「先生には、この前、会ったの」
「え?どこで?」

「園町で。って、今日もだけど」
「え?いついつ?どゆこと?」

「紗々、俺が話すよ、やっぱ」

そういって、今度はケイが話し始めた。
「マイマイに、昼間に言ってたことの続きになるけどさ。警察にいたって言ったろ?あれ、本当なんだ。補導されたんじゃなくて、警察で事情を聞かれただけなんだけど」

「どういうこと?」
「まあ、ちょと、先生がテンション・ハイになってたっていうか」
「麻衣、あのね、その日、私、先生に会えたのがうれしくて、腕を組んだり、手をつないだりしちゃったの。私はまだ、先生の生徒気分でいたから。私は、懐かしい先生のつもりでいたんだけど」

「でも、そうはいかなかったってこと。学校も変わって、先生はもう紗々の先生ではなくなっているから、普通に1人の男の人として紗々に会いに来たんだよ」
「え?それの何がダメなの?」

「ダメじゃないよ?別に。紗々が良いならね。でも紗々には、先生は先生のままだったんだよ。そこに溝があるっていうか、こういうのって、男女じゃないから、男と女の溝とは言わないんだろうけど」
「あー。なるほど、なんとなくわかった」

「だけど、先生は気持ちが爆発しちゃってるから、紗々をそのー、うーん」
「いいよいいよ、ケイ。私が話すって」そういってゲラゲラ笑いながら、ケイの言葉を引き取って、紗々が話してくれた。

「麻衣、要するにね、先生は私のことを自分の恋人にしたかったから、ホテルでエッチなことをしたかったのよ」
「え!!」

「うん。そういうことなの」
「うーん、それはー、うーん、よくわからないんだけど、ダメなことなの?」
正直にいうと、私は紗々とケイの言う、エッチなことっていうのが、具体的にはどういうことなのかがわからなかったわけ。

いや、理論上は知ってるよ?でも、友達がいない時間が長ければ、恋愛の話にも触れることがないし、自分だって誰かのことをステキとか思ってないから、そういうことのリアルな情報は私の人生には今日まで、一切流れてこなかったんだもの。

検索すれば良いっていうけど、本当のこと知らない人が何検索したって、何が真実かなんてわからないものなのよ。

だけど、先生がしようとしていることは、わかった。この件に関してはあとで、自分で詳しく調べてみようと思う。

「うーん、ダメじゃないんだけど。私には、もう少し時間が必要っていうか。でも、お互いに会ってはいたいの。だから互いに自分の意見を言ってただけなんだけど、でもそれって、はたから見ると恋人同士が痴話げんかしているみたいに見えてたんだよね、きっと」

「でさ、マイマイ。俺が、女の人2人と一緒にいて、その人たちが道端で揉めちゃたって話したろ?あんな狭い街だからさ、大人が言い合いとかしてれば目立つんだよ。んで、制服も来ているしさ、アレ?って思ったらお互い、同じところに立ってたってわけ」
「はー、それを父兄に見られてたのか」

「そういうことです」
「じゃあ、ケイは、先生と言い合いしてた紗々を助けてあげたってこと?」

「いや、むしろ助けられたというか、助けてほしかったのは俺っていうか」
「もー、何よそれ」

「だってさ。ほぼ夜中だし、2人とも制服だし、街中で大人がギャーギャーやってるから、酔っぱらった大人はなんだなんだっていっぱい集まってきちゃうしで。その場から逃げ出したい一心で、逃げろ!って2人で逃げちゃったんだ」

「そうそう、なんであんなことしちゃったんだろうね」そういいながら、紗々が実におかしそうに思い出して笑ってた。「でも、あの時って、走って逃げるしか選択肢がなかったよね、あはははは」そういって、地面をバンバン叩いていた。

「で、逃げたはいいんだけどさ、家に帰るには駅の改札いくしかないじゃん?そしたら、そこに警官いて2人ともつかまった」
「え、なんで2人が捕まる必要があるの?」

「それは、俺も紗々も、レイジスの制服でいたからだよ。多分、だれか父兄が通報したんだよ。一応、警察の人も改札のところで事情だけ聴くって形で、見張ってたんだとさ」
「毎回思うんだけどさ、うちの学校のこのルールって、なんか陰湿だよね。なんでいつも父兄が首突っ込んでくるんだろうね」
その場で注意してあげればいいだけなのに、わざわざ学校に通報するのって、なんか気持ち悪いなって思った。

「ま、一応、おまわりさんも気を使ってくれてさ、派出所じゃないところでことの顛末を説明してさ。それでも、レイジスの校則があるからさ、仕方ないから保護者ってことで、俺はあの女の人、紗々は先生を電話でまた呼び出して、その場まで迎えに来てもらったの」

「あー、それであの女の人に助けてもらったなわけね」
「そういうこと」

「保護者といれば無問題だからな」
「あの若いおまわりさん、話のわかる人で助かったよね」
紗々がニヤニヤ笑いながら、ケイにそう言った。

「オフクロに知らされたらマズイから、変な汗出たよ。で、今日は、先生が紗々に会いたくてウロウロしてるんだよ」
「やっと紗々に会えたんだもんね、先生からしたら」

「そうかもだけど、紗々がもっと大人になるまで待てっつうの」

「先生と会うのはかまわないんだけど、私、もう少し時間が欲しい。前の学校はさ、学校自体に興味なかったからどうでもよかったけど、今は学校が楽しいから、問題起きて居づらくなるのは嫌だなあ。だから、何となく、今日も逃げちゃった」
「先生は、追いかけてきたの?」
紗々は黙って首を振った。

「そんなことはしないだろ。このあいだの誤解を解きたいだけだよ、きっと」
「なんで、そんなことケイにわかるのよ」
なんか、さも当然みたいな言い方するケイが気になる。

「そりゃだって。ここまで待って、紗々に嫌われたくはないだろ、先生は」
そういって、テントの中に置いてある未開封のチャコールの袋を持って、砂場のBBQセットのところまで歩く。

「私が、ちょっと子供なのよ、まだ」
そういって、紗々が、美しい横顔を夜空に向けて月の光を浴びていた。紗々が子供なら、私なんて本当の本物のガキだわ、小学生レベルよ。

「急いで大人になる必要なんかないんだ、紗々。俺たち、まだ16なんだから」
ケイがそう言って、小さく砕けたチャコールの上に地面に落ちている枯れ葉を乗せて、シュっと燃やしていた。

「今日ってさ、怖くなって2人に連絡しちゃったんだけどさ。落ち着いて、こうしてよく考えてみると、私は、先生が怖かったんじゃないってことが、今、わかった」
紗々は、膝を抱えて、自分の膝に顎を乗せ、遠い空の向こうを見るような瞳になった。

「そっかあ」
正直言って、私はどういう返事が正しいのかわからないんだけど、紗々の感じていることには賛成したかったので、こう答えてみた。恋愛の「れ」の字もわからない、野暮ったい自分が歯がゆい。

ケイは「そうかもな」と言って、袋を開けて、チャコールを数本、コンロの中に新しくくべて、火種をかき回した。ケイは、何だか、いろんなことがわかっている風に見えた。

ケイも誰かに恋をして、こんな風に遠い目をすることがあったのかなと思って、何となく胸の奥が落ち着かなくなった。