家に帰ってから30分もしないうちに、パパも車で帰ってきた。なんだー、じゃあ、会社で待ってれば良かったわねーなんてママがキャッキャしながらパパと話してて、今日のお買い物のお披露目をしている。
パパは「ママは何でも似合うねー」なんて言いながら、ダイニングに座って、ママの戦利品を見ながら美味しそうにビールを自分でコップに注いで飲んでいる。そんなの見てると、なんかさっきのバスターミナルでの出来事が、全て私の空想だったような気さえしてきた。
リビングを振り返ると、修人が青い大きなバランスボールで腹筋をフンフン言いながらやってて、学人が白いソファに座って、iPadで静かに本を読んでいた。全然、いつものわたしんちだ。
今、この家で、私だけがいつもの私ではない。
そう思ったらなんか、疲れちゃったので、先にお風呂に入って早くリラックスしたいと思った。お風呂にお湯をためてる間に洗面所の下の台にある、良い香りのするバスバブルなんかがしまってある箱に手を突っ込んで、手にあたったものを出して、袋を破って湯舟に放り投げた。ラベンダーだったらしく、クールな香りと共に、お湯が薄紫に変わっていく。
あっという間に変わるな。
そんなことを思いながら、シャワーで頭と体と顔を洗い、お風呂に浸かった。
あの人、誰なんだろう。
そんなことが頭の中をグルグル回った。でも、あの人に関して私が知ってることは何もない。今夜、私がひとつだけ分かったのは、あの園町のうわさは、全くの嘘ではなかったってことだ。
明日は、紗々が紗々ママの会社に用事があって、3人では集まれないのがわかっていたので、明日、ケイに聞いてみようかなって思った。
でも、聞かないほうがいいのかな。
こういう時ってどうするのが正しいんだろう。
そんなことを思いながら、風呂場で頭をガシガシ洗い、シャワーの水量を最強にして、全身に力を入れながらお湯を浴びた。
部屋に戻って、ベッドに寝っ転がったら、LINEが入った。いつものグループではなく、私への個人的なLINEがケイから来ていて、「明日、話がある」ってだけ書いてあった。
「りょうかい」と書いて送った。で、すぐに、私は別に怒ってるわけじゃないから、という意味で、機嫌の良さそうな猫のスタンプをつけておいた。あ、またヘアパックするの忘れた。もう!
翌日、いつもみたいにケイが普通にお昼ごろ、家に遊びに来た。修人は朝からサッカーの練習でいないけど、学人が家にいたので、ママと学人とケイと私で、ママの作った冷やし担々麺を食べて、テレビで流れている通販商品の話なんかをしていた。
昨晩のケイを思い出しながら今のケイを見てて思ったけど、ケイは私よりもずっと大人だということに気が付いた。今のケイの少年らしい態度からは、昨晩のケイは全く想像がつかない。
学人だって、子供のころのケイのままでケイを見ている。それは私だってそうだった、昨日までは。そんなことを思ってたら、なんか、自分だけが永遠に成長のないのガキみたいで、少し恥ずかしくなった。
学人は午後はパパの会社に手伝いに行くし、ママはパン教室に行ったあと、お友達とごはんを食べる予定があるらしいから、夜は私とケイだけでカレーということになった。
ママが、レンジでチンしたらすぐ食べられるようにお皿に入れたカレーライスを冷蔵庫にいれておいてくれて、サラダと冷たいスープを2人分、わかりやすく並べておいてくれた。
「修人の分はこっちだからー、チンしてあげてね」って言われたから確認したら、一番下の段に修人のカレー皿が3個並んでる。毎日の、こんな何でもないことが、今、とても人生では重要なことのような気がしてくる。
2人で、玄関で学人とママにいってらっしゃーいってしてから、ドアに鍵をかけ、2人が通りに面した玄関門がガチャンとしめた音を確認してから、2人で顔を見合わせ、急いで2人でリビングに戻る。
リビングのローテーブルの上には、ママが氷カフェオレを作っておいてくれたものが、ガラスコップに汗をかくくらい、少し溶けかかっていた。とりあえず、それを飲みながら話そうってことっで、2人でソファにドサっと腰掛けた。
「で、話ってなによ」
片手でカフェオレ、ケイの方の片足でケイの足を軽く蹴りながら聞く。
「何ってお前………」
ストローでコップの中身をグルグルかき回しながら、気まずそうな表情でケイが答える。
「まず、あの女の人、誰?」
「あの人の話は、とりあえず置いといて、だ」
「なんで置いとくのよ、ケイの母親だとか名乗ってる知らない女の人なのに?」
「うーん」
「え?もしかして本当に母親なの?」
「それは、断じて違う」
「じゃ、誰?」
「お前に説明してもなあ………」
「じゃあ、話があるってなんなのよ!もう!」
なんかムカつくので、クッションでケイの後ろ頭を殴ってみた。
「そう怒るなよ。まあ、整理して話すとだな。あの人は俺の母親ではないんだが、この前、ほら、紅子事件の時にあった話あったろ?あの時に、俺、あの人に助けてもらったんだよ」
「じゃあ、あの時、遅い時間に園町にいたのは本当だったんだ」
「うん、それは本当」
「なんで、そんな時間にいたの?」
「それは、まあ、いろいろ、だ」
「なによそれ、全然分かんないんですけど」
「話せることと、話せねえことがあるの」
カフェオレをチューッと吸いながら、ケイが困った表情で言う。
「じゃあ、何なら話せんのよう!秘密守らせるなら、私にもわかるように説明してよ」
「んー。だから、あの日は、って紅子事件の前の話な。あの日は、俺は、塾の下見に行ってて、そんでそのまま帰る予定だったんだよ。だから制服のままだったの。だけど、ちょっと知り合いに見つかってさ」
「うん」
「その人は大人だからさ。だから一応保護者ってことで、制服でも大丈夫だろうってことになって、一緒に晩飯食ってたんだよ」
「それって、あの女の人のこと?」
「うん、もう一人いたけどね。だから3人ね」
「ふうん」
「で、まあ、飯も食ったし、帰ろうかってことになったんだけどさ」
「うんうん」
「まあ、ちょっと、そのまま帰れないような雰囲気になってね。でも、俺は制服だからどうしても帰りたかったわけよ」
「うんうん」
「そんで、帰る帰らないで、ちょっと揉めたっていうか。俺が揉めたんじゃなくて、その2人が揉めたんだけどね、俺はその2人をなだめる係ね」
「ちょっと分かんなくなってきたけど、まあ、うんうん、それで?」
「そんでまあ、俺は、面倒くさくなってきて、もうこのまま放っておいて帰ろうかなって感じになってた時にさ。目の前でちょっとしたトラブルがあってさ」
「トラブル?ってなに?」
「………うーん」
ここにきて、また、ケイが口ごもりはじめる。
「なによう。なんで言わないのよ」
「言わないというよりもだ、むしろ、言えないというか、だな。お前にこんなこと言ってもいいのかと考え込んでるわけですよ、俺はね」
両手であんまり減ってないカフェオレのガラスコップを持ったまま、頭を両腕の真ん中にガクンと垂らして低い声でボソボソと答える。
「私のこと、信用してないってこと?」
「いや、そういうことじゃなく。お前に言ってもわかるかなってことだよ」
「なによ、子供扱いして」
なんか、さっきも自分で自分のことガキだなって思ったばかりだったから、余計に図星な感じでちょっとショックだった。
私が多分、みるみるションボリしてきたんだと思う。ケイは慌てて
「いや、お前が子供だとか、そういうこと思ってバカにしてるとかじゃないんだよ」
とフォローを入れてきた。
しばらく、ケイが、コップの底をストローでグリグリ押しながら、じーっと考え事をしてるのを、私は飼い犬がご主人様の命令を待ってるかのような気持ちで待ってた。
「………紗々がさ」
ケイがしばらく考え込んでから、口を開いたら、急に紗々の話が出たので、私はちょっとびっくりした。この話に紗々が出てくるって想定してなかったから。
「え?紗々?」
「え、いや。ほら、2人で警察に捕まったみたいな話になってたろ?」
「え?警察?警察に捕まったの?」
「あ、ヤベ………」
咄嗟に口を押えて、失敗したって顔をした。
「え?2人とも警察で補導されてたの?」
「………。」
ケイがコップをテーブルに置いた手を自分の手元に戻す途中で、仏像の様に空中に手の平を置いたまま、動かなくなった。
「ちょっとお、ケイ、どういうことなのよ」
思わず、ゆさゆさとケイの肩を持って揺らす私。
「うわあああああ」
ケイはそう言いながら、ソファのひじ掛けがある、クッションが置いてあるほうに、倒れこんだ。
「いやー、ちょっと待って、マイマイ。俺の神経が持たねえわ」
ケイはそう言いながら、クッションを自分の胸に抱きかかえ、足を空中でバタバタさせた。
ケイは割といつも、慌てたりとかしなくって、ええと、なんて言ったかな、この前、3人で本の遊びしたとき出てきた言葉、あ、そうそう、「超然」とした感じなんだけど、こんな風にうろたえているケイは初めて見た。
その時、私とケイのスマホが同時に鳴る。
「紗々だ」
「うん、紗々だ」
LINEはこうだった。
『2人ともいる?』
『いるよ、私んちにいる』
『どした』
『ちょっと、いろいろ』
って来て、そのあと、返事がなくなった。ケイがしばらくじっと画面を見ていたが、急に
「おい、マイマイ。駅まで行くぞ、なんか上に着ろよ」って言って、そのままケイがLINE電話を紗々にかけた。
「紗々、今どこ?」
電話の向こうの紗々は、自分がいる場所なんかを返事しているんだと思う。
「じゃあ、すぐ乗れ」
って、結構な強い口調で言って電話を切った。もたもたUVパーカーを着ていた私の腕をつかみ「はい、早く着なさい。駅まで紗々を迎えに行くぞ」って言いながら、私を玄関まで引っ張って行く。
「紗々を迎えに行くの?なんで急いでんの?」
「いいから、早く、靴を履け」
そう言って、玄関のドア横にある私が鍵をかけておく場所から鍵をとり、2人で家を出た。こういうの見てると、ケイってほとんどうちの子なんじゃないかって思う。
すぐに中央通りまで出てタクシーを拾い、桜駅まで行くことになった。
「なんでタクシーなの?お金ないよ、私」
「俺があるから大丈夫」
って言いながら出したケイの財布には10,000円札がギッシリ入っていた。
「何これ、ケイ、なんでこん………」
「シッ」
って言って私の口を手のひらで押さえた。ケイの手があんまりにも大きくて、顔の半分以上がケイの手になってびっくりした。ケイの手のひらから、財布の革のにおいがして、ケイがもう私が知っている子供のころのケイはないことがわかり、ドキっとした。
パパは「ママは何でも似合うねー」なんて言いながら、ダイニングに座って、ママの戦利品を見ながら美味しそうにビールを自分でコップに注いで飲んでいる。そんなの見てると、なんかさっきのバスターミナルでの出来事が、全て私の空想だったような気さえしてきた。
リビングを振り返ると、修人が青い大きなバランスボールで腹筋をフンフン言いながらやってて、学人が白いソファに座って、iPadで静かに本を読んでいた。全然、いつものわたしんちだ。
今、この家で、私だけがいつもの私ではない。
そう思ったらなんか、疲れちゃったので、先にお風呂に入って早くリラックスしたいと思った。お風呂にお湯をためてる間に洗面所の下の台にある、良い香りのするバスバブルなんかがしまってある箱に手を突っ込んで、手にあたったものを出して、袋を破って湯舟に放り投げた。ラベンダーだったらしく、クールな香りと共に、お湯が薄紫に変わっていく。
あっという間に変わるな。
そんなことを思いながら、シャワーで頭と体と顔を洗い、お風呂に浸かった。
あの人、誰なんだろう。
そんなことが頭の中をグルグル回った。でも、あの人に関して私が知ってることは何もない。今夜、私がひとつだけ分かったのは、あの園町のうわさは、全くの嘘ではなかったってことだ。
明日は、紗々が紗々ママの会社に用事があって、3人では集まれないのがわかっていたので、明日、ケイに聞いてみようかなって思った。
でも、聞かないほうがいいのかな。
こういう時ってどうするのが正しいんだろう。
そんなことを思いながら、風呂場で頭をガシガシ洗い、シャワーの水量を最強にして、全身に力を入れながらお湯を浴びた。
部屋に戻って、ベッドに寝っ転がったら、LINEが入った。いつものグループではなく、私への個人的なLINEがケイから来ていて、「明日、話がある」ってだけ書いてあった。
「りょうかい」と書いて送った。で、すぐに、私は別に怒ってるわけじゃないから、という意味で、機嫌の良さそうな猫のスタンプをつけておいた。あ、またヘアパックするの忘れた。もう!
翌日、いつもみたいにケイが普通にお昼ごろ、家に遊びに来た。修人は朝からサッカーの練習でいないけど、学人が家にいたので、ママと学人とケイと私で、ママの作った冷やし担々麺を食べて、テレビで流れている通販商品の話なんかをしていた。
昨晩のケイを思い出しながら今のケイを見てて思ったけど、ケイは私よりもずっと大人だということに気が付いた。今のケイの少年らしい態度からは、昨晩のケイは全く想像がつかない。
学人だって、子供のころのケイのままでケイを見ている。それは私だってそうだった、昨日までは。そんなことを思ってたら、なんか、自分だけが永遠に成長のないのガキみたいで、少し恥ずかしくなった。
学人は午後はパパの会社に手伝いに行くし、ママはパン教室に行ったあと、お友達とごはんを食べる予定があるらしいから、夜は私とケイだけでカレーということになった。
ママが、レンジでチンしたらすぐ食べられるようにお皿に入れたカレーライスを冷蔵庫にいれておいてくれて、サラダと冷たいスープを2人分、わかりやすく並べておいてくれた。
「修人の分はこっちだからー、チンしてあげてね」って言われたから確認したら、一番下の段に修人のカレー皿が3個並んでる。毎日の、こんな何でもないことが、今、とても人生では重要なことのような気がしてくる。
2人で、玄関で学人とママにいってらっしゃーいってしてから、ドアに鍵をかけ、2人が通りに面した玄関門がガチャンとしめた音を確認してから、2人で顔を見合わせ、急いで2人でリビングに戻る。
リビングのローテーブルの上には、ママが氷カフェオレを作っておいてくれたものが、ガラスコップに汗をかくくらい、少し溶けかかっていた。とりあえず、それを飲みながら話そうってことっで、2人でソファにドサっと腰掛けた。
「で、話ってなによ」
片手でカフェオレ、ケイの方の片足でケイの足を軽く蹴りながら聞く。
「何ってお前………」
ストローでコップの中身をグルグルかき回しながら、気まずそうな表情でケイが答える。
「まず、あの女の人、誰?」
「あの人の話は、とりあえず置いといて、だ」
「なんで置いとくのよ、ケイの母親だとか名乗ってる知らない女の人なのに?」
「うーん」
「え?もしかして本当に母親なの?」
「それは、断じて違う」
「じゃ、誰?」
「お前に説明してもなあ………」
「じゃあ、話があるってなんなのよ!もう!」
なんかムカつくので、クッションでケイの後ろ頭を殴ってみた。
「そう怒るなよ。まあ、整理して話すとだな。あの人は俺の母親ではないんだが、この前、ほら、紅子事件の時にあった話あったろ?あの時に、俺、あの人に助けてもらったんだよ」
「じゃあ、あの時、遅い時間に園町にいたのは本当だったんだ」
「うん、それは本当」
「なんで、そんな時間にいたの?」
「それは、まあ、いろいろ、だ」
「なによそれ、全然分かんないんですけど」
「話せることと、話せねえことがあるの」
カフェオレをチューッと吸いながら、ケイが困った表情で言う。
「じゃあ、何なら話せんのよう!秘密守らせるなら、私にもわかるように説明してよ」
「んー。だから、あの日は、って紅子事件の前の話な。あの日は、俺は、塾の下見に行ってて、そんでそのまま帰る予定だったんだよ。だから制服のままだったの。だけど、ちょっと知り合いに見つかってさ」
「うん」
「その人は大人だからさ。だから一応保護者ってことで、制服でも大丈夫だろうってことになって、一緒に晩飯食ってたんだよ」
「それって、あの女の人のこと?」
「うん、もう一人いたけどね。だから3人ね」
「ふうん」
「で、まあ、飯も食ったし、帰ろうかってことになったんだけどさ」
「うんうん」
「まあ、ちょっと、そのまま帰れないような雰囲気になってね。でも、俺は制服だからどうしても帰りたかったわけよ」
「うんうん」
「そんで、帰る帰らないで、ちょっと揉めたっていうか。俺が揉めたんじゃなくて、その2人が揉めたんだけどね、俺はその2人をなだめる係ね」
「ちょっと分かんなくなってきたけど、まあ、うんうん、それで?」
「そんでまあ、俺は、面倒くさくなってきて、もうこのまま放っておいて帰ろうかなって感じになってた時にさ。目の前でちょっとしたトラブルがあってさ」
「トラブル?ってなに?」
「………うーん」
ここにきて、また、ケイが口ごもりはじめる。
「なによう。なんで言わないのよ」
「言わないというよりもだ、むしろ、言えないというか、だな。お前にこんなこと言ってもいいのかと考え込んでるわけですよ、俺はね」
両手であんまり減ってないカフェオレのガラスコップを持ったまま、頭を両腕の真ん中にガクンと垂らして低い声でボソボソと答える。
「私のこと、信用してないってこと?」
「いや、そういうことじゃなく。お前に言ってもわかるかなってことだよ」
「なによ、子供扱いして」
なんか、さっきも自分で自分のことガキだなって思ったばかりだったから、余計に図星な感じでちょっとショックだった。
私が多分、みるみるションボリしてきたんだと思う。ケイは慌てて
「いや、お前が子供だとか、そういうこと思ってバカにしてるとかじゃないんだよ」
とフォローを入れてきた。
しばらく、ケイが、コップの底をストローでグリグリ押しながら、じーっと考え事をしてるのを、私は飼い犬がご主人様の命令を待ってるかのような気持ちで待ってた。
「………紗々がさ」
ケイがしばらく考え込んでから、口を開いたら、急に紗々の話が出たので、私はちょっとびっくりした。この話に紗々が出てくるって想定してなかったから。
「え?紗々?」
「え、いや。ほら、2人で警察に捕まったみたいな話になってたろ?」
「え?警察?警察に捕まったの?」
「あ、ヤベ………」
咄嗟に口を押えて、失敗したって顔をした。
「え?2人とも警察で補導されてたの?」
「………。」
ケイがコップをテーブルに置いた手を自分の手元に戻す途中で、仏像の様に空中に手の平を置いたまま、動かなくなった。
「ちょっとお、ケイ、どういうことなのよ」
思わず、ゆさゆさとケイの肩を持って揺らす私。
「うわあああああ」
ケイはそう言いながら、ソファのひじ掛けがある、クッションが置いてあるほうに、倒れこんだ。
「いやー、ちょっと待って、マイマイ。俺の神経が持たねえわ」
ケイはそう言いながら、クッションを自分の胸に抱きかかえ、足を空中でバタバタさせた。
ケイは割といつも、慌てたりとかしなくって、ええと、なんて言ったかな、この前、3人で本の遊びしたとき出てきた言葉、あ、そうそう、「超然」とした感じなんだけど、こんな風にうろたえているケイは初めて見た。
その時、私とケイのスマホが同時に鳴る。
「紗々だ」
「うん、紗々だ」
LINEはこうだった。
『2人ともいる?』
『いるよ、私んちにいる』
『どした』
『ちょっと、いろいろ』
って来て、そのあと、返事がなくなった。ケイがしばらくじっと画面を見ていたが、急に
「おい、マイマイ。駅まで行くぞ、なんか上に着ろよ」って言って、そのままケイがLINE電話を紗々にかけた。
「紗々、今どこ?」
電話の向こうの紗々は、自分がいる場所なんかを返事しているんだと思う。
「じゃあ、すぐ乗れ」
って、結構な強い口調で言って電話を切った。もたもたUVパーカーを着ていた私の腕をつかみ「はい、早く着なさい。駅まで紗々を迎えに行くぞ」って言いながら、私を玄関まで引っ張って行く。
「紗々を迎えに行くの?なんで急いでんの?」
「いいから、早く、靴を履け」
そう言って、玄関のドア横にある私が鍵をかけておく場所から鍵をとり、2人で家を出た。こういうの見てると、ケイってほとんどうちの子なんじゃないかって思う。
すぐに中央通りまで出てタクシーを拾い、桜駅まで行くことになった。
「なんでタクシーなの?お金ないよ、私」
「俺があるから大丈夫」
って言いながら出したケイの財布には10,000円札がギッシリ入っていた。
「何これ、ケイ、なんでこん………」
「シッ」
って言って私の口を手のひらで押さえた。ケイの手があんまりにも大きくて、顔の半分以上がケイの手になってびっくりした。ケイの手のひらから、財布の革のにおいがして、ケイがもう私が知っている子供のころのケイはないことがわかり、ドキっとした。