気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 宗像先生の無茶な提案により、俺たちは急遽、全日制コースの三ツ橋生徒が使用している体操服を無断で借りることになった。

「よぉし。みんな体操服はちゃんとゲットできたな」
 
 教室を見渡し、満足するアホ教師。
 ていうか、ゲットじゃなくてパクッてんだろ。

「じゃあ、今から体操服に着替えてグラウンドに集合な!」

 ん? グラウンド?
 確か通信制コースの一ツ橋高校は、グラウンドの使用が許可されなかった話を聞いたことがある。

「宗像先生。武道館じゃないんですか?」
 手をあげて質問する。
「武道館? 使えないぞ。あそこは今の時間は閉鎖中だ。いつもグラウンドは部活しているガキたちが邪魔でよ。昼間使えないから夕方に運動会するんだろうが」
 なんかまるで俺がバカみたいな扱いされている。
 その証拠にやれやれと肩をすくめて、深くため息を吐く。

 武道館が使えないとなると、更衣室はどうするんだ?
 地下にある更衣室で、前は着替えたのだが。

 再度、俺が質問をする。
「先生~! じゃあ、着替えはどこでしたらいいんすか?」
「あぁ? この教室でやればいいだろ」
 キョトンした顔で悪びれることもなく、言う。
 ウッソ~!
 小学生たちの体育じゃないんですよ、先生。
 もう出るとこ出てるし、モジャモジャなんだから……。

 宗像先生の発言にざわつく生徒たち。特に女子。

「信じられな~い! 男子に見られるのイヤ!」
「ひどい、宗像先生ったら……お嫁にいけなくなるよ」
「私は…見られる方が好き、かな?」
 かなじゃねぇ!
 誰だ、変態を入学させたやつは……。

 盛大にブーイングが起きる。
 それを見た宗像先生は教壇をバンッ! と叩きつける。

「やかましいわっ! お前らみたいな、ちんちくりんの裸なんて誰も見るか! 先生だって毎日、事務所で着替えているんだぞ! たまに三ツ橋高校の校長に見られるがなんとも思わん!」
 それはそれで、羞恥心がぶっ壊れているのでは?

 ふと、隣りにいたミハイルに目をやる。
 彼は頬を赤くして、うつむいていた。
 そして何やらボソボソと呟いている。

「タクト以外に見られるのはイヤだなぁ……」
 そう言って、小さな胸に手を当てる。
 俺はドキッとしてしまった。
 ミハイルとアンナが被って見えたからだ。

 守らないと!
 そう本能的に思った俺は、再度、挙手する。

「宗像先生! 隣りの教室とこの教室で、男女分けて着替えたらどうですか?」
 俺がそう言うと、女子たちが歓声をあげる。

「それいい!」
「名案!」
「チッ、せっかく露出できるチャンスだったのに」
 最後の人、退学してください。

 宗像先生は若干、不機嫌そうだが、女子たちの反応を見て、渋々頷いた。

「わかったわかった! なら、そうしろ! 先生は先にグラウンドで待っているからな」

 そう言うとどこか悔しげな顔をして、去っていった。
 去り際、後ろ姿を確認すると、未だにはみパンしていた。
 吐き気を感じ、口に手をやる俺妊婦。
「ウォエッ!」
 えづくと、ミハイルが背中をさすってくれた。

「大丈夫か、タクト? なんか悪いもんでも食べたのか?」
 非常に悪いモノを見て、吐きそうです。
「も、問題ない……」


 宗像先生がどうにか、俺の提案をのんでくれたので、女子たちは安心して隣りの教室に移動する。

 残ったのはむさ苦しい男子たち。
 ハゲの千鳥 力は既に上半身素っ裸だ。
 鍛え上げられた筋肉を披露する。
「フンッ!」
 誰も見てないのが、いたたまれない。
 
 女子たちが教室から全員出ていくのを確認し終えると、俺も服を脱ぐ。
 まずはズボンから手にかけた。
 すると隣りにいたミハイルが甲高い声で悲鳴をあげる。
「イヤァッ!」
 一瞬、アンナがいるのかと思った。

「ん? どうした、ミハイル?」
 何を思ったのか、彼は目を両手で隠し、頬を赤くしている。
 いないいないばあっ! がしたいのかな?
「タ、タクト! なんで脱ぐんだよ!」
「なんでってそりゃ着替えるからだろう……」
「あ、そうだったな…アハハ、オレ、何を勘違いしてたんだろ」
 笑ってごまかす女装癖の少年。
 きっとあれだな、アンナモードが抜けてないんだろう。
 思わず女子の反応をしてしまったに違いない。

「じゃあオレも着替えよっと」
 そう言って、ミハイルは机の上に体操服を出す。
 もちろん、女子のブルマもだ。
 名前が入れてあったから見ちゃったけど、『雲母(きらら) くらら』
 どっちが苗字で名前かわからない。

 俺はささっと着替えを済ます。
 久しぶりに真っ白な体操服を着用した。
 おまけに赤白帽つきだ。
 こんなの小学生以来。なんか懐かしく感じるぜ。

 隣りを見ると、ミハイルが「うーん」とタンクトップの上から体操服を着ようとしていた。
 チッ、脱がないのか!
 なんか残念だし、憤りを感じる。

 上着を着ると、次に彼が手を出したのは紺色のパンツ型ブルマ。
 思わず生唾を飲み込む。
 つ、ついにそれを履くのか……。

 ショートパンツのボタンを外し、チャックをスルスルと下ろす。
 横から見ている俺からすれば、何という背徳感。
 彼は男だというのに、まるで女の子がお着換えしているところをタダ見しちゃっている気がする。

 息を潜み、その姿を己が眼に焼きつける。

「よいしょっと……」
 頬を赤くしてショートパンツを太ももから下ろす。
 その瞬間、俺は目を疑った。
 
 なぜならば、男の彼からしたら見慣れぬ色が出現したからだ。
 淡いピンク色のパンツ……いや、この場合パンティーが正式名称だ。
 幼い女児に大人気のアニメ『ボリキュア』がプリントされた下着。

 それ、この前、アンナの時に買ったやつだろ!
 マジで履いてたんかい!
 俺は絶句していた。

 まさか、本当に普段から使っていたとは……。
 もうこいつ女装のしすぎで、男装時と区別できなくなったのでは? と心配になる。

 俺はそのボリキュアちゃんに、しばらく釘付けだった。

 すると誰かが背後から頭を叩く。
「いってぇ!」
「なーに、ミーシャのことばっか見てるん? オタッキー」
 振り返ると、なぜかそこには、ここにいるべきでない女性が。

 ヒョウ柄のブラジャーとパンティー、上下丸出しで俺に注意する。
 
「花鶴!? なんで女子のお前がここにいるんだよ!」
「は? だって移動するんのもめんどいじゃん」
「もういいから下着を隠せよ!」
「別にいいじゃん♪ あーしたちダチじゃんか♪」
 そう言って、なぜか俺に肩を組んでくる。
 自然と彼女の柔らかい胸が、頬にプニプニとくっついてくる。

「うっ、ぐるしい……」
「ほれほれ~ ダチなんだからかたい事を言わずに仲良く着替えるっしょ~♪」
 ここはストリップ劇場でしょうか?
 僕は踊り子さんにチップを渡した覚えはありませんけど。

 花鶴 ここあは驚く俺を見て、ゲラゲラ笑う。
「ハッハハ、あーしにブルマはかせてよ。オタッキー♪」
 ここはそういうお店じゃありません!
「こ、断る!」
 キモいから。
 花鶴は俺にアームロックをかけて逃げられないようにする。
「まだ言うか! ダチならブルマはかせよ~ん♪」
「うぐぐ……」
 こいつ、女だっていうのになんて馬鹿力なんだ。
 ミハイルに引けを取らない腕力だ。
 さすが伝説のヤンキーの一人か。

 花鶴に腕で締められ、俺は足をバタバタさせながら、もがきくるしむ。
 するとそれに気がついた男子たちが、騒ぎ出す。

「あ、ブラジャー!」
「お、パンティー!」
「パシャパシャッ!」
 いや、最後のやつ盗撮魔だろ。
 しかも全員、身体しか見ていない。


「オイ! ここあ! なにやってんだよ! 女子は隣の教室だゾ!」
 と顔を真っ赤にして怒鳴る彼こそ、この教室に似合わぬ格好だ。

 白い体操服に、紺色のブルマ。
 小さな桃のような尻にフィットしたパンツ……じゃなかった。あくまでもブルマ。
 太ももに食い込み、股間が少し膨らんでいる。
 うん、これでようやく確認できたよ。
 彼が男の子だってね!

 両腕を腰に当て、花鶴に注意する。
「タクトから離れろ!」
 真面目に赤い帽子をかぶって、ゴム紐まであごにかけている。
 なんか、小学生時代の体育時間に戻ったみたい。

 男子がふざけていると、怒ってくれる委員長タイプの女子。
 ただし、股間が若干、膨らんでいる子なんだけど。

「ハァ? 別によくね? あーしらダチじゃん」
「タクトはオレのマブダチなんだよ! とにかく女のここあは、この教室から出ていけ!」

 ミハイル委員長はそう言うと、花鶴さんを俺から力づくで引きはがす。
 そして、まだ着替えを終えていない彼女を教室から廊下へと叩きだした。
 
「男子以外はこの教室使用禁止だゾ!」
 そう吐き捨てると、体操服を廊下に投げ捨て、ピシャンと教室の扉を閉めた。

 俺を見てニッコリ笑う。
「タクト! このたいそーふく、動きやすいよ☆」
 
 だろうね。そういう設計なんだから。
 ただ、それって女の子のブルマなんだけど。
 わかってて、やってないよね?

 

 体操服に着替えた一ツ橋高校の生徒たちは、グラウンドに集まった。
 日頃は中々使わせてもらえない大きな運動場。
 いつもはここで、全日制コースの部活動が行われている。
 だが、今日はもう夜の7時を迎えようとしている。
 三ツ橋の生徒たちは、着替えを済ませて、俺たちとは反対にグラウンドから退場していく。

「まったくこんな時間から授業を始めるなんて、宗像先生は一体どんな思考回路をしているんだ? 終わるころには深夜だろ。未成年が帰る時間じゃないぞ……」
 そう言いながら、運動場の真ん中に立つ。
 俺の隣りにはミハイルがニコニコ笑って並んでいた。
「でも、こんな遅い時間に遊べる授業なんて楽しいじゃん☆ オレ、ワクワクすっぞ!」
 え? 聞き間違えかな。
 君はそんなこと言う人じゃないでしょ。著作権侵害で訴えられるからやめてね。

 
 他の生徒たちはバラバラに散らばり、各々が好きな場所で座ったり、談笑したりしていた。
 酷い奴らなんか、近くにあったサッカーボールで勝手に遊んでやがる。
 なんともしまりのない運動会なんだ。

 そこへ「ピーーッ」とグラウンドに設置されていた無数のスピーカーがハウリングを起す。

 俺とミハイルは慌てて、耳を塞ぐ。
「うるせぇ」
「キャッ!」
 いや、だからなんで君はいつも不意を突かれると女子になるの?


 俺の目の前には朝礼台がある。
 見上げると、目を覆いたくなるような光景が……。

 もう何度も見ているけど、アラサー教師、宗像 蘭 (体操服とブルマとニーハイ)
 エグい。

「あーあー、テステス」
 わざとらしく咳払いすると、先生はこういった。

「これより、第一回ドキドキ深夜の大運動会を開始する! 全員、前にならえ!」
 静まり返る運動場。
 グラウンドに紛れ込んだカラスが虚しく鳴き声をあげる。

 前にならえと言われても、誰も列を作ってないんだよね。
 
 ミハイルが、なにを思ったのか、俺の前に立ち。
 腰に両手をやる。
 どうやら、背の低い彼が一番前ということらしい。
 ふむ、ならば俺もミハイルの行動に従うか。

 俺は前に腕をピシッと真っすぐに伸ばす。
 ミハイルの背中に人差し指が触れると、彼は「アンッ」といやらしい声をあげた。
 後ろに立っている俺からすると、この位置はとても素晴らしい。
 なぜならば、クイッと小さなお尻に食い込むブルマが拝めるからだ。
 普通、男子と女子は一緒に並ばないはずなのだが……あ、男同士だったね。

 
 ミハイルと俺が二人して、朝礼台の前にピッタリ並ぶと宗像先生が嬉しそうに笑った。
「おお! 古賀は偉いなぁ。お前らも古賀を見ならえ! ちゃんと列に並ばないと欠席扱いにするぞ、バカヤロー!」
 怒鳴る宗像先生の大声は、小型のマイクじゃおさまりきれず、またもや激しくハウリングを起こす。

 それに驚いたというか、恐怖を感じた生徒たちがあれよあれよと、俺たちの後ろに集まる。
 いい年こいた高校生たちがミハイルを先頭に、両手を伸ばし、前の人のとの距離を調整する。
 なにこれ? ガキじゃん。
 というか、生徒の集まりが少ないから一列しか、できてない。
 
 通信制の一ツ橋高校は、入学している生徒数が100人以上いるが、スクリーングにちゃんと顔を出すものは限られている。
 籍だけ置いといて、レポートも出さずにとりあえず身分だけ確保している、なんて輩もいるらしい。
 だから、せいぜい集まっても30人ばかり。

 この人数で運動会なんてできるのだろうか?

「よし、ちゃんと並んだな。それでは、我ら一ツ橋高校に牙を向く、クソどもの入場だ!」
「ク、クソぉ!?」
 俺がアホな声でリアクションをとっていると、スピーカーから音楽が流れ出す。

『あか~い、あか~い、山に囲まれたぁ~ 我ら我ら~ あぁ~ あか~い、あか~い……』
 もう赤いのは分かったから早く唄えよ!
『赤井のぉ~赤井のぉ~ 山にそびえたつ~ 我らが我らが~ 母校ぅ~』
 うるせぇ、そしてしつこい。
『みっつ、みっつ、三ツ橋高校ぅ~』
 あ、これ三ツ橋の校歌だったのか。
 作詞家はクビにしたほうがいいと思う。


 ピッピッピッと一定の調子で、笛を鳴らしながら行進する軍団が運動場に現れた。
 先頭に立って、指揮しているのは黄金。
 金ぴかに光るゴールデンブーメランパンツ。
 たるんだ腹と胸をブルンブルンと上下に振るわせ、剛毛の手足、オプションで大量の汗を散らしながら、こちらへ向かってくる。
「あ、あのおっさんは……」
 忘れることなんてできない。
 そうだ、彼は一ツ橋高校の音楽を担当している教師。
 名はまだ知らない。
 ただ、言えるとしたら裸の指揮者。

 それを目にしたミハイルが「うっ!」と拒絶反応を起こす。
「また、あのおじさんだぁ……」
 どうやら、彼は前回のスクリーングで、あの裸体を見てからトラウマになってしまったらしい。


「こぉーしん! やめぇ!」
 そう叫ぶと、裸教師の後ろに並んでいた生徒たちが、一斉に足を止める。
 俺たちの隣りに列を作る。
 よく見れば、みんな見たことのある奴らばかりだ。

 三ツ橋高校の生徒たちだった。
 水泳部の赤坂 ひなた、福間 相馬。
 音楽の授業で叱られまくっていた吹奏楽部の生徒たち。
 それから、以前、廊下で出会った生徒会メンバー。

 全員が俺たちと同様の体操服を着用している。
 ていうか、こっちがパクッている身なんだけども。

 ちょうど、隣りに並んだ赤坂 ひなたに声をかける。
「おい、ひなた。なんでお前がここにいるんだ?」
 俺に気がつくと、手を振って笑う。
「あ、新宮センパ~イ! この前は夜明けにお世話になりましたぁ!」
 変な言い方するんじゃない!
 君が一方的にストーキングしにきただけだろがっ!
 
 それを聞き逃すミハイルではない。
「夜明け? タクト……聞いてねぇんだけどさ」
 顔を半分だけこちらに向け、睨みをきかせる。
 おお、こわっ。
「ご、誤解だよ。あとでちゃんと説明するから……」
 って、なんで俺が悪い前提で話しているんだ?
「絶対だかんな!」
 そう言うと、ミハイルは「フンッ!」と視線を元に戻す。
 怒っているのは理解できるんだけど、それよりも気になるのはあなたのお尻です。
 だって、なんか睨みきかしたりしているけど、女の子のブルマはいているもん。
 可愛いし、触りたくなるじゃん。
 なんだったら、顔を埋めたい。

 俺がジッとミハイルの小尻を後ろから見つめていると、ひなたが叫ぶ。
「ちょっとぉ! なんでミハイルくんがブルマしてんのよ! 女の子しか履いちゃいけないんだよ!」
 た、確かに……。
 ビシッと人差し指をさすひなた。
 彼女もブルマ姿で、小麦色に焼けた素足がいつもより良く見える。
 
 ミハイルがひなたに気がつき、振り返る。
「別にいいじゃん。だってオレってさ、身体が細いから男子の服じゃデカすぎるんだもんっ!」
 そんなことで、ない胸をはるな!
「ハァ!? なによ! 男の子のくせして、痩せていることを女の子の私に自慢する気!?」
 地面をドカドカ蹴りだす、ひなた。
 ミハイルは鼻で笑って、首元にかかっていた髪の毛を払う。
「たぶん、ひなたのブルマじゃ大きくて、オレは着れないもん」
 それは彼女がデカ尻だと言いたいのか。
「キーッ! 言わせておけばっ!」
 ひなたのやつ、男のミハイルに嫉妬してやがるぜ。
 アホくさ。

     ※

 朝礼台の上には、ブルマ姿の宗像先生とゴールデンパンツの中年教師が立っている。
 なんともカオスな光景だ。
「えー、では三ツ橋高校のみなさんに集まってもらったところで、開会式を始めようと思う! 互いのリーダーは前へ!」
 宗像先生がそう言うと、事前に打ち合わせしていたかのように、三ツ橋からは坊主頭の生徒会長、石頭(いしあたま) 留太郎(とめたろう)くんが出てきた。

 肝心の一ツ橋高校からは誰も前に出ない。
 だって、そんな話聞いてないもの……。

 宗像先生が、しびれをきらしたかのように、マイクに向かって叫ぶ。

「なーにをやっとるか! 一ツ橋の代表は新宮! お前だろうが!」
 聞いてねーよ!
「俺?」
 自身の顔を指してみる。
「今期の入学生で一番期待しているって言っただろがっ!」
 それめっちゃ前に言われたことじゃん。
 なに引きずってんの。

 俺はため息をはく。するとミハイルが振り返って、胸の前で拳を作る。
「ファイト、タクト☆」
 ふむ……ブルマ姿の可愛い子に頼まれちゃ、断りきれないよな。

 渋々、前に出る。
 隣りに立つ石頭くんが俺を見てこういった。
「新宮くーーーん! 元気ですかーーー!? 正々堂々とがんばりましょーーー!」
 うるせぇーーー!
「りょ、了解……」

 もう欠席扱いでいいから、早く帰りたい。

 俺と坊主頭の好青年、石頭くんは朝礼台の前に並び立つ。
 一本のマイクが置かれていた。
 
「えー、では開会式を始める!」
 デカデカと大きな声で叫ぶ宗像先生。
 隣りには眼鏡をかけた裸体の中年教師が……。
 ブルマ着たアラサーとゴールデンパンツのおっさん。
 変態同士、このまま結婚したら?
 お似合いだよ。

「今回は三ツ橋高校の光野(みつの)先生と全日制コースの生徒たちが複数参加してくれた……それにはちょっとした訳があるのだが……」
 あの裸先生の名前って、光野って言うんだ。
 ゴールデンパンツと言い、ピッカピカな人だね。
「本大会はバトルロワイアル形式で、行われる。つまり……今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
 ファッ!?
 一体、何十年前のネタだよ!
 しかも、俺の大好きなタケちゃんをブルマで汚すな!
 せめてジャージ着てやりなおせ!

 ざわつく運動場。
 ただ、驚いているのは通信制コースの生徒たちだけだ。
 全日制コースの学生たちは別に驚くこともない。
 どうやら、事前に情報を仕入れていたようだ。
 俺の隣りに立っている生徒会長、石頭くんはピシッと背筋を伸ばして、光野先生の股間を見つめていた。
 うーん、石頭くんって片思いしちゃってる?

 
 しかし、宗像先生の思いつきというか、お遊びにも程があるってもんだ。
 俺たち未成年を集めて、こんな夜から殺し合いとか……ちょっと教育委員会が黙ってませんよ。
 悪い冗談だ。
 俺は一ツ橋代表として、マイクを使い、訴える。

「質問いいでしょうか?」
「新宮! 私語してんじゃねぇ!」
 ちゃんと手をあげて質問してやっただろうが。
 いつまであの映画好きなんだよ。
「すみません……」
「てめーら、大人なめてんじゃねーぞ!」
 なめてねーよ。ちゃんと敬語使ってるだろが。

 宗像先生は意外とタケちゃんのファンだったのか。
 ま、それはいいけど、ちゃんと授業やれよ。

「質問は一個までだ! 二個言ったら欠席扱いするぞ、コノヤロー!」
 酷い……なんてブラックな運動会だ。
 
「あ、あの……バトルロワイヤル形式でしたっけ? 勝者には一体のなんのメリットがあるんですか?」
「質問は一個にしとけったろ!」
 もうどうでもいいわ…。
 宗像先生は「まあいい」と咳払いして、改めて説明を始めた。

「今、我が校のホープ。新宮 琢人が質問してくれたことだが……」
 人を勝手に希望にすんな!
「バトルロワイヤル形式で、最後まで生き残った者には、一年分の単位をやろうと思う」
 ファッ!?
 なにを言ってんだ、コイツ。
 運動会でMVPとったら、一年間、学校通わなくてもいいのかよ……。
 とんだ教師だな。

 宗像先生の発表に歓声をあげる生徒たち。主に一ツ橋のヤンキーたちだ。

「ヒャッハー! これで勝てば一年間遊べるぜ!」
「シャッアー! 単位ヤバかったらラッキー♪」
「ぼ、ぼかぁ、それよりも宗像先生の追加写真が欲しいな、ハァハァ……」
 あれ? 最後はヤンキーくんじゃないね。
 
 反して、一ツ橋の真面目組は正直、嬉しそうじゃない。
 そりゃそうだろ。
 毎日、コツコツとレポート書いて提出して、スクリーングにも真面目に通っている身分からしたら。
 こんなこと、前代未聞だし。
 バカバカしくなってくる。
 俺もそのうちの一人だ。


「あ、あと、これは通信制コースの一ツ橋高校の諸君のみだ。全日制コースのみんなには悪いが、単位はやれない。だってあのクソバカ校長が許さないからな」
 えぇっ、かわいそう。
 なんのために集められたんだよ。
「その変わりと言ってはなんだが、本大会で優勝をおさめたのものは『なんでも一つだけ叶えちゃう権』を授与する!」
 な、なにを言いだすんだ……。
 七つのボールでも探したあとみたいな、サプライズじゃないか。
 宗像 蘭、お前にそんな神的権限はないだろう。

 
 ふと後ろを振り返ると、三ツ橋高校の生徒たちが何やら不敵な笑みを浮かべていた。
 一番最初に目が行ったのは、赤坂 ひなた。

「フフッ……絶対に生き残ってセンパイと毎日、新聞配達させてもらうんだから…」
 いや、あなたこの前、一緒に配達したやん。
 それにただの仕事だから、願うことじゃない。
 
 その次は赤坂 ひなたの背後にいた福間 相馬。
「うっし! 俺は赤坂とラブホっ!」
 それはダメ。ただの犯罪。合意の元でじゃないと、法で裁かれるよ?

 最後は光野先生率いる吹奏楽部。
「全国優勝をこの大会で勝ち取るチャンスよ! 3年の先輩たちと光野先生のためにも絶対生き残るわよ!」
「「「おお!!!」」」
 ちょっと、待って。
 音楽コンクールは実力で勝てよ。
 他力本願だったら、もう出場するな。


 俺はため息をついて、頭を抱える。
「なんなんだ、このバカみたいな運動会は……」
 呆れていると、石頭くんがこういった。
「新宮くんは負けるのが怖いのですか?」
 彼の瞳は光りこそなかったが、その眼差しはとてもまっすぐだ。
「いや、別にそういうわけでは……」
「ならば、僕と真剣勝負しませんか? 一ツ橋の皆さんにも『なんでも一つだけ叶えちゃう権』はもらえるそうですよ」
 あのさ、君。仮にも生徒会長だよね?
 そんな子供じみたこと、マジで信じてるの……バカじゃん。

「は、はぁ……」
「もし新宮くんに好きな子がいたとしたら……。僕が優勝して『その子と付き合いたい』なんて宗像先生に願ったらどうします?」
 こいつ…俺を煽る気か。
「俺に好きな子なんて……」
 いいかけた瞬間、脳裏をよぎる。
 イガグリ頭の石頭くんとミハイル、いやアンナが口づけを交わす光景が。
 胸にグサリと、槍が刺さった気分。

 ふと、振り返る。
 ミハイルが立っていた。
 体操服にブルマ姿の可愛いアイツ。
 俺の視線に気がつき、笑顔で手を振る。

「タクトォ! がんばれよ~」
 あんな無垢な顔をしたヤツの唇を奪われるなんて……。
 ミハイルの隣りにいていいのは、俺だけだ!


 歯を食いしばって、覚悟を決める。
「いいだろう。石頭君、俺と真剣勝負だ」
「やはり君は一ツ橋のホープですね。いい殺し合いを期待してます」
 そう言って拳と拳で、無音のゴングを鳴らす。
 ていうか、命はかけないからね。
 殺しちゃダメ。


 俺と石頭くんの姿を見て、宗像先生が高らかに笑い声をあげる。

「だあっはははは!」
 相変わらず、品のない笑い声だ。
 アゴが抜けるぐらい大きく口を開いてる。
 のどちんこが丸見え。
 こんな体たらくだから、嫁の貰い手がないんだ。

「その意気やよし! さすが、私の弟子だ! 新宮!」
 お前のところに入門するバカはいない!

「あと、言い忘れたが、これだけの優勝賞品を準備しているんだ。負けた高校には罰があるからな」
「え……」
 思わず、背筋が凍る。
「負けた高校は全体責任として、運動会のあと、一晩かけて校舎、武道館、食堂、それから同じ系列の保育園、短大を掃除してもらう」
「ハァッ!?」
 なにそれ、絶対に負けたくない。

 それに対して、生徒会長の石頭くんが手を挙げる。
「宗像先生、よろしいでしょうか?」
「うむ、なんでもいいたまえ」
「その罰として掃除する際は、未成年の僕らだけが掃除するのでしょうか? さすがに未成年だけで残るのは良くないかと……」
 さすが、生徒会長。
 間違ってない、偉いぞ!

「ああ、それについては問題ない。負けた方の教師が一緒になって掃除するからな。保護者の人にも先ほど許可をもらっている」
 おかあさーん! 認めちゃダメだよぉ!
「そうですか。ならいいんです」
 ニコリと笑って納得する、無能な生徒会長。


 しかし、引っかかる。
 このバカ教師が負けたら徹夜で掃除する、なんて発想をするのはおかしい。
 何か裏がありそうだ。
 先生たちにとっては、デメリットしかない。

 そこで俺がもう一度手をあげる。
「すいません。少しいいですか?」
「新宮!」
 と叫んだあと、ブルマの中に手を突っ込む。
 股間から小さな何かをつかみ取ると、俺の顔に目掛けてぶん投げた。

 その行為に俺は驚き、思わず口を開いてしまった。
 謎の物体は超速球でスポンと、俺の口内へストライク。
 なんか暖かくて、フニャフニャしている。
 恐る恐る、舌先で確かめると、微かに甘い。
 グミか。

「私語は慎めったろ! で、質問はなんだ」
 こんのやろうが、きたねぇもん食わせやがって。
 グミを飲み込んでから、こう言った。
「失礼ですが、先生たちにとっては何もいいことないじゃですか?」
 俺がそう質問すると、宗像先生はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、妖しく微笑む。

「だあっはははは! それなら心配ご無用だ! 私たち一ツ橋高校の教師たちはみんな、お前らに今月の給料をぶっこんでやったからな!」
「は?」
 ちょっと、言っている意味がわかんない。
「つまりだな。この運動会は賭け試合だ。勝った高校の教師は今月の給料が二倍になっちゃうんだ!」
 クソじゃねーか。違法だ!

 俺は開いた口が塞がらなかった。 
 宗像先生は「だからお前ら絶対に勝てよ」と脅しをかける。
 
 それまで沈黙していた光野先生がやっと口を開く。

「えー、宗像先生のおっしゃった通りだ。私もこの前、高額な楽器を借金してまで購入したからな……。すまんが、三ツ橋の諸君には死ぬ思いで頑張って頂きたい」
 うん、こいつもクソ教師だったのか。
 終わってんね、この学校。


 
 

 一通りのブッ飛んだ説明を受けると、生徒会長の石頭君が俺に言う。
「さ、選手宣誓をしましょう。新宮くんは僕に合わせてくれればいいので」
「ああ、了解した」
 なんで俺たち、一ツ橋の奴らには事前情報がないんだ?
 三ツ橋の奴らだけ、把握してるのがムカつく。
 きっと、宗像先生のことだから、俺たちに伝えるのを忘れてんだろうな。


 石頭くんが一歩前に出る。マイクの前で手を掲げる。
 俺も慌てて、彼の隣りに立ち、同様の行動をとった。
「宣誓! 僕たち~」
 と彼が叫ぶ。
 あ、次は俺が言うのか。
「私たち~」
 ちょっと待て。このセリフは女の子の役だろ。
 俺のそんな疑問を無視して、石頭くんが続ける。
「生徒たちみんなは~ 日頃の練習の成果を~」
 あれ? また俺がつなげるの?
 どう言えばいいかな?

「仲間たちと協力し~」
 うむ、こんなもんだろ。定型文は。
 すると石頭くんが俺を見て、ニヤリと笑った。
 きっと「グッジョブ」と伝えたかったのだろう。

「裏切り、騙しあい、滅多糞にぶん殴り、蹴っ飛ばして……」
 おいおい、なにを言いだすんだよ。
「誠心誠意、殺し合いすることを誓いますっ!」
 石頭くんが壊れた。
 なに恐ろしいことを言ってんだよ……。

 言い終えると、ヒューッと冷たい横風が俺たちの前を通り過ぎる。
 砂が目に入った。
 殺伐とした空気の中、宗像先生は腕を組んで、上から俺をギロッと睨んだ。

「よくぞ言った! お前ら、最後の一人になるまで殺し合え!」
 教師のいう事じゃねー!

「では、これにて開会式を終了する」
 こんな世紀末な式典は初めてだよ。


    ※

 とりあえず、式を終えると、俺たち一ツ橋の生徒たち、それから全日制コースの三ツ橋の生徒たちは二つにグループ分けされた。
 一ツ橋が紅組、三ツ橋が白組。
 その証拠に俺たちは帽子を全部、赤色にそろえる。

 運動場に白いラインが楕円形に描かれる。
 光野先生がTバック姿で、引いてくれた。

 紅組が左側、白組は右側。
 双方、白線の外側で固まって座る。
 次の指示が出るまで、各々先ほどの話で盛り上がる。

「なあ、タクト。本当に人を殺さないとダメなの?」
 涙を浮かべて、俺に相談してくるミハイル。
「そんな訳ないだろう……間に受けるな、ミハイル。普通に勝て」
 悪ノリがすぎて、純朴なミーシャが困っているんだろうが。

「ねぇ、琢人くん。優勝したらなんでも願いが叶うんだよね!?」
 鼻息を荒くして、興奮するのは北神 ほのか。
 体操服が小さいようで、胸がパツパツだ。
 キモッ。
「あれは、宗像先生が俺たちを勝たせたいがために言ったウソだろ」
 誰が信じるか、生徒たちを賭け試合にするクソ教師のことを。
「わかんないじゃん! 私だったら、図書館にBL本を大量にぶち込みたいって願いにするわっ!」
 ナニ言ってんだ、コイツ。そんな生臭い書物は学校が許すわけないだろうに。

「あーしは彼氏が欲しいかな~」
 驚いた。『どビッチのここあ』らしからぬ、可愛らしい発言だ。
「なんだ? 花鶴はそんな願いでいいのか?」
 おめーさんは、いつでもパンツをモロ出しだから、きっとそういう悩みごとはないと思ってたよ。
 セ●レには苦労しないだろう。
「そりゃ、あーしだって彼氏欲しいっしょ。男らしい野郎がいいかな~」
「へ~」
 どうでもいいと、鼻をほじる。

 それを横で聞いていたミハイルが、急に立ち上がる。
「タクトは男らしくないよ。ものすごく汚くて女々しいヤツだからな! ここあは狙っちゃダメだゾ!」
「ブッ!」
 思わず、唾を吐きだす。
 近くにいた日田の兄弟に顔射してしまった。
「なに、マジになってんの? ミーシャってば」
 花鶴は腕を頭の後ろにやり、腰を伸ばす。
 丈があってない体操服がめくりあがり、ブラジャーが露わになる。
「ちゅーこく! タクトは変態だから願うなよ!」
 オレってアンナちゃんを含めて、ミハイルにそんな風に見られてたんだ。
 ちょっと軽くショックだわ。
「ハァ? 変なミーシャ。それに願いごとを決めるのはあーしっしょ♪」
 鼻歌交じりで去っていく。
 後ろ姿を見せると、俺はため息をつく。
 こいつもはみパンしてらぁ。ブルマは身体が大きい人には向いてないな。


 宗像先生の言った『願い事』でガヤガヤとにぎわう。
 そんなことをしていると、準備が整ったのようで、運動場に白いテントが設置されていた。
 テントの中には横長のテーブルにパイプイス。
 一列になって、宗像先生、光野先生が座っていた。

 スピーカーから酒やけしたガラガラ声が流れる。

「あー、では第一種目、『ファイナルデッド二人三脚』を行う!」
 なんだよそれ。ただの二人三脚だろ。

「すぐにペアを作るように! 尚、本種目は早いもの勝ちだ。四つのペアを走らせ、一番最初にゴールしたものが次の試合に進める。その他の奴らは脱落、つまり死亡だ」
 だから死なないだろうが。

「なるほど、二人で勝ち残ればいいわけか……」
 俺が情報を整理していると、ミハイルが俺の腕に抱き着く。
「タクト! オレとペアを組もうぜ☆」
「ああ……」
 組まないと殴られそうだもんね。


    ※

 俺はミハイルの細くて白い脚に、紐を通す。
「あひゃっ、くすぐったいよ☆」
 変な声を出すな。ドキッとするだろうが。
 彼の右足と俺の左足を密着させ、紐で固定する。

「勝つぞ、ミハイル」
「うん☆」

 俺たち以外にレースに出場したのは、一ツ橋から日田兄弟。
 それから三ツ橋の吹奏楽部の女子二人、あとは生徒会のおかっぱ女子組。

 光野先生がスタートラインに立つ。
 もちろん、パンツ一丁で。
 夕陽が落ち、辺りは暗くなりだす。

「よおい……」
 ピストルの音が運動場に鳴り響く。
「ドン!」

「いくぞ、ミハ……」
 言いかけた時は既に遅かった。
「うぉおお!」
 ミハイルは全速力で、走り抜ける。
 他の連中なんか、全然追いつけないほど。
 もちろん、この俺もだ。

 つまり、どういう状態かというと、馬にロープをかけて引きずり回されているようなものだ。
 ミハイルの速度についていけなかった俺は、地面に顔を叩きつけられる。
「いってぇ! ちょっ……グヘッ…待って!」
 だが、俺のそんな叫びもむなしく、彼の耳には届いてない。
「負けないゾぉ!」
 両腕をブンブン振り回して、走り抜ける。
 その度に、俺の頭が上空にバウンドしてはまた地面に直撃する。
 なんて馬力だ。
 
 もう処刑に近い。

 口の中が土でいっぱいになった頃、やっとのことで彼が足を止める。
 俺はよろよろと立ち上がった。
「ゴールしたのか?」
 土をペッペッと吐きだしながら、ミハイルに聞く。
「ううん! まだだよ! 変な箱が置いてある」
「箱?」
 目の前を見ると、机の上に青いプラスチックのケースが。
 箱の中は白い粉で埋もれていた。

「なんだこれ?」
「ああ、こりゃアレだな。アメ食いだ。この砂の中にアメが入っているから、手を使わずに口で探せ」
「わかった!」
 俺とミハイルは同時に顔を突っ込む。
 目をつぶると、唇の感触だけで固形物を探し出す。

 ミハイルの行動は確認できないが、きっと彼なら大丈夫だろう。

「ペロッ、チュッチュッ……んんっ…プハッ! ハァハァ…」
 なんだ? 隣りからめっちゃいやらしい音が聞こえてくる。
「んん……も~う、なにこれぇ。んん、チュッチュッ…」
 俺はアメ探しどころでは、なくなっていた。
 耳をすませば、聞こえてくる。このエロチックな咀嚼音。

「んちゅっ、ぱぁ……レロレロ、んっ、ちゅちゅ……」
 なんか音がどんどん俺の方へ近づいてくる。
 まさかな…嫌な予感が走る。
 俺だけでも先にアメをゲットして、顔を上げようと急ぐ。

 負けじと、その音も早くなる
「レロレロ……」
 クッソ! 中々、見つからないな。
「んっ、ハァハァ……チュッチュッ」
 迫りくる可愛い声。
 ヤバい!

 カプッ!

 やっと見つけた。
 前歯でしっかり固定すると、勢いよく顔をあげる。
「プハッ!」
 どうにか、彼が近づく前にアメをゲットできたな。
 ん? なんかアメが重たく感じる。
 何かこう、横に引っ張られるような……。

 白い粉で視界が覆われていたので、よくわからなかったが、微かに「ハァハァ」と誰かの吐息を感じる。
 瞼をパチパチさせて、粉を落とす。
 すると徐々に、視界が回復してきた。

「タ、タクトぉ?」
「あ……」

 寸前だった。
 俺とミハイルは接吻する直前で、静止していた。
 そう、一つのアメを二人でかじっていた。

 気がついたミハイルは驚いて、歯の力を緩める。
 自然とアメは俺の口に入り込んだ。
 ビックリしていたのは、彼だけではない。

 俺は思わず、アメを飲み込んでしまった。

「食べ、ちゃったんだ……」
 彼は頬を赤くして、俺を見つめる。
 これは事故だ。
 だが、彼と唾液交換してしまったことも事実だ。

 
 その後、俺とミハイルはめちゃくちゃ突っ走って、首位を獲得できた。
 まるで全てを忘れたいがために……。
 

 二人三脚のレースは終了し、勝利したペアが次の種目へと出場できることになった。
 生徒の三分の一ぐらいが脱落。
 テント前にはスコアボードが立てられている。
 白組である三ツ橋が9点。紅組である一ツ橋が8点。
 五分だな……。

 宗像先生がマイクを手に持つ。
「続いて~ 第二種目! 『死ぬまで帰れ騎馬戦』を始める!」
 だから、なんで戦って天国にいかないといけないんだよ。
 死ぬのが前提とか、ヴァルハラか?

「先ほどとは違い、四人でグループを作れ!」
 
「またか……めんどくさいなぁ」
 ふと後ろを振り返る。
 そこには赤い帽子を被った華奢なブルマ姿の少女……じゃなかったミハイルが。
 何やらニコニコ嬉しそうに笑っている。
 しかも、俺の背中にぴったりと胸をくっつけている。
 ドキドキしちゃうからやめてね。

「タクト! もちろん、オレと組むよな☆」
 目をキラキラと輝かせて上目遣い。
「ああ……」
 どうせ断ったら怒るんだろ。

「はいはーい! あーしも混ぜてまぜて~♪」
 そう言って手を振るのは、花鶴 ここあ。
「えー。オレとタクトの二人でじゅーぶんだっつーの」
 いや、騎馬戦はふたりじゃ無理だってーの。
「いいじゃん、ダチだろ~ ミーシャってば~」
 そう言うと花鶴はニヤニヤ笑って、自身の胸をミハイルの顔にグリグリとくっつける。
 やられた本人はすごく嫌そう。
「やめろよ、ここあ! キモい!」
 ひどっ! 仮にも幼馴染の間柄なのに。
「あ、年上のあーしをそんなん言うのはこの口かぁ~?」
 花鶴は何を思ったのか、ミハイルの頬を片手で掴み、力を入れる。
 するとあら不思議、彼の小さな唇がぶに~っと前に出る。
 おちょぼ口してるみたい。
 ちょっと、かわいいかも。
 いいなぁ、俺もやりたいわ。

「だに、ずずんだよぉ! ごごあ!」
 両腕をブンブン振り回すが、彼の手が花鶴に当たることはない。
 身長の差だ。
「ハハハッ! あーしを仲間外れにしようとするからっしょ♪」
 あのミハイルを片手で制御するとは……さすがどビッチのここあさん。

 そこへ一人の巨人が現れる。
 頭が禿げあがったおっさん。

「お前ら、仲間割れしてる場合じゃねぇだろ!」
 コツン! と二人の頭を小突く。
「キャッ」
「いってぇな」
 ミハイルの方が女らしくて草。

「タクオ! 俺も加勢するぜ」
 そう言って、親指を立てるのは千鳥 力。
「リキ! お前までオレたちの邪魔すんのかよ! 二人でじゅーぶんなのにっ!」
 いや、だから無理だって。
 ルール、わかってんの? この人。

「ああ、これでちょうど四人だな。そうしてくれ」
 半ばどうでもいいと言った感じで答えた。
 人に声をかけてメンバーを集めるのも一苦労だしな。
 ミハイルと昔から仲の良いこの二人なら、連携も取りやすいだろう。

「もう、タクトのバカッ!」
 俺の思惑とは裏腹に、ミハイルは不機嫌そうに地面を蹴り上げる。
 なんで怒ってんだ?
 あれか、女子の北神 ほのかとか欲しかったのか?
 一応、あいつも可愛いし。一応、おっぱいもデカいし。ただ、変態だけど。

    ※

 俺たちは役決めをするまでもなく、配置は自ずと決まる。
 先頭の騎馬が千鳥、そして後尾の騎馬役が俺と花鶴。
 そして肝心の騎手はミハイルだ。

 各々、準備が整ったところで、宗像先生からルールが説明される。

「この競技に関してだが、至ってシンプルだ。一つでも相手の帽子を奪ったグループは勝ち。そのまま三種目に出場できる! 勝負がついた時点で勝っても負けても退場してもらう!」
 
「ふむ、本来の騎馬戦とは違って、団体戦ではないのか……」
 あごに手をやり、作戦を考える。
 すると、誰が俺の肩をポンッと叩く。
「タクト☆ オレがついってから負けないって☆」
 ウインクする天使が一人。
「わかった、頼んだぞ。ミハイル」
「うん☆」

 俺は前から見て、左側の騎馬役になった。
 右手を先頭の千鳥と繋ぎ、鐙をつくる。
 反対側の手で彼の肩に手を当て、騎手役のミハイル様の鞍が出来上がり。

「よぉし、三人とも! 気合入れろよな☆」
 そう意気込み、彼は軽々と地面から跳ね上がる。
 ストッと腰を下ろし「立っていいゾ☆」と叫ぶ。
 命令された通り、俺たちはミハイルを乗せて立ち上がった。

 そこでやっと気がつく。
 彼のブルマが……いや、小さな桃のような尻が、俺の左腕にぴったりくっついていることに。
 思わず、生唾を飲み込む。
 だって目の前に女子のブルマが……あ、いや男だった。

 俺の邪な考えを察知したのか、ミハイルが振り返る。
「タクト!」
「え……」
「気張れよな☆」
「あ、はい」
 なぜか敬語。
 だって別の意味で緊張して、ドキドキしちゃうもん。
 試合どころではない。


 そうこうしているうちに、ピストルの音が鳴り響く。

「はじめぇい!」


「リキ! あそこのグループに向かってくれ!」
 ミハイルが指をさして、千鳥に命令する。
「おし、まかせろ! タクオ、飛ばすからちゃんとついてこいよ」
「ああ……」
 俺はどこか上の空だった。
 頭の中はミハイルちゃんのブルマとお尻でいっぱい。

「いっけぇ!」
 ミハイルの叫び声と共に、千鳥の手に力が入る。
 瞬間、激しい豪風が目の前を舞う。
 気がつくと、俺は一人で立っていた。

 というのも先頭の千鳥が先走りしすぎて、俺だけついていけず、伝説のヤンキー三人だけで敵陣に突っ込んでいく。
「あらら……」
 一人、運動場で置いてけぼり。

 こんなところでも俺はぼっち、放置プレイを楽しまないといけないのか?

 ミハイルたちはもう遠いところで、頑張ってらっしゃる。
 騎馬戦って3人でもやれたんすね。
 初めて知りました。

 俺はその場で体操座りする。
 半分、涙目だけどな。


 数分後、ミハイルたちが帰ってきた。
「あれ、タクト。そんなところにいたの?」
 片手に白い帽子を持って。

 見上げると、ミハイルの金色に輝く長い髪が眩しく感じた。
「すまん、力不足だったな……」
 完全にすねていた。
 置いていかれたことに。

「アハハ……気にすんなよ、タクト。勝てたからいいじゃん☆」
「そうだぜ、タクオ! 無能もスキルの一つだぜ?」
 おい、ハゲ。お前いま俺のこと無能って言ったか。
 ぶち殺すぞ!
「オタッキーてば、あれじゃね。自家発電のしすぎでバテてたんじゃね?」
 違うわ! Me Too運動起こすぞ!
「え? タクトってば、こんな時もレンジでお菓子作りしたかったのか」
 頭痛い……。

「ミーシャ、オタッキーはあれだよ。ブルマで興奮したんっしょ♪」
 ケラケラと品のない笑い方だ。
 しかし、当たっている。
 見ていたのは女子じゃなく、男子のミハイルだが。
「えぇ、ブルマって、ただのたいそーふくだゾ?」
 純真無垢なミハイルちゃんには、ブルマの尊さが理解できてない。

「あーしが魅力的すぎんしょ♪」
 頼んでもないのに、尻を突き出す。
 いや、断じてお前じゃない。
 それを聞いたミハイル殿が顔を真っ赤にする。
「なんだと! タクト、ここあのブルマをそんな目で見てたのかよ!」
 違うって、あなたの見てたんだよ。
 それを面と向かって、言えってのか?

「違うよ……」
「じゃあ誰のブルマ見てたんだ!?」
 なにこの尋問、死にたい。
「言ってやれよ。タクオ……おめーも男だろが」
 千鳥、男だからこそ、言えないよ。

 俺は立ち上がって、ズボンについた砂を手ではらう。
 ミハイルは未だ、千鳥と花鶴たちの上に乗っかっている。

 聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

「見てたのはお前……だよ」
 頬が熱くなるの感じた、と同時に背を向けて退場する。

 チラッと、彼を見たが「へ?」といった顔して、首をかしげていた。

「おまえってことは……オレ?」
 自身の顔を指差してはいるが、理解できてないようだった。
 お馬さんの二人は、顔を見合わせて答えを探る。
「タクオは一体誰の尻を見てたんだ」
「リキのケツじゃね?」

 それはない。



 

 第二種目の騎馬戦は俺抜きで、勝利してしまった……。
 スコアボードを見ると、我が一ツ橋がリードしていることが確認できた。
 白組の三ツ橋が13点、対して紅組の一ツ橋は15点。

 どうやらヤンキーたちが、かなり頑張ってくれているようだ。
 それもそのはず、なんたってMVPには一年分の単位贈呈だからな。
 反則すれすれの行為もいとわない。
 時には殴ったり蹴ったりして、勝利を手にする。
 極悪非道な生徒たちだもの、相手選手がかわいそうに思える。

 その甲斐もあってか、真面目な三ツ橋の生徒たちは騎馬戦でかなり脱落していた。
 

「おお、この調子なら勝てるかもな……」
「うん☆ 正義は勝つもんな☆」
 屈託のない笑顔で拳を握るミハイル。
 いや、悪は絶対こっち側だと思う。
 三ツ橋の学生が、いたたまれない。


 宗像先生がマイクを握る。
「えー、次はまたペア種目だ」

 またかよ。
 バトルロワイヤル形式はどうなったんだ?
 基本、個人プレイだろ。

「第三の種目は題して、『地獄の頭かち割っちゃうよ、逆立ちロワイヤル』だ!』
 まーたアホな名前つけやがって。
 いちいち死を連想させるような名称にすんな。

 残った生徒たちは、互いの高校合わせて半々ぐらい。
 この試合に勝てば、団体戦では一ツ橋が自ずと勝利するだろう。
 今回もヤンキーたちが、暴力行為を働くのは間違いない。
 まさか、これらを見越しての賭け試合なのでは?


 そんな考えにふけっていると、誰かが袖を引っ張る。
「タクト! また二人で組もうぜ☆」
 振り返ると、何やら嬉しそうな天然の金髪ヤンキー少年が。
 てか、運動会始まってから、ずっとこいつと一緒にペア組んでるよな。
 ま、いいけど。
「ああ、そうだな…」
 断ると殴られそうだから。脅迫に近いよね。
「頑張ろうぜ!」
「お、おお……」
 超やる気ゼロ。

 
 各自ペアを組んで、グラウンドに集合した。

 俺とミハイル。花鶴と千鳥。それから先ほどの騎馬戦で暴力行為が目立ったヤンキーたちが数組。
「ほぼヤンキー組が勝ち残ったか……そりゃそうだよな」
 よく見ると、一ツ橋の真面目な生徒は俺だけじゃないか。
 ため息をついて、その光景に呆れる。
 すると、誰かが声をかけてきた。

「琢人くん! 良かった。私たち勝ってるね♪」
 振り返ると、そこにはパツパツの体操服を着た巨乳眼鏡が。
 北神 ほのか。
 こんな奴が勝ち残っているとは、同じ真面目組として屈辱だ。
「ほのか、お前もか」
「あったり前じゃん! 『なんでも一つだけ叶えちゃう権』でこの高校をBL本まみれにするまで私は……死ねない!」
 いや、お前は一度、頭かち割って死んで来い。
 そんな18禁を、高等学校に入れるわけにはいかん。

「そ、そうか……ところで、ほのか。お前ペア組む相手いないじゃないか?」
 ほのかは一人で立っている。
 連れの姿が見えない。
「それなら、大丈夫! すごい人と組んだから♪」
 胸を張って偉ぶる。
「誰だ?」
 俺がそう言った瞬間だった。

「アタシよ!」

 キンキン声が耳の中に鳴り響く。
 うるせぇ。
 誰かと思って、辺りを見渡す。
 
 砂埃が舞う中、一人の少女がこちらへとゆっくり向かってくる。
 前髪パッツンで揃えた、日本人形のような長い黒髪を揺らせて歩く。
 美人の部類なのだろうが、それよりも表情がきつい。
 誰だっけ?

「このアタシ、芸能人の長浜 あすかが来たからには安心しなさい!」
 あ、そうだ。
 自称、芸能人の痛い子だ。

「ああ……」
 俺はすごくどうでもいいと言う顔で、反応した。
「ちょっと! ああってなによ! あなた、この前アタシの握手会に来たでしょうが!」
「いや、あれはたまたまだろ?」
「キーッ! アタシのガチオタのくせして!」
 違います、事実を湾曲しないで下さい。


「つまり、ほのかは長浜と組むのか?」
「ええ。トップアイドルのあすかちゃんがいるなら百人力よ!」
 一人の力にも満たないと思われます。
「そうよ! こう見えてアタシは中学校で体育の成績いいんだから」
「へぇ~」
 どこまで本当の話なんだか。
「ちょっとぉ! 疑う気なの!? なんならググりなさいよ!」
 だから、なんでもググって個人情報出たら怖いだろ。
 あなたはほぼ素人レベルの認知度なんだから。


       ※

 相手側の選手は……。
 水泳部から姫と王子ペアの赤坂と福間、それに生徒会長の石頭くんとおかっぱの女子、吹奏楽部の女子生徒が二人。
 かなり人数、減らされたな。
 もうこっちの勝ちでいいんじゃないか?


「では、皆の者! 準備はいいかぁ!?」
 よくねーよ、なんで毎回、説明を受けるんだよ。
 事前に情報をちゃんとくれや。
 勝てるもんも勝てないぜ。

「本種目は持久戦だ。一人が逆立ちをして、相方が両足を持ち支えろ! 力尽きたら脱落だ! 残った二組が決勝へといける!」
 なるほど、やっとアホみたいな運動会ともおさらばか。
 さっさと勝って終わっちまおう。

 だが、残念ながら俺は体力に自信がない。
 自然とミハイルが、逆立ちすることになった。
 俺は彼の細い脚を持てばいいだけなのだから、こりゃ楽だ。

「よーい……はじめいっ!」

 宗像先生の掛け声と共に、一斉に皆、逆立ちを始めた。
 支え手はほぼ、男子。
 やはり体重が軽い方が、逆立ちを選ぶようだ。

「うん……しょっ!」
 ミハイルが俺に向かって両脚を放り投げる。
 それを上手くキャッチした。
 彼の白く透き通った美しい素肌を拝めた。

 しばらくすると、ミハイルの身体がふらつく。
「んん……けっこう、キツッ……ああっん!」
 変な声を出すんじゃない!
 なんだか別の意味でドキドキしてきた。

 ふと隣りの奴らを見る。
 花鶴と千鳥コンビだ。
 だが、彼らにはどこか違和感を感じる。
 それもそのはず。
 逆立ちしているのが、男の千鳥。
 その太くてゴツい足を、女の花鶴が細い手で軽々と支える。

「ふお~ 頭に血がのぼっちまうぜぇ~」
 ホントだ。つるっぱげが、ゆでダコになってる。
「ハハハッ! 頑張るっしょ、ハゲ野郎」
 花鶴は時折、片手だけで支え、反対の手で脇をかいている。
 なんて酷い扱いだ。

 そのまた隣りを見れば、異様な光景が……。
 アイドルの長浜 あすかが支え手になり、北神 ほのかが逆立ちしている。
 そこまでは普通なのだが。
 ミハイルや千鳥が苦戦しているなか、ほのかは平然としている。
 むしろ、どこか楽しそうだ。

「うへへっ……あすかちゃんのブルマがタダ見できるなんてぇ……」
 彼女は顔を赤くすることはない。が、鼻から大量の血を吹き出している。
「うーん、まだなの~ アタシは芸能人なんだから、こんな力仕事向いてないのよ!」
 支えている長浜の方が辛そうだ。
 目を閉じて、必死にもがいている。
「ハァハァ……」
 相方のほのかと言えば、逆立ちしながら、長浜 あすかのブルマを下からのぞいていた。
 変態だ。


 ~それから10分後~

 次第に、みんな力尽きていく。
 隣りの千鳥は花鶴が飽きて、両手を離してしまい棄権。
 変態行為に走った北神 ほのかが大量出血で、退場。
 他のヤンキー達も持久戦には弱いようで、お得意の暴力で相手をねじ伏せるわけにもいかないから、早いうちに脱落してしまった。

 今回の試合の方が、全日制コースの三ツ橋に分があるようだ。
 瞬発力に長けたヤンキーたちよりも、日頃から部活で鍛えている真面目な子たちの方が体力がある。
 気がつけば、一ツ橋のペアは俺とミハイルのみだ。

 相手側は水泳部コンビと、生徒会の二組。

「ただいま、15分経過~」
 宗像先生は非情にも生徒たちの顔が真っ赤になっても、一向に辞める気配がない。
 ずっと時間を測っているのみ。


「負けないわ! 絶対にMVPとって、新宮センパイと新聞デートするんだからぁ!」
 と叫ぶのは赤坂 ひなた。
 だから、バイトしたいなら面接にいけよ。
 それを屈強な身体で支えるのが、福間 相馬。
「頑張れよ、赤坂ぁ……ふぅふぅ…」
 何やら息遣いが荒い。
 よく見ると、上からひなたのお股を直視している。
 どこもかしこも、変態ばかりだな。


 そのお隣りは三ツ橋の代表でもある石頭 留太郎くん。
 彼は目をつぶって微動だにしない。
 おかっぱの女子に両脚を持ち上げられ、空中で浮かんでいる。
 そう、彼は両手を地面につけず、合掌しているのだ。
「南無阿弥陀仏……」
 即身仏にでもなる気ですか?

 
 ミハイルのことが気になって、声をかける。
「大丈夫か、ミハイル? もう負けてもいいぞ」
「絶対にイヤだ~! オレもMVP欲しいもん!」
 お前まであんなアホな願いを信じているのか。やめとけ。

 その時だった。ミハイルの声が裏返る。
「ヒャッ!」
 何やら異変が起きたらしい。
「どうした? キツいのか?」
「ち、ちがう……何かが、ああんっ!」
 妙に色っぽい声で喘ぐ。
 それを聞いて、俺は心臓がバクバクする。

「一体どうしたんだ?」
 ふと下を見てみる。
 目に入ったのは、紺色のブルマ。
 そして、生まれて初めて見た女の子のお股……じゃなかった、男の股間。
 俺が両足を広げているため、見放題だ。
 なんてことだ。
 絶景、絶景。
 スマホがあれば、この至近距離で写真を撮って永久保存しておきたいぐらいだ。

 だが、そんなことも言ってられない。
 なぜならば、ミハイルの美しい太ももに、ちょこちょこと動き回る黒い物体が見えたからだ。
 クモだ。
「ひ、ひゃん! くすぐったいよ! 倒れちゃう~!」
 ミハイルは予想しなかった来客に、己の身体をくねくねと動かして悶絶する。
「タクトォ……虫、取ってぇ!」
 ええ!?

「い、いいのか? 俺が触っても?」
 なんだか背徳感が。
「早くしてよぉ! あぁん、倒れちゃう~」
 まったくいやらしい声で喘ぎやがって!
 
 俺は言われた通り、右手でミハイルの太ももに手を伸ばす。
 クモは意外と素早く、ササッと下へ下へと降りていく。
 ヤバッと思ったころにはもう遅かった。
 ちょこちょこと動き回った後、たどり着いたのはお山のてっぺん。
 つまり、ミハイルのもっこりはんだ。

「うう……」
 同性とはいえ、さすがに『ここ』に触れるのは躊躇する。
「タクト、早く! 負けちゃう~よぉ」
「ええい! 我慢しろよ!」
 勢いよく、平手で少し膨らんだブルマを叩く。

「あぁん!」
「……」
 
 クモは地面に落ちると、スタコラサッサーと逃げていった。

「ハァハァ……ありがと。タクト……」

 こちらこそ、なんかありがとうございました。


  



 
 

 第三種目である『地獄の頭かち割っちゃうよ、逆立ちロワイヤル』は、30分以上も苦戦を強いられた。
 ミハイルもクモの乱入でトラブルなどもあったが、どうにか耐え抜いた。
 対する三ツ橋高校側は、ひなたと福間のコンビが勝ち残った。

 余裕と思われていた生徒会長の石頭くんは、念仏を唱えている最中に血の気がなくなり、危うく即身仏になりかけてしまう。
 見兼ねた光野先生が、彼を棄権させたのだ。
 本当に命をかけてしまったんだな。バカな生徒会長。


 決勝戦に残ったのは、一ツ橋から俺とミハイル、三ツ橋からひなたと福間。
 
 宗像先生が、グラウンドに入ってくる。
 二つのフラフープを地面に置く。
「青色は男子、ピンク色は女子だ」
 は? いきなり何を言いだすんだ。この人は。

 俺たち生徒が訳が分からないといった顔で、ポカーンとしている。それを見た宗像先生が「早く入らんかっ!」と怒鳴る。
 要領を得ない俺が、先生に声をかける。

「フラフープの中に入れってことですか?」
「そうだ。男子の新宮と福間は青。女子の古賀と赤坂はピンクだ!」
「あ、わかりました……」
 先生にそう言われて、黙って福間とフラフープの中に入る。
 ミハイルとひなたも同様だ。
 てか、ちょっと待てい!
 なんで男子のミハイルがピンクに入ってるんだよ!

「宗像先生、ミハイルは男ですよ?」
 俺がそう言うと、先生はギロッとこちらを睨む。
「あぁ? 仕方ないだろ……他に女子がいないんだ。古賀は男だけど華奢だし、女の子相手にちょうどいいじゃないか」
 いや、ミハイルさんは物凄いバカ力なんで、ひなたはボコボコにされますよ。
 なんの試合するのか、まだ聞いてないからわからんけど。
「しかしですね、公平性が……」
「やかましい! とっと始めるぞ! 早く運動会終わらせないと、グラウンドの照明が落ちるんだよ!」
 先生にそう言われて、ふと運動場の時計に目をやる。
 もう夜も遅い。
 既に運動会が始まって3時間以上が経っていた。
 夜の10時半を超えている。
 あっれ~、おかしいな。
 なんで未成年の俺らが、まだ学校に残っているんだろうね?
 そっか、このアラサーのくせして、ブルマ履いているバカ教師のせいだね。

「ハァ……」
 反論する余力もなくなってきた。
 というかバカバカしい。

「んじゃ、仕切り直しだ!」
 そう言うと、宗像先生はマイクを片手に持つ。
「貴様らっ! これで最後だ! ただいまから決勝戦をはじめるっ!」
 なぜかプロレスの司会者みたいな盛り上がりだ。
 それに反して、生徒たちは疲れきっていた。

「「「おお……」」」
 やる気ゼロ。
 何人かは疲れて居眠りしている。
 そりゃそうだよな。もう深夜に近い時間だもの……。
 虐待だよ、生徒虐待。


「ルールの説明は不要だ! フラフープの中から先に出た方が負け! それ以外は何をしても良し! 殴ろうが蹴ろうが、ブチ殺そうが、死ぬまでやり合え!」
 ファッ!?
 なにを言いだすんだ。
 反則どころか犯罪じゃねーか。
 ファイトクラブやりにきたんじゃないぞ、俺たちは。

「では、見合って見合って……」
 宗像先生はどこからか、軍配を持ってきて、それを構える。


 目の前に立ちそびえる巨人……に見えたのは、福間 相馬。
 以前、こいつとはひなたの件で一発やられたからな。
 負けたくはない。
 ただ、俺より身長が10センチ以上は高いし、たくましい筋肉で覆われた鎧を装備してやがる。
 自慢じゃないが、俺は弱い。
 小学校の時だって、ドッジボールは逃げ専門だ。

「よぉ、新宮! 運が悪かったな、この水泳部の王子様が相手でよぉ」
 上から俺をのぞき込む。
 指をポキポキ鳴らして、威嚇のつもりなのだろう。
 てか、自分で王子様とか痛いやつだな。
 そんなんだから、ひなたに好かれないんだぞ。

「くっ! 福間か……暴力はやめにしないか?」
 冷や汗が出る。
 こいつと力比べして、絶対に負ける自信ならある。
 何か策はないか?
「ぼーりょく? さっき若くて美人の蘭ちゃん先生が言ってた通りだ。これはスポーツなんだから、先生の説明したルール内なら反則にはならないぜ?」
「なん……だと?」
 洗脳されてやがるぜ。
 しかも、こいつ宗像先生のことをやけに褒めちぎっているな。
 あ、福間と初めて出会った時、先生のことを「BBA、オワコン」だとか言って締め上げられてたな。
 恐怖によるマインドコントロールか。
 なんてことだ。
 敵はアラサー教師にあり!


 頬から汗が零れ落ちる。
 ヒューッと強い風がグラウンドを通り抜ける。
 しばしの沈黙のあと、ピストルの音が鳴り響く。

「始めいっ!」

 宗像先生の声と共に、福間が両手を左右に広げる。
 長い腕で俺を囲い込む。
 逃げられなくなってしまった。

「さあ、新宮。ラブホの続きをヤろうぜ」
 ちょっとその言い方やめてくれませんか。
 なんだろう、俺と福間くんが二人でラブホに行ったように聞こえるから。

 隣りから奇声があがる。
「ええ!? タクト、そいつともラブホに行ったの?」
「センパイってそっちだったんですか!?」
 お前らいい加減にしろ!
 当事者の貴様たちに言われたくない。
 俺は被害者だ。


 だがしかし、困ったものだ。
 福間に弱点という弱点は見当たらない。
 悔しいが、こいつには正攻法で勝つことはできないだろう。
 ならば、俺の得意とする心理戦だな……。
 

「福間……ちょっと、話いいか?」
「あ? 殺し合いの最中だぞ? なめてんのか!?」
 だからもうその命の掛け合いはやめにしましょ。
「お前、ひなたのパンティーの色……知っているか?」
「な!? いきなり、な、何を言いだすんだ?」
 明らかに動揺している。
 そうだ、こいつの弱点は想い人である、赤坂 ひなただ。

「俺は知っているぞ。あいつは俺と同じで物事を白黒ハッキリさせないとダメなタイプでな……」
「なんだって!? つ、つまり新宮が言いたいのは……」
「そう。ヤツのパンティーの色は……」
 言いかけて、咄嗟に指をビシッと指す。
 その方向は隣りで試合をしていた赤坂 ひなた。

「あ! 福間くん、アレを見て! ひなたちゃんがはみパンしてるよ!」
「えぇ!?」
 首をグリンっと横に向けた。
 リーチが長い腕も力が抜け、ダランと垂れる。
 その隙を逃さない。
「フンッ!」
 腰に力を入れて、全身を福間めがけて叩きつける。

「わっ……」
 あえなく福間 相馬は円陣から落ちてしまった。
「フッ、勝ったな」
「騙したな! 反則だぞ、新宮!」
 負けてしまった福間は、地面に尻もちをついていた。
 よっぽど、ひなたのパンティが気になって仕方なかったのだろう。

「宗像先生は何でもアリだと言っていたろ? これも兵法の一つよ」
 腕を組んで、見下す軍師、新宮 琢人。
「ずっこいぞ! せめて赤坂のパンティーの色を教えろよ! いや、教えてください!」
「自分で頑張ることだな……」
 まさか俺が勝ってしまうとは。


 勝利の余韻に浸っていると、隣りから「フンギャッ!」と悲鳴が聞こえてきた。
 目をやると、赤坂 ひなたが地面に倒れていた。
 口から泡を吹いて、白目。
 お股をガッパリと開いて、まるで出産中の妊婦さんみたい。
 どうやら気絶しているようだ。

 ピンクのフラフープの中には、ミハイルがポツンと立っていた。
 呆然とした顔で、人差し指を倒れた赤坂 ひなたの方に指している。

「あ、あれ? ひ、ひなた? 大丈夫か? ちょっと押しただけなのに……」
 指一本であれだけ吹っ飛ばされたの……?
 相変わらずのバカ力だ。
 こわっ。

 そこでピーッと笛の音が鳴り響く。


「勝者! 一ツ橋高校!」
 宗像先生の声がスピーカーから聞こえると、紅組から歓声が上がる。

「ヒャッハー! 反則と暴力とか、悪い奴らだぜ!」
「キシャキシャ……見たか、これがヤンキーの力だぜっ!」
「あとの奴らは皆殺しだぁ!」
 だから殺人しちゃダメ。


「やっと終わったか……」
 フラフープから出て、ミハイルの元へと向かう。
「うん、やったね☆ タクト!」
 ミハイルも俺の方へ歩み寄る。

 ただ、そばでは福間が気絶している赤坂を抱えて、必死に叫んでいた。
「赤坂ぁ! 死ぬな! せめて俺ともう一回ラブホに行ってから死んでくれぇ!」
 こいつ、本当にひなたのことを好きなの?

 俺とミハイルが、勝利を分かち合おうと、握手をかわそうとする。その時だった。

「バカモン! 団体戦では一ツ橋が勝利したが、また個人戦ではMVPが決まってないだろうが!」

 それもそうだった。というか忘れていた。

「両者、再度フラフープの中に戻れ!」

「あ、タクト……」
 ミハイルは名残惜しそうに、手を伸ばしていた。
「仕方ない。ちゃちゃっと終わらせよう。どちらが勝ってもいいだろう? 俺らダチなんだからさ」
 俺がそう言うと、彼は嬉しそうにニカッと歯を見せて笑った。
「だよな☆」

 円陣の中に戻り、再度ピストルが鳴る。

 今度はミハイルとにらめっこ。

 試合が開始した共に、彼の小さな唇が微かに動く。
「なぁタクト」
 俺にしか聞こえないぐらいの声で囁く。
「あん?」
「オレの願い事はタクトの願いだから、この試合、タクトに勝ってほしい」
 そう言って、両手を身体の後ろに回す。
 ブルマに手を当てて、戦う意思がないことを俺に示した。

「つまり俺がMVPになるのが、ミハイルの願い事だってのか?」
「うん☆」
 風と共に、金色の長い髪が揺れる。
 宝石のような美しいグリーンアイズが輝く。
 こんな可愛いヤツを手を出さないといけないのか……。
 イヤだな。
 
 だが、これはミハイルの願いなんだ。
 男の俺がリードしてやらねばな。
 って、なんで女の子扱い?
 まあいい。

「わかった、俺が指一本で軽く押すから、オーバーに倒れてくれ」
「オッケー☆」
 公平な試合ではないが、彼が喜ぶのなら、それもまた本望だろう。

「いくぞ、ミハイル!」
「うん! こい、タクト!」

 俺は右腕を宙にかかげると、勢いよくミハイルに向かって、急降下させた。
 彼にあたる寸前で、スピードを落とし、衝撃を和らげる。
 人差し指を立てると、彼の左胸にブスッと刺す。
 とはいっても、ものすごく弱弱しい力だ。
 攻撃されたミハイルも痛くはないだろう。

 次の瞬間、俺の予想を裏切ることになった。
「な、な……」
 言葉が詰まったように、唇を震わせる。
 顔を紅潮させ、後ろへと隠していたはずの両手はいつの間にか、前に戻っていた。
 その間もずっと俺の指は、彼の胸に突き刺さったままだ。
「どうした、ミハイル。早く倒れちまえ」
 追い込むように、指をグリグリと動かす。

 うつむいて黙り込むミハイル。
「……」
「おい、早く負けてくれよ?」
 尚も俺の指ドリルは動きを止めない。

「どこ……触ってんだよぉぉぉ!」
 
 一瞬だった。
 彼の細くて小さな可愛らしい手が、拳にかわり、俺の顔面に襲い掛かったのだ。
 トラックが正面衝突してきたかのような物凄い衝撃だった。

 俺は気がつくと、夜空を舞っていた。
 星がキレイだ。
 そう思ったころには、鼻から大量の真っ赤な血が吹き出る。
 地面に頭を強く打ち、意識が遠のいていく。

「今年のMVPは古賀 ミハイルだぁ!」

 何やら騒々しいな。
 だが、そんなことよりも眠たくなってきた。
「グヘッ……」
 これが走馬灯ってやつかぁ。

「あ、ごめん。タクト、勝っちゃったよぉ」

 

 ミハイルがMVPを勝ち取り、運動会は無事に終わりを迎えた。
 いや、正確には皆、心身共にボロボロだ。

 俺はミハイルの乳首に触れてしまったようで、グーパンされて鼻血ブー。
 変態眼鏡女子、北神 ほのかはアイドルのブルマをガン見して大量出血。
 生徒会長の石頭くんは、逆立ちを長時間したため、顔が真っ赤になり、気絶。
 赤坂 ひなたは、ミハイルのデコピンで白目を向き泡を吹いている。

 確かに開会式の宣言通り、殺し合いになってしまった。
 結果的だが。
 まあ命はあるので、よしとしよう。

 意識のある者たちは全員、朝礼台の前で二列になって立ち並ぶ。

 俺たちが並び終えるのを確認し終えると、宗像先生、光野先生が朝礼台に並んで立つ。
 そしてマイクの前に立ち、こういった。

「みんな、いい殺し合いだった! 今年の生き残りは我が校の女子、古賀 ミハイルちゃんに決まった」
 だから女子じゃないって。ボケたの?
「ミハイルちゃん、願いを聞こう。前に出ろ」
 まだそんなアホなことを言ってるのかよ……。
 宗像先生に、名を呼ばれて指示通り、朝礼台の前に立つ。

「お、オレ?」
「そうだ、この宗像 蘭ちゃんが一つだけ願いを叶えてやろう」
 どこから持ってきたのか、金色に光るカチューシャを頭にしていた。
 おそらく、パーティなどの時に使われる仮装用だろう。
 神様ぶってんじゃねぇ。

 当のミハイルは聞かれて、困っているようで、何度か振り返っては、俺の顔をうかがう。
「ど、どうしよう。タクト……」
 なんだか見ていて哀れだな。
 ミハイルとしては、俺を勝たせたかったのに、事故とはいえ、負かせてしまったものな。
 不本意なのだろう。
 しかし、勝ちは勝ちだ。彼に報酬がもらえるのなら、それはもらうべきことだ。
 俺は後ろから、声をかけた。

「ミハイル。俺のことは気にするな。お前の望むことを言えばいい」
 彼が遠慮しなくていいように、俺は親指を立てて笑ってみせる。
 すると、安心したようで、胸をなでおろしていた。
「う、うん☆ じゃあ、今回はオレが願い事するゾ」
「ああ」
 てか、今回ってことは次回もあるんですか? この鬼畜運動会。


 ミハイルはもじもじとしながら、小さな声でなにかを宗像先生に伝える。
 あまりの小声に、宗像先生も顔をしかめる。
 どうやら恥ずかしいお願いのようだ。
 先生が何度か「ん、なんだって?」と聞き返す。
 しばらくして、「ほうほう……そんなことでいいのか?」と驚いていた。

 そして、ミハイルはこちらへ、そそくさと戻ってきた。
 頬を赤くして、体操服の裾を両手で掴んでいる。

 俺の方をチラッと見て、背を向けた。
 小さな桃のような尻がプルンと震えた気がする。

 願いを聞いた宗像先生が、マイクを通してこう叫ぶ。
「今、古賀からしかと願いを聞いた! その願い、この蘭ちゃんが叶えてやろう!」
 宗像先生は、ケツからハート型のスティックを取り出す。
 あの女のブルマは四次元にでも繋がってんのか?
 ほいほい、何でも出しやがって。きたねー。

 くるっとスティックを振り回す。
 そして「えぇいっ!」と叫び、棒先をミハイルに向けた。
「うむ、これで古賀の願いは無事にかなった……」
 別に特段、何か変化が起こったようには見えない。
 ミハイルもキョトンとした顔で突っ立っている。

「えぇ! 願いかなったんだぁ」
 小さな口を半開きにして、驚く。
 いや、なにも起こってないだろう。
 すかさず、俺は彼の肩をチョンチョンとつつく。
「なあ、宗像先生に一体なにを願ったんだ?」
 そう問いかけると、彼は頬を赤くしてうつむく。
「えっ……な、ナイショだよ」
「ダチの俺にも言えないことか?」
「オ、オレだって恥ずかしいことぐらいあるもん!」
 なぜ逆ギレ?
「わかったよ……」
 ちょっと彼の願い事は気になるが、エッチなことでも願ったのかもしらんしな。
 ここは紳士として、潔く退こう。


「えー、ただいまを持って、第一回ドキドキ深夜の大運動会は閉会する! MVPは一ツ橋の古賀 ミハイル! 団体戦の勝利校も我が一ツ橋の勝利である! 先生は嬉しいぞ、来月のお給料が倍になるからな。しこたま、酒が飲めるってもんだ♪ だあっはははは! これにて一件落着!」
 なんか、バカが勝手にほざいてらぁ。
 
「く、くぅ……楽器代が…」
 裸の音楽教師、光野先生は頭を抱えていた。
 生徒をギャンブルになんて使うから、罰が当たったんだよ。
 良かったね。


 宗像先生の下品な笑い声が運動場にこだまする。
「だあっはははは……」
 よっぽど嬉しいんだな。
 あ、そう言えば、一年分の単位はどうなったんだ?
 優勝したミハイルに贈呈されたってことだろうか……ま、どうでもいいや。

 その時だった。
 グラウンドを照らしていた灯りが、ガタンと一気に落ちてしまう。
 辺りは真っ暗になり、驚いた女子たちが悲鳴をあげる。

 マイクとスピーカーの電源も落ちたようで、宗像先生が暗闇の向こうで一生懸命、大きな声で何かを離すが、俺たちのところまでは聞こえてこない。


 ミハイルが俺にいった。
「なあタクト、停電かな?」
 彼の顔はよく見えないが、女子と違って別に驚いている声音ではない。
「違うだろう……あれじゃないか? もう深夜近いだろう。それで学校の電源が落とされたんじゃないか?」
「そっかぁ、さすがタクト☆ あったまいいな~」
 なんだろう、褒められているのにバカにされているような。
 普通に考えたら、こんな深夜まで大騒ぎしていたら、ご近所迷惑ってもんだ。
 ひょっとして、クレームでも入ったのでは?


 生徒たちは動揺していたようで、声だけで互いの存在を確認しあう。

「ねぇねぇ、そこにいるよね?」
「こわ~い」
「ハァハァ……今ならブルマを脱がすチャンスだ…」
 最後痴漢がいるね。


 暗い運動場の中を何やら、騒がしい音が聞こえてくる。

 バキッ! ボキッ! カランカラン……。

 一体、何の音だ?
 俺はその方向へ足を近づける。
 すると、次にシュポッ! という音がして、微かな明かりが灯される。
 ライターだ。
 誰かが火をつけてくれたのだと、ほっとしたのも束の間。次の瞬間、ゴオオオ! と激しく燃え上がる。

 気がつけば、運動場の中央に燃え盛る巨大な炎が、空へと昇っていく。

「な、なにが起こったんだ?」
 あまりの火の勢いに、火傷をしそうになってしまった。
 近くにいるだけで、高熱を感じる。
 後退りして、様子を遠くから眺めた。

 じっと見つめていると、火の周りに人がひとり立っているのを確認できた。
 体操服にブルマ姿の……宗像先生だった。

 先生は、バットを膝で真っ二つに折ると、その破片を火柱に放り投げる。
 躊躇なく何度もバットをブッ壊す。
 よく見れば『三ツ橋高校 野球部』と書いてあった。

「宗像先生、なにをやってやがるんですか!?」
「あ? 見りゃわかるだろう。キャンプファイヤーだ。学校の照明が落ちたからなぁ。代用だ」
 いや、それ学校の備品でしょ?
 俺知らないよ。絶対怒られるだろう。

「新宮、みんなをここに集めてくれ」
「え? まだ何かするんですか?」
「バカヤロー、昼メシ……いや夜メシを食べさずに生徒たちを帰すわけにいかんだろ? 今からメシだ、メシメシ」
「は、はぁ…」
 もう日付変わりそうなんだけど。
 さっさと帰してくれたほうが、親御さんも安心だと思いますよ?


    ※

 一ツ橋高校と三ツ橋高校の生徒たちは、宗像先生が作ったキャンプファイヤーを中心に囲んで座り込む。
 気がつけば、弁当が配られてきた。
 缶ジュースもついているが、みなバラバラの味だ。
 なんか嫌な予感がする。

「それじゃ、みんな弁当と飲み物は行き届いたなぁ? 新宮! お前、いただきますの挨拶しろ」
 高校生にもなって、そんな挨拶するか!
 だが、先生に歯向かうとあとが怖い。
 俺は立ち上がって、手と手を合わせる。

「では、みなさん。手を合わせて……いただきま~す」

「「「いった~だきます!」」」

 ここは保育園か?

 昼食ならぬ、夜食をみんなで楽しむ。
 弁当はジュースと違って、全て同じおかずだ。
 俺は近くにいた宗像先生に恐る恐るたずねる。
「あの、宗像先生?」
 先生は貪るに弁当箱に口をつけて、かっこむ。
「うめっうめっ……久しぶりの銀シャリだぜぇ!」
 この人、一体どんな生活してんだ?
 一気に口の中へ放り込むと、ジュースではなく、ハイボールで流し込む。
「かぁーーーっ!」
 職務怠慢もいいところだ。

 やっとのことで、俺に気がつく。
「どうした? 新宮?」
「あの、この弁当とジュース。どこで手に入れたんすか? 先生が買ったんすか?」
 俺がそう言うと、先生は「だあっはははは!」と大きく口を開いて笑い声をあげる。
「そんなわけないだろう。昨日、三ツ橋の職員室から仕出し弁当をかっぱらっておいたんだ♪」
 ファッ!?
「あとジュースはさっき、運動場の自販機をバールでこじ開けて取り出したんだ」
 窃盗団じゃん。
「は。はぁ……」
「ま! 三ツ橋の校長先生からのプレゼントと思って、ありがたく食っちまえ!」
 宗像先生は、俺の背中をバシバシと叩く。
 この女、俺たちが卒業する前に、懲戒免職くらうんじゃないか。
 というか、一ツ橋高校が存続していることすら、怪しい。


 弁当を食べながら、みな今日の運動会の話で盛り上がる。
 キャンプファイヤーなんて、小学生の林間学校以来だ。
 ミハイルは疲れ切ったようで、俺の肩に頭を乗せて夢の中。
 悪くない運動会かもな……。
 そう余韻に浸っていると、なにやらドタドタと足音が騒がしい。

 暗みの中、一人の男がこちらへと向かってきた。
 白髪交じりの中年。
 俺たちをジロっと睨みつけ、拳をつくり、怒りを露わにしている。

「貴様ら! なにをやっとるかっ!?」

「誰だ、あのおっさん……」
 俺がそう呟くと、近くにいた宗像先生が見たこともないぐらいの驚いた顔を見せる。
 目を見開き、顎が外れるぐらい大きな口で、脅えているようにも見えた。

「や、やばい!」
 普段からマイペースな先生にしては偉く、焦っているようだ。

「お前ら! さっさと帰れ! 三ツ橋のクソ校長が来やがった! 逃げるぞ!」
「え?」
「いいから! みんな、赤井駅に向かって全速力だ!」
 そう吐き捨てると、宗像先生は一目散にすっ飛んでいった。
 全速力で運動場を駆け抜ける。
 気がつくと、暗闇の中に消えていった。
 三ツ橋の光野先生も同様だ。

「貴様らぁ! この騒ぎはなんだっ!」

 怒れる校長を無視して、俺たちは全速力で散らばっていく。
「捕まると退学になるぞぉ!」
 まるで運動場に変態が現れたかのような扱い。

 俺は眠るミハイルをお姫様だっこして、学校から抜け出した。

「もうこんな学校いや……」


 運動会も無事に? 終えた俺は、眠るミハイル姫を抱えて、赤井駅に逃げ込んだ。
 あとは知らん。
 急いで学校から飛び出たので、三ツ橋の体操服を着たままだ。
 もちろん、ミハイルもブルマをちゃっかりと着こなしている。女子以上にお似合い。
 

 終電ギリッギリで、列車に乗り込む。
 ミハイルはかなり疲れていたようで、ずっと俺の肩の上で眠っていた。
 席内駅について、彼を揺さぶり、起こす。
「ほ、ほぇ? タッくん……」
 瞼をこすりながら、女の子のような甘ったるい声で話す。
 おいおい、アンナちゃんとごっちゃになってるぜ。
「ミハイル。お前の駅に着いたぞ。さっさと降りろ」
「うーん……やだ~ タッくんとまだ一緒にいるのぉ……」
「ったく」
 
 仕方ないと思い、彼を自宅に連れていこうと考えた。
 だが、この前の時みたいに無断外泊するのは良くない、絶対にだ。
 なぜならば、母親代わりのヴィクトリアにぶっ殺されるからな。
 とりま、連絡しておこう。
 
「しかし、電話番号をどうしたものか……」
 ミハイルのスマホから電話でもかけてみるかな?
 いや、他人の所有物を勝手に触るのは、好きじゃない。
 どうしたものか……。ん、待てよ。

 そう言えば、以前かかってきた見知らぬ市外局番は、ヴィクトリアの店からだったな。
 よし、そこにかけたらいいよな。
 思い出した俺はすぐに電話をかける。

『トゥルルル……ブチッ。はい、パティシエ KOGAでございますぅ~♪』
 なんだ、この猫なで声は? 番号間違えたかな?
「あのぉ~ 古賀さん家で間違いないっすか?」
『はい、そうですよ~ いつもお世話になっておりますぅ♪』
 若い女の声だ。しかし、あのアル中ヴィクトリアとは全然態度も声も違いすぎる。
「俺、ミハイルくんと同じ高校の新宮ていうんすけど……」
『あぁ!? んだよ、坊主か! チッ』
 急に態度が激変したんだけど?
 弟のミハイルと同様で、多重人格なのかな……。

『用はなんだ? さっさと言え! こちとら、晩酌中なんだよ!』
 てめぇはシラフの時がねーのかよ。
「あ、あのですね。今、電車なんすけど、ミハイルが起きなくて……今日、俺ん家に泊めてもいいっすか?」
『ああ……いいぞ』
 すんなり了承してもらえたな。

『ただし! 条件がある!』
「は、はい。なんでしょう?」
『ミーシャをちゃんと風呂に入れて、歯を磨かせること!』
「……」
 幼児じゃねーんだよ。
 とりあえず、ヴィクトリアに連絡を入れたので、俺は真島駅でミハイルを下ろすことにした。
 もちろん、この間もずっと眠っていて、俺はお姫様だっこでホームを歩く。


    ※

「ただいま~」
 母さんの美容院はもう深夜で閉店していたので、裏口から入った。
 家の中は静まり返っていた。
 二階までミハイルを抱きかかえて昇る。

 自室に入ると、薄暗い部屋の中、妹のかなでがノートパソコンとにらめっこしていた。
 ヘッドホンをして、ニヤニヤ笑いながら「ウヒヒヒ」と気色の悪い声をあげる。
 どうやら、新作の男の娘同人ゲームを楽しんでいるようだ。
 モニターには、おてんてんを縛り上げられたショタっ子が、頬を赤くして悶えていた。
 それを見て、かなでは満足そうに、マウスをクリックしまくる。
「ハァハァ……抜けますわぁ~」
 息を荒くし、視線は画面のまま、手だけを床に下ろして何かを探している。
 しばらく手をバタバタさせ、近くにあったティッシュ箱を掴むと、ちゃぶ台の上に乗っける。
「そろそろですわね……うっ!」
 まさか……ウソでしょ?
 と思った瞬間だった。

「チーン!」と鼻をかんだのであった。

「はぁ、花粉症は応えますわねぇ~」
 なんて紛らわしい妹なんだ。
 
 俺がその光景にドン引きしていると、やっとのことで、こちらに気がつく。
「あらぁ、お帰りなさいませ。おにーさま♪」
「お、おう。ただいま……」
「ん? ミーシャちゃんをお連れになったのですか?」
 未だ夢の中のミハイルを指差す。
「ああ、疲れて寝てしまってな……今夜は泊まらせることにしたよ」
「そうですの……。ところで、ミーシャちゃんはなんでブルマ姿なんですの?」
「これか、まあちょっと学校でな…」
 もう説明すんのがめんどくさい。

 俺がなにを言ったわけでもないのに、かなでは合点がいったようで、手のひらを叩く。
「なるほど! 校内でしっぽりがっつり、ヤッちゃったんですのね♪ 貫通おめでとうございます♪」
 中学生の女子が言うセリフじゃない。
「お前は何を勘違いしてるんだよ……」
「え? ついにお二人は結ばれたとばかり……」
 どこをどう結ぶんだよ。
 妹とはいえ、話していて疲れる。


「悪いけど、今日は下のベッド、ミハイルを寝かせてもいいか?」
 俺のベッドは二段ベッドの上だからな。移動させるのに苦労する。
「いいですわよ♪ じゃあ、おにーさまはかなでと上のベッドで、童貞を捨てましょ♪ 一晩かけて」
「はいはい。かなでは一人で寝てくれな。俺は男同士、ミハイルと一緒に寝るから……」
 そう吐き捨てると、抱きかかえていたミハイルを、ようやくベッドの上に寝かせる。
 気がつけば、深夜の1時近い。
 俺もあと数時間すれば、朝刊配達の時間だ。
 少しでも寝ておかないと、持たない。

 体操服をきたまま、ミハイルと一緒に眠りについた。


    ※

 何か、身体が重い。
「あいたた……」
 変な寝かたをしていたのか、肩が痛い。
 ふと、隣りを見ると、そこには長いブロンドの美少女が……。
 ではなく、古賀 ミハイル。
 すぅすぅと寝息を立てて、まだ夢の中だ。

 肩の痛みの原因がわかる。ミハイルだ。
 彼が俺の右肩に抱き着き、顎をのせている。
 しかも、逃げられないように、細い脚で俺の太ももをロックしていた。
 時折、ミハイルの膝が股間へグリグリしてくる。
 目覚めたら、体操服にブルマ姿の可愛い子が、襲ってくるんだもの。
 健康的な男子なら、ナニかが反応しちゃうよね♪

「ミハイル、おい……ミハイル」
 間違えが起こる前に彼を起こす。
「ん……タクト? あれ、なんでオレん家にいるの?」
「違う。ここは俺の家だ」
「あ、ホントだ。タクトのベッドだ……」
 状況をまだ把握できてないようで、ボーッと俺の目を見つめる。
 キッスしちゃいそうなぐらいの至近距離で。
「おはよ☆ タクト☆」
 瞳を揺らせて、優しく微笑む。
 頼むからやめてくれ。
 抱きしめて、チューしたくなっちゃうだろ。

「ああ、おはよう。ところで、俺は今から朝刊配達に出るから……その身体から離れてくれないか?」
 俺がそう言うと、やっとのことで、自身がベッタリと身体をくっつけていたことに気がつく。
「う、うん……ごめんな。オレ寝相が悪いから…」
 頬を赤く染めて、恥ずかしそうに掛布団を被る。
 なんか事後っぽい態度とるのやめてね。
 俺は何もしてないよ?

 とりあえず、ベッドから出ると、体操服を脱ぎ捨て、仕事用のジャージに着替える。
 その間も背後からずっと視線を感じる。
 何度か振り返ると、俺の着替えるところを恥ずかしそうに、見つめている。
 目元まで布団で顔を隠していた。

「じゃ、いってくるわ」
「あ、うん……いってらっしゃい☆」
 
 うーむ、なんか同棲しているカップルみたいだな……。