今、私は、猛烈に後悔している。なんてことをしてしまったんだろう、本当に。自分のことを本当にバカなんじゃないかって思っています、今。

私は今、園町の繁華街近くに1人でいるの。時間は20時近い。もう本来ならば、家にいる時間なんだけど、こんなとこにいます。

ええと、なんでこんなことになったかというと。あの山小屋での話から数日経ってから、また3人で遊んでたら、紗々がやっぱり先生とちゃんと話してみることにしたって言い出したの。

それでね、先生に連絡を取って会う約束をしたんだけど、あんなことがあった後だし、いろいろ自分の気持ちに気づいてしまって、ちょっと勇気が足りない感じだから、園町の待ち合わせのところまで一緒に行って欲しいって言われたの。

私とケイはもちろん!一緒に来たわけですよ。それで、先生の前には行かずに、私とケイは、ちょっと離れたところで見てるから、もしまた怖くなったらすぐ戻っておいでって約束して、デパートの入り口のところの柱の陰に隠れて、2人で紗々を見守っていたわけ。

それで、結局大丈夫だったから、先生と一緒に歩き始めた紗々が、振り返って私たちに小さくバイバイって手を振ったから、私とケイは、ホッとしてハイタッチした。

ケイはそのあと、塾の申込をするっていうから、私も一緒についてって、それで、そのあとは何もすることがないから、2人で園町の新しく出来た店をプラプラ見てたの。

ケイと一緒に2人で出かけるのなんて久しぶりだったし、山小屋で紗々の話を聞いて以来、私には恋愛がとてもリアルなものに感じられるようになったせいか、なんとなく、こんなのが、もしかしたら、デートなんだろうかって思ってしまった。

ケイは園町の店を良く知っていて、新しい店を見つけてはチェックしていた。私は、たまに1人で来ることもあるけど、自分が知っている店にしかいかないから、どこに何があったかなんて気にしたこともなかったので、今日は少し園町に詳しくなったと思う。

それで、歩き疲れて、園町にすごく古くからあるコーヒー専門店のカフェに入ってお茶していたら、ケイのスマホになにかメッセージが入った。ケイはトトトっと返信をして、スマホの画面を伏せた。

「マイマイ、お前、今日は晩飯どうすんの?」
「ん?ママは今日はフラダンスのお稽古だけど、晩御飯はなんか作ってあるみたい」

「そっか。俺、今日、夜はちょっと用事できたから、もう少ししたら駅まで送ってやるから、明るいうちに家に帰っとけよ」
「どこいくの?」

「ちょっとな。大した用事じゃないけど」
「ふうん」
そういいながら、ケイがなんとなく少し怖い表情になったのを、アイスカフェオレを飲みながら盗み見した。

「シチューとかでも、ケイの分とっとかなくてもいい?修人に全部食べられちゃうよ?」
「あー、うん。今日はたぶん、晩飯も外だからいいよ」

「わかった。紗々も今日は外だろうし、なんか今夜は退屈だな~」
「お前もなんか、おばさん見習って、習い事とかしろよ」

「何にもやりたくないんだもん。私も、塾行こうかな」
「塾って、行ってどうすんの?お前、このまま普通に上に行くんだろ?」

「うん、そのつもりだけど。え?ケイは違うの?」
「俺は、別の大学も受けるよ。レイジスはどこもだめだったら続ける」

「ふうん………」
なんかまた、自分だけ置いてきぼりを食った気分になって、少し落ち込んだ。

別に、ケイにはケイの人生があるし、紗々には紗々の好きな人との時間があるのは普通のことだと思う。そうだってわかってるけど。

「マイマイ、お前は自分の速度で進んでいけばいいの。俺にはやりたいことがあるから、いろいろやらなきゃならないことがあるの。それに、俺にはオヤジはいるけど、一応、片親だろ?だからいろいろ準備をしておかなきゃならないことが、たくさんあんだよ」
私が少しどんよりしたのがわかったのか、ケイが私をフォローしてくれた。気持ちはうれしいけど、全然気分は上がらない。そうだよねって言えない自分がなんか、嫌だ。

「お前は、先のことを心配しないでもいいっていう幸せを、もっと大切にしろ」
そういって、私の飲んでいた残り少なくなったカフェオレに、ケイのグラスに入っていた、ほとんど飲んでいない濃いアイスコーヒーを足して、ミルクピッチャーのミルクを全部入れてくれた。

わーい、増えたーと思って飲んでみたら、すごい苦い。ケイっていつもこんなの飲んでんの?まだ少し時間があるからって、ケイが私にホイップクリーム一杯のパンケーキを頼んでくれて、ケイが1/4くらい食べた。

そろそろ解散の時間になったから、ケイが園町の改札まで送ってくれて、私が階段上っていくのを見てる。あと2分くらいで17:02発の急行がくるから、その電車が出るまで、ケイはきっと改札に立ってるだろう。

私は一旦、ホームまで上って、急行が来て出ていくのを確認してから、くるりとホームに背を向けて、階段を駆け下り、ケイが園町の繁華街へ歩いていく後ろ姿を確認してから、私も同じ方向へ向かった。

そうなんです。
私、今、ケイを尾行してるの。

いや、だから、なんだってこんなことしてるのか、自分でもわからないのよ。でも、改札でケイが手を振った後、私が帰るのをちゃんと見届けてるケイを見ていたら、ケイはこの後どこに行くのかがものすごく気になっちゃって。

気が付いたら、こうなっちゃってたわけ。一応、さっき来ていた服の上に、バッグに丸めて入れていた薄いパーカーを来たのでパッとみても私だとはわからないと思う。

ケイはすぐには用事が始まらないらしく、昼間、私と一緒にいたときみたいに、いろんな店を見てはチェックをしてた。私は、途中で見つけた雑貨屋で1,000円の伊達メガネを買って、さらに変装をすることにした。

18時近くなってから、ケイは20代くらいのお兄さんと道でハイタッチして、立ち飲みの店に入った。しばらく、お店の中でお兄さんや、顔見知りっぽい大人の人たちと楽しそうに話をしながら、何か飲んでいた。

私は、お店の角や、柱の陰に隠れながらそれを見ていた。あまり同じ場所にいると目立っかもしれないと思って、少しずつ場所を移動しながらやってるけど、こういうのって、以外とバレないもんだわ。

ケイは30分くらいそこにいて、そのあと、お店を出てから、小さな飲食店が続く道を大通りに向かって歩き、角に東急ハンズがある坂のある道まで来た。

ちょっとフラフラしてるから、お酒でも飲んだか、それか、機嫌がいいんだと思う。ケイは、子供のころから機嫌がいいとああいう歩き方をする。

ハンズのある角の坂をあがって4件目くらいに、BARと書いてあるけど、見た目が古い喫茶店みたいな店があり、そこの店の窓をケイが覗いてガラス窓をコンコンと叩いた。しばらくすると、お店の中から女の人が出てた。

………あの人だ。
この前、園町のバスターミナルで会ったあの人。

ケイの表情は見えないけど、女の人は嬉しそう。ケイの腕に自分の腕をスルリと白いサテンのリボンのように巻きつけて、2人は坂を上がっていく。

それを見て、私は自分でもびっくりするくらい、身体が寒くなった。一瞬で風邪でも引いたのかと思うくらい、寒くなって、冷えたのかと思って自分の身体を触ってみたけど、腕なんかは暖かかった。

足裏が地面に張り付いたのかと思うぐらい重たくて、足が前に出ていかないんだけど、ケイたちを見失うほうが嫌だったので、頑張って反対側の道路に渡って、私も歩き始めた。

ケイはいつものダルイ感じの雰囲気を出して、普段よりもゆっくりした歩幅で歩いているから、割とすぐに追いつけた。だけど、ケイがゆっくり歩いている理由が、その女の人の速度に合わせてあげているからだと気づいて、視界が暗くなり、一気に夜が進んだように感じる。

何となくなんだけど、ケイは、帰りたそうに見えた。女の人を嫌がっているわけではないけども、その人が話している内容には、全然、興味が無さそうだった。

ケイたちが歩いている道も、私が歩いている道にも、カップルや1人歩きの人たちが頻繁に行き来しているので、私が一人でこうして歩いていることも、別に変ではない。

ただ、ケイみたいな若い男の子を連れているカップルはいないので、ケイとあの人は、目立つといえば目立つな。

この女の人はいくつくらいなんだろう。かなり年上だけど、私のママよりは若い。大学3年の学人よりは上。だから、つまり、全然、見当が付かない。

この前の服装とは違うけど、今日もまた、ステキな洋服を着ていた。そう、この人のはファッションだ。

今日は黒のひざ下までのワンピースで、その生地にはヒラヒラしたフレアのような細いレースと、同じ素材でできているフリンジとが、左側の膝少し上位から斜めにスリットが入った、目立たないけどステキなデコレーションがしてあった。

フリンジ生地の一部には、ゴージャスな花模様や、黒のチェック模様が入ったものが入っていて、キリっとしててステキだ。足元は裸足に、細い鎖でできているかのようなバンドが幾重にも重なっていて、エレガントだけどちょっとだけワイルドな雰囲気。ヒールは、これでよく歩けるなっていうほど細いものだった。

足元とフレアでプラスのおしゃれをしているから、今日のアクセサリは、黒のストーンがついた大ぶりの中指の指輪だけ。

小さな強い艶のあるエナメルのバッグは、ケイに持たせていた。

当たり前なんだけど、私にはとてもこんなものは着こなせない。仮に、私が大人になっても、この人の年齢になっても、きっとこんなものは着こなせないだろうなって思った。

2人は、坂を上がり切り、デパート2階にある高級ブランドEっていう小さなお店に入った。一緒に入ることは出来なかったので、少し離れた場所でソファに座り、携帯を見てるお客さんのふりをしながらしばらく待っていたら、

ケイが買い物袋をたくさん持たされて、一緒に出てきた。ケイは、さっきまで私と一緒に居たときの黒パンツの上に、グランジっぽいデザインの黒いカットソーに着替え、その上に真っ白なGジャンみたいなのを袖まくりして羽織っていた。

袖まくりしている内側には綺麗な濃い緑色のアラビア模様の裏地があって、ステキだ。ケイには、とても似合っていて、この女の人は、ケイのことをとても良くわかっているって思った。

この前の水色のシャツもそうだったけど、こういう服着ると、ケイはもう大学生か、若い社会人に見える。カメラ越しにケイと女の人がエレベーターで下に降りるのを確認して、私も下に降りた。

もう、帰りたい。
何してるんだろう、私、バカみたい。

でも、私の足が、勝手にケイの後をついて行ってしまう。後をついていけば、自分が傷つくってわかっているのに。

そういえば、どうして傷つくんだろう。なんで、私、こんなに気持ちが重たいんだろう。

でも、泣いてしまったら、尾行ができない。足も疲れたし、のども乾いた。もう、このまま見失ってもいいやと思って、一旦、スタバに入って何かドリンクを買うことにした。

グランデサイズ、氷一杯のオーダーをしたアイスカフェラテを飲みながら、ガラスに沿って作られている浅いテーブルの小さな丸椅子に座った。ちょうどよく、ここから2人が観察できる。これだけじっと見ていても、外にあるお店のランプで私のことは見えないだろう。

2人は、お店の前の、ローマの円形劇場を真似た広場で立ち話をしていた。荷物が多いから、ケイが右手を自分の右肩にかけて、3つくらいの紙袋を背中側にぶら下げ、左手は女の人の小さなバッグ、足元に一番大きな紙袋を置いていた。

女の人は、ケイの手首あたりに軽く触れながら、なにか話している。ケイは黙って聞いているんだと思う。これから、ごはん食べに行くのかな。

ケイと女の人は、もうかれこれ15分くらいそこから全然動かない。誰かを待っているわけでもなく、ただ、そこに突っ立って話をしてるって感じだった。

おかげで休めたので、探偵ごっこはやめて家に帰ろうかな。おなか空いたな………なんて考えていた。

この後、高級レストランとか行かれちゃったら、私はもうどうにもできないし、それ以上のことになった場合(あれから、少しはネットで調べた。kindle本も何冊か買った)、私にできることはなにもないので、結局、帰ることになるわけだし。

と思って、買った伊達メガネを鞄にしまい、カップを片付けようとしていたら、すごいものを見てしまった。