私が今座っているところから斜め左が、円形劇場広場っていう丸い形をしたイタリアっぽいデザインの広場。これは駅から一番近いショッピングモールの入り口に続いている。

そして右側は小さな噴水があるイタリアの街角を模した待ち合わせ広場になっていて、そこには小さなアイスクリームやクレープやタピオカのお店なんかがいくつか並んで入っている。

噴水は直径2Mもない小さい、トレビの泉とギリシャ神殿を足したような感じのものなんだけど、観光なんかできてる人は、普通に後ろ向きに10円玉とか投げているので、それなりに名所らしい。噴水の四隅には、石灰みたいな白さの飾り柱が四本建てられている。

そして、その噴水の柱の影に、紅子がいた。

紅子は、サングラスをかけ、つばの広い帽子に大きなピンクの巨大な花飾りがついたものをかぶって、上下黒の服を着て、ケイと女の人がいる方向をチラチラ振り返って見ながら、彼らとは反対側になる柱に背中を預けていた。

サングラスしてるから顔まではわからないけども、あの帽子は絶対に紅子のだ。だから、あれは紅子です。

なんで私が断定できるかっていうと、前に友達つくりのためのインスタデビューでもしようかと思って、学校の同級生数人のアカウントを次々見ていたら、偶然、紅子のページを見つけた。

そこには、自分の独自メイク方法と髪の巻き方なんかのどうでもいい情報が延々とアップされた「あの子と差をつけるための顔回りアレンジ術 Happy Rouge」っていうタイトルの紅子の個人ページだった。

正直、どれもこれも見るに堪えないようなクソダサイものばかりだったが、その中でもひときわ目立ってひどかったのが、まさに今かぶっているお花の帽子だった。

なんでも自分で作ったコサージュと手芸用品店で買ってきた高級リボンを使ってアレンジしたものだそう。

死んでも使いたくないような代物だったが、アップされた動画やメイキング動画なんかには多くのいいね!がついていた。こんなしょうもないネタにフォロワーがたくさんついて、互いに褒めあいコメントをしているような歪んだ世界に、激しい吐き気がしたのを、今、鮮明に思い出せる。

私はスタイルにも自信ないし、そもそも非オシャレだから、人の服装小物などをどうのこうの言える立場ではないのは自覚している。

しかし、かなり好意的に考えたとしても、私は、あれはあくまでインスタでポチをたくさん得るためのものであり、まさか、実生活でも使っているなんて想像だにしなかったんだよ。

つまり、あんなもの頭に乗っけて外歩けるのは、作った本人以外にはいない。つまり、あれは、絶対に紅子だ。

で。
こんなところで柱の陰に隠れて紅子が何してるかっていうと、ケイを尾行してるってことに気が付いて、私は全身から血の気が引いていくような感覚になった。

あの紅子事件の後、大人しくなったと思っていたら、こうやってあいつ、ケイをストーカーしてたんだ。ってことは、ケイが話していてくれていた園町で紗々と逃げたときのも、どうやら紅子は本当に全部見ていたってことになる。

こっわ。
って、私も今、同じことしてるけど。

キモ。
………私も同じことしてるけどね。

私が座る席は、紅子がちょうどケイたちを振り返ってみるときに、紅子が一番よく見える。チラチラと振り返りながら、持っているタピオカドリンクを吸って、口をもぐもぐさせながら、また振り返る。

行動自体は慣れた感じだけど、ポジション取りが悪いから、こうして冷静に見ていると、彼女のしていることはすごく目につくな。尾行されているほうも、気が付けって思う。

そろそろ夕焼けも終わりかけ、多分、サングラスではケイ達のことが確認しづらくなったんだろう。紅子はサングラスを外して、大きなピンクの鞄の中に放り込んで、また振り返った。

うん、紅子だ。

こうなるともう、紅子を観察しているほうが面白いので、全員がどっかいくまでここで見てようかなって思って、一旦、席を立ちかけたけど、ちょっと気になって、また座った。私のすぐ横で、私が座る席に移動しようと準備してた人が、舌打ちした。

失礼、こっちも仕事なんでね。
いや、仕事じゃないけど。

しかし、そろそろケイたちも30分近く広場にいるし、もし食事の予約をしているなら、そろそろ移動する時間だ。紅子がこれから何をどうするつもりなのかは知らないけど、様子は見ていたほうがいいような気がして、座ってぼんやり眺めていた。

ああして、細かい表情まではわからないけど、ケイを目で追って、実際に行く先も追って、こんなことしてもどうにもならないのに、こんなことをしてしまうほど、紅子はケイが好きなんだなって思った。

あれだけみんなの前でハッキリ断られたのに。もう望みがないのに。本当に何回もこんなことしてるなら、当然、あの女の人の存在も知っているだろう。

紅子は2人のことをどこまで知ってるんだろうか。

紅子がスマホを出して、2人の方に向けた。そのあと、スマホを見て、中を確認している。

うーわ、写真、撮ってるよ。
そう思って、軽くあくびしながら見ていたんだけど、すぐに重大なことに気が付いた。

ヤバい、あれを学校に出されたらマズイ。
ケイのおばさんに知られると、さらにマズイ。

自分のスマホのインスタを開き、紅子のアカウントを確認したけど、隠し撮り的なものはアップされていないらしいので、ホッとする。


ケイは、持っていた荷物を地面に下ろし、手のひらをヒラヒラ振りながら、しびれをとってるしぐさをし、両手をうーんと空に向かって伸びをしていた。女の人は、ケイの手から受け取ったバッグからスマホを出して確認している。


円形広場は、まだ待ち合わせの人たちで結構人数がいて、中には缶のドリンクを持ったまま立ち飲みしているような人たちもいる。町にはボサノバみたいな音楽が流れて、なんか、騒がしいけどいかにも繁華街って感じで、私は嫌いじゃなかった。

紅子が柱の陰から、そろりそろりとスマホを持ったまま、ケイと女の人がいる方向へと移動しようとしている。遠くからの写真ならごまかせるけど、接写されるとケイのママじゃないことが完全にバレるな、と思った。

これはマズイなと思っていると、紅子が少しずつ、ケイたちとの間合いを詰め始めていた。人に見つからないようにと気を付けているせいなんだろうけど、完全に泥棒の「抜き足・差し足・忍び足」の歩き方になっていた。

それが、町に流れているボサノバの音楽とうまいこと合っていて、こんな状況じゃなかったら、指さして笑ってるところだ。

さて、どうしようか迷ったけど、これは多分、紅子に思うようにさせてはいけないんだと思う。何も対策なんて無いんだけど、とりあえず座っていたところにトレイ残したまま、私は氷だけになってるカップを持って慌てて店を出た。

スタバを出た私は、さっきまで私が座っていた席の前のガラス窓を通過しながら、ケイたちの背後に回るように、早足で歩き、その位置から紅子が何をするのか確認しようとしたんだけど、そろりそろりと近づいた紅子が、とうとうケイたちの前に立ちはだかってしまった。

ケイが上げていた腕を下ろしながらぎょっとした肩の動きをし、女の人が、スマホを持ったまま、珍しいものでも見るような横顔で、紅子を見てる。紅子は、自作の帽子の中で、半泣きの表情をしていた。

「ケイ………」
そのあと、言葉に詰まってしまって、必死で涙をこらえている紅子の表情には、この何週間かでうんと傷ついて、うんと悲しい思いをしてきたのが見て取れた。

だいぶイカレてはいるけど、紅子が本当にケイが好きなんだな、というのだけはわかる。多分、そうだと知っているのに、ケイが長いこと思わせぶりなことしたのかもしれないな、と思った。

「ケイ、その人がケイの彼女なの?だから、だから、私とは付き合ってくれないの?」
我慢してた涙が出てしまって、身体が熱くなったんだろう、紅子はヘンテコな帽子を両手で取って、ついでに腕で涙を押さえながら、耳下でツインテールにしてる髪をあらわにした。

長時間、帽子で頭蓋骨の形に添ってぺったんこにされた上に汗で蒸されているので、頭部が黒光りして、触角が下がった元気のない巨大な黒アリみたいに見えた。

いつもなら多分、ケイは「付き合ってねえよ」とか「知らねえよ」って言い方で突っぱねているんだろうけども、今日はその女の人が目の前にいるから、さすがにそれは言えない。

ケイがその人の前ではそういうことを言わないという事実に、一瞬、気分が落ち込む。でも、今は、目の前の事態を解決しなきゃ、私。

「あの………」って女の人が、紅子に何か言いかけたけど、そのタイミングで、私は、紅子とケイたちの間に「お待たせ―!」って言いながら飛び込んでいった。