俺とミハイルは、店のお姉さんに連れられて、カウンター隣りの個室に入った。
3畳ぐらいの小さな部屋で、ドアとドアに挟まれている構造だ。
奥のドアからは既に猫の鳴き声が聞こえてくる……。
部屋の中には、ロッカーと手洗い場、それに猫用のおもちゃが段ボールにたくさん入っていた。
お姉さんが「貴重品や靴を脱いで入ってくださいにゃんね♪ オプションのおやつを持ってくるにゃん」と説明して去っていく。
言われるがまま、靴を脱ぎ、ロッカーにリュックサックなどを入れ込む。
錠をかけて、紐つきのカギを手首に装着する。
ついでに石鹸で手洗いして消毒もしとく。
なんかあれだな。行った来ないけど、ピンク系のお姉さんに会う前の素人童貞みたい。
これで準備よしと、さっそく、個室の更に奥へと入っていく。
ドアを開いた瞬間だった。
「「「ふにゃ~!!!」」」
10匹以上もの小さな猫の大群が一斉に寄ってくる。
「な! こんなにいるのか!?」
精々が3、4匹ぐらいだと思っていたのに。
ちょっとした動物園じゃないか……。
俺の驚きとは反して、隣りにいたミハイルは明るい顔でお出迎え。
「うわぁ☆ にゃんにゃんがいっぱ~い☆ おいでぇおいでぇ!」
そう言うと、一匹のマーブル猫を抱きかかえる。
「ん~ん、許せない可愛さだな、おまえ☆」
嫌がる猫を無視して、頬ずりするミハイル。
わからんな、ヤンキーのくせして……。
動物保護団体に入れば?
いかんいかん、俺ってば、たかが小動物に嫉妬を覚えているぜ……。
だが、男のミハイルでも許せない。
なんだよ。いつも俺にくっついてくるせに。
そんなにこのマーブル野郎が好きなのか!?
あ、メスかオスかは知らんけど。
俺が葛藤していると、それを知ってか知らずか。
ミハイルが抱っこしていた猫を俺に差し出す。
「ほら、タクトも抱っこしてみなよ☆」
「え……」
参ったな、俺は犬派なんだよ。
そう腰は軽くないぜ?
「みゃ~」
なにやら不機嫌そうに俺を見つめるマーブル猫。
通訳すると、「おい、なにやってんだよ? あくしろよ!」と言っているようだ。
仕方なく、俺は言われるがまま、そーっと猫をミハイルから受け取る……。
と、その瞬間だった。
「んにゃぁ!」
急に鳴き叫ぶと、毛を逆立てる。
そして、ピョンとミハイルの手から飛び降りて、部屋の奥へと逃げていった。
「……」
「アハハ……恥ずかしがり屋さんなのかな?」
苦笑いでフォローするミハイル。
いいよ、俺は猫にすら嫌われるぼっちだってことを再確認できたのだから。
※
先ほどの個室と違い、この部屋はかなり広い。
自宅のリビングより奥行きがある。
テレビに本棚、ソファー、クッション、テーブル。
なんだよ、やっぱり人間様より快適な暮らしじゃねーか。
よし、俺が転生したら、この店に就職しよう。
ミハイルは床に座り込み、釣り竿のような猫じゃらしを持って、何匹かの猫たちとお戯れ。
「ほらほらぁ~ こっちだゾ☆」
楽しそうで何より。
当の俺はと言えば、ふてくされて、長いすに腰を下ろしている。
ふと、隣りを見ると、小型の冷蔵ショーケースがあることに気がつく。
ガラス製だから、中が外からでもよく見える。
小さな缶の飲料がたくさん入っていた。
上には『ドリンクバーです。何杯でもどうぞ』とポップが貼ってあった。
「ほう、これはいいな」
やることもないし、猫も俺になつかない。頂くとしよう。
ちょうど、俺の好きなコーヒー『ビッグボス』がある。
一本取り出して、プシュっと音を立てる。
香りを楽しみながら、一息つく。
すると、なぜかそれまで俺をガン無視していた猫たちが、一斉に集まってくる。
「「「みゃお!」」」
飛び掛かるように、足もとにくっつく。
「な、なんだ!?」
俺がなにか悪い事したか……。
困惑している俺にミハイルが声をかける。
「あ、タクト! コーヒーを飲みたがっているんだよ! あげちゃダメだからな!」
そういう事か……。
卑しい奴らめ。
誰がやるか!
これは人間様のコーヒーだ。お前ら下等生物にくれてやる飲み物はない!
水でも飲んでおけ!
このごくつぶしが。
俺は近寄ってきた猫たちを睨みつつ、ゴクゴク飲み続ける。
まったく、なんで俺がミハイルに怒られないといけないんだよ。
そうこうしていると、先ほどの店のお姉さんが部屋に入ってきた。
手に小さな皿と棒付きのキャンディーを持っている。
なるほど、オプションのおやつか。
あれが、1650円。
行った来ないけど、キャバ嬢に貢いでみるたいで嫌だな。
「さあおやつの時間ですにゃーん♪ どちら様がクッキーをあげますにゃん?」
と言って、小皿を俺に向けて見せる。
「ああ……ミハイル。どうする?」
正直、俺はどうでもいいので、彼に振る。
「オレ、クッキーがいい☆」
嬉しそうに手をビシッと上げる。
そんなに俺より、猫と遊ぶのが楽しいのか……。
んだよ、なんか俺が金払ってんのに、ホストと遊んでるみたいだぜ。
行った来ないけど……。
自ずと残った棒付きキャンディーが俺に手渡される。
「ハイ、アイスは株主様の方ですにゃんね♪」
誰が株主だ、クソがっ!
「あ、これアイスなんですね……」
手に持つと冷たいことを確認できた。
「そうですにゃんよ♪ にゃんこに上げるときは、お腹を壊さないようにゆっくりあげてくださいにゃん」
「は、はぁ……」
知らんがな。
お姉さんはそう注意すると、また部屋から出て行った。
どうしたもんかと、俺はアイスキャンディーを手に固まっていた。
これ……どうやってやればいいんだ?
しばらく、アイスとにらめっこしていると、ミハイルが叫ぶ。
「タクト! 自分が食べちゃダメだからな! にゃんこたちにあげろよ!」
また怒られちゃったよ……。
しかも、食うわけないだろ。
「りょ、了解……」
視線を床に下ろすと、一匹の猫が俺に向かって鳴いていた。
「んにゃ~お」
誰かと思えば、さっき俺が抱こうとした時、嫌がったマーブルさんじゃないですか。
今頃、なんだよ。人のダチに手を出しといて……。
「んにゃ~お」
なにかを必死に訴えているみたいだな。
「あ、これか」
どうやら、アイスキャンディーを欲しがっているようだ。
仕方ないので、この猫にあげるとしよう。
マーブルさんは、どこにも行く気配がなく、床にずっしりと座り込んでいる。
このアイスが好きみたいだ。
そして、ネコカフェでは上位種のようで、マーブルさんが俺のところに来てから、他の猫たちが一歩引き下がる。
コイツ。この店のボスか……。
よく見ると良い面構えだ。
気に入った。
にゃんこ博士! 俺はキミに決めた!
そう決意すると、恐る恐るアイスをマーブルさんに向ける。
爪で引っかかれたり、鋭い牙で襲い掛かるかもしれんからな……。
だが、俺の思惑とは裏腹に、マーブルさんは大人しく小さな舌を出す。
そして、アイスを美味そうにペロペロとなめまわす。
なんてこった!?
「カワイイ……」
俺のミハイルを寝とろうとした泥棒猫だというのに、なんという圧倒的な可愛さ!
「み~」
目をつぶって嬉しそうにアイスキャンディーをしゃぶっている。
「はっ!?」
気がつくとマーブルさんは俺の膝に前足をかけていた。
別に意識してやったわけじゃないが、アイスはちょうど俺の股間あたりにある。
そして、延々となめ回されるこの光景……。
「みゃ、みゃ……」
ゴクッ。
似ている、あのプレイに……。
クソッ! 俺は犬派なんだ。
だが、マーブルさんの可愛さにヤラれそうだ。
「みゃ、みゃ……」
そう言い続けて、俺のアイスを誰にも渡すまいと食い込んでくる。
他の猫が近づくと、「フゴロロロ!」と威嚇する。
そうかそうか……そんなに俺が好きかぁ。
愛い奴め。ちこう寄るが良い。
ついに俺にもモテ期、キターーー!