アンナとのペアルックデート(取材)は無事に終えた。
 撮れ高充分だったのだけど、途中で姉のヴィクトリアが「早く帰せ」と鬼姑のように激怒するので、彼女とは早めに別れた。

 その後、俺はアンナに「仕事で急用ができた」とウソをついたので、天神で時間を潰そうと考えた。
 メインストリートの渡辺通りから少し離れて、親不孝(おやふこう)通りに向かう。
 そこにミニシアター系の映画館『シネテリエ親不孝』に入った。
 
 この映画館は映画通なら必ず来る聖地と言ってもいいだろう。
 狭い親不孝通りの一角にあって、存在を知らないと通り過ぎてしまいそうな、小さい置き看板のみが設置されている。
 人ひとり通れそうなぐらい細い階段を地下へとおりる。
 ドアを開けると薄暗くて怪しげな雰囲気が漂う。
 カウンターに近づくと大人しい女性が小さな声で囁くように言った。
「いらっしゃいませ……」
 俺はもう慣れているが、初めて来たときは幽霊屋敷かと思った。

「あ、今の時間、映画なにやっているんすか?」
 ここシネテリエ親不孝は数多くのミニシアター作品やその他海外で上映禁止されたようなコアな作品もリバイバル上映していてる。
 20人ぐらいしか席がないにもかかわらず、ものすごい数の作品を一つのスクリーンで上映しているのだ。
 昨今の流行であるシネコンとは逆行している粋な映画館だ。
 だから、数時間単位で作品がコロコロ変わる。

「今は……『コンドーム殺し』です……」
「えぇ?」
 俺は耳を疑った。
 控えめなお姉さんが、急に卑猥な言葉を発したからだ。

「そ、それってジャンルはなんですか?」
「ホラーですよぉ……けっこう売れているんですぅ……」
 いや、あんたがホラーだわ。
 しかしシネテリエ親不孝のお姉さんがここまでプッシュしているんだ。
 名画に違いない。
 俺は「じゃあ高校生一枚」と言ってさっそく映画を観ることにした。

   
   ~2時間後~

 ブーッ! と言う音と共にカーテンが閉まる。
 上映が終わりを迎えたということだ。
 次の作品に入れ替わるから早くここから出たいのだが……。
 イスから腰があがらん。

「なんだったんだ……この映画は…」
 受付のお姉さんが言うにはジャンルがホラーということだった。
 冒頭はコンドーム工場にバケモノが紛れ込んで、数々のカップルの行為中にコンドーム殺しというモンスターが男の大事なモノを食い散らかすという……男の子にとっては確かにホラーだった。
 主人公は二メートルもあるモノを食われたが、半分は残っていて一メールあるからセーフとかいうわけのわからないヒーローで、前半はコンドーム殺しを追うバトルホラーだったのが、後半はなぜか主人公と男娼が恋に落ちるというラブストーリーで、濃厚なキスとともにハッピーエンド……。
 
 凄まじい展開だった。
 ラブホラーという新しいジャンルだ。
 これは間違いなく10年に一本の名作、いや迷作に間違いない。
 忘れることができなくなってしまったよ。

 だが、一つだけラストで気になったシーンがあった。
 男同士がディープキスしていた情景だ。
 観ていて俺は気持ちが悪いという感覚よりも、なにかこう胸がしめつけられる想いを覚えた。
 ヒロインである男娼がキレイな顔立ちをした金髪の白人ということもあって、ミハイルが重なってしまったからだ。

 グレーゾーンが大嫌いな俺からしたら、こういう恋愛は受けつけられないのに……。
 なぜか感情移入してしまう。
 わからない。
 俺はこの作品とミハイルの関係を重ねてしまったのだろうか?


 映画の余韻に浸っていると、薄暗い中で「ふぅふぅ…」と不気味な吐息が聞こえてくる。
 俺の首元に冷ややかな風が吹いてきた。
 悪寒が走ったそのとき、右側を見るとそこには……。

「お客さまぁ……申し訳ないのですが…入れ替えの時間ですのでぇ」
 懐中電灯で自らの顔を照らした色白の女性が立っていた。

「ぎゃあああ!」
 おばけかと思ってしまった。
 正体は受付のお姉さんだ。

「あ……驚かせてすみませぇん……」
 ニヤッと笑みを浮かべると更に恐怖を感じた。
 怖がっている俺を和ませようとして笑ったのだろうだけど。
「い、いや、大丈夫っす」
 俺はうろたえながらも、席を立ちあがる。

 時間は十分に潰した。
 アンナことミハイルもそろそろ帰宅している頃合いだろう。
 背伸びをしてスクリーンから立ち去ろうとしたその時だった。
 お姉さんに再び声をかけられる。

「あのぅ……さっきの映画…」
「え?」
「すごくいい…映画だったでしょ?」
 未だに自分の顔を懐中電灯で明るくしている。
 この人は怖がらせるのが好きなのだろうか。

「そう、ですね…単なるホラーかと思ったらラストがけっこう考えらせられる内容でした」
 また頭の中にミハイルが浮かぶ。
「うふふ……よかったぁ…」
 あの余韻に浸れないんで、早く懐中電灯下ろしてください。


      ※


 映画館から出ると、既に空は暗くなっていた。
「俺もそろそろ帰るか…」
 隠れた名作に出会えた喜びをかみしめながら天神の地下街におりる。
 疲れたから、帰りはバスより地下鉄を使って博多に帰ろうと思ったからだ。
 切符を買って、改札機を通り過ぎるとスマホのブザーが鳴る。

「ん?」
 スマホを手に取ると着信名はミハイル。

「もしもし」
 俺が電話に出るとかなり取り乱した彼が出た。
『あ! タクト! やっと出てくれた! 何回もかけてたのになんで出てくれないんだよ!』
 かなり怒っている…。
「すまん、ちょっと映画をな……」
 と言いかけてヤバイと思った。
 女装時の彼に、仕事とウソをついていたことを思いだす。
『映画?』
「あ、いや違うんだ。出版社の話でな。取材として映画を勧められたんだ」
『そっかぁ……じゃあ、今度オレと一緒に観に行こうよ☆』
 行くか!
 あなたにはあの映画はまだ早すぎる!

 俺は逃げるために話題を変えた。
「ところでなんの用だったんだ?」
『あ、そうだった! あのさ……実はオレ昨日ちょっとプチ家出しちゃってさ……」
 うん、知ってる。
 家出先、俺の自宅だもんね。
「ほう…」
 知らぬふりして聞いてやった。
『ねーちゃんに連絡してなかったから、いまスッゲー怒ってんの……』
 泣きながら話している。よっぽど怒ってたんだな、ヴィッキーちゃん。

「なるほどな」
『でさ…どこに行ってたかってしつこく聞いてくんの……』
 過保護なお姉さん。
「それで?」
『だから、ウソつくの嫌いなタクトには悪いんだけどさ…オレが泊ってたのタクトん家にしてくんない?』
「いいよ」
 俺は呆れていた。
 だってウソじゃないもん。限りなく真実じゃん、それって。
 ウソついているのはミハイルくん、あなたでしょ。

『やったぁ! じゃあ悪いけど明日オレん家に来てくんない?」
「え?」
『ねーちゃんが怒ってるから一緒に謝ってよ☆』
 ファッ!?
 なんで俺がそこまでしなきゃいけないんだ。
 ま、泊まらせたのは俺だし、事実だから親代わりのヴィクトリアには一つ謝罪しておくか。

「わかった。明日だな」
『ありがとぉ、タクト! さすがダチだな☆』
 普通のダチがここまでしてくれるか!
 だが、俺はミハイルと話しながら自然と頬が緩んでいた。
 
 明日もまたアイツに会えるんだな……。