キミの瞳に映る世界

「残留思念……っていうの? この場合」
「え?」

悲しいとか苦しいという気持ちよりも先に、なぜか笑いがこみあげてきた。
不意に呟いた僕に、深澤先生は悲しそうな目で僕を見る。

「……悠真?」
「ほら、先生。僕の言った通りだったじゃないですか。……まさか、死んだ後で角膜提供した相手にこんな事言わせるなんて。兄貴、頭良すぎでしょ。最高の仕返しだよ。誰も思いつかない、考えすら浮かばない」

死者からの伝言。
あの血の海の中で、僕を見ながら命が尽きても別の形で会いに行こうと決めていたのかもしれない。
それが残留思念としてルカに現れたのだろう。
臓器移植を受けた人が、提供者の記憶や嗜好を受け継ぐという話を聞いた事があるし、そういう映画や小説も見た事がある。
それと同じようなものなのかな……。
もしかしたら兄貴の他の臓器を移植した人にも、さらなる追い打ちをかけるために、すでに僕のすぐ近くに現れているかもしれないけれど。

「悠真君、聞いて?……あなたは何か勘違いしてる」
「勘違い?……こんな状況でそんな事思えるわけがない。ルカだって散々周りから聞いてただろ? 僕が兄貴を殺したんだって」
「事故だよ。その瞬間も見えてたからその時の事はわかってる。小さな子を助けて代わりに車にはねられたの。悠真君が殺したわけじゃない」
「確かにあれは事故だった。僕が直接この手で殺したわけじゃない。……けど、僕が消えてくれって言ったから、本当に兄貴がこの世から去る事になったんだ。僕が死を願った事と一緒なんだよ!」
「違う!」
「違わない! ルカに何がわかるんだよ!」
「落ち着け、悠真!」

半狂乱になって怒鳴り散らした僕を深澤先生が立ち上がって両肩を掴んで抑える。
ルカの母親は言葉を失いながらも、微動だにせず、この状況を見守っていた。
僕に怒鳴りつけられても、ルカは表情を変えなかった。

「わかるよ。だって、言葉を発しなくてもお兄さんの最期の瞬間まで見ていたから。車にはねられて、意識が遠のきながらも最期まで悠真君を見上げてた」
「それは……お前の望み通り消えてやるよっていう目で僕の事を見てたんだろ」
「違うよ。だって、その時にお兄さんから見た悠真君の顔は、消えてくれと願ったものじゃなかった。生きてくれって泣いてたものだったよ!」

……泣いてた? そんなわけないじゃないか。
冷たいと思われたかもしれないが、僕は一滴も涙が出なかった。
泣いてなんかいない、それはルカの勘違い……。

「涙が流れないから泣いていないっていうわけじゃないんだよ。心の中で泣き叫んでたようにしか見えなかった。それに、悠真君は謝っているようにも見えたよ。だから、お兄さんにも伝わってる。恨んでなんかない、その逆だよ。お兄さんは、気にするなって伝えたかったんだと思う」
「嘘だ。そんなの……」

そんな風に都合よく解釈できるわけがないじゃないか。

「消えてくれと言った前後の言葉は読み取れなかったから、私にはあの時の状況を把握はできていないけれど、少なくともお兄さんは悠真君を憎んでもいないし恨んでもないよ。悠真君、さっき残留思念って言ったけれど、それはあってると思う。でも、悠真君に追い打ちをかけるための物じゃない。お兄さんは悠真君を助けてくれって私にメッセージを送って来たんだと思う」

僕を助けてくれって……兄貴が?
ルカを見つめると、彼女は静かに頷いた。

「残念ながら、お兄さんのその想いを証明する事はできないんだ。私がお兄さんの見ていた世界を通して感じた事だから。でも本当に悠真君の事を恨んでなんかないよ」

優しく諭すように言うルカ。
あんなに酷い事を言った僕を、兄貴は恨んでいないって、本当なのか?

「……私ね、引っ越しを両親にお願いする前に、一度一人でこの街に来たんだ。悠真君の事を自分の目で見るために。それで、悠真君が幸せそうなら私の目を通して見たお兄さんも、安心してくれるのかと思ったから。でも、全然違った。悠真君は死んでるように生きていた。生気がなくてぼんやりとしていて、他人と全く関わろうとしなくて。そんな姿を目に焼き付けてしまったから、お兄さん、余計に心配したと思う。だから私が何とかしなくちゃって、思ったんだ。それが角膜をくれたお兄さんへの最大の恩返しになるって、思ったから」
「最初、ルカからその話を聞いた時は、何て馬鹿な事を……って思ったわ。でも、あまりに必死だったし、非現実的ではあるけれど、主治医の先生も何も言わなくなった以上、ルカの見えている世界は本物なのだと主人とも話し合ってね。ルカの言う通り、角膜を提供してくれた方に少しでも恩返しができるのならばと、この街への引っ越しを決めたのよ。幸い、主人も都内勤務だし、ここは通勤圏内だから問題ないって。ルカも仲のいい友達を切り捨ててまで決意したのならってね」

ルカの母親が補足するように言うと、隣で深澤先生が感心したようにため息をついた。

「なかなか決断できる事じゃないですよ。それを実行してしまうなんて、すごいです」
「普通なら提供者やその家族とは接触できないはずなんです。でも、こんな奇跡が起きたのなら、私たちも応えるべきだと思っただけです」
「悠真君に会いたかったって言ったのは、本心だよ。誰にも心を開かない悠真君をどうにかして救おうって思った。生きる気力を取り戻したかった。誤解を解きたかった」

転校してきてからのルカの不思議な言動はすべて繋がった。
前から知っていた、友達になりたかった、会いたかった……。
それなのに僕は、ルカのその言動を兄貴と繋がりたかったからだと勝手に決めつけ、ルカを危ない目に遭わせてしまった。
パタパタとテーブルの上に音をたてて涙がこぼれ落ちる。
嗚咽が止まらない。上手く呼吸ができない。
胸が苦しくて痛くてたまらない。

「悠真君、ごめんなさい。こんな事、出会ったばかりでは話せなかったし、悠真君ともっと距離が近くなってからって考えてたから。苦しませてごめんなさい」
「ルカのせいじゃないっ! 僕が臆病者だったから……っ!」

胸を抑えながら、何とか言葉を吐き出す。
そんな僕の頭を深澤先生がポンポンと撫でた。

「じゃあ白石ともだけど、白石を通して、悠真は斗真とも仲直りって事でいいよな?」
「……先生。そんなに軽い感じで大丈夫なんですか?」
「白石。俺のどこが軽く見えんだよ?」

先生の申し出に、ルカが疑い深い目を向けて聞いた。
すると、ルカの母親がいる前でいつもの調子で先生はルカに返す。

「滅多にやる気を出さないですよね? 今はちょっと別人かなって思うくらい真剣でしたけど、私は知ってるんですよ? 悠真君のお兄さんに、先生がおススメのグラビア……」
「おおっと! そっから先はダメ! 絶対ダメ!」

慌ててルカの言葉を遮り、先生は立ち上がって大きく腕でバツマークを作った。
今、グラビアって言わなかったか?
グッと袖口で涙をぬぐい、思わず僕は笑ってしまった。
あの兄貴にもしかして、先生はグラビアアイドル談義でもしたのか?
それとも、おススメの映像作品を紹介したのか?
ちなみに兄貴の葬儀の後、不登校気味になっていた僕に深澤先生はこのどちらもやらかしてくれた。
全く興味がわかなかった僕に、先生はチッと舌打ちしてたけど。
その時、兄貴はどんな反応をしたんだろう?
兄貴ともっといろんな事、話したかったな……。
後悔しても、もうその時間を取り戻す事はできないけれど。


「長居してすみませんでした」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

ルカの家を出ると、すでに外は暗くなっていた。
先生が丁寧にルカの母親に向かって頭を下げる。

「悠真君、今日は本当にありがとう。話せてよかった」
「僕の方こそありがとう。色々と情報量が多すぎて、まだ混乱してるけど、兄貴が僕を恨んでるって思うのはやめた」
「うん、それでいいんだよ」
「なんか、巻き込んじゃって悩ませちゃってごめん。でも、もう僕は大丈夫だから、ルカは自分の人生大事にしてよ」
「自分の人生大事にするけど、悠真君の事も大事に想うよ?」
「……は?」

ルカ、人の話をちゃんと聞いてたか?
兄貴の事を解決させたんだし、これからはもう僕に構う必要はないんだ。
今後もここに住み続けるのか、元の学校に戻るのかはわからないけれど、せっかく角膜移植して目が見えるようになったんだから、ルカはルカの人生を楽しまないと。

「……僕と一緒にいても嫌な思いするだけだろ?」
「悠真君は私にとって、友達第一号だよ? その責任はちゃんと果たしてもらわないと。悠真君と一緒にいて、嫌な思いなんか一度もしてないし。それに、私は悠真君と一緒に行きたいとこ、一緒にやりたい事たくさんあるんだから」
「おー。青春だね。アオハルだな」

僕とルカのやり取りをそばで聞いていた深澤先生がニヤニヤしながら茶化す。
何で同じ事を言葉を変えて繰り返したんだよ?
心の中で毒づきながらも、先生の事はスルー。
僕が何を言ったとしても、ルカは一度言い出したら聞かない性格だっていうのは、転校初日からわかってる。

「……7時50分」
「えっ?」

僕が不意に時間を言うと、ルカが聞き返してきた。

「だから、マンションの前で明日の朝、7時50分に待ち合わせな」

転校初日にルカが僕に言った事をそのまま返す。
するとルカは笑顔で大きく頷いた。

「わかった! 絶対に遅れないでよ? 先にも行かないでよ?」
「ちゃんと待ってるから。ルカこそ遅れるなよ?」
「もちろん!」

その約束をして、僕はルカの母親に頭を下げ、深澤先生と白石家をあとにする。

「いやー、しかしこんな夢みたいな事ってあるんだな」

エレベーターで下におり、マンションを出た後、先生は自分の車に乗り込んだ。

「僕だってビックリですよ。こんな事、映画や小説の世界でしかないと思ってました」
「それほど、斗真の想いが強かったって事だよな。……あ、俺さー、話を聞きながら思ってたんだけど、あの空間で言える雰囲気じゃなかったから、今言っちゃうけど、斗真の想いが強すぎて、他の臓器移植した女の子が次から次へと転校してきて悠真がハーレム状態になったらどうしよう……ってさ」
「あの空間で言わなくて正解ですよ。そもそも何で臓器移植された人が女子高生限定になってるんですか」
「いやいや、可能性の話よ。大体、夢みたいな奇跡みたいな事が起きてるんだから、二度三度同じような事があるかもしれないだろ? 夢は大きく持とうぜ?」
「深澤先生、いつか絶対罰当たりますよ。大体、あの兄貴にグラビア関連の物を勧めてどうするつもりだったんですか?」

危うくルカの母親の前で大失態を犯すところだった深澤先生。
先生は誤魔化すようにハハハと笑う。

「悠真はわかってないなー。斗真、意外に食いついてきたんだぜ?」
「成績優秀な教え子にそんな物お勧めするとか、最低な担任ですね。……じゃ、失礼します」
「おい、乗れよ。送るから」

話を切り上げて家に向かおうとすると、先生が慌てて呼び止めた。

「遅くなったし、成り行きとはいえ一応ケガしてるから、説明しないと」
「……親には、ルカの角膜移植の事は言わないでくださいね」
「さすがに話しちゃまずいだろ。主治医が話さない事を俺が勝手に話すわけにはいかない」

さっきまでのヘラヘラした態度はどこへやったのかというくらい、急に真面目になる先生。
車に乗り込むと、すぐそこの僕の家に到着する。
いつものように僕の家のカーポートに車を停める先生。
だいぶ通い慣れてるよな……。

「斗真の残留思念、果たされた事になるんかな? もう白石の瞳には斗真の世界は映らなくなるんかな」

エンジンを切って、先生がポツリと呟いた。
果たされたのなら、ルカは今度こそ日常生活に戻れるだろう。
そうなると、兄貴はやっと成仏できるという事なのか?
死んでからもなお、僕が兄貴を苦しめていたという事になるのかな……?

車からおりて空を見上げると、スーッと一筋星が流れて消えた。