そして昨日の夕飯時に、ふと思い出したように父さんに聞かれたのだ。
高校を卒業した後の進路の事を。
どんな進路を希望しても、僕の意思を尊重してくれると父さんが最初に言ってくれたので、自立したいからこの家を出て就職するつもりだと言い出しにくくなった。
もちろん、その道を選んだとしてもきっと認めてはくれただろう。
けれど、あんなに頑なに『家を出たい』と言い続けていたにもかかわらず、迷いが生じたのだ。
おそらく、単純にもう家を出る理由がなくなったからだと思う。
どう言おうか悩んでいた僕を見て、父さんは一言くれた。
『斗真もそんな風に進路で悩んでいたよ。まあ、今すぐに答えを出さなくても、時間はたっぷりあるんだから、たくさん悩んで決めればいい。何かで迷っているのならいつだって相談にのるよ。父さんも悠真と一緒に悩むから。すまんな、ちょっと気になったから聞いてみただけなんだ』
兄貴も進路の事で悩んでいただなんて。
そんな風に悩んで決めた兄貴の答えが、その時なぜか自然に口から出たんだ。
『俺、教師になろうかと思ってるんだ。……兄貴が歩もうとしていた道を目指したい』
それを聞いて、父さんも母さんも驚いた表情を浮かべたし、少し慌てたようにも見えた。
『悠真がなりたいのなら全力で応援するが、斗真が叶えられなかったから代わりに……とか思うのならやめてくれ。斗真は斗真の、悠真は悠真の人生なんだから』
『そうじゃないんだ。何でもパーフェクトにこなす兄貴がそんな風に進路で悩んでいたとか、知らなかったからさ。確かに、兄貴が叶えられなかったからっていう思いは少しはあるけれど、兄貴の本音を聞いた時、興味を持ったのは事実なんだ。……僕も深澤先生に救われたし、兄貴が目指した深澤先生のような教師を目指したくなったっていうか……』
正直に僕の気持ちを話した事が良かったのか、父さんも母さんも納得してくれた。
『悠真が決めたのなら、応援するよ。全力で頑張りなさい』
その言葉に背中を押され、僕は就職希望から大学進学希望へと進路を変更した。
昨夜のやり取りを話し終えると、深澤先生はうんうんと頷きながら顎に手を当てる。
「悠真が俺のような先生にかー」
「あ、言っておきますが、間違っても、教え子とグラビアアイドルの話をするような先生にはなりませんから。……でも、深澤先生のように、ひとりひとりと正面から向き合って、ぶつかり合えるような教師になりたいなって素直に思いました」
「ハハハ。そう言われちゃうと照れるんだけど」
この人は本当に褒められ慣れてないのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。
普段からいじられる事が多いせいで、こうなったのかもしれないけど。
「……それと先生。兄貴が、こっそり隠してたらしい、グラビアアイドルの作品を実は部屋で見つけちゃったんですよ」
「えっ?! マジで?! そうなの?! ……もうー、そういう事は早く言ってよーっ!」
「両親が見たら卒倒しそうだから、先生受け取ってくれますか?」
「おーおーおー、そういう事なら仕方ないよな? 喜んで受け取ろうじゃん?」
鼻の下を伸ばしながら、僕から紙袋を受け取る深澤先生。
僕は本当にこの先生を目標にしていいのだろうか?
「あー、なるほど。斗真が好きだったのこの子かー。わかる~!」
紙袋から作品を取り出し、どれも主役の女優が同じだったため、さっきまであった胸のつっかえが取れたらしい。
すごく晴れ晴れとした表情をしている。
「良かったですね、深澤先生。これからずっと安眠できますね」
「本当だよ。悠真も白石も俺の安眠を取り戻してくれた恩人だよ。ありがとう!」
「……帰ろうか、ルカ」
「そうだね」
「おうおう、気をつけてな!また明日!」
一人で盛り上がる深澤先生を置いて、二人でそっと帰路についた。
「良かったね、悠真君。ご両親とのわだかまりがなくなって」
「それについては、ルカに感謝してもしきれない。本当にありがとう」
「ううん。斗真さんが私に生きる希望をくれたからだよ。それに、悠真君が私の話を信じてくれたおかげだよ? だから私に感謝しなくてもいいの。悠真君が自分で希望への道を切り開いたのだから」
ルカはそう言って、ふんわりと優しく微笑んだ。
それでもルカがいなかったら、僕は希望への道なんか自分で切り開こうとはしなかった。
兄貴の強い想いをルカが受け止めてくれたおかげでもあるし。
「兄貴の世界が見えなくなったから、目の疲れも減ったでしょ?」
「うん。……ただ、日課みたいになってたから少し寂しい気はするけどね」
そうは言うけれど、ルカの目が休まらない状態が続くのなら、僕は兄貴を恨む事になってただろうから、見えなくなってくれて良かったって思う。
「兄貴が見てきた世界は見えなくなっても、これからはルカは自分の生きる世界を映していけばいいんだよ」
「……じゃあ、ずっと悠真君が見ている景色と同じものを映し続けるよ。悠真君の隣で」
ルカはそう言って僕の手をギュッと握りしめる。
ドキッとしながら僕はルカの方を向いた。
「……大事な時に大事な言葉を言えないチキンな僕でもいいの?」
「悠真君はチキンなんかじゃないよ。いつでも何が起きても平然と、物事を決められる人なんて、物語の中だけだよ。悠真君は悠真君らしく生きていけばいいんだよ。私はそんな悠真君の事が大好きだから」
微笑むルカの瞳の中に映る僕。
フッと笑った後、ルカの手を離して僕はカバンの中からピンクのリボンがついたラッピングを取り出す。
「……これ、ホワイトデーには早いけど、お返し。キャンディとマカロンが入ってる」
「……ちゃんと意味、わかってるよね?」
差し出した物をそっと受け取りながらルカがいたずらっぽく微笑みながら聞く。
バレンタインに贈ったキャンディの意味を知っているかと問われた時の表情と同じだ。
柄にもなく緊張して、コホンと僕は咳ばらいをする。
「……僕にとって白石琉花は特別な人であり、これからもずっと大事な人。上手く言えないけれど……僕はルカの事が好きだし、幸せにしたいと心から思ってるよ」
こんなクサい言葉、引かれないか?
こんなセリフを口にしていいのは、イケメンに限るだろ?
言ってから少し後悔したけれど、ルカは中を開けてマカロンを取り出して、それを僕の口に押し付けた。
「風見悠真は私にとっても特別な人だよ。今までもこれからも」
フフッと可愛く笑って言った彼女に勝る子なんて、僕の世界の中には存在しない。
僕もルカに微笑み返す。
誰が何と言おうと、僕らはこれでいい。
口の中に広がる甘いマカロン。
それを感じながら、僕はルカの手をギュッと握って、ゆっくりと歩き出した。
これから、どんな事があっても全て無駄な事だと否定なんかせずに、生きていこう。
君と二人でいれば、何があっても乗り越えられる気がするから。
生きる事に無気力になっていた僕に希望の光を照らしてくれた君の隣で、僕は笑い続けるよ。
キミの瞳に映る世界が、これからも光り輝く、優しい世界であり続けるように……。
高校を卒業した後の進路の事を。
どんな進路を希望しても、僕の意思を尊重してくれると父さんが最初に言ってくれたので、自立したいからこの家を出て就職するつもりだと言い出しにくくなった。
もちろん、その道を選んだとしてもきっと認めてはくれただろう。
けれど、あんなに頑なに『家を出たい』と言い続けていたにもかかわらず、迷いが生じたのだ。
おそらく、単純にもう家を出る理由がなくなったからだと思う。
どう言おうか悩んでいた僕を見て、父さんは一言くれた。
『斗真もそんな風に進路で悩んでいたよ。まあ、今すぐに答えを出さなくても、時間はたっぷりあるんだから、たくさん悩んで決めればいい。何かで迷っているのならいつだって相談にのるよ。父さんも悠真と一緒に悩むから。すまんな、ちょっと気になったから聞いてみただけなんだ』
兄貴も進路の事で悩んでいただなんて。
そんな風に悩んで決めた兄貴の答えが、その時なぜか自然に口から出たんだ。
『俺、教師になろうかと思ってるんだ。……兄貴が歩もうとしていた道を目指したい』
それを聞いて、父さんも母さんも驚いた表情を浮かべたし、少し慌てたようにも見えた。
『悠真がなりたいのなら全力で応援するが、斗真が叶えられなかったから代わりに……とか思うのならやめてくれ。斗真は斗真の、悠真は悠真の人生なんだから』
『そうじゃないんだ。何でもパーフェクトにこなす兄貴がそんな風に進路で悩んでいたとか、知らなかったからさ。確かに、兄貴が叶えられなかったからっていう思いは少しはあるけれど、兄貴の本音を聞いた時、興味を持ったのは事実なんだ。……僕も深澤先生に救われたし、兄貴が目指した深澤先生のような教師を目指したくなったっていうか……』
正直に僕の気持ちを話した事が良かったのか、父さんも母さんも納得してくれた。
『悠真が決めたのなら、応援するよ。全力で頑張りなさい』
その言葉に背中を押され、僕は就職希望から大学進学希望へと進路を変更した。
昨夜のやり取りを話し終えると、深澤先生はうんうんと頷きながら顎に手を当てる。
「悠真が俺のような先生にかー」
「あ、言っておきますが、間違っても、教え子とグラビアアイドルの話をするような先生にはなりませんから。……でも、深澤先生のように、ひとりひとりと正面から向き合って、ぶつかり合えるような教師になりたいなって素直に思いました」
「ハハハ。そう言われちゃうと照れるんだけど」
この人は本当に褒められ慣れてないのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。
普段からいじられる事が多いせいで、こうなったのかもしれないけど。
「……それと先生。兄貴が、こっそり隠してたらしい、グラビアアイドルの作品を実は部屋で見つけちゃったんですよ」
「えっ?! マジで?! そうなの?! ……もうー、そういう事は早く言ってよーっ!」
「両親が見たら卒倒しそうだから、先生受け取ってくれますか?」
「おーおーおー、そういう事なら仕方ないよな? 喜んで受け取ろうじゃん?」
鼻の下を伸ばしながら、僕から紙袋を受け取る深澤先生。
僕は本当にこの先生を目標にしていいのだろうか?
「あー、なるほど。斗真が好きだったのこの子かー。わかる~!」
紙袋から作品を取り出し、どれも主役の女優が同じだったため、さっきまであった胸のつっかえが取れたらしい。
すごく晴れ晴れとした表情をしている。
「良かったですね、深澤先生。これからずっと安眠できますね」
「本当だよ。悠真も白石も俺の安眠を取り戻してくれた恩人だよ。ありがとう!」
「……帰ろうか、ルカ」
「そうだね」
「おうおう、気をつけてな!また明日!」
一人で盛り上がる深澤先生を置いて、二人でそっと帰路についた。
「良かったね、悠真君。ご両親とのわだかまりがなくなって」
「それについては、ルカに感謝してもしきれない。本当にありがとう」
「ううん。斗真さんが私に生きる希望をくれたからだよ。それに、悠真君が私の話を信じてくれたおかげだよ? だから私に感謝しなくてもいいの。悠真君が自分で希望への道を切り開いたのだから」
ルカはそう言って、ふんわりと優しく微笑んだ。
それでもルカがいなかったら、僕は希望への道なんか自分で切り開こうとはしなかった。
兄貴の強い想いをルカが受け止めてくれたおかげでもあるし。
「兄貴の世界が見えなくなったから、目の疲れも減ったでしょ?」
「うん。……ただ、日課みたいになってたから少し寂しい気はするけどね」
そうは言うけれど、ルカの目が休まらない状態が続くのなら、僕は兄貴を恨む事になってただろうから、見えなくなってくれて良かったって思う。
「兄貴が見てきた世界は見えなくなっても、これからはルカは自分の生きる世界を映していけばいいんだよ」
「……じゃあ、ずっと悠真君が見ている景色と同じものを映し続けるよ。悠真君の隣で」
ルカはそう言って僕の手をギュッと握りしめる。
ドキッとしながら僕はルカの方を向いた。
「……大事な時に大事な言葉を言えないチキンな僕でもいいの?」
「悠真君はチキンなんかじゃないよ。いつでも何が起きても平然と、物事を決められる人なんて、物語の中だけだよ。悠真君は悠真君らしく生きていけばいいんだよ。私はそんな悠真君の事が大好きだから」
微笑むルカの瞳の中に映る僕。
フッと笑った後、ルカの手を離して僕はカバンの中からピンクのリボンがついたラッピングを取り出す。
「……これ、ホワイトデーには早いけど、お返し。キャンディとマカロンが入ってる」
「……ちゃんと意味、わかってるよね?」
差し出した物をそっと受け取りながらルカがいたずらっぽく微笑みながら聞く。
バレンタインに贈ったキャンディの意味を知っているかと問われた時の表情と同じだ。
柄にもなく緊張して、コホンと僕は咳ばらいをする。
「……僕にとって白石琉花は特別な人であり、これからもずっと大事な人。上手く言えないけれど……僕はルカの事が好きだし、幸せにしたいと心から思ってるよ」
こんなクサい言葉、引かれないか?
こんなセリフを口にしていいのは、イケメンに限るだろ?
言ってから少し後悔したけれど、ルカは中を開けてマカロンを取り出して、それを僕の口に押し付けた。
「風見悠真は私にとっても特別な人だよ。今までもこれからも」
フフッと可愛く笑って言った彼女に勝る子なんて、僕の世界の中には存在しない。
僕もルカに微笑み返す。
誰が何と言おうと、僕らはこれでいい。
口の中に広がる甘いマカロン。
それを感じながら、僕はルカの手をギュッと握って、ゆっくりと歩き出した。
これから、どんな事があっても全て無駄な事だと否定なんかせずに、生きていこう。
君と二人でいれば、何があっても乗り越えられる気がするから。
生きる事に無気力になっていた僕に希望の光を照らしてくれた君の隣で、僕は笑い続けるよ。
キミの瞳に映る世界が、これからも光り輝く、優しい世界であり続けるように……。


