紗々が来てからすぐ始まった中間試験が終わったくらいから、たまに紗々が、いくつかの授業に出ない時があった。紗々は一年遅れで同級生だからっていうのもあるとは思うけど、もともとすごく勉強ができるみたいで、成績が良いから、授業に出てないこと自体はあんまり問題はないんだと思う。
でも、あんまりサボっていると多分、先生の印象が良くないだろう。まだ転校してきて1か月しか経ってないし。
最初は、具合が悪いって言って、保健室で休むといって抜け出していたんだけど、心配して見に行ったら保健室にはいないことが多かった。紗々がどこにいるかわからないので、先生にごまかすために私が具合悪いことにして、何回か保健室のベッドで昼寝をさせられた。
続けて顔を出していたら「あらあらあら、あなたまた?」って言われて、なぜか私が虚弱体質ってことになってしまい、これ以上、保健室の先生をごまかすのが難しくなってしまった。
あるとき、気が付いたらまた紗々がいないので、もしかしたらと思って見に行ったら、案の定、紗々はボート資材置き場のボートでごろ寝をしていた。
「紗々」
私がボートの端に手を掛けたら、ボートがゆりかごのように揺れたので、紗々が薄目をあけて、こっちを見た。
「あれ、麻衣。よくわかったね」
「保健室の先生に嘘ついてんのばれそうで焦ったよ。言っておいてよ」
「ごめんごめん。保健室に行ってもよかったんだけど、あれこれ説明するのが面倒で」
「具合悪いの?」
「んー。体調はいいんだけどね」
「なんか、いやなことあったの?」
「んー、うん。でもまあ、何もないな」
「なんかあったら言ってよ?」
「うん。今は大丈夫だから。ちょっと、たまに、こういう気分になることがあるんだ」
「そっか、なら、ホッとした」
紗々が何となく、いやになっている事柄には大体想像がついた。紗々はこの見た目なので、とにかく愛の告白が絶えない。なにかっていうとどっかに呼び出されては、付き合ってくださいってされて、それを断ると、なぜか、その男子を好きだった女生徒に悪口を言われる。
通りすがりにすごいことを吐き捨てるように言われたり、大きな声の陰口を聞かされたり、見当違いな悪口が書かれた紙が靴箱に突っ込まれていることもあった。お坊ちゃんお嬢ちゃん学校なので、腕力による暴力なんかは無いんだけど、充分、言葉の暴力ではあった。
うちの学校では、スマホは持ってきてもいいんだけど、構内ではスマホを使ってはいけないの。だから、LINEなんかで紗々を誘うとか、悪口なんかをグループLINEで回すとかができないのね。
そのため、直接言うか、または古典的だけど、手紙やメモなんかでやるしかない。
紗々は紙類なんかは悪口もラブレター、伝言メモでもなんでも、無表情のまま、開けもしないでゴミ箱に直行させている。でも、言葉を投げつけられるやつは、そばで聞いている無関係の私が、心臓をグワッと掴まれたような感じになることがあるくらいなんだから、本人なら相当ダメージが来ると思う。
紗々は全然悪くない。
ああいいう見当違いなことをしている人たちに私が言いたいのは、一回でいいから紗々のママを見てみろ。そしてお前の母ちゃんと比べろ、そして恨むならば遺伝子を恨めって思う。
私は、長いこと、自分のママのこと美人だって思ってたし、ママだって自分がCAだったことや、ミス世田谷だったことが未だに自慢なくらいなんだから、ちょっとでもモテた経験のある人なら「きれいな子」をライバル視してしまうのも、仕方がないことなのだとは思う。
でも、やめとけ。
って思う。世の中には、戦ってはいけない相手ってのがいるのだよ。素人とプロの美人の違いっていうのを知れば、そういうことは思わなくなるものなのだ。あれ以来、私は、自分のママのことは一般的な美人のファイルに整理しなおした。
紗々は、一般的ではないの。素のままで商品価値がある美人なの。
だから見当違いなライバル意識燃やすくらいなら、まずは己を知れ!………とか全校集会でマイク持って言ってやろうかと思ってるんだけど、まだ口に出したことはない。もちろん、どんな目にあわされるかわからなくて、怖いから。
まあ、とりあえず、紗々がSNSとかをやらないのは、こういうのからの友達申請、書き込み、DMなどが煩わしいからっていうのが大きいと思う。
実際、紗々はスマホは持っているけど、私たちとやってるLINEは偽名だし、アプリも見つからないほど奥深くファイルしてある。あるって知られると、面倒だからだと思う。(ケイと私で、紗々のスマホのどこにLINEが置かれてるかを探すゲームが出来たくらい)
東京にいたときのことはあまり話してくれないけど、たまに触れる東京時代の話をするときには、紗々の表情がサッと曇るので、あまり良い思い出がないんだと思う。
きっと、都内の名門私立の男の子なんて、うちの学校の男子よりもずっとファッショナブルでカッコいいだろうし、女の子慣れもしているだろうから、すごくいろんな面倒くさいことがあったのかもしれないなって、私なりに紗々を解釈しているわけです。
というのも、私は生まれてから一度もモテた記憶もないし、いまだに恋という感情がどういうものかがわからないんだ。ゆえに、告白したことも告白されたこともない非モテで、ドキドキすらわからないの。つまり、そういうことが本当にサッパリわからないんだよね。
なのでモテる女の悩みはわからないけど、紗々のせいじゃないことで余計なことを言われたりすれば、やっぱり精神的には来ると思うので、何か楽しいことをしてあげたいって思った。それに、もうすぐ夏休みだし。
そうだ、毎年やってるパパの会社のBBQ大会には、紗々も呼ぼうかな。ケイも来るし、お兄ちゃんたちもくるから、知らない大人が多くても大丈夫だよね。
そんなことを、だるそうに紗々が寝そべるボートの横で、ソファ替わりに使っている古い体操マットを丸めたものの上で胡坐をかきながら、思いめぐらせていた。
夏が近づいてきて、この部屋も少し、じっと座っていると暑く感じるようになってきた。湿気が増えてくると、倉庫にあるボートの木のにおいや、体操マットのカビっぽいにおいがこもってくる。
今までの私には、それが、この部屋に一人でいることをわからせてくれるものだったけど。
今年は紗々が、いいにおいをさせながら、軽い寝息を立てているから、私は一人ではないんだなっていうことがわかって嬉しかった。夏休みは紗々とケイと一緒に、いろんなことして遊びたいな、と思う。
でも、夏休みがもうそろそろ始まるって時に、学校でちょっとした事件が起こった。