国語の先生はびっくりするほど声が小さくて、窓側の後ろから2番目の席の私の耳には、一言も聞こえてこないから、この授業は、やってもやらなくても同じだ。

勉強は好きでも嫌いでもないかな。

好きな教科はあるけど、熱心に勉強もしてない。テストの時だけ必死にやってるタイプだから、ちっとも頭に残ってない。

今日はちょっと集中して先生の声を聞いてみようと前のめりになってみたけど、やっぱ聞こえなくて、ハアっていう小さなため息と一緒に、椅子に深く腰掛けたら、その圧力みたいなので、私の胸の奥からポワンと言葉が出てきた。

ああ、退屈。

あれ?退屈なんだ、これって。この学校に入ってから、ずっと気になってたことが今、言葉になって出てきたみたい。そうか、私って退屈してたのか。ま、そりゃそうだよね。

誰とも仲良く出来てるけど、誰とも特に込み入った話をするでもなく、たまにどっかに混ぜてもらって遊びに行くけど、なんとなく深くは入り込めなくて、だからシンプルに通学して、シンプルに家に帰るだけの生活をずうっと繰り返していたんだもん。

「あれ、私、これヤバいな」
つい、ボソッと声が漏れた。声にしたつもりなかったんだけど、出てきちゃった。

「え?何が?」
隣の熊野さんが、びっくりした顔で、普通の声で独り言を言う私のほうを向いて聞いてきた。熊野さんって、いつも、襟にビシッとアイロンのかかったシャツを着てるの。

きっと自分で毎日アイロンを当てているのかもって思って聞いてみたら、実はお姉ちゃんが二人いて、そのお下がりの分もあるから全部でシャツ24枚、制服3セットずつあるって言ってたな。

「あ、いや。何でもないの。家にね、鍵置いてきたかもって思って。でも今日は家にお兄ちゃんいるから大丈夫!」
とっさに、自分でもびっくりするようなスマートな嘘が出てきた。でも、それで熊野さんはフンフンんと納得してくれたらしく、また前を向いて99%聞き取れない国語の授業に集中しはじめた。

私は窓の外を見るのを止めて、まだ1行も書いていない国語のノートに、これから学校でやりたいことなどをまとめることにした。

これはヤバいですよ、今の私の状態って、これは精神病んでるサラリーマンの状態ってやつですよ。

私がサラリーマンやってるわけじゃないけど、パパがそう言ってたもの。

私のパパは、私たちが前に住んでいた市、つまり今の場所の隣の市が地元なんだけど、そこで友達と会社を興してまあまあ成功している。

そのパパが、役員であるパパの友達たちと、普通の会社員っていうのは、同じ年齢でも考え方が全然違うって話を、前にしてくれたことがある。

その時、パパが言ってたのは、こんな感じの内容だった。
「どんな仕事でも、自分の事だと思ってやらないと、面白くならないんだよ。例え従業員でも、だよ。

そうしないと、会社で何となくみんなとうわべだけ仲良くやって、でも誰とも同志にもライバルにもなれず、自分というものを少しも出せずに、家に帰って寝るだけの人生になってしまうんだ。

そんなこと何年も繰り返してたらさ、誰でもちょっと、おかしくなっちゃうだろ?」

あ、そうだ、思い出した。

テレビで五月病の話をやってて、なんで夢と希望一杯で入った会社、たった数か月で病んじゃうの?って聞いたとき、教えてくれたんだった。

本当はもう少し前後になんか重要な話があった気がするんだけど、全く記憶に残ってないので、さっき言ったところだけ覚えてたってわけ。

それで、私はまさに今、その病んじゃう一歩手前のループに入ってるってことに、気が付いちゃったの。だから、慌てて、何か私のスクールライフを充実させるためのことを、自分から積極的にリストアップしていこうって思ってはみたんだけど………。

怖いくらい何も出てこないんだよね、これが。ざっと頭の中で自問自答しただけでも、

部活、興味なし。やりたくない。(努力はした)
勉強、良い点とることに興味がない。(努力はした)
友達とどっか行く、一緒に行きたい人がいない。(努力はした)
習い事、一通りやったけど、全く続かない。(努力はした)
好きな人、これと言っていない。
趣味、これと言ってない。
好きなアイドル、別になし。
欲しいもの、別にない。

って感じで、自分のことを自分で眺めて、何この人何もないな、って思った。だけど、全部、これが本当のことなんだもん。

お昼の時間になって、お弁当をササっと済ませた後、私はまた、自分のリストに向かうことにした。あ、うちの学校、お弁当の時に机の向き変えたりするの禁止なのね。だから、お弁当グループとかはないので、ボッチ飯とかもないから、それはご心配なく。