「タッくん、まずはどこに行く?」
目をキラキラ輝かせて、俺を見つめるアンナ。
腰を屈めているため、自然と胸元が露わになる。
男性もののTシャツを着ているから、ブラジャーが丸見え。
というか、アンナが男なのにおかしな表現だわな。
「ふむ」
俺は無防備な彼女に少しドキドキしながら、考えにふける。
かくいうこの俺も福岡の繫華街、天神には仕事ぐらいで来たことしかなく、あまり店も知らない。
とりあえず、メインストリートである大通の渡辺通りを歩くことにした。
まず目に入った建物は『福岡マルコ』だ。
比較的新しいビルで、本館と新館あり、それらが連なって一つのビルだ。
本館が8階建て、新館が6階建てでかなり入り組んだ設計。
「そういえば、ここには『ボリキュア』の店があったな……」
ポツリと呟くと、アンナが俺の手を強く引っ張る。
「タッくん! それってホント?」
えらい食いつきようだ。
真剣な眼差しで俺を見つめる。
「ああ、公式のやつだ」
「ウソ~!? 行きた~い☆」
年がないもなく、地面の上でピョンピョンと飛び跳ねる女装男子。
忘れてた、アンナちゃんは大きなお友達の一人だった……。
「そうか、アンナはボリキュア好きだったな……」
ガチオタのカノジョって、ラブコメ的に取材価値あるのか?
「うんうん、アンナ大好き☆」
ニコニコ笑って、今か今かとビルの中に入りたがっている。
「よし、じゃあまずはマルコに入ってみるか」
「やったぁ!」
これまた両手を広げて、大喜びするアンナ。
なんだろう、子供みたい。
俺とアンナはマルコの本館に入り、エレベーターで7階へと直行する。
7階はアンナのような可愛らしい女子はあまりおらず、どちらかというと男性の客が多い。
それもそのはず、加入しているテナントがオタク向けが多いからだ。
ボリキュアストアの他に、模型店、アニメグッズ専門店、それからいろんな痛い萌えTシャツなどを扱っている服屋などなど……。
かなり上級者向けといえる階層となっている。
ちなみに6階まではわりと一般向けで、可愛い雑貨やおしゃれなファッションショップ、靴屋など。
若い女子高生やカップルで賑わっていた。
そう6階まではだ。
一個上にあがっただけで、急に景色が汚くなる。
煌びやかな人々がランクダウンし、くたびれたTシャツにボロボロのジーンズ、リュックサックというテンプレのようなオタク紳士で溢れかえっている。
「もふぅ~ 今日も大収穫でござった」
「次はどうするでありますか? 『2番くじ』でもコンプするでありますか?」
「奴らが来る前にいくじぇ! 転売ヤー、殺す!」
猛者たちとすれ違う。
作品への愛と一部の人間たちに対する憎悪のオーラを纏って……。
「タッくんはボリキュアストアに行ったことあるの?」
アンナが目を輝かせていう。
「ん? 俺か? いや、ないな」
俺がそう答えると、なぜかアンナは嬉しそうに笑った。
「良かったぁ、タッくんもはじめてなんだね☆」
「まあな」
そうか。アンナは俺と一緒に初めてを経験することにこだわっている傾向があったな。
しかし、その初体験ってのがボリキュアストアでいいんだろうか?
一応デートという設定なのだから、もっとおしゃれなレストランとか、可愛らしい服とか、そんなのが鉄板な気がするのだが……。
そうこうしているうちに、当の目的地へとたどり着く。
壁いっぱいにボリキュア戦士がプリントされていて、甲高い声のアニソンが爆音で流れていた。
店の前には今期ボリキュア『ロケッとボリキュア』の等身大パネルが飾られていた。
「うわぁ、ボリエールちゃんだ! カワイイ~!」
アンナは一人突っ走る。
俺は彼女の行動に驚いていた、というか引いていた。
「カワイイ、カワイイよ~ エールちゃん」
パネルに頬をすりつけるアンナ。
汚いよ、いろんな人が触ったんだろうから。
「ねぇ、タッくん! 見て見て、ボリエトワールもいるよ!」
大声で手を振るアンナ。
見ていて、少し恥ずかしいカノジョです……。
もうその世界に入り込んでしまって抜け出せないようだ。
今の彼、つまりミハイルは女装しているため、かなり目立つ。
他の紳士たちも彼女の行動に圧倒されていた。
「な! あの淑女は!?」
「まるでボリキュアの世界から飛び出したような天使じゃ!」
「ハァハァ……エトワールのコスプレ似合いそう、金髪だし」
ゴラァ! 人の彼女を視姦すな!
人だかりができてしまい、俺は頬が熱くなるのを覚えながらアンナの元へ近寄る。
「良かったな、念願の公式ストアに来れて」
少し引いたけど、アンナの喜んでいる姿を見れば、俺の恥じらいなど吹っ飛ぶというものだ。
「うん☆ タッくんが天神に連れてきてくれたおかげだよ、ありがとう!」
はにかんで見せるアンナ。
「いや、そこまで褒められることはしてないさ」
ん? というか、天神ってこんなディープな街だっけ?
なにかを間違えているような気が……。
「ねぇねぇ、タッくん」
「どうした?」
「デートの記念にボリキュアたちと一緒に写真を撮ろうよ☆」
「え?」
俺は思わず固まってしまった。
「誰かに撮ってもらお☆」
いや、遊園地じゃないんだよ?
「それはちょっと……俺がアンナとボリキュアを撮ればいいのでは?」
「ダメだよ!」
アンナは頬をプクッと膨らませる。
「なぜだ?」
「タッくんとの初めては、アンナにとっての記念なの!」
それ記念になります? 恥とか黒歴史の部類じゃないですか?
「わ、わかった……」
俺は渋々、彼女の要望をのんだ。
アンナはそうと決まると行動が早かった。
近くに立っていた一人の超巨漢紳士に声をかける。
「あの、すみません」
コミュ障なのか、いきなりハーフ美人のアンナに声をかけられて、かなり驚いていた。
「ぶ、ぶへ? おでのごと?」
なんだ豚じゃないか、声豚。
「はい☆ あのボリキュアちゃんたちと一緒に写真を撮ってもらえますか?」
ニッコリと微笑むとその豚くんは「ブヒィ」と声をあげて喜んだ。
「仰せのままに~ 神ぃ!」
神じゃない、天使の間違い。
結局、俺とアンナはボリキュアの足元に腰をかがめて、二人で仲良くピースした。
「おでが『ロケッと』っでいっだら、『ボリキュア』で写真をとるど!」
なにそれ。
俺が首を傾げていると、アンナはそれを自然に受け入れるように「OKです☆」と答えた。
「ロケッと?」
「「ボリキュア~!!!」」
また俺の人生に黒歴史が生まれてしまったな……。