一人の女の子が僕と向き合っている。夢なのに、夢じゃないみたいだ。
「わたるくん」
女の子は僕を呼んだ。
「君は誰?」
女の子は微笑んだ。
「わたしは────」
──────この女の子は彼女だ

 美術室に続く階段を上る。朝早いので、学校がまだ眠っているかのように静かだった。ガラリと扉を開ける。
「おはよう、夕海さん」
振り返った彼女は少し困ったような顔をしていた。
「おはよう、渉君」
「夕海さんは僕をずっと見守ってくれたんだね」
「朝倉先輩…お姉ちゃんに聞いたの?」
「うん、やっぱり夕海さんは朝倉先輩の…」
「妹だよ、三年前に交通事故で死んじゃったけど」
花火大会の日、朝倉先輩は妹は三年前に交通事故で亡くなったことを話した。また、僕と夕海さんは同じ幼稚園でよく遊んでいたそうだ。小学校がバラバラになって僕は彼女を忘れてしまっていたけど、彼女はずっと僕のことを覚えてくれていたみたいだ。
「ごめん」
「忘れてたことなら怒ってないよ。こうして再会出来たし、渉君は大切なことに気づけた」
「本当にありがとう」
「私は渉君の青い鳥になれた?」
「うん…!」
「良かった」
夕海さんは夢で見た幼い夕海さんがしたように僕に微笑んだ。
「渉君は大切なことに気づけた。私はそれでもう充分。今ならきっとどんな絵でも描けるよ」
「もう時間かな…」
朝日に照らされた夕海さんが透けて見える。
「!」
「じゃあね」
「夕海!本当にありがとう!」
もうほとんど見えなくなった夕海が僕に近づき、抱きついた。
「大好き」
「僕もだよ」
最後の僕の言葉は夕海にちゃんと届いたかは分からなかったけど、夕海は最後に笑っていた。

 暑い夏も過ぎ、少し肌寒くなった今日。今日は文化祭が開かれるということで学校中がそわそわとしていた。僕は今、蒼と隼人と共にクラスの準備をこっそり抜け出し、美術部の展示を見ていた。
「二人ともすげー!」
「渉は期限ギリギリまで描いてたから焦ったよ」
「間に合って良かったよ」
三人で談笑していると
「苦手は克服出来たみたいね」
声のした方を見ると川合先輩と朝倉先輩がいた。
「川合先輩、朝倉先輩おはようございます。克服出来たのは皆のおかげです」
「おはよう、先生も大作だって褒めてたから自信持ちなさい。それより、クラスの催しの準備はいいの?」
「ちょっと抜け出してて…」
「じゃあもう戻った方いいね。まだ見たいならいつでもタイミングはあるよ」
「はい!」
僕達三人はクラスに戻ろうと駆け出した。
「内海君」
朝倉先輩が僕を引き留めた。先輩に向き直ると
「ありがとう」
と言われた。そして先輩方も展示ブースを去っていった。もう一度自分で描いた絵を見る。そこには、夕日に照らされた美しい海をバックに青い鳥の眺める一人の女の子が描かれていた。