俺をガン無視していた猫たちが、一斉に集まってくる。
「「「みゃお!」」」
飛び掛かるように、足もとにくっつく。
「な、なんだ!?」
俺がなにか悪い事したか……。
困惑している俺にミハイルが声をかける。
「あ、タクト! コーヒーを飲みたがっているんだよ! あげちゃダメだからな!」
そういう事か……。
卑しい奴らめ。
誰がやるか!
これは人間様のコーヒーだ。お前ら下等生物にくれてやる飲み物はない!
水でも飲んでおけ!
このごくつぶしが。
俺は近寄ってきた猫たちを睨みつつ、ゴクゴク飲み続ける。
まったく、なんで俺がミハイルに怒られないといけないんだよ。
そうこうしていると、先ほどの店のお姉さんが部屋に入ってきた。
手に小さな皿と棒付きのキャンディーを持っている。
なるほど、オプションのおやつか。
あれが、1650円。
行った来ないけど、キャバ嬢に貢いでみるたいで嫌だな。
「さあおやつの時間ですにゃーん♪ どちら様がクッキーをあげますにゃん?」
と言って、小皿を俺に向けて見せる。
「ああ……ミハイル。どうする?」
正直、俺はどうでもいいので、彼に振る。
「オレ、クッキーがいい☆」
嬉しそうに手をビシッと上げる。
そんなに俺より、猫と遊ぶのが楽しいのか……。
んだよ、なんか俺が金払ってんのに、ホストと遊んでるみたいだぜ。
行った来ないけど……。
自ずと残った棒付きキャンディーが俺に手渡される。
「ハイ、アイスは株主様の方ですにゃんね♪」
誰が株主だ、クソがっ!
「あ、これアイスなんですね……」
手に持つと冷たいことを確認できた。
「そうですにゃんよ♪ にゃんこに上げるときは、お腹を壊さないようにゆっくりあげてくださいにゃん」
「は、はぁ……」
知らんがな。
お姉さんはそう注意すると、また部屋から出て行った。
どうしたもんかと、俺はアイスキャンディーを手に固まっていた。
これ……どうやってやればいいんだ?
しばらく、アイスとにらめっこしていると、ミハイルが叫ぶ。
「タクト! 自分が食べちゃダメだからな! にゃんこたちにあげろよ!」
また怒られちゃったよ……。
しかも、食うわけないだろ。
「りょ、了解……」
視線を床に下ろすと、一匹の猫が俺に向かって鳴いていた。
「んにゃ~お」
誰かと思えば、さっき俺が抱こうとした時、嫌がったマーブルさんじゃないですか。
今頃、なんだよ。人のダチに手を出しといて……。
「んにゃ~お」
なにかを必死に訴えているみたいだな。
「あ、これか」
どうやら、アイスキャンディーを欲しがっているようだ。
仕方ないので、この猫にあげるとしよう。
マーブルさんは、どこにも行く気配がなく、床にずっしりと座り込んでいる。
このアイスが好きみたいだ。
そして、ネコカフェでは上位種のようで、マーブルさんが俺のところに来てから、他の猫たちが一歩引き下がる。
コイツ。この店のボスか……。
よく見ると良い面構えだ。
気に入った。
にゃんこ博士! 俺はキミに決めた!
そう決意すると、恐る恐るアイスをマーブルさんに向ける。
爪で引っかかれたり、鋭い牙で襲い掛かるかもしれんからな……。
だが、俺の思惑とは裏腹に、マーブルさんは大人しく小さな舌を出す。
そして、アイスを美味そうにペロペロとなめまわす。
なんてこった!?
「カワイイ……」
俺のミハイルを寝とろうとした泥棒猫だというのに、なんという圧倒的な可愛さ!
「み~」
目をつぶって嬉しそうにアイスキャンディーをしゃぶっている。
「はっ!?」
気がつくとマーブルさんは俺の膝に前足をかけていた。
別に意識してやったわけじゃないが、アイスはちょうど俺の股間あたりにある。
そして、延々となめ回されるこの光景……。
「みゃ、みゃ……」
ゴクッ。
似ている、あのプレイに……。
クソッ! 俺は犬派なんだ。
だが、マーブルさんの可愛さにヤラれそうだ。
「みゃ、みゃ……」
そう言い続けて、俺のアイスを誰にも渡すまいと食い込んでくる。
他の猫が近づくと、「フゴロロロ!」と威嚇する。
そうかそうか……そんなに俺が好きかぁ。
愛い奴め。ちこう寄るが良い。
ついに俺にもモテ期、キターーー!
尚もマーブルさんは俺のホットキャンディー……ではなかった、アイスを堪能中だ。
時折「みゃーん」と可愛らしい鳴き声を上げて、舌先でペロペロする。
くっ! 可愛すぎだろ……お持ち帰りしてぇ。
「猫もいいもんだなぁ」
そう呟くと、ミハイルが満足そうに頷く。
「だろ☆ オレもにゃんこにおやつあげてみよっと☆」
ミハイルは床にお尻をつき、ぺったんこ座りしていた。
えぇ、男であの座り方してるやつ、初めて見たわ。
「ほらほらぁ☆ 今からクッキータイムだぞ~ おいでぇおいでぇ!」
そう手招きすると、散らばっていた猫たちが一斉に集まる。
だが、俺の嫁……じゃなかったマーブルさんは、振り返ることもせず、アイスを食べている。
さすが、ここのボスだな。
愛着がわいたので、この天才作家が名前をつけてやろう。
そうだな、マーブル猫だから、マーラーちゃんってのはどうだ?
「なぁ、マーラーちゃんよ?」
俺がそうたずねると、猫はこう言う。
「みゃあ~」
「そうかそうか、気に入ったか。もっとしゃぶっていいんだぞ? マーラーちゃん」
「んみゃ」
うむ、癒されるなぁ。
この空間、好き。
ネコカフェ、けっこういいじゃない。
そう思いにふけていると、何やら部屋の奥が騒がしい。
ミハイルの甲高い叫び声が、壁に響き渡る。
「イヤァッ!」
俺はビックリして、思わずアイスキャンディーを床に落としてしまう。
ミハイルの方に視線をやると、そこには驚愕の光景が……。
「あんっ! ダメだってぇ! 待ってよぉ! ん、んん!」
猫の大群に金髪の美少女が襲われとる。
違った、男の子だった。
おやつのクッキーを皿からこぼしたようで。
彼の身体中に、小さなエサが付着している。
それ目掛けて猫たちが、集団で飛び掛かった。
「んみゃ~」
「チロチロ……」
「フゴロロロ」
猫たちはミハイルのことなどお構いなしに、彼の身体をなめ回す。
白くて柔らかそうな素肌を、小さなピンク色の舌先で味を確かめる。
その度に、ミハイルは声を荒げる。
「あぁん!」
俺は童貞だ。
わかっているつもりだった。
しかし、なんなんだ。これは?
相手は男の子だってのに、女以上のいやらしい声をあげやがる。
「んんっ! もうっ! いい加減にしないと怒るゾ!」
そうは言うが、相手はか弱い小動物だ。
しかも、彼がなによりも好きなカワイイ生き物、ネコ。
伝説のヤンキーと言っても、人の子。
手を挙げたりはしない。
頬を赤くして、吐息をもらす。
「ハァハァ……もうダメッ」
俺はただその光景をボーッと眺めていた。
口を大きく開き、悶えるミハイルを見て自分の中に眠っていた何かが、目覚めそうだからだ。
この感覚……俺は一体どうしたんだ?
助けるべきなのだろうが、身体が動いてくれない。
頭では理解しているはずなのに、心が俺を止めてしまう。
気がつけば、猫の一匹がミハイルのタンクトップの中に潜り込む。
「ひゃっ!」
それに驚いた彼は、床に倒れ込んでしまった。
仰向けのまま、猫に身体を許す。
無抵抗なミハイルをいいことに、猫たちは更に勢いをつける。
「「「んにゃ~」」」
タンクトップの裾がめくれあがった。
もう少しで、ミハイルの大事なところが見えてしまいそう。
俺はそれをいいことに、目に焼きつける。
こんなエッチなシーンを生で見れることは、童貞の俺にはきっと二度と起きないだろう。
脳みそのHDDに保存だ!
「あっ……いやっ! そこは、らめっ…」
気がつくと、ミハイルの目には涙が浮かんでいた。
なんてこった。
俺は寝取られものが嫌いだ。
だが、相手は猫だ。動物、ドーブツだよ。
ノーカウント、マブダチの俺が許そう。
タンクトップに潜り込んだ猫はどんどん上へとあがっていく。
それにつれ、ミハイルの息が荒くなり、聞いたこともないような声で叫ぶ。
「あぁっ! らめらって言ってんのに……はっ!」
その瞬間、彼の目が大きく見開いた。
涙で潤ったエメラルドグリーンの瞳が輝く。
身体を大きくのけぞり、つま先をピンッと伸ばす。
頬は紅潮し、小さな唇から唾液を垂らしている。
彼はしばしの間、固まっていた。
「……」
ミハイルの異変に気がついた猫たちはビックリして、一目散にその場を逃げ去っていく。
「んっ……」
ひきつけを起こしたかのように、彼の身体は固まっている。
どうやら、猫の一匹がエサと間違えて、ミハイルのナニかをなめてしまったようだ……。
恐らく、彼も初めての経験なのだろう。
俺だってないもん!
パタッと音を立てて、背中を床に下ろす。
止めていた息を吐きだす。
「はぁはぁ……ひどいよ、みんなして……」
泣いていた。
集団で犯されたようなもんだからな。
一応、フォローしておこう。
「だ、大丈夫か? ミハイル……」
声をかけると、彼はめくれあがったタンクトップを直し、ゆっくりと起き上がる。
いわゆるお姉さん座りで、背中で息をしている。
猫になめ回された肩や太ももが、唾液で光って何ともなまめかしい姿だ。
「なんで、止めてくれなかったの?」
上目遣いで、泣き出すミハイル。
かわいそうなことをしてしまった。
だが、見ていたかったんだ……そう言うと怒るよね?
「す、すまん。俺もビックリして……」
「グスン……身体中、びしょびしょだよぉ」
艶がかった白い肌が何とも美しい。
濡れているからこそのいやらしさ。
このまま直視していると、今度は俺が襲っちまうそうだ。
機転を利かせ、近くにあったタオルケットを手に取る。
そして、俺は優しくミハイルに話しかける。
「ほら、これでふいたらどうだ?」
「ひくっ……うん。ありがと」
猫の毛だらけのタオルで、濡れた身体をふく。
罪悪感でいっぱいになった俺は、ふと後ろを振り返る。
マーラーちゃんが、こっちには目もくれず、相変わらずアイスキャンディーをペロペロとなめていた。
さすが、ボスだ。貫禄が違う。
そうこうしていると、店のお姉さんが部屋に入ってきて、利用時間の終了を告げる。
帰る前に俺が、お姉さんに質問する。
「すいません、この子。いくつですか?」
マーラーちゃんを指差して。
「あぁ、まーくんですかにゃん? 2歳ですにゃんよ」
「え……オスだったんすか?」
「はいにゃん♪ 立派なモノがついてますにゃんよ~♪」
そう言って、マーラーちゃんを抱きかかえると、股間を見せてくれた。
俺よりもデカい……。
「んみゃ~!」
完敗です、負けました。
あなたのことは今度からマーラー皇帝とお呼びさせていただきます。
こうして、初めてのネコカフェ体験は終わりを迎えたのである。
ミハイルには悪いが、俺だけが癒されてしまった。
店を出て、旧三号線の道路をとぼとぼと歩き出す。
「なんか色々大変だったけど楽しかったな、タクト☆」
「う、うん……」
先ほどのなまめかしい姿をフラッシュバックしている俺は、ミハイルに視線を合わせることができない。
「タクト? 可愛かっただろ、にゃんこたち?」
俺の顔を下からのぞき込む。
「うん、すごく……」
「来て良かった☆ また今度遊びにいこうな☆」
「ぜひともお願いします……」
なぜか前のめりで歩く俺だった。
この天才。
新宮 琢人様が、なぜあんなおバカさんたちのガッコウに入学したのか……。
それは俺の仕事にある。
一ツ橋高校への入学も俺の仕事のために入ったようなものだ。
今更……俺はガッコウなんてもん、必要ない。
そう思っていたのに、あのクソ編集のせいで……俺は騙されたのだ。
被害者と言ってもいい。
俺はこの春から晴れて高校生という身分を得たのだが、その前に社会人だ。
未成年ではあるが、仕事は二つ抱えている。
一つは新聞配達。朝刊のみを生業としてもう6年も続けている。
そして、二つめは小説家だ。
別になりたくてなったわけではないのだが、オンライン小説を小学生からやり始め、俺の小説は一部のファンからは人気を得ていた。
そんなコアなファンが勝手に出版社へ打診し、今のクソ編集から連絡があった。
「センセイの小説を本にしてみませんか?」と……。
これが全ての間違いだった。
今から遡ること四年前、俺が中学二年生の夏だ。
正直、オンライン小説は趣味の一つであり、ライフワークにすぎない。
もちろん根強いファンがついてくれたことは感謝の極みだ。
だが、出版となると抵抗があった。
その理由は金だ。
金が関わると色々と面倒だ。
趣味の範囲内なら何も考えず、自分の書きたいものだけ書けばいい。
正直、それが楽しかったのに、編集にいろいろと口を挟まれるのは俺の美学に反する。
それでも俺の自宅には毎日電話がかかってきた。
『もしもし、先日もお電話しました。博多社の白金と申します』
「興味ない」
『え?』
ブチッ!
次の日……。
『あの! 博多社の……』
「死ね」
ブチッ!
また次の日……。
『あのぉ、白金ですけどぉ……』
「コノ、デンワバンゴウワ、ゲンザイ、ツカワレテオリマセン……」
『いや! ごまかされませんよ!』
ブチッ!
それが連日だ。ストーキング行為はやめてもらいたいものだな。
だが、ある日、タイミング悪くして母さんが電話に出てしまった。
「あ、はい? 出版社の方ですか? え、うちのタクくんがですか? まあまあ……」
母さんの眼鏡からは、輝きを感じる。
「ではお日にちはどうします? はい、はい……。わかりました、タクくんに伝えておきます」
受話器を切ると共に、母さんの眼鏡が輝きを増していく。
「タクくん、今日はお赤飯を炊きましょうね♪」
「いや、俺は女の子ではないぞ」
そう。周りの大人たちの思惑で勝手に作家デビューしたにすぎないのだ。
不本意ながら……。
あれから二週間後。
忌々しき『クソ女』と出会うこととなった。
俺は天神に来ていた。
福岡県福岡市における繁華街、中心部とも言える天神。
天神なぞコミュ力、十九の俺には無縁の地だ。
だってリア充の街だからな。
指示された場所に辿りつくまでに一時間もかかった。
母さんから借りた地図を見ながら、同じ場所をグルグルと周り、右へ左へ……「あれ? さっきと同じでは?」が何度も続き、やっとのことだ。
天神はたくさんのビルで連なっているが、目の前のビルは一際目立つ。
ビルの壁一面が銀色に塗装されており、鏡のように日光が反射し、下にいる俺はそれを直で食らっている。
「悪魔城……」
そう呟くと、自動ドアが開く。
すぐに目に入ったのは白い半円形の机、の上に花瓶。
後ろには、これまた白い制服をきた受付のお姉さんがいた。
「こんにちは、本日はアポを取られていますか?」
「アポなら勝手に強引に取られました。それよりも白金とかいうアホな女いますか?」
お姉さんは引きつった顔で「ア、アホ? し、白金ですね。少々お待ちください……」
アホで通ったぞ。やはり社内でもそういう認識なのだろうな。
「クソ。なんで、この俺が……」
俺はわざと聞こえるような舌打ちをした。
それを聞いた受付のお姉さんはあたふたしている。
別に俺の顔は特段、悪役面ではない。
性格が若者にしては落ち着きすぎて、その表情は女子曰く「十〇代に見えない~♪ ウケる~♪」
何がウケるんだ? 俺は顔芸などしていない。
だから、普段から黙っていると「何を考えているわからない」「不審者」しまいには「キモい、死んで」と女子に言われる始末だ。
なので、俺がイラつき沈黙さえすれば、その独特なオーラを受けた相手はキョドッてしまうらしい。
キモいのだよ、きっと。
特に独身の若い女に、こうかはばつぐんだ!
しばらく待っていると……。
「おっ待たせしました~」
と、ピンク地に白いドッド柄のワンピースを着たツインテールのロリッ娘が現れた。
「誰だ、お前」
「え?」
そう、これがクソ担当編集、白金 日葵との初めて出会った忌々しき日であった。
「誰だ、お前」
「え?」
「ここは子供の来るところじゃない。早く小学校に帰りなさい」
と俺は優しさから、少女を外へと追い出そうと背中を押す。
「ちょ、ちょっと待って!」
「うるさい、ママに言いつけますよ」
「イ、イヤー!」
俺と少女が自動ドアの前で来ると、受付のお姉さんが立ち上がった。
「あ、あの! そのちっこい人が白金です!」
「え……このガキが?」
俺は足元にいる未知の生命体を指さす。
「ガキとは失礼ですね! これでも私は成人した立派なレディーですよ♪」
そういって、自称成人ロリッ娘はウインクしてみる。
低身長で一三〇センチもないだろう。俺はこんな成人女性をこの世で見たことがない。
「お前が俺より年上だと言いたいのか?」
「ええ、そうですよ。新宮 琢人くん」
えっへんと偉そうに両腕を組む。
「じゃあ証拠を見せろ」
「え? 証拠?」
「そうだ、成人しているんだろ? もう第二次性徴は終えたのだろう? なら俺に見せてみろ」
俺がそう吐き捨てると白金は顔を赤らめて、自身の胸を両手で隠す。
「な、なにを言うんですか!? 女の子におっぱいを見せろなんて! あなたは変態さんですか!?」
「そんなことは自覚している。だが、お前の胸は貧乳とも呼べない。俺が見たい『大人の証拠』とは俗にいうおっぱいではない」
「じゃ、じゃあなんですか?」
白金が息を呑む。
「そんなもの決まっているだろうが。お前の股間。草原を見せろ」
「なっ!」
ボンッと音を立てて、顔が赤くなる。
「ほらどうした? 成人女性なら草が生えているのだろ? ちなみに俺は小学四年生の時、既にフサフサだったぞ?」
俺は自慢げに自身の股間を押し出した。
「そんなもの見せられるわけないでしょ! バカ!」
「ほう……ならやはり俺はお前をただのクソガキと認識するぞ」
白金は「ぐぬぬ」と悔しげそうにこっちを睨んでいる。
「み、見せればいいのね……」
「フン、だろうな」
「じゃあ……しかと見なさい!」
そう言って、彼女はワンピースの裾を豪快にたくし上げた。
俺の瞳に映るのは今時、小学生も履かないようなクマさんパンツ。
それを見た俺は鼻で笑う。
「やはりガキだな」
「本番はこれからよ。み、見てなさい!」
涙目でパンツに手を掛けようとしたその時だった。
「ストーップ!」
受付のお姉さんがデスクから飛び出し、俺と白金の間に入った。
「白金さん! あなたバカでしょ!?」
「だ、だって……この子が私のこと……」
「だってもクソもありません! 子供相手にむきになって……あなた大人でしょ?」
まるでダダをこねる子供を、お母さんが説教しているように見える。
ちなみに、白金の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。きったね。
「あ、あなた……私の裸が目的だったの!?」
「お前の裸なんぞに興味などない。俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない性分でな。だから、お前みたいなわけのわからん生物は正直言って……キモい」
「う……うわ~ん!!!」
泣いたぞ、これ。やっぱどう見てもガキだろ。
「ちょ、ちょっと、白金さん! 泣かないでよ、もう……」
受付のお姉さんは泣きわめく迷子を慰めるように、白金の頭をさすっている。
なにこれ、なんの喜劇?
「おい、俺はこんなバカに呼び出されたのか? 十代の貴重な青春時間だぞ? もう帰っていいか?」
そういって踵を返すと、小さな手が俺を止める。
「そ、そうはいかないんだからね、えっぐ……」
「たまごならスーパーで買え。俺の近所のスーパー『ニコニコデイ』がおすすめだ」
「そんなの、いらんもん! 私は仕事のお話がしたいの!」
「ほう、この天才の俺とクソガキが仕事の話ねぇ」
俺が笑みを浮かべると、白金は「バカー!」と言ってポカポカと殴りかかってきた。
「受付のお姉さん、らちがあきませんよ。俺、もう帰っていいですか?」
「あ、いや、ちょっと待ってね……コイツを大人しくさせるから……」
受付のお姉さんですら、『コイツ』呼ばわりか……。
しばらく待つこと数十分。
お姉さんにアメとムチで説教された白金は、瞼を大きく腫らせて戻ってきた。
「あ、あの、こちらから呼び出したのに……取り乱して申し訳ございませんでした」
「さすが、大人様だな。気持ちのいい謝罪だ」