誰からも好かれ、人望も厚かった兄貴が僕の事がうらやましかっただなんて……。
『ないものねだりってこういう事なんだよな。周りが作り上げた偶像を壊したくなくて、俺は自分で自分を押し殺した。でも悠真には俺と同じ人生を歩んで欲しくなかったんだよ。好きな物は好き、嫌いな物は嫌いと、素直に口にできる環境で生きて欲しかった。だから、これからも周りの顔色なんかうかがわないで、自分の決めた道を真っ直ぐ突き抜けていって欲しい』
「兄貴……」
フッと笑った兄貴は今度はルカに向き直る。
『……白石琉花さん。俺の想いに応えてくれてありがとう。悠真の希望の光になってくれてありがとう。あなたなら俺の想いを託せるって思ったんだ。想像以上の行動力でビックリしたけど』
「そんな……斗真さんこそ、私に希望の光を照らしてくださってありがとうございました。感謝してもしきれません」
『この世から去っても尚、俺の体の一部が色々なところで人の役に立てたのなら良かった。……父さんも母さんもドナーカードに気付いて、俺の意思を尊重してくれてありがとう。まさか応えてくれると思わなかった』
「いつだって、自分の気持ちを素直に言ってくれたら良かったんだ。気付けなかった私たちにも問題はあるけれど」
父さんの言葉に母さんが頷きながら泣き崩れる。
『深澤先生も、悠真を救ってくれてありがとう。俺、他の人が絶対に振ってこない話題を先生だけが振ってくれたから、先生と話すの本当に楽しかったんだよね』
「お前、何言ってんだよ。俺はいつだって生徒の味方だぜ?」
『じゃあ、悠真にも俺にしてくれた話と同じ話をよろしくね。あ、言い忘れてたけど、俺がおススメだったグラビア……』
「わーっ! 俺が言うから、斗真は言うなっ!」
兄貴、深澤先生の前では唯一素を出せていたのか。
優等生に何を吹き込んでるんだって、先生に対して呆れてたけれど全然違ったんだな。
ちゃんと、いい先生やってたんだな、深澤先生は。
ユラユラとしていた兄貴の姿が少しずつ消えていくように、薄くなっている事に気付いた。
『……あ、そろそろバイバイかも』
「兄貴、また会えるよな?」
『ハハハ。もう心残りはなくなったから、そろそろ生まれ変わらせてよ。その時はもう全く別の姿だろうし、前世の記憶はないだろうけどさ。……今度はちゃんと自分の意思を持って生きようと思う』
そう決意表明した兄貴の姿は、今まで見た事がないくらいスッキリした、やり切ったような表情で、カッコ良かった。
『悠真……。俺の部屋の上から二段目の引き出しの中のキーホルダー。渡したくて渡せなかったやつ。ダサいと思うかもしれないけど、持ってって』
「ダサいなんて思わないよ。ルカに一番最初に見せた物だろ? ルカはお守りとしてわざわざ水族館まで買いに行ったんだから」
『白石さん、ありがとう。俺の角膜が提供されたのが君で本当に良かった。君は風見家の希望の光だよ。本当にありがとう』
「そんな、もったいないお言葉を……ありがとうございます」
兄貴の言葉にルカは涙を流しながら首を横に振る。
『父さんも母さんも、俺の分まで悠真の事、よろしく。自分に正直に生きるって、簡単なようで難しいけど……自分の人生なんだから、他人にどう思われようと堂々と生きれば良かったんだよな。将来、深澤先生みたいな先生になろうと俺は思ってたよ』
「お? そんな風に優等生が思ってくれていたのなら、俺もマイペースな人生、無駄じゃないなって思えるよ」
兄貴の言葉に深澤先生が照れくさそうに笑いながら頭をかいた。
まともに褒められると恥ずかしいのか。
そんな深澤先生の姿を見た後、兄貴は笑顔で手を振りながら、スーッと消えていった。
この世に何の未練もないような、一点の曇りもない表情で。
「斗真……」
母さんはずっと泣きっぱなしだったけれど、もう一度会えた上に本音を聞けたことでホッとしたのか、今までとは違って悲痛な表情ではなかった。
どちらかと言えば嬉し泣き?
「悠真……今まで、すまなかったな」
「……いや、別にいいんだけど、その、僕も何も言わなかったし」
父さんに面と向かって謝られても、変にくすぐったいだけだ。
こういう時、どんな風に反応すればいいんだろう。
「……悠真は昔から手がかからない子だった。興味が無かったわけじゃないのよ」
涙をぬぐいながら母さんが僕にそう優しく語りかけてくる。
こんな風にまともに接してくれるのは、いつぶりだろうか。
直視できなくて、戸惑っていた僕は俯いてしまう。
「斗真と違って悠真は、ほとんど病気もしない子で、いつだって明るくて元気で、しっかりした子だった。何を作っても美味しいって笑顔で言ってくれるから。……でも、一度だけ、悠真の好きな物は何?って聞いた事あるのよ?覚えていないみたいだけど」
「えっ?」
母さんの言葉に驚いて顔を上げると、目が合った。
涙でグシャグシャな顔だけど、それでも母さんは笑顔のままだった。
「悠真はね、『一つに決められないよ。だって全部大好きだから』って答えてくれたの。それが本当に嬉しかった。だから、自然と斗真の好物ばかり並んでしまう事が多かったのよ。斗真の好物だけど悠真も喜んで食べてくれるからって思って」
そう……だったのか。
言われてみれば、そんな事もあったような気がする。
「中学に上がって、悠真の様子がおかしい事には何となく気が付いていたの。でも、あなたは昔から心配をかけたくないという思いからか、話をしてくれる雰囲気じゃなかったから、悠真から話してくれるまでそっとしておこうって。……でも、それは間違いだったって、白石さんに初めて言われて気が付いた。話してくれるまで待つんじゃなくて、こっちから聞くべきだったのよね。……本当にごめんなさい」
母さんの声は震えていた。
「そんな矢先に斗真が事故で亡くなって、どうしたらいいかわからなくなった。言い訳になってしまうが無関心だったわけじゃない。悠真とどう向き合えばいいのかわからなかったんだ。親失格だと罵られてもおかしくない。本当に申し訳なかった」
父さんが僕に頭を下げる。
僕が背を向けていたから、二人とも僕とどう向き合えばいいのかわからなかった。
勝手に人のせいにして、被害者面して……。
全部僕がいけなかったのに。
「悠真。また、自分のせいだと思ってるだろ? 誰もお前の事を責めてないし、誰が悪いわけでもない。みんな、向き合う勇気がなかっただけなんだよ」
僕の頭にポンと手を置いた深澤先生。
「お前は生きてる。今までのやり直しなんか、これからいくらだってできるよ。白石と斗真のおかげで、バラバラだった家族がまたひとつになれたんだから。……もう一人で抱え込んだり、卑屈になったりすんな。な?」
深澤先生の姿が涙でぼやけて見えなくなった。
いつも適当なのに、何でこんな時にカッコいい事をサラッと言えるんだよ。
「斗真じゃなくてあなたが死ねば良かったんだなんて、一度だって思った事なんかない。あなたは私たちの大事な息子。だから、ちゃんと自分の人生を後悔しないように生きていって。生きている意味がないだなんて絶対に思わないで。悠真までいなくなったら母さんは……」
口を手で押さえて泣き出す母さんの姿にズキズキと胸が痛む。
「斗真も悠真も俺たちの大事な息子だ。今さら、何なんだと思われても仕方ないが、心からそう思ってる。……本当にすまなかった。許して欲しいだなんて言わないし、どんな償いでもする。だから、自分が死ねば良かっただなんて二度と口にしないでくれ、頼む」
さっきよりも深く僕に頭を下げて懇願する父さん。
こんな姿を見たかったわけじゃない。
「……そんな事しないでくれよ。僕の方こそ、勝手にいじけて……ごめんなさい」
僕がそう言うと、深澤先生はまた僕の頭をポンポンと優しく撫でた。
「深澤先生、ありがとうございました。私たちが至らないばかりに、先生に多大なご迷惑をおかけして……」
「いやいや、僕にとって斗真君も悠真君も大事な教え子ですから、当然の事をしたまでですよ」
父さんにお礼を言われて、深澤先生は照れたように頭をかく。
「悠真君、良かったね」
「ルカ、ありがとう。本当に……」
しゃがんで僕の顔を覗き込んだルカ。
微笑む彼女に僕はまともにお礼を言う事ができなかった。
君がいなければ、僕はどうなっていたかわからない。
全てから目を背けて、どうせ無駄だと諦めて、何も見えない人生を送るところだった。
暗闇から助け出してくれた、キミは僕の光だ……。
僕は、握りしめていたメガネを祭壇に置き、よろよろと立ち上がる。
そんな僕の姿に不安に思ったのか、ルカが歩み寄る。
「……悠真君?」
「兄貴の部屋に行かないと。上から二段目の引き出し……だったっけ?」
「あ、私も一緒に行っていいかな……?」
「いいよ、一緒に行こう」
笑顔で頷くと、ルカは僕の手をとりギュッと繋いだ。
恥ずかしくて一瞬戸惑ったけれど、そのままルカを連れて部屋を出る。
階段をあがり、二階の一番奥にある兄貴の部屋のドアを開ける。
主がいないにも関わらず清潔感があって、いいにおいがするこの部屋。
母さんが毎日掃除しているせいでもあるだろうけれど、生きている時から兄貴が綺麗にしていた証拠。
そういうところも手を抜けなかったんだろうな。
「すごく綺麗な部屋だね」
「……僕が出入りしてた時からずっと綺麗だったよ」
部屋を見渡しながら呟くルカに答える僕。
脱いだ服とか、読みかけの漫画とか、散らばっていた記憶が全くない。
「上から二段目……ここか?」
机の前に立ち、上から二段目の引き出しに手をかける。
開ける前にルカと顔を見合わせ、目が合うと二人で同時に頷いた。
「そう……これだよ。私が見たのは」
ガラッと開けると、引き出しには水族館の名前が書かれた包みだけが入っていた。
そっと手に取り中を開けてみると、袋の中にルカと同じ、『しあわせを呼ぶ砂』と書かれた小瓶のキーホルダーが入っていた。
「……普通に渡してくれれば良かったのにな」
「斗真さんも素直になれなかったって事だよ、きっと」
ルカの言葉に、僕は自然と涙があふれだして、泣きながら笑ってしまった。
お互いに言いたい事を言い合えていたのなら、兄貴とも両親とも、もっとまともな時間を過ごせていたのかな。
どんなに後悔しても、そんな時間は取り戻す事はできない。
だからこれから、そんな事がもう二度とないように生きていかなければならない。
けど、両親のあんな本音を聞いちゃったから、恥ずかしいというか何というか、逆に緊張しちゃうな。
小学生の時はどんな風に振る舞っていたっけ……?
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「いや……親とどう接していいか、わかんなくて」
「今まで背を向けてたから、気恥ずかしいよね。でも、少しずつ歩み寄っていけばいいんじゃないかな? ちゃんとご両親はわかってくれるよ」
フフッと笑うルカに、それもそうかと僕は頷いた。
「悠真君。……これからは自分が幸せになれる事を考えていこうね」
「うん?」
急にそんな事を言うルカに、不思議そうに首をかしげた僕。
「だって、しあわせを呼ぶ砂を持ってるんだから。周りの人を幸せにするのなら、まずは自分が幸せにならないと」
「……僕はじゅうぶんすぎるくらい幸せだよ。ルカが僕を見つけてくれたから」
自然と口からこぼれだす想い。
キュッと手の中にある小瓶を握りしめる。
すると、ルカがゆっくりと僕を見上げた。
「最初は迷惑がってたのに?」
「……人と関わるのが面倒だっただけ。でも今ならわかる。ルカとの出会いは運命的だったって」
「全然信じてなかったのにね、運命なんて」
僕の言葉を否定しながら、ルカはクスクスと可笑しそうに笑う。
だって仕方がないじゃないか。
そんな運命的とか、小説とか映画のような夢みたいな希望なんか……。
「悠真君。バレンタインに贈るキャンディの意味、知ってる?」
不意に聞いてきたルカに、僕は深澤先生から教えてもらった意味を思い出す。
「……その意味を知っててルカは僕に渡してきたのか?」
「そう。でも、あの時、言っても信じてもらえそうにないから言わなかった」
僕の問いかけに、フフッと笑って返すルカ。
僕はこれから先も、彼女には勝てないんだろうな。
でも、そんな人生でも悪くないかも。
ルカといればきっと、いつだってどこだって、キラキラとした眩しくて楽しい日々が待っているに違いないから。
「……そういえば、深澤先生から教えてもらった」
「うん?」
「バレンタインに贈られたキャンディの意味。……もし、そのメッセージが合っているのなら、僕はお返しとして、ホワイトデーにキャンディとマカロンを贈ってもいいかな?こんな僕でも希望を持っていいのであれば」
少し緊張気味に言った僕をルカが優しい表情で見上げる。
「……希望を持ってよ。私は、風見悠真君と同じ景色を見ながら同じ道をずっと歩いて行きたいよ。……ずっと前から悠真君の事を幸せにしたいって思ってた。大好きだよ、悠真君」
花が咲いたように笑うルカを僕は力いっぱい抱きしめた。
こんな時にも気の利いた言葉が何も出てこないなんて、チキンすぎるだろって思ったけど、カッコよく決め台詞でしめられるのは、やっぱりラノベの世界のイケメンだけだと思った。
本当に嬉しい時なんて、まともに言葉なんか出てこないんだよ……。
これには兄貴も、同調してくれるよな?
『ないものねだりってこういう事なんだよな。周りが作り上げた偶像を壊したくなくて、俺は自分で自分を押し殺した。でも悠真には俺と同じ人生を歩んで欲しくなかったんだよ。好きな物は好き、嫌いな物は嫌いと、素直に口にできる環境で生きて欲しかった。だから、これからも周りの顔色なんかうかがわないで、自分の決めた道を真っ直ぐ突き抜けていって欲しい』
「兄貴……」
フッと笑った兄貴は今度はルカに向き直る。
『……白石琉花さん。俺の想いに応えてくれてありがとう。悠真の希望の光になってくれてありがとう。あなたなら俺の想いを託せるって思ったんだ。想像以上の行動力でビックリしたけど』
「そんな……斗真さんこそ、私に希望の光を照らしてくださってありがとうございました。感謝してもしきれません」
『この世から去っても尚、俺の体の一部が色々なところで人の役に立てたのなら良かった。……父さんも母さんもドナーカードに気付いて、俺の意思を尊重してくれてありがとう。まさか応えてくれると思わなかった』
「いつだって、自分の気持ちを素直に言ってくれたら良かったんだ。気付けなかった私たちにも問題はあるけれど」
父さんの言葉に母さんが頷きながら泣き崩れる。
『深澤先生も、悠真を救ってくれてありがとう。俺、他の人が絶対に振ってこない話題を先生だけが振ってくれたから、先生と話すの本当に楽しかったんだよね』
「お前、何言ってんだよ。俺はいつだって生徒の味方だぜ?」
『じゃあ、悠真にも俺にしてくれた話と同じ話をよろしくね。あ、言い忘れてたけど、俺がおススメだったグラビア……』
「わーっ! 俺が言うから、斗真は言うなっ!」
兄貴、深澤先生の前では唯一素を出せていたのか。
優等生に何を吹き込んでるんだって、先生に対して呆れてたけれど全然違ったんだな。
ちゃんと、いい先生やってたんだな、深澤先生は。
ユラユラとしていた兄貴の姿が少しずつ消えていくように、薄くなっている事に気付いた。
『……あ、そろそろバイバイかも』
「兄貴、また会えるよな?」
『ハハハ。もう心残りはなくなったから、そろそろ生まれ変わらせてよ。その時はもう全く別の姿だろうし、前世の記憶はないだろうけどさ。……今度はちゃんと自分の意思を持って生きようと思う』
そう決意表明した兄貴の姿は、今まで見た事がないくらいスッキリした、やり切ったような表情で、カッコ良かった。
『悠真……。俺の部屋の上から二段目の引き出しの中のキーホルダー。渡したくて渡せなかったやつ。ダサいと思うかもしれないけど、持ってって』
「ダサいなんて思わないよ。ルカに一番最初に見せた物だろ? ルカはお守りとしてわざわざ水族館まで買いに行ったんだから」
『白石さん、ありがとう。俺の角膜が提供されたのが君で本当に良かった。君は風見家の希望の光だよ。本当にありがとう』
「そんな、もったいないお言葉を……ありがとうございます」
兄貴の言葉にルカは涙を流しながら首を横に振る。
『父さんも母さんも、俺の分まで悠真の事、よろしく。自分に正直に生きるって、簡単なようで難しいけど……自分の人生なんだから、他人にどう思われようと堂々と生きれば良かったんだよな。将来、深澤先生みたいな先生になろうと俺は思ってたよ』
「お? そんな風に優等生が思ってくれていたのなら、俺もマイペースな人生、無駄じゃないなって思えるよ」
兄貴の言葉に深澤先生が照れくさそうに笑いながら頭をかいた。
まともに褒められると恥ずかしいのか。
そんな深澤先生の姿を見た後、兄貴は笑顔で手を振りながら、スーッと消えていった。
この世に何の未練もないような、一点の曇りもない表情で。
「斗真……」
母さんはずっと泣きっぱなしだったけれど、もう一度会えた上に本音を聞けたことでホッとしたのか、今までとは違って悲痛な表情ではなかった。
どちらかと言えば嬉し泣き?
「悠真……今まで、すまなかったな」
「……いや、別にいいんだけど、その、僕も何も言わなかったし」
父さんに面と向かって謝られても、変にくすぐったいだけだ。
こういう時、どんな風に反応すればいいんだろう。
「……悠真は昔から手がかからない子だった。興味が無かったわけじゃないのよ」
涙をぬぐいながら母さんが僕にそう優しく語りかけてくる。
こんな風にまともに接してくれるのは、いつぶりだろうか。
直視できなくて、戸惑っていた僕は俯いてしまう。
「斗真と違って悠真は、ほとんど病気もしない子で、いつだって明るくて元気で、しっかりした子だった。何を作っても美味しいって笑顔で言ってくれるから。……でも、一度だけ、悠真の好きな物は何?って聞いた事あるのよ?覚えていないみたいだけど」
「えっ?」
母さんの言葉に驚いて顔を上げると、目が合った。
涙でグシャグシャな顔だけど、それでも母さんは笑顔のままだった。
「悠真はね、『一つに決められないよ。だって全部大好きだから』って答えてくれたの。それが本当に嬉しかった。だから、自然と斗真の好物ばかり並んでしまう事が多かったのよ。斗真の好物だけど悠真も喜んで食べてくれるからって思って」
そう……だったのか。
言われてみれば、そんな事もあったような気がする。
「中学に上がって、悠真の様子がおかしい事には何となく気が付いていたの。でも、あなたは昔から心配をかけたくないという思いからか、話をしてくれる雰囲気じゃなかったから、悠真から話してくれるまでそっとしておこうって。……でも、それは間違いだったって、白石さんに初めて言われて気が付いた。話してくれるまで待つんじゃなくて、こっちから聞くべきだったのよね。……本当にごめんなさい」
母さんの声は震えていた。
「そんな矢先に斗真が事故で亡くなって、どうしたらいいかわからなくなった。言い訳になってしまうが無関心だったわけじゃない。悠真とどう向き合えばいいのかわからなかったんだ。親失格だと罵られてもおかしくない。本当に申し訳なかった」
父さんが僕に頭を下げる。
僕が背を向けていたから、二人とも僕とどう向き合えばいいのかわからなかった。
勝手に人のせいにして、被害者面して……。
全部僕がいけなかったのに。
「悠真。また、自分のせいだと思ってるだろ? 誰もお前の事を責めてないし、誰が悪いわけでもない。みんな、向き合う勇気がなかっただけなんだよ」
僕の頭にポンと手を置いた深澤先生。
「お前は生きてる。今までのやり直しなんか、これからいくらだってできるよ。白石と斗真のおかげで、バラバラだった家族がまたひとつになれたんだから。……もう一人で抱え込んだり、卑屈になったりすんな。な?」
深澤先生の姿が涙でぼやけて見えなくなった。
いつも適当なのに、何でこんな時にカッコいい事をサラッと言えるんだよ。
「斗真じゃなくてあなたが死ねば良かったんだなんて、一度だって思った事なんかない。あなたは私たちの大事な息子。だから、ちゃんと自分の人生を後悔しないように生きていって。生きている意味がないだなんて絶対に思わないで。悠真までいなくなったら母さんは……」
口を手で押さえて泣き出す母さんの姿にズキズキと胸が痛む。
「斗真も悠真も俺たちの大事な息子だ。今さら、何なんだと思われても仕方ないが、心からそう思ってる。……本当にすまなかった。許して欲しいだなんて言わないし、どんな償いでもする。だから、自分が死ねば良かっただなんて二度と口にしないでくれ、頼む」
さっきよりも深く僕に頭を下げて懇願する父さん。
こんな姿を見たかったわけじゃない。
「……そんな事しないでくれよ。僕の方こそ、勝手にいじけて……ごめんなさい」
僕がそう言うと、深澤先生はまた僕の頭をポンポンと優しく撫でた。
「深澤先生、ありがとうございました。私たちが至らないばかりに、先生に多大なご迷惑をおかけして……」
「いやいや、僕にとって斗真君も悠真君も大事な教え子ですから、当然の事をしたまでですよ」
父さんにお礼を言われて、深澤先生は照れたように頭をかく。
「悠真君、良かったね」
「ルカ、ありがとう。本当に……」
しゃがんで僕の顔を覗き込んだルカ。
微笑む彼女に僕はまともにお礼を言う事ができなかった。
君がいなければ、僕はどうなっていたかわからない。
全てから目を背けて、どうせ無駄だと諦めて、何も見えない人生を送るところだった。
暗闇から助け出してくれた、キミは僕の光だ……。
僕は、握りしめていたメガネを祭壇に置き、よろよろと立ち上がる。
そんな僕の姿に不安に思ったのか、ルカが歩み寄る。
「……悠真君?」
「兄貴の部屋に行かないと。上から二段目の引き出し……だったっけ?」
「あ、私も一緒に行っていいかな……?」
「いいよ、一緒に行こう」
笑顔で頷くと、ルカは僕の手をとりギュッと繋いだ。
恥ずかしくて一瞬戸惑ったけれど、そのままルカを連れて部屋を出る。
階段をあがり、二階の一番奥にある兄貴の部屋のドアを開ける。
主がいないにも関わらず清潔感があって、いいにおいがするこの部屋。
母さんが毎日掃除しているせいでもあるだろうけれど、生きている時から兄貴が綺麗にしていた証拠。
そういうところも手を抜けなかったんだろうな。
「すごく綺麗な部屋だね」
「……僕が出入りしてた時からずっと綺麗だったよ」
部屋を見渡しながら呟くルカに答える僕。
脱いだ服とか、読みかけの漫画とか、散らばっていた記憶が全くない。
「上から二段目……ここか?」
机の前に立ち、上から二段目の引き出しに手をかける。
開ける前にルカと顔を見合わせ、目が合うと二人で同時に頷いた。
「そう……これだよ。私が見たのは」
ガラッと開けると、引き出しには水族館の名前が書かれた包みだけが入っていた。
そっと手に取り中を開けてみると、袋の中にルカと同じ、『しあわせを呼ぶ砂』と書かれた小瓶のキーホルダーが入っていた。
「……普通に渡してくれれば良かったのにな」
「斗真さんも素直になれなかったって事だよ、きっと」
ルカの言葉に、僕は自然と涙があふれだして、泣きながら笑ってしまった。
お互いに言いたい事を言い合えていたのなら、兄貴とも両親とも、もっとまともな時間を過ごせていたのかな。
どんなに後悔しても、そんな時間は取り戻す事はできない。
だからこれから、そんな事がもう二度とないように生きていかなければならない。
けど、両親のあんな本音を聞いちゃったから、恥ずかしいというか何というか、逆に緊張しちゃうな。
小学生の時はどんな風に振る舞っていたっけ……?
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「いや……親とどう接していいか、わかんなくて」
「今まで背を向けてたから、気恥ずかしいよね。でも、少しずつ歩み寄っていけばいいんじゃないかな? ちゃんとご両親はわかってくれるよ」
フフッと笑うルカに、それもそうかと僕は頷いた。
「悠真君。……これからは自分が幸せになれる事を考えていこうね」
「うん?」
急にそんな事を言うルカに、不思議そうに首をかしげた僕。
「だって、しあわせを呼ぶ砂を持ってるんだから。周りの人を幸せにするのなら、まずは自分が幸せにならないと」
「……僕はじゅうぶんすぎるくらい幸せだよ。ルカが僕を見つけてくれたから」
自然と口からこぼれだす想い。
キュッと手の中にある小瓶を握りしめる。
すると、ルカがゆっくりと僕を見上げた。
「最初は迷惑がってたのに?」
「……人と関わるのが面倒だっただけ。でも今ならわかる。ルカとの出会いは運命的だったって」
「全然信じてなかったのにね、運命なんて」
僕の言葉を否定しながら、ルカはクスクスと可笑しそうに笑う。
だって仕方がないじゃないか。
そんな運命的とか、小説とか映画のような夢みたいな希望なんか……。
「悠真君。バレンタインに贈るキャンディの意味、知ってる?」
不意に聞いてきたルカに、僕は深澤先生から教えてもらった意味を思い出す。
「……その意味を知っててルカは僕に渡してきたのか?」
「そう。でも、あの時、言っても信じてもらえそうにないから言わなかった」
僕の問いかけに、フフッと笑って返すルカ。
僕はこれから先も、彼女には勝てないんだろうな。
でも、そんな人生でも悪くないかも。
ルカといればきっと、いつだってどこだって、キラキラとした眩しくて楽しい日々が待っているに違いないから。
「……そういえば、深澤先生から教えてもらった」
「うん?」
「バレンタインに贈られたキャンディの意味。……もし、そのメッセージが合っているのなら、僕はお返しとして、ホワイトデーにキャンディとマカロンを贈ってもいいかな?こんな僕でも希望を持っていいのであれば」
少し緊張気味に言った僕をルカが優しい表情で見上げる。
「……希望を持ってよ。私は、風見悠真君と同じ景色を見ながら同じ道をずっと歩いて行きたいよ。……ずっと前から悠真君の事を幸せにしたいって思ってた。大好きだよ、悠真君」
花が咲いたように笑うルカを僕は力いっぱい抱きしめた。
こんな時にも気の利いた言葉が何も出てこないなんて、チキンすぎるだろって思ったけど、カッコよく決め台詞でしめられるのは、やっぱりラノベの世界のイケメンだけだと思った。
本当に嬉しい時なんて、まともに言葉なんか出てこないんだよ……。
これには兄貴も、同調してくれるよな?


