駅前のバスターミナルのところでタクシーを降りると、ちょうど紗々が階段を駆け下りて改札を通ってくるところだった。

「麻衣!ケイ!」
紗々がすごくホッとした顔して、私たちの名前を呼んだ。紗々はいつもの色白ではなく、明らかに顔色が悪かった。

「今日、会えないかと思ったから、嬉しい」
そういって、私が両手のひらを紗々のほうに向けて出したら、紗々がニコニコしてハイタッチしてきたんだけど、その手は氷のように冷たかった。

「大丈夫か、紗々」
「うん、何とか」
後ろを振り返って、紗々は何度もうなづいた。

「とりあえず、夜までマイマイの家にいようぜ。紗々のおばさんは?」
「あー、ママは多分、今日帰らないと思うよ」

「そっか。じゃあ、今日は、みんなで、紗々んちでお泊りキャンプにするか?」
そういって、ケイは私の頭に手を置いた。私は3人でキャンプお泊りできるのが嬉しくて、軽く舞い上がった。

「え、ほんと?じゃ、ママに言っておかなきゃ」
私はいそいそとママにLINEで、晩御飯食べたら、紗々の山小屋に行ってくるという連絡だけした。すぐにOK!というスタンプが帰ってきて、冷凍庫にあるアイスクリームを持って行ってもいいって返事が来た。

帰りは30分くらいかかる駅からの道を、3人で並んで歩いて帰る。紗々は駅に着いたときには少し弱っていた感じだったけど、だんだん元気になってきた。

家についたら17時過ぎくらいだったから、3人で2人分のカレーの晩御飯を食べて、修人が帰ってきてから、修人の晩御飯のカレーをチンして出してあげて、紗々の家に行くよって言ってから出かけた。

ケイが、紗々の家に行く前に、スーパーでBBQで焼くソーセージを買うというので、聖レイジスの幼稚園校舎の正門の方にあるスーパーエミリオまで行った。園町街道に面した車で乗り入れができる割には小さめのスーパーなんだけど、とりあえず必要なものが揃うので、いつもここを使っている。

ケイが慣れた感じでスイっと買い物かごを持って、目的のケースまでとっとと行ってしまったので、私と紗々はきれいに並んでいる野菜などを見ながら、カワイイ色のトマトが詰まったパックや、知らない名前のハーブなんかを手に取って、面白がっていた。

すると、通りすがりの人から「あの子じゃない?美人だし。園町にいたっていう………」という声が向けられた。私たちはパッと振り返ったんだけど、中年の女性は何人もいて、それぞれが買い物をしているので、誰がそんなことを言ったのかがわからなかった。

美人だからって、というからには、確実に私にではなく紗々に向けて吐き捨てられた言葉だ。すごく嫌な気持ちになった。

紗々が一瞬、沈んだ表情をしたが、すぐに気を取り直して肉や魚があるところにスーッと移動していった。私もあとをついていったら、ケイが少し離れたところでシャウエッセンと薫香を両手に持って、どっちを買おうか真剣に悩んでいる。

「どっち買うの?」
ケイの手元を除きこんで、ケイに聞く。薫香は298円、シャウエッセンは398円って書いてある。

「100円違うわけよ。俺はさ、シャウエッセンは特別な日って決めてんだ。でも今日はキャンプだから特別って言えば特別なんだけど、でも、もう何回もやっちゃってるから、そこまでスペシャルじゃないじゃん?だから、やはり薫香なのかと………」

「変なの、ケイ。あんなにお金持ちなのに」
「バーカ。金なんてパッパと使っていたら、あっという間に消えちまうんだぞ」
なんか、ケイのおじさんが言いそうなセリフをケイが言う。私は面白がって、えい!ってシャウエッセンを5袋もカゴに放り込んだ。

紗々がニコニコしながら肉のパックを持ってやってきた。
「すごいもの見つけちゃった、ほら見て。今日食べれば大丈夫だよね、きっと」
ステーキ肉の7割引き、650gの厚切りなのにたったの298円になってるやつだった。

買おう買おうってことになり、焼肉のたれも買おうってはしゃいでいたら、また
「あら新婚ごっこ?やらしい。どういう躾けしてるのかしら」という言葉が聞こえてきた。

ケイが反射的に「んだとババア」と言って振り向いたが、やっぱり誰が言っているのかはわからない。私はケイが人を殴ったりしないように、ケイの買い物かごを持っていないほうの腕を、咄嗟に掴んだ。

明らかに、私たち、というか、正確には紗々に向けて投げられた言葉だったのがわかる。

「麻衣、ケイ、いいよ。行こ」
紗々はそう言って、棚にあった焼肉のたれを1個だけカゴに放り投げて、レジにスタスタと歩いて行ってしまった。仕方がないから、私とケイも、紗々の後に続いてレジに並んだ。

紗々の家について、一旦、荷物を山小屋の冷蔵庫にしまってから、家政婦の小曾根さんが用意しておいてくれたおかずなどを取りに、紗々が母屋に戻った。

「ケイ、さっきの。何だろう」
「ああ………。ここんとこ、よくあるらしいぞ、紗々が言ってた」

「私、あんなこと通りすがりに大人に言われたら傷つく」
「そりゃそうだろ、同級生でも普通にムカつくわ」

「だね。学校でも言われてるし、紗々」
「まあな」

「紗々、悪くないのにね」
「だな」

「どうにかできないのかな」
「わからん。まあでも、紗々には一生ついて回るかもな」

「どして?」
「目立つからさ」

「ああ、そんな。私なんて、憧れしかないけどな、紗々」
「そんな風に思えるのは、お前が素直にまっすぐ育った証拠だよ。学校のやつらだって、そう思いたくても思えないからねじれちゃうんだろ。あのババアどもが何が理由であんなことすんのかはわからんが」

「今日の多分、学校の父兄だと思う。パパとママにも聞かれたんだけど、保護者の間で噂になってるらしいんだよね、この間の………あっ、ちょっと、よく考えたら昼間の話、途中で終わってて、あのまんまじゃないの」
「あ、ヤバい、思い出しちゃった?」
竹串にシャウエッセンと、ポッケに入れてあるビクトリノックスのナイフで半分に切ったピーマンを刺し、塩コショウを振りながら、おかしそうにケイが笑った。

突然のお泊りキャンプと紗々に会えたことがうれしくて、あのことが頭から完全に消えていたことに腹が立つ。私ってどうしてこうなんだろう。

紗々が犬と一緒に、たくさんのお皿を乗せて、カチャカチャ言わせながら戻ってきた。「すごい作ってあった!」って言いながら、煮物、酢の物、ポテトサラダ、ひじき、小松菜と油揚げの煮びたしなんかのラップを次々に外した。

犬が2匹、ケイのそばまで来てシャウエッセンのニオイを嗅いでいる。でも訓練されているらしくて、ケイが食うか?と聞いても、そっぽを向いて、紗々の近くまで戻ってしまった。

ソーセージグリルと和風のお惣菜と、厚切りステーキ肉という、なんかよくわからないメニューをつまみながら、3人では少し足りなかったカレーの晩御飯のスキマを埋めた。

ケイが、消えかかるBBQコンロにチャコールを袋から出して足しながら、紗々に
「今日、どうした」
と聞いた。なんかそれが、2人の間ではよく話されている会話みたいな感じに聞こえた。すぐに紗々が

「あ、うん。前と同じ」
「またかよ、懲りねえな、あのオッサン」

「うん」
「そっか」

という会話があって、私は紗々とケイを交互に見ながら、きょとんとしてしまった。2人は完全に理解しあってるけど、私には全然会話が見えない。

「オッサンって誰?そうだ、そういえば紗々、今日なんかあったの?」
「あ、そうだった、マイマイに説明」
「ケイ、麻衣に言ってなかったの?」

「いや、なんて言ったらいいのかわかんなくて」
「ケイ、私に気を使わないで。別に、大丈夫だよ」

そういって、紗々は前の学校であったことを話してくれた。