キミの瞳に映る世界

「悠真、イメージ変わったよな。メガネをやめた上に、鬱陶しい前髪をやっと切って、表情が明るくなったせいか、顔色もなんかいいし、めっちゃイケメンなんだけど」
「そんなに変わんないだろ。からかうなよ」

兄貴の命日から数日。
織原が登校するなり僕の元へ駆け寄って来て、べた褒めするから、どこかくすぐったいような変な気持ちになった。

「やっぱり、白石さんと運命的な出会い方をしたせい? 悠真を変えたのは白石さんなんだろ?」

ニヤニヤする織原を見ながら、僕は深いため息をつく。
白石琉花との出会いを、ただの『運命的』で片づけられるような物なのだろうか。
絶対に違うと思う。
だってこの出会いで、何人もの人生観が変わって、何人もの人が救われたのだから。

「ルカー。ここ、わかる?」
「ここは、この公式を当てはめればいいんだよ」
「そっか! ありがとう!」

数学の宿題でわからなかった部分を女子に聞かれ、丁寧に教えているルカを見て、僕は自然と笑みがこぼれた。
ルカもやっとクラスの女子と打ち解け、仲のいい友人も増えた。
僕と一緒にいた事で、距離を置いていたようだけれど、ルカの持ち前の明るさにみんなが少しずつ引き寄せられたみたいだ。
兄貴のために今までの生活を犠牲にしてまで、僕の前に現れたルカ。
背負っていた荷物を全ておろし、これからは自分のためだけに生きていける。
輝いた未来を見るためには、視界が広くないとって言われて、長ったらしい前髪をルカに切る事を提案されて、切り落とした僕。
ついでに適当に伸びきっていた他の部分も美容院で切ってもらった。
鏡の中にいる自分が自分らしくなくて、直視できなかったけど。
織原の言うように、僕はかなりイメージが変わったらしく、少しずつクラスメイトから声をかけられるようになった。
人を寄せ付けないバリアを張っていたけれど、もうそれもおしまい。
戸惑いながらも受け答えをしていたら、面倒だとも思う事なんかなくなって、今では普通に織原以外の人も友人と呼べるようになった。
全て投げやりで卑屈に思っていた日々だったけれど、ルカのおかげで全て前向きに考えられるようになった。

「俺でも変えられなかった悠真を白石さんは簡単に変えちゃうんだもんなー。いやー、悔しいなー。やっぱり、友情より愛情のが勝るのか」
「別にそういう事じゃ……」
「いや、そうに決まってる。だって、今までどんなに俺が努力しても悠真の目の輝きは取り戻せなかった。死んだように濁ってた」

自分の目を指さして熱弁する織原に、ふんふんと頷きながら聞く僕。
まあ、自覚はあったよな。
だから余計に人が寄りつこうとしてこなかったわけだし。
僕だってクラスメイトにそんな人がいたら、近づかないと思う。
そんな負のオーラ全開の奴に近づいたところで、何の得にもならない。

「何があったのか知らないけど、なんか吹っ切れた感じ? 目はキラキラしているし、ああ、生きてるんだなってわかる」
「何だそれ」

熱く語る織原の言葉に思わず僕は笑ってしまった。
友人と呼べる人が増えたと同時に、女子から向けられる視線も変わった。
負のオーラがなくなったせいだろうけれど、以前のようにヒソヒソと噂される事はなくなったし、変な目で見られる事がなくなった。
多分、これもルカのおかげなんだろうな……。

「いや、嬉しいんだけどさ。なんか、風見悠真を取られちゃったみたいで、俺すっげー寂しいなー」
「何言ってだよ。お前は俺の他に友達いっぱいいただろ?」
「それでもさ、親友って思える存在は悠真だけだし」

友人のさらに上の、親友というポジション。
社交的でいつでも明るいムードメーカーの織原が僕の事を親友だと思っていたなんてな。

「……変な事言うなよ。反応に困るだろ?」
「あ、照れてんの? 可愛いじゃん」
「うるさい。向こう行けよ」

織原に指摘されて、顔が熱くなる。
からかわれながらも、心の底から嬉しかった。

「ところでさー、斗真が最後に言いたかったのって何だと思う? 俺、気になって気になってずっと眠れないんだよね」

僕とルカが下校しようとしているところを深澤先生に呼び出されるのは、全然変わらない。
特に重大な議題があるわけでもなく、いつものように世間話。
今日のテーマは、兄貴が最後にどのグラビアアイドルの名を言おうとしていたか、についてだ。
つーか、暇なのか?
確か、バスケ部の顧問だったよな?
部活に顔を出さなくていいのかよ……。

「そもそも、兄貴が言おうとしていたのを止めたのは先生じゃないですか」
「そうなんだよなー。けど、止めてなかったらどうなってたと思う? 俺、絶対に風見家出禁になってたじゃん? それだけは何としてでも避けたかったのよ」

深澤先生が言うと、ルカはクスクスと笑った。確かに、うちの両親はかなり深澤先生に対して感謝してもしきれないみたいだったし。
でももう解決したんだから、出禁になっても特に問題はないだろ。
……まあ、先生が兄貴のところに顔を出してくれる事は僕だけじゃなくて、父さんも母さんも嬉しいだろうしけどさ。

「変な事を気にしないで聞けば良かったじゃないですか。ほら、ことわざでもあるでしょう? 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って」

ルカが人差し指を振りながら真面目な顔で言ったので、深澤先生は盛大なため息をついた。
ああ、上手い事言うな、ルカ。
思わず拍手をしてしまう。

「お前、それ本気で言ってんの? 内容にもよるだろ?」
「冗談に決まってるじゃないですか」
「冗談に聞こえねーよ! 白石に真面目な顔で言われたら、どう返していいかわかんねーよ」

頭を抱えて嘆くように言う先生を見て、僕たちは顔を見合わせて笑う。

「白石さー、斗真が誰推しだったのか本当に見えなかった? 先生にお伝え出来なかった事が心残りです!って、未だに見えたりしない?」
「残念ですが、あれ以来何も映らなくなりました」

そう。
もうルカの瞳には兄貴の世界が映る事はない。
ルカの返答に深澤先生が頭を抱えた。

「あー、俺が安眠できる日、もうこないのかー」
「見栄張らずに、ちゃんと聞いとけばよかったじゃないですか」

そんなに後悔するくらいなら、僕の家を出禁になってでも聞き出すべきだったのでは?
そんな事を思いながら言うと、深澤先生は顔を上げた。

「いや、できねーだろ。悠真が俺の立場でも止めただろ?」

その前に、僕は教え子とグラビアアイドルの話なんかしませんって。
でも、兄貴はそれも含めた上で、深澤先生みたいな先生になりたかったって言ってたっけ。

「そういえば悠真君、大学進学に進路希望変更したんでしょう?」
「ああ、それ聞こうと思ってたんだ。白石から聞いたけど、お前、斗真の命日前までは就職希望だったじゃん? 急にどうしたの?」
「兄貴の本音聞いたら、兄貴が歩もうとしていた夢を見たくなったんだ。深澤先生のような先生になりたいって夢」

兄貴の将来の夢とか、未来の話なんか聞いた事がなかったし、お互いに話した事もなかった。
僕はぼんやりと、好きなラノベやアニメに関われるような仕事ができればいいなとか思っていたけれど、兄貴が志そうとしていた教師の道に進んでみようかなと、考え直したんだ。

「その話、ご両親にもしたのか?」
「えっ? ……はい、まあ」

先生の問いかけに一瞬戸惑ったけれど、僕は素直に頷いた。
兄貴の命日を境に、少しずつ以前のような『家族』が戻ってきているような気がする。
命日の夕飯は本当にぎこちなくて、今でも思い出しただけでちょっと笑えてしまうほど。
その日の夕飯は、久しぶりにビーフシチューだった。
三人で食卓を囲みながらずっと、

『美味しいね』
『そうだな、美味しいな』
『そう? おかわりたくさんあるから、どんどん食べてね』

の繰り返しだった。
何度目かのやり取りの時、耐えきれなくて僕が噴き出したら、母さんも父さんもこらえていたのか、笑いが止まらなくなった。
家族でこんな風に笑い合ったのは何年ぶりだろう。
それがきっかけで、次の日から普通にやり取りできるようになった。
おはよう、行ってきます、ただいま、おかえりなさい……という当たり前の挨拶から、今日起きた事のプチ報告会のようなものまで、自然な流れで。